● 「あらあら」 月影に揺れる、豊かな尾。 「貴方達、面白いモノを持ってるじゃない?」 インディペンデンス・ネイビーの夜空に浮かび上がる月を背負うシルエット。 狐の耳がぴょこりと跳ねた。 数名の男達が一斉に構えを取る。青龍刀、トンファー、ヌンチャク、拳。武装はバラバラではあるが、一様に手練の武芸者であろう。 対するのはチャイナドレスの美しい女が一人。 なんだ、てめえ、と。男の一人は恐らくそう言いたかったに違いないが、二文字目以降はただの絶叫だった。 この瞬間に命があったこと、左腕に抱えた代物が無事だったことは、おそらく奇跡に近い。 「ア――ガッ……」 強烈な痛みに目を見開きながらも、男はソレを抱え込もうとし――爆ぜた。 「あーもう。動かなければ、死なずにすんだのに……」 その口調は、どこかいたずらな言い訳めいていて。背を上から二十センチ少々失ってしまった男から、遅れたエンバーラストの赤が吹き上がる。 ごくりと生唾を飲み込んだのは、とっさにソレを受け取った男。カンフー道着の背にはじっとりと汗が滲んだ。 「いやあ、参ったなあ?」 頬を掻く。 「でしょう?」 「いやー、あー……あッ!」 男は明後日の方向を指さしてみる。 「どうしたの?」 女は視線を外さず。手首をなぞるのは、細くやさしい指先。 「き、綺麗だね、そのドレス!」 「そう。あ・り・が・と☆」 ブティックの店員から買い物袋を受け取る様に、女はソレをそっと受け取った。 「ありゃあ、手ぇ出しちゃダメなタイプの女だな」 「出されたんだけどな」 男達に出来たのは、彼女が悠然と立ち去る後姿を見送るだけなのであった。 ―― ―――― あの凶悪無比な魔術師結社、バロックナイツの面々ほどではないにしても、神秘界隈には、まだまだ猛者と呼ぶべき術者が点在しているのかもしれない。 たとえば中国の山奥に居を構える年齢不詳の仙女。 『獣師』張琳花(チャン・リンファ)などは、まぎれもなくそのうちの1人だろう。 フリーのリベリスタである彼女は、種族分類でいえばアウトサイドでもハーフムーンでもなく、純粋なキツネのビーストハーフ。 しかしその代わり、長きに渡る鍛錬により、体内の獣化因子を自在に活性化させ、爆発的な内功へと変える独自の術を身に着けているのだという。 それは魔術でもあり格闘術でもある、唯一無二の技術体系。 その技を駆使し、他を圧倒する琳花はまさしく強者と呼ぶにふさわしい。 そんな彼女だが、いまは俗世間を離れ、あらあらうふふと自適に暮らす日々。 ふと思いつきで、妙な茶目っ気を出した結果が―― ● 「アーティファクトの奪還をお願いします」 海色の瞳でリベリスタに苦笑を見せるのは『碧色の便り』海音寺 なぎさ (nBNE000244) だ。 今から二週間前、アークに搬送中のアーティファクトが中国のフィクサード集団に奪取され、国外に持ち出される事件が起こった。 幸いそれが中国に持ち込まれた所で、たまたま居合わせた琳花がフィクサードを撃退し、それを回収したらしい。 彼女が寄越した書簡にはそう記されていた。 「ん? 返してくれるんじゃないのか?」 司馬 鷲祐(BNE000288)が口元に手を当て首を傾げる。流れたウルトラマリンの髪の間に見えるのは蜥の鱗。 「それが……」 なぎさが差し出した書簡をテテロ ミーノ(BNE000011)が受け取る。ポンパドールピンクの髪をふわふわ揺らしているのは彼女の艶やかな九尾の尻尾。 「『ほしければとりにおいでなさい(はぁと』ってかいてあるよー?」 「そうなんです」 「つまり、力づくで奪いに来いって事だよな?」 白黒の虎尻尾をゆらゆら揺らして翔 小雷(BNE004728)は問いかける。 「よし! 行くぞ!!! 今すぐに!!!」 「待たんか! まだ早いわ!」 ガタリと椅子を倒してブリーフィングルームのドアへと猟犬の如く向かうベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)の襟首を神速の技で掴んで席に戻す鷲祐。 「して、場所は何処にあるのでござろうか」 サングラスの下に蛇の因子を隠して黒部 幸成(BNE002032)は至極冷静に琳花が寄越した書簡を丁寧に読み解いていく。 指定された場所は秦嶺山脈の緑深い場所。 アーティファクトを保持して現れる琳花は、ある程度以上のダメージを与えられた場合に限り、こちらの実力を認めそれを返還するらしい。 そして、琳花が出したもう一つの条件は―― 「僕達ですか?」 「はい。皆さんに集まって貰ったのはそのためなんです」 綿谷 光介(BNE003658)のクリーム・シルバーの髪から生えている二本の丸い角。 リベリスタ達がお互いの姿を見合って、納得したように頷く。 集められたメンバーは全員、獣の因子を身体に宿した者達だ。 琳花の所望した人員はビーストハーフ、アウトサイド、ハーフムーン何れかからなる戦闘部隊。 「どうも彼女は同じ系統の皆さんを「鍛えてあげる」心積りみたいです」 それは、ナイトメアダウン以前の日本のリベリスタと親交があったがゆえに、いまのアークに向けられる老婆心の表れなのだろうか。 細かい事情はともかく、彼女の誘いに乗るからといって、素直に鍛えられてあげる必要はない。 そう、力比べの結果、勝ってしまっても何ら問題は無いだろう。 それこそ、琳花が心躍る勝負になれば彼女は喜んでアーティファクトを返してくれるはずだ。 「気をつけて下さいね。それでは、よろしくお願いします」 ぺこりとイングリッシュフローライトの頭を下げてなぎさは光介達を送り出した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月07日(日)22:19 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● アベニュー・グリーンの鬱蒼とした草木が絡みつくように葉を伸ばし、リベリスタ達の行く手を遮っていた。 手入れのされていない原生林はびっしりと敷き詰まった植物に覆われて薄暗くじっとりしている。 「秦嶺山脈には、さすがに初めて足を踏み入れますね」 空と地平の境界線。その色を瞳に宿す『ホリゾン・ブルーの光』綿谷 光介(BNE003658)は風舞の精霊の加護を受けたブーツで黒い地面に降り立った。 輸送機が安全に着陸できるこの場所から先は自分達の足で歩いて行かねばならないのだ。 キキと甲高い声と共に橙色の毛並みが木々の間に見えた気がした。この地に住まう希少な動物なのだろう。 最高峰の「獣」と牙を向け合う舞台としては、これ以上ないのかもしれない。光介は青い瞳をぐっと前へ向けた。 開け放たれたハッチからふわりと踊り出るのは『さいきょー(略)さぽーたー』テテロ ミーノ(BNE000011)。 軽やかな肢体はポンパドール・ピンクの髪を揺らして光介の目の前に足を着ける。 「どきっ♪ けもっこだらけのガチンコ! ばとるたいかい!!!」 もさもさとゆれる九つの尻尾。 皆、一様に獣の因子を宿した者達が森深い戦いの舞台へと進んでいく。 モノトーンの長い尻尾は『どっさいさん』翔 小雷(BNE004728)のものだ。 「伝説のリベリスタに会えるとは光栄だ」 彼の故郷はこの国にある。そこまで琳花の名は届いていたのだろう。最も小雷が聞き及んでいた見聞と実際の人物像とでは多少の違いはあった。 木々の間に見える妙齢の女性が張琳花なのだろう。思ったよりも小柄で華奢な印象を受ける。 とても齢百を超える老体には見えない。さりとて、神秘界隈の外見的年齢程、不確かなものは無いのだが。 それからその性格は、いたずら気と言うには少々やりすぎにも見える。 「よし! 行くぞ!!! 今すぐに!!!」 『リング・ア・ベル』ベルカ・ヤーコヴレヴナ・パブロヴァ(BNE003829)が背高い草の間から身を乗り出した。 小さな鈴の音を響かせながら今にも琳花に襲いかからんとする大型犬を、『神速』司馬 鷲祐(BNE000288)が襟首をガッと掴んで止に入る。 「待たんか! まだ早いわ!」 この光景はブリーフィングルームでも行われていた気がする。 「わーなにをするー。放して下さい同志司馬ー!」 じたばたと暴れるベルカを『影刃』黒部 幸成(BNE002032)へと投げ渡し、鷲祐はウルトラマリンの髪を掻きあげた。 「……さて、お相手願おうか」 ―――― ―― 「あらあら、よく来たわね。蜥のお兄さん」 大きな岩の上に座るチャイナドレスの女は鷲祐を見つめて微笑んだ。 遠目から見た時から思っていた事だが目の前の狐女からは強さというものがまるで感じられない。 「あんたが張琳花なのか?」 「ええ、そうよ」 その辺にいる一般人の女性と変わらない程の不確かさ。言ってしまえば『弱そう』なのだ。 「で、賞品はどこだ?」 「ふふふ。せっかちなのね」 ゆるりと女が立ち上がると、鷲祐の目の前に琳花の顔が現れる。 パーソナルスペースを度外視した近距離に相手が入り込めばそれはもう戦闘開始の合図だ。 「あら、速い」 撃ちだされた火拳をするりと躱した鷲祐は彼女の技を見極める為に自己の能力を引き上げる。 集中をするのはその後だ。 その間に突き入れられる足技は彼の右腕を掠め、アガットの赤い筋を作った。 「まぁ、わかるさ。下を見て感ずる物も増える。だが、アンタは少し、素直じゃないらしい」 「やだわ。女の子心の内を探るなんて」 鷲祐の繰り出した殺陣・斬劇空間を左手で受け流して、琳花は反撃の拳を青年の身体へと落とす。 「――くッ!」 巨木の幹へと飛び退いた鷲祐の腹部に激痛が走った。見れば赤く変色した皮膚が見える。 だが、膝を付くにはまだ早い。戦いはこれからなのだから。 ● 鷲祐と琳花の戦闘は精神力との戦いであった。 「戦闘能力は互角で御座ろうか……」 大きな樹の枝にぶら下がりながら幸成は呟く。単騎で猛進する鷲祐と琳花の戦闘区域ギリギリの場所から見下ろす戦場は熾烈を極めていたのだ。 この所、所用で戦場には出ていなかった幸成にとって今回の戦いで得るものは大きい。 愛用のサングラスは薄暗い森の中では無用の用。 観察すれば誰にでも分かる。秀逸な立ち回りを誇る鷲祐と琳花の両者だが、互いに決め手を欠くという状況である。ならば大きな疲弊を呼ぶのは必定なのであろう。が―― 濃藍の蛇眼が追う二人の姿に、ふと違和感を覚えたのは何故だろうか。 「互角……?」 口元に指先を当てて鈍っていた忍としての感覚を呼び覚ます。 「幸成さん、ちょっと気になることがあるのですが……」 木下に同じく待機していた光介が通信を飛ばして来た。 この羊の因子を宿した少年は聡明な頭脳を持つ魔術師だ。その光介が不可解に思う事があるとすればすぐそこで繰り広げられている戦闘についてだろう。 「光介殿も感じたで御座るか」 「はい。鷲祐さんと琳花さんが互角というのはおかしいと思います」 司馬鷲祐という男はアークの中でもトップクラスの能力者だ。それは疑いようのない事実。 戦場を共にした時に果敢に前へと突き進んで行く後ろ姿を幸成と光介は覚えている。 けれど、いかに鷲祐といえど非常に強力な猛者――例えばバロックナイツ相手に独りで戦えはしないだろう。 「ふぇ~? どういうことー?」 「む、どうした?」 ミーノが可愛らしく首を傾げれば、戦場を挟んで対面に隠れているであろう小雷の声も怪訝な色になる。 「何だ! もう行っていいのか!?」 ベルカがガサリと飛び出た瞬間に響き渡る鷲祐の声にリベリスタ達は一斉に戦場に目を向けた。 「どうした! 打ち込んでこいッ!」 体力はまだ四分の一は残っている。けれど鷲祐の精神力は既に底を尽きスキルは使えない。 それは琳花とて同じ事なのだろう。もう彼女にスキルを使う精神力は残されていない。 「このままじゃさすがに当たらないかな――?」 うんと伸びをした狐女が力を抜いた刹那。 鷲祐はベルカが隠れている茂み辺りまで吹き飛ばされた。 彼であったからこそ寸前の所で回避行動に移れたのだが、左腕、左部肋骨は衝撃で複雑骨折を起こしていた。 「カ、はっ……何を」 血を地に吐き、息を吐く事さえ困難な状況。即ち致命傷。 スキルが使えない相手がどうしてここまでの威力を持った攻撃を放てたのか。 途切れそうな意識を青き炎で繋ぎ止めて鷲祐は叫ぶ。この戦場の周りを取り囲んでいる仲間へと。 「頼むぞッ!」 「ジンギスカンだーいさーくせーーーん!!!」 ミーノの甲高い声と共にベルカの放った閃光が薄暗い森の隙間から漏れる。 眩しさに飛び退いた琳花を追いかけるのは小雷だ。 虎のハーフムーンである小雷にとって鬱蒼と茂る木々は格好の足場である。 樹の幹をクッションに次の木々へと移り、距離を縮める為にワイヤーガンで軌道を作り出した。 「木々の間、あの空間が使いやすそうです」 光介からの通信を受けて小雷は狐女をそちらに誘導するように追い立てる。 こういう場所は二本の足で走るよりも多角に四肢を使った方が速く駆けることができるのだ。 ――先の大きな戦いで俺は自分の無力さを痛感させられた。 掻き分ける木々の間に琳花の姿を捉えた小雷はサッカラ色の土を蹴り上げ跳躍する。 このままの力では大切な者を守る事が出来ないと感じたからこそ、彼は此処に居るのだ。 「だからこそ通過点としてそなたを超えなければならない!」 撃ちだされた小雷の土砕掌は身体の全体重を掛けたものだ。 小雷の安全を考慮しない形で突っ込んだ拳は狐女の背中を捉える。 飛躍しようとしていた瞬間の上体軌道を無理矢理にねじ曲げられた琳花の身体は、小雷と共にリベリスタ達が望んだ空間へと転がり落ちた。 ● 「あいてて……もう、無茶するわね」 「そうでもしないと逃げられそうだったからな」 小雷の健闘、光介の機転によって地の利がある山奥へと逃げられる可能性は潰えた。 「むぉーこれがぜんりょくのミーノのサポートちからっ!」 木の上から魔法少女みたいにフワリと着地したミーノの声を聞いた途端、小雷の身体に力が流れ込んでくる。仲間の声というものは頼もしいものなのだ。 続けてリベリスタの背中に小さな羽根が宿る。 「来る大きな戦いに備え、修行も兼ねてひとつ御相手願おうか」 闇を纏わせた幸成が凶鳥を携え、木の上から琳花へと強襲を掛けた。 起き上がる反動を利用して狐の尻尾を翻した琳花の太腿にアティック・ローズの血が滲む。 絡まった細い繊維は狐女の動きを鈍らせ、幸成はその隙に蛇の如く地を駆け木の隙間へと入り込んだ。 獣の因子が流れる彼等にとって森という戦場は開けた平地と何も変わらない。 足元の憂いもミーノの力で自由を得ている。 「術式、迷える羊の博愛!」 光介の声が木々に反響すれば、地から湧き出たエルヴの光が鷲祐を包み込んだ。鬱血して紫色に変色していた皮膚の色が和らぐと同時に吹き出ていた血も止まる。 「助かる」 「いえ、僕にはこれしか出来ませんから」 鷲祐の声に言葉を返す光介。その頭にポンと手を置いて前を向く青年。 「そんな事は無い。光介も気づいたんだろ? 琳花の不可解さに。その賢さはお前の『能力』だ」 単純な威力だけが力ではない。弱いモノの代名詞である『羊』を宿した少年は、事聡明さにおいて比類なき才を発露している。 彼が目指すのは頂点ではない。それは他に登りつめた者が行けば良い。 魔術界隈の広大な裾野で静かに己自身と戦い、道程を極めた賢者が行き着く場所。 光介が目指すべき極みの先に居る琳花だからこそ、彼女の能力を考察し理解した。 「鷲祐さんを沈めたあの攻撃は、『通常攻撃』だと思います」 「やはり、そうで御座るか」 木の幹に寄りかかりながら通信を飛ばしてきた幸成は納得したように応える。 一見、覇界闘士に見えるその身のこなしや体術。 アークにおいても現在戦場に居るミーノを例にあげるならば元覇界闘士であり現ダークナイト。しかもホーリーメイガスの技を繰るというジョブとしては不可思議なものだろう。 魔術でもあり格闘術でもある、唯一無二の技術体系。 彼女にとって『技』とは己の力を抑えこむ制限装置ということなのだろう。 だが逆に言うなればその膨大な力をスキルに乗せる事ができないとも解析出来る。 「この特性が琳花さんの『魔招獣神功』なのではないでしょうか」 おそらく、途方もない時間を重ねて身に着けた能力だ。それこそ百年という単位すら見えてくる程の修練を毎日行ってきたのだろう。 その年月を考えればこそ、繰り出す攻撃の重さに光介の身体が震えてしまう。 これが臆病な羊の本能なのか。 「よし! 行くぞ!」 しかし、ベルカの声は光介の震えを止めるに至った。彼女がクェーサーから受け継いだ勝利の証明は仲間を強く鼓舞しその士気を引き上げる。 一人ではないのだと。 琳花が極めた道は孤独の上に成り立つものだ。 光介が極める道は仲間の命を庇護するものだ。 「はい! 行きましょう!」 高みへと行き着くために。その先の空へと輝く為に。 ―――― ―― 戦場は熾烈の色彩をエンバーラストの赤へと染めていた。 光介の考察通り、琳花の攻撃は相当の威力を持って仲間へと降り注いだ。 後ろで集中を重ねる鷲祐の代わりに前へと出ていた小雷が受けた致命傷は運命の炎を燃やすに値するもの。 もう一度受けてしまえばこの地に四肢を曝け出す事になるだろう。 しかし、鍛錬といえど、地に膝を着く事はあってはならない。負けてしまえばその先にすら行けやしない。 琳花の拳を見逃さぬ様、漆黒の瞳で見据える。 このタイミングでは光介やミーノの回復が間に合わない。 「ここで立ち止まるわけには……」 小雷が言葉を言い終える前に琳花の拳が彼の腹を殴打する。突き入れられる攻撃をその身に受けて小雷の身体は傾いだ。 薄れて行く意識の中で優しい声が聞こえた気がする。故郷の恩師を思わせるそれに小雷は閉じかけた目を見開く。 何の為の! 誰の為の戦いなのだ! 大切な人を守らなければならないのに。 この『先生』が居る国で、倒れる訳には―― 「いかないんだああああ!!!」 倒れかかった小雷の身体から吹き上がるのは呼び覚まされた虎の覇気であろうか。 手負いの獣は尋常ならざる力を発揮するものだ。 咆哮――至近距離から穿たれた小雷の土砕掌は琳花の左頭部を血に染める。 千切れた左耳がペタリと地面に落ちた。 「ぴんちのときこそミーノがかいふくっ! いっくよー!」 琳花と同じふさふさの狐の尻尾をぶわりと開いて双界の杖を天へと掲げる。 五線譜を模した魔法陣がミーノの周りを駆け抜けて行く。 螺旋の様に織りなされる声と共に耳をピンと立てて、腕を振り上げたミーノ。 奏でられる音色は彼女のアイドルオーラに乗って神々へと伝えられ、降り注ぐ息吹を戦場に齎すのだ。 「ミーノのこんかいのさいじゅーよーポイントはたおれないことっ!!!」 彼女が居るだけで仲間の能力が跳ね上がる。 年端も往かぬ少女然とした彼女なれど、このアークに来てから幾百の戦場を駆けてきた。 覇界闘士の能力に限界を覚え、闇騎士へと転向した彼女はきっと天性の才でその結果を導き出したのだろう。彼女の声は仲間を勇気付け奮い立たせる歌姫の属性を持つのかもしれない。 それに加えてベルカは自身の誇る獣の本性。勝利への渇望をクェーサーの教理へと換え、リベリスタ達を『逸脱』の境地へと導けば、猛者である琳花といえど苦戦を強いられる事は必然だ。 ベルカは耳を欹てて音を聞いている。この鬱蒼と茂った樹木が邪魔をして相手がどこから襲ってくるかが分からないからだ。 猟犬の如く忠実に。 従うべき主は既にこの世には存在しないのだけれど。 その意志はベルカの中に忘れられぬ記憶となって刻みつけられている。 五感を研ぎ澄ませて相手が立てる音、身体に付けている芳しい花の香り、木々の葉が揺れ動く様。 何時もこうして獲物を追い立てていた。 深く、深く研ぎ澄まされて行く感覚。猟犬の本分。 主に喜んで貰いたい一心で戦場を駆け抜けていたあの頃の様に獣の声が内側から溢れた。 「うおおおお! そこかぁあ!」 четыреを茂みの中に突き入れれば、飛び出した狐女の攻撃が応酬する。 彼女の靭やかな身のこなしから繰り出される技術体系は一度に多数を相手取る事さえ可能にしていた。 「なるほど。これも特性の一つで御座るか」 ベルカの側に忍び寄っていた幸成が、彼女諸共琳花の攻撃に飲み込まれて後衛まで引いていた。 傷の手当を受けながらも貪欲に相手の技術を吸収しようとする心意気は敬服に値する姿勢。 「そうみたいですね」 最前線から遠のいて居ると己を称した幸成だが、それを感じさせない機転を持ちあわせていた。 常に木々の間に身を隠し、仲間さえも隠れ蓑に目標へと近づいて行く様は狡猾を象徴する『蛇』の在り方に相応しいものだろう。 裏を返せば、狡猾は臆病さに変わる。だが、であるからこそ。己自身を過大評価しない幸成は分析能力に長けていると言えよう。 アークのリベリスタ達は精緻な分析と綿密な連携で戦場を優位に立ち回ることに成功している。 さりとて、隙を突いて攻撃が後衛にまで及ぶ事もある。 琳花の獣化因子の操縦を読み取らんとしていた光介を捉えた攻撃。 今まで光介は後方から戦況把握を行う際、五感を高めるのは魔術の領分と決めつけてきたのだ。 聡明さを押し出す形で成り立つものではない部分。 (考えてこなかった……草食動物の生存本能を活かす術を) 臆病な羊の危機察知力を術式に取り込む事ができるのならば、それは獣の因子を持つ者にしか体現しえないものだろう。 「術式、おののく羊の閃き!」 光介は攻撃を受ける瞬間に頭部をその軌道に晒した。 何故なら、そこには少年の獣部分を象徴する『角』が存在し、彼女の後ろには凶鳥を構えた幸成が居たからだ。 弾ける光介の角と幸成の呪縛で動きの止まった琳花。 「さぁ、ショウダウンだッ!!!」 ウルトラマリンの髪を掻きあげて、この瞬間を待ち望んでいた者がいた。 青き神速・司馬鷲祐。 集中に集中を重ねて放つ技は我流超速戦闘術『神速斬断』――竜鱗細工! 「返してこい、琳花ッ! 貴様の持つ最大の力でッ!!!」 ● 「琳花殿が伝えたかった事とは何で御座ろうか」 「そうですね……」 大の字に横たわる光介が答える。身体なんてもう、指の一本さえ動きやしない。 琳花の力は、真似出来る力ではないが、ある意味では最早「つぶしの利かない」能力だ。 例えば、鷲祐は既にその域へと一歩踏み出し始めているのだろう。 アークのリベリスタ達はやがて、おそらく近いうちに踏み込む、いや、踏み込みはじめている高みの、己の生き方と能力を見せた一つの終着点。 否、彼等が必ず到達するであろう、行く先、その中の一つの可能性を示唆する事なのだろうか。 彼等は、神秘の深淵へといよいよ踏み込み始めたのだ。 「そーいえば、アーティファクトってどこにあるのかなー?」 「あ!」 それだけ楽しく心躍る戦闘だったということだろう。 再度尋ねた琳花にまた会う約束をして、彼等は赤い小箱を手にアークへと帰還するのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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