● 今年の列島から早くも去ろうとする太陽を、ぎゅっと抱きとめた南国の島。 きらきらと煌く遠浅のビーチからほど近く、青い海へと桟橋の様に張り出しているのは水上バンガローだろうか。 朝とは言え既に日差しはきついが、海風がそよ吹く屋根の下はずいぶん涼しく感じられた。 木製の床をサンダルで歩けば、ぽくぽくと小気味良い音が響いてくる。 風情は南国のカフェ&バーといった所だろうか。急ごしらえの様だが、壁には美しく染められた布や、南国風の花飾りに彩られている。席はビーチに近いテラス席とソファ席に分かれている様だ。しっかりとした分煙の心配りもニクいもの。さすが我等が時村財閥は、手抜かりなくラグジュアリーなリゾート空間を演出してくれている。 そんな場所を一人、所在なげに歩いているのはアウィーネ・ローエンヴァイス(nBNE000283)という少女である。 「ふん……」 アーク設立当初からの盟友であるオルクス・パラストから、先日アークに出向してきたばかりという話だ。とはアークに名の知られているのは組織首魁たる彼女の母シトリィンと父セアド、後は少々の出向者であろう。アウィーネに関しては顔はおろか、名すら知らないリベリスタも多い。 ともあれ。アークにとっては非常に重要な戦いが終わったらしく、ようやく念願叶っての出向である。極東の小さな組織だったアークが、あの最悪の『バロックナイツ』を立て続けに打ち破り、ミラーミス相手にすら勝利を重ねる伝説は彼女も良く知る所だ。彼女とてこの年齢にして魔術刻印を纏う優れたマグメイガスであるが、アークのリベリスタが積み上げた戦歴というのはその程度ではないのだ。 三高平市内にあてがわれた部屋には、とにかく大急ぎで荷物を展開した。服も下着もしっかりと仕舞い込んだ。机や本棚には勉強道具を置いてみた。古臭い分厚い何冊もの魔術書も仕舞い込んだ。この時にはどうしても母の冷たい瞳を思い浮かべてしまい、少々眉をしかめながらではあったが。 夏休みの期間が終われば三高平の学校へ転入生になるのだ。学校は楽しみだ。家庭教師育ちの彼女には初めての経験でもある。 実家の猫の写真も机にちゃんとセットした。荷造りの時に父が小さな額縁にいれてくれたものである。他には細剣を磨きあげ、アクセス・ファンタズムなる脅威のアーティファクト収納装置に仰天したりもした。 胸が高鳴った。これでとうとう噂に伝え聞く、アークの英雄達と肩を並べて戦えるのだ。ついでに日本の携帯ゲームにもちょっとだけ興味があったりもした。もう何年も前の事、サンタクロースへの手紙を枕元へ置いた事があった。日本の携帯ゲームと、なにやら剣を振り回し怪物と戦うソフトが欲しかったのだ。目覚めた朝に靴下を突き破っていた代物こそ、この細剣であって……それはどうでもいい話であるのだが。 そんなこんなで彼女は意気揚々とアークのリベリスタとなる決意を固めたのである。 が。その矢先にコレである。 なんだかプライベートリゾートな南国の孤島に連れて来られて、挙句の果てにはビキニまで着せられて、ビーチに放り出されてしまった。 時刻は午前八時半をまわった頃だろうか。先ほどまで水上バンガローを奥まで照らしていた陽光は、それなりの高さに昇っている。 日光を逃れたアウィーネは安堵した。南の島に連れて来られてからは苛立たしいやら、肩透かしを食らったやらで少々不機嫌にもなったのだが、父母の居る窮屈な場所を抜け出したというのは悪くない気もしてくる。多少気位は高くとも、根は素直な少女であった。 先ほどの事、かの室長殿からは引越し疲れの癒しと、アークのリベリスタへの顔見せを仰せつかってしまっていた。身体を動かす事が苦という訳ではないが、屋内で座学のほうが性に合うのは魔術師だからだろうか。 なんとなく苦手な日差しというモノの下で、よりによってこんな格好では落ち着かない。とりあえず腰にパレオを巻きつけ、肩から適当な薄物を羽織っては見たが、結局ビーチには立ち寄れずに静かな方へ、静かな方へと吸い寄せられる様に歩いてきてしまったのであった。 ふと『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)が視線をあげると、近くに少女が立ち尽くしていた。年齢は同じくらいだろうか。エスターテ自身の外見はせいぜい十歳そこそこにしか見えないから、比べればこの少女のほうがずいぶん大人びて見える。 観察するまでもなく視界に飛び込んでくる肢体に、エスターテはつい視線をそらした。可愛らしいビキニに包まれているのは母譲りの生意気な胸元である。こんなでも実際には年下であったりするのだが。さておき。 「え、と。座りますか?」 読みかけの文庫本を閉じ、エスターテは近くのソファを指差す。 「え、あ。ああ。その、ありがとうだ」 エスターテの呼びかけに答え、戸惑う様に腰掛けたアウィーネの視線は落ち着かない。むっとした様な表情の裏では、どことなく照れている様な気配が漂っている。なんだかいい人そうだな、とエスターテは思ったが、特にかける言葉も思いつかない。 「私はオルクス・パラストから出向してきたアウィーネと言う。そなたとの出合いに感謝を。どうかよろしく頼む」 「え、と。アークのエスターテです。よろしくお願いします」 しかつめらしい挨拶の応酬。ドイツ人とイタリア人が日本語な上におじぎ付き。きっと二人とも余り人と触れ合うのが得意ではないのだろう。かなり微妙な空気が流れている。 「お飲み物はいかがなさいますか?」 沈黙を破ったのは、給仕の一声だった。 「あ。そうか。その、では紅茶を頂こう」 「こちら紅茶のメニューでございます」 手渡されたメニューはずしりと重く、種類は豊富な様だ。 「この……」 指差す。 「ダージリンのセカンドフラッシュを頼む」 「かしこまりました」 ダージリンティーは程なくしてやってきた。 可愛らしいティーコージーの中から姿を見せたのは、カップとおそろいのティーポットである。 (ドイツのだ……!) 異郷の地で見つけると、なぜだかちょっと誇らしいもの。 砂時計がゆっくりと落ちるまで。たっぷりとゴールデンティップが含まれた上質な茶葉を蒸らして。そっとカップへ注げば、穏やかな色彩が満ちて往く。 フレッシュなマスカテルフレーバーが鼻腔をくすぐり、後から僅かに百合と蜂蜜、それからドライフルーツの香りがやってくる。 エスターテはこのウバを飲み終えたら、次はダージリンにしようか等と思ったのだが。 ――ぐにゅ~~。 妙な音を耳にしたアウィーネが硬直している。 エスターテは頬をそめ、静謐を讃えたエメラルドの視線を泳がせた。 よりによって初対面の相手に、おなかの音を聞かれてしまうとは。 紅茶をおかわりする前に、朝食のサンドイッチを頂こう。そうしよう。 桃色の髪の少女は小さな決意を胸に―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月13日(土)22:11 |
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●08:47 Am のたり、のたりとゆるやかな波の音に乗って。 ヘ長調の軽やかなメロディーがやさしく耳に語りかけてくる。 間近で聴けば音圧と振動が胸の奥を心地よく揺さぶり、思わず固唾さえ呑んでしまう。 潮風と太陽に祝福された朝の豊かなひと時―― 彩るのはベートーヴェンのバイオリンソナタ第五番『スプリングソナタ』の音色だ。 ピアノの伴奏はカフェスタッフの即興である。 演奏を終えたアンジェリカは、フェアリーローズの瞳をそっと開いた。 「すごいな……」 嘆息と共にアウィーネが拍手すると、周囲の客やスタッフ達も一斉に拍手をする。 演奏の終わりから僅かに遅れたのは、きっと聞き入られてしまっていたからであろう。 イタリアはクレモナ出身のアンジェリカであったが、演奏したのはドイツの曲である。 初めて出会ったアウィーネの故郷に合わせて、話をする切欠にでもなればいいと考えたのだ。 ここから上手く話して、例えば母譲りであろう胸はどうやったらそんなに大きくなったのか、なんて聞こうとも思っていたのだが。 いきなりそんな事を尋ねたら失礼だろうかなんてぐるぐる考えていたら、結局挨拶だけになってしまった。 けれどいつでも聴かせられるとの言葉に、アウィーネはちょっと嬉しそうな表情で力強く頷いたからきっと良かった。 新たな出合いの後は、朝食でも頂いてさっそくビーチへ遊びに行こうか。 「――Guten Morgen」 リセリアは小耳に挟んだのだ。 その名はアウィーネ・ローエンヴァイス。出自はシトリィンとセアドの娘。 つまりオルクス・パラストの総領娘がアークに来た、と。 「Guten Morgen」 はたと顔をあげたアウィーネも同じく挨拶を返す。 「Ich freue mich, Sie zu sehen――初めまして、アウィーネさん」 「そなたはエーレンベルク殿の……お会いするのは初めてか、アウィーネだ」 彼女の父母に自己紹介が必要だったのは無理からぬ事だが、娘のほうは出向にあたって結構勉強したのだろう。 「そちらは葛木猛殿でよろしいか?」 「はは、俺は嫁さんについて来たみたいなもんだけど、宜しくな」 「こちらこそ、よろしくだ」 「年齢は離れてるが、構えずに相手してくれよ」 「もちろんだ」 また機会があれば、模擬線でも出来たらいいなと思う。 猛の場合はどこかで遊ぶより、よほど相手と分かり合えるというものだ それからリセリアは他愛もない話をしつつ観察してみたが、アウィーネは父母への反応が硬いだろうか。 (――成程、確かにシトリィン様の御息女らしい) 確か年齢は十四歳の筈、難しい年頃、という所だろうか。 最もリセリア自身も己が未熟さへの痛感から、養父の姓を名乗らないような時期もあった。 もしかしたら眼前の少女が直面している状況も、それに似ているのだろうか。 「慣れるまで色々大変だと思いますけど……何かあれば。よろしくお願いします」 握手をしてから一歩退いていた猛がうーんと唸る。 「両手に華って奴かねえ。いやあ、綺麗所揃いで俺は満足だぜ」 朝の海辺。主張する所はしっかりと主張している二人の肢体。 「リセリアは言わずもがなだし、アウィーネも将来が楽しみだな!」 真っ正直な感想だが、はてさて―― という訳で今日は朝カフェ。そう、朝カフェ。 「遊ぶなら、朝ごはん、しっかり食べなきゃ……だよ」 折角南の島に来たのだから。 お腹から可愛らしい音を響かせるはらぺこシエナ。。 パエリアにピッツァ、パスタにリゾットのお皿を抱えられるだけ抱えて。 「え、と、こちらへ」 めいっぱい抱えたものだから前も見えないが、どうやらエスターテが着席させてくれたらしい。 「お久しぶり、と、はじめまして」 「シエナさん、お久しぶりです」 今日も……ごくり。すごい量である。 「初めまして、アウィーネだ」 席へと戻ってきたアウィーネも共に、イタリアとドイツと、イギリスはウェールズの少女も朝食だ。 サフラン香るパエリアを頬張れば、ぷりぷりの海老にムール貝、やわらかなイカの旨みがふわりと広がる。 アウィーネはアークへ得がたい経験をしに来たという話だが、魔女としての系統は違えど実力はシエナとそう変わるまい。 「自由。生。経験。探求。アークは向いてる気がする……よ?」 「ありがとう、その、先輩――」 アークの新人目線で感じた事、きっと気になるであろう事、こうして語らえば二人の糧になる筈だから。 そうして皆が朝食を食べ終えた頃。まっすぐに歩いてくるのは拓真である。 「初めまして。君がアウィーネ・ローエンヴァイスかな」 ローエンヴァイス家の令嬢がアークへやってきたと聞いたものだったが、まさかこんな所に居たとは。 「むむ。そうだ。そなたはもしや新城拓真か。これは光栄だ」 おっと、名乗りの先を越されてしまったか。 「アウィーネと呼ばせて貰って良いか? こちらも好きに呼んでくれて良い」 気軽な声掛けだが、安心感がある。 「ありがとう。ならば拓真と呼ばせて頂こう」 日本に来てそうそう、早速ビーチへ投げ出されて困惑もしているだろうがと拓真は切り出した。 図星を指されたアウィーネは僅かに頬を染めるが。 「あの死闘の後だ。常に気を張っている訳にもいかん。これも任務の内だと理解してくれると有難い」 今の境遇に不満はあったが、これほどのリベリスタがそう言うのだからしっかりと学ばねばなるまい。 「それに、その水着も中々似合っていると思う」 一瞬目を見開いたアウィーネが頬を染めて硬直する。 何もしなくても何れ時は来る。 俺達はその時に動けば良い。 「ようこそ、アークへ。君が多くを学び、それが未来を拓く力になる事を祈るよ」 そう差し出した右手を握り返す少女の手は、ガチガチに強張っていた。 ●11:56 Am やがて燦々と降り注ぐ太陽の光は真上に昇り、乾いた木の床は反射光で白く輝いて見える。そんな正午。 海で遊んだ後は、しっかり腹ごしらえだ。 リルが頼んだのはクラブハウスサンドにサマーティーのルージュだ。アルコールを飲むにはまだ二年ばかり早いから。 かりっとしたトーストにかぶりつけば、新鮮な野菜に包まれたターキーのきめ細やかな肉汁がじゅわりとあふれ出す。 連れ立つ凛子はココナッツのパンケーキを頂く。少女の様に見えるリルだが、さすがに男の子。しっかりと食べるものだ。 「やっぱり、夏の海はいいッスよね。凛子さんの水着も見られたッスし」 太陽の光を感じるテラス席で、みずみずしい肌がきらきらと輝いている。 「リルさんに私を見てほしかったので、少し大胆なものにしたのですよ」 凛と真摯に、ともすれば硬く見える凛子だが、時折見せる大胆さと照れた微笑は、リルをどきりとさせる。 ゆったりと流れるのは、紅いサマーティの様に甘酸っぱい時間。 照れつつも素直に返す凛子とリルを結んでいるのは、いつしかかけがえのない深い絆になっている。 「あ、凛子さん。ちょっといいッスか」 口元のココナッツミルクを指でぬぐわれ、凛子が頬を染める。甘くてどこかエキゾチックな南国の香り。 「デザート気分?」 「自分で前にやったことですが……やられてみると恥ずかしいものですね」 はにかむ凛子の笑顔と共に、二人が想うのはローズティーとディンブラに彩られた五月。鈴蘭の記憶―― その近くでは俊介と杏樹のランチタイムだ。 「俊介は何か食べるか?」 まだ濡れたままの水着姿で杏樹は首を傾げる。 「俺は、ハンバーガーでいいかなあ」 俊介の答えを聞き、杏樹は杏樹で海鮮リゾットを頼んでみる。 ふと思うのは俊介の水着姿の事。なかなか新鮮に思えるのだ。 俺、脱がないしな。そんな答えを返しつつ俊介はハンバーガーにかぶりつく。 バンズに挟まれた分厚いパテからあふれ出すのは熱々の肉汁。揚げたてのポテトもほくほくと美味しい。 「意外と筋肉質なんだな」 あまりジロジロ見るのも失礼かと思った杏樹は視線を外す。 俊介としても細身ゆえ、そんな風に言われるのは珍しいのだが。言われてみればそこはかとなく嬉しいもの。 それにしても俊介が食べながら思うのは―― (水着の杏樹ちゃんを捕まえる事ができるだなんて、この夏俺はラッキー☆ 濡れてるシスター、嗚呼、最高!) 愛らしくも背徳的な肢体に胸のあたりをじー。 これは美しい稜線だ。 (うひひ、飯がうまい、飯がうまいのう!!) この丘があればごはん何杯もいける。ハンバーガーだけど。 「杏樹、また綺麗になったな」 「!?」 唐突な呼び捨てに、思わずリゾットのソフトシェルシュリンプを転がしそうになるが、なんだかんだそれくらいの付き合いになるか。 ここでまさか『あーん』とか、そんなオチが。 「一口食べてみる?」 あったあああ!!!? マジかよおお!!! という訳でシスターの間接キスを頂いた俊介。 「代わりに私も一口もらおうか」 大量に食べずとも、シェアすれば二倍美味しいランチタイムなのだった。 こちらも先ほど海で遊んだばかりの二人。 「これだけの品が揃っているのをみると、影ト陽(うち)ももう少しレパートリーを増やさないとと思ってしまうな」 ずしりと重いメニューを眺めて雷音は、総勢三十七名を誇る大手コーポレーションの管理人なのだ。 「うちも中々レパートリーあるとおもうんだけどな」 明るいテラス席で首をかしげる虎鐵の意見は最もで、影ト陽のメニューもかなり豊富なのだが。 そうこうしつつ、雷音が注文したのはアイスサマーティのネージュとクラブハウスサンド。 虎鐵はハンバーガーにコーヒー、あとは新鮮な近海魚のカルパッチョだ。 「む、これは美味しい、虎鐵も食べるのだ」 「……ん」 こわもての虎鐵が周囲に目を配り、あーんと頬を染める様は妙に微笑ましい光景だ。 「お前は随分と甘えん坊になったみたいだな」 くすりと可憐な雷音の笑み。 香ばしいトーストに挟まれたターキーと野菜をかみ締める虎鐵が口を離せば、ジューシーな炙りベーコンがぺろりと舌を覗かせる。 「虎鐵、髪がべたべただぞ」 「ん……ああーそりゃあ海で泳いだからな。雷音は相変わらず綺麗な髪だけどな」 虎鐵の髪を拭う雷音の髪はさらさらで―― 「君をこうやって構うのもここちがいいのだぞ」 くすくすと微笑む可憐な少女が、はたとその手を止めたのはついぞ先の戦いの思い出。 「君が失われるかと思って、本当に、怖かった」 義娘さえ無事ならと、虎鐵が己が身も省みず修羅道を斬り拓いたあの日の事。 雷音はやっぱり…… 「大丈夫だ。雷音……俺は死なない。お前を置いて絶対に逝かない」 二人が逆の立場であれば、虎鐵は発狂しているとさえ想える。 己自身も、なんとしても彼女の為に生き延びなければならない。 「うん、約束だ。来年もまた、こうやってこの南の島でのんびりとバカンスをしたいとおもっている」 ……試練の時は恐らくそう遠くはねぇが。 それでも太陽は、ただただ眩しくて。 ●00:12 Pm 「わぁぁ、その水着とても可愛らしいわっ。流石は私の妹分。どこに出しても誇れる愛らしさよ」 開口一番、そう述べたミュゼーヌの装いは今年のレオタード風のそれ。ブルーの羽衣が美しく彼女のスタイルが良く映える。 「え、えへ。そお……? かわい?」 照れている旭も今年新調した浴衣風のおしゃれで可愛らしい水着だ。 「ミュゼーヌさんもとっても素敵なの」 ドレスの様な去年の水着とはうってかわって。 「去年は華やかで綺麗、てカンジだったけど、今年はかっこよくて綺麗……! (*ノノ)」 「ふふ、私も素敵でしょう」 とくるりとターンを決めてご満悦。 「さすがわたしのおねえさまなの」 きらきらとした瞳で見つめる。 サマーティのヴェールから、甘くフルーティな香りを漂わせて。 百合、じゃない。ええと。席についたらお食事タイム、なのだが。 ミュゼーヌ達は美味しいものをお腹いっぱい――という訳にはいかない。 「……旭さんもこの後、彼とデートなのよね?」 「うんっ。このあとはね、一緒に海の中お散歩するの」 彼の髪を思わせるサマーティのルージュから、深く甘い香りが立ち上る。 二人の前にあるのは、ほんの軽いサンドイッチである。 「うん、勿論私も……彼と海で遊ぶの」 スタイリッシュなミュゼーヌも、愛らしくも素敵な彼を思い浮かべるとついつい照れくさくて口ごもってしまう。 「えへ、そっかぁ」 そんなラブラブな二人が好きだから、旭もついつい柔和な笑顔がこぼれて。 けれどそんな甘々ガールズトークは、やはり戦闘の準備に過ぎないと言うことか。 髪が崩れたりしていないか。水着でおかしな所がないか。 「だいじょーぶっ。ミュゼーヌさんはいつも完璧に綺麗だよう」 後はちょっと位、大胆に甘えてみるべきか。そんなミュゼーヌからの討議に、すかさず旭も逆に隙を見せてもいいのかもと。 そんな二人の表情は真剣そのもので―― 「旭さん……互いの健闘を祈るわ。素敵な思い出にしましょうっ」 「おたがいがんばろーねっ」 天よ。どうか二人の女神に武運を授けたまわん。 等と言う場面とだいたい同じ頃。 伊吹と日鍼、【兎と黒】の二人がカフェで食事を楽しんでみれば、片隅に出来たちょっとした人だかりに気づきもする。 「噂のオルクスの姫君か」 その中心はアウィーネだ。アークの盟友オルクス・パラストから出向してきた総領娘である。 「なるほど、幼いなりに母君の美貌を受け継いでおられる」 いささか将来有望すぎる胸に視線を注ぐ伊吹に気づいたアウィーネは、遠くからそっと会釈を返す。まさかどこを見ているかなど気づいていないのだろう。余りに無防備だ。 「日鍼、大丈夫だ。育ちの良いお嬢様は不意打ちに弱いのだ」 運命ならば共に征こう――まだ見ぬ戦場、あるいは地獄か。 この昼、二人には一つの意思があった。 (ふふふ……今日は伊吹君と一緒に、アウィーネちゃんをナンパするっていう大きな目的があるねん!) 「正直日鍼はいい線いってるから健闘すると思う」 そう述べるとそっと送り出す伊吹。おっと、一人になったてしまったが、伊吹の方は飲んでしまっているから仕方がない。 日鍼が双子の妹と共に二十歳になるのは来年の七月か。 「わいは日鍼。よろしくねん」 「その、アウィーネだ。よろしく」 必殺。挨拶からの華麗なる世間話! まあ伊吹の唆しは酒の勢いでもあるのだが。 「日本にはまだ慣れへんかな?」 「その、そうだな。日本にはまだ慣れていないが」 どうにか会話は成立する! と、他愛もない会話を続ける日鍼だが。 「またお喋りしたいから連絡先交換しよしよっ!」 ついに聞いてみた。どや、めっちゃ玄人やろ!? 「いや、その。ないんだ」 ??? 「すまないが。携帯電話を、私はもっていない……」 (うん、まあ。がんばれ) 伊吹はため息一つ。 深夜には反省会だろうか…… ターゲット確認。 (エスターテたん15歳とアウィーネたん14歳か――) 竜一が二人の少女を視認した刹那、エスターテが視線を上げる。驚愕した様な表情という事は、おそらく『行動を読まれて』いる。 「やあやあ、お兄ちゃんだよ!」 アウィーネを庇う様に立ち上がったエスターテ。これがフォーチュナの力――だがそれでは意味がない。竜一はエスターテを思い切り抱きしめる。 「エスターテたん!」 「う、うう」 「海外では、挨拶はハグだよね!」 「よ、よせ。早まるな!」 その勢いのまま、立ち上がり硬直するアウィーネにもむぎゅむぎゅ。 「これは、かの結城竜一殿とはしb――「よろしくアウィーネたん!」ぐえっ」 「まーた理由つけて抱きついて」 暇そうな竜一を見つけた壱也は、一緒にご飯でも食べにいくかと思ったのだが。 「いっちー!」 むぎゅむぎゅ。 「ってうわぁ! わたしは純日本人だからせんでいい!」 「おーい! グルメ公主!」 なにやらどっさりとクーラーボックスを抱えたツァインがやってきた。中にはぎっしりと新鮮な海産物が詰まっている。これで裏メニューの成立条件が整った。 「さすがグルメ公主! 朝は軽くサンドイッチで抑え昼からガッツリ食べるという事だな!」 「い、いえ。え、と」 胸部戦力が強力なアウィーネはビキニの上に軽く羽織った姿だが、エスターテが水着でないのが残念なようなホッとしたようなっと、そんな事を思っていたら通報されてしまうかもしれない。さておき。 「こちらはツァイン・ウォーレス殿だろうか。アウィーネと呼んでくれ。よろしくだ」 「うお、よろしくっ!」 面識はないが、結構知られているものだ。 「アウィーネも最初がここで良かったな! 歓迎会も兼ねられるし、ようこそアークへ!」 「歓迎痛み入る。ありがとう」 「バーベキューのご用意を致しますので、皆様テラス席へご移動下さい」 そんなスタッフの声で促される。量が量だから、もうなんかこうなったらこの辺りの人みんながターゲットである。 「エスターテちゃああああん!」 「わ、わっ、ルアさんっ」 どどーん! むぎゅう! 「一緒にごはんたべよ!」 「え、と。はい」 「竜一くんに変なことされなかった!?(キッ!)」 「え、え。えと。その」 「しっかりと挨拶をしたんだよ、うん」 わいのわいの。 「なんだか凄い事になっているね」 さて食事でもと思っているうちにスケキヨにジースまでBBQコーナーへと案内されてしまった。 こんもりと用意されつつあるのは岩牡蠣に近海のお魚、伊勢海老にアワビ。 そしてルアが頼んだサラダにピッツァ、パエリアと岩牡蠣。そして果物。 ぐにゅーと、親友と二人でお腹がなるから二人で笑ってしまう。午前中に泳いだルアだって腹ペコなのだ。 「この新鮮な海の幸と果物……! お腹を空かしてきて正解だったよー」 スケキヨの前にも次々と並ぶ品々はかなりの量である。 イタリアンドレッシングのサラダに、シェフのきまぐれピッツァは海老やイカに小柱と海鮮風。 「さあさ! 若い二人はフレッシュな飲み物がいいよね!」 「エスターテちゃんとアウィーネちゃん、はいこれ、生絞りジュースだって!」 ドンと置かれるフレッシュジュース。壱也が持ってきたのは流行のアサイーや、定番のオレンジ等様々だ。 「ありがとう、ございます」 「ありがとう。いや、これはなんだか、すごいな……」 「いっちーは、はい! アウィたん歓迎ってことで、ドイツビール! 白ソーセージでいこうぜ!」 ツァインはアイルランドのスタウト。樽入りの生である。 「ぐいっと一杯! まあ、のめのめ! ぐびぐびと!」 という訳で、奇しくも大所帯になってしまったが乾杯だ。 「お、気がきくね! ドイツビールにはやっぱりソーセージだよね!」 熱々の銅鍋で白ワインやブイヨンと共に温められたソーセージを取り出せば、湯気と共においしそうな香りがふわりと漂う。。 壱也がヴァイスヴルストにフォークを指せば、上品な油の混じった肉汁がじゅわりとあふれ出す。マスタードをつけて頬張れば。これは「んまい!!」 「エスターテも色々食べるといいぜ。でも、無理しなくてもいいからな」 海老に貝、お魚。それからソーセージ。食べ物は山ほどあるが、ジースは少量でたくさんの種類を皿にのせてやる。 「あ、ジースさん。ありがとうございます」 「今度はエスたんの故郷のイタリアワイン!」 「!?」 あからさまにキョドるエスターテだが、丁度イタリアはシチリアのロゼがあるようだ。 「プロシュートでいこうぜ! さあ、のめのめ! ぐびぐびと!」 食事に合わせて甘すぎず。軽くフレッシュな飲み口の微発泡が丁度いい。 「ありがとう!これおいしいなあ~! ワインにはチーズ!」 プロシュートに薄焼きのカリカリパン。添えられたオリーブオイルは薫り高いエクストラバージンから、ハーブやニンニクの効いたものまでお好みで。 そしてチーズの盛り合わせ。 ハードに白カビに。それからトマトとよく合うモッツァレラ。ゴルゴンゾーラとマスカルポーネは合わせて頂いてもいい。 「んまい!」 アウィーネはナイフとフォークで姿勢良くカルパッチョを摘んでいるが、これではいけない。 「上品に食べるのもいいが場所に合わせた美味い食べ方ってのもあるんだぜ? な、ターテ!」 「え、え……ええっ!?」 ボイルした伊勢海老をむしりっバクリッ。モグモグ……。スタウトをゴキュゴキュ…… 「ップハァァーッ! うっめぇぇぇ!!」 ぷすりと笑ったエスターテが、自分も手づかみで焼けた海老の皮をむしって頂く。 それを見たアウィーネも慌てて真似をするから、なんだかなんだか。 宴は続く。 「よしよし!」 壱也のいい飲みっぷりに関心してしまう竜一である。 「なんかぐるぐるしちぇきらそ!」 ちぇけらっちょ。 「次はやっぱりここ! 日本! 日本酒だよな!」 「これおみず? ん~おみるうまいあじがする」 口当たりの良い日本酒は、かなり酔って来ると水より美味い謎の水になってくる。やばい兆候だ。 あては岩牡蠣を焼いて。くつくつとしたら硬くなる前に頂いてしまう。レモンも良いが、ここは醤油をたらすのもいい。 「りういちーそーせーじたべさせてはやくーおしゃけもはやくーはい、あーんしてー」 「よしよし! 牡蠣がやけたよー」 「かき? かきやらーーーぽんぽんぐええ」 食べる食べる飲む飲む。酒、魚、肉! あかん。もうこの辺りはあかん。 ●01:13 Pm という訳で。食後のアイスとティータイムはソファ席に戻った【花蜘蛛】&エスターテの一行。 ようやく落ち着けるだろうか。 「何だかWデートみたいだね」 「!?」 スケキヨの言葉にエスターテがなんだか慌てている。 ともあれさすがにソファ席ははちょっと落ち着いている。 「はい、エスターテちゃん、あーん」 「え、と。はい。あーん」 「はい、スケキヨさんもっ! あーん」 始まった仲むつまじい光景だが。 「ジースにはあげないよ!」 突然ぴしゃり。 「おい。何で俺にはくれねぇんだよ! 不公平だ! お義兄さん貴方の恋人が理不尽です」 「おや、お義兄さんって呼んで貰えるなんて……嬉しいなぁ」 仮面の奥の表情がうかがい知れず、ジースが僅かにたじろぐ。 「それじゃあ代わりにボクが……はい、フルーツだよ。あーんして」 「って、スケキヨお前のは要らねぇ!」 これはヒドイ。 「あ! エスターテちゃんに誕生日プレゼント!」 「ありがとうございます……!」 ぞろ長いでろーんとした猫。なぜだかエスターテはこれが好きらしい。 「ドタバタしてたから遅くなってごめんね」 「いえ」 「んじゃ、俺からも。ルアと色違いだぜ」 あけてみればピンクゴールドとローズクォーツで作られた可憐な桜のしずく。 「え、えと。ありがとう、ございます」 生きて帰ってきてくれたから。元気だから。今はただそれが嬉しくて。 ルアが恋人と親友に囲まれた幸せな時間は、皆で勝ち取った時間なのだ。 「来年も皆で一緒に来ようね」 「うん。来年も再来年も、これから先もずっと。南の島だけじゃなくて、もっと色々な場所」 皆で遊びに行こうね。 この幸せがずっと続きますように―― 遊びつかれて寝てしまったのだろうか。 それともやっと戻ってきたひと時の日常に安堵したからだろうか。 姉は寝てしまった様だからジースはエスターテを離れた席へと誘ってティータイム。 「エスターテは紅茶好きなのか?」 エスターテがプリンス・オブ・ウェールズを指定したから聞いて見たのだ。 「好きですが、自分では余り」 「ルアも結構好きみたいなんだが、家では俺に淹れさせるんだよな。お陰で無駄に上手くなってしまったぜ」 お。ちょっと食いついた。 スケキヨが『ファイト』の仕草で送り出したジースは上手くやっているだろうか。 ともかく折角二人がくれた、ルアとスケキヨだけの時間がようやくやってきたのだ。 今、この瞬間さえものんびりと楽しんで。 膝を枕にしてしまっているルアの目が覚めたら、次はどこへ行こうか。 愛らしい額にそっと短く口付けを―― そんな頃。 ミリィはちょうど、アイスティとフルーツの皿を持ったアウィーネを発見した。 お酒の席は大人たちに任せ脱出して来たのだろう。 「アウィーネさん、ご一緒しませんか?」 クラブハウスサンドとアイスティーを持って、思い切って声をかけてみた。 「『戦奏者』ミリィ・トムソン殿か、喜んで」 なんといっても同じ年齢だから、やっぱり気になる物。顔合わせをしておこうと思ったのだ。 アークの知り合いはミリィにとって年上が多い。 同年代、ましてや同い年となると極端に少ないものだから――友達になれたら嬉しいから。 「ミリィで構いませんよ」 「私もアウィーネと呼んでくれ」 良かった。 アウィーネとしても同じ年齢の相手というのは親しみやすいのだろう。彼女も年上に囲まれて生きてきたのだ。 二人が語り合ったのはアークの事、反対にオルクス・パラストの事。日本の事。ドイツの事。 ミリィと過ごす猫のココに話が及んだ時には、アウィーネもちょっと嬉しそうに実家の猫の話を語っていた。 それからアウィーネはまだやった事がないらしいが、どうやら興味があるらしい日本のゲームの事。 少しずつ、興味を持ってくれたら嬉しいから。 気づけばお皿の上も空になり。 「その……良ければまたお話しませんか?」 「ああ、こちらこそ」 「それと、貴女と友達になれたら嬉しいな」 「もちろんだ」 ●02:16 Pm 太陽はまだまだ高いお昼過ぎ。 普段は拳法を嗜む守夜だが、祖母方の血筋は英国は男爵家だったりするから、コーヒーか紅茶かと問われればやはり紅茶だ。 それ故にだろうか。ゆったりと過ごすリゾートの楽しみ方も、堂に入っている。 朝からかれこれイギリス式のティータイム三昧だ。 朝はホットのストレートティーで目覚める。ミルクは冷えたものを先に注ぐミルクインファーストだろうか。 英王室御用達の茶葉は数多いが、お気に入りは見つかったろうか。 昼から夜はアイスレモンティーでさっぱりと。 こうして時間はゆっくりと流れて往く。 「アウィーネ・ローエンヴァイスさんとお見受けします。同席よろしいですか?」 「どうぞこちらへ。そなたは?」 結局朝からずっとカフェに引きこもっていたアウィーネに臣が声を掛けてみた。 臣が名乗れば苗字の方はさすがに良く知られているらしい。 「そうか、あの蜂須賀の……」 「姉に無理矢理連れて来られましたが、こういう場には不慣れで……」 「正直に言えば、私もだ」 福利厚生。時村財閥の力でアークのリベリスタ達に骨休め、羽伸ばしをして貰おうという試みだが。 臣はアークがこれを毎年行っていると聞いていた。 蜂須賀家を体現する臣のこと、以前であれば脆弱の一言で切り捨てただろう。 だがあのR-Typeとの戦いで、アークのリベリスタ達と肩を並べた臣は、彼等がそんな言葉とは正反対の存在であることを確信出来る。 「私は。いきなり遊びに連れて来られた不満もあるのかもしれない」 ぽつりと述べたアウィーネ。 「アークの強さの秘密とは、こういう余裕を持つところにあるのかも知れません」 臣の言葉にアウィーネが頬杖をやめた。 おそらく二人は知る必要があるのだろう。 「アウィーネさん、付き合って貰えませんか」 「わかった」 意外にも素直に応じたアウィーネとて、想う所があったのだろう。 臣は一人で回っても、どうにも面白さは理解出来なかったが、二人なら、あるいは。 ユーヌと真独楽、『二人の少女』(注:略)はたっぷり泳いだ後、水着のままの休憩タイムだ。 真独楽は、普通の。うん、普通の可愛らしい少女である。ユーヌは……えーっと、普通の可愛らしい少女である。 ジューシーな南国フルーツの盛り合わせに、フレッシュなトロピカルジュースが日差しで火照った身体を休めてくれる。 「しっぽ濡れちゃった……あ、でも、ユーヌの羽もしっとり!」 羽根は重く、尻尾も心なしかへんにゃりしているが。 「久々に海でたっぷり遊ぶと疲れるな」 「それじゃ、テラスで乾かしながらだねっ♪」 沢山泳いだからお腹だってすいてしまう。 程なく届いたのは果物とシャーベットだ。甘くみずみずしいメロンに、酸味が心地よいパイナップル。 オレンジにバナナ、ライチにスターフルーツ。 それからマンゴーのシャーベットを一口食べれば、喉も意外と乾いている事が分かる。 「ん、冷たいフルーツも美味しいな」 マンゴスチンにグァバは食べなれない味だが、それぞれ上品な甘みと、心地よい甘酸っぱさが、たまに食べる分には悪くない。 「そっちのはどんな味なんだ?」 「フルーツ超美味しいっ! コレが本場の味かぁ」 「ふむ、交換しようか」 「交換賛成! 色んな味を楽しもう~♪」 「あ…コレ結構好きかもぉ。ユーヌもあーんして~」 「あ~ん」 どぎついピンクのドラゴンフルーツをユーヌの口へぽーい。 見た目に似合わずやさしい甘みが口に広がる。 ころころと愛らしい笑顔の真独楽はキュートに元気いっぱい。いつもの表情のまま、されど持ち前の可憐さと色香を同居させたユーヌ。 そんな二人がお互いの皿に乗った果物をあーんと交換しあう。シェアすれば楽しいし、二度美味しいのだ。 これは、まさか――百合か! そんな声が聞こえる筈もないが。 「ん、日差しが気持ちよくて結構乾いてきたな」 「羽根と尻尾が乾いたら、第2ラウンドだね!」 羽根が妙にパリパリとするのだが。 「潮のせいかな? ふわふわにならないかな~」 さわさわっと。そっと梳る様に触っていれば、ここちよい眠気がゆっくりとやってくる。 こくり、と。ユーヌが舟をこげば、真独楽もひとつ大きなあくび。 「ふむ……」 「日差しもあったかくて、お腹いっぱいで、なんだか眠くなっちゃって……」 一思案。寝て困る場所でもないが。 「……ちょっとだけ、お昼寝する?」 「意外といいかもな」 このままうとうとしながらぼーっと過ごすリゾートも。 さてさて。 遊んだ後の軽食を楽しむ姿は数多く見えるが、まだおやつ時には少々早い。そんな時刻。 厨房を借りてしまっているのは壱和と、シュスカことシュスタイナの二人だ。 最初は店のメニューを眺めたシュスカだが、いまいちピンとくるものがなかった。 そうして悩んでいる内に、結局『作る所から楽しんじゃえ』という流れになったのだ。 幸い材料も豊富そうで、腕の振るいがいがあるというもの。 アイスもフルーツもあって、壱和はパフェやクレープなんかもおいしそうかと思ったが。 「シュスカさんは食べたいものありますか?」 折角なので聞いてみた。 「甘くて――」 時刻も時刻だ。 「少しお腹にたまるもの」 それなら答えはパンケーキだ。簡単美味しいは正義である。 ボールの中に積もったふわふわの雪庭は、しゃかしゃかと振るわれた粉。それから卵にミルクにお砂糖に。 シュスカが手際よくかき混ぜて行けば、壱和もフルーツを食べやすい大きさにカットして行く。 「壱和さんとは何度も一緒にお菓子とか作っているから」 思い起こされるのはバレンタインだとか。 「お互いの手際の良さも分かってるし、動きやすいわね」 そしてきっと一番重要なこと。 「何より楽しい」 そう言いながらも、二人は作業の手を止めていない。 「慣れてるからお喋りも出来て、ボクも楽しいです」 手馴れたものだ。冷やしながら一気に泡立てた生クリームは、口金をはめた袋に詰めて。 これだけでも食べられそうなフルーツを前にして、ふんわりと焼けるパンケーキの美味しそうな香りは軽くテロかもしれないが。 「あ、シュスカさんちょっとそのままで」 「そのまま? ……え?」 両手もふさがっていたし、かわいいほっぺに生クリームがついていたから。 ぺろっ♪ ……! 「うん。美味しいです♪」 壱和の笑顔。シュスカの羽根がポンっと膨らんだ。 (い、いま、壱和さん何した?) 「……あ、あ。うん。美味しいなら……よかった」 じゃなくて。 (ちゃんと平静、装えてるかしら。顔赤くなってないかしら) 残念ながら明らかに愛らしく頬が染まったシュスカを見て、壱和も急に恥ずかしくなってきた。 思わずやってしまって頬が熱っぽいですが、口の中はやっぱり甘く。 笑って―― (普段通りに……できてるでしょうか) パンケーキの素敵な出来栄えはともかく、態度のほうは二人ともぜんぜん出来ていないのでした。 ●02:50 Pm 海なのですっ。 いよいよおやつ時なのですっ。 胸いっぱいに好奇心を詰め込んだシーヴを先頭に、光介とメリッサ。【茨】の面々がやってくる。 人前で水着姿は恥ずかしいメリッサだが、温室で相談していた時の流れで詰め込んできてしまった。なにかと世話の焼けるシーヴからごーごーですっなどと押し切られてしまったのも一因かもしれないが。まあ、海だし。せっかくだし、人の少ない席ならいいだろうか。 「わたわたさんの珈琲楽しみなのですっ」 ここに来たのは他でもない、ブックカフェ『七色の霞』で店長代理を務める光介のコーヒーを頂きにきたのである。 ここの設備は残念ながら手馴れたサイフォン式でなくペーパードリップの様だが、まあ大丈夫だろう。他所でこうするのはなんだか新鮮でもある。それにサイフォンのコーヒーはお店へ飲みに来てもらえばいい。 という訳でカウンターの向こうを拝借して。豆はシーヴ(子供舌疑惑)も居る事だし、深煎りでも口当たりの優しいコロンビアの豆がいいだろうか。 まずは挽きたての豆の中央にそっと湯を乗せる。じわりと広がる豆が水分を全体へ行き渡らせた頃、ぽたりと一滴落ち始めたら手を止める。香りが広がる。表面が乾いてきたら二度目。それから三度目―― 小説、雑誌に写真集から、なんといっても魔術書まで揃うその店で、元々は常連客だった筈の光介である。だが誰のお陰か今ではすっかり手馴れ、嬉しいリクエストなどと感じてしまう程になっていた。 「ふふ、お待たせしました、お嬢様方」 という訳で。お待ちかねのコーヒーだ。折角なので開放的なテラス席へ。海へぐっと張り出したこの場所なら余り人目にもつかない。 メリッサは苦い系統のコーヒーにミルクと砂糖を入れるのが好みだが、甘い香りのまろやかなコロンビアであればちょっと少なめにしても香りが引き立てられていいのかもしれない。 「いい香り-、美味しそうっ」 「あ。ボクはブラックですけど、シーヴさんは、の、飲めるかな……?」 「ふにゃ? ちゃんと珈琲飲めるもんっ。黄色い缶の珈琲とか美味しくて好きなのですよっ」 嗚呼。かの。コーヒー風味の練乳MAX投入的な。 「いただきまーすっ!」 あ、ブラッ―― 「ふにゃっ!? うー、苦いのです><」 シーヴはあうあうと、お砂糖とミルクをたっぷりと足す。 「ふにゃー、美味しいのです>< わたわたさんの珈琲おいしいっ」 ブラックは大人の味っ。 覚えたっ>< また一つ好奇心が満たされた(?)シーヴなのであった。 そんな光景を横目に、まずは香りを楽しんだメリッサも一口。 「わ……光介、さんの珈琲はいつも美味しいですね」 シーヴは呼び捨てだが。さん、付け。 カウンターでなくテラスを選んだ時もそうだが、メリッサはお店に通うせいか少し壁を作ってしまっているような気がしている。マスターと客という関係が出来てしまうと、往々にしてそんなモノであるのだが。 (……ん? メリッサさんがなんだかそわそわ?) ああ、そうか。 いまはもう友人同士。二人と過ごすこの時間は心地良いから。 「光介、でいいですよ、全然」 微笑んで、海風にのせて……万感の思いを込めたひと言を。 「うーん、珈琲の味って酸っぱかったり苦かったり不思議なのです><」 僅かな静寂を破ったのシーヴの声に、メリッサはいつものように世話を焼く事が出来た。 「シーヴはサマーティーの方が甘くて好みでしょうね。あとでデザートも頼みましょうか」 「あっ、甘いのっ。やったー><」 不要となればこれからは呼び捨てにさせて貰うまでだが――メリッサは席を立つ。 シーヴの好きそうなものをもらってこよう。 「えへへ、めりっさおねーさんもわたわたさんも大切なお友達なのですっ><」 胸の奥が、少しムズムズするから。 そんな昼下がり。 「さて」 神秘探求同盟第六位・恋人の座。山田珍n――那由他が動き出す。 「また可愛らしい子が増えたみたいですから」 なぜかカメラ目線のなゆなゆ。 「あ、山田さん」 「これはエスターテさん、どうぞ那由他とお呼びください」 「え、えと、ごめんなさい。や、那由他さん」 という訳で。 今日の目的はアウィーネである。どうやら先ほど臣と出かけた後、戻ってきているようだ。 「はじめまして、アークの那由他です。よろしくお願いしますね」 「オル……私もアークに出向させて貰ったアウィーネだ、どうかよろしく」 これから仲良く出来ると嬉しいなゆなゆ。 そのまま止まっているアウィーネ。ひょっとして緊張しているのだろうか。 「大丈夫、アークには貴女と年齢が近い子達もたくさん居るから。 ちょっと話してみれば、直ぐに打ち解ける事が出来るはずですよ。 勿論、私みたいなおばさんも、貴女のことを歓迎しているから安心して」 「そうか、分かった」 「ものは試しに、皆を誘って一緒に甘味を食べてみるとかどうかな?」 インドア派の様だし、落ち着いた雰囲気で話す方が向いていそうだから。 「さ、誘うのか」 なぜか動揺するアウィーネであった。 こちらは神秘探求同盟第七位・戦車の座。結唯である。 南の島でバカンスというのは、黒装束を纏う謎多き彼女の趣味からは外れる。 仕事でもない限り足を踏み入れる事はないが、今回は珍客が居ると聞いていた。 そんなこんなで足早に歩いていると、見慣れない顔とばったりと出くわした。 「誰だ、お前」 「私はアウィーネと言う。アークで共に過ごさせて頂く事になった。どうかよろしく頼む」 姿勢を正した少女が問う。 「そなたの名は?」 「私か? ……ノワールオルール、クリミナルスタア、遠野だ」 ノワールオルールという単語を耳にしたアウィーネの視線に緊張が走る。彼女はまだ深化を遂げていないのだ。 それはともかく結唯は想う。という事はどうやらこいつがローエンヴァイス夫妻の娘らしいのだが―― 「お前、歳はいくつだ」 「十四になった」 「……年の差家族にも程があるだろ」 「そういうものなのだろうか?」 いや、どう考えても。娘が十四歳。父は百二十六歳、母は三百二歳というのは、ある種の神秘なのやもしれぬ。 なんとなく緊張しているアウィーネだが、先ほどからどうしても気になるものがあった。 「……? どうした」 「いや。その、だな」 少女の視線の先は黒猫。 「触りたいなら構わないが、式神だぞ、こいつ」 「東洋の技か……」 そう呟くと、なにやら思い悩むアウィーネである。 まあ。会いたかった奴にも会えたから。 もう一人を探す事にしようか。 結唯にはまだ、もう一つの目的があったのだった。 ●06:31 Pm 沈む夕日。 『素敵な一日になると良いわね』 世恋はまだ、そんな風に想ってた。 「待ち望んだ夏! アークの金で来る島はイイね!」 赤々と照らされる火車と共に姿を見せたのは。 「ギャアッ」←報告書ではこの部分カットで。何も聞こえませんでした。 ということで。さあ、毎度おなじみ『月鍵チャレンジ』の時間だよ~☆ 「R-TYPE粉砕! とくりゃコレはもう一つだろ!」 火車の言葉に一同(一名を除いて)一斉に頷く。 \包丁師ミソロジー月鍵世恋!/ 今、新たな伝説が紡がれる―― 「今日の獲物は団地の人が釣ってきた」 \巨大ハモ!/ 悠里の解説に一同がどよめく。 カジキマグロ、ヤツメウナギと続いて団地の人、マジ何者。 「おぉっ! コイツぁ大海を飲み干さんがばかりの巨大さから沿岸部でヌシとして崇められ、古く鎌倉時代より龍として崇め奉られたと言う伝説のハモ!」 火車が拳を握る。 「百戦錬磨の世恋ちゃんには捌き飽きた獲物だろうけど、たまには初心に返ってって事で」 「思い出すなぁ伝説の始まりを!」 振り返れば最初に捌いてたのもハモだったっけ。 「なんと! また新たな伝説に一歩踏み出そうと言うのか……!」 固唾を飲み込むレンの視線は真剣そのものだ。世恋の向上心は見習わなくてはいけない。 「数々の獲物を捌き、だが初心も忘れずしかし成長した自分を確認するかのように、また巨大ハモに挑もうと言うのか」 相州伝魚切之太刀を握り締める月鍵世恋の腕はカタカタと震えていた。だってこれ魚類だし。 「き、きっと大丈夫よね……私はフォーチュナ、非戦闘員」 「月鍵さん、伝説の包丁師だったんですね」 周囲と同じく、当然のようにジョブとかガン無視するシンシア。 「私もお店やってて、料理もやるんですけどまだまだ……」 衒いも屈託も微塵もない、謙虚で真摯な瞳。 「月鍵さんの技術、しっかり盗んで帰りますね!」 もうなんかとにかく自分に言い聞かせるしかない世恋。獰猛な顔の鱧と目があってしまった世恋。 落ち着け、落ち着くのよ月鍵……! 一子相伝で受け継がれたその刃の冴えはフォーチュナでありながら、無駄な異能を発揮し、さばいた魚を凍りつかせ、鮮度を保つ程度の威力を見せ付けるという。具体的に言えば100%ヒット的に考えて。【出展:民NE書房~伝説の包丁師は死んだ鱧の夢を見る~】 「す、すごい! 以前も神業と言って差し支えない腕だったけど、今はもうその比じゃない!」 「は、はやい――いつの間に……」 「包丁を動かす『起こり』すら見せず、気がつけば活造りにされたハモが!」 「……おぉ~最早声も出ねぇ」 「流石です!尊敬しちゃいます!」 「まったく視えなかったです! 相手が視えない程の早技で」 「格段に速さが上がっている……!? なあ火車、あれは残像か?」 早技? 残像? 神速? 「オレ等が気が付けないLVでの調理……」 そんなものじゃない。 「いや……むしろ俺には止まって見える……!」 「あるいはあの時に見たバロックナイツ最速の戦士、セシリー・バウスフィールドのそれ以上……!」 これは――こんなものは――!! 「もう『現象』そのものじゃねぇか……」 「もう一言で包丁捌きと言っていいのかわからないな」 「呼ぶに値する呼び名をオレは知り得ん、大世恋現象とでも言えば良いのか……良いのか?」 伝説が作った逸品を食べられるなど! 「俺は――」 「「「俺達は幸せ者だな」」」 という訳で。 快はまず、鱧料理の代表格である湯引き。 伝説の骨切りがなされているから、後は花開かせるだけだ。こちらには梅肉を添えて夏らしい清涼感を演出する。 それから欠かせないのが白焼き。これも日本酒と良く合う。 湯引きに使った湯も無駄にせずやさしい吸物に。 天ぷらはわかもとに習って薄く衣をつけ、素材の味を生かした棒上げだ。 最後に、夏から秋へと移ろうこの季節、海の幸の鱧と山の幸松茸が競演する土瓶蒸しも欠かせない一品である。 快は世恋の仕事を最大限に活かした料理を己に課したから。もうなんか料亭顔負けの品々が並ぶ。 悠里は次々にお皿やお酒を用意していく。 そして新田が仕上げに用意を悠里がするみてぇだからオレは酒飲んで見ててやろう! 「ガハハ! ほれお前等も飲めガハハハ!」 火車、はやくも出来上がり始めている。 お酒は何があるだろうか。 「甘いのがいいんですけど、何かあります?」 尋ねるシンシアには控えのスタッフがそっといろいろお勧めしてくれた。 日本酒ならば甘めの純米吟醸、カクテル系ならば魚介系の食事時であることを考えればミモザだろうか。 「世恋もお酒が飲みたいそうだな、どれがいいだろうか?」 まだあとほんの少し、お酒が飲めない弟分(レン)に配膳を進める悠里が声をかけた。 「レンは……あと2ヶ月の辛抱だね」 「うん、ユーリのお酒に付き合えるのももう少しだな」 「お酒を飲んでるレンって全然想像出来ないけど……」 「むむ」 そんなに違和感があるだろうか……? そしてハイライトの消――がんばった世恋には、初秋の名物たる厳選した清酒・三高平のひやおろしを。 真新しい酒の荒さはすっかりと消え、瑞々しさはしっかりと残る最高の季節である。 「それじゃ、過ぎゆく夏に乾杯しようか」 願わくば、来年も一緒に夏を迎えられますように―― 新たなEpicとMythmythologyに―― 「「「乾杯!」」」 「包丁、お疲れ様。鱧、美味しかったよ」 これで戦いは終わ―― みつけた。 そんな声に世恋が顔をあげると。 「このクエを捌いてもらおう」 そこに居たのは、お魚と一緒に辛口の酒でも頂こうと思っていた結唯だった。 ●07:44 Pm 夕日もどっぷりと沈みきった頃。 晴れ渡った空には綺麗な星々が煌き始めて―― \ゴハーン!/ きらきらした瞳のミーノの前にあるのは色とりどりのケーキ。あまずっぱいタルトに滑らかな舌触りのシフォン。 桃やオレンジのシャーベット、果物を乗せたカキ氷。バニラにチョコにイチゴのアイス。 それからパイナップル、マンゴー、パパイヤ、パッションフルーツにグァバ。 ドラゴンフルーツにスターフルーツ。ライチにマンゴスチン。 \ぜんぶたべるっ!/ 「全部カヨ――」 「ここはみなみのしまっ! リゾートっ! だからフルーツをぜんせいはっ!!」 まぁ。 「今の今まで考えれば別に普通ニイケソウダナオマエ」 「リュミエールもほらっ! おいしいよ~~~~~っ!!」 確かに美味しいのだがっ。 とりあえず冷たいものばっかりだしあったかい飲み物も貰っておこうと、リュミエールがメニューを開く。紅茶がいいだろうか。 戦いが始まったばかりのミーノをじっと眺めるリュミエールは、シャーベットを一口。 あの様子でがつがつ食べてると、そのうち頭がキーンってなりそうであるが。 「ぜんぶたべるまではミーノのたたかいはおわらないっ!」 可愛らしい顔をちょっぴりきりっとさせて。闇騎士さいきょー(略)さぽーたーのしんげきはとめられないっ。 「おいしいものをたべるのにことばはいらないっ、ただただたべるのみっ><*」 これだけ甘いものを連続で食べていると、舌が麻痺して美味しくなくなりそうでもある。 何か口直しと食事メニューも開くリュミエールを尻目に。 「おなかがいっぱいになってたれたらフェイトしよー? でたちあがるっ!」 「フェイトを無駄に使うな」 至極冷静なつっこみだが、これでも心配なのである。 と。スイーツなパラダイスとはうってかわって。こちらはディナーのフランシスカとアリステア。 「私はオレンジジュースだけど、ふらんちゃんはワイン?」 「んー、そうね。わたしはワインでも貰おうかしら」 いいなぁ。 ハタチになってもうじき一年になるフランシスカは飲める歳だが、アリステアは十四歳。 こういう席でいつも周囲はアルコールを楽しんでいるから、羨ましく見えるのは仕方がないが、それよりもご一緒出来て嬉しいから。 「二十歳になったら一緒にお酒呑んでね。約束」 苛烈な戦いに身を置く二人だからこそ。それは絶対に守るべき大切な約束で―― 分厚いメニューを開けば、いろいろあって目移りしてしまう。 「ふっふー。お腹いっぱい沢山食べようねっ」 「制限ないなら存分に食べればいいと思うわ。後の事は後で考えればいいし」 「ダイエット? なにそれ美味しいの?」 ダイエットなんて知らない。宿題も知らない。全部波に浚われてしまうのだ。 「あんたは彼氏いるんだしその辺はちゃんとなさいな」 フランシスカはため息一つ。 「……涼のことは、今は気にしない。ごはん大事」 大切な恋人はちょっとそういう訳にはいかないが、仕方ないのだ。うん。仕方ないのだ。 という訳で。それなら適当に頼んで片っ端から食べればいいと、勝気なフランシスカらしく店員へ注文を告げる。 まずはオードブルから薄切りのズッキーニを飾ったサーモンのタルタル。鴨のオレンジソース仕立てに、それから車えびの頭をギュっと押さえつけたパリパリのお煎餅。 それからお野菜たっぷりなトマトのスープ。リコッタを乗せたサラダに、お肉と海鮮の鉄板焼き盛り合わせ。そして海鮮パエリアだ。 「いやー、一杯頼んだわねぇ」 これだけ並ぶと爽快だが。 ――そうだ。 「はい、あーん♪」 フォークでさしたぷりぷりの海老をフランシスカへ差し出す。 「ん? ああ、うん。あーん♪」 ぱくっ。 かぐわしいサフランの香りの中で、ほんのりガーリックの効いた海老の肉汁がじゅわりと広がって、これはなかなか美味しい。 にっこり微笑むアリステア。バレンタインであーんと頂いたケーキの、これはほんのお礼の気持ち。 けれど。ぱくっと食べるフランシスカを可愛いなんて言ったら。 絶対に苛められるから、それだけは内緒と心に秘めるのだった。 ―― ―――― 「夏栖斗くんとは遊びです!」 「デートだよ! 遊びだけど!」 こちらにぎやかな魅零と夏栖斗の二人。 「今だけデートだね、これすっごい人間っぽい!」 「って、人間っぽいってなに!?」 そうだった。『人』と言ってもらえるから。今はもう決して『物』ではない。 それにしてもデートである。いや、遊びだけど。 こんなイケメンを相手に魅零は眼福である。遊びだけど! こんな可愛い子と一緒に食事とか、男子夏栖斗としては誇らしい事だ。遊びだけど! 「ごめんね、黄桜につき合わせちゃって。でも今すっごい楽しい!」 「いくらでもお付き合いしますし!」 そうこうしている内に、なんかナイフとかフォークとか並べられたし。 「あ、なんかこれ、フォークは外側から使っていくとかそういうマナーがあるんだよね? たしか」 オードブル来たし、って。 「おい!」 「これ美味しいね、ん? 夏栖斗くんいかがしたッ?」 お肉はこうしてナイフでぶっさして頂くのが黄桜スタイル。 「僕もテーブルマナーたいして知らないけど。それは知ってる! みれー、完全に間違いなく確定的にそれは間違ってる!」 「なぬ!? 食べ方があるのね、成程」 「こう、こうだ!」 フォークでぶっ刺す。ナイフで切る。頂きたいから、ひらりと刺さりにくい鴨肉だけど、がんばる! どうにか刺す。フォークに! 「オーケー?」 「……使い辛」 まあ、マナー云々より美味しく食べるほうが重要だと思いはするのだが。 「みれー、鼻のあたまにソースついてる」 「なぬ! 鼻にソースとな」 付かない。普通は付かない。 正しいテーブルマナーじゃなくても日常の食卓で、ちゃぶだいの上にのった焼き魚を箸でぶっ刺してもそこには付かないのは確定的に明らか。 「大丈夫、自分で――ふぇ??」 指先で魅零の鼻を拭う夏栖斗。 「拭ってくれるの? 凄い! もっかいやって! 黄桜今までそんな事されたことなかった!」 パードゥン? ワンモアトライ。レッツぶっ刺し。 「って何してんの! 顔汚れるからワンモアしないで!」 拭き拭き。あーもう拭き拭き。 「夏栖斗くんは安全だから、気軽に色んな所に誘えちゃうね」 そこはやっぱり折り紙つき。 「安全て……それ男子への評価としてどうよ?! いひひ、また一緒してね。 ●21:38 Pm 店の喧騒と囁きの談笑。それから浜や岩から流れる海の音は良いBGMになる。 肴はあのミラーミス――R-typeとの戦いにおける真実と、今後の戦いだろうか。 激動が予測されるバロックナイツの―― いや。 ウラジミールはそこで思考を止めた。 今宵はただ酒を楽しもう。 そういう時間があってもいい。 今日のこの日であれば、これがじっくり飲める一杯であったとしても。 傾けたグラスから澄んだ氷の音色が零れ落ち―― この一杯を飲み込み、明日には戦場へ赴く。 いつも通りなのかもしれない。 けれどこの時の一杯を大切にし、誰にも邪魔されない酒を楽しむ。 これはきっとそういう時間なのだ。 「では、ウダーチ」 夜が始まる。 ―― ―――― 「今日はおおきにな!」 姿を見せたのは日鍼と伊吹。再び【兎と黒】の二人。 「伊吹君には楽しい思い出を貰ってばかりやね」 いろいろあった一日だったが、なんやかんやで楽しくすごす事が出来た。 けれどふと心配になるのは―― 「……そっちにとっても楽しい思い出になっとる?」 「うむ、俺も楽しいぞ」 ふと。 ゆったりと流れる時間の中で、伊吹が真剣な表情を見せる。 ――思えば、伊吹がアークに来たばかりの頃は酷く殺伐とした心持だった。 目的のためなら全てを切り捨てて構わないと思っていた。 そのためにここに来たのだから―― 「な、なんか改めて言われると照れるなぁ……」 そんな気もするが。それより。 「うふふ、わいな……」 辛い過去や娘さんの事、色んなもん全部ひっくるめて伊吹君のことが大好きやよ。 でも一番は楽しそうな伊吹君や。 顔は分らんくても気持ちが伝わってきて凄く嬉しいんやで。 だが、こんな日鍼に出会えた事でどれほど癒され、和まされたことだろうか。 「今俺がこうして生きていられるのは、そなたのおかげかもしれないな」 ありがとう。と告げる。 こちらはほの暗い奥まった席で。 バーテンダーはロックグラスにワンジガーのウォッカを注ぐ。そしてコーヒーリキュールをハーフで。バースプーンでくるくると合わせる。 氷が発する僅かな水分と共に酒達が馴染んだ頃、そっと注がれる生クリームがフロートするのはホワイトルシアンだ。 もう一杯はワンショット程のフレッシュライムに甘みを足して。それからザクロのシロップと氷を軽くシェイクする。 タンブラーグラスに注いだらソーダでそっと満たして、くるりとほんの半回転。 スライスライムを飾ればサマーディライトのグラデーションが美しい。 「お待たせいたしました」 カクテルグラスのナッツ。それからフレッシュな果物と共にドリンクが到着する。 未成年の彼女は、こういったものに詳しくはないから喜平に選んで貰ったのだが、夕日を思わせるサマーディライトに、紫を基調とした薄手のワンピースがプレインフェザーには良く似合う。 肩を寄せ合い、間近に見える闇色の海と星を肴に晩酌。 「暑かった夏も終わりか……取りあえず御疲れ様、そして明日からも宜しく。」 二人だけの時間。 「……うん。甘酸っぱくてさっぱりしてて、美味しい。しっかりカクテル気分味わえるじゃん」 「ね、おつまみ食べさせてー」 果物がいい。 ゆったりと流れる時間。喜平の舌の上で蕩ける、甘さと芳しさは熱を帯び―― 「喜平は……ホワイトルシアン?」 コーヒーゼリーの様に甘そうな一杯に興味がない訳ではないから、いつか一緒に飲める日の為、プレインフェザーはその名前をしっかりと覚えておく事にした。 今楽しめるのは香りだけ。 「大人になった時に、本物飲めるのが楽しみ……勿論、その時も一緒だぜ?」 指と指をそっと絡めた。 「一口飲む?」 甘さに飽いていた喜平にとってはうれしい提案だったろう。 ソーダに彩られた清涼な一口の後――再び甘さを求める様に重なり合う唇は、甘いコーヒーの香りがした。 「極上、たった一口で記憶がとびそうなるほどに」 きっと少し酔っているけれど、気分は良い。 「でもまだ足りないかな」 だから彼女も酔わせたい。この夜を楽しむ為に―― 照明は控えめに。海に映る星明りも良く見えるように。 「かんぱーい!」 こちら夜の照らす席でグラスを傾ける二人。 「オレ達未成年だからな」 快活な笑みのフツを前に、ふわりとした微笑のあひるは、なんだか背伸びした時間を共有している気がする。 やさしいジンジャービアとライムの香るサラトガ・クーラーも、ノンアルコールとは言えなんだか大人っぽくてくすぐったい雰囲気だ。 「でもサ、来年の今頃にはお互い20歳だ。 そのときには、またこうして2人で向い合って……今度は酒を飲もう」 フツの元に運ばれたのは、ふわりとハードシェイクされ、木苺の香るまろやかなコンクラーベ。他意はない。ない。 こちらも酒ではないが、バーテンダーの手際よいシェイクを見ると本格的なカクテルの様に感じてしまうから不思議だ。 「うん、来年は本当の大人な時間を過ごそうね……! 今から楽しみっ」 それにしても。 「来年20歳かぁ……高校生の時から一緒だと思うと、あっという間でびっくりだよね!」 二人がちょうど二十歳を迎えるのは、一足先にフツ。それから翌春にあひる。 そんな事を思いながら、緩やかに時がすぎる中。 「来年の今頃は、アレだ、まだわからんことも多い」 ぽつり。 (うっ、なんだろう……この真剣な空気) フツの真剣な眼差しに、あひるの胸が早鐘を打つ。 「が、あひるのことが好きだってのは変わらん。それは間違いない! だから、きっと……いや、絶対、恋人以上の関係になってるぜ」 「あひるも、これから先も、ずっとフツのことが大好きだよ」 ずっと。ずっと。 変わることなんて絶対にない二人の想いと、恋人以上の関係の宣言。 恋人以上――ん!? 「どういう言葉で、オレが、あひるにそういうアレになろうってのを伝えるかは今考えてからサ。そのときを楽しみにしててくれ」 「うん、うん……! 楽しみにしてる……! その時はあひるからも、一度しか言わない言葉で、伝える……から」 言ってしまった。 「あー、酒じゃないのに暑いなこれ! 照れるな!」 「あ、あっついね! 頭もフワフワしてる気がする……!」 フツに酔っちゃった……な、なんて……! ●22:15 Pm 未だ優雅な時間を過ごす人も居れば、酒の席での賑やかな声も聞こえる。 そんな喧騒を肴に酒を飲んでいるのは豊洋だ。 「最高だなこりゃ。こんな生活してたら人間腐っちまうぜ」 彼も昼からここに居るのだが、未成年の目もあるからライムをズボったメキシコのアレをメインにあまりハメを外さない様にしていた。 酔わぬ様、しっかりと食事もとっていた。 さて。ビンを片手に一服から戻ってきた豊洋だが――そろそろいいよね。大人の時間。 ビールをチェイサーにテキーラを頂く。ライムと合わせても、青い香りがギュっと詰まったストレートでもいい。 そしてトルティーヤにワカモレをたっぷりとつけて頬張るのだ。それからトルティーヤにタコスを挟んで一口。サルサの爽やかな辛味がたまらない。 かれこれようやく落ち着いた世恋が居たから、折角だから乾杯だ。 こちらは妙齢の女性()らしく甘酸っぱいヨギーパインや、オトナのピーチティーことレゲエパンチを頂いて。 他にもいろいろ知りたくてマスターには『必殺ガルフ・ストリーム!!』なんてものを教わったりもした。 一方こちらの理奈は一人酒。 なんといっても南の島で飲み放題。しかもタダ酒と聞いたら数倍はおいしぃ気がする。 やることなんて一つだ。朝から晩まで飲んじゃ寝て、飲んじゃ寝て、ダラダラと過ごすだけ。 他の人達は月鍵チャレンジだの、BBQだのしていたみたいだが、彼女としては胃袋の容量をそういうので占めたくない。 面倒くさいといぅか、要はお酒飲んでりゃそれでいいのである。 それにこんな所だからこそのねらい目もあった。 バーカウンターの奥に並ぶのは様々なリキュールやスピリッツ。そして上質なモルトにコニャック等、いわゆる『ちゃいろいさけ』達である。 あの棚にあるグァテマラのラムは実に二十五年モノでXOの名を冠する逸品。 こっちのテキーラは十二年物のアガヴェだけで造られたプレミアムテキーラで、これは狙い撃ちせざるを得ない。 「む……出で立ちが何時もと……」 雷慈慟の前に姿を見せたミサは、普段の白衣ではなくさらりとしたサマードレスを纏っていた。 「私もあまり服装には括らないのだけれど……似合うかしら?」 一方の雷慈慟はいつも通りの服装だったが、こういう事となれば少し考慮せねばならないだろうかと思う。 そんな訳で二人が並んだのは、夜の海が良く見えるテラス席。 雷慈慟は飲みなれたテキーラを注文し、暗く、深い海を感じていた。 ショットグラスでなく意外にもワイングラスで提供されたテキーラを一口。喉から駆け下りる熱と共に竜舌蘭の青い香りが鼻腔を擽る。 かすかに感じる甘い香りは、小皿に乗ったカットライムか。 その横に座るミサが傾けるのは赤ワインのグラスである。 酔わない体質故、普段は飲まないのだがこんな時くらいはいいだろうか。奥からやってくるのは深いイチジクとスパイスのアロマ。僅かに感じるのは葉巻か。 「夜の海って何だか吸い込まれそうで興味深いわぁ」 呟く様に告げるのは。 「昼間の眩しい海よりも私は此方の方が好きよ」 「海の景観の好き嫌い等、余り考察した事はなかったな。自分はやはり明けや暮れの、焼ける空がある海が好みに思う」 理由は己自身にも解らないが、一日でも訪れる時間が短いからだろうか。 「酒呑さんとこうして出掛けるのも久し振りねぇ」 研究室にこもりきり、寝食も忘れがちなミサである。こうして出かけるのはクリスマスに、バレンタインぶりだろうか。 「人と会話……いえ、会う事自体久し振りな気がするわ」 順調に戦績を重ねる雷慈慟とて、こういう機会の巡り合わせはミサと同じで。 「幾度と無くこういった席に誘って頂けるのは光栄の極み。紗倉御婦人の都合さえ宜しければ、此方は構わないですがね」 仏頂面のままそう述べた彼に、ミサはくすりと微笑む。 「少し人肌を確かめさせて貰っても良いかしら?」 「む……自分の手で宜しければ…何時何時でも御随意に」 「……ふふ、ありがとう」 ――久し振り過ぎて恋しくなっちゃったのかもね。 一つの約束は『いつか一緒に飲みましょう』と。 「度数は控えめで、爽やかなのをおすすめでお願いします」 「炭酸は大丈夫ですか?」 「はい」 そんなリリとバーテンダーとのやり取りだが、夏の初め二十歳になったばかりの風斗は、まだこういった場所には慣れてはいない。 「お客様は?」 「あ、俺も彼女と同じのをお願いしますっ」 けれど、きっとこの緊張は、それだけのものではない。 「かしこまりました」 ライムの角を手際よく切り終えたバーテンダーは冷えたジンを取り出す。 「ジガーでなく、ショットにしておきましょうか?」 「お願いします」 度数は控えめに。細身のタンブラーグラスに氷のブロックを入れ、バースプーンでくるくると回すと、グラスの熱を吸った氷はいくらか水へと変わる。 その水をそっと捨て、キュっと絞ったライムをタンブラーへ落とす。この時、決して絞り過ぎないのが苦味を出さぬポイントだ。 ジンを僅かに馴染ませたら、ふちを伝う様に炭酸を注いでスライスライムを飾る。 「ジン・リッキーです」 基本中の基本の一つ。それは客の好みへの洞察を深め、またバーテンダーの力量を測る指標でもある。 「マドラーはお付けしますか?」 ライムの濃度を好みに合わせられる反面、炭酸を引き換えにするのは両刃の剣か。 指先から音もなく、ゆっくりと滑る様に置かれるコースター。その上へそっと。 「では、乾杯しましょうか」 グラスと氷の奏でる静かな時間。 貴方も。お酒が飲めるようになったのですよね。 彼女はずっと大人だ。とっくの昔から―― 口をつければ、冷たさと暖かさの入り混じるアルコールの気配。 ――こうする事が出来るようになって、僅か二年と半年余り昔から。 ……大人ですよ? 己にそう言い聞かせて。 そんな女性に風斗は告白され、断った。 そして別の女性と付き合い始めて―― ……俺、今最低のことしてるんじゃ…… つつきすぎたライムの苦味。 「……さん」 「え、あ、すみません、ちょっと考え事を……」 「貴方が選んだ、恋人さんの事を私は良く知らないのです。どんな方なのか、教えて頂けますか?」 やはり、気になっていましてと。 「はい?」 背筋が伸びる。 「俺の相手がどんなヤツか、ですか? ええと……」 躊躇。刹那の逡巡。けれどライム色の瞳に伏し目がちなラピスラズリの視線が見えたから。どこか吹っ切れるように。 「……わかりました。じゃあ、出会ったときのことから……」 じっと耳を傾ける。アズールの夜空に浮かぶ星々の暖かさと、ほんの少しの複雑な気持ち。 「それでも私は、貴方に出会えて、好きになって良かったと……そう思います」 「リリさん……ありがとう。俺も、貴女にそれだけ想われていたこと、忘れません」 女の子を泣かせないように、しっかりやるのですよ。 瞳を見つめて。 お姉さんとの、たった二つだけ歳上のお姉さんとの約束だ。 そんな話しながら。リリさん、めっちゃからあげ食ってた訳ですが。 ●23:40 Pm 人もまばらになった頃。 カウンター席で肩を並べるのはレイチェルと夜鷹、【夜猫】の二人だ。 「俺はモヒートと、かわいい黒猫には何かノンアルコールを」 「かしこまりました」 細かくカットしたライムとシュガーをすりこぎ棒でつぶして。 果汁とシュガーが馴染んだら、十二枚のスペアミントを加えて、今度はやさしくつぶす。 そこへ透明な氷とワンジガーのホワイトラムを注ぎバースプーンでよく混ぜて。最後にソーダを満たして四分の一回転――モヒートである。 絞りたてのフレッシュなオレンジジュースにパイナップルジュースを二ショットずつ。少々のグレープフルーツにザクロのシロップを色味付く程度に加えてシェイクする。キューブアイスが一つ入ったゴブレットに注いだプシーキャットは海辺の黒猫の為に。 バーカウンターの下でそっと指先を絡めれば、ひんやりと心地よい。 微笑むレイチェルが視線を向ければ、今日は少しペースの早い彼がいて。 その見つめる先は、どこか遠くの景色―― かつて。今とは異なる人格が夜鷹を支配していた頃。 酒に女に殺人に。生きるためにはなんだってやった。 あの過去で、R-typeとの戦いで十歳の自分を助けなかったとしたら。 そんな『昔の俺』は居なかったろうか。 言葉に出されなくてもレイチェルには分かる。 過去が現在として現れたその戦いの事を。 『恐れることはなにもない。ただ撃鉄を上げろ』 『引けば良い。何よりも重く、何よりも辛い。この運命の引き金(トリガー)を』 あの日、彼女の視線の先にあったもの。消えた必然の運命と共に、ほんのいくらか勝ち得たパラドックスと。 あれがなければ、彼はどうなっていたろうか。 きっと考えても意味のない事ではあろうけれど―― ふと肩を叩かれた夜鷹は、顔をあげる事が出来なかった。 脳裏を支配する光景、おぼろげな視線の先を歩くのは『昔の俺』で。 ああ、行ってしまうんだな。 「俺は大丈夫だ。この手の温もりがある限りもう迷わない」 さよならだ。 今まで一緒に居てくれて。ありがとう。 父さん―― 珍しく潰れてしまった彼の手を握りながら、レイチェルは苦笑を浮かべる。 いつも側に居てくれる彼に、彼女は何を返せるのだろうと想う。 この寂しがりやの愛しい人に、幸せになってもらいたい。 彼から奪ってしまった以上のものを、私は彼にあげられているのかな。 だから今は。そっと頬に口付けを。 これから先も。 きっと二人の前に立ちはだかるであろう混迷と苦難を打ち払い。 紡がれた未来を背負い、共に前へ。 ―― ―――― ひねもすのたりのたりかな。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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