●神秘麻薬『天元・改』 元(ユェン)と呼ばれる男が居る。 黒いテンガロンハットにちょろっとした顎髭を生やした男である。 そしていつも黒いスーツに紺色ネクタイという味気ない格好をしたいい年のおじさんである。 日課と言えば、行儀悪く椅子に座り、行儀悪く飯を食い、行儀悪くラジオを聞くばかり。趣味という趣味もない。 だがひとたび両腰に下げた二丁拳銃を引き抜けば、彼は凄腕のガンマンへと変貌する。 銃は両方S&W。リボルバー弾倉の銃でだ。右用がM19、左用がM686。 その腕を買われて貧民街のマフィア組織白華会のフィクサードの用心棒なぞやっている。 そんな彼がいつものように調子のいいミュージックラジオを聞いていると、部屋の奥からどんがらがっしゃんという騒音が聞こえてきた。 「うお!? まーたやらかしたのかアイツ!」 机の上に靴を乗っけて足を組み煙草をふかすというマナー最悪の行ないをしていた彼は、うっかり椅子から落ちそうになった身体を支えた。 渋々部屋の奥を覗いてみる、と。 裸電球に照らされたコンクリート打ちっ放しの部屋に。 試験管、ビーカー、フラスコ、アルコールランプ、その他諸々名状しがたい研究機材……が、床に思い切りぶちまけられていた。ガラス製のものなど半数以上は砕け散っている。 そんな爆心地みたいな部屋の中心から、のっそりと一人の少女が顔を出した。 「あ、あ……あびゃあ……」 少し大きすぎる眼鏡と癖っ毛、ついでにサイズが大きすぎて袖の余った白衣が特徴の娘である。十代の前半といったところか。 少女は口から黒い煙を吐き出すと、フレームの歪んだ眼鏡をぐにぐに直した。 眼鏡をかけなおし、うるうると涙をにじませる。 「まーた失敗したあ! なんで蠍座ちゃんみたいにうまくできないのかなあ。やっぱ自然由来はダーメだよねー」 少女は割れたガラス瓶の海を泳ぎ、作業台へと戻っていく。 彼女は『幼木・鈴蘭』という日本人である。 なんでもアメリカの大学を飛び級して博士号をとったとかいう天才らしいが、趣味が麻薬製造という色々終わっている少女である。 ちなみに夢は『麻薬で世界平和』。紙一重さを遺憾なく発揮していた。 鈴蘭はユェンを眼鏡の枠外でチラ見すると、袖の余って腕を振った。 「あーゲンちゃん? そこのゴミ掃除しといてねー」 元(ユェン)だからゲンちゃんである。 ユェンは世にも深いため息をついて、帽子を脱いで顔を覆った。 鈴蘭とユェンの関係はいわば、食客とそのボディガードである。 上海での勢力を伸ばすべく、白華会は日本の大組織『三尋木』との協力姿勢を取り始めた。 三尋木自体中国市場の開拓を視野に入れているらしく、結果的に利害が一致するとしての協力である。 その一環として組織に送り込まれたのが最新の神秘麻薬『天元・改』である。 白華会はこの麻薬をとんでもない低コストで三尋木から輸入したのだ。 「効果は充分なのに人体への影響がタバコと一緒。ダウンもブレイクもない安心安全健康麻薬! 水を麻薬に変えるからコストもタダ同然。媒介を『賢者の石』にしたおかげでこんなにスンバラシイ麻薬が出来上がっちゃうんだから、世の中ってオモシロイわよねー」 葉巻きに偽装した『天元・改』を愛おしそうに頬ずりしながら鈴蘭は語った。 それを珍獣を見る目で眺めるユェン。 「しっかし、コレで金儲けをするかと思いきや。まさか市場にタダ同然でばらまくとはな。ボスも何考えてんだか」 「何考えてるって、市場破壊を考えてるに決まってるじゃないのよさ。低コスト高クオリティの麻薬が出回りーの、みんなそれに食いつきーの、麻薬組織が悉く食いっぱぐれーの、上海がコレだらけになりーの、とつぎーの」 「なんで最後嫁いでんだ」 「お約束なのー」 安い良品をばらまけば市場が壊れるのは分かる。 だがその過程において『破壊される側』の抵抗は当然あるものだ。 ユェンはその抵抗から身を守るために宛がわれたボディーガード兼お目付役なのである。 まあ、麻薬と一緒に派遣されてきた専門家がこの鈴蘭であることに、ユェンは大変遺憾な気持ちを抱えているわけだが。 「まあ、俺は明日のメシが食えればなんでもいいがね」 そしてユェンは今日もタバコをふかしながらラジオのスイッチを入れるのだった。 ●アークの介入 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)の説明はこうだ。 「ある中国組織から、アークへ協力要請がありました。なんでも三尋木に関わっている事件だということで、同じ日本出身の組織であるアークに目をつけたのでしょう」 その中国組織の名前は『バイロン』。 表向きにはホームページ作成なんかを食い扶持にする小企業だが、裏の顔は電子ドラッグの王手販売元である。 摘発しづらさトップクラスのドラッグで、日本でもたびたび警察関係者を悩ませていた組織でもある。 平たく言うと犯罪者の集まりである。 もっというとフィクサード組織である。 「なぜ、うちに協力要請なんてしてきたんでしょうね……中国リベリスタの組織構造って、意外とズブズブなのかも知れません……不安になってきました」 和泉はこめかみに手を当てた。 内容はこうである。 『最近上海でイキってるクソ生意気なバイヤーがいるからイワしてやろーとしてるんスわ。マジ協力ヨロっす!』 本来は中国語なのでアレだが、ニュアンスを正しく訳すとこんな感じである。 「我々としては当要請に対して……協力しません」 まあ当然だよなあという顔でリベリスタたちは聞き流していた。 「ですが飛行機のチケットは送られてきているので、そうですね……実際現地に飛んで貰って、『皆さんの判断に任せる』というのはいかがでしょうか」 和泉は六枚のチケットを差し出し、そのように言った。 ●事件の発生 電子ドラッグの王手『バイロン』にはお抱えのフィクサードチームが存在している。 と言っても麻薬を好きなだけ与えることを条件に飼っているチンピラ集団だが、なまじ腕っ節が強いだけに他の組織が台頭してきたときも充分にその『排除機能』を果たしてくれていた。 そんな彼らは今どうしているかと言うと。 「キョキョ、ッキョキョッキョ! ヒェケキェキェキェ!」 目を左右あべこべの方向にグルグル回し、涎を流しほうだいにしたスキンヘッド男がいた。 彼は自動車の後部座席でスマートフォンの動画を視聴しているだけだが、こう見えてもドラッグをキメている真っ最中である。 彼の左右には屈強な体つきをした男たちが二人。意に介さず沈黙。 助手席には小太りな男が一人。 小太り男はスマートフォンの画面を見てゲヘゲヘと笑った。 キメ中ではない。なぜならそこに映っているのは眼鏡にぶかぶか白衣の少女、『鈴蘭』だからだ。 小太り男は鈴蘭の映った画面をべろりと舐めると、自らのまたぐらをまさぐった。 「あーイイよ、イイよこの日本人のコ! 早くヤりてえ! ヤっちまいてえ! えへ、えへえへえ!」 「おいここで催すんじゃねえよキモオタ野郎! せめて仕事終えてからにしろや!」 運転席でハンドルを握っていたパンクファッションの女が、肘で小太り男を殴った。 男は蚊に刺された程にも感じないという顔でげへげへ笑い続ける。 パンク女は汚物を触ったような顔をした。 「こんな戦力で足りるんかねえ。相手は凄腕のガンマンだろう?」 「大丈夫だお。日本の組織にも協力お願いしたから、余裕だお!」 涎を垂らしながら笑う小太り男。 「ま、なんだってイイさ。イキってる野郎ぶっ殺して切り刻んで、ついでにヤクもパクってクライアントにボーナス貰えりゃ万々歳さ」 「ね、ねえ。このコはい、いい? もらっても」 「好きにしろやキモリワイイ。どうせクソ地下室にコレクションするんだろ? まったくアンタが腕利きのフィクサードじゃなきゃ顔も見たくないよ」 「やったああ! えへ、えへええへ! 待っててに鈴蘭たん! ボクが大人にしてあげるからねえ! えへええへ!」 彼らの乗った車はもうすぐ、鈴蘭たちのアジトへ到着する。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:八重紅友禅 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月10日(水)22:35 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●我們的世界 街の喧騒と自動車のエンジン音がひっきりなしに聞こえた。 バンコクや台湾の道路が自転車だらけだったのはずっと昔のことで、今や日本と変わらないくらいに自動車やバイクが行き交っている。日本との違いはその両と頻度だ。都会で聞こえる音を全部ボリュームアップしたらこんな感じだろうと、『十三代目紅椿』依代 椿(BNE000728)はバスの上で思った。 二階建てオープンバスである。日本とはあまりに違う空気が風になって頬をひっかいていく。 ここは中国、上海の地である。 三尋木が協力しているという白華会系麻薬組織を潰しに……という名目でここに居る。 「白華会なあ……」 『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』星川・天乃(BNE000016)のほうを見る。 天乃は当時のことを覚えているのか居ないのか、ぼうっと灰白色の空を見ていた。 「天乃さんは? 当時のこと恨んでるん?」 「……なにが?」 これだ。当人がここまでケロっとしていては、どうも借りを作ったという気がしない。天乃の異常性を抜きにしても、大量に組員を殺して置いて三人半殺しで済んでいると言うところが、取引として悪くないバランスだった。 だから『仲は悪いが貸し借りナシ』が、椿の考える白華会との関係性である。 「とはいえ天元はツブしたいんよなあ。三尋木の麻薬ゆうたらソレやろ?」 「そうですよね。麻薬製造をするフィクサードを放置できませんし。やはり確保するんでしょう?」 きちんと両手を揃えて座るカトレア・ブルーリー(BNE004990)。 椿は難しい顔をして空を見た。 助けを求めて別の仲間を見やる。 『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)が殆ど寝そべるような姿勢で舌打ちした。 「アタシらはケーサツじゃねえんだ、知るか。それよりバイロンだろ、ナメてやがる。ナメられたら殺す」 「そんな……」 『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)に視線を移す。彼女は分かっているのかいないのか、とりあえずはキッパリとした顔でガッツポーズをとった。 「やっつけるわ! えっと、どっちかを!」 「どちらかって、両方じゃないんですか?」 「狡く立ち回らないことには、一挙両得は難しいだろうな」 ミリーの代わりに応える『どっさいさん』翔 小雷(BNE004728)。 言ってから、小雷はカトレアの非難めいた視線に気づいた。 顔をしかめて周りを見るが……。 椿は沈黙。瀬恋は不機嫌そうにしているし、天乃に至っては遠足前の幼児のような顔つきである。 一番正義感が強い小雷が詳しい説明をしなければならない皮肉に、彼は静かに苦悩した。 「三尋木と白華会が上海で繋がっているのは事実だ。それで三尋木の麻薬密売があるとしたら、白華会のルートを使っているのは間違いない。ここで三尋木や白華会を同時に敵へ回せば俺たちの立場はつらくなるんだ。今回の一件だけを見ても、バイロンと白華会を同時に相手取るのは厳しいだろうし……どちらかの仲間になりすまして片側を潰したあと裏切るという手が一応は有効だが、みんなそういう手は嫌がるからな……」 「それって、麻薬組織を積極的に見逃すという意味ですか?」 「そうは言ってない。麻薬組織をひとつずつ潰すよりここで見逃して後から検挙するほうが楽だという」 「見逃しているじゃないですか」 「それは、だから……」 これ以上は議論になりませんという顔をしたカトレアに、小雷は弱った。女性の対応が苦手だというのも勿論あるが、彼自身人の善意に対して無力なのだ。 「……すまん」 「いいんです。戦闘にはちゃんと協力しますから」 「うう……」 頼る者が誰一人居ない車内で、小雷はしきりに胃を痛めたのだった。 ●一意孤行 時間と場所を飛ばそう。 ユェンが透視能力で襲撃に気づき、変なキノコをすりつぶしていた幼木鈴蘭を抱えて部屋の奥へと飛び込んだ所からだ。 文字通り部屋の角へとジャンプしたその直後、窓や壁、その他もろもろを突き破ってまんまるとした巨体が飛び込んできた。 そいつはどむんと床をバウンドし、様々な破片を散らし、両足で立ち上がる。白く濁った目を開き、ユェン……の脇に抱えられた鈴蘭を見た。 「鈴蘭たん、みぃつけた! えへええへ、あそぼうねえ!」 「冗談じゃねえや!」 「ゲンちゃん!?」 ユェンは鈴蘭を抱えたまま裏口へと走る。物質透過では鈴蘭を連れて行けないからだ。急いでドアを開けた途端、ユェンの顔面が殴られた。 スキンヘッドジャンキーのパンチである。しくじった。透視を発動してドアの外を確かめるべきだった。 彼の腕から鈴蘭がひったくられる。 「ゲンちゃ――」 手を伸ばした鈴蘭の腹に、大柄な男が膝蹴りを叩き込んだ。目を見開き、胃液と血をはき出す鈴蘭。 「オイタが過ぎたねオジョーチャン。悪いがあんたら地獄行きだ。ま、アンタはもっとヒデェとこにいくんだが……」 手際よくパンクファッションの女が注射器を取り出し、鈴蘭へ近づけた。 その時。 明後日の方向から来た銃弾が、彼女の腕をはじき飛ばした。 壁に当たって砕け散る注射器。 「な――」 「どぉもどぉも、アークやよ?」 振り返った先には、銃を構えた椿が立っていた。 「アークだあ? っざけんな! どこ撃ってんだクソォ!」 手を押さえて叫ぶ女。 「どこて。どお見てもあんたらアカンやろ。なに幼女に腹蹴りかましとん?」 大柄な男たち二人に鈴蘭を任せ、スキンヘッドジャンキーは二本のナイフを取り出した。 「キェヒャッヒャ、ヒィエッキャ!」 言葉にならない声を吐きながら飛びかかってくる。 対して。椿の肩を踏み台にした瀬恋がジャンプ。 スキンヘッドの顔面に拳を叩き込んだ。 「面倒くせえ! ムカつくやつをぶち殺す! テメーだよテメー、他人が言うこと聞いて当然ってツラがムカつくんだよ!」 が、スキンヘッドは痛覚が無いのか常識がないのか、むしろその両方か、叩き込まれた拳に直接かじりつき、瀬恋の腕から肩にかけてを凄まじい速度で切り裂いていった。 「づぅ……回復だ、おい!」 「……」 黙って回復をはかるカトレア。 回復量じたいはたいした物で、失敗したタコウィンナーのようになった瀬恋の腕はみるみる修復された。 「ありがとなぁ、カトレアさん。この調子で押してくからな!」 叫ぶ椿に、カトレアは『はい』とだけ言った。 一方、ユェンは上海の通りを走っていた。 「ゲェッ、アーク!!」 「久しぶり、だね」 ユェンと天乃は90度ズレた位置で併走しながら顔を合わせた。 お互い一応の顔見知りである。 「借りを返しにきた、よ」 「うぐ……っ!」 ユェンの顔が引きつった。 やり合って勝つか負けるかはさておいて、今はそれどころではない。 ここで戦闘になってしまえば鈴蘭は取り返せない。どころか殺されているかもしれないのだ。 「悪ぃが後にしてくんねーかな。こちとらそれどころじゃ――」 途端、正面の壁が砕け散り、まるまるとしたデブが飛び出してきた。 手には鈴蘭が握られている。軽く痛めつけられたのだろう。意識はあるが身体を動かせない状態にあるようだ。それを、首の後ろを掴む形でデブが引きずっていた。 「見ぃつけた! おまえらをコロせばミッションクリアだお。鈴蘭たんはボクのものだからねえ、えへええへ!」 デブは鈴蘭の顔を下から上へべろりと舐めた。 そして奇っ怪な叫び声をあげ、股ぐらをいじり始める。 「おほお! ウマ、ウマァ!」 「変態かよ、こいつ!」 ユェンが銃を連射するも、弾はデブの肉に埋もれ、ぽこぽこと弾き出された。 色々な意味でどん引きするユェン。 「なンだぁ!?」 「離れて!」 途端、ミリーが宙返りしながら飛び込んできた。 ちょうどデブの背後からである。 デブのすぐ手前で着地。震脚のような踏み込みをすると、途端に魔術性の爆発がおきた。デブの背中が業火に煽られる……が、しかし。 「あで? あったかいなァ?」 デブはまるで平気な顔をして尻をかいた。 振り返る。 「その子に何するか……なんて聞くまでも無いわね。うわ、うわぁ……」 尻ポケットからひったくったであろう携帯電話を開き、ミリーはおびえた顔をした。 文字にするのもはばかられる、変態的猟奇的、そして凶悪犯罪的な幼児の写真が待ち受け画面担っていた。 「おま、おまえ……!」 それを見たデブは恐ろしい形相でミリーへ襲いかかった。 「それを返せっ! ババア!」 「ミリーが!?」 慌てて飛び退くミリー。 一週してきたということになるのだろう。ちょうど交戦中だった瀬恋たちの所へ転がり込んだ。 必死の形相で追いかけ回すデブ。 丁度その場にいた小雷は、ミリーの手から離れ滑ってきた携帯を足でとめ、一瞥してからデブの腹に手を当てた。 「貴様の子供好きには共感できんな」 掌底から気が流れ込み、デブの肉をスルーして内蔵をねじ曲げた。 「オぶッ……!?」 思いがけないダメージによろめくデブ。 小雷の背中めがけ、ジャンキーが飛びかかる。 が、飛びかかったジャンキーの頭が左右にぱっかりと割れた。 天乃が気糸を走らせたからだ。 「雑音が、うるさい、かな」 ジャンキーは断末魔をあげてくたばる……と見せかけて、両手でぺったりと顔を元に戻した。 「ギャッ、ギャッギャキッキャ!」 ナイフをガシャガシャならして天乃に飛びかかる。 素早く気糸を飛ばす天乃。ジャンキーの手首が切断されて飛んでいく。 しかしジャンキーは一切ひるむこと無く接近。ナイフを天乃の眼球へと突き立てると、回転して落ちてきた自分のナイフを腕ごとくわえ、天乃の首筋を切りつけた。 血しぶきの中に倒れる天乃。 が、一方的ではない。倒れると同時に放った気糸がジャンキーの首を切り落としていた。 二人の血肉を踏んづけて駆ける瀬恋。 ため込んだ拳がデブの肩に叩き込まれた。 腕の力が弱まる。 その隙にユェンは鈴蘭を掴み取り、抱きかかえたまま壁の裏側まで駆け込んだ。 スライディングで障害物裏へ隠れると、着ていた防弾コートを鈴蘭に巻き付け、両腕で抱え込む。 「アークがバイロンと戦ってる? どうなっていやがんだ、いったい!」 どさくさに紛れて逃げる手も考えたが、不測の事態がこれで終わるとは限らない。別の誰かが待ち伏せているかもしれないと考えると、うかつに動くわけにいかなかった。 ユェンと鈴蘭が隠れて固まったおかげで、戦場はシンプルになった。 「このっ!」 ミリーは両腕に炎を集めて振り回した。 巨漢の二人が同時に薙ぎ払われる。が、デブの腹に当たったところで止められた。腕が肉に埋まり、衝撃が殺された。 「ババア……! ボ、ボクの携帯返せ! 返せよお!」 頭を掴んでくる。化け物のような握力だ。 カトレアの回復が絶え間なく送られているのでくたばりはしないが、痛みがとてつもない。文字通り頭が割れそうだ。 が、それも長くは続かなかった。 デブの脇腹に小雷の掌底がめり込み、内蔵をかき乱す。 「お、おぶぶっ!」 デブは昼に食べたガーリックピザを吐き戻し、よろよろと後じさりした。 「も、もう……だめ……帰る! ボク帰るう!」 そしてデブは両腕を振り回しながら、みっともなく逃走を図ったのだった。 焦ったのはパンク女である。 「なっ、キモデブ野郎テメェ!」 ジャンキーはばらばら死体。デブは逃走。相手は六人。こちらは三人。死ぬのが目に見えていた。 「アークだな、覚えてろよ。いつかクソ食らわせてやる!」 中指を立てて自動車に乗り込む。 運転席には例の巨漢たちが既に乗り込んでいる。 そこからは単純だ。アクセルをめいっぱい踏み込んで、彼女たちはその場から逃走した。 ●在路上 鈴蘭たちの使っていた事務所はめちゃくちゃだった。 壁という壁は大穴が空き、ガラスや陶器は全て割れ、あらゆる壁や天井に弾痕や焦げ後がつき、地面は血まみれ、一部にはぐちゃぐちゃに乱れたばらばら死体があった。 末期の麻薬中毒者だからだろうか。骨らしい骨がなく、腐った肉のようにべちゃっと地面につぶれいる。これまで普通に歩いていたのが不思議なほどだ。 そんな中で身体を起こし、天乃はふるふると首を振った。 「奴らは、行ったよ。さあ……」 ユェンの方を向く。 隠れていても意味はないと察したのか、ユェンは姿を見せた。 神秘性の防弾コートは鈴蘭に巻いたままで、二丁の拳銃は手に握っている。 小雷はコホンと咳払いをして。 「白華会のガンマンだな? 俺たちはお前と戦う気は無――」 「踊って、くれるっ?」 両目を見開いた天乃が襲いかかった。 バネ仕掛けのように飛び上がり、両手から大量の気糸を発生。そのすべてが意志をもってユェンに突き刺さった。 ユェンは半身にしてダメージを軽減。射撃。天乃の額を正確にとらえた弾が、天乃の頭部を破壊して墜落させた。 「……痛い」 「良かったな、痛いだけで済んで」 破壊は小規模で済んだようだ。頭が無くならなかっただけ良い。 どうやら自分たちが襲われることを意識してずっと集中していたようだ。防具無しだったこともあわせて、あまりフェアな戦いではなかったろう。 「おっ、おい、こ、これは違うんだ! 俺たちは決して白華会と戦争するつもりは」 「分かってる」 ユェンは銃を納めて言った。 「『こういうヤツ』なんだろ、こいつは。他の連中が襲ってこないところを見れば分かる」 「た、助かる……」 胸をなで下ろす小雷。 その一方で、カトレアは頭を下げてきびすを返した。 「それじゃあ、私はこれで帰ります」 「あ、ああ……」 ひきとめる言葉はもたない。 ミリーが『いいの?』と視線を向けてきたが、小雷は肩をすくめるしかなかった。 カトレアの反応は、リベリスタ以前に人として正常な反応だからだ。 小雷自身、好きでやっているわけではない。 そうこうしていると、ミリーが鈴蘭のもとへと駆け寄っていった。 「ね、大丈夫? 痛いところない?」 「ぜんぶ」 薄めを開けて呻く鈴蘭。 「フェイト半分くらいもってかれたわよ。一回死んだ気分」 「そこまで言えれば大丈夫やろ」 鈴蘭の前に椿がかがみ込んだ。 ユェンはさりげなく鈴蘭の横に陣取っている。いつでも戦える姿勢というより、いつでも鈴蘭を抱えて逃げる姿勢だろう。まあこれ以上手を出さなければコトにはなるまい。 椿は息を整えてから語りかけた。 「どぉも、三尋木さんとこの人でええんよな?」 「そういうアンタは『ちっちゃい紅椿』でしょ? アークのおこぼれで天元もらいに来たの?」 「なん……っ」 「ンだコラァ? ぶち殺すぞガキが」 椿の代わりに瀬恋がすごんだ。 対する鈴蘭は、彼女たちの気が少しでも変わればいつでも死ねる立場にありながらマイペースそのものだった。 「こんにちは。三尋木直系フィクサード、幼木鈴蘭。仕事は麻薬の管理と販売。売ってる麻薬は『天元・改』。賢者の石を媒介に作った最新麻薬で、売り手は上海白華会。販売価格は日本円にして1キロ25円。目的は中国市場の制圧。天元の在庫はそこにあるから、欲しいだけ持っていていいわよ」 「……なんや、ずいぶん素直に話すんやな」 「『アークに問われたらここまでの情報を全部話せ』って凛子さんに言われてるもの。どーせ調べれば分かるしねー」 「凛子はんやて? 直接?」 「直接」 椿は面食らった。三尋木はアークの手が伸びることを既に意識している。意識した上で、衝突を避けようとしているのか? 「なら話が早えや、テメーらの大将に伝えとけ。動物じゃねえんだからいい加減折り合いつけるか話し合わねぇのか? それが嫌なら喧嘩買うぜ」 「分かったわ、言っといたげる」 服のホコリをてきとうにはらって立ち上がる。 「あ、これじゃ誤解されるわねー。じゃあ、コホン」 咳払いをして、ボイスレコーダーの録音スイッチを押した。 「『私、三尋木直系フィクサード幼木鈴蘭は、三尋木凛子に対し、アークの一部リベリスタに話し合いもしくは決戦の意志があることを通達する』。これ言質ね、正式表明だから」 レコーダーをとめて瀬恋に投げわたす。 瀬恋は考えた。 これをアークの持ち帰って『戦略司令室への意見提案』にあげた場合どうなるだろうか? 自分一人だけのトライアンドエラーでは、すまなくなるな。 と、そこへ小雷が割り込んだ。 「おい、それなら聞きたいことがある。天元の中毒を緩和させる薬は作れるのか?」 「ニコチン中毒と一緒でしょ。薄めて呑ませてあとはガマンよ。そこはフツーの麻薬なんだから、ガマンできなかったら自業自得じゃない?」 「……それを聞いて安心した」 いや、何も安心では無いが。一般的な対処法が通じるなら警察任せでいい。 と思ったところでミリーに押しのけられた。 「ねえ、お風呂食べてる?」 「は?」 「間違えたわ! ご飯食べてる?」 「まあ一応? ハンバーガー食べたわ」 「いつ?」 「去年」 「…………ごはん食べましょ!」 ミリーは鈴蘭の手を引いて、ボロボロのアジトを出た。 この後、彼らは鈴蘭とユェンを交えてファーストフードを食べ、形式的に分かれて帰国した。 たしかな収穫を抱え持って。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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