●Maybe a princess お姫様になりたいの。 リボンとフリル、レースでたっぷりとした雲みたいに膨らんだドレス。 夜はふわふわのネグリジェに、天蓋が霞のように綺麗なベッドで眠るのよ。 大理石のテーブルで勉強をして、パンとワインと豪華なご馳走を食べるんだわ。 窓の外には深い森が広がって、城下の街では人々が日々を過ごしているの。時々お城を抜け出して、街に忍び込んで社会科見学をしたりしてね。 素敵な王子様や騎士達と、素敵な恋を楽しむの。 だけど現実なんて世知辛いもので、そんな夢も見られない。 少女はいつの間にか大人になって、年寄りへの下り坂を一気に転がり落ちるのね。 幼い頃には誰に気兼ねなく見ていた夢も、この年になったら平気な顔をして見ることさえも気が引けて――。 「それなら、また昔に戻れば良いんじゃないかい?」 そんな簡単に戻れたら良いのにね。 でも、過ぎてしまった時間は戻せない。 もう二度と戻ることなんて……。 「戻れるなら戻りたいんだろう? だったら、ボクが助けてあげる」 あなたは誰? どうしてそんなことを言うの? ――本当にそんなことが出来るの? 「大丈夫だよ、ボクを信じて。君はもう、きっとお姫様だから――……」 ●頁の中には世界があって 「一人の女性がアーティファクトに閉じ込められた」 『直情的好奇心』伊柄木・リオ・五月女による説明は、そこから始まった。 「中には現実世界への出口が存在するから、正確に閉じ込められたといえるのかは分からない……が、現実での記憶を失っている以上は変わらないかも知れないな」 行儀悪くデスクの縁に軽く腰を下ろし、いつものように束ねていた紙の資料を、嘆息と共に膝の上へと下ろした。 「今回は彼女をアーティファクトの中から引き摺り出して欲し……おっと、失礼」 ピリリリ、と着信音が鳴り響き、五月女が片手詫びにリベリスタ達へと詫びて携帯を取り出す。 「もしもし」 『ちょっと、いつまでぐだぐだやってるんだい!?』 通話ボタンを押すなり甲高い悲鳴が響き渡り、フォーチュナは端末を耳元に押し当てていた腕を慌てて伸ばした。 通話口を出来るだけ遠ざける。 『リベリスタでしょ、神秘で困ってるんだから早く助け――』 『王子様あー!』 『早く助けてよおおおおお!!?』 通話時間はごく短い。 甘ったるい少女の声と、焦った挙句に絶叫の余韻を残し、携帯端末への着信が切れる。 一体全体破界器の内側にも電波が通じているのか、そもそもどうやって番号を知ったのか、連絡してきているのかフォーチュナには分からない。 分からない、が、しかし。 「……あー……件の一般人にアーティファクトを差し出したと思われる当人が、一緒に閉じ込められて追い回されているらしい」 携帯の通話ボタンを押して切り、五月女がそっぽを向いて溜息を吐く。 「万が一余裕があったら、助けてやっても良い……かもしれない、な。うん」 万が一余裕があったらな、ともう一度しっかり念押しをして、五月女が携帯電話を下ろした。 胸ポケットへと滑り込ませて、こほんと咳払いをする。 「そういうことだ。妙な仕事だろうとは思うが……よろしく頼むよ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年09月01日(月)23:49 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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● 城の中は賑やかだ。 現代日本には果てしなく遠かれど、唐突に現れた“世界”への闖入者に驚くこともなく人々は楽しげに笑い合い、吹き抜ける風は花々の香りを運んで爽やかだ。 「お待ちになって、王子様ー!」 「だから! ボクは王子じゃないんだったらー!!」 曲がり角を駆けてくる姿を見て、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は声を掛ける。 「ご機嫌麗しゅう、ブギー・ブギー」 「へ? あ、リベリスタ!」 脇を駆け抜けようとしたアザーバイドが、夏栖斗に気付き急ブレーキを掛けた。 「今日は一段とご機嫌だけど、女の子に王子様扱いも悪くはないんじゃない? ってか、何してんの?」 「ご覧の通りだよ、うっかり巻き込まれて……うわっ、来た!」 不意に真顔に戻って尋ねた夏栖斗へと訴えながらも、小柄な異界の住人が迫り寄る足音に竦んだ。 「まあ、今回は貸し一つな」 笑気を滲ませて、王子に扮した少年がアザーバイドを逃がす為にその背後に立ち、曲がり角へと向かう。 「きゃ……!」 裾を絡げるようにして王子役を追い掛けていた桃色ドレスの姫君が、不意に割って入ってきた少年に慌てて足を止めた。 そんな希代子に片手を差し出し、夏栖斗がにこやかに声を掛ける。 「キヨコ姫、はじめまして。君に恋することを許してもらえるかな?」 姫と呼ばれた娘が差し出された手と金色の瞳を見比べて、ぽっと頬を赤らめた。 「まぁ、初めてのご挨拶なのに贅沢な方ね。……うふふ、よろしくてよ」 我儘なお姫様らしくつんと顎は逸らせるものの、かんばせには喜色が見え隠れしている。 跪いた夏栖斗に手の甲へと口付けられてうっとりしていた。 しかし、それだけで済む筈もない。 「お姫様といったらイヂワルな継母って相場がきまってるじゃないですか」 二人の前に現れたのは、鷲鼻の老婆に身をやつした『quaroBe』マリス・S・キュアローブ(BNE003129)だ。 「私は意地悪な継母だー!」 「自分が意地悪だと宣言する人なんて初めて見ましたわ……!」 驚いた顔で希代子が突っ込み、マリスと夏栖斗が束の間黙り込む。 「……たべちゃうぞーっ」 「きゃあっ」 突っ込みはなかったことにしたらしい。 襲い掛かる芝居を打って、マリスが長く豊かな袖を大きく広げる。 「姫、逃げるよ!」 悲鳴を上げて目を瞑った希代子の手を引っ張り、夏栖斗がマリスの芝居に乗じて駆け出した。 そうして追い損ねた素振りを装い溜息を吐いた所で、壁の裏に身を隠していたアザーバイドが廊下に顔を出す。 「ええと……お疲れ様?」 「まだまだこれからです。それより死霊案内人さん、なーんか過去にも色々事件起こしてますけど」 「それは言わないお約束だよ」 実りのない会話をして、マリスは傍らのアザーバイドを見下ろした。 「……行きましょうか」 「うん、頼りにしてるよ」 アザーバイドの返答は、無責任な応援だった。 ● 和やかな芝居が進む中、嘆きを抱く者もいる。 「お姫様に憧れる33歳独身女子って時点で、もう恨む気なくすよね……」 ホールの中央に立つ扉の縁を撫でながら、似通った願いを抱く小島 ヒロ子(BNE004871)の視線は少し遠い。 「違いは……守られる側じゃなくて、私は守る側になりたかったってコトかな」 姫と騎士、ではない。巨大ロボットに乗り込み、宇宙征服をたくらむ悪の組織を蹴散らしたかった。 その願いを反映したかのように、彼女を包み込む黒衣には至る所に金属製の厳めしい装身具が散っている。 露出もそれなりで、魔女というより戦隊物の敵方女幹部が如き様相だ。 「でもね姫。残念ながら人は老いるし、自分を騙しながら、やってくる現実に立ち向かわなきゃ、生きてけないのよ……」 魔女は切なげな呟きを零す。 他人事では、いられなかった。 「……で、如月さんはそんな所で何してるの?」 気を取り直すように一つ息を吐き出して、ヒロ子が壁に向いて蹲る姿を見詰める。声を掛けられた如月・真人(BNE003358)の肩が、放心から覚めてびくっと跳ねた。 「い、いえ……覚悟がいったんです」 蒼褪めた上に眦に涙を浮かべて顔だけが振り返る。 「僕なら兵士かなって思ってたんですけど、ちょっとだけ考えたのは確かなんです。動き回るなら侍女でも良いかなって」 「それでその姿になっちゃったの?」 裾に広がる長いスカートの模様は、道行く侍女達と同じものだ。 タイミングが悪かったのか、災難だと同情と共に密やかに笑むヒロ子に、しかし真人の表情は晴れない。 「それだけなら良かったんですけど……」 「え、まだ他に?」 意外そうにヒロ子が瞬く。少なくとも彼女の目には、侍女達と同じ姿をした少年にしか見えない。些か不躾に後ろ姿を眺めるヒロ子に、真人が渋々立ち上がった。 躊躇いがちに振り返った真人の胸元。心なしか膨らんでいるような。 「あら……」 「見ないで下さいー!!」 思わず口元を押さえて凝視したヒロ子に、真人が一気に赤面し慌てて胸を腕で隠す。その腕に当たる感覚が衣服の布地のゆとりなのかただの錯覚なのか、下は確かめていないので分からない。だがしかし、少なくともこの現象が紛れもない事実である事を証明していた。――破界器の“世界”に事実とやらが存在するのであれば、だが。 「……触って良い?」 「駄目です!」 布地の所為か胸元にゆとりのあるデザインが故か、ふっくらとして見える胸をガードして、真人はじりじりと後退った。 戯れる、という表情の似合いそうな二人の遣り取りを観察していたユーリ・ツェレンスカヤ・イマサラ(BNE005042)が、視線を真人に移す。 「それは女性になりたい、ですか?」 「違いますよ!?」 ユーリの言葉に真人が即答して首を横に振った。 口下手というよりも言語の不自由さを自覚するだけに、リーディングで相手の思考を読み取り、円滑な会話を心掛けるのが彼の常だ。 しかしながら眼前とした事実として目の前にある少年の心ばかりは、今一つ円満な納得に至らなかったらしい。 「ですが」 短く言葉を口にし、ユーリの視線が真人の胸に固定される。 「やっぱりそう思うよね」 「ヒロ子さんは悪乗りしてるだけですよね!」 深く頷いたヒロ子とユーリを交互に見比べる少女と、少女を凝視する男女。 破界器の中の“世界”といえども三人のやり取りは珍妙なのか、使用人達はにこやかに微笑み続けるだけで、彼等に近付きもしなかった。 ● 「望めば何にでもなれるんですよね?」 “世界”に放り込まれる寸前、そう呟いたのは『BBA』葉月・綾乃(BNE003850)だった。 「つまり高望みはしませんが、イケメンで有名大卒で高収入で性格は野性味があるけど優しくて身長180cmぐらいで引き締まった肉体の旦那とラブラブ状態で居る、ごく一般的な乙女にもなれるんですね!?」 アラサーの切なる願いを口にして、彼女は確かに破界器へと触れ掛けた。いざ行かんとする世界に大卒なんてものがないだろうこともお構いなしで。 しかし確かに過ごしてきた年月というのは残酷なもので、豪奢なドレスに身を包み“世界”へと降り立った彼女の結論はこうだった。 「……やめておきます、現実に戻るのが辛くなりすぎます」 実に、現実的だった。 ともかく今、彼女の華奢な身体は美しいドレスに包まれている。 姫君と呼ぶに相応しい姿でありながら、彼女の表情は虚無的だ。 華やいだ薔薇が咲き誇る庭にいながらも、黒い双眸は周囲の美しさなどに興味を抱いてはいないらしかった。――八割は、演技をしている自覚がある。 王子と共に薔薇園へと姿を見せた少女姿の姫を眺める視線も、やはり空虚だ。 「あー新しい姫が来たのね。何なら交代する?」 「交代って……?」 たじろいだ希代子へと頷いて、綾乃は腰掛けていた噴水の縁から腰を上げた。 「お姫様になりたかったんでしょう? だったらもっと自分を飾らなきゃ」 夏栖斗に手を引かれて綾乃に近付きながらも、希代子の表情は怯んでいる。 「これ、綺麗でしょう?」 少女の顔をじっと見下ろして、綾乃は微笑みの一つも浮かべないまま豪奢な首飾りを外した。 「あたしもね、そうだったの。だけど今は……宝石とかすごいたっぷり持ってるんだけど、全然嬉しくないというか」 あげるわ、と差し出された首飾りを反射的に受け取った希代子から視線を逸らし、綾乃がふらりと歩き出した。数歩進んだ所で、肩越しに希代子を振り返る。 「まあ何でしょうかね、風見さんより若干年下とはいえ、私、もうアラサーですし」 「あ、あらさー? かざみさん?」 首飾りを握っておろおろとしたまま、希代子がきょとんとする。 「高校生の頃はかなりモテてて、大学でも悪い感じじゃなかったんですが、社会人になって仕事はじめて気がついたらこんなですし。気持ちは痛いほどわかるんです」 恐らく今の彼女に告げても、意味はまるで分からないだろう。この“世界”から戻った時、この会話を覚えているのかも怪しい。 それでも綾乃は、言葉を続ける。 「望む物が何でも手に入るんだから、最初は幸せだわ。でも、それが続くと――」 微かに双眸を伏せ、我儘姫のなれの果てを演じながら、綾乃は再び視線を逸らした。 「中途半端な姫なら、ならない方がいいわ」 その意味が伝わるかどうか、今の彼女からは分からないけれど。 その頃、マリスは姫に見付からないように、噴水の影に隠れていた。 「水の中からザバーっと出てきたらどんな顔をするでしょう……」 「あんまり酷く脅かしちゃ駄目よ」 噴水から飛び出す老婆。軽いホラー要素を見越して、若干ワクワクしているのは否めない。水中呼吸の準備はばっちりだ。 用意万端のマリスへと、二人に気付かれないように抑えた声で『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)が苦笑する。 「大丈夫です、気を失わないように――気を失わせた方が良いのでしょうか」 「その辺りは……臨機応変にいきましょう」 その方が楽ですよね、と首を捻るマリスに少し考えてから淑子が答えた。 「それもそうですね。では行ってきます」 笑みを湛える老婆の姿がにこやかに噴水に沈んでいくというホラーを展開しながら、マリスの姿が水中に消える。。 「可愛く、綺麗でありたい。誰からも愛され、傅かれたい」 噴水の水底に沈んでいく同僚へと苦笑を向けながら、淑子が仄かな吐息を漏らす。 「衣食住に何の不自由もなく暮らしたい。安全な刺激が欲しい。望むものを、望むだけ」 そうした“お姫様”という存在への憧れは、彼女も認める所だ。幼い少女達が追い掛ける物語のお姫様が、そういうものだとも理解している。 「お気持ちは分かるわ。……けれど、わたしは“わるい魔女”」 噴水の裏、密やかに希代子の様子を窺いながら、リベリスタだものと淑子は囁いた。 希代子は夏栖斗に表情を綻ばせながらも、綾乃の立ち去った方向を気もそぞろに振り返ってばかりいる。 心に迷いを抱いたようなうら若い姫君をじっと見詰めて、自称悪い魔女は歩き出した。マリスが脅かした末、夏栖斗が誘導するだろう通路へと気付かれないように足を踏み入れる。 「一時の夢から現実に、引き戻して差し上げるわ」 ● 駆けていくドレスの少女を見詰めながら、ユーリの金色の瞳が彼女の思考を読み取る。 「……楽しんで居る、です」 「それなら、まぁ……良いんでしょうか」 穿き慣れないスカートの裾を寛げながら真人が首を捻った。何しろ愛らしい顔立ちをしているだけに、服装になんの違和感もない。 「取り敢えず、死霊案内人さんは先に扉の方で待っていて下さい」 「ボクのお役ってもう御免なんじゃあないの?」 「念の為ですよ」 自分を指差してぽかんと口を開けた案内人が、もの言いたげに唇を動かし掛けた所でユーリが視線を向けた。送り届けた映像を読み取って、びくっと案内人の肩が跳ねる。 「あっ、凄く嫌なイメージが届いた。実現を回避する為にも従うよ!」 杖を握り直したアザーバイドが踵を返し、そそくさとホールの方へと向かう。 その背中を見送って、真人がユーリを振り返った。 「何を見せたんです?」 対話の苦手なリベリスタが、同僚の問いに少しだけ考え込んだ瞬間。真人の脳裏に浮かんだのは希代子姫と死霊案内人の結婚式の光景だった。 「……今のは……?」 ぽかんとした真人を見て、ユーリが視線を希代子へと向ける。 「あれの願望、です」 「あぁ、願望ですか……」 道理で、という言葉は呑み込んで、真人は一つ頷いた。視線の先では姫君が、王子と共に廊下を駆けていた。 ユーリからのテレパス連絡を受けると同時に淑子の脳裏へと送られたのは、彼女が待ち受ける曲がり角を目指すように、通路を疾駆する姫と王子の光景だ。 同じ連絡は各々が受け取っている筈で、それを証拠に彼女の話に合わせるべくヒロ子も近くで出番を待っている。方向を誘導する為に、真人がドジっ子メイドの如くトラブルを起こし道を塞ぐ一齣もあった。 やがて迫ってきた足音に耳を傾け、温和そうな老婆の姿に扮した淑子が廊下を見た。 「希代子、希代子。ちょいとお待ちなさいな」 足音を鳴らして現れた姫君へと、淑子が穏やかに声を掛け……。 「お待ちなさいったら」 「うぎゅっ!?」 ――そのまま通り過ぎられそうになって、希代子の腰のリボンを引っ掴んだ。蛙の潰れたような声を上げてようやく足を止める。 「な、何のご用なのお婆様……!」 「あの青年が何故お前さんから逃げ回るのか、この国の現状を……お前さんは知っておるのかい?」 ぱっとリボンを手放して、淑子が穏やかな笑みを浮かべる。 「現状? この国がどうかして?」 「この国は、闇に包まれようとしておる。闇の勢力がこの国を滅ぼそうとしているのだよ」 「まあ……!」 希代子がぱっと口元を覆う。彼女の真剣さを更に煽るべく、淑子は神妙な調子になった。 曰く、今一人の王子はその勢力に対抗する力を得るため、今日にでもより文化の発達した遠い国へ旅立つ。 本当は希代子と結ばれる事を望みながらも、この騒動が落ち着くまではと遠ざける事を選んだ、と。 「希代子、彼と共にこの国を救う気はあるか」 「そんな……でも、急にそんなことを言われても……」 戸惑って言い淀み、姫が王子に助けを求めるように振り返る。 そこへ、機を見計らっていた新たな魔女の靴音が高らかに響いた。 「ご機嫌よう、麗しき姫君。我は鉄(くろがね)の魔女――その若さと美しさ、頂きに参ったぞ」 「あぁ、あの者こそ闇の勢力の魔女!」 淑子の言葉にはっとヒロ子を見上げた姫を、夏栖斗が前に出て背に庇った。 「姫に手出しはさせない! ……ってヒロ子迫真すぎる! うわ! ちょい! 痛い!」 凛々しく前に出たまでは良いものの、城の柱や天井の隅を射撃する度に砕けた瓦礫の破片が夏栖斗の上に降り注ぐ。鉄の魔女が、フフフと遠い目をして微笑んでいるのが妙な迫力だ。 「ひ、姫……逃げよう!」 姫の手を掴んで駆け出した王子の後を、黒衣の魔女と身体を濡らした老婆とが追い掛けた。 姫と王子が手を取り合い、魔女や老婆から逃げ惑う。 物語の一幕のような展開の末、走る速度を緩めて立ち止まったホールの中央には、一枚の扉が立っていた。 壁に触れている訳でもなければ、明らかに部屋への入り口とも思えない一枚の扉へと、王子の手を離した希代子がそっと近付く。 「お姫様だから花嫁修業メンドクサーイ? 好きな事好きなだけやってられたらいいー? 自分を過大評価」 不意の声に我に返り振り返った希代子の目に、鍵鼻の老婆の姿が目に入る。 真っ直ぐに歩いてきたマリスは、希代子の眼前で立ち止まった。白髪が徐々に色付き始め、鷲鼻が引っ込んでいく。 「夢は自分で見つけなきゃ。希望は自分でつかまなきゃ」 幸せって、歩いては来ないのです。 そう微笑んだ彼女の姿は、本来あるべき娘の姿へと戻っていた。 「あなた達、何の話をしているの……?」 希代子が唇を戦慄かせた。 「私は姫よ、ずっとずっとこの城の姫なの!」 「あなたがそう望んだから、ね」 善き魔女としての役目を終えた淑子が苦く微笑む。 「ここはあなたの望んだ、あなたが主人公の物語なの。帰るべき世界は別にあるわ」 「物語には終わる時が必要だよね。ずっと永遠に続いていたら、それはもう閉じ込められた牢獄だよ」 淑子が告げ、夏栖斗が続ける。視線を頼りなく彷徨わせた希代子が胸の前でぎゅっと手を握った。 「私の、帰るべき世界。……どんな所なの?」 「現実はけっこういろいろしんどくって、やなことも多いけどさ。それでも、君を待つ人はいるから」 頼りなく震えた声で尋ねた希代子に、彼女の王子たる役割を演じた少年は微笑む。 「だからさ、手をとって、姫――ううん、風見希代子さん」 フルネームを耳にして、希代子の肩が跳ねた。急転する物語に、縋るばかりだった双眸へと僅かに違う光が宿る。 「帰ろう、現実へ」 彼らの遣り取りを見詰めていたユーリは、やがて静かに瞬いた。 彼の観察結果が如何なるものか、彼以外には分かるまい。 ● あるべき世界へと戻った時、意識を取り戻した希代子は笑った。 凄く無茶苦茶で怖い夢を見ていた気がするわ。 その言葉だけでは、彼女がもう一つの“世界”での記憶を保持しているのかは分からなかったが、少なくともこうは言った。 お姫様に憧れるのは、もう止めておくわ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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