●グロウ ごぼごぼと。 ぷつぷつと。 それは確かに沸き上がっていた。 ●解けた結び目 ナイトメア・ダウン――極東に空白を齎した空前絶後の災害。 一九九九年の日本に酷似した世界に繋がる次元の穴を通して、積極的にアークが働きかけていたのも、全てはそれが起きることが強く疑われているからだ。 「結論から言うと……二つの世界の連動性は極めて高いと思う」 着席したリベリスタ達に向けて、『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は怯えにも似た漫ろな感情を抑えつけて伝えた。 タイムカプセルという名のオーパーツは、過去を塗り替えて――この世界にも到達した。 ならば。 ならばこそ。 諸悪の根源、ナイトメア・ダウンにおいても、何かしらのリフレクションを得られるのではないか? 崩界の死者たるミラーミス『R-type』は確かに圧倒的に強大な存在だ。しかしアークは、つい先日にも、激戦の末にミラーミスであるラトニャを撃退したばかりだ。組織としての力は発足当時と比べて着実に増している。『R-type』に歪曲された歴史に矛盾を起こせる可能性があるとすれば―― 「アーク、だけだと思う」 それに、切り札もある。惨劇を繰り返さないための。 イヴは唇を一文字に結び、決意を秘めた表情で、リベリスタ達にやるべきことを伝える。 「異世界の件で知ってのとおり、『R-type』が及ぼす影響力は凄まじいものがあるわ。有機・無機を問わず変異現象を起こさせて、この世界を滅ぼす兵団を作り上げてしまう」 それらの変異体は『赤の子』と呼ばれる。 本体同様、破壊の衝動に取り憑かれた異形の群れだ。 「ここに集まった皆には市街地に降りてくる『赤の子』を討伐してもらいたいの」 彼らだけではない。 「きっとそこに、矛盾した運命に導かれて……干渉を加えたリベリスタが来てくれるはずだから」 ●夏の陰影 「珍しいな、君がそんなことを言い出すだなんて」 そう言って、彼は私の真面目な申し入れをからかった。 「そんなに変? 私がパーティーを組みたいってお願いすることが」 八月十三日―― 廃墟で出会った『彼ら』は、その日にミラーミスが現れると私に告げた。 日に日に、私はそれが真実であると確信していっている。 所有する預言書の全てを貪るように読んでも、具体的な内容は見つからなかったが、私自身の肌身で、この世界に大穴が穿たれる予兆を、ひしひしと感じている。 「いやいや、持ち帰った魔術書を『アーティファクトに改良して欲しい、皆の助けになるかもしれないから』って言い出した時よりは、ずっと驚いてないよ……ああ、うん、ごめん。少し調子に乗り過ぎた」 すぐさましゅんとして侘びを入れたということは、私は余程膨れた面を作っていたのだろう。 「大事な仕事なのよ……今までで一番かも知れない」 「分かってるよ。君がリベリスタとしての職務において嘘を吐いたことはない」 「よく覚えてるわね」 「覚えていたいからさ」 彼が見せる優しさと微笑に、何だか胸が疼いた。 「しっかり厳選しておくよ。七瀬川カスミという偉大な魔術師が満足する、充実したメンバーをね」 痛くて、苦しくて。 「……もう行くわね。コーヒー、美味しかったわ」 彼なりの努力と、そして、隠し切れていない不器用な愛情は、十分に受け取った。 「さよなら」 けれど、ごめんなさい。 もう会えないかもしれないと、伝えずに去ってしまって―― ●グロウ ぽつり、ぽつり。 それは落下を始めた。 手足といい、胴体といい、人に類似した容貌。だがそこに顔は無く、二回りほど大きかった。 何よりも。 とても醜悪で、とても残酷な。 血の色をしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月29日(金)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●刻 それは焼かれたアスファルトの照り返しが厳しい真夏日のことであった。 一九九九年八月十三日。 炎天下を続ける太陽に、ふと陰りが差す。とある一帯の空だけが、黒ずんだ雲に覆われ始めている。 不穏な影を落とす雲は、ぼこぼこと、沸騰しているかのように泡立っていた。やがてその泡は人の形を成すと、ぷつりと千切れ、ひとつ、またひとつと、街に向けて降下を始めた。 終焉を予感させる薄気味悪い光景。 皆が空を見上げていた。街に起こった異変に、俄かにざわめき立つ群集。その様子をよそに、悲壮とも言える表情を浮かべた女性が一人唇を噛む。 「やっぱり、あの人達が告げていたことは――」 真実だった。事態に備えて該当区域で待機していた七瀬川カスミは、改めてあの時の言葉を噛み締める。 そして周囲を見渡す。要請に応じて馳せ参じてくれたリベリスタは十二名。 この人数で足るだろうか? パラシュート部隊のように大地を目指す異形どもは、目視できる限りでは二十体前後。 個々の力量で劣っているつもりはない。しかし、倍近い数的優位を築かれているとなると―― 「敵を上回る二十一人、ならばどうでしょう」 思考を続けるカスミの耳を、聞き覚えのある声が打った。 「七瀬川さん。お久しぶり……という程は経っていませんけれど」 振り向いた先に『現の月』風宮 悠月(BNE001450)が立っていた。件の図書館で出会った経緯から、顔見知りである。 「戦う為に参りました――災厄を、災厄で終わらせないために」 そう語る悠月の声音には強い決意が宿っている。 「また会ったわね」 続けて言葉を交わしたのは、同じく以前行動を共にした『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)。彼女らを含めて、八人ものリベリスタが駆けつけていた。 「ピンチに助太刀するのが正義の味方の務めですから」 カスミが理由を尋ねるより早く『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)がさりげなく答えた。 「一つ、私達から提案したい事があります」 変異体――『赤の子』を、無防備を晒している隙に空中で迎え撃つ算段であること。そしてその間に残ったメンバーで一般人の避難を執り行う旨を悠月は伝える。 彼女に信頼を置くカスミは二つ返事で了承し、他のリベリスタ達も「それなら」と続いて賛同した。 「それと、誘導の際はこちらとの連携をお願いしたいです」 そのように申し出たのは『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)だ。彼は地上での避難誘導に労力を割くつもりである。魔術師は頷くと、空中に上がらないであろう前衛の面々にその由を伝えた。 「それでは、上空に向かう方々に翼の加護を授けますわ」 詠唱に入った『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)の胸に深い感慨が去来する。 ナイトメア・ダウンは云わば諸悪の根源。そこに手が届く機会が来ようとは。 ここで穿つピリオドが、自分が望み、信じ続けた、終わらない戦いへの終止符なのか。 それは今の時点ではまだ判らない。でも。 「今はただ、私がやるべきことをやりましょう……」 柔らかい光が放たれ、神秘の翼がリベリスタ全員に授けられる。 飛び立つ準備は完了した。周辺の市民を逃がす手筈も整っている。その中で、用事を思い出したかのようにカスミは不意に光介を呼び止めた。 「貴方にも、これを」 差し出されたのは、一冊の呪文書。 「地上にいる間に、先に渡しておくわ……護身くらいにはなると思うから」 手渡されたアーティファクトを暫く見つめた後で、光介はそれを小脇に抱える。 先行部隊が上昇を開始した。 (カスミさん……やっぱりボクは貴方を死なせたくないよ) この本はきっと、少々口下手な彼女が、口下手なりに、助け合う意志を行動で示すために用意したものなのだろう。 今なら理解できる。あの人が惹かれたのは、貴方が持つ『人間らしい』部分の愛おしさであることを。 そして失うことの悲しみの深さを。 だからこそ光介は尽力を誓う。過ぎ去った運命に、何度でも何度でも抗い続ける。 ●アークメイジ 「敵は雨雲が変化したもの、ですか」 自らの浮力で飛行する『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)は左眼に疼きを覚えながらも、落下中の『赤の子』の群れをはっきりと見据えていた。 「破壊の面が強いとされる火より余程生命の面が強い水が『コレ』ですか。どうにも嫌悪感が湧きますねぇ」 戒律も美学も無い破壊を認める気は更々ない。 「故に、破壊には破壊で抗いましょう」 何よりも誇り高い自尊心に拘ったフーラカンの力をもって。 射程圏内かどうかを見定め、飛行に意識配分せずに済むよう自由落下に切り替える。 無限を織り成す書を掲げるシィンから展開されたのは、禍々しいまでの煉獄の嵐。 微粒子までも焼き尽くす炎の音。そして、大気を割く鋭い風の音。異元素異音が緻密に重なり合い。 大きく渦を巻いた業火が雨雲の落とし子を焼き払っていく。 超距離。超範囲。超威力。技を受け継いだシィンが、既に自在にそれを使いこなしていることにカスミは驚く。同時に、親愛にも似た感情を覚えた。異世界の住人が古式魔術をここまで高めてくれるとは。 各々が得意とする射程に到達したところで、他のリベリスタも降下速度を合わせ攻撃を開演させる。 「さてと、魔術師達の競演、特等席で拝見させて貰うとしますかね」 曇天に打ち上がったのは、愛用の村田式に弾を籠める『足らずの』晦 烏(BNE002858)が嘯くのも納得の、マグメイガス一同による呪術秘術魔術法術力術のオンパレードだった。 素早い詠唱速度によって生まれた猶予を存分に活かし、『魔陣展開』を絡めた絶大な威力を有する極限魔術を降り注がせる悠月。 蔓で編まれた翼を大いに広げ、巻き起こした風の刃を浴びせかけるティオ。表面色が黒の個体を特に巻き込むよう風を調節する。 友軍として参戦しているマグメイガス達も負けじと全霊の力を奮って魔術を唱える。 多種多彩な属性効果が一斉に空で交錯する様は壮観ですらあった。 射手である男性陣も黙ってはいられない。 支援に備える櫻子の前に位置する『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が構えた『ナイトホーク』と『ブライトネスフェザー』の銃口から、灼熱の火を封じた弾丸が立て続けに射出される。 アルテミスの加護を受け、際立った命中精度から放たれたそれが、額面以上のダメージを叩き出す結果を呼んだのは、ごく自然なことだ。 「「流石に多いが、まあ問題ない。空を飛んでいようが知ったことか。排除させてもらうぞ」 ナイトメア・ダウンの爪痕を我が身に受けた彼だからこそ、強固な信念が背中を押してくれている。 忌々しい『R-type』に引金を引けと叫ぶ内なる声。 戦う動機には十分過ぎた。 「思えば自分にとっての転機もナイトメア・ダウンだったな」 七海が矢羽根を弄いながらふと呟く。 革醒後、止まっていた心の歯車を再び動かしたのも、それを機にリベリスタの存在を知ったからだった。 「そんな人達と一緒に戦えるんだ。この人達もここにいる一般人も死なせてたまるか!」 弓を番えた彼は回転率のいい『スターライトシュート』で的確にダメージを刻む。 他方。 「蜂の巣にするまでだ。風穴開けて、お天道様の顔を出させてやるよ」 地上の様子を随時確認しながら愛銃を乱れ撃つ烏。避難状況に応じて、射撃方向を変える。 「降りてくるまでどの程度、落とし切れるやら」 頭巾の狙撃手は三級品の辛い煙を吐く。 地面は間近に迫ってきていた。 「ここを離れて! あちらの方角へ早く!」 現場を『千里眼』で見渡して地形を把握しつつ、拡声器を通して避難経路を伝達する光介。 「迷っている方々の先導をお願いします!」 合点承知とばかりに指示に沿って避難誘導に勤しむ『当時』のリベリスタ達。 空中戦が繰り広げられている最中、彼らは一般人をこの場から遠ざけることに注力していた。その甲斐あって、『赤の子』が降り立つはずの地点からは、すっかり人気が消えている。 逃げ遅れた人の有無を確認すると、光介は騒乱が続く上方を仰ぎ見る。 味方は着陸態勢を取り、それぞれが仕上げの一撃を与える段階に入っていた。 それは七海が仕掛けた無数の矢での物量攻勢であったり。 着地後の行動を逆算して状態異常を狙ったティオの魔術であったりと様々だ。 いずれにせよ、そこで戦乱劇の序章は終幕。 「皆さん、警戒して下さい! 来ます!」 魔術書を開いて先制攻撃を入れる光介。 宿敵が地に足を着ける。 滅亡の使徒は今まさに解き放たれた。 ●止まない雨 空中戦で稼いだダメージの総量は計り知れない。事実、何体かは着地前の撃墜に成功していた。 だというのに、この地獄絵図はどうしたことか。 損壊に次ぐ損壊。殺戮に次ぐ殺戮。激憤に次ぐ激憤。暴虐に次ぐ暴虐。 足場を得た途端に『赤の子』は有り余る力を撒き散らした。 強酸性の黒い雨。高熱を宿した赤い雨。 歩道に並ぶ街路樹は瞬く間に炎に包まれ、路側帯のコンクリートブロックからは溶けた石灰の臭いが立ち上っている。 悠月は魔道衣を侵食する血液を振り払い、苦い顔をする。 「現出した余波だけだというのに、これ程とは……流石、というべきか」 とはいえ、これでもかなり被害を抑えているほうではあった。ティオとシィンが事前に黒い個体を優先的に狙い続けた分、赤に比べてかなり弱らせているか、あるいは撃破できていた。そのおかげか、不安視していた暗雲による視界を奪う攻撃は今のところ受けていない。 「同士討ちは勘弁だからな」 烏が閃光弾で相手の行動に一定の制限をかけているのも大きい。 こちらの手数も犠牲にはなるが、敵複数と相殺なら万々歳だ。 「術式、迷える羊の博愛!」 治癒を阻害する致命状態の対処に追われ、中々回復にまで手を回せない光介。範囲攻撃を連発してくるだけに、一刻も早く戦線を整えたいというのに。 「綿谷さん、気負うことはありません。私もいるのですから」 癒し手として奮闘するのは櫻子も同様。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう……」 漲るマナを背景に、優しく怪我を療治する癒しの術式を絶やすことなく施す。自軍のケアを一手に引き受ける彼女達ホーリーメイガスは、まさに生命線だ。 そして今回の仲間には、持久戦補助を最も得手しているリベリスタもいる。 「芽吹きの楽園を冠するこの術。展開が続く限り、誰の命も枯れさせませんよ」 シィンが展開する『グリーン・ノア』の庇護下では、大技をいくら乱射しても、常に精神の制御作用はフル近くに保たれる。七海や櫻霞は欠けた精神力の補充に一手を使うことも視野に入れていたが、その手間は要らなかった。 途切れることのない魔力の流入。攻撃にのみ専念できる。 七海の『弾幕世界』、櫻霞の『インドラの矢』――いずれも殲滅力に優れた強力なスキルだ。眼前に迫る標的を、前もって蓄積させておいたダメージと合わさって、薙ぎ倒していく。 しかしながら、後衛に偏ったパーティー構成のため、敵の接近を留める手段に乏しく、防護が手薄であるという懸念は拭えない。 血の雨は降り続いていた。 「神秘が得意なお前でも、流石にきついか」 櫻霞が背後の櫻子に気遣いの言葉を投げかける。肌を痛めつける雨の鬱陶しさは尋常ではない。 ティオの要請を受けて味方を庇い続ける名も無きクロスイージスも、集中攻撃に耐え切れずついに地に倒れてしまう。一人、続けて更に一人、力尽きて膝を折る。 生死はここからでは判断が付かない。瞼を閉じるカスミの隣で、光介が歯噛みする。 本来ならば、彼らはここで死ぬ運命ではなかった。彼ら自身の意思決定とはいえ、カスミの過去に介入したからこそ、この戦場にいるのだ。 その意味を受け止めることはひたすらに重かった。 障壁を乗り越えた『赤の子』らが向かったのは、戦況維持を担う桃色の少女。 「触れるな」 腕部の物理攻撃はエクスィスの加護で無効化させたが。 間髪入れず赤い個体群が噴出させた火炎放射を防ぐ手立ては、彼女にはなかった。 感情のままに、カスミは魔方陣を二重展開。ごう、業、剛と雷鳴が轟き、天地創造の光がシィンを襲う連中を貫いた。咄嗟にそんな行動を取ったのはきっと、人の温かみを教えてくれた彼女を――彼女達を、失いたくなかったからだろう。 「予習はしてきたけどこれ程とは。専門とは違うけど……面白い」 その光景を七海が興味深げに眺めていた。 「その術……あの時のチャクやフーラカンとは構成も精度も違う。新しい術ですか」 悠月と、そしてティオもまた激しい雷撃『ククルカンの創造』に感銘を受ける。 その創造神の名を冠するスキルが、以前に見た二つの古式魔術――その両方の元素を引き継ぐ雷と風から構築されていることは、互いに理解できた。 その分、更に組成式が複雑怪奇。初見だけでは難しい。 ティオは、得た知識を早くも魔術として形にした彼女を目にして、やはり喪うには惜しい人材であると再認する。あと数度見る機会があれば、自分でも積み重ねた経験と魔術知識を基に再現できるはず。 しかしその機会が巡ってくることは無かった。 他とは違う独特の攻撃様式を目の当たりにし、異変を察した『赤の子』の破壊衝動の矛先がカスミに向かうのは、想像に難くないことではあった。 ●青い林檎 一度の羽ばたきで世界を変える蝶がいたとして、世界はそれを見過ごすだろうか。 知恵を得てしまった人類は楽園を追い出された。 それと同じだ。 破滅因子は自浄作用で除外される。 倒れたカスミは微動だにしなかった。呼吸の度に胸が膨らむ、といった些細な動きも。 (ここで死んではいけない、未来にはまだあなたが貢献できる場所がある) 運命を捻じ曲げようと試みるティオだったが、しかし、それを成し遂げるにはフェイトの残量が多過ぎた。 続けて狙われたのは、体力の保全に務める櫻子。前に櫻霞が立つため致命傷を受けなかったが、その分、彼が大きな傷を負うことになる。 だが櫻霞は決して屈しなかった。後ろに行かせる訳にはいかない。 「癒しを……!」 その想いを分かっているからこそ、櫻子も献身を尽くす。 攻撃を分散させるため離れて活動していた七海に標的が移る。悠月の高速『葬操曲・黒』と烏が投げる閃光弾が行動を幾らか妨げるが、十分ではない。 シィンが離脱している間にも、攻撃の手を緩めることなく羽ばたき続けるティオ。何せ消費がないにも関わらず、ティオの高度な神秘の力は、風ひとつひとつに相当な威力を与えていた。 彼女の継戦もあり、今や『赤の子』の数は僅か数体にまで減っている。 だが友軍の負傷も大きくなっていた。シィンが何とか復帰し、フィアキィに命じて癒しのオーロラを広がらせるが、カスミを始めとしたこの時代のリベリスタ数名は未だ伏している。 諦めずに、光介は最高クラスの治癒術で倒れた仲間に生命力を送る。 逆らい続けた運命に、今更尻尾を振るような真似はしない。 人の持つ想念の力で打開してみせる。 「いつだって『またね』だったんでしょう!? さよならなんて言わせない!」 死なせない。死なせやしない。あの時手を繋いで、微笑みかけてくれた貴方の温もりを。 守りたいから。 獅子奮迅の光介にも血の雨が容赦なく降り注ぐ。酸が粘膜を焼き、熱が気力を奪う。 それでも光介は立ち上がる。限界を超えて、命を賭して。 ――命を燃やしたからこそ。 彼の意気は通じたのかも知れない。よろめきながら、けれど確かに、カスミが身を起こした。 論理的な話をすれば、烏の閃光弾の影響で目が眩み命中精度が落ちていたおかげなのだが、理屈はこの際どうでもよかった。 光介は頬を綻ばせかけるが、すぐに引き締めた。まだ戦闘は終わっていない。 「終わったら一杯飲みに行きましょう! 奢りますよっと!」 起き上がったカスミを元気付ける七海。彼自身も深手を負っているが、ここで散る気など毛頭無い。 癒しの奥義を光介が使い続けていたおかげで、意識のある者の体力は満タンに近かった。 フェイトは大きく削れたが、崩れた戦線は何とか立て直せている。 「酸性雨も大概にしてくださいな」 丁寧な言葉遣いの中にも微かに怒気を込めたシィンの声。翡翠のカーテンは今も続いている。 あと少し。あと一歩。 余力を振り絞って、襲い来る変異体との最終演目に臨むリベリスタ達。 羽矢が、鉛弾が、魔力の煌きが。 シィンがカスミと共に炸裂させたのは『フーラカンの激昂』の猛り狂うような競演。 そして。 防御姿勢に入ったところを、烏の閃光弾で足止めされたラスト一体を切り刻んだのは――ティオが放った『エアリアルフェザード』の突風。 蝶の羽ばたきよりも遥かに大きな影響を伴って。 フライダークの羽ばたきは運命を変えた。 死者は少なからず出た。支援者の何人かは怪我と衝撃に耐えられず、還らぬ人となった。 責任を感じてその死を悼むカスミ。けれど立ち止まる訳にはいかないことを、未来からの使者は告げる。 「この有様だ。混乱を収め建て直して行く為にも優秀な人材が必要になる。おじさんが思うにあんたにゃそれが出来る。良ければ手伝って貰う事は出来ないかな」 烏の問い掛けに、カスミはこくりと頷く。 「ええ。それが……生き残った私の役目だろうから」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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