● 全身の傷は未だ完全に治りきってはいないものの……。 「成程な、こういう未来って事か。が、神は我等を見捨てる事は無かった、そうだろ?」 不動峰獅郎は見上げた。 一言で言えば、グロテスクだ。人体模型の、血管や筋肉が表面浮き出ている様な。此れが『彼等』が言っていたR-typeであり、ナイトメアダウンだと言うのだろう。 此の現象に気づけなかった。 彼等が言伝に教えてくれなかったら、解らなかった。 若しかすれば、気づく前に死んでいたかもしれない。 「――神が此の俺を生かしたというのなら、恐らく此の超ド級の悪魔を退散させればいい、みたいなもんだろ」 死ぬかもしれない。それでも、行く? 突如脳裏に、そう言われた言葉を鮮明に思い出した。 不思議な奴等であった、戦えと言うのに強制はしない等と。 「そう、俺は此処に来た。不動峰の名に懸けて、俺ぁ悪夢を止めなければいけねえな」 だが命の安売りは出来ない。また、娘を独り置いて来たのだから。 ● 「皆様、過去の世界に行って欲しいのです」 『未来日記』牧野杏理(nBNE000211)は集まったリベリスタ達へそう言った。 今回の依頼は過去世界のナイトメアダウンをどうにかする事に繋がる。 先の、斜堂・影継(ID:BNE000955)が行った実験(タイムカプセルを埋めた)により、突如三高平に空いたDホールは1999年の日本其の物である事が分った。 此れから起こるのは、勿論ナイトメアダウンだ。其れを食い止める事、可能な範囲で被害を抑える事が目的だ。もし過去を変えたとして、多大なリスクを負ったとしても文句は言わない。 幸い、アークの最終兵器『神威』というものがある。万華鏡の兄弟である此れを発動させ、砲撃を行えばR-typeを追い返す程度の力はあるのかもしれない。 だが、発動には時間かかかる。その時間までなんとかして被害を食い止めて欲しいのだ。 「皆様に行っていただくのは、住宅街。 此処はまだ避難ができていないのです、皆様が行く頃には一般人が逃げ惑っている中であるかと思われます」 『赤の子』と呼ばれた、R-typeに反応して豹変した生物が此の場を荒らしている。人よりも何倍も大きな其れを、たった一人、不動峰獅郎という名前のリベリスタが食い止めているものの。 「彼一人では負担が大きい。それに、周囲の一般人の避難もままならないのでね。なので、彼に加勢して敵を撃破してくださいませ」 ● 断末魔に、金切声。よくある地獄のようだ。何処を見ても血が舞っているのだから。 泣き喚いた子供が一人、足がもつれて倒れた所で大きな影が迫った。 「あ……タマ? タマ、なの?」 子供が見上げれば、子供なんて丸のみが可能な程に大きな口を開けた虎とも獅子とも取れる生物。 「うあああああああああ!!!」 そしてまた、叫び声。 だが子供の服を掴んだ大きな手があった。宙にふわりと足が浮いた少年が再び瞳を開いた時、傷だかけの男に抱えられていた。 「間一髪か……でかぶつ、此の俺が相手だ。相手間違えるなよ、俺と、遊ぶんだ」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:夕影 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月28日(木)22:38 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 空は赤色、血の色にも似たそれ。 周囲は断末魔に、逃げ惑う人々。崩れる建物に、震える大地。そう、上には元凶であるミラーミスが破滅を楽しんでいるのだろう。 荒れ狂う最下層の、静岡という小さな小さな町。其の更に小さい市街での電柱の上。子供を抱えた不動峰獅郎は言った。 「俺と遊ぶんだ、でかぶつ」 彼には、自信があった。例え赤の子、肥大した狂犬であったとしても。 フェーズ2程度のものでも、此処まで大きいのは希少価値とも言えるのだが。相手に出来ない程、己の力を下には見ていないのだ。 グルルルと喉を鳴らし、鼻には大量のシワを寄せながら怒る狂犬。その、人よりも何倍にも膨れ上がった前足が、鋭い爪を孕ませて殴りつけられれば電柱がゴムの様に曲がっていった。 其の頃には獅郎は地に足を着き、子供を逃がす。其の周囲を囲むように布陣したのは。 「なんだ、お前等も来たのか?」 獅郎が忘れる事は無い。 呆れ声に混じった苦笑の音を漏らしながら彼は出迎えたのだ。そう、アークのリベリスタ達を。 今しがた救った子供が駆けていく、其の先。6つの翼を大きく広げ、救いが来たのだと訴える『ANZUD』来栖・小夜香(BNE000038)。 まるで天からの使いに見える彼女が傷ついた人々目掛けて詠唱と癒しを放つ中、だが、大人しく待っているなんて事はしない赤の子獅死が咆哮を放った。 ビリビリと、再び獣の声に大地は揺れる。一般人たちの肌も其の声に震えながら、皆足が竦み、立ち尽し、しかし。 「逃げなさい! ここにいたら危ないわ。真っ直ぐ此方を振り返らずに遠くに走りなさい!」 小夜香とはまた別の色の翼が広がる。『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が咆哮に負けじと吼えたのだ。 彼女が指し示すのは、獣とは反対の方だ。生き残る為の、出口を小さな小さな指で指し示す。其の声に我を取り戻した一般人も少なくは無いのだが、だが、其れでも彼女の声にさえ気づかない、いや、気づけない一般人も居る。 次のシュスタイナに見えたのは獅死の口内に光る火炎の業。 「炎でも吐く気!?」 直ぐ様詠唱を紡ぐ、キャストレス――最速で詠唱を組み上げる彼女の、魔力の砲弾が獅死の顔面を捉えた――の、だが止まらない。 苦い顔をした小夜香がすぐに消えた癒しの詠唱を再度組み上げ、魔弓(『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250))と魔銃(『アリアドネの銀弾』不動峰 杏樹(BNE000062))の矛先が獣へと向く。 「悪夢の時間は終わりだ。ここから先は誰一人死なせない」 杏樹が決意の籠る言葉を吐く中、七海の魔弓は荒ぶる。まるで赤色の空を裂くようにして駆ける矢は、既にゆらりゆらゆらと歩く一般人の赤の子の心臓を貫いていくのだ。 そして魔銃が轟音を奏でた、其の時には獅死の右の瞳が弾丸に貫通して断末魔に似た獣の叫び声が上がる。そして獣よりも遥か上、飛び上がっていた『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)が自慢の槍の矛先を下に獣の背を縦一の字に貫いた。 「三郎太、参りますっ」 離宮院 三郎太(BNE003381)は瞳を動かし、暴れる獣よりも揺らめく一般人の赤の子達の把握に走る。 彼の視界に映った哀れな赤の子は、皆、誰しもが絶望の表情を浮かべているものばかり。もう、まるでゆらゆら蠢き終わりを待つそれは祈りの様にも見えて来る。 握られた拳に思いを込めて、放て。 言の葉を、其の、赤の子に成り果てた怒りを此の身に集めるのだ。すれば、赤の子の標的は三郎太へと向く。 傷つき、殴られ、獣の瞳さえもが三郎太に憎しみと怒りと破滅の衝動を向ける―――けど。 「癒しよ、あれ」 舞い上がる翼に思いを込めて。祈り、祈る、せめて彼等が死をもって救われる事を希望として。悲劇を、いやもう悲劇は起こっているのだろうが、せめても被害を抑える為に。小夜香は回復を紡ぐのを止める事は無い。 ● ジリジリと暑い八月である。 周囲では夏によくある蝉の声さえ聞こえない。皆皆、静岡から逃げ失せてしまったのだろう。仲間の声がよく、通るのだ。 ふと、獅郎の隣に着地したフツが最高の笑顔で話しかけた。 「オレはフツ。リベリスタだ。この状況、この敵がヤバイのは、うちのフォーチュナに聞いて知っている。お前さんもリベリスタだろ。それなら加勢させてもらうぜ!」 「ああ、止めてもどうせ帰らねぇんだろ」 「ああ! こいつ、近くの相手をまとめて攻撃してくるぞ。遠吠えにも気をつけろ!」 「はいはいっと」 まるで戦闘に慣れている兵士だ。こんな状況で恐怖の「き」の字も感じてはいないのだろう。 獅死の噛みつく牙がフツと獅郎を分かち合う中、獅郎はつい笑みを零した。 だがすぐに笑えない。三郎太の引付けが強過ぎたか、小夜香の回復もある為に重度の心配なんて不要なのであろうが。 「あんまり傷つかれちまうと、神父としてはァ心苦しいワケよ」 大型のボウガンを向け、三郎太目掛けて涎を撒き散らしながら迫る獅死。其の標準は頭を狙う、其の一部始終を横目に杏樹は見ていた。髪の揺れる其の細やかな部位さえ見逃したくない。 だって、あの、何時でも追っていた背中が今此処にあるのだから。 嗚呼、此処で「お父さん」と言えたのなら、あの日帰って来なかった父親が返事をくれるというのだろうか。 例え此処で獅郎を護ったとしても、今此処にいる杏樹に獅郎が帰ってくる訳でも無いというのだろうに。あくまでも杏樹は、この時代の自分に父を帰しただけだというのに。 「杏樹さん」 「……、問題無い。余所見してすまない」 「いえいえ」 七海が気にして彼女の肩を叩いた。 獅郎の攻撃に大きく体勢をずらした獅死であった。倒れつつ暴れた尻尾の先、住宅の壁を壊し電柱をなぎ倒し、其の倒れた電柱が尻もちをついた子供へと倒れていく。 「あぶ……!!」 三郎太が叫び、だがその時には小夜香が翼を広げていた。猛スピード、電柱よりも速く、風に成った彼女は両手で子供を抱きながら倒れた電柱を回避する。 間一髪という言葉が正にお似合いであろう。子供の母親が着地した小夜香に泣きながら駆け寄りつつ、何度も何度も頭を下げた。 「生きて。落ち着いて、逃げて」 此の地獄のような場所から。 小夜香の方を何度も振り返りながら、頭を下げて逃げていく親子に手を振る小夜香。だが其の背後、忍び寄る影は獅死。 「何に、怒っているっていうのよ」 冗談じゃない、と首を振ったのはシュスタイナだ。 ひた、と汗が落ち大きすぎる影に息をのんだ小夜香だが、仲間は彼女を守る為に動いていた。 特にシュスタイナの攻撃が最速で行われた。 「皆纏めて、塵にしてあげる」 倒さないといけない敵。 まもらないといけない命。 だからシュスタイナ・ショーゼットは戦うのだ。きっと、今もどこかで奔走している姉も同じことを思っているに違い無いかもしれない。 其れは例え元の世界であっても、過去の世界であっても同じ事。 冷静に詠唱を何節も飛ばしながらも組み上げた陣。彼女、シュスタイナを囲むようにして複雑な魔法陣が展開されていく。 そう、こう見えても怒っているのだ。 「ね? 綺麗に消えてしまいなさい」 元が例え普通の犬であったとしても、もうこうなってしまったら放っておくわけにはいかないのだ。 轟音、光線、爆発的な光と共に撃ったシュスタイナのマレウス・ステルラ。あまりの反動に自身のワンドを持つ腕の皮膚さえ裂かれて血が噴き出す。 「――くっ」 けど、小夜香の歌が聞こえて傷もすぐに消えていくから。 「HPは来栖さんが、EPはボクがっ! 回復体制は万全ですっ!!! 皆さんは攻撃に全力をっ!!」 三郎太の、負けじと張る声が聞こえるから。 「ふぁっ? ふぁ、ああああっ!!!」 シュスタイナの中で魔力が暴走した。 湧き上がる、いや、漏れ出て止まらない、誰か止めてと、いや、止められない止まってくれない。魔術の刻印が急かす様に輝いているのだ! 「ああああ!!!」 吸われ尽くされているような感覚で、たった10秒で二回目のマレウスが獅死を射抜いたのであった。 地面のコンクリートを抉り、轟音を撒き散らしたのはまるで天災の様な勢いだ。だが器用にも攻撃は仲間を避け、そして既にマレウスの勢いに破壊され更地と化した住宅街でリベリスタは伸び伸びと戦闘をする。 ● やったか!? と言われれば、お約束でやれていない。 二撃のマレウスにしても起き上ったタフな獅死が、更に激怒に激怒を重ねてげきおこぷんぷんまる。ビリビリと放たれた咆哮が先程のよりかも勢いを増して、其の怒りの度合いを直で教えてくれた。 「おーおー、怒らせるたぁ、な。ハハ、それもそれで良いだろう。鎮められるか?」 ボウガンの矢を入れ替えながら、砂利を鳴らしながら歩くフツが答えた。 「問題ねぇぜ!」 「元気だよなぁ、坊主」 爽やかにも笑うフツ。 だが其の腕に持つ槍はフツを絶えず攻撃する――のだが、それは無意識に発生してしまう魔槍の性である。 暫くの間、黙っていた槍ではあるのが、目覚めたのか其の瞳は上を見上げている事だろう。フツだけに聞こえる声が、脳内意識を乗っ取りかけるレベルで話しかけて来る。 『ワンワンまだ殺せない? どうして殺せない? 怒ってる、深緋も怒ってる、あっ、でも怒ると見られてる! フツ!』 「R-typeの事かい? 深緋が怖いなんて珍しいネ」 『深緋駄目かも! 深緋、おかしくなりそう!!』 「怒らない方がいいかもネ」 『それってどうやるの?』 「笑ってみるといいかもネ」 フツは回り込む、獅死の隣。追ってきたのは獅死の爪であった、地を裂き、更に瓦礫を崩して。其れを彼は深緋にて止める。肩口が、止め遅れた爪撃に抉れたお蔭かバリアシステムが機動して爪に少しのヒビを入れるものの。 馬鹿力か。押され気味なフツの量隣に、七海と三郎太が位置した。 「フツ殿、其の儘で」 「あと6秒くらいで駄目かも」 「十分です!」 七海よりも先に三郎太が動く。 彼に施されていたのはプロジェクトオメガだ。己の潜在能力を最大まで高め、脳のリミッターさえ外してしまうプロアデプトの隠し札。 計算されるのは敵の弱点だ。今は前足の爪がフツの槍によって支えられているのなら、狙うべきは後ろ足であるか。 「行きます!!」 片手の指、人差し指が指し示した方向へと飛び出すのは気糸。 穿て、貫け、獅死の四肢を奪え――!! 「いっけええ!!」 アッパーによる傷は小夜香が埋めた。元気にも、無邪気にも、出来得る全てを此の場で出しきると決めた三郎太の意思は固い。其れに答えるように獅死の足に直撃した気糸だ。直後獅死が体勢を崩して伏したのは言うまでも無く。 広がった翼はビーストハーフ、否、七海のアウトサイドのそれ。 巨大なボウガンを腕のように操る獅郎の隣で戦う事ができるのだ。胸の奥、湧き上がっているのは温かいもので。 正義の味方を目指して此処に立つ七海にとっては、獅郎の姿こそ輝きまして見える。そして、負けられないと思える事も。 雷と呼ぶべき弓が唸る。其処にはシュスタイナの葬操曲がレクイエムのように混ざって。 空気を裂く矢が赤の子一般人の命を奪う、ありがとう、とでも言われているのか。倒れていく赤の子たちは皆笑って死んでいく。 次!! 七海の雷が獅死へと向く。 されど、其の時、周囲の温度が一斉に上がっていく。 炎だ、炎だ。真っ赤だ!! 渦撒く炎が吐き出されたのだ。螺旋か、狙われた杏樹が魔銃バーニーを構えたまま―― 「――杏樹!!!」 「え?」 ハッ、とした。 杏樹の目の前で影に成ったのは大きな背中。神事服に焔を纏って、煙を吐いた獅郎の背中。 「……無茶するなと、言ったのに」 「これくらい、問題無い。それよりもだ、手を休めるな。一難去れば、また一難だ」 「それよりもだ、さっきなんて呼ん―――」 ――遠くで声が聞こえる。 「お姉ちゃん!」 「えっ!?」 さっき、小夜香が助けた子供が走って戻ってきたのだ。お礼でもしに来たのか、其の小さな手には1輪の花を持って。 「駄目!!」 小夜香が再び其の子を抱いた、後ろでは美味い得物でも見つけた様に炎を溜める獅死の姿。 「こっちです!!」 三郎太が放つアッパー、それと同時に獅死の顔を三郎太へと向け放たれた炎は三郎太や七海、フツを巻き込む程度で終えた。しかし此処から一気に叩きこむ、リベリスタの攻撃ターン。 杏樹が獅郎の袖を引いた。 「ひとつ我が侭言っていい? 神父様の切り札を、教えてほしい」 「ハッ、俺の? ああ、そうだな……真似から入るのも良いだろう」 銀翼のアリアドネ―――其の名の通り。 「まあまだお前には早ェかもしれねえな」 ボウガンに絡む、幾重の陣。銀色の光が翼と成りて、放つ十字は―――全ての子羊と狩人に安息と安寧を。 Amen。 ずっと夢見てた。 神父様と並び立つ、此の時を。 あの日、連れて行ってくれなかった戦場で、貴方は私の為に命を燃やした事。 悔しいけれど。 やっぱり、神父様の背中は大きい、な。 ● 「駄目よ、来ちゃ。お母さんとはぐれたの? どうしましょう」 小夜香がへらへらと笑う子供に苦笑しながらも、花を受け取っていた。 これでも怒っているのよと見せつけてみるのだが、子供の無邪気さには勝てない、か。 フツは南無阿弥陀仏と、赤の子に対して経を唱えていた。まだまだ増えるかもしれない犠牲だろうが、せめて此の場は最小限に食い止められたのは良かったと見える。 「さようなら」 杏樹は呟いた、もう其の背中を追える事は無い事に何故だか言葉に出来ないものがこみ上げても来るのだが。 「………お前、なんて名前だ? なんて意地悪い質問はしないがな。元気にしてろよ、ちゃんと飯食えよ」 神父の大きな其の手が、杏樹の髪を撫でたのは。其の時だけは、そう、其の時だけ。 現実であった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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