● 「しかし豪勢だねえ、なんだいこりゃ」 ふわりと花開いた白身を飾っているのは、梅肉のソースだろうか。 「多田先生は鱧も知らないのかね」 しみじみと呟く老人へ向けて、少々大げさな身振りで驚いて見せるのもやはり老人である。どちらも年齢は七十を越えたあたりだろうか。 「そこの灯堂君がどうしても多田先生に会いたいって言うからさ、フランスはどうだった?」 「先生はやめとくれよ。みんな真剣にやってくれていい国だよ」 多田正則は今年七十一になる。この矍鑠たる老人は剣道教士七段受有者であり、一昨年からフランスに招かれていた。 欧州では七十年代から東洋の武術が盛んに行われており、剣道もその一つであるのだが、これは完全な余談だ。 さてそんな教士七段をからかう老人は石川健蔵七十六歳。こちらは段位に興味こそないものの、山梨の白州で居合いを嗜んでいるらしい。 名を呼ばれた灯堂はと言えば、先ほどからどこ吹く風でちびりちびりと酒を舐めていた。 「灯堂君だけは、いつまでも若いねえ」 「いやあ羨ましい」 この灯堂紅刃と言う男は見た目こそ四十路程ではあるが、神秘界隈では古くから存在が確認されている人物だ。正確な年齢は分からないが、恐らくこの老人達の中でも最も年長者であろう。古武術飛焔一刀流を名乗る剣術の達人であり、この老人達とは浅からぬ因縁がある。 ともあれ。この日、この料亭に集まっているのは日本の名だたる剣士の一角。かつては共に剣を磨きあい、今も数年に一度はこうして集まって話に花を咲かせる仲だという事だ。 「それにしても灯堂君からとは、こりゃ台風が来るね」 さて。 時は1999年の8月12日の夜である。 この会合には注目すべき点があった。 それは来る翌日。ナイトメアダウンにおける灯堂は、弟子の宮部茜一人しか伴っていなかったという点だが。 「で、どうなのかね。例の」 「源平島の情報とも一致した」 顎をしゃくる石川に、灯堂はぶっきらぼうに返した。 「となると、こりゃいよいよ本物かねえ」 本来であれば宴もたけなわといった時刻に差し掛かっているのだが、老人達の顔色は一向に浮かない。 源平島こづかなる高名な情報屋が派手に動いているという状況は、老人達に事態の重さを実感させるに十分であったらしい。声音は一段と低く、小さなものになってきた。 「するってえと、いろいろな連中が来るのかね」 名だたるリベリスタ達の噂話も聞こえるが、当然この老人達とてこの界隈の人間なのである。 恐らく。既に歴史は変えられていた。 史実――当時残された僅かな資料によれば、彼は事件勃発後、当時のリベリスタ達の緊急招集にも我関せずという態度を貫き、剣だけを頼りに死地へと赴いたという。元来の性格もあろうが、それは無謀にも過ぎるであろう。弟子を失い、同輩達が次々に死んで往く中で、死に損ないの老人が何を想い、自暴自棄にも見える戦いの中でどうして死んでいったのか、今では最早知る術がない。 しかし新たに見え始めた歴史の中で、名を隠すアークのリベリスタ一行と邂逅した灯堂は、その経験から己一人で挑むという意思を持っていない。 アークのリベリスタ達は謎の多い集団であったが、彼等の本質は太刀筋を見れば理解出来た。その誠実さ、強さは信頼に足りる。理由は分からぬが一角の人物達だったのであろうと思える。 あの時、彼等が必死に伝えようとしていた事は何なのかと灯堂は考えた。その結果が見知った者達との共同戦線だったのである。 三高平に出現した『過去への道』を通り、破滅の日、ナイトメア・ダウンを前にした『当時のリベリスタ達』を支援するという試みは、見事その実を結んだのだった。 そしてこの時、三名の老人達はかなりの事態までも予測していた筈だった。 だが―― ―― ―――― 暑い、夏の日の事だ。 時刻は正午を過ぎ、もうじき二時になろうとしているのに、この背筋に走る悪寒はどうした事だろう。 空が裂けている。 異変などという表現は、生易しいにも程があるだろう。 空の隙間から上半身を覗かせるのは、巨大な人だ。 人体模型を思わせる剥き出しの筋肉は隆々と盛り上がり、赤黒い血管が浮かび上がっている。 あんなものと戦わなければならないのか。 剣士達は茫然自失たるままに、眼前の怪異を切り捨てる。 斬ったのは子供だ。 かつて子供だった筈だ。 それは赤く膨れ上がり、巨腕を振って辺り一面を破壊していた。 おそらく空から覗くあの化け物の影響に違いない。 先ほどから似たようなモノを、既に何体斬り捨てた事だろう。 それでも彼等は、あの場所へたどり着かなければならなかった。 泣き叫ぶ子供が、その手を握り走る母親を突如食い殺す。 妻と共に走る夫が、その手を引きちぎり血の海に沈める。 吠え掛かる犬が、人々が、恐怖と絶望の中で次々に変異して往く―― なんとしても、止めなければならない。 ● 「どうするんだ、これは……」 ブリーフィングルームでリベリスタが呻く。 三高平に突如出現したリンクチャネルは、1999年の日本へと通じていた。アークとリベリスタ達はその先が本当に現代へと通じる過去であるのかという検証を実施し、斜堂・影継(ID:BNE000955)や桐月院・七海(BNE001250)、設楽 悠里(BNE001610)等の実験によって、ひとまず過去世界との因果関係が立証された。 思えば、それは大変な事である。 「あの世界は、本当に過去だったのか」 確かに。そう思えた。 1999年。ナイトメアダウンという事件は、R-typeと呼ばれるミラーミスの出現と交戦によって引き起こされた悲劇である。 それは静岡県東部一帯を灰燼に変え、多くの人命が失われる結果となった。その余波は日本中はおろか、遠く世界まで及び、様々なエリューション事件を巻き起こしたと言う。 今、この後に及んでも、リベリスタ達はナイトメアダウン自体を消し去る事は出来ないのだろう。だがもしもその過去ををほんの少しでも変えられるなら、たとえばそこへ介入する事によって、僅か一瞬、一秒でも速くR-typeを撃破出来るのならどうなるのだろうか。 そもそもアーク設立の意義は、ナイトメアダウンで散った英霊へ敬意を払い、その再来を防ぐ事にある。ならばその過去に希望の輝きを灯せるのであれば、行わない手はないのである。 「――あの世界は。本当に過去なのでしょうか?」 「は?」 突然発せられた『翠玉公主』エスターテ・ダ・レオンフォルテ(nBNE000218)の言葉に、リベリスタは目を丸くした。 「いえ、すみません。作戦を説明します」 「あ、ああ」 何かを述べかけたエスターテは、僅かな逡巡の後に概要を説明した。 リベリスタ達が戦場に到着する頃、R-typeはまだ大きな動きを見せていないらしい。問題は出現の余波で表れた『赤の子』だ。R-typeはかの異世界『ラ・ル・カーナ』への限定的な出現で『世界樹エクスィス』を狂わせる程の影響力を持っていた。それが本格的に出現したという事態は―― 衝動的な激しい怒りに突き動かされた破壊の権化は、1999年8月13日の街を破壊し、人々の命を奪っている。 「まずは、過去世界のリベリスタと共闘して『赤の子』を破壊して下さい」 「まあ。そうなるよな」 これだけでもナイトメアダウンの影響力をそぎ落とす事は出来る筈なのだ。 過去世界では当時のリベリスタ達が既にR-typeの落とし子と交戦しているが、このままでは決戦を前にして相当な疲労の蓄積が予想される。 第一、既に過去へ干渉し、影響を与えてしまっている以上、史実の様に運命が巡るかは分からない。万が一過去のリベリスタ達が、前哨戦で死んでしまったら、それこそこれまでの努力が無駄になってしまう。それだけは避けなければならない。いわば責任の問題でもある。 責任と言えば、本当にこの干渉が正しい事なのかという一抹の疑念を抱くリベリスタも当然存在しているのだ。いわゆる『親殺しのパラドックス』等、想定されるリスクは数多い。こんな事をやるしかないのか。 「そういや。茜ちんとかってのは、どうしたの?」 史実によれば、この戦いで灯堂は弟子の宮部茜一人を伴って参戦した事になっている。それが見当たらない。 「おそらく、歴史が変わったのでしょう」 灯堂の弟子は全て死んでいる筈だが、どうやら生きている事になっている。 本来であれば決戦の場で茜を放置した灯堂は、一人で戦い、そこで死んだのだ。それが現在の観測では剣士仲間のじいさん達と連れ立って行動している。 そしてこの戦いにおける茜の役割は変わり、彼女は戦いの記録を残すという役目を負ったのだ。 これもアークの一つの成果であるが、事象を検証する上では何を意味しているのだろうか。 されど今はまだ、兎も角―― 「それからアークは切り札を使う事になります」 現代のアーク本部に鎮座しているのは万華鏡(カレイドシステム)だけではない。 それはR-typeの残滓。希望という名のただ一つの贈り物。万華鏡の姉妹とも呼べる荷電粒子砲の人造アーティファクト『神威』の存在だ。姉妹であれば二つだから、パンドラの箱ではないのだろうが。それはさておき。 とにかく決戦ではこの神威をどうにかR-typeにブチこまなければならないが、それは一連の作戦が最終段階に突入した時の話になる。 ひとまずこの作戦では『赤の子』の撃破に集中し、R-typeへの道を切り開かなければならないのだ。 それをしなければ、あれに近づく事も出来ない。一刻も早くリベリスタの総力を結集する為には、やるしかないのである。 配布された資料に目を通しながら、リベリスタは先ほどのエスターテの言葉を思い出していた。 「なあ、エスターテ」 「はい」 先ほどの言葉。本当に過去なのか、とはどういう事なのだろう。 あの『過去の世界』と『現代』とには、強い連続性がある事が立証された。普通に考えれば、あの世界は過去そのものだ。 「いえ、これは観測でも分析でもなんでもありません」 彼女はただそう思っただけだという事を強調し、より多くの様々な可能性が考えられるからだと続けた。 「まあな」 それはそうなのだ。事態の真相そのものは、未だ明らかにはなっていない。 仮に過去世界と現代世界は、いかに関連性があろうともあくまで異世界であったとすればどうだろうか。現代の世界との繋がりは、単に『何らかの強い影響を与える』事に留まるのかもしれない。 もしも過去そのものだったとして。それが与える影響の範囲というものも、まだ未知数だ。 推測出来る影響の範囲は、それこそ蝶の羽ばたきさえ嵐の発端になりうるというカオス力学系から、因果という存在により影響こそ与えても全く別世界に変わってしまう訳がないという考え方もある。 他には出現するR-typeそのものは、異世界の存在であるから、つまりは同一固体であるという説を考えるリベリスタも居た。 それはこの世界と過去世界との関連性を考える上で、一見矛盾を孕んでいる事象が起きたとしても、一つの筋が通る推測にもなる。ボトムチャンネルからの視点だけではなく、より外側からの視点でこの事態を捉えるとどうなのだろうかという事だ。 この場合、異世界に放逐されたに過ぎないR-typeそのものを打倒するには、千載一遇のチャンスであるとも言える。 あるいは冗談ではないが、いわゆる『決定論』の様に、すべてが神か何かの手で仕組まれているという考え方も捨てきれはせず、考えればきりがない。 最も、この時点での中途半端な結論になど、何の意味もない事は分かりきっているのだが。 それでも疑問は尽きず、捉えようもなく。 しかし。 「きっと。賽は、投げられたのでしょう……」 古代ローマに生きたユリウス・カエサルの言葉を呟き、桃色の髪の少女は静謐を讃えた瞳を伏せた。 「……そうだな」 リベリスタは僅かな沈黙の後に答える。もう後戻りは出来ないのだ。 それは思い出。遠い日の忘れ物。 夏への扉が開かれた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:pipi | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月26日(火)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 八月の空は青く、どこか霞んで見える。夏の荒涼とした青富士は珍しくもない。 真昼の日差しは鮮烈に『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)の影をアスファルトに焼き付ける。 「グズグズうるせぇ全潰す!」 ビル風に煽られ反響する言葉に続くのは爆炎。 先頭切って駆け抜ける! 大前衛で超暴力を激揮う! 身体を激しい炎に巻かれながら飛び出してきた人型は一つ、二つ、三つ。いずれもR-type変異体『赤の子』。 雑居ビルの曲がり角へ向けて先を見もせずにぶちかました訳だが、読みは的中だ。 真偽の程はどうでも良いんだ。 前哨戦ならそんでも良いし、決着着くならソレも良い。 ヤれる事ぁヤれる内にヤる。 遅かれ早かれヤんなきゃなんねぇ。 ヤんなきゃならん事だきゃハッキリしてる。 ヤらずの後悔は最悪だ。 後悔すんならヤってからすりゃ良い。 「結局オレ等を動かすのは、感情一つ……ってぇ寸法よ!」 火車は稼ぎ上げた僅かな一手でもう一度敵をなぎ払った。眼前の怪異が燃え尽きる。 敵が持つこんなに極端で純粋な怒りの情動を、通常一般人は持ち合わせよう筈もなく恐怖心とてある筈だ。 敵は奇怪に肥大化した拳を振るい――速い。 腹部に走る衝撃の直後、背が強かに打ちつけられる。 電柱が折れ倒れ砂煙が舞う。けれど火花は飛ばない。この地区の電気は既に寸断されているのだろう。 上等だ。火車は割れたショーウィンドウの柱を蹴り付け、陣の中央部へと抜けて往く雑魚共に獄炎をもう一撃浴びせてやった。 少し逃したろうか。ともかく既にどれだけ倒したのか等、数える気にもなれない。 照りつける太陽と、ガソリンの炎、黒い煙の中でも煌く白銀は穢せない。 二十を越える敵の中で、陣の中央を突破し迫ってきたのはベルセルクのみ。 驚異的な速度と膂力で襲い来る拳と蹴りを、背びれの様なヒルト――まんぼう君 Evolutionで受けきる。 「通すつもりなんて、ありませんよ」 少女の様な美貌には汗の一滴すらなく、雪白 桐(BNE000185)は表情一つ変えぬまま淡々と言い放つ。 「さっすが、雪白さんはあたしの肉盾ッ!」 少々物騒な表現だが、そう述べたセレスティア・ナウシズ(BNE004651)が所属する『雪白華撃団・花組』では、この程度のやり取りなど日常の一コマだから仕方ない。 この戦域は主に遭遇戦の連続であり、継続戦闘能力を最大限に引き出すセレスティアの特性は凄まじい効力を発揮出来る。この戦いが丁度三度目の交戦に当たるが、アークのリベリスタ達は個々の戦闘を常に万全な状態で攻略する事が出来ているのだ。 その反面、タフネスに脆さのある彼女の事をパーティメンバーは手厚く庇う必要がある。とは言えセレスティアにしてみれば面識の少ない他のメンバーに庇われるより、見知った桐ほうが心苦しさも幾分か和らぐというのが本心だ。気安く名乗る補給担当とは言え、激闘の中で守られる心境というのも決して楽ではない。 県道に乗り捨てられた車を、別の車が無理やりに押しのけようとしている。飛び散るフロントガラスと悲鳴。怒りに任せて人々を殺害する赤の子。目を覆う程の惨状だ。そんな道中を切り開きながら、リベリスタ達はあの空の裂け目から覗く巨人の元へとたどり着かねばならない。 この状況で異界の奥技を操るセレスティアと共に戦闘を強力にバックアップするのは、ラグナロクとクロスジハードという『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)の得手である。彼自身も回復技を持ち合わせる以上、ちょっとやそっとでは崩れようのない強固な布陣だ。だが彼の真剣なまなざしには僅かな陰りがある。 (これ以上過去に関わるつもりは無かったんだが――) リベリスタ達が立つこの地はホームであってホームではない。時は15年前1999年の8月13日である。 胸中を満たす苦味。過去への積極的な干渉をツァインは快く思ってはいない。 三高平市内に突然出現したリンクチャネルの先は恐らく過去の日本であると推測されていた。そしてツァインが設立した『M・G・K』のメンバー等によって現代へ影響を与える事が立証されたのだ。そして今リベリスタ達は日本に未曾有の災厄ナイトメア・ダウンを齎したR-typeと交戦しようとしている。 うまく行けば当時の被害を大幅に縮小出来るかもしれないのだ。R-typeの悲劇を二度と繰り返さぬ為にこそ設立された特務機関アークが放っておける場面ではない。けれどツァインの様に忌避を感じるリベリスタも居る。それはいわば過去の改変とも言えるのだから。 「エスターテちゃん、帰ってきたらお誕生日会しようね」 「え、と……はい」 そんなやり取りをしたのはほんの数時間前の事だ。明後日は親友の誕生日だから。 先陣を切り拓く『雪風と共に舞う花』ルア・ホワイト(BNE001372)の脳裏に過ぎるのは、そんな出来事だった。 ブリーフィングルームの空調から逃れ、ブランケットに隠された親友の手は暖かかった。 もしもこの作戦が成功したら、彼女等が生きる未来はどうなるのだろうか。 アークが存在しなくなれば、ルアは未だ故郷のマルタ島に居るのかもしれない。 親友の事も、恋人の事さえ忘れてしまうのかもしれない。 不安だった。心細かった。だから手を握って約束したのだ。 暖かさを思い出せる間は――きっと私たちは親友だから。 戦場を舞うルアの二刀から放たれた氷華が咲き乱れ、敵達を動かぬ氷像へと変えて往く。 閃光は白く速く高みへ――『L'area bianca/白の領域』 「歴史に関わった責任、か……」 そのまなざしの向こうで戦っているのは、恐らくこの過去世界のリベリスタ達だ。 ツァインはその顔を知っている。名を『炎の剣匠』灯堂紅刃と言い、『史実』では数日前に負うはずだった重症を押してR-typeと交戦する事になっている。 そんな彼は今、無傷だ。ツァイン達による過去への干渉によって。 それは良い事だと言われている。 本当に――? ● (ここが私達の時代に繋がっているなら――) 桐は怜悧な視線で遠く霞むR-typeを一瞥する。 この戦いが美味く行けば、結果として死者は減る。その事実が現代世界へ与える影響は未だ読めない。 けれど―― 「来たからには少しでも良い方向に進める様、努力しましょう」 誰しも。是非もなく。 このまま事が上手く運べば、たとえば戦死する『史実』となっている真白イヴの母ロゼットも生き残る事が出来るかもしれない。 少なくとも、それは決して悪い事ではないと思うのだ。 そして。 ――責任。か。 (どうやら後ろ足で砂掛けて我侭で居続けられる性分でもないようだ) この世界へ関わってしまったという重みは、ツァインに一つの決意を抱かせた。 (それに、愛すべき剣術馬鹿三人を死なせてしまうのも忍びない) 畑は狭く、実りは乏しいのだから―― 正にそれこそ彼が日本に来た理由の発端であった。 平素は朗らかな彼とて多くは語らない。ともかく彼が抱く騎士道とも呼べるであろう高潔さは背負ったものを投げ出す事を許さなかったのである。 「おぅ、また会ったな灯堂さん、一緒に混ぜて貰うぜ!」 「貴様等か」 ツァインへ返す紅刃のぶっきらぼうな声音には温かみがある。過日の共闘でツァインや『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)等が勝ち得た信頼の証だ。 「新手が出た! 俺が抑える、そのままソイツを! 火力組、援護頼むぜぇ!」 警告するツァインと、『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)がそれぞれ敵の集団へ向けて駆け出す。 (ゆっくり話してる余裕もないよね) 新手を前に、『フレアドライブ』ミリー・ゴールド(BNE003737)が握り締めるのは圧倒的女子力。改! その魂に炎を纏うミリーは、炎を操る剣匠に興味は尽きないが、その余裕がない事は分かっている。 今はとにかくパンチでグーする他ないのだ。 「さあ、私ごと敵を討つのです!」 叫ぶ九十九の役割は、仲間からやや離れた位置から敵をひきつける事だ。重厚なカレー色の長衣を纏う見た目にそぐわず、ひらりひらりと切り抜ける様は頼もしい限りである。 「カレー屋さん!」 放たれた炎は天を劈く龍となり、赤の子等に猛然と牙をむく。 「おおっとっ」 命は大切にせねばならない。龍は身を潜めた九十九を飛び越え、苛烈な蹂躙の洗礼を浴びせた。 「赤が弱ぇ! もっと強くしてやるぁ!」 突進する火車が腕をなぎ払う。刹那、炸裂する地獄の灼熱。 二人の炎は敵を焼き尽くし、窓ガラスを砕き、路上に乗り捨てられた車が爆ぜ、ガードレールは赤々と拉げて行く。 大! 爆! 炎! あっという間の七体だ。 これこそ九十九が離れた位置を陣取る理由でもある。立ち回りに定評のある九十九が敵をひきつけ、広域に打撃を加える力を持つミリーや火車が一網打尽にするのである。 焼け焦げたアスファルトを舞う二体のフィアキィが、リベリスタ達を清廉な光のヴェールで包み込む。活力が漲り、身体に負った傷さえ瞬く間の内に消えて往く。この強力無比な大魔術こそがセレスティアの技である。これがこうして有効な状態で発揮され続ける限り、いかなる連戦と言えども、最早連戦とは言えない。彼女の技と世界樹の加護にツァインのラグナロクを組み合わせて形作られる永久機関。常に全力を振るえるアドバンテージというものはとてつもなく大きいものだ。 ● 「いやはや、本当にやるねえ」 拓かれた道を駆けてくる老人が賞賛を顕にする。これだけの戦いぶりを見せられたのだから、紛れもない本心だろう。 「どーも! 正体不明のリベリスタに友好的なアザーバイトです。80歳独身、好きなものは大吟醸とモスコミュール!」 「どうも。こりゃすごい技だねえ」 気おされた老人多田が相槌を打つ。多田が大の日本酒党である事はこの際、完全に余談だ。 この分かりやすい挨拶だが、是が非でも自身の好物を知って欲しくて自己紹介をしなければならなかった訳ではなく、狙いは別だ。 セレスティアはハイフュリエ、この時代の誰もが知ることの出来ない筈の存在だという事。勿論こんな状況な上、彼女等は明らかなリベリスタである。互いに見知った顔もあると聞いている以上、問題ないとは思うが、念には念を入れて置く事は忘れたくない。 最も、一体何が正体不明なのかはさておくとして。 「御三方。――突破を試みている所ですが、共に参りませんか?」 蒼銀の切っ先は、あの巨人へ向けて。 「こちらが噂のお嬢さん方だねえ、どうぞよろしく」 この中に宮部茜は居ない。この後の『史実』である灯堂紅刃と宮部茜の死別の過去は、別の流れへと変わっていると言うのか。 紅刃と連れ立つ老人達はリベリスタ達へ気安い声を投げかける。紅刃の友人との事だから先日の話は聞いているのだろう。 両名とも剣を操る凄腕の達人だが、今やリセリアはその先を往く。齢は七十余、剣の道に六十年超は並大抵ではないだろうが、彼女等が潜り抜けた死線と修羅場はそれすら上回ってしまっていた。 「しかし暑いですなあ」 それが過去であっても、夏は。 「まあ、頑張って行きましょうか、皆さん?」 九十九の言葉に一同が頷いた。 合流したリベリスタ達は、五度目の戦場へ駆ける。 「――灯堂さん。背後からは来ると思われますか?」 「幾度かやりあった」 肯定の言葉に、リセリアは三名共の殿を提案する。 そうした中、都度遭遇してしまうのは一般人だ。 泣き叫ぶ数名の女性が車の残骸を打ちつける。思わぬ袋小路に恐怖と混乱からパニックになっている。 (不本意だけど……) 助ける事がではなく得手(炎)でない技を振るう事が。 大気を切り裂く蹴撃が、女性を背後から襲おうとする赤の子の腕を寸断する。巻き込む訳にはいかないから。 「これにも火がつけばいいのに」 紅刃の様な炎なら良いのだが、至近を焼き尽くす志向の技故、仮に盗めても方向性が違うだろうか。 「早く逃げないとあんたも殺す!」 ミリーへ向けて怒りの咆哮をあげる赤の子を睨んだまま、へたり込む女性へあえて鋭い言葉をかけた。 無論殺すつもりなどないが、説明や納得をしてもらっている状況ではなかった。 どうにかリベリスタ達がやってきた方向へ走り去る女性を横目に見届けて。 殺すなんて言葉を向けたのは初めてに思う。 之はもう――人じゃない 向かう所敵なし。 倒した敵は既に百以上。三十超の大群に迫られてさえ、大事無く切り抜けている。 九十九が捉え切れぬ敵をツァインが捌くのは容易だが、攻撃に重きを置く火車には一見厳しい様に思える。だが劣勢こそが本領発揮の場。鬼神の如く敵陣を焼き払う技をより灼熱させたに過ぎず、ここまで膝を折る事すら一度としてなかった。 こうして九十九が集め、ミリーと火車が焼き尽くす作戦を基点とする戦術は堅調を極めた。わき道から陣中央へ向けて突進してくる獣は闘神の気迫を纏う桐が防ぎ打ち払う。敵が少なくなれば各々臨機応変に戦術を変える。巡ってきた奇襲のチャンスとてミリーが逃しはしない。 そして要となるグリーン・ノアと比較して、セレスティア本人は余り自信を持たない攻撃の技だが。彼女の予想通り機会にこそ恵まれないとは言え、大量の敵を排除する事に二度程役立っていた。 「どれ、私もお手伝いをしますな」 八体の敵を引き付け、身をかわす九十九が護身用の拳銃を構える。大した事のない様に見える武器だがその実、呪符で構成された逸品だ。 放たれた弾丸を覆う瘴気は、ローストスパイスの香りと色彩を纏って――いたら九十九としては面白かった訳だが。 「普通ですな」 それは兎も角、敵を引き付ける九十九に、セレスティアの庇い役である桐にも手空きはある。そうした状況は得てして極めて順調な場面ではあるのだが、不意の増援等現れる前にパーティの殲滅力を高めておく事は、幾度か功を奏している。 後背を取られたとて、リセリアとすーぱーおじいちゃんズが斬り捨てる。 リセリアはその技を――『炎の剣匠』の振るう技を余さず視る。 どれも全て一度ならず視た覚えのある技だ。 驟雨の如き突進からの剣戟、幻影すら残る多重斬撃。奥技紅蓮の太刀。 そして―― 思えば先日の茜は余りに未熟だった。 恐らく彼女はその後死線をさ迷う日々の中で会得に至ったのだろう。 紅刃が操る技は彼女のものとは少しだけ違う。 (ならば確実に言える事が一つ) 灯堂紅刃の振るうそれこそが飛焔一刀流――七之太刀・天雷の真髄。 たった今タイラントを切り裂いた圧倒的な一撃は、されどその息の根を止めるには至らない。 「――やってみましょう」 リセリアは言ってのける。 天高く。全霊の速力を剣に、身を一条の稲妻に変え空間諸共敵を引き裂く。蒼銀の軌跡、後に残るは消し炭一つ。 「技は盗めと教えているが」 紅刃は述べた。やって見せた奴は貴様一人だ、と。 敵が後ろから現れる機会が多い訳ではない。リベリスタ達が撃破した後であるから。だがここに彼女等が布陣することで初手を桐一人が受けきるという状況は完全に防げる。 「来るって思ってたの!」 誰よりも、上空から咆哮より疾く。 駆けるルアは折れ倒れた電柱を軽やかに蹴り付け、陣の中央へ一気に反転する。 (敵陣に突っ込むのは無謀に見えるかもしれない、だけど私にはこの二刀がある) 赤の子の群れが雑居ビルの二階、三階から陣の中央部へ向けて一斉に飛び掛る。 沢山の『続き』を繋いで、沢山の『終り』を下した。 命の選択をしてきた。 その分だけ強さを手に入れた。 否。 彼女は強くならなければならなかった。 そこで『終り』を下した分だけ。何かの『続き』を紡いだ分だけ。 それは忘れちゃいけないものだから――前へ進むよ 凍て付く純白の花びらが舞い、群れを瞬く間に切り裂く。こうなれば後は同じだ。 敵はどこに居るか分からない事もある。多くは粗暴に真正面から襲い来るだけだ。時にこんな場面も存在したが想定内に過ぎない。 後は―― 十一度目。最後の戦場で相対したのは、恐らく最大の強敵であるとされる憤怒の権化フューリー。 いかな術陣に支えられようとも、激闘を勝ち抜いてきたリベリスタ達は疲労の色を隠せないで居る。 こうなっちまったらもう。 さっさと送んのが一番だ。 相手とて元はヒトだったモノだ。 「火は良いよなぁ最高だぁ! 一刻も早く焼き尽くしてやっからなぁ!」 ため息交じりの老人を尻目に火車が駆ける。 「オゥ爺共ぉ! グズグズヤってっとぉ! 若い奴等が苦労すんだぁ!」 ……日常って奴を勝ち取った連中だ。 それは現代世界という時間軸で。この老人達が命と引き換えに成し遂げた偉業だ。 「ヤれんだろぉ!? ヤんねぇのか!! おぉい!!!」 尊敬させてくれよ? 「後で拳骨くれるぞ!」 「上等だ!」 言葉こそ乱暴な、されどまごう事なき激励に誰しも、もう一度武器を握り締める。 闘う力は十分に残っているのだ。 こうして結局の所。 リセリアの技に翻弄され、味方や自身諸共、闇雲な攻撃を続ける様では最早リベリスタ達の敵ではなかったのだろう。 「灯堂さん、またやろう! だからこんなつまらん奴にやられてくれるなよ!」 後はあの空に見える巨人を討滅するだけなのだけれど。 「約束しましたからね? ではまたいつか……じっちゃん達もお達者で!」 それはこうして益々責任が増えた日の事。 そんな夏への扉の向こう側。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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