● 血に染まった家族の顔が、頭を過ぎった。 それは走馬灯なのかも知れなかった。 大塚元貞は、今、正に死に掛けていたのだから。 家族の仇を必ず討ち取ってやると決めて歯を食い縛ってきたのに、ここで終わるのか。 許されない。必ず立ち上がって、殺してやる――。 心は叫んでいるのに、手が動かない。武器を取れない。 そんな時だ、倒れた元貞に男が近寄ってきたのは。 血に塗れた視界の中で、喪服にも似た黒いスーツの男は問い掛けてきた。 「さて、君に一つ問う。可能性に賭けるか、諾々と死に従うか? 首を縦に振れば我は君を癒そう」 癒した後どうなるかは君次第だが。 男の問いに対する選択肢など、元貞にはなかった。 例え後にどんな代償を支払うのだとしても、果たさねばならない悲願があった。 だから元貞は頷いて――そしてどうやら、随分と少ない勝率の賭けとやらに勝ったらしい。 男でさえ、少しばかり驚いたように瞬いたのだから。 「おめでとう。君は賭けに勝った様子だ。そして感謝しよう、此の賭けが八百長では無いと証明してくれた。正直に言うと、ノーフェイスにならずに済んだのは君が初めてだ」 「……その上で俺を殺すとは」 「無いね。我は君の命を奪えとは請け負っていない。君が我を殺しに来るならば別だが」 「――いや。そんな暇はない」 「成程、君の目的は『此方』ではなく『彼方』であった訳か」 知った顔で頷く男は、自分が連中を狙った理由を知っている様子だった。 「さて、色々な意味で幸運な君に提案よ。――我の邪魔をせねば、君の望みの助けをしてやろう。二重契約は望まぬので無料でな、気の良い事だろう?」 ● 「さて、暑い最中ですが皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンは熱い愛を求めています。という話はさて置きまして、今回向かって頂きたいのはアザーバイドとノーフェイスの討伐となります」 空調の効いたブリーフィングルームでそうのたまった『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は、まず、とモニターに幾つかの顔を映し出した。 「アザーバイド『プロティアン』。連中は人を食います。人間への擬態に優れていて、同時にステルスに類似したより強力な能力を所持しています。つまり、革醒者でも中々気付けないという事ですね」 尚且つそれなりの知識も有し――これまで擬態の形を変え幾つかの個体が確認されているのだという。 「厄介な事に、現在擬態している対象が六道のフィクサード集団『漏斗の雫』の数名で……そこまで過激な集団ではなくとも、仕掛けるとなると他の連中も相手取る事になりそうだったのですが、先に襲撃を仕掛けた方がいまして」 モニターに映ったのは、三十後半程度の男の姿。 「大塚元貞さん。リベリスタでプロティアンに家族を殺され、自らも殺されかかった結果革醒した方です。活動の傍らずっと仇を追っていたらしく、居場所を掴んだ後で挑みに行ったのですが……漏斗の雫側が素直に聞き入れるか、と言われれば」 溜息を吐き、首を振るギロチン。 撹乱する下手な嘘か或いは狂人と思われ、それでも仕掛けようとした彼は反撃を食らって瀕死となった。 「で、そこに来たのが別の六道、等活と言う男です。六道側も馬鹿ではない。どうやら『漏斗の雫』の上部はこの集団の一部の動きがおかしいと等活に探らせていた様子で、彼は瀕死の元貞を癒し――共にアザーバイドを討とうとしている」 それ自体は、正直問題のない事だとギロチンは言う。 六道側が自らの組織に潜り込んできたアザーバイドを倒すというならば、それは世界に悪影響は及ぼさない。等活の行動が善意からではないとしても、今回に限れば単なる利害の一致に過ぎない。問題があるとしたならば――。 「……等活が先に瀕死に追い込んだ『漏斗の雫』のメンバー数名をノーフェイスとして操ってるのも問題なんですが、それ以上に元貞さん。このまま戦闘すれば、ほぼ確実に運命を失ってノーフェイスになります。……下手するとプロティアンより厄介です」 元貞自身は、運命を失おうが何だろうが仇が取れれば本望なのだろう。 実際、彼がノーフェイスと化せば力量は増し、アザーバイドの討伐も軽々とまではいかないが一気に難易度は下がる。自らの手で仇を殺したい彼には、逆に願ったり叶ったりの話かも知れない。 だが、他のリベリスタにとっては見過ごせない出来事だ。 元貞がノーフェイス化しても、等活にそれを討つ気はなく彼だけ残ってしまう。 「皆さんには戦闘中に乱入して頂く形になると思われます。可能ならば元貞さんが運命を失わないようにし、アザーバイドとノーフェイスを殲滅してください」 引いてくれ、と言っても元貞は聞かないだろう。 復讐は彼の今の人生のほぼ全てを占めている状態だ。容易く諦められるものではない。 「もしノーフェイスになっても、プロティアンが存在するならば元貞さんはそちらに攻撃を仕掛けるでしょう。倒した後、彼は……多分、家族の墓前へ向かうと思われます。ただ、その時にはもう、恐らく此方の話も聞けません。道中で更なる悲劇を巻き起こす危険性があります。なので――もしノーフェイスとなった場合は、その場で殺してください」 どうか、宜しくお願いします。 フォーチュナはそう告げて、軽く頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月26日(火)22:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 分かり易い罵声と戦闘の音は、すぐ近くから響いてきていた。木々を抜け争う二つの片方に降り立つと同時、モニターで見た漏斗の雫の一人に向けて刃を振るった『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は、見知った顔である等活が眉を寄せたのにくすりと笑う。 「あら、久々なのに嫌な顔するなんて酷くない?」 「溜息を吐かなかっただけ自分を褒めたい気分だよ」 嫌味たらしく返される声を聞くのも何度目か。エレオノーラの可愛らしいかんばせの奥に潜むのが毒の刃と知る等活は警戒する視線を向けた。引き際が早いか、或いはアーク側が討つには手間と判断し見逃したが故に生き長らえている六道の傭兵はその厄介さを骨身に沁みて理解しているのだろう。 新たな勢力に表情を堅くした漏斗の雫に、『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)が遠くから声を張り上げる。 「俺達の目的はお前等じゃねえから邪魔すんな! ここで人生終わりたくなけりゃ引っ込んどけ!」 「やれ、そう追い払われては困るのだが。まさか我とは言わないだろうな」 「お前も嫌なら帰れよ邪魔だから! ただノーフェイスは置いてけよ!」 俊介の視線の先は等活が前に出して操る男達――哀れな寵愛喪失者だ。 叶う限り殺したくはない。願っても世界の為に殺す事は避けられないノーフェイスだけは見逃す事はできないが……フィクサードとてそう叫んですぐに逃げ出すのならば世話もあるまい。それは俊介も、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)も理解している。 だから重ねるように、舞姫は駆けながら声を上げた。 「最初に言っておきます。漏斗の雫の皆さん、貴方たちの仲間になりすました人喰いの化け物がいます」 射抜くような視線を向ける隻眼は、それでも無用な殺しを是とはしない。 「わたしたちの目的はそれだけ、貴方たちと争う意志はありません!」 人に多大なる被害を与え、広めるというならば討ちもしよう。だが、そうと要請されなかった以上はフィクサードとてそこまで凶悪なものではあるまい。 生まれた僅かな惑いも何処吹く風で、『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は口を開いた。 「さて新田、今日の不運は何処に向く?」 「――奥の帽子を被っている黒服と手前の臙脂ジャケット、右翼側の銃持ち!」 応えは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)から。 偽りの皮を纏う違和感が快の目には映って見える。そこに在るのは、人の形をした『何か』に過ぎなかった。その言葉に、前に出ていた元貞が振り返る。 「……アーク? 君たちには『どれが』本物なのか分かるのか?」 瞬いた彼の言葉に、快は等活の狙いを理解した。等活は幻想殺しを持っている。だが、元貞は誰がプロティアンなのか把握していない。知らねば、彼は漏斗の雫全てを殺すか『そうでない』という確証を得るまで戦い続けるだろう。例えば等活の目的が不要と判断された人員全てを処分するものだとしたなら、下手に口に出さない方が元貞は働いてくれるのだ。それはアーク側にとっては、ノーフェイス化する危険を大きくする。だから快は、力強く元貞に頷いた。 「分かる。三体だ、俺が絶やさず伝えるからそれを中心に狙ってくれ」 「流石神の目。随分と仔細にご存知の様だ」 飽和した嫌味を込めて呟いた等活も、この状況では偽りや詭弁を回す余地はなかったらしい。 アークでも特に名の知れた面子が複数いれば、彼らが謀っているとリベリスタである元貞に吹き込むのは困難と判断したのだろう。 だが、フィクサードである漏斗の雫側はそうもいかない。 「――おい、コイツらグルに決まってんだろ、ハッタリだ」 「真に受けてんじゃねえ、殺されんぞ!」 快に指名された者に送られるのは疑惑の視線。それでも保身の為には簡単に逃亡や寝返りが叶わないであろうフィクサード達に『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は首を振って、元貞の前へ飛び込んだ。 「信じる信じないはどっちでもいいよ、僕らはプロティアンとノーフェイスを撃破しに来ただけだ」 復讐自体はともかく――全てを失うというならば、それは止めねばなるまい。 「義により助太刀する。このままではそなたもノーフェイスとなる故な」 同じ様に元貞をいつでも庇えるような位置に立った『無銘』熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)は、彼に告げつつ漏斗の雫へ視線を向けた。 「そしてこれも信じる信じないは勝手だが……貴様らは既に上層部から見放されているようだぞ。同じ六道が来た時点でおかしいとは思わなかったのか?」 「等活はあんたらが戦闘不能になったらこれ幸いと持ち駒にするだろうね? 違う?」 「――持ち駒も何も我は強制はできんのでね、そも提案するだけだが……君らは本当に邪魔してくれるな」 夏栖斗に答えるような等活の今度の言葉に溜息が混じっていたのは気のせいではあるまい。伊吹が口にした事実は、明らかに漏斗の雫側に更なる動揺を引き起こすものだった。 だとしても――彼らの動揺が混乱を引き起こす前に放った等活の一撃が、有耶無耶の内に戦闘へと場を引き戻す。いや、恐らく反撃をしたものの中にプロティアンも存在するのだろう。彼らとて、漏斗の雫メンバーは残ってくれた方が都合がいいのだ。 襲撃を受け、仲間の内に異質なものが存在すると告げられ、更に自分達の存在を否定され……保身に混乱、入り乱れた思惑に『オカルトハンター』清水 あかり(BNE005013)はふう、と息を吐いた。 「敵討ちはともかく、まあこれでノーフェイス化とか更に厄介なことになりそうですよねぇ」 元貞の復讐がどうなろうが然して興味はない。等活によって現世救済の珠が使われるならばそれなりに興味はあるけれど……意図的に望むのは好まれないであろう事は理解しているので、指先に呼んだフィアキィを鋭く飛ばし、季節に見合わぬ冷たい風を吹き荒らす。 保身の為、利益の為に場を乱そうとする者達と、一つの線だけを見据えて行動するリベリスタと――細い紐の上で綱渡りをする者の戦いが、始まった。 ● 「目玉の代わりにガラス玉でも嵌っているのか? 隣が誰かも判らない、馬鹿が化かされ間抜け面。纏めて食い殺されてれば楽だったんだがな」 今日もユーヌの言葉は絶好調――いや、『普通』に事実を述べ投げて、凪の海にも波を立てる。水面に石を投げれば波紋が広がるのが当然の様に、ユーヌを中心に視線と敵意がざわめいた。 これで引き付けられるのは、漏斗の雫側だけ。知っている側から見れば意図的にプロティアンではなく漏斗の雫側へと攻撃を加えている等活を横目に、ユーヌは肩を竦めた。 「只より高い物はない、いや、いいとこ取りなら只で安い買い物だな」 互いに手伝いを得てWin-Win、ただし片方はもう片方が負債を負っても知らぬ顔と来た。 回復手もユーヌに気を取られ、等活の攻撃によるダメージは積み重なり――だがしかし、降り注ぐ癒しの風が漏斗の雫を踏みとどまらせる。 「等活、ノーフェイス作ったら怒るからな!!」 「ならば焦らさずに一息で殺してはくれまいか? 其れなら此方も手間が省ける」 明らかにうんざりとした声は、俊介に向けられたもの。漏斗の雫を最初から戦闘不能になど追い込ませない、と怒りによるターゲットコントロールを外さないように奏でられる歌は等活の攻撃を致命傷にさせなかった。復讐に懲罰に討伐、思惑と目的がぐるぐるする厄介な戦場だが、俊介は己の目的と望みを見誤らない。 前に立つ臙脂ジャケットの男――プロティアンを中心に荒れ狂うのは元貞の八岐大蛇だが、彼の傷も巻き込まれた仲間の傷も、深いと見れば直ちにあかりがフィアキィを操り穏やかな光を投げ掛け癒していく。俊介とあかりの回復は、早々仲間が深い傷を負う事を許さない。 快がその正体を告げた後は、ただそれだけを見据え猛る元貞は回復が届いているのを理解しているのか。仇を見つけ只管に目指す彼から、後ろに控えた等活へ伊吹は顔を移した。 「何が契約だ、こんなものは弱みにつけ込んだ脅迫だ。命だけでなく家族への思いまで利用して踏みにじる、貴様のような奴は虫唾が走る」 元貞の心を占め、復讐へと向かわせたのは深い家族への愛と思いだろう。彼の気持ちが理解できる伊吹にとってはそんな事は知らぬ痛まぬとする等活には嫌悪しか湧かない。伊吹の冷えた目と棘を含んだ言葉に、等活は肩を竦めた。 「必要ならば利用する故に反論はしないがね、一つ正すなら我は彼と契約など結んでいない。此れは単なる共闘の提案に過ぎん」 そんなのは詭弁だ、使い捨ててもいいと思っていたのは間違いないのだろう。とは言え、それこそ別の方法で使っても問題はなかったはずだ。別に元貞の目的を果たしてやる義理がないのは等活も同じなのだから。最前へと出ようとする元貞と、やや後方で回復と援護攻撃を担うあかりと双方を庇えるように腐心していた快が、ふっと表情を緩めた。 「前にも言った気がするが……アンタ、意外と義理堅いんだな」 「さて、無闇に毒づかれるのも困るが買い被りもむず痒い。我とて必要なければ全員死に絶えろとまでは言わん。仕事なら言うが」 放たれる等活の攻撃は、今もアークを対象には含んでいない。彼らが攻撃してこないからだ。 そうなれば、痛んで行くのはプロティアンばかり。 まず化けの皮が剥がれたのは、前に立っていた臙脂ジャケットだ。 ほんの僅か俯いたかと思うと――全身を深い沼のような濃緑へと変え、耳を劈く鳴き声を上げた。 その効果を知りある程度覚悟していたリベリスタはともかく、漏斗の雫の幾人かはそれに混乱し攻撃の行く先を乱れさせる。飛び交う銃弾と攻撃の中、舞姫は再び声を張り上げた。 「こいつらは、貴方たちの仲間を喰い殺した化け物です。仲間の仇と心中するつもりですか?」 最初に告げた時と違い、目の前には確たる証拠がある。 リベリスタが回復を重ね、ターゲットを外してきた行動がある。 「退いてください! ……お願いです」 「……っ!」 ユーヌの引き付けやプロティアンの招いた混乱から逃れた幾人かがその訴えに顔を見合わせ――バラバラの方向へと散っていく。それを見て続く者達に苦々しげな視線を送る等活にも、舞姫は振り返った。 「――貴方も」 「そのノーフェイスを足止めに使って離脱、とかしてくれると楽なんだけどね。この状況と心中するつもりは無いだろ?」 「それとも一緒に遊びましょうか?」 傷付きながらも未だに残る二人のノーフェイスを指し告げる快に軽く両手を挙げた等活は、エレオノーラのくすくすという囁きに溜息を吐く。と、そこであかりが声を上げた。 「あ、ねえねえ、等活さんでしたっけ。死と死後の研究とかオカルトの王道で超興味あるんですけど、ちょっと教えてくれたりしませんかねー?」 「君が其れをオカルトの好奇心で捉えるならば、我らと道が交じり合う事は無かろうよ」 「探求の入り口は興味や好奇心ってもんですよ」 「なら死者繰りにでも聞くがいい、我が教えられる理屈があれば実践している」 目を輝かせるあかりに返るのは、肩を竦めたそっけない言葉であったが――大勢は既に決し、覆らないこの状況に等活も撤退へと転じる。 「君らに追い掛け回されるのもぞっとしないのでね。連中は精々すぐに楽にしてやるさ」 大きく跳び退り木々の多い方へと駆け出した等活は逃げた漏斗の雫を追ったのかも知れないが、そこまではアークの仕事の範疇ではない。運か実力か、他のものがあれば生き残るのも不可能ではないだろう。 場に残るのは、混乱に囚われ逃げ出し損ねた数名と……人の形を止めた蠢く『何か』だけだ。 ● 動きのない、沼の水面。藻の緑が深く深く底への視線を閉ざし、表面にうっすら覗き見る相手の顔を移す。 そんな相手をしげしげ見ながら、あかりは軽く首を傾げた。 「しかしこのアザーバイドって、良く考えてみたら怖いですよねぇ」 いつの間にか隣人が乗っ取られている、なんて事が起きても分からないかも知れない。ホラー映画ならば知人にいつも通りに挨拶をして、背を向けた途端に本性を現したコイツに一瞬で襲われるなんて事も起きそうだ。ああ、それが実際に家族で起きたパターンが元貞なのか。 プロティアンに接近する元貞は、血を流し回復を拒まれながらも身を傷付ける技を打ち続ける事を厭わず――荒れ狂う黒の蛇に胸を打たれ一瞬息を止めながら、夏栖斗はその腕を掴んだ。 少しでいい。ほんの少しだけ、止まってくれれば俊介の回復が届く。 自分を邪魔するその腕に目を向けた元貞に、夏栖斗は呼びかけた。 「僕だって復讐者だ! あんたの気持ちがわかんないわけじゃない。でも、復讐は止めないけど無茶は止める!」 自らの大事な人を害した相手を倒したい。何が何でも。例え命を失っても。 そう思う事は、不自然ではないだろう。相手が大事であれば大事であっただけ、そう思うだろう。 だとしても、それに身を委ね、身を焦がすばかりでは――。 「無茶をして復讐を果たしても、願いも、思いも、全て失うんだ。虚無しかないよ」 復讐の炎に身を焦がし焼かれたならば、炎が消えた時に残るのは崩れ落ちる灰ばかり。 それでいい。本人がそう望んだとして、手を伸ばさないのは夏栖斗にはできない。 「でも、あんたが生きている事で、救われる希望(いのり)だけは残ってる。それを無駄にすんなよ。ここで終わってそれでいいだなんて、諦めんなよ!」 「…………」 ほんの僅か、手が止まった。その間に快が再び割り込み、プロティアンの形状を変えて打ち据える爪のような一撃を受け止めた。 俊介の呼ぶ『全ての救い』が味方の不利と傷を拭い去ったそこに、間髪いれずあかりの回復が降り注ぎ残った傷を全て埋めていく。 「仇を取ってそれで終わり、なんてお話のなかだけよ」 「大塚さん、それが貴方の正義だとしても――わたしは、わたしたちは死なせはしない」 エレオノーラの鋭い刃が氷の霧と化す中で隙を突っ切り、舞姫は黒曜をプロティアンの背に突き立てた。 僅かに氷の張り付いたそれを引き抜く舞姫の横、コントロールする等活がいなくなっても逃げる事が叶わず自棄の様に己に突っ込んでくるノーフェイスにユーヌは指を向ける。 「纏めて要らない不要物。不運に塗れて墜ちる星なら考えもせず楽だろうがな――いや、只の不運だな?」 行き着く先は天国、地獄? いいや空っぽ、何もない。 占われた不運は模られ、ノーフェイスを力を持った影にて押し潰した。 残ったプロティアンに向けて伊吹の乾坤圏が叩き込まれ、その姿が揺らぐ。 「自らの手で復讐を成し遂げたいなら、止めはそなたに任せる」 「……ああ」 傷の癒えた拳を握り、踏み出した元貞が再び呼んだ猛威の八つ首がプロティアンを絡め取り引き裂いて――ようやく戦場は、静かになった。 ● 暫くあったのは、皆が呼吸を整える息遣い。 最後の傷を癒すべく癒しを呼んだ俊介が、ほんの少しパーカーのフードを引き目を伏せて問うた。 「なあ、復讐して、心は晴れたのか?」 「……ああ。良かった。こいつらだけは、俺が死んでも殺したかった。……満足だよ」 小さな笑み。胸のつかえが取れたような安堵の声。 復讐は何も生まない。そうかも知れない。ただ、誰かにとっては平穏を呼ぶ儀式なのかも知れない。正しいかは、俊介にも誰にも、きっと分からない。 黙りこんだ俊介と元貞に歩み寄った伊吹は、口を開いた。 「……なあ。俺も家族同然だった者を殺された故、復讐は理解できる。――だが、家族への思いを復讐だけで終わらせるな」 「…………」 殺した後には、墓前に行くだろうとフォーチュナは言った。何の為に。殺したと告げる為に。それもそうだろう。だが、死んでも良い程に思い詰めて、果たしたならば、その後は? 他の犠牲者を救いたいという気持ちに変わるならば良い。フェイトが少なくとも出来る事はあるだろう。平穏に暮らすならばそれでも良い。何も間違ってはいないだろう。 だが、俊介に答えた元貞は――どちらとも違う笑みを浮かべていたように見えたから、伊吹は首を振った。それこそ夏栖斗が言ったように、願いも思いも失った先が虚無ならば……取る手段など、限られている。 「思う者がいなくなればそなたの家族も救われない」 ――死者は生者に忘れられた時が本当の死なのだ。 生きていた誰かの記憶を、思いを知る誰かが全ていなくなってしまえば、その人物の本当の痕跡は消えてしまう。この世から死んでしまう。記憶を受け継ぎ、思いを知った伊吹だからこそ、その重みは余計に知っている。 「ね、さっきも言ったけど復讐して終わりはお話の中だけ。その後の未来を選んでいくのが、人間の義務よ」 エレオノーラが囁いた。生きている限り、それは終わらない。そして手に持った重みを知るならば、簡単に放棄はできない。自らの選択は、いつだって自分の手の中に残っている。 無言の内に元貞が何を思ったかは知れない。だが、緩く息を吐いたその顔は自棄ではなかったから、伊吹は小さく頷いた。 「……そうだな。……後、お礼が遅くなった。どうも、ありがとう」 失われることのなかった命が差し出した手を――リベリスタは強く握り返す。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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