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青い人魚は夢を知る

●空の色
 飛び出した世界はあの時と同じ。
 自分の鱗のような色が一面に広がっていて、ぷかぷかと白いものが浮かんでいる。
 とてもきれいで、とてもなつかしくて。
 思い切り、手を伸ばそうと――――

「――――!?」

 がぼぼ、と大きな泡が身体の下から吹き上げて水面に上っていく。
 引き摺り込まれて世界がどんどん遠ざかっていく。
 慌てて振り返った青い金魚が見付けたのは、大きな大きな…………
「…………?」
「あぁ、脅えなさんな。酷いことはしないからね」
「……?? ……?」
 大きな形はお星様。
 ニヒルに笑う顔は見たことなんてなかったけれど、うねうねとくねる身体は間違いない。
 白い砂の満ちる海底に、二本のとんがりで仁王立ち。
「大丈夫かね?」
 捕まえていた青い金魚の尾っぽを離したのは紛れもなく。
「アタシは、ま、見ての通りの大ヒトデさね」
 青い金魚の尾びれから手、なのか分からないとんがりを放して、まるで何でもないことのように、大きなピンク色のヒトデはそういった。
 きょとんとするあおいにぐいっと顔を近付けて、ピンクのヒトデがにっこり笑う。
「前にお前さんと似たようなのを見たことあるよ。そいつは月光浴びて消えちまったがね……お前さん達、月明かりが駄目なんだろう?」
「……?」
「それならさ、夜は洞窟にでも籠って。昼間は水面まで上がって、好きなだけ日光浴したらいい!」
「……? ……?」
 首を捻るあおいに、分からないかな、とヒトデの顔が笑う。
「ここなら誰にも見付からない。だから、ここで一緒に暮らそうよ!」
 五本のとんがりの内、左右の二本を広げて提案する大ヒトデに、あおいは小首を傾げた。
 見上げた海面は遥か遠く、日の光を浴びてきらきらと輝いて見える。思い浮かぶのは、何人かの懐かしい人達。
 小さな小さな青い金魚は、困惑でそっと眉を寄せた。


●二つの秤が揺れる先
「……とまぁ、それがことの概要の訳だが」
 読み上げたばかりの資料を下ろして、『直情型好奇心』伊柄木・リオ・五月女は集うリベリスタ達を見回した。
 ずっと海底に隠れ住んでいた大ヒトデと、月明かりに溶けて消える小さな人魚。どちらも等しくアザーバイドだが、そのありようはまるで違う。
「大ヒトデにしてみれば、共に住み暮らす仲間が欲しい。青い金魚の方はどちらとも付かないが、確かに迷っている風でもある……」
 その結論がどちらに傾くのは分からない。
 そう告げた上で、五月女は僅かに目を細めた。
「青い金魚にしてみれば、月明かりさえ浴びなければ泡となって消えることもない。元が水中の種族だろうから、海底で暮らすことも困難ではないのかもしれない」
 だが、それらは全て過程に過ぎない。
 断定出来るものは何処にもないのだ。
「ひょっとすれば、二人を見守るという選択肢もあるかもしれない。が、人魚の方はフェイトを得ていないアザーバイドでもある」
 見守ったところで、いつ、どんな問題が生じるか分からない。
 フェイトを有さないアザーバイドがボトムに及ぼす影響も、アークの職員たるリベリスタ達にとっては推して知るべきというものだ。
 ゆえに確たる解決策は示さないまま、五月女は資料をテーブルに置く。
「選択は、任せる。彼女達にどんな結末を迎えさせるか、どんな解決を与えるかは諸君の自由だ」
 よろしく頼むと、白衣のフォーチュナはそう告げたのだった。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:猫弥七  
■難易度:EASY ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年08月24日(日)22:21
 御機嫌よう、猫弥七です。
 海はそこそこ近場に会った筈なのですが、思い返せば此処数年ほど行っていない気がします。
 さて今回は、『青い金魚』ことあおいちゃんのお話です。
 約一年振りの登場となります、此度もよろしくお願いします。


■時間
 正午以降、日中

 すぐに向かえば正午頃には海岸に到着します。
 ただし『青い金魚』は月明かりを浴びると泡になって溶けてしまう為、それまでに送還、または月明かりの届かない場所に避難させる必要があります。


■場所
 海の底

 『青い金魚』と大ヒトデは、海岸から沖に200mほど行った辺りにある海底にいます。
 海底までは10mほどで、『青い金魚』の方は海上から声をかければ聞こえるようです。

 D・ホールは海面から2mほどの高さに開いており、日没と同時に消失します。
 尚、海岸自体に人目はなく、一般人の介入を考慮に加える必要はありません。


■アザーバイド『青い金魚』あおい:フェイト無し
 金魚ほどの大きさしかない、青い尾をもつ小さな人魚です。
 全長10cm弱しかなく、女性体をしています。
 人語は解しますが言語自体を持っておらず、スキル等を使用しても口頭で会話をすることは出来ません。
 代わりに身振り手振りによって意思を伝えようとします。
 以前にボトムへと訪れた折、文無・飛火・りん(BNE002619)に「あおい」という名前を貰いました。


■アザーバイド『大ヒトデ』:フェイト有り
 長らく海底に隠れ住んでいた、ペールピンクの大ヒトデです。直径30cm程度で固有名はありません。
 D・ホールを抜けて海に落っこちてきた『青い金魚』に惹かれ、共に暮らそうと誘い掛けています。
 スキルを使用せずとも人語を解し、言語で意思を伝えてきます。
 リベリスタ達に敵意はありませんが、好意的でもありません。
参加NPC
 


■メイン参加者 4人■
アウトサイドナイトクリーク
リル・リトル・リトル(BNE001146)
ヴァンパイアインヤンマスター
冬青・よすか(BNE003661)
フュリエデュランダル
シーヴ・ビルト(BNE004713)
アウトサイドアークリベリオン
水守 せおり(BNE004984)


 海岸に、パンダの縫い包みが鎮座していた。
 夏の日差しに照らされて焼けるように熱くなった岩の上で、暑さなど微塵も感じていない涼しい顔をして座っている。身に纏った青い男物の水が、ふかふかの身体に良く似合っている。
 たゆちゃん、と呼ばれる彼が見守っているのは、遠い海上。
 小ぢんまりとした船の上や、その周りで遊ぶ少女達だった。


 名前を呼ばれたのだと気付いたあおいの行動は、まず最初にピンク色のヒトデの周りを泳ぐことだった。
 掴まれていた手はすぐに解放されたけれど、頭上に遠い水面から聞こえる少女達の声に惹かれる一方で、目の前のヒトデを見放すことも出来ない。それはかつてこの世界に“落っこちた”時、彼女に手を差し伸べてくれたリベリスタ達に教わったことだ。
 見捨てないこと。
 そして何より、独りは寂しい。
 髪を水の中でなびかせて眉を寄せる小さな人魚の娘に、桃色のヒトデは溜息を吐く。
 仕方ないねぇ。酷く残念そうにそう言って、桃色のとんがりが器用に白い海底を蹴る。
 悠々と海面へと昇り始めたあおいは表情を綻ばせて、その柔らかな尾びれを振った。水を掻いてヒトデを押し上げ、海面を目指す。


「金魚さん金魚さんあおいさーん、どっこですかー?」
 海上では色の白い肌を青い波の上に晒し、シーヴ・ビルト(BNE004713)が楽しげに声を響かせていた。
「ひっとでさんもどこですかー」
 リズミカルな口調で海に声を放ちながら海面を覗き込んだ拍子に、シーヴの艶やかな緑の髪が潮風に遊ばれてふわりと広がる。
「青い人魚かぁ、何だか親近感沸いちゃうなあ」
 ゆらゆらと揺らめく海面を見下ろして、『ムルゲン』水守 せおり(BNE004984)も、不用意に水に飛び込まないように気を付けながら表情を綻ばせる。
 人魚の祖を持ちながら海に飛び込まず、縁に腰を下ろして海面を足先で軽く蹴り上げるのは、海面を泳ぐ、ということを得意としないからだ。
「あおいちゃんとヒトデさん、楽しみかもっ!」
 彼女の場所から海底は見えない。それだけに、少女の表情は綻ぶ。
 灼けるような日差しの下で潮風を浴びるせおりから程近いところで、もう一つ、声が零れた。
「……よし」
 必要なだけのボンベの具合を確かめた『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)が満足した様子で頷いた。
 少女にしか見えない容姿と服装、併せ持つ声も未だ高い少年が、その内の一つを取り上げる。
「酸素ボンベ、容易出来たッスよ」
「ありがとう」
 彼がそう言いながら差し出したのは、まだ幼さの残るあどけない少女だ。
 黒髪を艶やかに靡かせて、その無骨な塊を身に着けようとしながら、『お砂糖ひと匙』冬青・よすか(BNE003661)は岸の方を振り返った。普段連れているパンダの縫い包みは、今頃青い水着を履いて、岩の辺りで此方を見ているのだろう。
「あっ」
 不意にシーヴが声を上げて、そちらに視線が集まった。
 船の縁に両手をついて身を乗り出さんばかりに海中を覗き込んでいたハイフュリエの娘は、もとい、未だ娘にしか見えない女性が、鮮やかな金の瞳を輝かせる。
「いたのですっ」
 声のトーンを弾ませた彼女が、指をさすまでもない。
 透き通った水を掻き分けるようにして海底から昇ってくる星型の桃色と、その周りを軽やかに泳ぐ青い鱗の小さな娘は、明らかに見間違えようもないのだから。
 一つには、ボトムに存在し得るには不自然に過ぎる姿形として。
 もう一つには、神秘に触れ、その世界に携わる者として。



「こんにちはー、はじめましてーっ」
 青空の下、シーヴの声が賑やかに響く。
「あおいちゃんとヒトデさんだね! 私はせおり! ボトムの人魚だよ!」
 人魚、という響きにあおいがきょとんとして、次の瞬間には目を輝かせた。
「はじめまして。よすか、はよすか……よろしく、ね」
 青い人魚やヒトデを見下ろして、よすかが少し辿々しく自己紹介する。
「ひとで、は名前、ないの?」
「ああ、そうだねぇ。あると便利なんだろうが」
「ピンクで、綺麗だから、桃ちゃんって呼んでいい?」
 ヒトデが身体をよすかに向けた。大きな金色の瞳を見返して、少しだけ天辺の尖がりを曲げる。
「桃ちゃん、か。構わないよ、呼びやすいようにしておくれ」
「ヒトデさんは呼びづらいよね。……私、ヒデそんって呼んでいいかな?」
「ああ、ああ。桃ちゃんでもヒデそんでも自由に呼んでおくれ! 気恥しくなるからあんまり聞くんじゃあないよ」
 ピンク色の全身をほんのりと色付かせたヒトデの周りを、からかうようにあおいが泳いだ。


「では、あっそびましょーっ」
 皆の挨拶が終わるのをそわそわと待っていたシーヴが、両腕をぐっと突き上げた。
 勢いの良さに驚いたらしく、桃色ヒトデと青い人魚が顔を見合わせる。
「ふにゃ、違うの?」
 眉尻を下げたシーヴへと。
「そうだね、まずはとにかく遊ばなくっちゃ!」
「うん。よすか、水の中は一寸、怖いんだ。よければ、泳ぐ練習、教えてくれない、かな?」
 シーヴやせおりの言葉に頷きながら、よすかがそうアザーバイド達に頼む。
「よければ、皆と友達になりたい……だから、一緒にあそぼ?」
 息を合わせたような遣り取りに桃色のヒトデが肩、ではなく左右の尖がりを竦めるように下げる。
 緊張しながら尋ねるよすかに青い人魚は声もなく笑うと、彼女達の周りをくるりと泳いだ。
「ほらっ、一度あったらお友達っていうしっ! お友達なのですっ」
 あくしゅあくしゅー、と元気に声を弾けさせたシーヴが、周囲を泳ぐあおいの手を取ってぶんぶんと振る。ちっぽけな人魚には少し勢いが良過ぎたらしく、ぐらんぐらんと振られていた。
「ヒトデさんとも!」
「え!? いやアタシは……ぎゃっ」
 振り回されるあおいをぽかんと見ていたヒトデが、シーヴの言葉ではっと我に返った。慌てて逃げようとしたものの、それより早く伸びてきた手に尖がりの一つを掴まれる。
 水中にぺしょっと叩き付けられて声にならない悲鳴のような文句を言っていたものの、母なる海がそれを綺麗に呑み込んでしまった。


 言語がなくても、イメージや思考を遣り取りすることは出来る。
「こういう感じッス」
 テレパスが描き出したボトムの景色を受け取って、人魚の尾鰭がすいと動いた。
 大きく目を見開いて、頬をぽっと赤らめた小さな人魚が、興奮冷めやらないらしく身振り手振りで何かを訴えようとする。
「百聞は一見にしかずッスよ」
 海をキャンバスにオーロラを念写してみせると、鮮やかな色の中にぴょんと飛び込んだあおいが水中に潜って水面を見上げ、そしてまた浮かんできた。
「ヒデさん。あおいさんの仲間を見た時期っていつ頃ッスか?」
「さてね。一年近く前に見た気もするし、ほんの数ヶ月前にも見た。まちまちさ」
「定期的……という訳じゃなさそうッスね……」
 潜ったり浮かんできたりと水面を波打たせるあおいを見て、リルが呟く。
「ひとでさんも不思議な泳ぎかたっ」
 海水に浮かぶヒトデの隣を漂うように浮かんで、シーヴが桃色の動きを見詰める。
「んーと、こうするのかなぁ?」
「いいや、もっとこっちの腕を大きく動かすんだよ」
 ヒトデの真似をして泳いでみるシーヴに気付いたらしく、寄り添うように脇に浮かんだ桃色が彼女の片腕を突く。
「んーっと、もっとこう??? うー、難しいのです」
 身体の作り自体が違うのだから上手くいかなくても仕方がないのだが、そういう問題ではないらしい。
 悠々と泳ぐヒトデの動きを尚も真似ていたシーヴが、ひたりとその動きを止める。
「あうあう、向こうのお魚さんにも笑われちゃったっ、海さんもっ」
 森羅万象に通じ読み取った魚達の笑気に気付いて、シーヴがばしゃばしゃと水面を叩いた。その勢いに驚いて、寄ってきていた小魚達が蜘蛛の子を散らすようにパッと散らばる。
「私ね、深く早く潜るのが得意なんだよ! 見てて!」
 海面のオーロラを泳ぐあおいに寄り添ってそう声を掛けたせおりが、浮き輪から手を放して水を蹴った。
 人魚でありながら浅瀬を泳ぐことは苦手だが、その分海底を深く潜って水中を泳ぐのは得意なのだ。軽やかに水を蹴って深くへと潜り込んでいくせおりの後を、青い鱗をきらめかせながらあおいが追い掛ける。
 水中で呼吸の叶う今、深く潜ったところで水底の世界は決して敵ではない。せおりの周りをくるりと泳いで、戯れるようにアザーバイドの小さな尾鰭が水を掻き、水面へと上がっていく。
「フェイトって世界さんが好きーって、言ってくれることらしいしっ。世界さんに好き好きーって遊んでたら好きになってくれないかなぁ?」
 首を捻る様子に気付いて近寄って来たあおいに、シーヴが視線を向ける。
「だめだったらまた来年っ、チャレンジごーごー」
 シーヴの言葉に声もなくクスクス笑ったあおいが、ごーごー、と彼女の言葉に合わせてちっぽけな拳を空に突き出していた。意味が分かっているのか甚だ怪しいところだったが。
「いいものを入れてきたんだ、ちょうど冷蔵庫もあったしね」
 アザーバイド達とを横目に船に上がったせおりが、持参してきた菓子を取ってきて差し出した。
「はい! ボトムの冷たいお菓子、アイスクリームも持ってきたよ!」
 リルの手を借りて甲板に這い上がった二人のアザーバイドが、聞き慣れない響きにきょとんとして顔を見合わせる。
「せおりさんっ」
「ちゃんとみんなの分も持ってきたよ!」
 ぱっと顔を輝かせたシーヴにもアイスを差し出して、せおりが微笑んだ。



 日は傾き、夕暮れが迫る。
「お水、冷たいね。気持ちいい」
 桃色のヒトデの横でぷかりと水面に浮かんで、よすかが空を見上げる。 
「素敵なお空だね。何時も、この空を見てたんだね、桃ちゃん」
「……そうだね」
 桃色のヒトデが頷いた。二人の会話に耳を傾けていたあおいが、水を掻いて寄ってくる。
 小さな人魚に気付いたよすかが、身体を反転させてリボンを取り出した。
「あおい、リボンをあげる、ね。桃ちゃんにも」
 あおいの髪にリボンを通して、広がる髪を丁寧な手付きで束ねながら、よすかは小さく微笑んだ。
「おそろい、だよ? お友達のしるし」
 尖がりの一つに揃いのリボンを結ばれて、桃色のヒトデはじっと二人を見詰める。
 リボンに嬉しげに笑う小さなアザーバイドと、彼女と共に泳ぐ小柄な少女との組み合わせをぼんやりと眺めた。
「あおいさんに、アンタと同じ想いさせるッスか?」
 ヒトデに近付きそう呟いたリルの瞳は、未だ少女達とはしゃぎ遊ぶ小さな人魚へと向いている。
 彼の横でぷかりと海面に浮いたまま、桃色のヒトデは僅かに黙り込んだ。
「こっちには、どんぐりころころって童謡があるんスけど、あおいさんの今と似てるッスね。けど、彼女の寂しさを、アンタは埋めてあげれるッスか?」
 日没まで見守るという選択は、この場にそろうリベリスタ達に一貫したものだ。そして今、そのリミットはすぐ目前まで迫っている。
 それが証拠にあおいのフェイト取得を特に強く願うよすがは、笑みを浮かべる中に僅かな寂寥を横顔へと抱いている。
「余計なお節介で感傷ッスけど、リルは、もう人魚が消えるとこなんて見たくないんス」
 リミットを自覚しているのかどうか、あおいと呼ばれた人魚は水面に上がるといたく楽しげに水を尾鰭で蹴り、再び海中へと潜っていった。
 彼等のすぐ傍で、海面に浮いていた浮き輪が揺れる。白い腕が伸びて、空気を詰めた輪を抱き締めてせおりの身体が海中から現れた。海中では軽やかな泳ぎを見せる彼女も、水面では全く泳げないという弱点がある。
「うーん、フェイトのある私たちが別の世界であるラ・ル・カーナに行っても大丈夫で、アザーバイドであるシーヴちゃんもこの世界にいて大丈夫なわけだし……」
 泳ぎを覚えたての子のように浮き輪を抱き締めてよすがにし、ぷかりと浮かび上がって大きく息を吸い込み、吐き出す。
 考え込んだ少女が、器用に水面に浮かぶヒトデを見詰めた。 
「そうだヒデさん、あおいちゃんの世界に行って、一緒に暮らせばいいんだよ! ずっと傍にいて、寂しがったりまた落ちてきたりしないように!」
 どうかなぁ、と青い瞳で見つめられて、ヒトデはちらりとせおりを見て、端の方が赤く色付き始めた青空を見る。
 リルが口を挟まないのは、彼の中にも同じ案が宿っていたからだ。しかし黙って考え込むヒトデを見詰めて、彼はもう一つ、言葉を添えた。
「もう一つの希望論。また会えると信じる」
「また……?」
 桃色のヒトデが瞬いてリルを見た。一人ぼっち、海にしがみ付いていたアザーバイドを見返して、リルは頷く。
「開いたのが二度目。長いと年に一度だけ会える、そんな関係になるかもッスけど」
「そうだね。また、ディメンション・ホールも開くかも」
 未確定で、仮に実現しても、ずっとずっと遠いことかも知れない未来。だがそれは、青い人魚と共に彼女の世界に行っても、きっと同じ程度のリスクはあるだろう。
 じっと考え込んでいたヒトデが、微かな溜息を吐いた。身体を捩るようにして、苦笑と分かる態度を見せる。
「アタシはあの子と共には行けないよ。前例があるのかも分からない。着いていって、本当に無事でいられるかも分からない」
 ボトムに受け入れられたこと自体が、もう戻れないヒトデにとっては奇跡と同じようなものなのだ。
「もう一度奇跡が起きる保証もない。あの娘がこの世界に来て平気だからって、アタシが付いていって平気だって保証にはならないからね」
「……そうッスね。それは十分に有り得る話ッス」
 リルは否定しない。せおりもまた、仄かな苦笑で口元を綻ばせただけだ。
「無事でなかった時。いざあの娘の世界に行って、アタシが隣で苦しみ出したら、あの娘はどんなに傷付くだろうね」
 青い金魚はそれをただ一言、仕方がなかったと肩を竦めて諦められるような性格には見えなかった。
 再びこの世界に落ちた彼女を攫うように海底に引き摺り込んだヒトデから逃げようともせず、寧ろ心を砕く有様なのだから。
「だから、アタシはあの娘を見送る。二度と会えないとしても……そうだねぇ、同じ思いはさせられない」
 溜息を吐いて、また海底で暮らすことにするよ、と。そう口にしたヒトデへと、後ろから腕を伸ばした影がある。
「じゃあ、これから、は、よすかと過ごそう」
 水面に浮かぶ桃色のヒトデを抱き寄せて、よすかがそっと微笑み掛けた。
「寂しくない様にしよう」
 一緒にいればきっと寂しくない、と。たじろぐヒトデに、そう告げる。
「……うん。そうだね、そうしようよヒデそん。私達と一緒にいよう?」
 表情を柔らかく綻ばせて、せおりが浮き輪を頼りに水を蹴り、よすかと彼女に抱かれるアザーバイドへと近付く。
「そうッスね。次に来た時にわかるッスし、近くなら暇潰しに会いにいけるッスから」
 別れは来る。けれど、それはまだ、今すぐではない。
 ヒトデがリベリスタ達を見回すと、シーヴと遊んでいた青い金魚が近付いてきた。
 揃いのリボンを髪の上で揺らして首を傾げる。
「再会できるよう、プレゼントを上げるッス」
 二人を眺めてリルがそう口にした。二人に合わせてスカーフをカットし、それぞれに念写で此処に居る全員の集合写真、ならぬ集合絵を焼き付ける。
「これで、少しは寂しくなくなるッスか?」
 はしゃぐ金魚がスカーフを抱いて頷き、桃色のヒトデは微かに笑んだ。
「あぁ……これなら、皆一緒だね」
 寂しくないよ、と。
 桃色のヒトデはそう言って、スカーフの絵をじっと見詰めた。


 結局のところ、よすかやシーヴが望んだようにあおいがフェイトを得ることはなかった。
 ただ、彼女にとってそれが寂しいことであるかは分からない。
 加護が広げる翼をはばたかせたよすかにD・ホールへと運ばれた時、小さな両腕を伸ばして彼女に抱き着くアザーバイドは満面の笑みだった。
 ホールの向こう側に送られる時、リボンとスカーフとを抱き締めて、あおいはリベリスタ達に手を振った。またね、と、声を持たない唇が再会を願う。桃色のヒトデは、そんな彼女をじっと見ていた。
 やがて世界の向こう側、もう一つの世界へと飛び込んだ彼女の後ろでD・ホールはその口を閉じ、二つの世界は隔絶される。

 その日最後の日差しが落ちる、少し前のことだった。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お待たせ致しました。青い金魚と名無しのヒトデのお話のお届けです。

 まずは皆様、青い金魚、ことアザーバイドあおいの送還、大変にお疲れ様でした。
 新たな思い出を抱き締めて、無事に帰還と相成りました。
 このような結末となりましたが、いかがでしたでしょうか。
 お気に召して頂ける内容となっておりましたら幸いです。

 ご参加下さいました皆様には、有難うございました。
 またいずれ、異なるシナリオでお目に掛かる機会を楽しみにしております。