●数週間前 某日。気象庁の発表によると午後4時17分ごろ、山梨県南部でM3.0の地震が発生し、山梨県富士河口湖町などで震度2の揺れを観測した。 この地震の震源地は静岡県東部で、震源の深さは約10キロ。この地震による津波の心配はない。 各地の主な震度は以下のとおり―― ●数日前 「やっぱでけぇな~」 黄泉ヶ辻のフィクサード・仁科康夫が嘆息とともに見上げた像は、身の丈3メートルを超す片手に剣を持った女神像だった。街中にあれば間違いなく目立つそれは、富士の樹海にあいた風穴からも頭1つ抜け出していた。 樹海の風穴に古代ギリシャの女神。まさかの組み合わせだ。だた、場所が場所だけに不思議と違和感がない。白く筋を引いて流れ落ちる滝を背に立つ女神の足を、冷たく澄んだ水が洗っている。大きく開いた穴からは夏の日差しが降り注ぎ、底に敷きめられた石を白く輝かせていた。初めからここが彼女の神殿であったかのような錯覚さえ感じさせるのだから本当によくできた冗談だ。 「しかも、動くっていうんだからなぁ」 女神の名はテーロースという。この女神は『賢者の石』と引き換えに特別な力を授けてくれる。時間限定で、しかも魂が焼き尽くされるというありがたくない条件つきだが。 女神は『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュが、最近手に入れた古代のからくり人形を魔改造したものだ。元から強かったらしいが、W.Pの手が入ることで更に凶悪化しているという。なんともしびれるアーティファクト、もといペリーシュ・ナイトじゃないか。 後ろで小石を踏む音がして振り返ると、うなじの汗を黄色いタオルでぬぐう赤城太一と目があった。遠目にも首をふくタオルがぐっしょりと湿っているのが分かる。太りすぎだ。 それにしても赤城の着るトーガは、黄色いタオルと相まってただだらしなく着崩した浴衣にしか見えない。女神に仕える天使というよりは、ギャグで翼を背負っている銭湯がえりのおっさん―― 赤城の太い体の後ろから容姿も年代も異なる男が3人、ひょいと姿を見せた。全員があっけにとられた顔で女神像を見上げている。足元がおぼつかないな、と思っていたら案の定、青白い顔のメガネが足首をひねらせて転んだ。他の死にそこないたちが、助け起こす素振りすら見せず、ただ「大丈夫ですか?」とメガネに声をかけている。 そこで待っていなさい、と連中に命じて、赤城がこちらへ歩いてきた。 「よ、信徒集めごくろうさん。……連中、ちっとは役立ちそうか?」 赤城が前に連れて来た痩せぎすの男は口ばかりが達者で体は弱く、賢者の石を1つも掘り起こさないうちに魂が燃え尽きて死んでしまった。 「さあな。それよりはやく準備しろよ、教祖さま。馬鹿の洗脳はお前の仕事だろうが」 デブの上に愛想のないやつだ。まあ、オレを含めて黄泉ヶ辻に協調性とか友愛を期待するほうがどうかしているのだが。 オレは女神の前に男たちを並ばせた。事前に赤城が話を聞かせているはずだから、まどろっこしい説明は省くことにした。手っ取り早くマジックミサイルを飛ばして洞窟の岩肌を砕いて見せた。 おお、と男たちのどよめきが風穴に響く。 「この通り。神秘の石を持ち帰れば女神は必ず応えてくださる。お前たちが望む能力をなんなりと授けてくださるだろう。ライバルを人知れず消すことも、去っていった女の心を取り戻すことも、失敗した研究を成功させることも可能。地の底よりたくさん石を持ち帰れば、我々のような天使にもなれるぞ」 天使―― 自分で言って吹き出しそうになった。 ●本日 べったりとした暑さが続く中、アーク本部のあるブリーフィングルームでは白玉冷やし善哉がリベリスタたちにふるまわれていた。 茶を配り終えて自席に腰を下ろした『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)が、依頼資料を片手に本日の茶菓子について解説する。 「ぜんざいは小豆の風味を生かし甘さ控えめに仕上げました。冷やしたぜんざいに小餅を絡めてお食べください」 お茶会が開かれているわけではない。依頼説明の場である。 「さて、本日の依頼ですが……」 健一はみんなの器が空になる頃合いを見て、資料をぱらりとめくった。 「三高平市内にリンクチャンネルが発生し、アークが対応に追われているのをまるで見計らったように黄泉ヶ辻が動き出しました。ある情報筋からのリークによると『黒い太陽』ウィルモフ・ペリーシュと黄泉ヶ辻京介との間で取引が成立したそうです」 リベリスタの1人から、ある情報筋についての質問が出された。 「さて、オレは聞いていません。どこなんでしょうね、ある筋って?」 とくに隠す様子もなく、健一は首をひねる。ほんとうに聞かされていないらしい。またそれを聞くだけの機転も利かなかったようだ。健一はこんなところが抜けている。 「まあ、それは重要ではないので忘れてください。で、『黒い太陽』が黄泉ヶ辻に求めたのは莫大な魔術的エネルギーを秘めるもの……たとえば『賢者の石』とかですね。見返りに黄泉ヶ辻は『黒い太陽』から『とっても素敵なもの』を受け取ることになっているようです」 今度は複数手が上がった。質問内容は当然というかやはりというか『とっても素敵なもの』についてだった。 これに関しては健一もみなと同じく渋い顔をした。やはり自分も聞かされていないのだと零す。 「すみません。ですが、非常に無秩序で他人との協調作業が苦手な黄泉ヶ辻フィクサードたちが、他人――ペリーシュ・ナイトとの共同作戦を行っている辺りで、それが彼らにとって相当魅力的であることが推測されます」 どうせろくでもない物に決まっている、と誰かが言えば、どうろくでもないのかが問題だと誰かが返す。テーブルを挟んで暫し、ペリーシュの贈り物についてあれこれと議論が交わされた。 「で、みなさんには黄泉ヶ辻が行っている賢者の石の採取を阻止していただきます。富士の樹海の奥深く、ある風穴から続く洞窟の最深部にて『賢者の石』が発見されました。どうやら先日の地震で一時的にDホールが開いたのかもしれません」 健一はそこでわざと間を置いた。 お茶を一口すすってのどを潤す。 「黄泉ヶ辻は風穴に女神像を模したペリーシュ・ナイトを立て、富士の樹海で自殺者を次々と勧誘しています。賢者の石をとってくれば人生逆転、神秘の力を与えてやる、といっているようですね。たしかに、賢者の石採掘のためにちょっとした力をもたらすアーティファクトを与えているようです」 W.P印のアイテムは、使用者や世間に碌な結果をもたらさない。つまり―― 「お察しの通り。望む力を得る前に、99.9%の人は魂が燃え尽きてしまいます。運よく、いえ運悪く死に損なえばノーフェイスとなるでしょう。魂が燃え尽きもしない、死にもしない、というならそれは逸脱者です。黄泉ヶ辻京介と同じですね」 とはいえ、いまのところ逸脱者となったものはいないようだ。ただ、万華鏡を使った予見では採掘作業を行っている3人の男が数時間以内にノーフェイス化するという。 「それと、女神像の左手にはすでに賢者の石がいつくか載せられています。あと3個たまれば、女神像は賢者の石とともに『黒い太陽』の元へ戻るでしょう」 健一はゆったりとした動作で椅子から立ち上がった。 「フィクサードたちを倒し、賢者の石を女神像から奪ってください。その後、風穴とその奥に続く溶岩洞窟をアークが永久封印します。自殺志願者たちについてですが、ノーフェイス化した場合は速やかに討伐してください。あ、そうそう。『賢者の石』とともに純粋な閃ウラン鉱も採れるみたいですね。どちらかというと、ウランの方が多いみたいです。黄泉ヶ辻のフィクサードたちが直接採掘を行わない理由はこれかと……」 怖いことをさらりと言って、それではよろしくお願いします、と頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月19日(火)22:27 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「涼しい、というよりは寒いぐらいですね」 木々の声を聞くセレン・フライエル(BNE005060)の先導で、一行がぽっかりと空が覗く場所へたどり着いてみれば、穴より吹き上がる風が思っていた以上に冷たかった。 「ほんとうに。それにしても、フライエル様がご一緒でよかったです。依頼遂行の前に樹海で野垂れ死に……シャレになりません」 院南 佳陽(BNE005036)は少しでも冷たくなった肌を温めようと、両手で自分を抱きしめるようにして腕をさすった。他のメンバーも佳陽と同じく己の身をかき抱いている。 富士の樹海に入るとコンパスが狂うといわれているが、実際にそのような事はない。 とはいえ、一行が佐田より渡された地図はまるで役に立たなかった。さすがに野垂れ死ぬことはないだろうが、フュリエであるセレンがいなければいまよりもずっと到着が遅れていたはずだ。 セレンは佳陽に控えめな笑みを向けた。 「私がいなくともこのパーティーであれば、飛んで空から大体の位置を得ることもできたでしょう」 リベリスタたちが立ち止まった場所より約15メートル先に女神の頭の先らしきものがわずかに見えていた。確かに、セレンのいう通り、空から探せば木々が開けた穴の中にいる女神は恰好の目印になるに違いない。 敵に声が届くといけない、とセレンは声を潜めた。 「それはそうと、黄泉ヶ辻……何か変な人達でしたっけ? いえまあ、相手の素性は兎も角、打ち倒すのが仕事というだけなので、私には気楽でいいですけど」 「黄泉ヶ辻に関しては、考えない方が良いでしょう。覗き込んだら、こちらを覗き返してくるどころか、引きずり込んでくるタイプの深淵でしょうから」 問題は、とようやく腕をさする手を止めて佳陽が続ける。 「ペリーシュ・ナイトですね」 そうね、と冷ややかな顔で受けたのは『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)だ。首を後ろへ回すと女神絡みの依頼を受けたことがある3人へ問いかけるような眼差しを向けた。 「あれは過去の遺物が元だそうだな?」 そうだよ、と『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が頷く。 「なるほど。使い回して再利用、すっからかんの頭に詰めるには丁度良い餌か」 無意味なゴミを害悪に変える手法は流石だな、とユーヌは嘲りの色濃くまじる息を落とす 「もっとも始末するのだから大した違いはないが」 さあ、とユーヌに背を押されて、笹塚・みり(BNE000109)が輪の中心に進みでた。 「私、アークの仕事として、数人規模での出撃はまだ2回目なのですが……」 いいから早く、と急かす声が上がった。奥州 一悟(BNE004854)だ。ぽかり、と夏栖斗のげんこつが頭の上に落とされる。 「ええと、はい、頑張ります……」 みりが織り上げる言葉が光となり、リベリスタたちの背で小さな翼を形作っていく。その間にユーヌは、研ぎ澄ませた聴覚で細かな音まで拾って敵の大まかな位置を探りだした。 「黄泉ヶ辻は2人とも穴の底だ。足を川につけて涼んでいるらしい。ずいぶん呑気なことだな。佐田の情報通り、自殺志願者たちは石拾いに行っているようだ。反響音から推測すると、穴の広さは直径30メートルといったところか」 女神は穴の北端にいるようだ、とユーヌは締めくくりにつけ加えた。 「では、行きましょうか。さっさと終わらせてしましょう」 口だけで笑って翼をはためかせた『朱蛇』テレザ・ファルスキー(BNE004875)を、『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)が落ちつき払った声で制した。 「お待ちください。わたしが先に女神の前に回り込んで威嚇射撃を行います。黄泉ヶ辻のフィクサードともあろうものがそれで逃げ出すとは思えませんが……みなさんは横から穴の縁を囲むようにして降下願います」 ● 同意を得たあと、あばたは穴を大きく迂回して女神の顔が真正面から拝める位置へ向かった。木々の間を抜けて真っ直ぐ落ちてくる光の中に身をさらしたとたん、女神と目があった。青いガラスに丸いスコープ照準のような影が浮かんでいるのが見て取れる。 あばたは啖呵を切った。 「お初にお目にかかります。女“神殺し”は我が存在理由。鳩目・ラプラース・あばたです。よろしく、そしてむごたらしく死ね」 な、と翼を背負った中年男がふたり、揃って岩から腰を浮かせた。トーガの裾から水をしたたらせつつ小川から飛び立つ。 あばたの相棒ともいうべき二丁の銃が火を噴いた。赤く燃え上がった砲身から続々と凶弾が吐き散らされる。狙いは女神ではなく、間抜けな天使もどきの悪党たちだ。女神が剣を盾代わりにして体、いや顔を守って行動を遅らせたのは思わぬオマケだった。 「神とは言え所詮は“女”ですか」 存外つまらぬものですね、あなた。あばたはそろりと剣を降ろした女神に呆れの混じる息を吐いた。 女神が動いた。 サンダルを履いた足で細い流れを踏み、水を高く跳ね上げる。 「マグメイガス、セレン・フライエル。参ります」 セレンはフィアキィとともに女神の耳の横から穴に飛び込んだ。落ちながら細い方の黄泉ヶ辻、マグメイガスの仁科康夫を探して接近する。 「くそ! やっぱり来たか!」 「マグメイガスとスターサジタリー。女神が居るとはいえ、後衛職が護衛もつけずに戦いに来るのはどうかと思いますよ」 「大きなお世話だ。アザーバイトのくせにアークに組みしやがって!」 「その理屈、よく分かりません」 「うるせーよ、とんがり耳!」 振るいあげた互いの杖から四色の魔光が迸る。それは涼風にたなびくリボンとなって絡み合い、重なりあって白く弾けた。まぶしい光が粒となって四散し、滝に虹をかけた。 女神がさらに一歩、前へ踏み出す。 「おや、ギチギチと鈍い動きだな。W.Pに改悪でもされたのか?」 女神の頭上に影を落とすユーヌの左手が六芒星を描くように空に踊った。たちまちのうちに悪者の発する物の怪を弾き、身体の自由を奪う結界が穴全体を封じる。 「ちくしょうめ!」 弓に矢をつがえたままの恰好で、歳と脂肪を取りすぎたキューピッドもどき――スターサジタリーの赤城太一がゆるゆると高度を下げていく。破れかぶれに放った矢は、滝にかかる7色光のアーチの上を次々と滑り下ってくるリベリスタたちの前を横切っただけだった。 ぎこちなさを増したものの、女神はなおも足を上げて前へ進む。 佳陽は自前の翼を大きくはめかせると、剣を降ろしきった女神の前へ回り込んだ。 「邪魔をさせていただきます」 空中で足を肩幅に開き、利き足の向きを外側に90度変える。びっ、と女神の鼻先に突きつけたのは二振りの鉄扇子だ。 「鬼さんこちら、ではなく女神様こちら、でしょうか」 言いながら起用に片手でゆるりと扇子を開いてゆく。 「上へ!」 みりが叫びながら横へ倒れたのと、佳陽が上昇するのとはほとんど同時だった。時を置かず、女神の両眼に変化が起きた。 閃光。落雷のような音、最後に熱―― 一拍遅れて衝撃波が南から壁を這うようにして穴全体に広がる。 ぱらぱらと、雹ならぬ熱い石が降る音がしばらく続いた。 「マジ……?」 女神ごと貫いてやろうとして拳を振り上げた夏栖斗も、殴られようとしていた仁科も、この瞬間は互いの立場を忘れて仲良く呆け顔で女神の熱い視線が当たった先を見つめていた。 岩が燃えていた。土は焦げて黒くなり、縁に生えていた草は蒸発し、大振りの岩は表面が赤くただれてガラスのように流れ崩れている。先ほどまで寒く感じた穴の中が、適温というのはおかしな表現だろうか、肌寒さを感じなくなっていた。気のせいか、わずかに息苦しい。 「あばたは?!」 「佳陽さんっ」 夏栖斗とみりが仲間の安否を気遣って上げた声がぶつかる。 「わたしはここです、御厨様」 夏栖斗の少し前に小さな影が揺れた。見上げると流れる雲を背にしたあばたが大きく手を振っていた。 みりはすでに穴底に横たわる佳陽の傍で天に祈り、神の御影を降ろしていた。黒く、炭のようになっていた佳陽の左足の先が少しずつ人らしさを取り戻していく。 「悪ふざけが過ぎるぜ、『黒い太陽』さんよ。だが俺は好きだぜ。やるならとことん、だよなぁ。そらよ、追加だ!」 自分はしっかり流れる小川に足を浸して熱を逃れた赤城は、目をぎらぎらとさせながら業火を帯びた矢を天に向けて放った。高いところで散って烈火の雨となりリベリスタたちを襲う。 穴の中の温度が上がった。 セレンとテレザが、落ちてくる火の玉から守ろうと、みりと佳陽のふたりの上に覆いかぶさる。 夏栖斗は炎の雨の中を移動し、赤城と仁科の双方を射線上に並べた。 仁科が夏栖斗の意図に気付いてあわてて杖を構える。 「遅いっ」 今度こそ、夏栖斗の虚ロ仇花が炸裂した。両者から吹き出した血と肉が、女神の白いキトンに花びらのような模様を描いていく。 女神がさらに一歩、前へ進んだ。ゆっくりと剣を掲げ持つ。 佳陽がテレザの手を借りて立ち上がった。 「汚らしい花ですが、もう少し描き足してさしあげましょう。そうですね。少々、暑いですし……」 広げた2枚の扇が残像を残しながら舞う。引き裂かれる速さに空気は熱を失って、無数の薄い氷の刃となり女神たちを包み込んだ。小川をフィクサードたちの背から切り落とされた羽が流れていく。 「少しは涼しくなりまして?」 黄泉ヶ辻たちはうめき声を上げた。全身に弾を浴び、切り刻まれた彼らはいまや大部分の血を失っている。涼しいどころか寒いはずだ。地面にうずくまった丸い背は小刻みに震えていた。 そのまま放置しても問題なさそうなものだが、テレザは銃を構えた。 「私も大概丸くなったようですわね」 自嘲の笑みを口の端にうかべて引き金を引いた。不吉な影が広がって、仁科と赤城を飲み込んでいく。フィクサード時代のころのテレザなら、苦しみの時間を短くして楽にやることなどまったく考えなかっただろう。漆黒の幕の内で短い悲鳴が上がった。 周囲の出来事などまるで意に介していないかのごとく、黒い霧を蹴散らしながら女神テ―ロースが足を進めてきた。佳陽たちに向けて剣を振り下す。 剣の刃は佳陽たちどころか地面にすら届かなかった。 「よう、テ―ロース。すぐに黒い太陽のやつから解放してやっからな」 一悟が手首を交差させて女神の腕を受け止めていた。そのまま腕を横に倒して、女神に剣を降ろさせた。 「ちっ……美人が台無しじゃねぇか」 見れば目の回りが焦げていた。溶け落ちたガラスが頬を伝い、まるで女神が涙を流したかのように見える。目はというと、溶けたガラスの奥でレーザー砲の先が小さく円を描いていた。 「ガラクタの無理が祟って壊れたか? 不良品だな完全に」 ユーヌが女神を見下ろしながら、質量を持った星の影を肩の上に落とす。 「黒い太陽のやつ許せねぇ。オレのテ―ロースをオモチャにしやがって!」 勝手にオレのモノ呼ばわりしておいて手加減するかと思いきや、一悟は女神のみぞおち辺りに燃え上がる拳を叩き込んだ。その一撃はまったく容赦なく、女神の体に亀裂を走らせた。 「そのまま膝をついていただきましよう」 僅かに体を折り曲げた女神に頭上からあばたの放った無数の銀弾が降り注ぎ、セレンのチェインライトニングが追撃とばかりに空気を激しく震わせつつ女神を打ちつける。 女神が膝から崩れ落ちた。 夏栖斗は飛び散る小石がみりに当たらないように前に立った。皮膚をえぐって体内に食い込んできた石片に顔をゆがめたものの、そのまま女神に接近して凍てつく波動を放った。 腹を中心に凍りついていく女神の上に、眩い光を纏った高次元の意識体が現れた。全身から放たれる神聖なる光がリベリスタたちの傷を癒していく。 「ありがとう、みり」 夏栖斗が振り返ってみりに微笑みかけたそのとき、女神が口を開けた。左手をあげて握っていたもの――賢者の石を投げ込んで口を閉じた。 女神の口に注目していたため、いち早くそれに気づいた一悟だったが、あと少しというところで手が届かなかった。それというのも、女神の頭が体から離れて飛びあがったからだ。 「なんで頭と胴体が離れるんだよ。合体ロボか、ちゅーの!」 ユーヌとあばたは上から、一悟たちは下から挟み込むようにして女神の頭を追う。 女神の頭が回転を始め、目からビーム砲が放たれた。 リベリスタたちは女神の回転と同じ方向、熱視線に追いかけられる形で逃げた。ごう、と熱波が音になって追いかけてくる。底に広がった炎の舌が、下から伸びてきて足を焼こうとする。半周したとき、穴に流れ落ちる水に熱線が当たって水蒸気爆発を起こした。穴の中にもうもうと熱をはらんだ白い煙が立ち込める。 「あちちっ! 冗談じゃねぇ、ギャグ漫画か!」 レーザー砲の発射負荷に耐えきれなかったのか、賢者の石を含んだ女神の頭はギャグ漫画よろしく爆発して派手に飛び散った。 ● リベリスタたちは穴の縁にそって立ち、底を見下ろしていた。あまりの高温に半ば溶け落ちた女神の体が、異臭を発しながら墓標のごとく穴の中央に鎮座している。壁はまだ赤々として熱を発していた。この惨状を見て、プチ地獄、と称したのはテレザだ。 「トルクメニスタンでしたっけ、地獄の門。あれみたいですね」 「あんなにすごくも美しくもないがな」、とユーヌ。 「それにこちらはあちらと違ってじき鎮火するだろう」 「あ、出てきましたよ」 セレンの声にリベリスタたちが一斉に顔を向けると、滝の裏側から3人の薄汚れた男たちが出てきた。しばらくの間、呆然としたようすで突っ立っていたが、急に狂ったように走りだした。 「お任せください」 あばたは愛銃のうちの一丁だけを手にすると、銃把を右手で包みその底に左手をあてがった。腕をまっすぐにのばし、息をゆっくりと吐き出しながら走り回る標的に狙いをつける。 発射音とともに銃身が跳ね上がる。パン、パン、パン。1人が太ももを手で押さえて転がったかと思うと、のこり2人も同じようにして、まだ熱い石河原の上に寝転がった。 「お見事!」 セレンは穴の上から飛び降りると、転がりまわる男を足で仰向けにしてみぞおちに靴の底をめり込ませた。げえ、と開いた口の中にあらかじめ用意して来た吐剤を落としこむ。 「そのまま飲み込んでくださいね。吐いたら同じことを繰り返しますよ」と、顔を涙と鼻水まみれにした男に微笑みかけた。 横で一悟が素っ頓狂な声を上げた。 「テレザさん、ナイフで腹掻っ捌いて取りだす、て言ってなかったけ?」 それを聞いた男は顔を青ざめさせると、喉を上下させて吐剤を飲み込んだ。 「冗談です。……わたしも今や『リベリスタ』ですから」 少し離れたところでは、夏栖斗とユーヌがフレームの歪んだメガネをかけた男を壁際に追い込んでいた。 「たしかにこの賢者の石はすげえよ。でも、使うためには代償が必要だ。その代償に殺されたら、力を得たって意味がないだろ!?」 この場を神秘に頼らずやり抜けば、もしかしてチャンスがあるかもじゃん、と畳みかける。 「神秘の力をもつ僕がそういうのは傲慢なのかもしれないけれど、それでも!」 夏栖斗の説得に屈してメガネがうなだれたところへ、ユーヌが横から腹を狙って一発撃ち込んだ。弾が入った反対側が大きく膨らんで破れ、中身が飛び出す。 「げっ」と同時に声を上げたのは一悟と夏栖斗の男2人。 あばたは顔色ひとつ変えることなく地面に片膝をつくと、熱い腸の中に手を差し入れて血まみれのアーティファクトを探し出した。 みりが慌てず騒がず神を降ろす。 淡々と作業を進める女たちを見て、男ふたりは震えあがった。 滝の裏側へ逃げ込もうとした若い男の前に、セレンと佳陽が立ち塞がった。 「私は手荒な真似は好みませんが……」 セレンは困ったような顔をして佳陽を見た。 「どのみちこのまま体内に『大麦の粒』を残しておけば運命を食われてノーフェイス――妖怪化するだけです。殺してあげたほうが親切かもしれません」 「ま、ままま、待って。助けて」 若い男は泣きながらテレザが差し出した吐剤を受け取り、素直に飲み下した。 げえげえと空嘔吐の音が穴にこだまする。 「よっしゃ。これで終わりだね」 夏栖斗はAFを起動させて、時村由来の病院に一報を入れた。 「ん……んんっん!」 何か化学物質が使われていたのだろうか。女神の残骸から漂ってくる異臭が喉と鼻をたえず刺激する。喉の奥に痰が絡んだような不快感を覚えながら、まだ青さを残した空を見上げた。 と―― 空からきれいな包みが1つ落ちてきて、夏栖斗は額に当たった。小石の上に落ちて袋がほどける。中に琥珀を煮詰めたような四角いものが数個入っていた。 「なんだ、これ? 飴?」 止める間もなく、一悟がほどけた袋の中から粒を1つ摘み上げて口の中に放り込んだ。がりっと音をたててかみ砕く。 「にげぇ……」 「おまえは犬か! すぐ吐け!」 苦味があるということは毒かもしれない。 慌てて一悟の口をこじ開けようとする夏栖斗をユーヌが止めた。 「心配ない。ただのハーブキャンディだ」 言いながら空を指さす。 銀色のフクロウが飛び去って行くところだった。 「え、これ、お土産? あ、Dに伝えてよ、好きにはさせないって!」 フクロウが消えた東の空から、パタパタと空気を叩くヘリのブレード音が近づいてきた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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