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<クロスロード・パラドクス>木洩れ陽の色調

●原初の壌
 零から壱は生まれない。
 零だと思っていたものにも、必ず可能性が根付いている。

●アイスミルクをひとしずくだけ
 七月の昼下がりは、これほどまでに暑かっただろうか。
 額に浮かぶ汗は収まることを知らず流れ続けて、私の火照った鼻先を濡らす。
「どこかに隠れ家でも構えて、のんびり涼めたらいいんだけどなぁ。ま、余裕があればの願望だけど」
 自宅応接間のダイニングテーブルで寛いでいると、ついそんな夢見がちな言葉も出てしまう。
 この場にいるのが一人ならば、何の意味もない無為な言動だ。
 けれどテーブルを一枚隔てた僅か先には、来客がいる。
 理知的な容姿、雰囲気。どこかの司書を思わせる落ち着いた出で立ち。
 彼女は――七瀬川カスミは唇を微塵も動かすことなく、私の呟きを完全なる独り言へと収めていった。
 カスミは美しい女性だった。派手さや華麗さこそなく、もっと言えば、可愛げもないが、その気高さすら滲む物静かな澄ました態度が、彼女を一層魅力的な存在に仕立て上げていた。
「平和ね。嘘みたいに」
 時折、退屈凌ぎに、そんな台詞を私に視線を向けることなく呟く。
 どこか物憂げな、穏やかな声で。
「何か大変な仕事でもあるのかい?」
 私は最前線に立って戦うタイプではないから、リベリスタである彼女の気苦労は完璧には理解できない。
 果たせる役割といえば、彼女らが十全に戦いに臨めるよう後方での支援に努めることだけである。
 モノやカネ、だけでは味気ない。
 だからこそ、私は彼女を慮って、こうしてドリッパーで抽出したコーヒーを差し入れていた。
 砂糖とミルクのポットを隣に添えて、茶菓子と共に。
「仕事といえば仕事なんだけど、趣味と実益を兼ねてるから、それほど億劫ではないわ。そんなに心配しなくても平気よ」
 シャンパン・ゴールドの髪に指を通す。美しい絹糸がさらりと揺れる。
「何日か後に大きな現場に出向くつもりなの」
 ティースプーンで、カップの中のコーヒーをかちゃかちゃと掻き混ぜながら、彼女は言う。
 琥珀色の中に、対照的な淡い乳白色が溶けていく。
「へえ。どこに? 良かったら聞かせてくれないか」
「宝の山」
 相変わらずの平坦な調子で、眉一つ動かさずに答えた。
「――なんて言ったら、子供っぽいって笑うかしら」
 返答を受けた私は、予想外の稚気溢れる冗談に、暫し呆気に取られてしまっていた。
「そんなことない」
 慌てて取り繕う。
「素敵だと思うよ、うん」
「何の比喩かも分からないのに、そういうお世辞を言うのね」
 射竦めるような眼差しで見つめる。
 咎められた私は何やらむにゃむにゃと口籠もるのが精一杯で、バツの悪い顔を作るしかなかった。
「図書館よ。貴方も知っていると思うけど、『コズミ・ディ・エターニタ』――数十年前に大型のエリューションが現れて廃墟になった場所。そこに向かう予定なの」
「なんだ、そうならそうと教えてくれればよかったじゃないか」
 宝、というのはつまり、人の目に触れることなく埋もれている書籍のことだろう。
 その考え方は、私にもよく分かる。聡明で、知的で、大人びた彼女と、自慢でも卑下でもなく、奔放で短絡的な部分を抱えている私とを繋ぎ止める、唯一のセンテンスが『本』なのだから。
「本か。成程なぁ、君にとっちゃ確かに宝だ。いい品があったら自分も是非拝見したいところだね」
 比類なき読書家であるカスミ。彼女に負けず劣らず、私も相当の本の虫だ。
 三度の飯より何某とはよく言ったもので、私もまたその手の趣味人にありがちな御多聞に漏れず、この世に存在するほぼ全ての物より本を好んでいる。
「ほぼ全て、か」
 自分で独白しておいてなんだが、なんともクサイ言い回しだ。
 とにかく、『コズミ・ディ・エターニタ』に話題を戻そう。イタリア語で『永遠の宇宙』と名付けられたそこは、知識や教養の向上を目指すリベリスタのために設けられた特異な図書館だったはずである。
「魔術書や理論書、それに預言書がたくさん眠ってる見立てなの。貴重な資料の数々が誰の目にも付くことなく埋没しているだなんて、人類にとって大きな喪失だわ」
「前者二つはともかく、預言書がマグメイガスの君に必要かな。娯楽書みたいなもんだぜ」
「そうかしら。預言書ってフィクションとノンフィクションが混じり合ってて、面白いじゃない。結果が明らかになるまで、誰にも真贋を見定めることが出来ないんだから」
「『シュレディンガーの猫』みたいな話かい? 生憎、そういう面倒くさい話は苦手だよ」
「知ってるわ」
 目元だけで微かに笑うカスミに、私は思わず息を呑む。
 叡智を司る女神がいるとしたら、きっとこんなふうな柔らかい表情だろう。
「それより、何か頼み事があるのなら遠慮せずに伝えてくれ」
 早鐘を打つ心臓を抑えて強引に切り出した。
「頼み事――そうね。あることはあるわ。コーヒーをもっと上手に淹れて欲しいかな、なんて」
 女神は少し意地悪な顔をした。
「お、おう、善処はしておく」
 私はひとつ咳払いをしてから。
「それはそれとしてだ、真面目な話をするぞ、真面目な話。本題だよ。わざわざここまで足を運んで仕事の話をするってことは、支援を申し出に来たって魂胆なんだろう?」
「明察助かるわ。そうね――物資より、人手のほうが欲しいかな。一人より、複数人で手分けして捜索したほうが遥かに効率がいいだなんて、論ずるまでもなく自明よね」
「はいよ、了解。募集を出しておくよ」
 彼女の要求を急いでメモに取る。
 直接顔を合わせての人選まではスケジュール的に出来そうにないが、とりあえず『私』の名前さえ出しておけば、信頼の置ける腕利きの者が集まってくれるだろう。
 築き上げた人脈という資産は、常に役に立つ。
「現地集合でいいかな? 先約で入ってる支援要請の処理がどうにも忙しくてさ」
 無言で頷くカスミ。
 途絶えた会話の後に、ほんの一時の間だけ、心地の良い静寂が流れた。
「そろそろ行くわ。それじゃ、またね」
 最後の一口を静かに含むと、すっと立ち上がり、長い髪を振り撒いて私に背を向ける。
 カスミはいつも別れを告げる際『さよなら』とは言わない。
 またね、と軽く手を振るだけで。
 その気遣いが、何よりも嬉しく。
 そして少しだけ不安な気持ちにさせた。
 永遠に待ち続けることになるかも知れないから――

●ロストメモリーズ
 その『穴』は一切の前触れなくこの下層世界に穿たれた。
 ナイトメアダウンを迎える前の日本に続く『穴』が。
「真偽の程は誰も判らぬ……未来を視ることは出来ても、過去に起こり得た虚と実は推し測れぬ」
 自らの無力を嘆くフォーチュナ――『トゥオネラの語り部』ヤンネ・ラーティカイネン(nBNE000282)は、集ったリベリスタの顔を一人ずつ見上げて、重々しいトーンで告げる。
 一点の濁りもない少年の眼差しを向けて。
「これより先は儂の領域ではない。お主達に接触してもらいたい人物は、七瀬川カスミ……智者で知られていたリベリスタじゃ」
 世界各地の書庫を巡って本を読み漁り、自身の血肉へと変える智慧の探求者。
 一九九九年八月十三日以降消息を絶った彼女は、リンクチャンネルの向こうで時間軸をずらして進行しているこの時期、国内某所の廃墟で埋もれている書物を捜索していたとされている。
 探査協力者を募っていたそうなので、歩み寄ること自体は容易であろう。
「この者に、滅びの未来を伝えてきてくれんかのう。過酷な運命を――抗うための道標を」
 その行動が如何なる結果を生み出し、如何なる影響を及ぼすか。
 今の時点では知る由がなかった。



■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:深鷹  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年08月12日(火)23:52
 深鷹です。よろしくお願いします。
 記憶から葬られた智の泉にダイブしましょう。

●目的
 ★廃墟と化した図書館の調査、及び、『七瀬川カスミ』にナイトメアダウンの危機を伝える
 主な活動の流れは、

 1.稀少・有用な書物の捜索
 2.エリューションとなった書物の駆除
 
 となります。基本的には本を探し、それがエリューションだった際に対処が必要となります。
 見つけた書物は同行するリベリスタ『七瀬川カスミ』に渡すことで鑑定がなされます。
 質・量ともに十分な成果が挙がったとカスミが判断したところで、この依頼は完了になります。
 それだけの実力を示せば、皆様の言葉をカスミも信用するでしょう。
 探索は体力が続く限り好きなだけ試行可能です。時間制限はありません。

 ※注意!
 絶対に正体を明かしてはいけません。過干渉は危険です。

●現場情報
 ★廃墟『コズミ・ディ・エターニタ』
 1999年から数えて、更に以前にエリューションの襲撃を受け崩壊した広大な図書館です。
 戦闘に臨むリベリスタのために創立及び解放された施設で、蔵書のほとんどは魔術書・学術書でした。
 かつては規律正しい配置がなされ、粛々とした雰囲気に包まれた場所でしたが、被害を受けて以降、二階の床が崩れ落ちて建物全体が吹き抜けのような構造になってしまいました。
 高い天井には大穴が開き、誰もいないホールに陽が差し込んでいます。
 かろうじて残存している図書は、影響少なく棚に陳列されているもの、卓上に積まれているもの、雑多に床に散らばっているもの、瓦礫に埋もれているもの、意味深に隠されているもの――など様々です。
 名称は『永遠の宇宙』を意味します。その名の通り、幾つもの未開の知識が瞬く銀河と言えるでしょう。

●敵情報
 ★E・ゴーレム ×???
 瓦礫の下で眠る、革醒現象を起こした魔術書です。
 ページを開くことで目覚め、そこに記された魔術を実体化させて攻撃します。
 詠唱を必要としないため非常に素早いです。戦闘力は個体によって異なります。
 共通するのは攻撃手段は全て神秘属性であるという点のみです。

 フェーズ1~2

●味方NPCについて
 ★『虹色の智慧』七瀬川カスミ
 膨大な読書経験から得た、当代屈指の知識量を誇るリベリスタです。
 智への探究心が他人への興味を上回るためか、言葉数少なく、あまり多くを語りません。
 が、実力は折り紙付き。高いDA値による魔方陣の複数展開を得意とする技巧的なマグメイガスであり、そこから繰り出される術式の威力は絶大です。
 知識それ自体が武器であり、一応の媒介として持っている魔導本は、その日の気分次第で使い分けているようです。
 ランク3までの職業スキルに加え、神話上の四元素の神の力を借りた独特のスキルを行使します。

 『フーラカンの激昂(EX)』 (神/遠2/域/必殺/獄炎・失血・混乱)
 ・風と炎を司る神は、破滅をもたらす業火の渦を辺り一帯に巻き起こします。
 『チャクの沈黙(EX)』 (神/遠/全/ブレイク/雷陣・氷像・虚脱)
 ・雨と雷を司る神は、邪気を呑み込む柱状の嵐を四方に発生させます。



 最後になりますが、成功条件には『七瀬川カスミの生存』も含まれます。

 解説は以上になります。
 それではご参加お待ちしております。

参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ハイジーニアスマグメイガス
風宮 悠月(BNE001450)
ギガントフレームマグメイガス
風見 七花(BNE003013)
ビーストハーフナイトクリーク
柊暮・日響(BNE003235)
ハーフムーンホーリーメイガス
綿谷 光介(BNE003658)
アウトサイドインヤンマスター
伊呂波 壱和(BNE003773)
ナイトバロンクリミナルスタア
熾竜 ”Seraph” 伊吹(BNE004197)
ハイフュリエミステラン
シィン・アーパーウィル(BNE004479)
フライダークマグメイガス
ティオ・アンス(BNE004725)

●喪失のエデン
 埃を被った古書の表紙を、手の平で優しく払う。
 消え去っていく記録。
 忘れられていく記憶。
 悲しみの地平へと吸い込まれていくはずの誰かの意思。
 ああ、何て。
 何て愛おしいのだろう。

●曙光に抱かれて 
 古術師七瀬川カスミは、他者からは孤高のリベリスタだと捉えられている。それは秀でた技量への純然たる畏敬の念だけではなく、広い交流関係を持たないことに対する皮肉も含まれている。
 そうした非難めいた言い方にも、当人は気にする素振りを見せなかった。理解者を自ら求めるようなことはしない。森羅万象の書物を漁り、学んだ知識を自身の血肉とする生き方に没頭できれば、それでいい。歴史に埋もれかねない故人の想念を、後世に残すことにも繋がるから。
 そう思っていた。

「すみません、探査協力者を募集しとるって聞いて来たんですけど……」
 草生した田舎道を抜けた先に聳える廃墟、『コズミ・ディ・エターニタ』にリベリスタ達が到着したのは、陽の昇り切らない午前中。
 かつては粛然とした図書館だったとされるその場所は、地面に散らばった破片の数といい、痛々しく亀裂の走った外壁といい、絡みついた蔓の長さといい、如何にも崩落寸前といった様相を呈しているが、間際のところで奇妙なバランスが働き、かろうじて建物としての形状を保っている。
「うふふ~、本を探すんって好きなんですよ! よろしにお願いしますね」
 玄関口に立つカスミに、真っ先に明朗な挨拶を投げかけたのは『忍牛』柊暮・日響(BNE003235)だ。
「珈琲の不味い『彼』から紹介されて来た者だ。好きに使ってくれ」
 サングラスのブリッジを指先で押さえながら、黒衣の男――『無銘』熾竜 "Seraph" 伊吹(BNE004197)は協力する旨を述べる。何人かの帯同者を頼んでいたという事情がある以上、接触を試みる際は、堂々としていたほうが怪しまれない。
「ええ、よろしく……そちらの方は?」
 ラ・ル・カーナの出身である『桃源郷』シィン・アーパーウィル(BNE004479)の長い耳を見て、怪訝そうに尋ねるカスミ。
「ああ、彼女は善性のアザーバイドだ。フェイトを得て、この世界に定着を許されている――我々の大切な仲間だ」
 間髪入れず伊吹が返答。それなら、とカスミは納得する。そういった例は、稀にだが聞くこともある。
「説明の通りです。何卒、了解とお見知りおきの程を」
 シィンは舞台役者のようにシアトリカルな所作で慇懃に頭を下げると、緑とピンクに発光するフィアキィを呼び寄せて、可愛らしくお辞儀をさせる。
「素敵ね。それじゃ、よろしくお願いさせていただくわ」
 僅かな言葉を交わすと、カスミはすぐに踵を返して廃墟へと踏み入っていく。
 その背を追うリベリスタ達の中で。
(ボクは彼女の『存在』を心に焼きつけて帰りたい……です)
 現在の世界線では失われてしまった、稀有な書物や智の女神との邂逅。法術に携わる者として、本を愛する一介の読書家として、当然ながらに高揚を覚えていた『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)だったが、それ以上に。
 この胸に刻印したかった。
 術士としての七瀬川カスミではなく、一人の人間としての七瀬川カスミを。

 廃墟内部は、黴と、埃と、木屑と――頭の芯をくすぐるインクの匂いがした。
 壁に入った罅割れはより険しくなり、至る箇所に剥がれた天井の合板と思しき残骸が転がっている。散乱しているのはそうした瓦礫だけでなく、書物もだ。積み重なって、小高い山のようになっていた。
 倒壊していない書棚には、少々綿埃に塗れてはいるが、行儀良く読本が並んでいる。二階から落ちてきたであろう横転した木製棚の下にも、同様に眠っているに違いない。
「――素晴らしい。私にも宝の山に見えます」
 文化遺産とも呼びたくなる噂以上の光景に、『現の月』風宮 悠月(BNE001450)は溜飲を下げる。
 掻き乱された部分と統制された部分が渾然と混ざり合った、不可思議な空間。
 中央では、大きく開いた天井の穴から木洩れ陽が差し込んできていた。
「なんて素晴らしい場所。人類の財産そのものだわ」
 だからこそ、『大樹の枝葉』ティオ・アンス(BNE004725)は一層その崩壊を惜しんだ。一九九九年よりも以前の時間軸であれば、完全な状態でこの知識の源泉を保護できただろうに、と。
「きっと、今は失われたアークに無い魔導書とか盛り沢山ですよね? 依頼達成の為に魔導書とか読み放題ですよね? ひゃっほい! 全力でお仕事です」
 読書を好む『魔術師』風見 七花(BNE003013)は無数の本に囲まれて夢心地でいた。古文書に記された魔術に導かれてフェイトを得た時のような、あの鮮烈な感動に再び出会えるかもしれないかと思うと、どうしても頬が緩んでしまう。
 それでも気を引き締めて、仲間が入口近辺で話し合っているうちに、七花はまずカウンターを捜索する。残存していた貸出記録や蔵書名簿、保管や配置の状態を記した目録等を引き出しから見つけると、活性化した『超直観』による速読を開始。何箇所かはページが破れているか、あるいは焦げついて読めなくなっていたが、とりあえず得られる分だけ情報を集める。
「一階で魔術関連の本が置かれている区域が分かりました。館内をざっくり四等分して、右の奥側にあるみたいです。手前側は主に教本コーナーですから、貴重な品はなさそうですね」
 ただ、二階から落ちてきた図書に関しては、散らばってしまっているので具体的には分からない。
「なら、まずはその辺りを重点的に探ろうかしら」
 顎に手を当てて考え込むカスミ。
「ではこうしましょう。七瀬川さんを中心にして、その周囲の書物を全員で調べます。要はローラー作戦ですね。それに、過去の事件の余波で魔術書自体が革醒している危険性もありますから、相互に対応できるよう、ある程度固まって探索するのがベターではないでしょうか」
「いいと思います。場面に応じてその都度分散して動けば、固まっていても手分けして探せますしね」
 悠月の提案に、光介が補足を入れつつ賛成する。他のリベリスタ達も概ね同調した。
「ええと、でしたら、ボクが影人を使って手伝います」
 恐る恐る、『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)が挙手をする。
「瓦礫の撤去だとかも出来ますし。本を開いて確認する役目をさせても、影人なら大丈夫ですから」
 印を結び、式符から影人を二体続けて召喚する。
「ならば自分は伊呂波さんを支えましょう。ええ、勿論、他の皆様も十全に活動できますように」
 シィンが指を振って命じると、翡翠色に輝くフィアキィが、癒しの光で織り成したオーロラを展開。
 乱れかけた精神に落ち着きを与える。
「これは魔法……なのかしら」
 驚いた様子を見せるカスミ。同時に、疲弊を心配するような眼差しを向ける。
「お気になさらず。自分にとって知ることこそが生きること……七瀬川さんと一緒です。自分は同じ目的を持ち、その手伝いに来たのですから。心ゆくまで探求しましょう」
 そう言って目配せしたミステランが駆使する『グリーン・ノア』はその強力な効果の代償に消費が重いが、無限かのごとく潤沢な循環魔力により、絶え間ない連続使用が可能になっている。
 方針が決まると、廃墟探索はいよいよ始められた。
 影人は本を集める作業は問題なくこなせるが、大雑把な指示しか受け付けられないので、最終的には深い魔術知識を持つリベリスタ達の判断に委ねられることになる。
 ティオは魔術書の表紙を眺めつつ、その真贋を見定める。神秘研究の最中で読んだ経験のある図書も何冊か並んでおり、どこか懐かしさを覚える。
 不穏な気配を察したら、すぐに影人に預けて後々の直接識別用に回す。
「これ、危ないかもですね……一応備えを」
 装丁から推察し、攻撃系の魔術が記載されていると思われる書物を一旦脇にどける光介。革醒している場合、そこに認められた呪文が発動するそうなので、危機回避しておくに越したことはない。
「『錬金術から学ぶ財テク法』、『意中の人を射止める恋の秘術』……この辺は流石にいらないか。何だか気にはなりますけど……」
 有用でなくてはいけない点も忘れない。不必要な本を、転がり落ちてしまっていた物と合わせて丁寧に棚に戻す。
 他方、日響は山羊に変身していた。
「あれ、柊暮さん、お腹空いたんですか? 確かに沢山紙がありますけど……」
(食べませんよ!)
 発声できないので内心で七花に突っ込みを入れる。
 山羊はほとんど出っ張りの無い崖すら登ってしまえるほど平衡感覚に優れている。壁際配列の書棚を駆け上がり、高所にひっそりと置かれた本を、魔術への造詣を働かせつつ咥えてキャッチ。
 かと思えば、今度は小さな鼠に変身して瓦礫の隙間に潜っていく。人知れず埋まっていた文書を発掘すると、戻って壱和に報告し、影人に覆い被さった瓦礫を持ち上げさせる。
「これ、貴重そうですねぇ。開けるんが楽しみで今からドキドキやわぁ」
 宝物をほくほく顔で拾い上げる日響。
 さて、先程の作業にも登場したが、量産体制が整った結果、影人はなおも増え続けていた。調査役、回収役、警邏役、力仕事役と、銘々に異なる役割を与えられるまでに。
 その内の一体が、探査班の中心にいるカスミにぴたりと近接する。
「守らせてください。先輩が本に集中できるように頑張りますから」
 壱和が少し離れた位置から声を掛ける。カスミは目を弧にして、感謝の視線を送った。
 明らかに安全だと思われる本は探査段階でカスミの眼識による鑑定に回していたのだが、万が一の事態も有り得る。
「七瀬川さんはじっくりと読むんですね」
 有り余る蔵書の数々を落ち着いて読めないことを残念がっていた悠月は、不意に、カスミが長く目を通して鑑定していることに気付く。膨大な知識量があるなら、早々に価値を判断しそうなものだが。
「そうね。大事な所は、どこに記されているか判らないもの」
 智者の傍らで防備を務めつつ、断片的な情報を元に建物の見取り図を作成していた伊吹は、サングラス奥の流し目でその横顔を見遣っていた。
(この世界ではナイトメアダウンで死んだ仲間も、知り合う前の倅もまだ生きている。彼女に干渉することで変化が起きる可能性があれば……いや、それは未知の領域か)
 不自由なものだ。過去から見た未来も、未来から見た過去も、知っているというのに――
 陽光を浴びながら、伊吹はふとそんなことを考えていた。
 既に時刻は正午を回っている。

●鍵
 忘れられた書庫の探索は、その敷地の広大さゆえに決して少なくない時間を要したが、しかしそれでも想定よりは遥かに順調に進んだ。
 シィンが絶えず治癒のカーテンを張り巡らせるおかげで、人員増加を担当する壱和が影人を大量に呼び出すことが出来、かつ皆の疲労も最小限で済んだためである。
「我ながら頑張りました」
 何体かは誤って革醒した図書を開いてしまい消し飛んだが、それでもまだ百体以上はいる。閑散としていた館内も、随分と賑やかになった。
「凄いのね、貴方達って……少し嫉妬しちゃうかも」
 くすりと冗談めいた笑みを覗かせ、カスミは感嘆の声を漏らした。
「それでは御開帳、と参りましょうか」
 興味津々に見つめる七花。影人それぞれが未鑑定未開封の書物を手にしている。非常時に備えて回復術式の用意をしている光介も、こくりと頷く。
「準備は万全。いざ、勝負です!」
 壱和が声を張り、まずは十数体の影人にページを開くことを命じる。
 刹那、電光と小規模爆発が同期して発生した。
 E・ゴーレムと化した魔術書による罠にも似た高速詠唱。間近の影人がダメージを受け、消失する。
 それを契機にリベリスタ達が即時迎撃を始めた。
「ゴーレムは怖いですけど、伊吹くんが居るからへっちゃらですよ!」
 日響が放った気糸で雁字搦めに縛り上げ、ページを閉じさせると、左手を翳した伊吹が『乾坤圏』の抜き打ち、更には続けざまに連射。活動を停止させる。
 別個体にはティオが他の書物を傷つけぬよう注意を払いつつ、羽ばたきによる突風を浴びせ対処。同じマグメイガスたる悠月と七花もまた、それぞれ単体魔術で撃ち落していた。
 第一波が片付いたところで、悠月が撃破した書物を調べる。加減した分、ページの損傷は少ない。
「集めた書物はどこに保管するの?」
 同様に回収に当たったティオがカスミに問う。本の隙間にこっそりと自身のサインを挟み、現代世界に戻った後で確認する心算だ。
「ここの書物に限らずそうしているけれど、一度『あの人』の所に預けるつもり。貴方達みたいな優秀なリベリスタを紹介してくれた人よ」
 その言葉に光介は心臓が脈打つのを感じた。やはり店長が所有している本は、そうだったんだ――カスミさんが亡くなった後に、遺品としてそのまま受け継いで――
 光介が現実に立ち戻った頃には、既に二度目が始まっていた。
 唱えられていたのは、無数の攻撃魔術である。一冊一冊は大した性能ではないが、とにかく数が多い。
 だが、即座にその攻勢は収まった――カスミが同時展開した魔方陣より、神話に基づく二種の古式呪文が発現していたのだ。即ち、氷雨と豪雷が奏でる四柱の嵐『チャクの沈黙』と、暴風で成型した破滅の炎渦『フーラカンの激昂』である。
 極低温が敵を静止させ、滅びの劫火を纏った風が瞬く間に焼き尽くしてしまった。
「皆、無事かしら? 術の様式からして、読了済の魔術書だと思ったから消したのだけれど」
 カスミが辺りを見渡して言う。
 恐るべきロストテクノロジー。光介はそんなカスミの一挙手一挙動を、角膜と心に刻みつける。
 ナイトメアダウンで失われた人々は、この地で眠る書物と同じ。人目に触れることなく、朽ち果てていく運命に飲み込まれて――それはとても悲しい話だ。
(代えのきかない宝物だった……各々が、誰かにとっての)
 だからこそ一心に見て取る。古書を大事な本棚に納めるように。彼女の魔術を。面影を。仕草を。存在の全てを。少なくとも一人、手渡したい人物に心当たりがあるのだから。
 カスミの魔術に目を奪われていたのは彼だけではない。
「しかしフーラカンとは。一つ脚の創造神ですね。人間を創造し、しかし滅ぼしもした者」
 シィンが先程の情景を思い浮かべる。
「チャク、フーラカン。下地は……マヤ神話か」
 興味深そうに賢者の術を反芻する悠月。これ程の技術、知識が、誰かに伝わること無く喪失してしまうだなんて。考えれば考えるほどに惜しい。
「マヤ神話の神の名。EXスキルは個人の精神性の表れや技術の延長のものが多いけれど、癒し手のスキルのように、上位存在の力の借りる『出来のいい』魔術は珍しいわ」
 その神秘の価値はティオも認めるところだった。可能ならば、自らの糧にしたい。
 三者三様に失われた魔術の解釈を始めていた。

 開帳作業は一時間近い手間を要した。
 一度の開閉のたびに影人は減っていったが、シィンの補助を受ける壱和がその都度補填した。
 悠月、ティオ、シィンの三人はE・ゴーレムを練習相手に、見様見真似で記憶に留めた強力な魔術を試してみるが、やはり難しい。まるで異なる元素二つを組み合わせ、しかも双方が独立した術式としても通用するだけの威力がなければ、上手く成り立ってくれない。
 それでも。
「……出来た!」
 大きな渦を巻く焔の嵐。
 気まぐれな破壊と創造の神『フーラカン』は、ついに世界樹の徒へと力を貸した。
 それは、カスミが今回の調査結果に満足したのと、ほぼ同時の出来事だった。

「ありがとう。本当に助かったわ。私一人では……いいえ、きっと貴方達八人でなければ、これだけの成果は残せなかったでしょうね」
 稀少な書物の数々に、喜ばしげな表情を浮かべるカスミ。
「ならば、老婆心ついでに忠告しておこう。知り合いのフォーチュナの預言だ」
 伊吹が徐に口を開く。
「八月十三日、日本にミラーミスが襲来する。多くの犠牲が出るだろう」
 突拍子も無い話だ、信じるかどうかはそちらに一任する――黒衣の男は静かに告げた。
 面食らった表情を見せるカスミに、伊吹は密かに発見していた預言書を手渡して、更に続ける。
「この書物にも酷似した預言が記されている」
 無論、ただの偶然だ。そこに理路整然とした根拠はない。それは単に、同程度の信憑性でしかないということを、彼女に再確認させるためのものだ。それでも、自分達を信じてくれるどうかを問いたかった。
「覚えておくわ。気に留めておいて損はないしね」
 やがて、カスミはそう答えた。リベリスタはその返事に安堵と、そして一抹の懸念を覗かせる。
 運命は、ここで分岐点を迎えた。
 この先どう変革が起きるか――それはまだ知り得ない。
「あと……好きな本、一冊教えてくれませんか?」
 光介が別れ際に尋ねる。カスミは優しく微笑むと、迷い無く即答した。
「まだ出遭えていないわ。『好き』を絞っちゃうと、未来の楽しみが無くなっちゃうもの」
 そう言うと、照れ臭そうな顔を作った。
「きっと……人もそうなのね。深く踏み入ってみないと分からないことだらけ。本に対しては素直にそう出来るのに。もっと色んな誰かと触れ合ってみることも、検討しようかしら。羊さん達みたいに素敵な人と巡り会えるかも知れないし、ね」
 カスミは光介の手を取り、そっと握った。
 智の女神の表情で。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 運命の鎖は捩じれました。
 今後の展開をお待ちください。

 ご参加ありがとうございました。

=============================
ラーニング成功!
『フーラカンの激昂(EX)』
シィン・アーパーウィル(BNE004479)