● ほの暗い鍾乳洞 Dホールから飛び出して来たそいつは、ひどく傷ついていた。黒い、蝙蝠に似た翼を持つそいつはどうやら女性のようだが、その顔面は無惨に焼け爛れ、体中に切り傷や刺し傷を負って、だくだくと血を流し続けている。 『ぁぁぁぁああっぁぁぁあ……』 意味をなさない呻き声を、うわごとみたいに吐き出し続けながら、そいつは空中を舞い続ける。 といってもDホールが開いたのは大きな鍾乳洞の最深部だったので、せいぜいが高さにして十数メートル。高い所でも三十メートル程度だろうか。天井から吊り下がる、槍みたいな石のつららにぶつかりながら、そいつはめちゃくちゃに飛んでいた。 よく見ると、その胸に何かを抱きかかえているように見える。 その何かを守るような動きをしているのだ。自分の体が傷つこうと、翼の皮膜が破れようと、気にも止めずに、一心不乱に。 逃げ回るような動きを見せるそいつに続いて、Dホールから出て来たのは、醜悪さを極めたかのような姿をした怪物だった。 無数の腕や足の突き出した、百足のような形の肉の塊だ。頭部には、大小様々な人間の目や、口、鼻が付いている。足の代わりに手足が突き出し、背中側には頭髪や、骨が突き出していた。 『————————————————————!!』 甲高い、悲鳴のような声で叫んでその百足は壁を這い上がる。悲鳴に驚き、逃げ回る蝙蝠を、体から突き出した腕で捉えて、適当な口に放り込む。バリバリと骨ごと蝙蝠を噛み砕き、口の回りを血で汚す。 肉の百足は、翼の生えた女を追っているようだ。 或いは、女の抱いている何かだろうか。 肉の怪物が、蝙蝠の死骸を投げつける。それを背中に受け、女はバランスを崩した。一瞬、女の手から離れた何かは、どうやら大きなガラスの容器のようだった。中に入っていたのは、薄緑色の液体と、そこに浮かぶ小さな脳みそ。よくみると、脳みその下に胎児の体が付いている。 女は、即座にガラス容器を抱き直すと、そのまま肉百足から逃げるように、鍾乳洞の天井近くまで飛び上がって行った。 ● 醜悪な来訪者 「アザーバイドが3体。事の原因はガラス容器の中の脳みそ。アザーバイド(ブレインジャッカー)が、自分の肉体として使おうと作った(合成体)が暴走、制御できなくなって暴れ出した……ということみたい」 詳しくは分からないけど、と『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は首を傾げる。異世界から来た、異邦人達の事情など、こちらの世界で生きる我々には関係ないのだ。 けれど、関係ないからといって無関係を決め込むわけにもいかない。 「世界の崩壊に繋がってしまうもの……。ブレインジャッカーは、他人の精神に干渉する能力を持っている。反面、自力では動くことも困難」 見た目は、ガラスの容器に収まった脳みそだ。元々そういう姿というわけでもないのだろうが、それにしたって醜悪極まりない外見である。 「容器を抱いた翼のある女性は(実験体)。ブレインジャッカーによって精神を支配されているから、自我のようなものは存在しない。自分の本体ともいうべき存在であるブレインジャッカーを守るために動いている」 ある程度、言葉を解するだけの知能は残っているはずだが、ブレインジャッカーの命令以外は受け付けないだろうことが、予想される。 現在は、ブレインジャッカーから下された逃走の命令に従って、逃げ回っているようだ。 「(ブレインジャッカー)(合成体)(実験体)の3体の殲滅、或いは送還。それとDホールの破壊が主な任務ね。それから、彼らを鍾乳洞から外に出さないようにしてもらいたいわ」 こんな怪物、野に放つわけにはいかないもの、とイヴは小さな溜め息を零した。 「それと追加情報だけど、テレパスなどの念話でなら、彼らとやりとり出来るかもしれない。意味のある返事が返って来るかは保証しないけど」 試してみるのもいいんじゃない? そう言ってイヴは、仲間達を送り出す。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:病み月 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月19日(火)22:26 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●狂気の来訪者 脳みその下に胎児の身体。ガラス管の中に浮くそいつは、時折ゴポゴポと空気の泡を吐いている。そのガラス管を抱いているのは、身体中に傷を負った、蝙蝠の羽を持つ奇妙な女性である。虚ろな眼差しからは、感情の色は感じられず、しかしそれでも(ブレインジャッカー)の浮かんだガラス管だけは離そうとはしない。 鍾乳洞の中を、翼を広げ滑空する女性(実験体)を追って、肉と人体のパーツで出来たような百足(合成体)が壁を這いまわる。醜悪な造形と、狂気に満ちたその光景。思わず、鍾乳洞に踏み込んだリベリスタ達の足も止まる。 「異世界にも狂科学者みたいな人? はいるのですね」 剣を片手に雪白 桐(BNE000185)はガラス管の中のブレインジャッカーを見つめ、そう言った。ブレインジャッカーが何を考えているのか知らないが、とてもまともな神経でいるとは思えなかった。 その結果、自ら作りあげた合成体に命を狙われているのだから、自業自得というものだ。 逃げてきた先が、この世界だった、というだけのこと。 「面倒な物ですね。反逆されるなら、さっさと勝手に死んでくれればいいものを。生き汚いですね? 雑草並みですか?」 嘲りを込めた笑みを浮かべて『影人マイスター』赤禰 諭(BNE004571)は近くを飛んでいた蝙蝠へと視線を向けた。ファミリア―で蝙蝠を支配し、自身の目として合成体の元へと放った。 蝙蝠が、合成体の眼前へと回り込んだ瞬間、合成体の足のうち1本が、蝙蝠を掴み、近くにあった口へと運ぶ。バキャ、という骨の砕ける気色の悪い音が響いた。 身体の一部で蝙蝠を喰らいながら、しかし実験体を追いかける足を止めはしない。 腕や足、目、鼻、口などのパーツ同様、脳みそも複数持っているのかもしれない。或いは、昆虫のように本能と習性で生きているという可能性もある。 「まぁちょっと面倒な相手だが…どうにかするしかないな」 蒼嶺 龍星(BNE004603)は、鍾乳洞を駆け抜け実験体の元へと駆けて行く。面倒事を持ち込んできた異邦人相手だとしても、いくら会話が困難そうだとしても、とりあえず説得を試みるつもりであるようだ。 「おい! 逃げながらでいい、話を聞いて……うぉっ!?」 龍星が視界に入った瞬間、彼の話を聞く気配もないままに実験体が鋭い足刀を放つ。咄嗟にガードの姿勢をとる龍星だが、衝撃を殺しきれずに地面へと叩きつけられた。 その隙に、実験体は翼を広げて鍾乳洞の壁伝いに上空へと避難。 地面に倒れた龍星の元に、合成体が迫る。 「個人的にはちょっと嫌な感じだし、相手が素直に帰ってくれる、とかでなければ割と容赦なく倒してしまいたいかな、って気はするね」 血混じりの唾液を垂れ流しながら、龍星に襲いかかる合成体を『龍の巫女』フィティ・フローリー(BNE004826)の短剣が貫いた。耳触りな悲鳴をあげて、合成体は壁を這いながら逃げて行く。しかし、擦れ違い様に、体に付いた無数の口でフィティの腕や胴に噛みつき、その皮膚を食いちぎって行った。 「話し合いで何とか解決したい、という気はしないでもないのですが、私は残念ながらテレパスは使えませんし」 フィティと龍星の傍に歩み寄るカトレア・ブルーリー(BNE004990)。争いを嫌う彼女からしてみれば、説得すらできないかもしれない、というこの状況は少々辛いものがあるようだ。 任務は任務で、戦いも仕方ない、と理解しているが、しかしそうそう簡単に自分の信念を曲げることはできない。視線を頭上に向ければ、鍾乳洞の天井付近で追走劇を繰り広げているブレインジャッカー達の姿が見える。 翼の加護で得た羽を広げ、カトレアは空へと飛んだ。無駄かもしれないと理解していても、再度説得を試みるつもりなのだろうか。 「私も行きます。マグメイガスが守られる後衛である、とは限りませんからね?」 カトレアに次いでセレン・フライエル(BNE005060)も宙へと飛び上がった。 セレンの役割は実験体のブロックだ。説得するにしろ、戦闘不能にするにしろ、まずはその動きを止めなければならない。 杖を握りしめ、セレンは飛行速度を上げた。 ●ブレインジャッカー 「まずは実験体には止まってもらいます!」 杖を眼前に掲げ、蝙蝠の羽を持つ実験体の元へとセレンが迫る。そんなセレンの影に隠れるようにして、カトレアも飛行を続ける。セレンの接近に気付いた実験体が、空中で静止し鋭い足刀を撃ち放った。 セレンは素早くそれを回避。反撃とばかりに、杖を突き出す。 杖の先端に、魔方陣が展開された。直後、魔方陣から放たれるのは、4色の魔光である。弧を描きながら、4色の魔光は実験体の元へと収束していく。 実験体の下半身を、魔光が捉えた。 それと同時。 セレンの脳裏にノイズが走った。 ザリザリと、ノイズと共に意識が削られて行く。思考が掻き乱され、粉々に砕けて、すり減って。 気が付いたら、杖をカトレアの眼前へと向けていた。展開する魔方陣。魔力が集約する。ブレインジャッカーによる精神破壊を受けたのだと理解するが、既に襲い。理解は出来ても、行動を制御することはできない。 「声をかけようと思ってましたが……なかなかうまくいかないものです」 ブレインジャッカーと実験体は、既にカトレアの声が届く距離から離れてしまっている。セレンの攻撃を回避しながら、カトレアは愛用の杖を掲げて目を閉じた。 金属の棒の先端に、小さな宝石が付いた杖だ。 その杖を中心にして、淡い燐光が周囲に飛び散った。燐光は、ゆっくりと雪のようにセレンの身体に降り注ぎ、染み込んで行く。 燐光に包まれたセレンの瞳に、正気の色が戻って来た。 「……う」 頭を押さえ、呻き声をあげるセレンを伴い、カトレアは飛ぶ。 背後をチラとも見ないまま、実験体は逃げて行く。その胸には、ブレインジャッカーの浮かぶガラス容器をしっかりと抱いていた。 ブレインジャッカーは、積極的に攻撃をしかけてくる相手ではないようだ。 実験体もまた、第一目的はブレインジャッカーの保護だ。 追手を撃退し、隙を見て逃げる。 事実、一度は追いついたセレンとカトレアも、引き離されている。 恐らく、鍾乳洞の出口を探しているのだろう。上へ下へと、実験体は飛びまわっている。 そんな実験体の頭上に、魔方陣が展開された。 「大事な大事な容器を落とさず守って果てなさい」 ふん、と鼻で笑いながら諭は素早く印を描く。諭の指が空中を走り、それを合図としたように展開されていた陣から、氷の雨が降り注ぐ。 まるで散弾のような氷の雨からブレインジャッカーを守るため、実験体は翼を広げ、ガラス容器をその胸に抱く。 氷の弾丸が、実験体の身体や翼を撃ち抜いた。ふらりふらりと、バランスを崩して実験体が地面へと落下していく。それでも、胸に抱いたガラス容器だけは手放さない。 落ちて行く実験体の元へと、セレンが、カトレアが、諭が駆け寄る。 その瞬間だ。 3人の脳裏に、意識を削るノイズが走った。 岩壁を削り、鍾乳石を砕きながら、肉塊のような怪物は這いずる。無数に生えた腕や足をバタバタと動かし、無数の瞳をぎょろりと巡らせ、パクパクと体中に付いた口を開閉させながら、ブレインジャッカー目がけて駆け抜けて行く。 それを負うのは、桐を先頭とした3人のリベリスタだった。 「さて、まずは止まって貰いましょうか」 奇妙な形状をした愛剣を振りかぶり、桐は跳んだ。壁を足場に、一気に合成体との距離を詰める。 大上段から振り下ろされた、桐の一撃が地面を砕く。 のたうつようにして、合成体は桐の斬撃を回避。擦れ違い様に、桐の胴へと喰らい付いた。 桐の胴に齧り付いたまま、合成体は走る。桐は引き摺られ、何度も地面や壁に身体を打ちつけた。 人1人を引き摺っているというのに、合成体の走る速度は衰えない。 疾走する肉塊を食い止めたのは、龍星の掌打であった。合成体の頭部らしき場所を目がけ、真上から打ちおろされた打撃が、その巨体を地面へと沈みこませたのだ。 「さぁ~て。いっちょあがり!」 合成体の足を止め、流星は後退。踵を返し、ブレインジャッカーと実験体の方へと駆けて行く。入れ替わるように、フィティがその場に滑り込んできた。 「本当に生き物なのか、不思議になってくる外見をしてるね」 フィティの剣が、煌めいた。 目にも止まらぬ無数の刺突が、合成体の身体を傷つけて行く。体中にある口から、悲鳴をあげる合成体。肉片が飛び散り、血が噴き出し、しかし合成体はそれでもまだ前へと進もうとしていた。 ずるり、と合成体が進めば、桐の身体がそれに引き摺られて地面に血の跡を残す。桐の全身には、無数の歯型。皮膚を食いちぎられている個所もある。 ブレインジャッカーを追いかけながらも、合成体は桐の身体を喰らっていたのだ。 「う……ぐ」 口の端から血を零し、それでも桐は剣を持ち上げる。 ザクリ、と合成体の足を数本切り落とした。 途端、合成体の動きが変わる。痛みに驚いたのだろうか。残った足で地面を掻いて、壁に向かって突進したのだ。自身の受けるダメージなど気にもしない突貫。壁と合成体の間に挟まれ、桐はごぼりと血の塊を吐きだした。 桐の全身から力が抜ける。 「このっ……。覚悟はいいわね」 一閃、二閃と剣が閃く。目が、手が、足が、血の滴を撒き散らしながら宙を飛ぶ。フィティの連続攻撃が、着実に合成体の身体を削ぎ落していく。 血に濡れた肉塊の怪物だ。充血した目が、フィティを捉えた。興味を失ったのか、意識を失った桐の身体をその場に捨てる。 無数の瞳がフィティを捉えた。カチカチと歯を打ち鳴らし、唾液を零し、手足を振りあげ、そして合成体はフィティへと襲いかかった。 フィティの剣が、合成体に突き刺さる。 合成体の歯が、フィティの首筋を齧る。溢れる血が、フィティの白い肌を赤く濡らした。 だが、フィティは笑う。痛みを堪え、笑った。 彼女の目に映っていたのは、合成体の背後で、大剣を大上段に振り上げ、その剣に自身の持てる全ての力を込める桐の姿だった。 迷いなく。 桐は、剣を振り下ろす。 ザクン、と肉の切れる音。 悲鳴すらあげる暇もなく、合成体の身体は、真っ二つに切り裂かれ、動きを止めた。 ●狂気の末路 精神干渉を受ける度に、或いはダメージが蓄積する度にカトレアは仲間の治療を繰り返して来た。 追いついては逃げられ、追いついては逃げられを繰り返す。 実験体の追走に、龍星が加わってからもそれは変わらなかった。 もう、何度目になるだろう。 「一応訊くぞ? 元の世界に帰る気はあるか?」 蒼電を纏い、龍星は洞窟を駆け抜ける。実験体からも、ブレインジャッカーからも返事がないことを確認し、目のも止まらぬ速さで拳を放った。 実験体が翼を広げるよりも速く。 ブレインジャッカーが、精神に干渉するよりも速く。 龍星の拳が、実験体の翼を突き破る。それでも実験体は、ガラス容器を抱いたまま、その身を犠牲にそれを守っていた。 鋭い足刀が、龍星の鳩尾に突き刺さる。 「うぐぉっ!」 その場に倒れ込む流星を乗り越え、諭の召喚した影人が実験体に群がった。愛用の重火器は、洞窟内で使用できない。落盤や、ガスへの引火を警戒してのことだ。 「不味いですね。実験体でも何でも碌なものではない。ゴミ屑の方がマシな味です。ああ、ゴミ屑を作っていたのですか、道理で不味い訳です」 影人に捉えられ、動けなくなった実験体に向け、諭は指を突きつけた。実験体と諭の間にパスが繋がる。実験体の身体から、エネルギーが零れ、諭の身体に吸い込まれていった。 がくり、と実験体はその場に膝を突く。それでも、ガラス容器を離しはしない。 「なかなか痛いといえば痛いですが、回復してくれる仲間が居ればそう致命的なものではないですね」 これまでの交戦で負った傷だろうか。セレンの身体は血に塗れていた。美しい金の長髪も、砂埃や泥、血液でべったりと汚れている。 掲げた杖の先端に、魔方陣が展開される。 放たれた4色の魔光が、実験体の抱えたガラス容器へと疾駆。魔光が容器を砕くその寸前、実験体が頭を降ろし、魔光からガラス容器を庇った。 ぐちゃり、と肉の潰れる音が響く。 カラカラと、地面を転がるガラス容器。その中にはブレインジャッカーが浮いていた。 実験体の身体が崩れ落ちる。その頭部は、鼻から上がなくなっていた。頭蓋骨が砕け、皮膚は弾け飛び、その体を血で濡らす。 だが、どういうことだろう。 周囲に飛び散った血液や肉片の中に、脳漿は一片足りとも見受けられない。 「元の世界に帰ってはいただけませんか?」 カトレアは、地面に転がったガラス容器にそう問うた。 ガラス容器の中に浮かぶ脳みそからは、返事など帰って来ない。それどころか、その直後カトレアの脳裏をノイズが襲う。 離し合いの余地はない。 そう判断し、カトレアは静かに目を閉じた。 そして……。 「害をなす様ならば容赦はしない」 龍星の拳が、ガラス容器を打ち砕く。液体が零れ、ブレインジャッカーも地面へと零れた。胎児の身体を数度痙攣させ、その動きを止めた。 ブレインジャッカーと、実験体の死体を見比べ、カトレアは悲しげに唇を噛みしめた。 殺さなければ、世界崩壊の原因となる。 頭では理解しつつも、しかし、心は納得しない。 この世界を守るには、カトレアは優しすぎるのだろう……。 そっと地面からブレインジャッカーを拾い上げると、カトレアはその身を、Dホールへと運んで行った……。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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