●雨と男と、男と雨と 神よ、と、彼はつぶやいたりはしなかった。その言葉の無力さを、誰よりも身に染みて知っている、あるいは理解しているのは、他ならぬ彼自身であったから。 代わりに胸中で唱えたのは、彼の家族、その一人ひとりと……いつも彼の教会へと訪れる、とある栗色の髪の少女。その名だった。 彼女も、いつか。革醒を迎える時が、来るのだろうか。自分と等しくして、苦難の道を歩む日が、やって来るのだろうか。 ふと、彼はそんな考えに至り、ひどく胸を締め付けられる自分に気づく。 「……祈ったか? 祈りを捧げたのか? 何に? 誰に? 神に、か? あのくそったれに、おまえは救いを求めたのか?」 ばたばたと、周囲の墓石や露出した土へと打ち付ける雨の音はやかましく、それでいて、男の声は良く通る。 こりこり、ぴちゃりと、やけに鮮明に白く見える細長い棒切れを、乱杭歯と舌がねぶる音さえも。 「なあ、神父。お互い長い付き合いだ。分かっているだろう? その言葉の無力さを、誰よりも身に染みて知っている、理解しているのは、他ならぬおまえ自身のはずだ。そうだろう? なあ、神父」 陰鬱な曇天がもたらす暗がりの中にあって、男の赤い瞳はぎらついて眩しく、彼を、神父を見つめる。じっと。びたとも揺れることなく、食いつくように。 男は、暴き出した死体をこそ串刺しにはしなかったが、代わりに、それを喰った。余すところ無く。幾度も、相見えるたび、神父の目の前で。 男は墓を暴くのに飽き足らず、時として、自ら死体作りへ精を出すこともあった。そしてそんな時は、男は嬉々として串刺しにした。幾度も、相見えるたび、神父の目の前で。痩せぎすな少年を、老いて腰の曲がった女を、美しい少女を、柔らかい赤ん坊の肉を噛み千切り、鮮やかな鉄錆の匂いを堪能してから血を啜り、骨周りの肉をこそげ落として心行くまでしゃぶった。折れた骨片を拾い上げては楊枝代わりにし、口寂しい時は、いくつもストックしている黄ばんだ指骨をくわえ、舌先で弄ぶのを好んだ。 幾度も、相見えるたび。神父の目の前で。 それこそが、神父が男を許せぬ唯一つの理由で、この東の果ての地を彼が訪れることになった、その所以の一つでもあった。 栗色の髪の少女、その笑顔が、再び彼の脳裏をよぎる。これが彼女に聞いた、『縁<エン>』、というものなのかもしれない。 ばたばたと、降りしきる雨の音はやかましく。 それでも。 「……祈りは、しませんよ。誰にも。ただ、思いを馳せていただけです。あなたとの邂逅も、これで何度目になるのだろうか、と」 「そうか。なあ、神父。友よ。おれは、おまえの名すら知らないが……そう。これも、この地で言うところの、エン、というやつなのかも知れないと。このところ、そんな風に思うのだよ……闇の中、まどろみながら。食事の時、ふいに。心地良い雨の調べを聴きながら。その中を、こうして歩きながら……ふと気づけば、おまえのことばかり考えている自分に、気づくのだ。笑うかね?」 ばたばたと。降りしきる、雨の音はやかましかったが。 神父にその音は、聞こえてはいなかった。最初から。 「笑う? 私が、あなたを? いいえ……それは買い被りというものですよ。何せ、私は……そう。この地に倣って言うならば、『カンに触る』。あなたがそうして、串刺し公を気取ることがね。それだけなのですから」 「そうか。それは、寂しいことだな、神父。友よ」 男が足を踏み出すと、かぶった山高帽がにわかに傾き、溜まった雨粒がざあと流れ落ちる。 二つの輝く紅が揺れるたび、光が尾を引いて小さな軌跡を描く。 ばきりと、踏みしめられた土の上で、腐肉がこびりついた大腿骨が二つに折れ、転がった。 「なあ。友よ。おれの牙の前に晒されながら、これほどに幾度もおれの前へと姿を見せたのは、おまえだけだった。おまえがどう思おうと、おれは、おまえが嫌いでは無いようだ。この地で見えたのも、そう。何かのエン……聞かせてはもらえないか。名を。おれが、おまえをどう呼ぶべきかを。その答えを」 男の顔、黒いトレンチコートの開いた胸元や首筋に覗く、真白い肌。波打つ闇のように黒く、濡れそぼった長い髪。山高帽のつばの下から見据える、二つの赤。 もはや目に馴染んだ、その姿に。 神父が一瞬、胸へと抱いたそれも、あるいは、感傷だったのかも知れない。 「…………ラドゥ・フロレスク。あなたを討つ者の名です」 「そうか……良い名だ。実に良い。その響きは、胸に。血と肉は、腹に。おれはいつかワラキアの地へと還り、再び口にするだろう。かつて食いちぎった肉の柔らかさ、啜り上げた血の味、噛み砕いた骨の感触を思い浮かべながら。友よ。懐かしきおまえの名を、いつか」 ●落日よ 「この光景が本当に、私たちの思う『その時』なのかは、まだ分からないの。そうなのかもしれないし、良く似た別の場所なのかも知れない……」 『つぎはぎアンティックドール』灰沢 真珠(nBNE000278)の背後、ブリーフィングルームのモニタへと映り込む映像。 墓地に佇む、二人の男。降りしきる雨。 この時の戦いは、記録にも残されている。男たちのうちの一人、神父が残した資料が存在するのだ。彼がこの戦いを生き延びたことは、分かっている。 ただ、彼はその翌月、1999年の8月13日に、大厄災に巻き込まれて死んだ。彼の家族と、彼の愛弟子であったというとある少女の、その両親と共に。この、日本で。 「ただ……アークは、決断を下しました。この特異なリンク・チャンネルの行き着く先が、私たちのボトム・チャンネル、その紛れも無い過去であると仮定し……そこへ干渉することを」 1999年7月の、恐らくは、日本。偶発的にそこへと繋がったらしい次元の穴の存在は、いわば好機だ。 かの時で間もなく迎えるはずの、破滅の時。ナイトメアダウン。『R-type』の侵入を、当時を生きたリベリスタたちに、何らかの形で伝えることができれば……あるいは。 何かが、変わるかもしれない。 「作戦目標は、映像に映ってる、神父さん。リベリスタ、ラドゥ・フロレスクさんと接触して、まもなく危機が訪れるという事実を、彼に伝えることです。それにね? 当時のリベリスタたちを助けて、その消耗を抑えてあげることは、彼らがやがて臨むはずの『R-type』との戦いにも、良い影響を及ぼせるかも知れないの」 ただし、と、真珠は少しばかり口調を強めて言う。 昔日のボトム・チャンネルと思しき世界へと干渉するにあたり、肝に銘じておくことがある。 「私たちは、十数年後の未来からやってきた……なんて、彼に伝えてはいけないの。もし自分の知っている人や、家族と出会ったとして、それを明かしちゃうのもダメ。試みるのは、過去の改竄。どのみち予測はつかないけれど、その影響を悪戯に大きくしてしまうのは、向こうにも、私たちにとっても好ましくないことだから」 伝えるべきは、目前の危機。その事実のみということだ。 説明を締めくくると、モニタの映像をぷつりと落とし、真珠は言った。 「過去の日本だなんて……何だか、大変なことになってきちゃったわね。皆、気をつけてね? すごくすごく、気をつけてね? それじゃ……行ってらっしゃい」 心配そうに眉を寄せるフォーチュナに見送られ、リベリスタたちは、『過去』へと赴く。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月11日(月)22:34 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●雨中に覗く 激しく降りしきる雨の只中、幾度も交錯する、黒と紅。 黒衣の男。名を、アーヴィー・フック。人を喰い、人を貪る、竜の子を気取るおぞましい悪鬼。 紅衣の神父。彼は、アーヴィーの振るった腕から迸る漆黒の波動を、傷ついた足で賢明に跳躍しかろうじて避けた彼は、その名を……。 「……ラドゥ・フロレスク。友よ。無粋だな」 壮年の神父は、はっとした顔で、自らの背を肩越しに振り返る。そこには、小さな白い翼がはためいていた。 「神父様……っ」 ああ。ああ。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の目の前で、雨に打たれながら、佇んでいるのは。傷つき、ぼろぼろになっているのは。 あの大きな手が、自分の頭を撫でるときの、優しい仕草を。あの微笑を。海依音は今でも、まざまざと脳裏へ思い描くことができた。いつでも。どれほどの時が過ぎようとも。 「……あなたは……」 見覚えのある紅衣に身を包むラドゥ神父は、どこかぼんやりとした瞳で、現れた海依音をじっと見つめる。 そうと知られぬよう、海依音は変装をしていた。いつもの赤い修道服は私服に着替え、雨合羽を羽織り、フードを目深にかぶり。ご丁寧に、髪まで染めていた。 「失礼いたします……神父様」 ……その視線を遮るように進み出た、『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が、ラドゥ神父をにわかに現実へと引き戻す。 リリは構えた二丁の銃口を、剣呑に赤い瞳をぎらつかせる黒衣の男、アーヴィー・フックへぴたりと向けたままに、 「初めまして。私もまた、貴方と同じ、信仰と求道の徒です。同じ神様を信じるならば、家族と同じ……私たちは家族を、貴方を守るために参りました」 ふ、とひとつ柔らかく微笑んでから。リリは意志力の弾丸を放ち、彼女なりの『お祈り』を始める。 「オレは、リベリスタのフツ。槍を得意としている」 魔槍を手に、仲間たちと共にラドゥへ並び立つ『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)もまた、 「あいつを倒すつもりなら、オレたちも協力させてもらうぜ! ……ま、断ったって勝手に戦うけどサ。ウヒヒ」 楽しげに、人懐こい笑みを浮かべながら、呪印の結界をアーヴィーの周囲へ展開し、押さえ込む。 ラドゥ神父は、宿敵に躊躇無く立ち向かっていく彼らの背を、半ば呆然として眺める。ぬかるんだ地面すれすれを飛行する彼らの背には、小さな翼。それらは海依音が、神秘によって与えたものだ。 「リベリスタ……」 かぶったフードが落とす影に表情を隠す海依音を、ラドゥはしばらく、複雑な面持ちで見つめていたが……やがて。 「……そう、ですね。あなた方が何者なのかは、後ほどに。今は……かの者を」 視線の先には、乱入したリベリスタたちと攻防を繰り広げる、黒衣の男。 「アーヴィー・フック。これも天命なのでしょう……今ここに、巡る因果へ、永遠の決別を」 握り締めた純白の杖、先端に広げた翼をあしらったそれを振りかざすと、宿敵を見据える。 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は、思考する。 黒衣の男。この男は、人を喰うという。その肉を貪り、血液を啜るのだという。 (……そうして喰らうことで、この男は、何を得たのか。楽しみのためか。優越感か。それとも、単に空腹を満たしたのみか) 孤独に暗闇を歩く黒衣の男。結唯とはどこか、似通った部分もあったかもしれない……が。 彼女には、そんな感傷の情など、微塵もありはせず。ただ指先から放つ銃弾で、男を狙い撃つのみ。 (全て、奪い尽くそう。こいつが今まで喰らってきたモノ、その全てを。そして) 滅ぼしてやる。この男の、身も、心も。 ●黒い暴威 アーヴィー・フックは、ラドゥ神父によってもたらされた活動記録によるならば、それなりに強力なフィクサードとして知られた男であったようだ。 その裏付けのように、 「下らぬ者たち、邪魔をするか? おれと友との邂逅、その邪魔をするのか? ならば、引き裂くのみ。おまえたちをも喰らい、啜るのみ」 アーヴィーはリベリスタたち、そして神父を加えた彼らの猛攻を前に、一歩も退くそぶりは見せなかった。 「回復は、あたしに任せて下さいですっ」 当然、リベリスタたちとて圧倒されるばかりではない。『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の起こす奇跡は治癒の息吹となり、仲間たちに刻まれた、決して浅くはない傷を癒していく。 どのような形であれ、過去との対面を果たした海依音と同様に、そあらにもまた、会いたいと思う人物がいる。しかし、彼女は顔に出さぬまでも、必死にその想いを押さえつけている。 海依音は立派だ。在りし日の神父を目の当たりにしながら、真実を隠し、感情を隠し続け、戦いへと臨んでいる。そあらには、同じようにはできそうもなかった。きっと、出会ってしまったら最後、自分を押し殺しておくことなどできないだろう。 (だから……せめて。あたしは、あたしにできることをしようと思うです) 豪雨の中に紛れる黒衣へ、リベリスタたちは追いすがる。 (……やれやれだ) 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は内心、辟易としていた。 1999年、7月。既に終わってしまった過去、戻り得ない昔日。彼の現実主義は、そこに何ら意味を導き出さない。一時、こうして干渉してみせたところで、結末を変えるに足るとは到底思えなかった。 (やれと言われれば、やるさ。俺は、与えられた仕事をこなすだけ……いつも通りに終わらせて、帰ればいい。それだけだ) 猛禽のごとく狙いをつけ、放つ弾丸は流星めいて煌く尾を引き、アーヴィーの肩口を撃ち抜く。 ぐらり、銃弾が生んだ隙を見逃さず、 「よっし、行くぜクスカミ!」 「了解!」 『縞パンマイスター竜』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)と、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)が、同時に踏み込む。 風斗の視界に、ちらと、海依音の姿が映り込む。 彼女には、恩があった。本人こそ、そんな風には思っていないかも知れないが。あのあっけらかんとした明るさに、茶目っ気に溢れた笑顔に。風斗は何度も、救われてきた。そして、彼女のあの眩しい笑みは、全てを失った上でなお、時を経て取り戻されたものなのだ。 冗談めかしたやり取りや、時にからかわれたりもしながら。風斗は彼女を尊敬していたし、彼女の大切な人が目の前にいるならば、それを護りたい。心から、そう思っていた。 だから。 「フロレスクさんを……あんたごときに、やらせはしないッ!!」 白銀の大剣、縦横に走る赤い燐光。高まるオーラと共に、振りかぶったそれを、全身全霊の膂力を込めて叩き付ける。 ぐ、とうめくような息を漏らした、男へ。 「お前、串刺し公気取りだって? 無理だな、お前じゃ無理だ。荷が重い。お前のどこが、『竜の子』だッ!?」 輝く宝刀、無骨な西洋剣、両の手に携えた二振りが牙となり、黒衣の胸へ一対の傷を刻み付ける。噴き出した赤い飛沫は即座に雨に洗われるが、その足元には、じわりと血流の川が流れゆく。 世には、巡り合わせというものがある。竜一がこの場に立ち、この男と相対していることもまた、巡り合わせなのだろう。 なれば、目の前の敵は、刃を持って排するのみ。 「俺の二刀は、竜の咢! 吸血鬼など、竜の前には灰となるものさ!」 「囀るな、餓鬼が! おれと友との邂逅を、無粋な刃で汚すというならば。喰らうのみ。おまえたちを打ち、引き裂き、千切り、喰らうのみ」 立ち塞がる竜一と風斗に阻まれ、ラドゥ神父へと近づけないことに苛立ちを見せ始めたアーヴィーは、その身に刻まれた傷の痛みを貫き手に乗せ、目の前の風斗の脇腹へと突き入れる。 「ぐあ……ッ!」 「楠神さんっ!?」 はっとして叫んだリリ、その傍らでフツの式符が生み出した、無数の鳥たちがアーヴィーへと殺到し、生み出した隙に。 ラドゥ・フロレスク。紅衣の神父が響かせた福音が、風斗を、リベリスタたちを癒し、背を押していく。 「これは、私と彼の因縁……ですが、私もまたリベリスタです。今は、共に。あの男に神罰を。アーヴィー・フックに、永劫の眠りを。ね」 「神父様……、はい」 ラドゥは海依音を振り向き……茶目っ気に溢れた笑顔を浮かべ、ぱちり。片目をつぶって見せた。 ●執着の終着 どれほどの時が流れたのか、この場に把握している者がいたのかどうか。 「回復、を……っ」 そあらの奮闘が、リベリスタたちを支えていたと言っても過言では無い。彼女の癒しの奇跡が無ければ、とうに皆、ぬかるんだ土の上へ倒れ伏していただろう。 しかし、暖かい治癒の波動に背を押されながらも。人を効率よく腑分ける技に長けたアーヴィーは、人体を破壊する術にも明るく、相対する者たちに刻まれた傷は、深い。風斗の脇に開いた穴からは止め処なく血流が流れ出ているし、竜一の片腕は抉れてちらと白いものすら覗く。後衛の櫻霞、神父を身を呈し庇い続けるリリは、身体を蝕む劇毒がもたらす激しい痛苦に耐えている。 「! 何か来るですっ」 そあらが叫ぶ。瞬間。 「我は……竜の子なる。不埒者は、磔刑に処す。故に……串刺し公である」 それは、槍だ。巨大な赤い槍。自らも傷ついたアーヴィー・フックの身体から流れ出る、おびただしい赤い奔流、それを練り上げ、形作ったおぞましい槍。男はそれを、投擲する。 「……何!?」 空を走る赤い軌跡は雨を切り裂いて飛翔し、櫻霞の右胸を貫くままに、墓石の一つを砕き散らしながら、斜めに地へと突き立った。櫻霞はだらりと手足を弛緩させ、それを重力に任せ、ゆらりと揺らすのみ。 墓地に現出させた磔のオブジェを眺め、薄く笑みを浮かべる、黒衣の男……しかし。 「ぬ……」 彼の傷もまた、深い。たった一人、リベリスタたちの猛撃にさらされているのだ。その深手は尋常ではなく、片腕は千切れ落ちんばかりで、片足はねじくれ、腹にも大穴が開いていた。 それでも彼は、退かない。 「……神父よ。友よ。お前の、肉に牙を突き立て。引き裂き。骨を噛み砕き。たぎる血潮を存分に啜ること。それだけが、永き時を生きてきたおれにとって、たった一つの……」 「それは、叶わないことです。アーヴィー・フック」 蒼衣を半ばほど、どす黒い赤に染めながら。リリの両手に携えられたそれら、雨を弾き、ぎらついて目の前の敵を睨む、二丁の聖銃。 「悪魔気取りの冒涜者……この魔弾<いのり>にて。私が貴方を、磔刑に処します」 瞬時に、二発。聖別された銃弾が、アーヴィーの両の掌を、刹那に撃ち貫く。 「く……は」 「ついでだ、ひとつ、仏罰ももらっておくか?」 風音鳴らし、回転させた魔槍。紅の軌跡の中には、少女めいた囁き声。 「そら、楠神ッ、そっち飛ばすぞ!」 フツは槍の柄をアーヴィーの鳩尾へと鋭く叩き込み、吹き飛ばす。 背に負った小さな翼を一打ちし、風斗は上空へ打ち上げられた黒衣を追う。 「うおおおおッ!!」 宙から、一閃。白銀の煌きに重力を乗せ、一気に斬り下ろす。斬撃が黒衣もろともに肉と骨を抉り、衝撃は真っ直ぐに、アーヴィーを石畳の上へと失墜させる。 揺らめきながら身を起こすアーヴィーへ、 「食らえっ! 竜の咆哮、ドラゴンハウリングッ!」 膨れ上がったオーラは、竜一の二刀を伝って顎と成し、黒衣をずたずたに引き裂きながらに弾き飛ばす。 「……吸血鬼が……貴様だけだと思ったか?」 磔となった、櫻霞。その身を貫く紅の槍が、微塵に砕けて舞い散ると。彼は再び、地へと降り立つ。 運命は、櫻霞に倒れることを許さない。彼には帰るべき時、場所がある。そして彼は、この瑣末ごとに付き合うのには、辟易としていた。 「欲のために、墓すら暴く。随分と、悪食の食人鬼がいたものだな……だが、ここまでだ」 「ッが……っ」 櫻霞の放つは、全てを貫く破壊の弾丸。喉元を撃ち抜いた一撃、あふれ出した血流が、男から声を奪い去る。 リベリスタたちが過去を辿ったのは、その理由のひとつは、この瞬間のためでもあったと言えるだろう。 紅衣に身を包む、黒衣の男とは因縁深き神父。ラドゥ・フロレスク。 その傍らに今、立っていることが、どれほど幸せに感じることだろう。海依音・レヒニッツ・神裂。 白と黒、二振りの杖ががちりと交差し、うなずきあって、紡ぐ呪言は、 「永き、唾棄すべきこの因果に今、終着を。灰は灰に……」 「……塵は、塵に!」 逆巻く蒼い破邪の炎と化し、男を飲み込んだ。 炎は降りしきる雨にも勢いを衰えず。おおおお……と、遠く、咆哮のように響く。呼んでいるようにも聞こえた。 友よ、と。 「お前は、喰らうに値しないな。実に不味そうだ」 指先の銃口を、ぴたり。結唯は狙いを定める。 「ただ、滅ぼし尽くすのみ。時の流れから消えていけ、アーヴィー・フック」 雨音の中に、静かな銃声が一度、鳴った。 ●いのり 全てが終わり、ラドゥ神父は、じっと……海依音を見つめている。 「あ、あの~……彼女が、何か?」 ためらいがちに、そあらはその間に割って入る。知られてはいけない。名乗り出てはいけない。出発前に、口五月蝿いほどに繰り返し言い聞かされたことだ。 神父は。 「……いいえ。少し、馴染みの顔に似ていらっしゃる気がしただけです。どうやら、気のせいだったようです」 海依音を見つめながら、そして微笑みながら、言った。この時の彼が何を思っていたかは、最後まで分からずじまいだった。 進み出て、名も無き組織に属するリベリスタを名乗った風斗が、語る。 「信じられないかも知れませんが……」 曰く、仲間のフォーチュナが予知した、目前の危機。静岡県は東部の三高平市を襲う、規格外のミラーミスの存在。一国のリベリスタの総力を結集してなお、乗り越えるに足るかどうかも定かでない、桁違いの災厄。 語るも聞くもリベリスタであったとて、突拍子も無い話ではある。が、ラドゥ神父はそこに神妙に耳を傾け、風斗の言葉に逐一真剣にうなずいて見せた。 「貴方を含め、多大な戦力と準備が必要になるはずです。備えは万全に……よろしくお願いします」 「ああ、俺も同じ話を聞いた。本当のことさ。だから、俺たちを信じて欲しい」 風斗に続き、フツもまた真摯な態度を覗かせ、一緒に頭を下げた。 ラドゥ・フロレスクは、本当の困難に臨むときにこそ、祈りはしない。それが届くことは無いのだということを、誰よりも知っているのは、他ならぬ彼だったから。 だからこそ、櫻霞と竜一の言葉が、響く。 「虚言と断ずるも、信じるも、自由だ。後は好きにするがいいさ……」 「ああ。言葉は無力、そうかも知れない。だからこそ、何をやるか。この世界に危機が迫っている……その時あんたは、何をする? 無力さに屈する? 無謀へ挑むか? 何を選ぶも、あんたの自由……聞いてみな。あんたの中にこそいる、神に」 「……信じますよ」 おどけたように肩をすくめ、神父は言った。 「そして、備えましょう。抗いましょう。全力を持って……あなたたちの言葉には、それだけの価値がある。ふふ、私の中の神は、そう仰っているようでね」 1999年8月。今より一月の後。彼は迷いなく、あの『R-type』へと挑んでいくだろう。 もたらされた情報が、彼を活かすか否かは……そう。神のみぞ知る。 「あんたは、ヴラド三世の研究者だそうだな」 結唯が問うと、ラドゥ神父はうなずく。 彼の串刺し公気取りによって、どれほどの無辜な人々がその牙の犠牲となったか。悔しげに語る神父は、 「しかし、おかげで仇を討つことができました。いつか、私の故郷にある彼らの墓前にも、このことを伝えに行かなければいけませんね」 感慨深げに言った。 そういえば、と、リリは切り出す。 「実は……私たちはこれより、東欧方面へ赴くことになっています。どなたか、ご家族に伝言などありましたら、承りますが」 それは、海依音への何かしらの言葉を、神父の口から引き出せはしまいかという、リリの思いやり。 神父はしばし思考し……そして今一度、海依音を見やる。 二人を隔てる距離は、こうして近くありながら、余りにも遠い。 それでも。 「……信じなさい。いつでも自分を、そして貴方の大切な人々を。そうして貴方がいつまでも、あの素晴らしい笑顔を浮かべていてくれたなら。それこそが、私にとっての奇跡なのだと……あの子へ。栗色の髪の少女へ」 彼の笑顔に満ち満ちる、慈愛の色。 「伝えてください。あなたの笑顔は多くの人を癒し、そして救うでしょう、と……海依音へ」 「ッ、神父様……!」 伝えてしまいたい。名乗り出てしまいたい。そしてあの優しくて大きな手で、ワタシを撫でてもらいたい。 想いを、ぐ、と飲み込んで。 「…………ご多幸をお祈りしています。神のご加護が、あらんことを」 小さく言って、海依音は顔を伏せた。 頬を伝ったひとしずくを、分厚い雨のカーテンが覆い隠してくれたことに、感謝しながら。 そして彼女は心の中、祈りを捧げる。こんな時にばかり頼る、弱い女だと自虐しながら。一縷の希望だと分かっていながら。 そんなものは無いのだと、知りながら。 「……まったくもう。泣いてませんってば! 雨です雨、ちょっと降りすぎじゃないですかね!」 ああ。神様、どうか。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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