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<クロスロード・パラドクス>あなたを忘れない

●雨と男と、男と雨と
 神よ、と、彼はつぶやいたりはしなかった。その言葉の無力さを、誰よりも身に染みて知っている、あるいは理解しているのは、他ならぬ彼自身であったから。
 代わりに胸中で唱えたのは、彼の家族、その一人ひとりと……いつも彼の教会へと訪れる、とある栗色の髪の少女。その名だった。
 彼女も、いつか。革醒を迎える時が、来るのだろうか。自分と等しくして、苦難の道を歩む日が、やって来るのだろうか。
 ふと、彼はそんな考えに至り、ひどく胸を締め付けられる自分に気づく。
「……祈ったか? 祈りを捧げたのか? 何に? 誰に? 神に、か? あのくそったれに、おまえは救いを求めたのか?」
 ばたばたと、周囲の墓石や露出した土へと打ち付ける雨の音はやかましく、それでいて、男の声は良く通る。
 こりこり、ぴちゃりと、やけに鮮明に白く見える細長い棒切れを、乱杭歯と舌がねぶる音さえも。
「なあ、神父。お互い長い付き合いだ。分かっているだろう? その言葉の無力さを、誰よりも身に染みて知っている、理解しているのは、他ならぬおまえ自身のはずだ。そうだろう? なあ、神父」
 陰鬱な曇天がもたらす暗がりの中にあって、男の赤い瞳はぎらついて眩しく、彼を、神父を見つめる。じっと。びたとも揺れることなく、食いつくように。
 男は、暴き出した死体をこそ串刺しにはしなかったが、代わりに、それを喰った。余すところ無く。幾度も、相見えるたび、神父の目の前で。
 男は墓を暴くのに飽き足らず、時として、自ら死体作りへ精を出すこともあった。そしてそんな時は、男は嬉々として串刺しにした。幾度も、相見えるたび、神父の目の前で。痩せぎすな少年を、老いて腰の曲がった女を、美しい少女を、柔らかい赤ん坊の肉を噛み千切り、鮮やかな鉄錆の匂いを堪能してから血を啜り、骨周りの肉をこそげ落として心行くまでしゃぶった。折れた骨片を拾い上げては楊枝代わりにし、口寂しい時は、いくつもストックしている黄ばんだ指骨をくわえ、舌先で弄ぶのを好んだ。
 幾度も、相見えるたび。神父の目の前で。
 それこそが、神父が男を許せぬ唯一つの理由で、この東の果ての地を彼が訪れることになった、その所以の一つでもあった。
 栗色の髪の少女、その笑顔が、再び彼の脳裏をよぎる。これが彼女に聞いた、『縁<エン>』、というものなのかもしれない。
 ばたばたと、降りしきる雨の音はやかましく。
 それでも。
「……祈りは、しませんよ。誰にも。ただ、思いを馳せていただけです。あなたとの邂逅も、これで何度目になるのだろうか、と」
「そうか。なあ、神父。友よ。おれは、おまえの名すら知らないが……そう。これも、この地で言うところの、エン、というやつなのかも知れないと。このところ、そんな風に思うのだよ……闇の中、まどろみながら。食事の時、ふいに。心地良い雨の調べを聴きながら。その中を、こうして歩きながら……ふと気づけば、おまえのことばかり考えている自分に、気づくのだ。笑うかね?」
 ばたばたと。降りしきる、雨の音はやかましかったが。
 神父にその音は、聞こえてはいなかった。最初から。
「笑う? 私が、あなたを? いいえ……それは買い被りというものですよ。何せ、私は……そう。この地に倣って言うならば、『カンに触る』。あなたがそうして、串刺し公を気取ることがね。それだけなのですから」
「そうか。それは、寂しいことだな、神父。友よ」
 男が足を踏み出すと、かぶった山高帽がにわかに傾き、溜まった雨粒がざあと流れ落ちる。
 二つの輝く紅が揺れるたび、光が尾を引いて小さな軌跡を描く。
 ばきりと、踏みしめられた土の上で、腐肉がこびりついた大腿骨が二つに折れ、転がった。
「なあ。友よ。おれの牙の前に晒されながら、これほどに幾度もおれの前へと姿を見せたのは、おまえだけだった。おまえがどう思おうと、おれは、おまえが嫌いでは無いようだ。この地で見えたのも、そう。何かのエン……聞かせてはもらえないか。名を。おれが、おまえをどう呼ぶべきかを。その答えを」
 男の顔、黒いトレンチコートの開いた胸元や首筋に覗く、真白い肌。波打つ闇のように黒く、濡れそぼった長い髪。山高帽のつばの下から見据える、二つの赤。
 もはや目に馴染んだ、その姿に。
 神父が一瞬、胸へと抱いたそれも、あるいは、感傷だったのかも知れない。
「…………ラドゥ・フロレスク。あなたを討つ者の名です」
「そうか……良い名だ。実に良い。その響きは、胸に。血と肉は、腹に。おれはいつかワラキアの地へと還り、再び口にするだろう。かつて食いちぎった肉の柔らかさ、啜り上げた血の味、噛み砕いた骨の感触を思い浮かべながら。友よ。懐かしきおまえの名を、いつか」

●落日よ
「この光景が本当に、私たちの思う『その時』なのかは、まだ分からないの。そうなのかもしれないし、良く似た別の場所なのかも知れない……」
 『つぎはぎアンティックドール』灰沢 真珠(nBNE000278)の背後、ブリーフィングルームのモニタへと映り込む映像。
 墓地に佇む、二人の男。降りしきる雨。
 この時の戦いは、記録にも残されている。男たちのうちの一人、神父が残した資料が存在するのだ。彼がこの戦いを生き延びたことは、分かっている。
 ただ、彼はその翌月、1999年の8月13日に、大厄災に巻き込まれて死んだ。彼の家族と、彼の愛弟子であったというとある少女の、その両親と共に。この、日本で。
「ただ……アークは、決断を下しました。この特異なリンク・チャンネルの行き着く先が、私たちのボトム・チャンネル、その紛れも無い過去であると仮定し……そこへ干渉することを」
 1999年7月の、恐らくは、日本。偶発的にそこへと繋がったらしい次元の穴の存在は、いわば好機だ。
 かの時で間もなく迎えるはずの、破滅の時。ナイトメアダウン。『R-type』の侵入を、当時を生きたリベリスタたちに、何らかの形で伝えることができれば……あるいは。
 何かが、変わるかもしれない。
「作戦目標は、映像に映ってる、神父さん。リベリスタ、ラドゥ・フロレスクさんと接触して、まもなく危機が訪れるという事実を、彼に伝えることです。それにね? 当時のリベリスタたちを助けて、その消耗を抑えてあげることは、彼らがやがて臨むはずの『R-type』との戦いにも、良い影響を及ぼせるかも知れないの」
 ただし、と、真珠は少しばかり口調を強めて言う。
 昔日のボトム・チャンネルと思しき世界へと干渉するにあたり、肝に銘じておくことがある。
「私たちは、十数年後の未来からやってきた……なんて、彼に伝えてはいけないの。もし自分の知っている人や、家族と出会ったとして、それを明かしちゃうのもダメ。試みるのは、過去の改竄。どのみち予測はつかないけれど、その影響を悪戯に大きくしてしまうのは、向こうにも、私たちにとっても好ましくないことだから」
 伝えるべきは、目前の危機。その事実のみということだ。
 説明を締めくくると、モニタの映像をぷつりと落とし、真珠は言った。
「過去の日本だなんて……何だか、大変なことになってきちゃったわね。皆、気をつけてね? すごくすごく、気をつけてね? それじゃ……行ってらっしゃい」
 心配そうに眉を寄せるフォーチュナに見送られ、リベリスタたちは、『過去』へと赴く。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:墨谷幽  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年08月11日(月)22:34
 墨谷幽です、よろしくお願いいたします~。
 1999年と言いますと……何やってたかなぁ……。



●作戦目標
・リベリスタ、ラドゥ・フロレスクと接触し、ナイトメアダウンの危機について伝える
・戦闘へ介入し、可能な限りラドゥ・フロレスクの消耗を抑える


●失敗条件
・参加者全員の戦闘不能
・ラドゥ・フロレスクの死亡


●ロケーション
・1999年7月の日本、らしき世界。
・とある墓地。特に、外国人の墓が多く並ぶ一角が戦場となります。
・墓石が一定の間隔で立ち並び、土の地面には点々と石畳の通路が敷かれています。
・時刻は昼間ですが、激しい雨が降りしきっており、視界は悪く、露出した土はぬかるんでいます。


●友好キャラクター
○『紅い追求者』ラドゥ・フロレスク
・1999年当時、ルーマニアに居を構えていた壮年の神父にして、リベリスタ。印象的な紅衣に身を包んでいたことで知られています。
・リベリスタとしては、特にヴァンパイア種のフィクサードに抗する専門家で、またドラキュラ公ことヴラド三世の研究者でもありました。
・日本国内のあるリベリスタ組織と何らかの親交があったらしく、諸々の研究成果を報告するために来日していました。その際、彼とは幾度も相対したことのある因縁のフィクサード、アーヴィー・フックとの奇妙な邂逅に至ったようです。
・ジーニアス×ホーリーメイガス。回復、補助、攻撃スキルをバランス良く習得。武器は主に、打撃用にもなるスタッフの扱いを得意としていたようです。


●敵性キャラクター
○『ナイトウォーキングイズグッド』アーヴィー・フック
・1999年頃まで活動が確認されていたフィクサード。ヨーロッパ圏を主に活動拠点としていたようです。
・食人嗜好を持ち、生きている者はおろか、時として墓を暴いて取り出した新鮮な死体をも貪った、との記録が残っています。
・この時日本を訪れていた理由ははっきりと分かっていませんが、彼はリベリスタ、ラドゥ・フロレスクに並ならぬ執着を持っていたらしく、彼を追ってやってきたのではないかと言われています。
・ヴァンパイア×ダークナイト。自身を省みない、凶暴かつ無謀な戦いを繰り返したと伝えられています。
・【ジューダスパイク(EX)】神/遠2/単/ノックB、鈍化/傷を負い、流れ出した自らの血液を凝固させて形作った槍を投擲し、敵を地や壁へと縫い止め磔にする。


●その他備考
・1999年当時を生きる何者に対しても、十数年後の未来からやってきた旨を伝えてはいけません。また、例え彼らの縁者であったとしても、それを名乗り出てはいけません。



 以上になります。
 それでは、皆様のご参加をお待ちしております~!
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ハーフムーンホーリーメイガス
悠木 そあら(BNE000020)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ノワールオルールスターサジタリー
天城・櫻霞(BNE000469)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
サイバーアダムインヤンマスター
焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ノワールオルールクリミナルスタア
遠野 結唯(BNE003604)
ハイジーニアスホーリーメイガス
海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)

●雨中に覗く
 激しく降りしきる雨の只中、幾度も交錯する、黒と紅。
 黒衣の男。名を、アーヴィー・フック。人を喰い、人を貪る、竜の子を気取るおぞましい悪鬼。
 紅衣の神父。彼は、アーヴィーの振るった腕から迸る漆黒の波動を、傷ついた足で賢明に跳躍しかろうじて避けた彼は、その名を……。
「……ラドゥ・フロレスク。友よ。無粋だな」
 壮年の神父は、はっとした顔で、自らの背を肩越しに振り返る。そこには、小さな白い翼がはためいていた。
「神父様……っ」
 ああ。ああ。『ヴァルプルギスナハト』海依音・レヒニッツ・神裂(BNE004230)の目の前で、雨に打たれながら、佇んでいるのは。傷つき、ぼろぼろになっているのは。
 あの大きな手が、自分の頭を撫でるときの、優しい仕草を。あの微笑を。海依音は今でも、まざまざと脳裏へ思い描くことができた。いつでも。どれほどの時が過ぎようとも。
「……あなたは……」
 見覚えのある紅衣に身を包むラドゥ神父は、どこかぼんやりとした瞳で、現れた海依音をじっと見つめる。
 そうと知られぬよう、海依音は変装をしていた。いつもの赤い修道服は私服に着替え、雨合羽を羽織り、フードを目深にかぶり。ご丁寧に、髪まで染めていた。
「失礼いたします……神父様」
 ……その視線を遮るように進み出た、『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)が、ラドゥ神父をにわかに現実へと引き戻す。
 リリは構えた二丁の銃口を、剣呑に赤い瞳をぎらつかせる黒衣の男、アーヴィー・フックへぴたりと向けたままに、
「初めまして。私もまた、貴方と同じ、信仰と求道の徒です。同じ神様を信じるならば、家族と同じ……私たちは家族を、貴方を守るために参りました」
 ふ、とひとつ柔らかく微笑んでから。リリは意志力の弾丸を放ち、彼女なりの『お祈り』を始める。
「オレは、リベリスタのフツ。槍を得意としている」
 魔槍を手に、仲間たちと共にラドゥへ並び立つ『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)もまた、
「あいつを倒すつもりなら、オレたちも協力させてもらうぜ! ……ま、断ったって勝手に戦うけどサ。ウヒヒ」
 楽しげに、人懐こい笑みを浮かべながら、呪印の結界をアーヴィーの周囲へ展開し、押さえ込む。
 ラドゥ神父は、宿敵に躊躇無く立ち向かっていく彼らの背を、半ば呆然として眺める。ぬかるんだ地面すれすれを飛行する彼らの背には、小さな翼。それらは海依音が、神秘によって与えたものだ。
「リベリスタ……」
 かぶったフードが落とす影に表情を隠す海依音を、ラドゥはしばらく、複雑な面持ちで見つめていたが……やがて。
「……そう、ですね。あなた方が何者なのかは、後ほどに。今は……かの者を」
 視線の先には、乱入したリベリスタたちと攻防を繰り広げる、黒衣の男。
「アーヴィー・フック。これも天命なのでしょう……今ここに、巡る因果へ、永遠の決別を」
 握り締めた純白の杖、先端に広げた翼をあしらったそれを振りかざすと、宿敵を見据える。
 『アヴァルナ』遠野 結唯(BNE003604)は、思考する。
 黒衣の男。この男は、人を喰うという。その肉を貪り、血液を啜るのだという。
(……そうして喰らうことで、この男は、何を得たのか。楽しみのためか。優越感か。それとも、単に空腹を満たしたのみか)
 孤独に暗闇を歩く黒衣の男。結唯とはどこか、似通った部分もあったかもしれない……が。
 彼女には、そんな感傷の情など、微塵もありはせず。ただ指先から放つ銃弾で、男を狙い撃つのみ。
(全て、奪い尽くそう。こいつが今まで喰らってきたモノ、その全てを。そして)
 滅ぼしてやる。この男の、身も、心も。

●黒い暴威
 アーヴィー・フックは、ラドゥ神父によってもたらされた活動記録によるならば、それなりに強力なフィクサードとして知られた男であったようだ。
 その裏付けのように、
「下らぬ者たち、邪魔をするか? おれと友との邂逅、その邪魔をするのか? ならば、引き裂くのみ。おまえたちをも喰らい、啜るのみ」
 アーヴィーはリベリスタたち、そして神父を加えた彼らの猛攻を前に、一歩も退くそぶりは見せなかった。
「回復は、あたしに任せて下さいですっ」
 当然、リベリスタたちとて圧倒されるばかりではない。『ぴゅあわんこ』悠木 そあら(BNE000020)の起こす奇跡は治癒の息吹となり、仲間たちに刻まれた、決して浅くはない傷を癒していく。
 どのような形であれ、過去との対面を果たした海依音と同様に、そあらにもまた、会いたいと思う人物がいる。しかし、彼女は顔に出さぬまでも、必死にその想いを押さえつけている。
 海依音は立派だ。在りし日の神父を目の当たりにしながら、真実を隠し、感情を隠し続け、戦いへと臨んでいる。そあらには、同じようにはできそうもなかった。きっと、出会ってしまったら最後、自分を押し殺しておくことなどできないだろう。
(だから……せめて。あたしは、あたしにできることをしようと思うです)
 豪雨の中に紛れる黒衣へ、リベリスタたちは追いすがる。
(……やれやれだ)
 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)は内心、辟易としていた。
 1999年、7月。既に終わってしまった過去、戻り得ない昔日。彼の現実主義は、そこに何ら意味を導き出さない。一時、こうして干渉してみせたところで、結末を変えるに足るとは到底思えなかった。
(やれと言われれば、やるさ。俺は、与えられた仕事をこなすだけ……いつも通りに終わらせて、帰ればいい。それだけだ)
 猛禽のごとく狙いをつけ、放つ弾丸は流星めいて煌く尾を引き、アーヴィーの肩口を撃ち抜く。
 ぐらり、銃弾が生んだ隙を見逃さず、
「よっし、行くぜクスカミ!」
「了解!」
 『縞パンマイスター竜』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)と、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)が、同時に踏み込む。
 風斗の視界に、ちらと、海依音の姿が映り込む。
 彼女には、恩があった。本人こそ、そんな風には思っていないかも知れないが。あのあっけらかんとした明るさに、茶目っ気に溢れた笑顔に。風斗は何度も、救われてきた。そして、彼女のあの眩しい笑みは、全てを失った上でなお、時を経て取り戻されたものなのだ。
 冗談めかしたやり取りや、時にからかわれたりもしながら。風斗は彼女を尊敬していたし、彼女の大切な人が目の前にいるならば、それを護りたい。心から、そう思っていた。
 だから。
「フロレスクさんを……あんたごときに、やらせはしないッ!!」
 白銀の大剣、縦横に走る赤い燐光。高まるオーラと共に、振りかぶったそれを、全身全霊の膂力を込めて叩き付ける。
 ぐ、とうめくような息を漏らした、男へ。
「お前、串刺し公気取りだって? 無理だな、お前じゃ無理だ。荷が重い。お前のどこが、『竜の子』だッ!?」
 輝く宝刀、無骨な西洋剣、両の手に携えた二振りが牙となり、黒衣の胸へ一対の傷を刻み付ける。噴き出した赤い飛沫は即座に雨に洗われるが、その足元には、じわりと血流の川が流れゆく。
 世には、巡り合わせというものがある。竜一がこの場に立ち、この男と相対していることもまた、巡り合わせなのだろう。
 なれば、目の前の敵は、刃を持って排するのみ。
「俺の二刀は、竜の咢! 吸血鬼など、竜の前には灰となるものさ!」
「囀るな、餓鬼が! おれと友との邂逅を、無粋な刃で汚すというならば。喰らうのみ。おまえたちを打ち、引き裂き、千切り、喰らうのみ」
 立ち塞がる竜一と風斗に阻まれ、ラドゥ神父へと近づけないことに苛立ちを見せ始めたアーヴィーは、その身に刻まれた傷の痛みを貫き手に乗せ、目の前の風斗の脇腹へと突き入れる。
「ぐあ……ッ!」
「楠神さんっ!?」
 はっとして叫んだリリ、その傍らでフツの式符が生み出した、無数の鳥たちがアーヴィーへと殺到し、生み出した隙に。
 ラドゥ・フロレスク。紅衣の神父が響かせた福音が、風斗を、リベリスタたちを癒し、背を押していく。
「これは、私と彼の因縁……ですが、私もまたリベリスタです。今は、共に。あの男に神罰を。アーヴィー・フックに、永劫の眠りを。ね」
「神父様……、はい」
 ラドゥは海依音を振り向き……茶目っ気に溢れた笑顔を浮かべ、ぱちり。片目をつぶって見せた。

●執着の終着
 どれほどの時が流れたのか、この場に把握している者がいたのかどうか。
「回復、を……っ」
 そあらの奮闘が、リベリスタたちを支えていたと言っても過言では無い。彼女の癒しの奇跡が無ければ、とうに皆、ぬかるんだ土の上へ倒れ伏していただろう。
 しかし、暖かい治癒の波動に背を押されながらも。人を効率よく腑分ける技に長けたアーヴィーは、人体を破壊する術にも明るく、相対する者たちに刻まれた傷は、深い。風斗の脇に開いた穴からは止め処なく血流が流れ出ているし、竜一の片腕は抉れてちらと白いものすら覗く。後衛の櫻霞、神父を身を呈し庇い続けるリリは、身体を蝕む劇毒がもたらす激しい痛苦に耐えている。
「! 何か来るですっ」
 そあらが叫ぶ。瞬間。
「我は……竜の子なる。不埒者は、磔刑に処す。故に……串刺し公である」
 それは、槍だ。巨大な赤い槍。自らも傷ついたアーヴィー・フックの身体から流れ出る、おびただしい赤い奔流、それを練り上げ、形作ったおぞましい槍。男はそれを、投擲する。
「……何!?」
 空を走る赤い軌跡は雨を切り裂いて飛翔し、櫻霞の右胸を貫くままに、墓石の一つを砕き散らしながら、斜めに地へと突き立った。櫻霞はだらりと手足を弛緩させ、それを重力に任せ、ゆらりと揺らすのみ。
 墓地に現出させた磔のオブジェを眺め、薄く笑みを浮かべる、黒衣の男……しかし。
「ぬ……」
 彼の傷もまた、深い。たった一人、リベリスタたちの猛撃にさらされているのだ。その深手は尋常ではなく、片腕は千切れ落ちんばかりで、片足はねじくれ、腹にも大穴が開いていた。
 それでも彼は、退かない。
「……神父よ。友よ。お前の、肉に牙を突き立て。引き裂き。骨を噛み砕き。たぎる血潮を存分に啜ること。それだけが、永き時を生きてきたおれにとって、たった一つの……」
「それは、叶わないことです。アーヴィー・フック」
 蒼衣を半ばほど、どす黒い赤に染めながら。リリの両手に携えられたそれら、雨を弾き、ぎらついて目の前の敵を睨む、二丁の聖銃。
「悪魔気取りの冒涜者……この魔弾<いのり>にて。私が貴方を、磔刑に処します」
 瞬時に、二発。聖別された銃弾が、アーヴィーの両の掌を、刹那に撃ち貫く。
「く……は」
「ついでだ、ひとつ、仏罰ももらっておくか?」
 風音鳴らし、回転させた魔槍。紅の軌跡の中には、少女めいた囁き声。
「そら、楠神ッ、そっち飛ばすぞ!」
 フツは槍の柄をアーヴィーの鳩尾へと鋭く叩き込み、吹き飛ばす。
 背に負った小さな翼を一打ちし、風斗は上空へ打ち上げられた黒衣を追う。
「うおおおおッ!!」
 宙から、一閃。白銀の煌きに重力を乗せ、一気に斬り下ろす。斬撃が黒衣もろともに肉と骨を抉り、衝撃は真っ直ぐに、アーヴィーを石畳の上へと失墜させる。
 揺らめきながら身を起こすアーヴィーへ、
「食らえっ! 竜の咆哮、ドラゴンハウリングッ!」
 膨れ上がったオーラは、竜一の二刀を伝って顎と成し、黒衣をずたずたに引き裂きながらに弾き飛ばす。
「……吸血鬼が……貴様だけだと思ったか?」
 磔となった、櫻霞。その身を貫く紅の槍が、微塵に砕けて舞い散ると。彼は再び、地へと降り立つ。
 運命は、櫻霞に倒れることを許さない。彼には帰るべき時、場所がある。そして彼は、この瑣末ごとに付き合うのには、辟易としていた。
「欲のために、墓すら暴く。随分と、悪食の食人鬼がいたものだな……だが、ここまでだ」
「ッが……っ」
 櫻霞の放つは、全てを貫く破壊の弾丸。喉元を撃ち抜いた一撃、あふれ出した血流が、男から声を奪い去る。
 リベリスタたちが過去を辿ったのは、その理由のひとつは、この瞬間のためでもあったと言えるだろう。
 紅衣に身を包む、黒衣の男とは因縁深き神父。ラドゥ・フロレスク。
 その傍らに今、立っていることが、どれほど幸せに感じることだろう。海依音・レヒニッツ・神裂。
 白と黒、二振りの杖ががちりと交差し、うなずきあって、紡ぐ呪言は、
「永き、唾棄すべきこの因果に今、終着を。灰は灰に……」
「……塵は、塵に!」
 逆巻く蒼い破邪の炎と化し、男を飲み込んだ。
 炎は降りしきる雨にも勢いを衰えず。おおおお……と、遠く、咆哮のように響く。呼んでいるようにも聞こえた。
 友よ、と。
「お前は、喰らうに値しないな。実に不味そうだ」
 指先の銃口を、ぴたり。結唯は狙いを定める。
「ただ、滅ぼし尽くすのみ。時の流れから消えていけ、アーヴィー・フック」
 雨音の中に、静かな銃声が一度、鳴った。

●いのり
 全てが終わり、ラドゥ神父は、じっと……海依音を見つめている。
「あ、あの~……彼女が、何か?」
 ためらいがちに、そあらはその間に割って入る。知られてはいけない。名乗り出てはいけない。出発前に、口五月蝿いほどに繰り返し言い聞かされたことだ。
 神父は。
「……いいえ。少し、馴染みの顔に似ていらっしゃる気がしただけです。どうやら、気のせいだったようです」
 海依音を見つめながら、そして微笑みながら、言った。この時の彼が何を思っていたかは、最後まで分からずじまいだった。
 進み出て、名も無き組織に属するリベリスタを名乗った風斗が、語る。
「信じられないかも知れませんが……」
 曰く、仲間のフォーチュナが予知した、目前の危機。静岡県は東部の三高平市を襲う、規格外のミラーミスの存在。一国のリベリスタの総力を結集してなお、乗り越えるに足るかどうかも定かでない、桁違いの災厄。
 語るも聞くもリベリスタであったとて、突拍子も無い話ではある。が、ラドゥ神父はそこに神妙に耳を傾け、風斗の言葉に逐一真剣にうなずいて見せた。
「貴方を含め、多大な戦力と準備が必要になるはずです。備えは万全に……よろしくお願いします」
「ああ、俺も同じ話を聞いた。本当のことさ。だから、俺たちを信じて欲しい」
 風斗に続き、フツもまた真摯な態度を覗かせ、一緒に頭を下げた。
 ラドゥ・フロレスクは、本当の困難に臨むときにこそ、祈りはしない。それが届くことは無いのだということを、誰よりも知っているのは、他ならぬ彼だったから。
 だからこそ、櫻霞と竜一の言葉が、響く。
「虚言と断ずるも、信じるも、自由だ。後は好きにするがいいさ……」
「ああ。言葉は無力、そうかも知れない。だからこそ、何をやるか。この世界に危機が迫っている……その時あんたは、何をする? 無力さに屈する? 無謀へ挑むか? 何を選ぶも、あんたの自由……聞いてみな。あんたの中にこそいる、神に」
「……信じますよ」
 おどけたように肩をすくめ、神父は言った。
「そして、備えましょう。抗いましょう。全力を持って……あなたたちの言葉には、それだけの価値がある。ふふ、私の中の神は、そう仰っているようでね」
 1999年8月。今より一月の後。彼は迷いなく、あの『R-type』へと挑んでいくだろう。
 もたらされた情報が、彼を活かすか否かは……そう。神のみぞ知る。

「あんたは、ヴラド三世の研究者だそうだな」
 結唯が問うと、ラドゥ神父はうなずく。
 彼の串刺し公気取りによって、どれほどの無辜な人々がその牙の犠牲となったか。悔しげに語る神父は、
「しかし、おかげで仇を討つことができました。いつか、私の故郷にある彼らの墓前にも、このことを伝えに行かなければいけませんね」
 感慨深げに言った。
 そういえば、と、リリは切り出す。
「実は……私たちはこれより、東欧方面へ赴くことになっています。どなたか、ご家族に伝言などありましたら、承りますが」
 それは、海依音への何かしらの言葉を、神父の口から引き出せはしまいかという、リリの思いやり。
 神父はしばし思考し……そして今一度、海依音を見やる。
 二人を隔てる距離は、こうして近くありながら、余りにも遠い。
 それでも。
「……信じなさい。いつでも自分を、そして貴方の大切な人々を。そうして貴方がいつまでも、あの素晴らしい笑顔を浮かべていてくれたなら。それこそが、私にとっての奇跡なのだと……あの子へ。栗色の髪の少女へ」
 彼の笑顔に満ち満ちる、慈愛の色。
「伝えてください。あなたの笑顔は多くの人を癒し、そして救うでしょう、と……海依音へ」
「ッ、神父様……!」
 伝えてしまいたい。名乗り出てしまいたい。そしてあの優しくて大きな手で、ワタシを撫でてもらいたい。
 想いを、ぐ、と飲み込んで。
「…………ご多幸をお祈りしています。神のご加護が、あらんことを」
 小さく言って、海依音は顔を伏せた。
 頬を伝ったひとしずくを、分厚い雨のカーテンが覆い隠してくれたことに、感謝しながら。
 そして彼女は心の中、祈りを捧げる。こんな時にばかり頼る、弱い女だと自虐しながら。一縷の希望だと分かっていながら。
 そんなものは無いのだと、知りながら。

「……まったくもう。泣いてませんってば! 雨です雨、ちょっと降りすぎじゃないですかね!」
 ああ。神様、どうか。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れさまでした! 『<クロスロード・パラドクス>あなたを忘れない』のリプレイをお届けいたします。
 結果は成功、十全な成果だったと思われます。

 タイムトラベル、タイムパラドクスは、ひとつの普遍的なテーマですよね。
 仮に過去を変えられるとしたら、あなたなら何をするでしょうか?
 失敗だったあの時の選択を成功へと変える? 恥ずかしい失態を帳消しに? 墨谷はトラウマ級の失態なんて、自慢じゃないけどいくらでもありますからね! それはもうたくさん!

 とはいえ、まぁ。
 私なら、そうですね……昔の自分に、スポーツ年鑑でも渡しましょうか。

 といったところで、今回は、ご参加ありがとうございました!
 またの機会にお目にかかれますことを、心よりお待ちしておりますっ