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<クロスロード・パラドクス>Aller Anfang ist schwer.


「……何、それは確かな情報かね?」
 かつん、と机を打つ指先。己の愛銃のみに注がれていた視線が流れるように上がる。目の前に差し出される資料の束と、空港のゲートを潜る男の写真。それを流し見た男は、薄くその唇に笑みを乗せた。
「乗ったのは今朝の便で御座います。行き先は間違いなく日本。目的は不明。『彼』と共に動いている『教会』のメンバーはほんの数人との報告を受けております」
「これはこれは。原理主義の気狂いの目的など我々の貧相な頭では到底理解も出来ないだろうさ。ふむ……しかし、好都合だ」
 立ち上がる。皺ひとつない黒衣についた埃を摘まんで、男は壁に貼られた地図を指し示した。自分達の祖国。面倒なヴァチカン、そして、指先が叩く極東の島国。
「面倒な番犬は容易にはやってこない。否、吠えられるのも事を終えた後だろう。そして、彼の仲間の『お祈り』も極東では間に合わない。嗚呼いや、正しい意味での『お祈り』をする羽目になるだろうな。
 その上かの国のマフィア共は絶好の隠れ蓑だ。誰がこの敬虔なる『教会』の信仰者の命を奪ったのかなんてことはわかりやしない。好機だ。素晴らしい。あのヘンリック・キルヒナー殿を始末できるのだから!」
 くつくつと喉奥から漏れる笑いを隠す事無く、男は資料の束を机に放る。そのまま手は軍帽を掬い上げ、きっちりと正面に向けられる鍔。
「さて。では急ぐとしようか――ヨナタン、ハイデマリーを」
 黒靴が床を鳴らす。あくまで密やかに、猟犬の仕事は始まろうとしていた。


「いやあ、奇遇奇遇。こんな極東の島国でお会いするだなんて、偶然とは恐ろしい。そうは思わないかな、神父殿?」
「ふふ、全くどの口がそのような事を仰るのでしょうね――何の用だ、狂犬。私の前に現れるという事は、漸く頭を垂れて祈る気にでもなったのか」
 遠くで切れかけの街燈が瞬いている。ちかちか、灯りを弾く銃身を握る手は二つ。舗装の甘いアスファルトを踏みしめて、黒衣の男は可笑しくて仕方ないと言いたげに笑った。
「まさか。誰が指先さえ差し伸べてくれぬカミサマとやらに祈るものか。……いやあ、偶然だよ、偶然。偶然こうして貴殿を殺す機会を得ただけの話だ」
 言葉の終わりを奪うように響く銃声。素早く後ろに飛びのく影。迷わず相手の黒衣の中心、脈打つ其処を狙う弾丸を放った聖職者は表情一つ変えず、否、僅かに口角を上げ硝煙纏う銃を振る。
「此方の台詞だ。祈らないならば死ね。狂犬に祈りを教える趣味など私には無い。今すぐ死んで罪を購え!」
 即座にばら撒かれる鉛玉の咆哮は無数。弾幕を縫い接近を試みる聖職者の道程はしかし、即座に飛び込む少女の影が遮る。引き抜かれた軍刀が巻き起こす烈風が僅かにその足を止めれば、寸分違わず頭を狙う一撃が飛んでくるのだ。
 掠め千切れた髪と鮮血が舞う。それを拭うこともせずに、聖職者は今度こそはっきりとその口角を吊り上げた。
「Wachet! betet! betet! wachet! 贖罪の時だ、命で贖え、死を神への祈りとせよ!」

 ――戦いは痛み分け。聖職者はその身を愛す運命の加護を大きく削られたものの、猟犬の部下を始末、副官に手傷を負わせ退けた。
 それが残された記録だった。過去は既に決定付けられていたはずだったのだ。


 それは本来起こりえないことだった。
 人は未来には行けず、人は過去には戻れない。どんなに特殊な神秘の力を得ても、人にとって時間の制約は絶対であるはずだった。
 けれど。
 突如として三高平市に発生した特殊なリンクチャンネルの、先。何時もならば干渉され災厄ばかりを齎すはずのそれの先に広がるのは、『日本』だったのだ。
 1999年7月。あの、全てを変えたナイトメアダウン直前の日本。まだ極東の空白地帯と呼ばれる前の其処。自分達の生きる今を作る『過去』としか思えぬ世界。
 その世界が本当に過去であるかどうかはわからない。しかし、過去ではないと言い切ることもまた出来ないのだ。
 故に、リベリスタは境界を越える。過去であるかもしれない世界へとその足を向ける。その真偽を確かめる為に。そして、恐らくはその世界の未来に待つ災厄に立ち向かえる者を護る為に。

「自分達の正体は明かさない事。お願いする仕事はシンプルよ。あの『親衛隊』を退けること。そして、その場にいる『教会』所属のリベリスタ、キルヒナー神父を護る事。
 彼は非常に強いリベリスタよ。消耗さえしなければ、きっとナイトメアダウンでも大きな力になってくれる。……貴方達が到着時点で、既に親衛隊と『教会』リベリスタの一部は死亡してる。
 キルヒナー神父も傷が目立つわ。出来る限りのフォローと早急な撃退が望まれる。ちょっと忙しい仕事だけど、宜しく頼むわよ」
 残っている情報は多くは無い。1999年当時の資料から抜き取ったのであろうデータを差し出す『導唄』月隠・響希 (nBNE000225)はちらりと外に視線を投げて、僅かに溜息を吐き出す。
「これが、あたし達にどう影響するのかはわからない。でも、やれることをやるって言うのが方針みたいだから。……気をつけて、無事に帰ってきて頂戴ね」
 いってらっしゃい、と呟く声と共に、リンクチャンネルを映していたモニターの電源は静かに落ちた。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:麻子  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年08月14日(木)22:23
ご無沙汰しております。麻子です。
祖国つながりと言う事でひとつ。

●成功条件
ヘンリック・キルヒナーのフェイト損傷を防ぐ
親衛隊の撃破もしくは撤退
(但し、未来から来た等の情報を伝える事は厳禁。ナイトメアダウンの口頭での予言のみ可)

●場所
閉鎖された駐車場。舗装が甘く、足場に少々難があります。
人気は無く、灯りは切れかけた街燈のみ。時間帯は夜。

●ヘンリック・キルヒナー神父
ヴァンパイア×スターサジタリー。ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)が所属する『教会』の神父。シュヴァイヤー兄妹の上司にあたります。
表向きは真面目で人のいい人物でしたが、神秘界隈では原理主義的な極端な性格を覗かせる、気狂いと呼ぶべき存在でもあったようです。
戦闘においては前衛、敵陣に切り込み銃を乱射するスタイル。スターサジタリーRank3までのスキルからいくつかに加え、デュランダルスキルも使用可能と言われています。
しかし、その戦闘スタイル故フェイトの摩耗は激しく、本来ならばこの戦いでも大きくフェイトを削がれています。基本的にリベリスタの指示は聞きません。
日本に来た目的は恐らくフィクサードに関連すると思われますが詳細は不明。この戦いの後も日本に留まっていたようです。

●『教会』リベリスタ×4
スターサジタリーで構成された、それなりの実力者であったと言われています。
しかし、既に半数は死亡。2名も極度の疲弊状態にあります。

●『教会』
当時ドイツに存在していたリベリスタ組織。特殊な教義を持つ、信仰者の集まりです。

●親衛隊『Zauberkugel』アルトマイヤー・ベーレンドルフ
ジーニアス×スターサジタリー。すらりと背の高い優男。階級は少尉。
無駄を嫌う完璧主義者かつ合理主義者。アークと交戦した現代の彼と比べ、些か個人技に頼る傾向にあります。
サジタリーRank3までのスキルから複数+戦闘指揮Lv2に加え

EXP:Scharfschützenabzeichen
狙撃手の誉れ。『攻撃を外さない』限り毎回命中上昇。外すと初期値に戻る。
EX:Schiessbefehl
一弾の無駄さえ嫌う告死の銃声。必殺及びCT上昇に加え『溜める程にスキル効果が増す』事以外の詳細不明
を使用可能。武器はライフル型アーティファクトですが特殊な効果は存在しなかったと言われています。

●親衛隊『断頭ナハティガル』ハイデマリー・クラウゼヴィッツ
フライエンジェ×デュランダル。栗色の髪にくすんだ蒼い瞳の少女。アルトマイヤーの部下。
戦闘狂ながら上官に忠実であり、バランスの良い能力を持ちますが、当時はまだ戦闘経験が浅く、粗も目立ちます。
若干神秘寄り。一般戦闘・及び非戦闘スキル所持。デュランダルRank3スキルまでから幾つか使用。
上官から拝領した軍刀を使用しています。

●親衛隊フィクサード×2
構成不明ですが、リベリスタ到着時にはキルヒナー神父によって両者とも死亡させられています。

以上です。
ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願いいたします。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ナイトバロンソードミラージュ
坂本 ミカサ(BNE000314)
アウトサイドスターサジタリー
雑賀 木蓮(BNE002229)
アウトサイドスターサジタリー
雑賀 龍治(BNE002797)
ハイジーニアスクリミナルスタア
晦 烏(BNE002858)
ハーフムーンナイトクリーク
荒苦那・まお(BNE003202)
アークエンジェダークナイト
フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)
ナイトバロンナイトクリーク
ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)
フライダーククリミナルスタア
アーサー・レオンハート(BNE004077)


 吹き抜ける風は生温さと酷い血生臭さを含んでいた。纏わりつくように重いそれを一撫でする指先は既に残像。脇をすり抜けた『見覚えのある』聖職服も、僅かに驚きの表情を浮かべる男にも目は留めず、『ピジョンブラッド』ロアン・シュヴァイヤー(BNE003963)は月色の一閃を少女へと見舞う。
「何処の者だ? ……否、何処の者だろうと関係ない、邪魔だ!」
「Freut mich! 通りすがりの信仰者だよ」
 貴方とは相容れないけれど。そんな言葉を飲み込む彼の紅が僅かに細められる。狂犬同士。こんな出来事を、ロアンは知らなかった。そんな感慨にも似た何かに浸る間もなく此方にも飛んでくる散弾の嵐を紙一重でかわして、溜息を一つ。
「――全く、銃ってやつには碌な思い出が無いよ」
 幼い頃に見上げた彼の手にも、何も知らぬ妹の幼い手にも、そして目の前の退けるべき敵の手にも。重たい鉄の塊は存在していた。ろくなものじゃない。そんな呟きが風に乗る前に、飛び込む影はやはり黒。華奢な少女の手にはあまりに不似合いな大剣、否、巨鉈が纏う禍々しいとしか言いようのない呪詛が地面へと滴り落ちる。
「はぁい。通りすがりの強者喰いよ。面白そうな事やってるわね」
 自分も混ぜろ、と挨拶代わりの一閃は、同じく少女にしか見えぬ手が握る軍刀が受け止める。軋みを上げるそれで辛うじて一撃をいなした少女を一瞥。記憶にあるよりどこか不安げないろを宿す瞳に『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は僅かに目を細める。
「初めまして、わたしと同じ匂いのするお嬢さん。ハイデマリーだっけ? あなたの強さ、わたしに喰わせて頂戴な?」
「……自分の仕事は上官の護衛。邪魔をするのなら幾らでもお相手するわ」
 細い声。握る武器も知っているそれとは違う。浅く息を吐き出し互いに刃を向け合う少女たちの横、斜線を遮る様に滑り込んだのはやはり少女だった。
「こんばんわ。まおはヘンリック様達のお手伝いに来ました」
 滑らかな桃色の毛が指先でよそぐ。どれほど不安定な足場もその華奢な体躯はものともしない。蜘蛛に通れぬ場所等存在しない。視線を上げた『もそもそそ』荒苦那・まお(BNE003202) は挨拶の言葉以外何も口にせず、その視線を巡らせた。
 仕事は、酷くシンプルだった。前線に立つ神父の命を繋ぐ事。彼を愛す運命の加護をひとかけらでも零さない事。その為ならばこの身は惜しまない。どれほど敵の攻撃に晒されても、例え守るべき相手に斬られ撃たれても。その仕事を譲る気は一つもなかった。
 それが、今日の自分の仕事なのだから。指先が引き抜く不吉の予言を放る彼女はこんなにも幼いのにその胸が秘める覚悟は酷く重い。その後に続くリベリスタ達を、そして全てを睨み据える神父を眺めて。見覚えのある黒衣を纏う射手は不愉快げにその眉を跳ね上げる。
「これはこれは、貴殿にも『教会』以外のお仲間がいらっしゃったのかな、キルヒナー?」
「その口を今すぐ閉じろ! 貴様は無論、我が祈りの道を邪魔をすると言うのなら全員構わず粛清する!」
 凄まじい銃声とと共に鉛の嵐が吹き荒れる。予想通り此方を拒む神父をいかに守るか。無理難題とも思えるそれを叶える策は既に講じてあったのだ。


 響く銃声の持ち主は少尉と神父だけではない。使い込み磨き上げた銃口は二つ。先ずはご挨拶。示し合わせたように叩き出される銃弾が狙う先は、黒衣の中に煌めく射撃手の誉れ。
「『はじめましてかな』少尉殿、日本へようこそだ」
 どれ程小さな的さえ容易く射抜く。方舟きっての銃の使い手の一人であろう『足らずの』晦 烏(BNE002858)はもう何度目とも知れぬ『時節の挨拶』と共に肩を竦める。この時期は中々に辛いだろうから、土産の一つも持って早々にお帰り願いたい。そんな皮肉と共に加え直された煙草の煙の向こう、無言を貫く『八咫烏』雑賀 龍治(BNE002797)の隻眼は見慣れたその顔に僅かに細められる。
 アルトマイヤー。その名を聞いて、興味を消す事が出来なかったのだ。失われた筈の腕をもう一度見る事が出来る。其処に感じるのは喜びのようで、けれどそれだけとは言い切れない気がした。
「……だが、これもまた一興、か」
 感傷を振り切るように、その首が振られる。多くを語るつもりはなかった。目の前の男は知らずとも、最後に見えたあの日から更に鍛錬を重ねたのだ。常に最高値を。寸分違わぬ射撃の精度を。方舟の八咫烏と呼ばれるに相応しいだけの腕をさらに高みへ。
 磨き上げたこの腕ならば多少は気を引ける。そんな考えはまさしく正解で。神父を追っていた視線が、明らかな興味と高揚を含んで此方を向いた。
「射撃手か! 極東のリベリスタの情報に君達のような射手はいなかったと記憶しているのだが……実にいい腕だ、洒落た挨拶を感謝するよ!」
 銃口が此方を向く。挨拶は返さねばなるまい、と上がる口角。即座に放たれた魔弾はけれど、滑り込む白がその身を以て受け止めた。鮮血が散る。僅かに朱が散るレンズを拭う事なく、『銀狼のオクルス』草臥 木蓮(BNE002229)の手は即座に敵へと狙いをつける。初めまして、なんて思わず笑ってしまうような挨拶を唇に乗せて。
「今から覚悟しとけよ、アルトマイヤー・ベーレンドルフ」
 撃ち出された弾丸は針の穴さえ通る精密さをもって少女の肩口を撃ち抜く。競り上がる鉄の味さえ、喜びに変わるようだった。まさかもう一度戦う事になるなんて。顔には出さないけれど、木蓮はこの邂逅に喜びを覚えていたのだ。
 目を凝らす。その技術を盗むのだ。磨き上げたそれは、射手にとっての魂。それを少しでも盗むという形で胸に刻みたかった。未来に見えた彼と、今見える過去の彼。贅沢だけれど、二人分の狙撃手を余すところなく胸に刻むのだ。
 優れた射撃の手で此方に目を向けさせる。それは一見、成功しているように見えた。けれど、飄々と煙草を燻らす烏は欠片も警戒を解いてなどいなかった。
「世の中何がどうなるか判らないもんだ、これも縁かねぇ」
 再び値遇するとは実に僥倖。そんな感情を覚えさせてくれる彼は、容易く此方の策にはかかってくれない。否。かかってくれなかった。何時かの戦場で聞いた声が、耳を打つ。
『――自分の為に為すべき行動を見誤る程私は落ちぶれた『軍人』では無いのでね』
 だからこそ。その言葉を同じ場所で聞いた『it』坂本 ミカサ(BNE000314)と彼の最期を見た『OME(おじさんマジ天使)』アーサー・レオンハート(BNE004077)が動いているのだ。接触直後から、邪魔にならずけれど神父に向く攻撃は全て受け止める立ち位置を崩さぬミカサと、即座に『教会』リベリスタを癒し、また仲間と神父達の回復のみに重きを置いたアーサーの活躍はまさしく万に一つの失敗さえ防いだと言っても過言では無かった。
「……俺達の目的は猟犬を退ける事。水を差して悪いね、だけれど……貴方がこれ以上消耗すると俺達が困るんだ」
 近く、この地に災厄が舞い降りるから。小さな声を神父は妄言と笑うだろうか。それも良かった。折角の舞台は万全でなく不確かで不明瞭。有り得なかった筈のアンコールは、再演では無く番外編だった。エンドロールさえ終わったはずの物語のプロローグ。本来ならば触れることの出来なかったそれに目を凝らして。
 どれ程この身が傷つこうと、己の仕事を果たす。感情と仕事は別物だ。何処までも冷静に血を吸って纏わりつくインバネスを雑に払う。神父を守るべきなのであれば、その身を盾にすればいい。ミカサだけでなくロアン、木蓮、まおが負ったその役目は間違いなく彼等の命を削る筈であったのに、それをさせないのはまさしくアーサーが齎し続ける回復故だった。
 任務を第一に、可能な限りの仲間を回復範囲に収めるアーサーは決して安全では無い。けれど、彼はその行いを躊躇わない。白い翼が仄かに紅に染まっている。それでも、彼は遥か遠き神に語り掛ける事をやめはしない。
「やれやれ……神秘とやらも困ったことをしてくれる。気をしっかり持て、お前達は必ず助ける」
 この世界での行いはどのような結果を齎すのだろうか。そんな考えを巡らせながら、疲弊しながらも命を繋ぎ止めた『教会』の男に声をかける。それを聞きながら、ロアンはちらりと此方に一瞥もくれない神父を見やった。
「うちの教えは博愛主義でね。勝手に助太刀させて貰うから、宜しく」
 有難くも神に頂いた寵愛なのだから、大事にするのも孝行だろう。そんな囁きと共に、ロアンはハイデマリーを呼ぶ。冴えない野郎ばかりではなく、自分とも遊べ、と挑発すれば僅かに跳ね上がる眉。狙い通り、と微かに笑った。
 神父は間違いなく気狂いだった。けれど、それでも。自分の上司で、大事な妹が尊敬する人なのだ。フランシスカごと此方を巻き込む烈風に頬が裂けて、それでも足は止まらない。その足跡は既に残像。纏う煌めきが引くのはロアンの勝ち札。
「悪運勝負といこうか、無視なんてつれない事はさせないよ」
 誰より理不尽な引きで理不尽に勝とう。然程信じてもいない、あまりに理不尽な神様のように!


 戦いは圧倒的にリベリスタの優位に進んでいた。神父を守るか殺すか。相反する目的をぶつけ合うには、たった二人の親衛隊はあまりに不利であったのだ。どんな攻撃も、防がれれば無意味。どんな傷も、癒されれば無意味。
 それを体現するように、ミカサは引き抜かれた軍刀が放つ居合をその身で受ける。鮮血が散る。僅かによろめいた彼の背を、支えたのは仲間の誰でもない、大きな手だった。
「何故そこまでする」
「……貴方の中に神様はいらっしゃるんでしょう、きっと、多分。貴方達がその為に力を奮うのならば、……俺は世界の終わりを防ぐ為だけにこの身を使っている」
 それだけの事だった。だから教えてくれとレンズ越しに後ろの男を見遣る。神様がいると言うのなら、その銃を以て。この理不尽な世界に手を伸ばす神とやらを見せてほしい。
 僅かな間。それまで此方に欠片も気を払わなかった神父が、僅かにその足を下げる。最前線一歩手前。その位置取りが示すのは、共闘の姿勢。
「Wachet! betet! betet! wachet! 我が神に祈れ、我は神の裁きの代行人!」
 彷徨。凄まじい勢いで連射された弾丸が敵のみを巻き込み轟音を立てる。その隙をつくように、続けざまに戦場を満たしたのは福音伴う癒しの烈風だった。まさしく無限機関。削った魔力を容易く補うだけの術を持つアーサーだからこそ可能な永続的回復はどんな傷も呪いも許さない。
 圧倒的だった。よろめいた少女を、その奥の少尉を見つめて、アーサーが覚えたのは願いにも、憐憫にも似た感情だった。杖を握る手は、あの日の緊張感をまだ覚えている。大切なものを失って、そのために死んでいった男の最期を覚えている。だからこそ。
「……気付くことが出来ればいいのだが」
 思わず漏れた声は誰にも届かない。嗚呼。きっと届かない願いなのだ。けれど、気付いて欲しかった。本当に求めているものは自分達のすぐ傍に、もう手の届く場所にあるのだと。
 そんな最中、先に副官を落とさんとしていたリベリスタの戦いは既に終わりが見え始めていた。鮮血がアスファルトを染めていく。荒い息をつくハイデマリーへ、伸びるのはまおの放った気糸。捕えたものは逃さない。縛りつけじわじわと死へ誘うそれはか細くも強靭な蜘蛛の糸だ。
「少しでも、お邪魔になりましたか? ……フランシスカ様!」
「ありがとね、……それじゃ、さよなら猟犬さん。またいつか会いましょ!」
 纏うオーラは暗黒。華麗に可憐にけれど致命的に。振りぬかれた一撃がそのまま勢いよく少女の体を地面へと叩き付ける。其の儘意識を失った彼女の姿は、あの日と重なるようで重ならない。もう二度と交えないはずの刃を交えた満足感を感じながらも、フランシスカは寒気のする気配にその視線を向けた。
「っ……これは困ったな、けれどせめて、一矢報いさせて貰おうか!」
 銃口が動く。その直前の動きは誰もが知っていた。最高値を叩き出すための集中。それに重ねるように集中を高めていた烏はけれど、運命の偶然に隠されたかんばせを僅かに歪めた。先に動いたのは――親衛隊一の狙撃手。
 寸分違わず烏の心臓を狙う一撃が放たれる。スローモーション。本来ならば一撃でその意識を奪われる筈の烏の前に、滑り込んだのは龍治だった。
「一番の見世物を、潰される訳にはいかんからな」
「無茶しやがって! ……でも、格好良かったぞ」
 ぎりぎりでその意識を保った龍治の背に、寄り添う小さな背。背中合わせで少尉へと弾丸を放った木蓮が、小さく笑う。男は龍治がお気に入りで、龍治は男がお気に入り。ならば、この行いもきっとその感情からくるものだ。その先の大詰めを見る為の、布石だ。
「はは、流石のおじさんも気合じゃ避けられんな。……雑賀君に感謝してくれよ、少尉殿」
 今日一番の見世物だ。笑いを含んだ声と共に放つ弾丸はまさしくこの場においての王手。あの日己に刻まれた技術。さらに高みを、と目を凝らしてはみたものの、その技量を裏打ちする歳月に僅かに苦笑した。極みの道は果てが無い。後は己で掴めと言う事か。
 そのまま、引金が押される。駆け抜けた魔弾が、男のこめかみを裂いて。軍帽が遥か高く舞い上がった。
「……君、何故それを、何故その技を知っている? 君は、君達は一体――」
「――退け」
 明らかに狼狽した様子の男へ、撤退を促す龍治の傷が癒えていく。状況は圧倒的リベリスタ有利。そして、男は恐らく最高値を叩き出すだけの平常心を、もう保てない。追う事はしない、と手を広げた龍治に、男は苦く唇を噛み締めて。
「どうやらそれが正解のようだ。……嗚呼、いい勉強になったよ。どんな時も万全の策を講じるべきだ。驕りはこんな敗北を招くのだから。
 Auf Wiedersehen、極東のリベリスタ。次会う時は是非ともその名を教えてくれたまえよ!」
 伸びた手が崩れ落ちた少女を抱え上げる。この日知った敗北と苦渋は未来の、自分達の知る男の糧となったのだろうか。そんな思考を裂く前に、黒衣は闇へと消えていく。


 抱いた感情に名前をつけるとするのならばそれは未練なのか、それとも悔しさなのだろうか。大きく丸い紫を幾度か瞬かせて、まおは指先に触れたカードを見つめる。
 笑う道化。それが齎す不吉は少しでも少女の、そしておくの男の邪魔になっているだろうか。一瞬交わった視線に思い出すあの日。幾度も幾度もこうして阻もうと手を伸ばした日。
「……わがままを言うと、」
 本当は。阻むのではなく踏破したかった。この足で、この手で一撃を入れたかった。けれど、その選択は仲間を危険に晒すものであると、幼くも戦う道を選んだ彼女の本能が首を振ったのだ。
 それは、今だって同じだ。手に力が篭る。僅かな間。顔が上がって、その指先が不吉を告げる。掠めて千切れた黒衣が宙を舞う。今度こそ、もう二度と、その手を届かせる事が出来なくなった背を見送る瞳に滲む感情はやはり名前を付けがたかった。
「彼等の命を救って下さった事、お礼致します。……この先を信じるとは言いませんが、神に刃向う存在が居たならば、私は迷わず祈りましょう」
 沈黙を破ったのは、銃を仕舞った神父だった。それでは、と穏やかさの仮面を被る彼はそのまま踵を返す。そんな背を見上げるのではなく、真っ直ぐ見つめて。ロアンは小さく、小さく息を吐く。あの頃は、恐ろしかったのだ。その戦いぶりが。その祈りが。
 けれど。自分は力を得た。情けない虫けらと嘲笑う過去の自分とはもう違った。並び立つ事が出来るようになったのだ。言葉にならぬ感情を、飲み込んだ。
 嗚呼。彼は此処からまた自分の『お祈り』を続けるのだろう。そして、この先の大きな『お祈り』に、身を捧げるのだろう。そんな彼が見る事は叶わないけれど。彼の教え子は、蒼い髪の、自分の妹は。今、漸く自分の『お祈り』を手に入れたのだ。
 きっと、彼がその身を削って戦い続けるのと同じように。彼女だけの、祈りの形を。
「最後にひとつ聞かせて。貴方は何故その『お祈り』をするの?」
「愚問です――私の信じる神が、私を選んだから」
 それ以上でもそれ以下でもない。狂気とも思える信心の答えは酷くシンプルで。それ以上言葉を交わす事なく。彼は去っていく。そんな声を聴きながら。龍治はもう残響さえ聞こえぬ靴音を追うように視線を流す。この時代。己が戦火と騒乱の中で生きていた頃。彼等は此処に居たのだ。未来を、あんな結末をこれっぽっちも知らないまま。そして、それはこの時代の自分も同じだった。
 交わらなかった運命が次何時交わるか、だなんて。そんな事、人が知る筈もない。嗚呼だからこそ、運命とはこうも面白いのか。微かに笑いかけて、けれど胸を掻く感情に瞑目する。
「……惜しむ気持ちは、未だにあるが」
 もう二度と、この銃声は交わることがないのだ。息をつく。それぞれの想いを抱えて、リベリスタは『過去』を後にする。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
お疲れ様でした。

徹底的な庇う、回復、攻撃のバランスが素晴らしかったです。
心情面も楽しかったです。おつきあい頂きありがとうございました。

ご参加ありがとうございました、ご縁ありましたら、どうぞ宜しくお願い致します。