●神秘の指向性 -1999.7- 男が一人、汚い部屋にいる。 「どぅふ、誤解があるようだ。話しあおうじゃないか」 男は、白い長髪の毛先をくるくると弄り、受話器に耳を当てている。黙っていればおそらく端正な部類の顔立ちであるが、頬肉を一杯一杯に吊り上げて残念な顔に崩している。 「一応のコンセプトは、破界器の『外部強化ユニット』を『量産』だね」 部屋はヤニで汚れた様に一面、茶色である。男は平然と奥のデスクに腰掛けている。格好は白衣である。 卓上の照明が、部屋をか細く照らしている。革醒者が使うであろう、防具や武器がガラクタのように転がっている。 「戦いは数だ。しかしカスタマイズ性で質を実現できるなら、一番手っ取り早く無敵の軍団が誕生する訳だ。ランチェスターの法則だよ。『戦力の大きさは数の2乗に比例する』」 すまん、ランチェスター云々は今思いついただけだ。と男は謝る。 首に下げていたCello Noamskyyとある身分証明をデスクに置いて、懐から煙草を出す。紫煙をくゆらせる。 「ただ、『送ったヤツ』が今の私の限界だね」 デスクの隅に置いてあった木箱を手繰り寄せてフタを開ける。中から水晶の原石の様なものが顔を覗かせる。 男は、水晶の原石の様な物を箱から出して、光りに透かして眺める。 「私の専門は、神秘に指向性を持たせる事だ。わかりやすく言えば、四方八方に散ろうとする力を一方向に向ける。『送ったヤツ』を破界器に装着してみなさいな。性能が極僅かに向上する筈だ。実用性は無いに等しいけど」 タバコの灰が落ちる。 火が消えたタバコを適当にデスク上に捻った事から、よほど不精とみられる。 「過去にも似た事を考えた者は居たけど、小型化や簡略化、安定性のハードルが高過ぎる訳さ。デカくて複雑な程に堅牢で強いからね。量産は構造を簡単にした上で設備が大前提。金出す側も精鋭やら一点モノ信仰のキライがあるしさ」 男は汚い笑い声を盛大に上げた後に、一転してスッと声を静かにする。 「あれだよ。全部クリアできる天才が現れたり、切っ掛けになりゃねって感じかな。私には無理」 男は投げた研究の一端を、知人に送ったという話である。 それを解析して何をやっているかを理解した上で、さらに昇華させる事ができるなら、天才だとおもう。間違いなく天才だと思う――と男は胸裏で反芻する。 「というかね君。リベリスタの絶対数が足りんから、二人目も三人目もがんばってほしいな! 娘さん超可愛いね! なんちって!」 再び、ぐふふふぶひゃひゅと気触れじみた笑いの後、男が電話を切った。 見れば、片手に持っていた水晶の原石の様な物の中央に、黒い濁りが発生している。男は原石をそこら辺に放る。 「さて」 部屋の隅に立てかけた自らの破界器――火炎放射器のところまで行って握る。 振り向くと、濁った水晶の原石が宙に浮き上がる。卓上ライトの細い光りの中、静寂に佇んでいる。 「んー、間違えたかなぁ? フォーチュナが言ったこと。ゴーレム化するなんてなぁ……出力上げ過ぎちゃったかなぁ」 独り言の中で、原石が黒い闇を放出する。握りこぶし大の黒い球体に変わる。 部屋に散らばっている鎧や盾、武器やラブドールが、球体に吸い込まれていく。 「送ったバランス調整サンプルがやっぱり安全か……って」 黒い球体は膨らみ、やがてはじけると、一体の人型が誕生する。 人型はゴテゴテと武器防具を装備した女の姿であるが、敵性エリューションである。 「なんてこったぁ!」 たちまち男が絶叫した。 男の名は、セロウ・ノムスキー。二つ名は『破界器請負人』。 リベリスタに破界器を提供する事を専門としたリベリスタである。ラブドールは私物だが、鎧や盾や武器は、リベリスタに渡す為に拵えたものである。 「作ったもので変形するなんて、あああもう、やめてよね! 『さやか』は私物だ! 返すんだ!」 セロウは、とりあえず火炎放射器でゴォォォとファイヤーしてみるのである。 ●過去の世界へ -Back to the Future- 「E・ゴーレム『さやか』の撃破と、リベリスタの生存を。1999年7月の世界でな」 アークのブリーフィングルーム。『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)が端末を操作しながら、早速に目的を切り出した。 「既に知っているかもしれんが、三高平市『内部』に突然リンクチャンネルが発生した。これまでの戦いや崩界の度合いが影響したかどうかは定かでは無いが、その先は1999年7月の日付を刻んだ日本という話だ」 繋がる向こうは静岡東部――現在の三高平の座標である。 1999年というのは、神秘史における『ナイトメアダウン』と呼ばれる破滅的な神秘事件が起こった年である。 現在、アークの本部になっている三高平は、この事件で消し飛んだ静岡東部に造られた都市である。話の肝は、想像に難くない。 「本当に過去の世界なら、『これからナイトメアダウンが起こる』筈だな」 シン、と静まる部屋の中で、デス子のキーパンチの音だけが静かに鳴っている。 「ナイトメアダウンを目前に控えているかも知れない世界で、リベリスタ達の消耗を抑え、総力を結集させる事ができれば大変意義あるものになるだろう」 『ナイトメア・ダウン』の到来を伝える事と、第二次大戦で頭数を減らした日本のリベリスタ達の総力を集める事。 話は、デス子が最初の告げた目的に戻るというものである。 「このリベリスタ一人で、『さやか』の撃破は無理だな。革醒者としての力量は大して無い。だが奴が作る武器防具は中々なんだ。一部酔っ払って作ったのかと思える様なものもあるが『ナイトメアダウン』で大いに働くだろう」 戦うための武器を補う心算か。 おそらくリベリスタには各々愛用の武器というものがあるだろうが、かの神秘事件と戦う以上、武器が壊れて戦えないなど、あってはならない。 「ただ注意がある。当時の人物を話をする際は、今の情報や身元を伝えるのは厳禁としてくれ。既に任務自体が歴史の改竄なのかもしれないが、口を滑らして当時のリベリスタ達にバラまかれては影響が計り知れんからな。口は災いの元だ」 一人が軽く挙手をする。 「影響を気にするなら、結局このリベリスタはどうなる予定だったんだ?」 「記録の上では、この後に消息不明らしい」 考えられる事は2通りである。ここで果てるのが史実か、あるいはこっそりナイトメアダウンに赴いていたのか。 「ん? 『記録の上』ってどういう意味だ?」 「『生かす方が正』だと知っているからだ。私が」 仏頂面が珍しく笑う。 「私がアークに来る原因になった人物だ。ここで奴が死んだ場合、それこそ歴史が変わる。奴がナイトメアダウンを経験している事も分かっている。奴の生存がここで必須なのはそれが理由だ。この依頼は歴史的な必然という奴なのかもしれん」 しばしの空白の後、デス子がふと首を傾げる。 「こいつが居なかった場合、未だに私はアークに敵対してたかもしれん。それはそれで面白いが、今の生活は満足しているのでな」 首を正した元・恐山の雇われフィクサードは、改めてよろしく頼むと、頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月14日(木)22:25 |
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■メイン参加者 7人■ | |||||
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●セロウ救出作戦 重厚な鉄の扉には、ボイラー室の札がある。 『どっさいさん』翔 小雷(BNE004728)がノブに手をかけた途端、ぶひゃ~という悲鳴の様なものが聞こえてくる。 「っ! もう始まっているのか」 蹴破る。飛び込む様に突入すると、『さやか』がセロウの上で、マウントポジションでいる。 「げふ! ごふ!」 ゴスッと殴られている。ボコボコにされている。 「俺は雷電(léi diàn)! アークの要請で助太刀に来た。安心しろ、俺達は味方だ」 小雷が高らかに立場を名乗りあげると、敵はリベリスタ達へ振り返る。 「すみません! 大丈――じゃないですよね」 『番拳』伊呂波 壱和(BNE003773)が、掌より神秘の閃光弾を投擲する。弾けた光に『さやか』は視力を失ったか硬直する。 続いて壱和が黒塗りの太刀の切っ先を敵へ向けると、場に防御の布陣が駆け抜ける。 『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)が、壱和の様子をチラっと見て次に『さやか』へと視線を戻す。 「過去の世界……ふぅん。何でもアリなのねー」 相手の防御がどうであれ、それ以上の火力を叩きこめば良い。 ワンドをくるくる回して、握る。呟く様に詠唱しながら上から下へ、振り下ろすと『さやか』上に異空間が開く。 「まぁいいわ。きっちりやる事やって帰りましょう」 星の鉄槌が下されて、クレーターが生じた。 直撃だが『さやか』は窪みのど真ん中でムクと上体を起こす。 「おー、昔の大先生は痩せてたんだねぇ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)はセロウを見る。 よく知る人物の面影はあんまりなく、正確には馬乗りでボコボコにされて歯が飛散してようやく近づいた感があった。 「運動不足が祟ったというには、ここからの変化っぷりは中々無いな、と」 考えながらも流れる様な動きで、弾丸を放つ。真っ直ぐに『さやか』へ刺さり、バリンとガラスが砕ける様な音が響く。 「砕けたな」 「ありがたい」 『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)が、たちまち跳躍する。足場の悪い地形を翔け抜ける。 「ここでセロウ氏を失う訳には行かないのでね。……変身ッ!」 翔け抜けながら幻想纏いを用いて、宙で一回転。スーツを身にまとう。 全ての異常を捩じ伏せる気魄を纏って『さやか』の腕を掴む。 「力を示せなければ説得力も生まれない……か」 『さやか』はこれを剛力で振りほどかんとした。疾風は力の強弱緩急で抑えこみながら、視線をセロウへ向けた。 「故あってリベリスタの一人として加勢に来た」 「ぶひゅ」 血反吐を吐くセロウは、要領のない返事をする。 疾風へ、もう片手のフィンガーバレットが向けられる。直撃すると思った途端、敵の腕は高い金属音と共に跳ね上がった。 『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の、発射音の無い弾丸である。 「地下の室内で火炎放射って酸欠にでもなりた――っと、じゃなくて、今のうちにこちらへ来てください。早く」 顔をボコボコに腫らしたセロウは、芋虫のように抜け出る。 「おいすーとりあえずこっち側きなしゃんせ」 『不正適合』戯 ぐるぐ(BNE005021)が、芋虫の如きセロウに近づいてずるずると引きずる。 「面白い情報も持ってきたよ。あれ片付けたら教えるよ」 「……ぶひゅ?」 歯が欠け、頭に凹凸ができていて、もし髪が無かったらジャガイモの様な形をしているであろう。重傷確定である。 「セロウちゃんはアレの親なんでしょ? 特性とか弱点とかないの?」 「中枢、を叩けば、多分」 ぐるぐの声が「だってさー」と響き渡る中、烏が覆面の上から頬を掻いた。 「エネミースキャンあれば一発だったかもか」 薬莢をりんと落とす。次弾を装填する。 小雷が真っ向走り抜けて、疾風に加勢する。『さやか』の脇腹へ一撃を加えるも、硬い手応えを感じる。 「Eゴーレムになってしまった以上『さやか』はただでは済むまい。セロウには悪いが破壊させてもらう」 防御性能を無視する一撃へと咄嗟に切り替えて、衝撃を流し込む。 流し込んだ衝撃の途端に、ゴーレムから漏れ出てくる神秘を超直観が捉える。 「奇妙な」 小雷が感じたそれは、普段からよく知っている様な感触というべきか。 ●『シード』のE・ゴーレム 順調に削っていく。 「貴方が作った『それ』の、防御を強化させるスキルが邪魔なのよね。フラッシュバン使えるなら、ブレイクしてくれると助かるんだけど?」 シュスタイナから、セロウへの呼びかけもあって、『さやか』の鉄壁は必ず砕ける程までに手厚い。 尚、デフコン5――セロウのEXは、あばたに怒られたので使ってない。 「不思議な感じですね。ボクは、その完成品を未来で見ていて、目の前に試作機」 敵が背負っている武器を見て、壱和が呟いた。シュスタイナが応答する。 「そうね。粋狂堂さんのアームズだったわね」 二人は武闘館が解禁した時分に、エキシビションマッチという名目でデス子(ともう一人の)ペアと一戦交えている。 その際、EXデス子が用いてきた武器が、眼前のドリルバンカーであった。 「昔に比べるととても頼もしくなったわね。隣にいてくれると、とても心強いわ。頑張りましょうね」 シュスタイナは、あの時と同じように相棒に微笑む。 「えへへ。ボクもシュスカさんと一緒だと、元気でます。頑張りましょう」 壱和もふにゃっとした笑みを返し、二人の連携と攻勢を強めていく。 小雷は、その称号の『どっさいさん』が通り、足を肩幅大に広げ、右肘を大きく引く。 「関係ない。押し切る!」 引いた肘をから先を真っ直ぐに突き出す掌打が『さやか』の胸部へとねじ込まれる。とほぼ同時に。 「デスティニーアーク――」 疾風が『さやか』の肩に手を乗せて、そこを軸に背面へと回る。小雷が穿った攻撃の反対側から更なる一撃を加える。 「ハアッ!」 交差する疾風と迅雷といえようか。 シールドが張られようとも、内側から破砕する一撃と、外へ逃げようとした衝撃を押し戻す。 バン、という音と共に『さやか』の頭部、眼球などが飛散した。 「よし」 小雷が尻目で後方を一瞬見て、横に首を傾ける。疾風もこれに頷いて『射線』から退く。 発砲音が響き、真っ直ぐに走り抜けてきた弾丸が、飛散した眼孔へと突き刺さる。さらに無音の発砲音が全く同じ場所へと刺さり、二つの弾丸が『さやか』の後頭部から抜けていく。 「ふう、ドリルバンカーも何度も応対しちゃいるが、兎にも角にもバンカーの正面は鬼門だ」 烏は『さやか』に対して斜の位置で、立膝姿勢から硝煙をくゆらせている。 「物神防御強化? HP30%から本気? 知らんなあ」 あばたが携えるロングバレルのピストルの先端からも、硝煙が立っている。耐えられようと耐えられなかろうと、存分に食らえばよろしい、とフッ硝煙を吹き消す。 烏も煙草を咥えて『さやか』へと呟く。 「思えば『人生に潤いが必要だと思う』と首をつっこんで以来、『さやか』の後継と何度もやりあっちゃいるが」 ん? もしやラ○ドール? と口に出しかける。伏せ字は烏の良心的である。 2014年8月時点で、まだ後一つ存在する『最後の作品』への着想なのか――と考えかけてやめる。 「んんー、なるべくなら武器を壊さず部位破壊的に。接続箇所だけ破壊して取り外せたらいいよね」 ぐるぐの指先から、レーザーの如く気糸が放たれる。 真っ直ぐに伸びて、今貫通したばかりの『さやか』の眼孔を貫く。突き抜けた先で気糸を直角に落とし、ドリルバンカーを貫く。 「手応えーありー」 先に、セロウから聞いた中枢は何処かと考えた結果である。 ぐるぐ『達』もまた『さやか』の後継機と何度か戦っている。集めた情報の上では、そのポイントは決まっている。なるべく他の装置は傷つけない様に一点を狙う。 強化シールドをなるべく早い段階で砕き、後続が痛手を加えていくリベリスタ達の作戦は功を奏したといえた。 たとえ何人かがシールドの上から殴る事になろうとも、小雷の攻撃は確実に通る。 「……天使ってネーミングいい加減何とかならないの、これ」 そしてシュスタイナの手厚い回復。 「もう一度。ディフェンサードクトリンです」 壱和の防御の布陣によって、リベリスタ側が崩れるには多くの時間を要するまでに、安定していた。 このまま続ければ撃破は容易い。 ただし何事もなければ、である。 順調に戦いが進み、『さやか』は所々破損する。いよいよ終盤とも見られる中で、小雷の力強い声が場に響き渡った。 「来る!」 敵の変化の予兆は、超直観を用いて注意していたが故に、小雷が真っ先に察知した。 敵が背負っている88mm大陸弾道ドリルバンカーが、ぐるぐの気糸によって落とされた瞬間であった。 ドリルバンカーの一部が展開されて、水晶の原石を思わせる何かが現れる。 そして直ぐに閉じられる。 「シード?」 壱和が『ひょっとしたら』と事前に考えていた事である。一瞬見えたもの。 目の当たりにした結果、確信を得た。薄暗い黒さが場に広がると同時に、全員の得物に薄暗い何かが纏わりつく。 「何が起こった?」 疾風が疑問を浮かべた瞬間、『さやか』の握り拳が飛来する。 「っく!」 両手を交差させて受ける刹那に、腕がへし折れんばかりの衝撃が走り抜ける。奥歯を噛みしめて耐える。耐えるも弾き飛ばされる。 小雷が察知して警戒を強めたのにも当たる。精密さが特に上がっていると言えた。 「『暴走プロトシード』か」 疾風は口角の血を拭って立ち上がる。 ●『箱舟』緑風魔術高潔分身即死完璧福音黒心匠直感雷光ゴールドアメジストトリプルスリーローズクォーツエメラルド混乱耐性砦ノックバックTadukuri... 『さやか』が88mm大陸弾道ドリルバンカーを右手に携えた。 敵の威圧感、気魄というべき何かが、フェーズ3相当のエリューションを想起させるまでに沸き立つ。 キィイイインとドリルバンカーから甲高い音が鳴る。 身構えた小雷へ、不意打ちのようにおっぱいミサイル――ジャベリンが飛ぶ。肩を貫通し後方の壁をぶちぬく。肩から滴る赤い液を吸ったバンテージは、赤黒くなっていく。 「底力――なんてもんじゃないな」 自らの拳を握って得物を確かめる。薄暗いものが纏わりついているが、性能が落ちた訳でもない。 砲塔が顔面に向けられる。仰け反る様に上体を逸らした途端、ドリルが走り抜けていく。 一瞬で、壱和の脇腹を浚っていく。 「っ!」 「壱和さん! 今、回復を」 シュスタイナが癒しの光を放つも、傷が深い。 「……予備動作、気をつけていたのに」 壱和は、一撃で体力の大半を持って行かれたと感じた。あと一撃で運命を燃やさねば戦えなくなるだろう。 戦術を駆使する以上、その先のことも考える。 今、小雷が辛うじて回避したものの、今の一撃で自分を含めて窮地になっていた可能性が高い。 「……散開、してください」 壱和は息も絶え絶えに、言葉を絞りだす。 「成程。シード。シードのE・ゴーレム、ですか」 最前線から一歩引いて、多少に思考の余地があるあばたが納得した。 得物に纏わりつく薄暗いオーラのようなもの、敵の精密性が格段に上がった事、全員が多く装着している『ゴールド』という名の。 「相手にも適用されている、と考えるのが妥当でしょうね。バグだか仕様かは知りませんが」 「Tadukuri...」 烏が自らの勲章を見て施設の名前を言う。 「避けに関わるシードの数が少なくて良かったというべきかね」 烏がタバコから灰を落とす。詰んでいた可能性が頭を過ったのだが。 「大先生も手貸してくれないか。デフコン5」 セロウは、何で知っているんだと驚愕の視線で烏を見る。 「押し切ろう。そうしよう」 飄然と、ぐるぐが掌を相手に向けてかざす。 プロアデプトとしての計算の上で、敵は残り30%を切っている事。一撃で戦闘不能間近まで追い込まれる事。最終局面である事。覚悟を決めろの意図を一言に集約する。 かくして、殺るか殺られるかを、走り抜ける様な戦いに移行する。 「どんな敵だろうと撃ち貫くのみ」 小雷の左掌打が『さやか』の胸中央を再び穿つ。 「もう一撃!」 身体を一回転させた右掌打が、敵の顔に放たれる。バンと顔の表面が砕けてシリコンの体表から無貌のプラスチックが露出する。 ヒットアンドアウェイでもって、場を一旦退く。 繰り返される攻めと攻めの中で、放たれた敵の弾丸がリベリスタ達の体力を大きく削り、削った上から、更にドリルが飛んでくる。 「っ痛!」 ドリルがシュスタイナの肩を貫く。癒やしの光で直ぐに穴を復元する。 「シュスカさ――」 悲鳴に近い声を出しそうになった壱和であったが、次には頭を切り替える。 『これで10秒稼いだ。戦闘不能者無し』と胸裏に浮かべる。 「オフェンサードクトリン。一斉攻撃です」 冷徹、と後に自己嫌悪しそうではある。だが身を安じて心配を重ねる事が『頼りにされる事』ではないと、攻勢戦術を展開する。 戦術による追い風を受ける様に、疾風が疾走る。すれ違いざまに叩きつける乾坤一擲の。 「デスティニーアーク!」 疾風の余力は尽きる。『さやか』の四肢から破界器が弾けるように飛散して、ドリルバンカー内部からも『かのシード』が飛び出した。 『かのシード』は宙に浮き、未だ『さやか』を動かしている。 「あと一押し」 ぐるぐの気糸が伸びる。敵の中枢を貫き、巻きつける。 思いっきり引くと、連動する様に『さやか』が両膝をついて場に崩れる。 「プロトシードは頂いていくよ!」 ぐいぐい引っ張る。 「大先生。さやかを燃やすんだ」 烏がぽんとセロウの肩に手を置く。 「びょ!?」 頓狂な声を出すセロウであったが、ためらいながらも一旦火を見るやノリノリと化す。 「デフクォォォォン! ふぁいぶ!」 セロウのデフコン5に対しては、前衛二人は特に気をつけていた事である。 射程に入らない様に打撃と同時に距離を取った事もその通り。炎が走り抜けて『さやか』を燃やす。 「先生の才能は、よく知っているからな。ここで失う訳にはいかない、とな」 放たれた弾丸は、炎を逆巻いて、解けたプラスチックの頭部を完全に消し去る。 「致命的な攻撃がわたしの強みの一つです。耐えられようと耐えられなかろうと、存分に食らってもらいます」 あばたが、大小二丁を向ける。 中枢と『さやか』。どちらを狙うか。 「データ取りとか諸々言い訳考えて来たわけですから――」 最後の一撃は、小雷と疾風が何度も攻撃を加えた胴。 無音の弾丸は、空間を削りとったかの様に、『さやか』をバラバラにする。 「壊しては説得力ないでしょうよ」 ●『次』へと繋がる話 リベリスタ一同の口から、災厄が語られた。 「ふむ」 セロウは、シュスタイナに癒されながら首を傾げる。 「といっても、私は大して強くないからぬん」 「お願いします。貴方の力を貸してください」 壱和が頼み込むように頭を下げると、疾風もフォローを入れる。 「破界器に定評があると聞いている」 セロウは機嫌を良くしたかぶひゃひゃひゃと大声を出した。 「そこまでいうなら、リベリスタの端くれだ。少し見繕っていくかね」 セロウが『さやか』の残骸へと足を運び部品を探る。 「(この様子なら大丈夫そうだな)」 小雷がデスクの脇で壁に背を預けていた。 「雷電君といったかな。君達は何者なのかい?」 「む……余所者の手前詳しくは言えんが、そなたに恩のある人間からとだけ言っておこう」 あばたがセロウの白衣の裾を引く。 「我々は近所のリベリスタです。こっちも一応商売なので。データ取りとか諸々。企業秘密についてはご勘弁を」 「そんくらい強いんなら、噂くらい引っかかっても良いもんだがのん」 対してあばたは細けぇことはいいんだ。と無理矢理納得させるのであった。 戦いが終わり、戦いの空気が静まって、各々力抜けていく。 「済まない大先生」 「ぶひょ?」 烏が、思い出したかのようにセロウの肩を叩く。 「研究データのコピーを良ければ貰えないだろうか」 あばたの事前の発言もあってか、一応にデータ収集が目的であることに、ふむと唸る。 「一人天才に心当たりがある。解析をする事で、新しい見解を得、先生の研究にも進歩をもたらせるかもしれない」 提供出来る範囲で構わないと付け加える。 「先生なんて言われる程なぁ。ま、分かったとも。そうだな」 セロウは『さやか』の残骸から何かを探す。見当たらないのでキョロキョロと見回すと、ぐるぐが光に透かして眺めている。 「う?」 「おお、まだ原型を留めているな。持って行くがいい」 E・ゴーレムの本体――水晶の原石が如きもの、そのものである。 「天才とやらに見て貰うといい」 首を傾げたぐるぐがドリルバンカーを指差した。 「セロウちゃん。コレ貰っていい? ボクの片腕もそろそろガタがきてるから新調したいんだよー」 「これは、その災厄とやらに持って行こうと考えていたのでねーちょっとむつかしい」 ぐるぐは、ちぇーっと残念がった。 : : : セロウは黒電話のダイヤルをまわした。 「もっしロゼット、さっきの話の続きで……ヒモの旦那の方か。奥さんいるくぁい?」 ここが過去ならば、遠くない未来『安定版の試作品から進化したモノ』が多くのリベリスタの手に渡る。 この日、存在すら知られていなかったもう一つ試作品は、1999年の世界から完全に消失したのである。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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