●街にある者。人とある者。 ひしゃげた車の列は後から後から広がって、複雑に色を組み合わせた扇のよう。ビルは中央で真一文字に切り裂かれて、複数の民家を蓋するように押し潰した。おびただしい瓦礫が道を封鎖する。命の逃げ場を封鎖する。 幾重にも折り重なった喧騒・苦痛・嘆きの狂騒も今は遠く……全て、終わったものだと思わせる。 だがそうじゃない。何事かを叫ぶ眼前の声が遠く微かに響いていた。悲鳴を拾う自身の意識が遠ざかっていただけだ。 「しっかりしてください課長! 僕が安全なところまで運びますから、そこから退避してください!」 退避……? ……逃げるだと! 朦朧としていた意識がはっきりと覚醒した。芯から響く痛みに構わず立ち上がる。 「無茶です課長! 今は退いて、後日改めて署の革醒チームを動員して掃討しましょう!」 この地の警察には革醒者ばかりを集めたチームが存在する。新米の村田が所属する捜査一課も刑事課長はじめ能力者で構成され神秘事件にあてられるチームだ。 だが今回の事件、捜査一課だけでどうにか出来る範疇をとうに越えている……が。 「大馬鹿者!」 指で現実を指し示す。 炎上した車は漏れたガソリンを辿って炎の道を作り上げ、ガスに混じって濃厚な死臭が漂った。潰れた家屋から流れるおびただしい量の赤い水溜りが、瓦礫の下にあるものを物語る。 「今ここで食い止めなければ、この光景が明日にはこの国の常識になるかもしれんのだ」 悲鳴はまだ聞こえてる。生きている市民がまだいるのだ。 「力が届かなければ逃げればいい。無駄死には馬鹿者のやることだ。 だがな、現に逃げ遅れている市民がいる。その人らの安全を確保するのがわしらの仕事じゃないのか。 市民見捨てて尻尾巻いて逃げる警察が何処にいる。そんなやつは大馬鹿者だ!」 言葉を切って眼前の顔をじっと見つめる。 幼さを残す警察学校を出たばかりの新米はもう存在しない。あるのは、決意に色を染めた泥臭い男の顔だ。 「生き残ってわしに一人前と証明してみせろ! よし行け!」 「はいっ!」 翼を広げた村田が指示した場所へと飛んでいった。その背中を見送って、自身も歩き出す。血を流しすぎて重い身体を引きずって向かう……そこは、わざと村田に避けさせた場所だった。 ――あいつも、他のやつらも、こんなところで死なせるわけにはいかんのだ―― 気絶した市民の身体が持ち上げられた。それは人の形をした金属のマネキンのような存在。僅かにも表情を動かすことなくただ無機質に腕を向ける。 鋭利な刃物であるそれを無造作に振り降ろす――瞬間、音を響かせて腕が破砕した。 何の感情も見せずソレはゆっくりと振り返り…… 「綺麗な顔だねぇおい」 狙撃者はスコープ越しに顔を合わせる。感情のない能面。命を奪う行為を繰り返しながら、忌諱感も覚悟もないその表情……ただ人を殺す機械。 続く銃弾がその頭部を吹き飛ばした。 「そんな顔で人を殺す輩を、誰一人見逃しゃしねえよ」 命の重みを知らない下種どもにこれ以上好き勝手やらせるか。次の獲物を狙い求めて…… 口笛一つ。マネキン――アザーバイドが複数こちらへと向かってくる。どこかに指示を出すやつがいるらしい。 「てめぇら程度で捜査一課の大山さんを殺せるかぃ? おっと、さんは付けろよ下種野郎ども!」 地に転がるアザーバイドに止めを刺すのも幾体目か。懐から葉巻を取り出すが、返り血で湿っているのを見て舌打ちして放り投げた。 そのまま、固めた拳で無造作に壁を殴りつける。封鎖していた瓦礫を砕けばなんとか人が通れる程度の道を作り、背後で隠れていた数人の市民を顎で促す。 「あ、ありがとうございます鷹司さん」 子供を抱きかかえた市民を護り乱闘を続けること数分。捜査一課でもその実力がよく知られた鷹司も、身体はとうに限界が近い。それでも。 「いいからさっさと行きな。お前さんらの仕事は1秒でも早くここから離れることだ」 現場の外まで行けば警察の応援部隊に保護されるだろう。それまで、自分がやることは唯一つ。 夏の日に不似合いな黒のロングコートを翻した。握り固めた拳を向ける、その先に先程まで相手した数を倍するアザーバイド。 「……葉巻がないと格好つかないな」 ため息を吐いて、鷹司は拳を振り抜いた。 市民の退避はまだ続いている。部下たちが決死の覚悟でそれをしているだろう。 捜査一課を率いる刑事課長の眼前にはアザーバイドのリーダーがたたずむ。家屋以上の背丈を持つ巨大マネキンは、意思の繋がった部下たちに指示を飛ばしているようだ。 単体では大したことのないマネキンたちも、その指揮によって統率の取れた狩猟犬のように市民を追い詰め狩っていく。 誰かがこいつの相手をする。そしてそれは、自分の役目だ。 最後に大きく息を吐く。鷹司、大山、村田。部下たちはそれぞれ命がけで任務をこなしているだろう。 そしてもう1人。ここにはいない部下を思う。 情報通で要領のいいやつ。独自のコネクションを築きこの地区にも詳しい。だから先行する捜査一課の中で、唯一後詰めの応援部隊の編成を任せた。やつなら手早くまとめ出立し、瓦礫で封鎖された街でも通れるルートを導き出して救出に来るだろう。多くの市民は救われるはずだ。 だが戦いには間に合わない。それでいい。それぞれの役目を果たせばいいのだ。 自分はただ時間を稼ごう。 「警察官が、市民見捨てて逃げるわけにはいかんのだ」 口癖のようになったそれを呟いた。 ●今ある世界。明日ない世界。 彼らは戦うだろう。最期まで。 勝ち目がなくても。最期まで。 彼らは警察で、市民を護る者。 明日世界が滅ぶとしても、今日命を護るだろう。 「彼らがここで命を落とす運命かどうかはわからない」 目を閉じたまま『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は続ける。リンクチャンネルの先に広がる過去の日本。三高平もアークも存在しなかった時代のことを全ては把握できてはいない。 ましてリンクチャンネルの先。今起こっていることを見るのが精一杯。この後どうなるのか。自分たちが介入すればどうなるのか。何も情報はないのだ。 「……日本を襲った『あの日』はリンク先の世界ではまだ先の話。その日に備えて、1人でも多く戦えるリベリスタを残したい」 放っておいても応援部隊が間に合って彼らは助かるかもしれない。だが、人のために命を賭せる彼らを救い、信頼を得てやがて訪れる破滅的危機――『ナイトメア・ダウン』の到来を伝える。それは世界の危機に対する重要な一歩になるかもしれない。 「それと、自分たちの正体は明かさないでね」 未来のチャンネルから来たという情報は大きすぎる。過去に存在する人々にとって、ナイトメア・ダウンへの関わり以上の結果をもたらしてしまうだろう。 それにより説得は難しくなってしまうだろうが……どのみち信頼を得られなければどんな言葉も無意味だろう。 アークの悲願、日本が壊滅的な被害を受けたあの日の回避……そのために。 「彼らを救い、世界を護る一歩に繋げて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:BRN-D | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月11日(月)22:46 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●過ぎ行く季節の忘れ物 半壊したビルが音を立てて崩れ落ちた。舞い上がる煙は視界を覆い、状況は空からだって見渡せない。 元の姿が想像も出来ない崩れた町並みを、どこか懐かしく見つめる男の脳裏には何が浮かんでいるのだろうか。 「参ったぜ。この街の忘れ物に、こんな形で再会とはね」 この時を覚えている。この先を知っている。『ウワサの刑事』柴崎 遥平(BNE005033)はぐるりと周囲を見渡した。 その光景を焼き付けて。かつての痛みを胸に刻んで。 AFから入る仲間の通信に的確に指示を飛ばして遥平はハンドルを握る。 どの道が封鎖されているならどこが通れるか。非合法な抜け道も含めて、この街に遥平が知らない場所はない。 各方面へ向かう仲間を案内し、自身は一路南へ。駆け抜ける車の回転灯が街を染め上げた。 ――瓦礫の街にサイレンが鳴り響く。 銃弾が銀色の皮膚を穿った。侵攻を一歩遅らせたそれが続く前に別の個体が数歩間合いを詰めていく。包囲は縮まり、そのたびに背後の市民が悲鳴を漏らした。 牽制にもならない自分の銃撃に嫌気がさす。大山さん並みの腕があれば数発も掛からず仕留めただろう。鷹司さんなら包囲される前に突破口を作ったはずだ。 結局、自分の未熟のせいで市民が危険に晒されている。歯噛みして村田が銃を投げ捨てた。その位置まで近づかれたのだ。 「くそっ、来い!」 「……着いたよ。案内ありがと」 来るとは思っていなかった返答にぽかんとする。言葉を発したと思った眼前のマネキンが一際大きな音と共に破砕して崩れ落ちれば、その奥の女と目があった。それが少女と呼べる年齢であるならば混乱を促進し。 村田の混乱など気にした風もなく『ならず』曳馬野・涼子(BNE003471)は仲間との通信を切った。状況を見渡してふいと背中を向ける。その進路がマネキンであることに気付いて村田は思わず危険だと叫んだ。 「……危険?」 怪訝な表情で涼子が振り返る。その背後に迫るマネキンの刃。刹那、崩れ落ちたのはマネキンの方だ。 「だから、ここにいるんでしょ」 ――違うの? 市民を護る為に危険に飛び込んだのだ。そう告げる涼子の深い瞳から目を逸らせない。 「刑事さん、市民の避難をお願い」 迫る敵から目を離さず口にした言葉に、村田は頷いて市民を促す。 刑事というものに苦手意識を持つ涼子は、すんなり言う事を聞いた村田を意外に思ったようだが……まあ何でもいいさと可変双銃を構えた。 銃口の先にマネキンが映る。殺意を向けられてもその表情は変わらない。その腕はここまでに襲った市民の血で赤く染まり…… 嗚呼、確かに…… 「ムカつく顔だ」 目を細めた涼子の指先が器用に動く、そのたびに銃は形を変えて。連続する銃声の後に固めた拳が突き抜ける音。呑み込み喰らう大蛇の如く、アクターと共に演じきって。 次の敵へと向かうその背中を村田が見つめる。涼子の言葉をすぐに受け入れたのは当然だ。突然現れてペースを握る涼子に、その印象的な瞳に心すら惹きつけられていたのだから。 ●黒い地面を踏み越えて 振り上げた腕が勢い余って家屋を薙ぎ倒す。 空間ごと切り刻まれた足場に、まともに受ければ助からないと強制的に理解させられ。捜査一課の刑事課長はそれでもこの場を退くつもりはない。 拳をかち合わせ前に出る――瞬間揺れ動く地面に足を取られた。 ――っ、油断した! わずかな硬直の間に刃が空を舞う。傷だらけの身体に吸い込まれ―― 巨大な刃は打ち砕かれる。 空に響く派手な破砕音。蹴撃から体勢を整えて、呆ける刑事課長と巨大マネキンの間に降り立った少年『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)がにかっと音を立てて笑みを見せ。 「どーも、通りすがりの民間リベリスタだよ」 避難しろと叫ぶ、前に敵を振り返った夏栖斗のその表情に何も言えなくなった。 そこにある決意の顔を。 「腕に自信はあるよ。誰かを助けることのできる力があるんだ。使わないわけにはいかないだろ?」 そんな男の決意に、水を指す真似が出来ようか。 刑事課長の考えの変化を読み取って、夏栖斗が紅と漆黒のトンファーを構える。 「んじゃ、気合入れて耐えてみっかな。しゅん!」 前を見据えながらの言葉に大いなる意思が応えた。突如降り注いだ陽光にその深手と言える傷が癒されていく。戸惑う刑事課長に後ろから言葉が掛けられて。 「一般人はすっこんでろっ! とは言われなさそうだなー」 手伝うさーと『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)が楽しげに口にする。 気楽に、強気に、極当たり前のように。危険な地に立つ彼らに一体何者なんだと言葉が漏れる。二人は一層楽しげに振り返るのだ。 「通りすがりの正義の味方!」 眼前で始まった戦いは、彼らの実力が自分を遥かに越えていることをすぐに理解させた。 複雑な面持ちも束の間、3人目がいた事実に気付き目をやった刑事課長は思わず息を飲む。近づく男のその風貌を見やって。 「県警本部の柴田です。柴崎刑事からの応援要請を受けて先行してきました」 サングラスを付けて偽名を名乗る遥平はあえてこの時代の自分の存在を強調して。年齢の違いもあって刑事課長は納得したように頷いた。 視線で仲間を示す。防ぎ癒す彼らのその危なげない動き。 「戦闘は彼らに任せ、捜査一課は市民の避難を」 続けて指示する避難場所に、ふむと考え込む。 「間違いなく柴崎の指示ですな。あの大馬鹿者が考えそうな抜け目のないルートだ」 わずかな苦笑を見せて、遥平は各刑事への指示を頼む。 その様子を、崩れ落ちる瓦礫を稀な平衡感覚でもって駆け抜ける夏栖斗が横目にして。 ――彼らはここを切り抜けても、ナイトメアダウンを超えることはできないのかもしれない。 それでも。 「彼らと同じだ。明日世界が滅びるとしても助けない理由になんてならない」 「まずは少しずつ、ここから修正を始めていこう」 過酷な過去を少しでもよりよくできるように。俊介が神秘を発現させるたび傷ついた身体が癒されていく。避けられない傷も、癒せない傷じゃない。ここに自分がある限り。 ――俺にできることを、最大限にやるんよ。 「って事でカズト! 頼んだぞー遠慮無く技をぶっぱしなー。柴崎もな!」 「柴田だ!」 遥平が抜いた2.5インチのリボルバー。巨大マネキンの頭部を狙った銀の魔弾が音を立て。 意識のない市民に振り下ろされる刃。連続する射撃でなんとか食い止めるも、代償は自身へと距離を詰めた大量のマネキン群。大山は舌打ちして掃射の構えを見せて―― 「おい! 何してんだ逃げろ!」 いつの間にか傍に立つ子供に怒声を上げた。少女は何も答えない。ただその小さな指先を広げて、細い神経を介して綿密に編み上げた神秘が放電を開始する。 その赤の目が開かれるのと、瓦礫の町を雷が駆け抜けるのは同時。絶大な威力の電撃に一体、また一体とマネキンが崩れ落ちる。ぽかんと見つめる大山に少女……『ネメシスの熾火』高原 恵梨香(BNE000234)は表情を変えずに言葉を紡いだ。 「各地区へ援軍を派遣しました。戦闘は我々に任せ、捜査一課は市民の避難をお願いします」 返答を待たず再び術式を紡ぐ恵梨香。大山が何か言うより早く、間延びした声が戦場に降り注いだ。 「大山さぁん! 義によって助太刀いたすぅぅ!」 雷に打たれ動きを鈍らせたマネキンの懐に入り剣を振るう。瞬く間に切り伏せた『アーク刺客人”悪名狩り”』柳生・麗香(BNE004588)が大山へ指を突きつけた。 「ダンディ大山! なんか知らないが貴様はここで死ぬ運命にあらずっ」 「芸人みたいに言うなよ!?」 1人マネキン群の中に躍りこんだ麗香に敵が集中攻撃を浴びせる。何してんだと銃を構える大山を、防御を固めて流しながら麗香がどこかドヤ顔で振り返り。 「わたし、失敗しないのでっ」 「今言うことでもねぇよ!」 とはいえ役者が違う。麗香が一体を切り飛ばして道を開けたなら、その隙間からこじ開けるように荒れ狂う電撃が全てを呑み喰らう。恵梨香の一撃で幾多のマネキンが粉々になって地にばら撒かれた。 無線が入り大山が周囲を確認しながら刑事課長から連絡を受ける。 「民間リベリスタ……まぁ確かに。けど狙撃担当が離れるのは」 言いながら銃を構える。市民に近づくマネキンを狙って。そのマネキンが一撃で頭部を吹き飛ばして崩れ落ちたなら、無言で横を見やった。 「問題ありません。市民の避難を優先してください」 魔力の弾丸で撃ち抜いて、恵梨香は千里眼で更なる状況に対応する。悔しいかな、狙撃者としても少女の方が力量は上だ。 自分は刑事で、彼女らの力は信頼に足る。ならば。 「ここは嬢ちゃんたちに任せるぜ」 「信頼には応えます」 恵梨香と目を合わせ、大山は市民の救出へと向かい―― 「リベリスタ義勇軍華麗に参上! さん付けを徹底しろデコスケ野郎!」 「……あの女の見張りも頼むぞ」 その言葉には何も答えなかった。 「了解。……共闘しろとの指示だ。どうやら本物の協力者らしいな」 「だからそう言っとるのじゃ!」 無線を切って振り返った鷹司に、頬を膨らませて『緋月の幻影』瀬伊庭 玲(BNE000094)が抗議する。だが鷹司に言わせれば、年端もいかない少女ばかりに共闘を申し込まれても返答に困る。それも「なに気にするな! 通りすがりの仮面……もといリベリスタじゃ! 覚えておけ!」とドヤ顔で指を突きつけられれば尚更に。言外の言葉にまあ良いと玲が腕を組んでみせる。 「にゃーっはっは、非礼は許してやるぞ! では参るとしよう!」 ドレッドノートを構えた玲が戦陣に躍りこむ。腕を振り上げたどのマネキンよりも素早く深く斬り込んで、刻んだステップが赤く軌跡を描いていく。 「冥土の土産に赤い月をみせてやろう」 最後に魔力を吹き込んだなら、駆け抜けた背後でマネキンの四肢が発現した赤き月に呑み込まれた。 ついで踏み込んだ鷹司の足が止まる。その身体に吹きかけられた高位の祝福が無数の傷を掻き消して。『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は祈りを終えて柔和な笑顔を向けた。 「鷹司さんは、普通の人を守りたいって気持ちの強い人なんだね」 深手を負って市民を逃がし、深手のままなお追撃を食い止める。身を張るその姿を重ねて。 ――私と一緒。 片手を振って応え前に出る。その姿を見送って、アリステアはもう一度小さく祈りを呟いた。 「皆守れるように……かみさま。力を貸してください」 赤の月がマネキンたちの身体を削り取る。ふらついたその身体に瞬時に2つの影が交差した。 真っ直ぐな拳に殴り飛ばされた身体は刹那の内に解体される。神速の連弾を放って玲は実に楽しげに。 「超がんばるのじゃ! めっちゃがんばるのじゃ!」 「玲ちゃん。敵さんの数が多いから、囲まれるのは危ないの。壁を背にして戦お?」 興奮気味の玲に心配げなアリステアの声。この東地区は敵の数がもっとも多く、未だ4倍の数が取り囲む。手数の多さによる負傷をアリステアの献身の祈りがなんとか抑えている状態だ。 「む、確かに無茶は禁物じゃな」 数の差と包囲は後衛の危険を意味する。戦線を支えるアリステアが倒れれば、それは全滅に繋がってしまうのだ。 玲がマネキンの動きを阻害してアリステアを促す。 壁を背にして一呼吸。迫るマネキン、それを防ぐ仲間の背中を見つめて、アリステアが大きく息を吐き出した。 「うん、マネキンを叩くよ」 癒しを紡げば仲間の力となり、その力が敵を打ち倒す。力の意味をよく理解して、アリステアが決意を載せて気を吐いた。 「お仕事ガンバルのじゃ!」 それを背中に感じて玲が飛び出して。 ●砕け壊れて消えてゆけ 「マネキンさんこんちっす。帰れるなら早めに帰った方が身のためやで」 距離を保ち視線を合わせる。異界の存在との疎通を可能とする俊介が、その心の音を読み取って。 侵略。蔑視。焦燥。断片が徐々に形になっていく。それらを掴みとって俊介が笑う。 「焦ってんじゃん。下位チャンネルだって甘く見てたか?」 表情のない侵略者も一皮剥けばそんなもの。意思で繋がっているはずの部下達が消えていく事実に、不安と焦りが命令の乱立を生む。 それを読み取っては口に出す。その情報が仲間を助け、より深く敵の焦燥を生み出した。 だが読み取られる感覚に怒りを覚えたマネキンが刃を向ける。射出速度は速く危険な角度で迫り来る――避けられない。 だからそれは砕かれた。刃の側面を薙ぐように、幾多の黒のオーラが包み込む。動きが鈍ったところに銃撃を浴びせかけて打ち砕く。 「お待たせ」 西地区から駆けつけた涼子の手の中でアクターは再び形を変えた。涼子の意思のままその最善を助けて。その意思は法則すら無視して彼女の力となる。 戦いの準備を終えて涼子が拳を向ける。その先の、表情なきアザーバイドを見据えて。 「……ひときわムカつく顔だ」 瓦礫を蹴って涼子が迫る。周囲の瓦礫ごと、黒い気の奔流が大蛇となって呑み喰らった。 躍り掛かる涼子の傷を癒しながら、マネキンに俊介は深く言葉を吐き出した。 「帰れないなら死ぬしかないぞ。この世界は、優しくないからさ」 氷の炎。凍て付く鬼気、絢爛桜花。矛盾する力は神秘によって併合される。それらを纏め練り上げた闘気を―― 「――よっと!」 一撃の下に叩きつける! 脚を燃やし尽くすように覆った炎が瞬時に氷結する。体勢を崩し動きを止めたマネキンに夏栖斗が得意げにアピールした。 「手応え抜群、結構効いてるね」 氷像と化したマネキンに追撃を浴びせかけていく。だが何十体分もの体力を持つ巨体は未だ健在、その腕を振り上げる。 鋭い一撃はけれど横からの魔弾に阻止される。 「援護します」 一言紡いで追撃の術式を紡ぐ。恵梨香に夏栖斗が笑顔で手を振った。 「速かったじゃん。北地区はもう片付いたの?」 「協力を得られましたから」 警察官の速やかな分担協力がここまでの突入をスムーズにさせた。『市民を守る』使命感に訴えかけた説得が迅速な結果を生み出して。 再び放った魔弾がマネキンを穿つ。恵梨香の援護が繰り返される、その隙に。 足元で静かに構えていた。集中を重ねて一撃を研磨する。呼気を爆発させて目を開く! 「……我ら秩序を乱すものに容赦なし。戦車のごとく敵を蹂躙するのみなり!」 踏み込んだ麗香がただ一刀にて片脚を斬り捨てた。 「お待たせ! 皆で頑張ろうね!」 見通す目でアリステアが戦場を見渡せば、負傷はあれど戦闘に支障が出るほどの深手はない。ならば自分がいれば安全を確実なものに昇華も出来よう。願いを紡いで力とする、全ての命を潤して! 「揃ったな」 東地区からの集結を待って遥平が仲間を見渡した。誰もが決意を持って挑みかかる。護り抜いた矜持を胸に。 「さあ反転攻勢といこう」 頑丈であれこれだけの手数の前では巨大なマネキンの身体は的となる。特に薄い神秘防御を突き抜ける神秘の攻勢が一層崩壊を早め。 「妾のドレッドノート……どの世界にも通用するか、試してやろう!」 飛び出した玲の小さな身体を貫く刃も、アリステアの祈りがその力を霧散させて。 故に遠慮なく走る。さぁ見るがいい呪いの赤き月! 「この緋月の幻影が貴様らを冥土に送ってやるぞ!」 赤き月が口を開く。巨大なマネキンを呑み込む裂け目に、掛けられた腕を魔弾が撃ち抜いた。 遥平と恵梨香が得物を降ろす。断末魔もなく消え去ったアザーバイドの最期を確認して―― ●落とした欠片を求めて 「多くの命が救われた。諸君らの協力に感謝する」 刑事課長の敬礼にくすぐったそうに夏栖斗が身をよじる。 「こんな世界でも、それでも命を助けるの、スッゲースッゲーカッコいい! だから、僕もあんたらみたいな人間になるよ!」 その言葉に「大馬鹿者」と笑いかけてから、表情を戻した。言葉を促すように。 察した態度にアリステアが仲間を振り返って頷く。そのまま口を開いた。 「もうすぐ、よくない事が起きるんだって。だからその時動ける人を探してるの」 「……あー、知り合いのフォーチュナが似たようなことを言ってた」 涼子がこういうの苦手なんだけどと頬をかきながら後押しする。 「ナイトメアダウンという恐るべき破局はやがてきます。その時まで正義の牙を研いでおきなさい」 死ぬときはもっとド派手な戦場でよろしゅ~と笑う麗香に数人から強力なツッコミが入りつつ。 難しい表情を見せていた刑事課長だったが、彼らが意味のない事を言うわけがないと頭を振った。 「今後さらなる強敵、困難の襲来があります。戦力を結集してその事態の対応に当たってください」 「……約束しよう」 恵梨香の言葉にしっかりと頷いて見送った。 今は帰らなくてはならない。最後の時を待って。 「生きててね、またどこかで!」 それは願いでしかないけれど……願わずにはいられないこと。 「女に惚れたって? 村田の癖に生意気だな」 「だな」 「そそそそんなんじゃないですよ!」 捜査一課の懐かしい顔。日常だったもの。 遥平はこの事件を覚えていた。この事件ではメンバーは重傷ながら、応援部隊が間に合って死者は出なかった。 最後の日は、もうすぐ来る。 3人と目が合った。片手を上げて近づいてくる。 俺はどんな顔をしているだろうか。 仮初の再会。こみ上げる苦味を飲み込んで。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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