●1994年9月の開港から5年…… 開け広げられたドアの奥、集うリベリスタたちの頭の隙間からブリーフィング大ルームに備えつけられているモニターが見える。流れているのはバラエティー番組だ。画面に映る女子アナウンサーの雰囲気やその後ろに映っているセットがどこか古めかしい。 誰かがボリュームを上げたようだ。室内の騒めきに削られて、細々としか聞こえてこなかった音が廊下まで届くようになった。 『関西国際空はいま、夏休みを海外で過す人たちで大混雑。夜には“展望デッキ「ラ・ソーラ」のリニューアルオープンを記念したライブコンサートも行われることもあってか、空港内は旅行者だけでなく空港に見学に来た人々でい~っぱい。人・人・人の波! 24時間空港のいまを密着取材してきました』 ●アークの決意 アナウンサーのイントネーションから関西ローカルの番組だと分かった。画像が一転、カメラがスタジオの出演者たちの顔を順に捉えていく。アナウンサーが出演者のひとりにかるく話を振ったタイミングで画像が切れた。変わってモニターに表示されたのはいつもの世界地図だ。 室内の明かりがつけられた。 たったいま見せられたVTRについて、あちらこちらで意見が交わされ、無責任な噂話が飛ぶ。 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)はマイクの頭を指でトントンと叩いて音の入りをチェックした。 「うしろの人、聞こえていますか?」 ドア付近の数人が手を上げて和泉に応えた。 「それではブリーフィングを開始します。まだ資料を貰っていない人は、ブリーフィング終了後、係の者に申し出てください」 ブリーフィングルームのテーブルや椅子は撤去されていた。和泉はICレコーダの録音スイッチを入れながら、とりあえずリベリスタたちに床へ座るよう指示を出した。 「三高平市内に発生したリンクチャンネルですが、継続先が1999年7月の日本であることが判明いたしました」 ああ、やっぱり―― 「先ほどご覧いただいたVTRが放映されてから数日後の1999年8月13日、R-typeが日本に破滅的な結末を及ぼすことになっています」 あるものは頭(こうべ)をたれ、あるものは天井を仰ぎ、あるものはただ静かに目を瞬かせた。 すべてのリベリスタが『あの日』を己自身の体験として知っているわけではない。僅か15年前ではあるか、当時の有力な覚醒者たちはほとんどが死に絶えたため、人伝えの話でしか『あの日』を知らない者が多かった。 「リンクチャンネルの先が、いまに繋がる過去世界か否か。残念ながらまだ判明していません。……ですが、アークはナイトメアダウンを目前に控えているかも知れない『その世界』を救うという決断をくだしました」 室内が騒然とする。 和泉は手を上げて静粛を求めた。 「実際には救う手伝い、ですね。仮に穴の先が現在とつながりのない平行世界であったとしても、彼の世界でリベリスタたちの消耗を抑え、総力を静岡県東部に結集させる意義は十分あります。みなさんにお願いしたいのは、何も知らず海外へ出て行こうとするリベリスタ、またはフィクサードたちの引き止めと誘導です。海外からやってきた覚醒者たちの説得も合わせてお願いします」 日本に訪れた黄昏を、今度こそ回避する為に―― 「スカウトした人たちはR-typeとの戦いで命を落とすでしょう。そのことを含め、他未来の事はすべて口外不可です。ナイトメアダウンのことは予言という形でのみ口に……」 和泉は声を詰まらせた。きっと口を結んだまま居並ぶ顔を見渡していく。 「……難しく辛い仕事になりますが、どうぞよろしくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月11日(月)22:29 |
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■メイン参加者 5人■ | |||||
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● 開港から5年。関西国際空港、略して関空はどこもかしこもまだ新しかった。奥州 一悟は南海とJRのふたつの鉄道改札口をまじまじと見つめた。 (15年後、ここにアザーバイドが来て騒ぎになるんだよなぁ) 当然、どこにも赤い蝶の影はないし、頭を腫れ上がらせて歩く人もいない。悲鳴もない。だけど―― 恐怖はやってくる。この世界に。間もなく。 1999年夏、静岡県東部に現れたそれはあまりにも巨大で、あまりにも強い憎しみと破壊の衝動で世界を滅ぼしかけた。しかし、文字通り命を懸けた先人たち――リベリスタもフィクサードもなく、立ち向かった勇気ある覚醒者たちの手によって辛くも阻止されたのである。その後、ナイトメア・ダウンの悲劇を再び起こさぬために特務機関アークが設立された。そして15年後の2014年夏。アークの指令を受けた一悟は時を遡りここにいる。R-typeを撃退する勇者たちを集めるために。 ふう、と息を吐いて頭の後ろで組んだ手をほどき、一悟は第一ターミナルへ足を向けた。あてなんてあるわけがない。ただふらふらと人の間を抜けていく。 (そういや、オレ2歳なんだよな。いまなにしてっかなぁ) 一悟が覚醒したのは半年前のことだ。何がきっかけで覚醒したのか、本人にも分からない。ずっと神秘とは無縁の暮らしを送ってきた。15年前に静岡県東部を襲った自然災害のことは時々テレビで流れる特番で知っていたが、まさかアニメも真っ青の出来事が日本で起こっていたなんて。なにもかも遠い場所での出来事だった。 (そんなオレがなぁ……。死地に人を送り込むことになるなんて) はしゃいだ声に気をひかれて、なんとなく小さな子を連れた家族に目をやった。 「ええなぁ。俺もハワイ行きたいわ。子ずれで海外、兄ちゃんら、ほんま優雅やなぁ」 「お前、そんなこといってちっとも休暇とらへんやないか。仕事忙しいいうて。こんどのかてお前の分も出したる、いうたのに」 ははは、と笑った若い男。覚醒者だった。家族の見送りにきているようだ。見送られる方は誰一人覚醒していない。なんとなく親近感を抱いた。 さて、どうやって声をかけようか。そう思いつつも足を動かせないでいた。ここでオレが声をかけなきゃ生き残れるわけで……。 「ほな、行ってくるわ。留守中、朝顔の水やり頼むで」 「まかせとき。お土産忘れんといてや」 まごまごしているうちに男が家族と別れてこちらへ向かってきた。まだ覚悟ができていなかった。パスだ、パス! 顔を伏せてやり過ごそうとしたら、逆に先方から声かけられてしまった。 「真悟? そこにおるの、奥州真悟やないか?」 不意を突かれて顔を上げた。真悟は叔父の名前だった。そうだ、ちょうどこの頃、叔父は関西に住んでいたはずだ。知り合いだろうか? 若いころの奥州真悟は確かにいまの一悟とよく似ていた。間違えるのも無理はない、というぐらいに。 「やっぱり真悟やないか。て、ちょ、お前……いつ覚醒したんや?」 「あ、違います。人違い。オレは――」 否定の言葉などろくに耳に入っていない様子で、男は怖い顔をして一悟を隅の方へひっぱっていった。 「どないしたんや、自分。3日前に会ったときは普通やったやないか。何があったんや」 「だ、か、ら! 人違いだって言ってんだろ! 離せよ」 「うわっ、コワッ。なに逆切れしてんねん。自分、カルシュウム足りてへんのとちゃうか?」 関西独特のボケに一悟はがっくりと肩を落とした。 「まあええわ。で、自分は何者や? あ、その前に名前いうとこ」 若い男は鏑木賢太と名乗った。職業は警察官。ジーニアスでジョブはクリミナルスタアだった。さすがというか、職業柄尋問には手慣れており、しどろもどろで話す一悟からあっさり真実を聞きだしてしまった。 「ほな、あれか。もうすぐ世界が滅びるかもしれんのやな。俺がいったらんと」 「い、いや、別に……あ、あの…このことは、その……」 「わかっとる。俺は口の堅いおまわりさんや、安心せい。ほな、な」 あっさり別れを告げて去っていく。一悟は慌てて鏑木を呼び止めた。 「オレの言ったこと、全部信じたのか? 嘘ついてるかもしれ――って!」 でこぴん。一悟は手で額を抑えて体を折った。 「15年前のリベリスタ、なめんなよ」 顔を上げた時にはもう鏑木の姿はどこにもなかった。 ● 幼い子供を連れた家族ずれがエスカレーターを上がってきた。男親から抱き下ろされた子供がはしゃいだ声を上げて航空会社のカウンターへ駆けていく。 『ノットサポーター』テテロ ミストは微笑みを浮かべて家族を見送った。関空第1ターミナル4階の国際線出発ロビーはこれから海外で夏休みを過ごそうとしている人でいっぱいだったが、いまのところツキに見放されているらしく、まだ覚醒者を1人も見かけていなかった。 (ここって本当に過去の世界なのか……?) 改めて辺りを見回す。数か月前、別の依頼でここへ来た時となんら変わりがないように思えた。だが、よくよく考えてみればたった15年前の世界。大きく違うほうがどうかしている。 エスカレーターを一組の男女が上がってきた。覚醒者だ。男はメタルフレーム、女はビーストハーフ。職種不明。リベリスタかフィクサードかも分からない。 (迷ってる暇は無いよねっ。よーし、いっちょやったるぜっ!!) エスカレーターを降りたカップルは、一度立ち止まってあたりを見回し、ミストに気付いて微笑みかけ、それからルフトハンザドイツ航空のカウンターへ向かった。 いまの穏やかな反応。たぶんリベリスタだ。慌ててふたりの背を追いかける。 「すみません!」 “Was kann ich tun? ” 振り返った女は異国の言葉で話しかけて来た。が、すぐに言葉が通じないことを理解して日本語に切り替えてきた。 「なにか御用ですか?」 「あ、はい。ボクの話を聞いてもらえますかっ!」 ミストはナイトメアダウン後の未来にふれないよう出来るだけ気をつけて、話せる部分の真実はすべて率直に話した。 話をきいたカップルは困ったような顔でミストを見ている。ミストは身が縮む思いをした。 本当の事を言うと、ミスト自身が情況をよくわかってなかった。三高平市に突如として開いた時空の穴から過去へ飛んでR-typeを撃退する覚醒者を静岡県東部へ誘導する。でも未来は変えちゃいけない。だから未来のことは話してはいけない―― 初対面の相手に突然こんな話をしたところで信じろというほうが無理だろう。 「キミはフォーチュナなのかい?」 男が身を屈めてミストに問いかけてきた。 「違います」 男はふっと笑って肩をすくめ、女を振り返った。話にならない、といった感じだ。 「ボクを……信じて欲しい。あなたたちの力が必要なんです。この世界を守るために!」 「……そう。なら、わたしたち、もう行かなきゃ」 駄目か。ミストはうなだれた。自分が彼らの立場なら、やっぱり立ち去るだろう。具体的な証拠を何ひとつ見せることができないのだ。ただのほら話だと笑われて当然。 だが、カップルは立ち去らなかった。 「それで? 具体的にはどこへ行けばいいのかな?」 ミストは驚いて顔を上げた。 「わたしたち、オルクス・パラストのリベリスタなの。異世界からきたとんでもない化け物の存在、そう、たとえば『The Terror』ラトニャ・ル・テップ。あなた、フェイトを得たミラーミスにして、フィクサードをご存じ?」 ご存じも何も。つい先日、三ツ池公園で死闘の末に封じたばかりである。ミストは首を縦に振った。何度も。 「R-typeといったかな? ラトニャと同じぐらいこの世界にとって危険なものならば、捨て置くわけにはいかないな」 「ええ。この子の話を嘘と決めつけて国へ帰ったら、『暗黒の森の大消失』を生き延びた彼女に叱られてしまうわ」 ミストはシトリンの名を出しかけて慌てて手で口を塞いだ。このとき、またアークはできていない。プロト・アークでさえなかったのだ。それどころか極東の空白地帯である日本には組織だったリベリスタ組織すらなかった。シトリンを知っているのはマズイ。 「なにも起こらなかったら? そうだなぁ……キミにスシをおごってもらおうかな?」 体を起こした男はいたずらっ子のように笑った。 「ワタシはギュンター・ヴァント。彼女はエリーザベト・シュヴァルツコップ」 ミストも名乗った。名前ぐらいは別にかまわないだろう。 「いいかい、テテロくん。うん、あ、テテロはファミリーネーム? じゃあ、ミストくん。約束だ。キミのいうナイトメアダウンが起こらなければ、スシをおごってもらうよ。ここで待ち合わせということにしよう。いいね?」 おごらせてください。いくらでも。言葉にできない思いを胸に零す。 静岡県東部のある場所を告げる自分の声が震えていた。知らない間に拳を握り固めていた。 二度と会えないと思って見送ったふたりの後ろ姿は、涙でかすれて揺れていた。 ● ちょうどお昼時。 離宮院 三郎太は3階レストラン・ショップエリアを歩いていた。ふと足を止め、人差し指でメガネを押し上げる。きらりとレンズが光った。 お好み焼き屋のショーウインドウに張りつくアロハシャツの男――覚醒者だ。金髪。ツンツン髪。サングラス。ガニ股。そして―― 「なんや? モーニング終わったんかい。はぁ~」 なぜか関西弁。 男はパンツの後ろポケットから黒いセンスを取りだしてパッと広げた。白抜きの筆文字で王将と書かれている。 (どれだけの理解を得られるかは分かりませんが……。出来る事をやるしかありませんね) この場所にいるという事はまだ出発まで時間があるという事だろう。時間に余裕があれば話を聞いてくれる可能性も上がる。エリアには家族ずれや友達同士と思われる覚醒者の姿もちらほら見かけたが、まずは1人ずつ説得していくつもりだ。慣れてきたらターゲットを切り替えるつもりでいた。 (それにしてもお好み焼きのモーニングって?) 三郎太は首をひねりつつ男に近づいた。すみません、と日本語で声をかける。 「少しだけでいいんです、ボクの話を聞いてくださいっ」 「どっちがええ?」 「えっ?」 「三種ミックス月見焼とねぎ焼モダンや。自分も食べるんやろ? わいにおごって自分は食べんことないわな。わいはどっちでもいいけど、ちょっと味見させてくれへんか?」 なんだろうこの人。明らかに年下の、それも初対面の子供にいきなりお好み焼きをおごらせようとしている。フィクサードかもしれない。 やばい。三郎太はすっと後ろへ体を引いた。太い腕が伸びてきて、わしっと襟首を掴まれた。そのまま吊り下げられるようにして店内へ。 「ち、ちょっと待ってください!?」 男は三郎太の抗議を無視してずんずん店内を奥へ向かって歩いて行く。四人掛けのテーブル席の前で三郎太を降ろすと、自分はどっかり椅子に腰を下ろした。 「おばちゃん、水! 三種ミックス月見焼とねぎ焼モダン頼むわ。ほら、座り。いつまで立ってんねん。話があるんやろ?」 すっかり脱力して三郎太は椅子を引いた。おばちゃんと呼ばれた店員がむっつり顔で水を運んできた。どん、と音をたてて鉄板の端にコップを置く。男は気にした風もなく、ありがとさん、と言ってコップの水を一気に煽った。 「――ぷぅ。しかし暑いなぁ。あ、待って。自分の話、当てたるわ。こう見えてもわい、フォーチュナやねん」 「ええっ?!」 驚いた。それ以前に信じられなかった。それが思いっきり顔に出ていたのだろう、男はバタバタと顔をセンスで仰ぎながら豪快に笑った。 「嘘や。本気にしたらあかんで。でもな、自分がこれからしようとしている話、わい、知っとんねん」 男は夢見亭イイヨナーと名乗った。本名ではなく芸名だ。 料理が運ばれてきた。板から鉄板に移される。ソースが熱い鉄板に垂れてじゅっ、と音を立てた。 「わいの師匠の予言やねんけどな。ま、食いながら聞いてんか。」 それは妄想といっていいレベルの、輪郭のぼんやりとした未来視だった。だが、大筋で会っている。 「いつもの戯言、と兄さんたちは相手にせなんだが……兄さんたちは覚醒してへんから、師匠がフォーチュナなんてこと知らへん。まあ、わいかて酔っ払いの戯言や、いうて本気で相手にせんかった口やけどな。いつもハズしとったし。せやからここで自分を見かけたときは正直びっくりしたで」 関空で未来から来た少年と会う。それが証拠や。3か月前に師匠はイイヨナーに三郎太の風体を詳しく聞かせていた。それから間もなく、梅雨が明ける前に師匠はぽっくり逝ってしまったという。 「1人でも多くの覚醒者を静岡へ引っ張っていけ、というのが師匠の遺言や。半信半疑でも行かなあかん思うてな、故郷のオーストラリアに帰るとこやってん。わいんとこ、家族みんな覚醒しとるからな。そやけどこうなったら縁故たよりにするんやのうて、真剣に取り組まなあかんな」 「ボクもお手伝いします!」 もともとそのために来たのだ。三郎太は紙のエプロンを外すと立ち上がった。 「ん、あかん。自分は他にやることがある。ちゃんと食うたか?」 三度目のクエスチョンマークが三郎太の頭の上に出た。 「金、ここに置いたら急ぎや。未来から一緒に来た仲間がピンチやで」 三郎太はイイヨナーから詳細を聞くと財布ごと放って店を飛び出した。 ● 未来は変わる。変えられる。変えられなければ何のために時を遡った? 可能性を信じて『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫は関空特急はるかの入線をまっていた。残っている記録が確かであれば、はるかの一号車両に父方の祖母、戦場ヶ原・舞雪が乗っているはずだ。舞雪は今日、京都でビジネスの打合せをすませ、ここ関空からウィーンへ飛び立つことになっていた。 アークのフォーチュナと万華鏡を疑っているわけではない。だが、ただ決められた結末を守るためだけにアークはあるのか? アークはナイトメアダウンを二度と起こさせないために作られたのではないのか? ならば―― 日本語の入線アナウンスに続いて英語のアナウンスが流れた。舞雪はベンチから立ち上がった。緊張で膝が震えている。 (誰かを死地に送り込む。フォーチュナの皆は、こんな気持ちだったんですね) トンネルの闇を抜けて白い車体がホームへ滑り込んできた。 停止後、ドアが開くとともに重い荷物を手にした人々が次々と降りて来た。 (けど……、死にに行くわけじゃない。全員で生き残るために。奪われた未来を取り戻すために) 最後にカツリとヒールの音も高くホームを踏んだ貴婦人がいた。戦場ヶ原・舞雪その人だ。ゆっくりと、時が蜂蜜になってしまったかのごとくゆっくりと、舞雪が首を回す。視線の先には舞姫がいた。すっと目を細め、次いで赤いルージュが引かれた唇の端を持ち上げる。 「どこかでお会いしたことがあって?」 甘くハスキーな声。小さくとも凛と鼓膜に響く。まわりの雑音を切り裂いて一直線に。脇にスーツケースを置いた自然な立ち姿には、女王の風格が漂っていた。 孫として、おなじソードミラージュとして、気圧されるわけにはいかない。舞姫は目に力を込めた。 「戦場ヶ原さん、ですね?」 「お嬢さん、貴女から先に名乗るのが礼儀というものよ」 失礼しました、と舞姫は頭を下げた。が、名乗りは上げない。未来を変える腹積もりではあるが、自ら積極的に約束を破るつもりはなかった。 「名もなきリベリスタの願い。聞いていただけないでしょうか?」 頭を下げた舞姫の横を、スーツケースを引っ張った舞雪が通り過ぎていく。 「待ってください!」 「忙しいの」 背にかけられた言葉をバッサリと切り捨てて、舞雪はエレベーターの扉を開いた。 「ほかを当たってちょうだい」 舞姫はあわてて閉じかけたドアの隙間に体を押し込んだ。祖母の横に並んで立つ。ドアが閉まり、エレベーターが上昇しはじめた。 「……数日後に起こるナイトメアダウンで、わたしの父は、幼いわたしを庇って命を散らします」 エレベーターの硝子に映る舞雪が微かに首を傾ける。 「今から数日後、静岡県東部にミラーミスが出現します。放置すれば世界が滅ぶ……信じられないかもしれませんが、これは本当なんです!」 どうか、力を貸してください……。再び頭を下げた舞姫をあとに残し、舞雪はエレベーターを降りた。 「貴女がいれば、救える命もある。皆の力を合わせれば、きっとミラーミスも倒せます!」 ドアが閉じていく。 「……お祖母ちゃん、お願い。お父さんを……、助けて……」 閉まりきる寸前、白く細い手がドアを止めた。舞雪だった。 「未来が変われば貴女、消えてしまうかもしれないわよ。腕や目を失うだけではなく。わたしは嫌。……こんなにも美しく、そして強く育った孫娘の姿を見られたというのに……幻にしたくない。息子もきっと、そんなことは望まないわ」 「『立ち塞がる者あれば、これを斬れ』。……わたしは消えたりしない。必ずや運命を切り伏せてみせます、戦場ヶ原として」 舞姫は毅然と祖母の目を見つめた。 「貴女だけのことではないのよ。未来を変えるというのは。すべてがいい方向に変わるとは言えないの。貴女の我儘で不幸を強いられる人がきっと出てくる。未来を奪われる人も。とてつもなく大きな罪の十字架をその細い体に背負って生きる覚悟はあって?」 覚悟はできている。舞姫が頷きかけた瞬間、アクセスファンダズムに通信が入った。 『舞姫さん! すぐ来てください。緊急事態です!』 三郎太のせっぱ詰まった声がエレベーターの中に響いた。 「お行きなさい。早く!」 ドアを手で押さえる祖母の横を飛び出して、舞姫は駆けだした。答えを宙に浮かせたまま。行くと返事を貰えぬまま。仲間の元へ―― ● 「騙し討ちで死地に送り込む任務……和泉さん、辛かったろうな」 空港社員に変装した『デイアフタートゥモロー』新田・快は、複数のフィクサードを三高平空港に誘導するため『電子の妖精』を使って空港のシステムにハッキングを仕掛けていた。場所は数ある公衆電話のひとつ。電話をかけている振りをしながら、ここ関空で国内線に乗り換えるフィクサードのリストを自分のノートパソコンに流し込む。 あらかじめアークの資料室で当時のフィクサードたちをピックアップしてあった。驚くべきことに、ナイトメア発生直後から生死不明の行方知れずとなったフィクサードが少なからずいた。 (どうせ死ぬなら最後にいいことさせてやるよ。少しは閻魔さまの心証もよくなろうってもんだ。ついでに和泉さんの気持ちも軽くなる) 快は海外によからぬことで出かけて戻ってきた悪党たちを残らず静岡県東部の小さな街に集めるつもりだった。 データを改ざんし、本来の乗り継ぎ便から当時静岡県のある街にあった国内空港に振り替えた。もちろんそこは間もなくR-typeが出現する場所の近くだ。ナイトメアダウン後は時村財閥によって再建設され、三高平空港と名を変える場所でもある。 実は1日に数本しか飛行機が離発着しない空港だった。フィクサードたちを乗せる予定の飛行機が最終便だ。やはり一緒に過去へきていた仲間たちに、市内のホテルへの誘導を頼んであった。 ブリーフケースから小型プリンタを取り出しノートパソコンにつないだ。偽造したチケットをプリントアウトする。 (よし……) これで準備は整った。帽子を目深にかぶり直して歩き出す。 30分前の11時25分、香港からフィクサードを乗せてきた飛行機が滑走路に降り立った。第一ターゲットの唐 季禮、英名スタンリー・トンとその手下たちが間もなく入国審査を終えて出て南到着口から出てくるはずだ。 予想していたよりも早くスタンリー・トンたちは出てきていた。黒服、おそらく手下の1人がもともと搭乗を予定していた航空会社のカウンターで押し問答をしている。流暢な日本語だった。ボスのスタンリーはといえば、左右に手下を立たせてカウンター前のベンチに腰掛け、組んだ足の上に開いたノートパソコンを乗せて何かを打ち込んでいた。部下たちとは対照的に白いスーツを着込んでいる。頭の上にはやはり白い中折れ帽子があった。 カウンターに近づくと、航空会社のスタッフと目があった。手ぶりで大丈夫だ、とスタッフに伝えて間に割り込んだ。こちらへ、と声をかけてさりげなく黒服をカウンターから引き離す。 「予約処理の手違いがありまして……替わりに三高平経由の便をご用意しましたので、そちらをご利用ください。お詫びにファーストクラスをご用意しております」 さきほどプリントアウトしたばかりチケットを人数分差し出した。 黒服は顔にありありと不服の色を浮かべながらも、チケットを受け取ってスタンリーの元へ戻っていった。 (よし。まずは1組。都合6名様ご案内、と) 簡単なものだ。 次のターゲットの帰国便を確かめようとして到着ボードを見上げた途端、肩を掴まれた。気配はまるで感じなかった。 快の肩を掴んだのはスタンリー・トンだった。ぐるりと周りを黒服が固める。快に顔を向けていないのはさすがだ。手下全員が笑顔を浮かべ楽しげにお喋りしながら、快だけに囲んだことを意識させる程度に距離と方向を変えて立っていた。 (……さすがに慣れているな) スタンリーは左手で中折れ帽子を浮かせると、口だけで笑った。 「お引止めして申し訳ありませんが、少々お尋ねしたいことがありましてね」 快の肩を掴む手にぐっと力が入る。 「ちょっとそこまでおつきあい願います」 とぼけたところで無駄だろうと思い、快は肩を押されるがまま歩き出した。 「どうしてわかった?」 「どうしてわかった? くくく……わたしも随分と馬鹿にされたものですね。予約間違い、まあ、ないとは言えない。たとえフライトの直前に再度予約確認をおこなっていたとしても、人がやることですからねぇ。間違いは起こるでしょう」 スタンリーは快の肩から手を離すと、「しかし」と続けた。 「航空会社のスタッフではなく、なぜ空港職員が代替えチケットを用意していたのか?」 各航空会社の制服をすべて用意することはできた。ただ、着替えの手間と時間を惜しんだ。それがあだとなった。 ● 「しかも、聞いたことのない地方空港での乗継。仙台空港は先日開港したばかりと聞きますが……それにしても変ですよねえ?」 快は歩きながらさりげなくアークの仲間を探したが、どこにも見つからなかった。AFで連絡を取ろうにも、スタンリーたちにしっかり見張られている。うかつなことはできない。 快は周りを黒服にゆるく囲まれたまま、第一ターミナルを離れ、展望ホールまで歩いてきた。建物の中には入らず、裏へ回りこむ。フィクサードたちはそこが死角になっていることを確認してから結界を張った。 「さて、何をたくらんでいたのか説明していただきましょうか?」 目の前に立つ男は掛け値なしの悪党だ。ナイトメアで散らないというのなら、ここで刺し違えても倒さなくてはならない。快は自分たちが未来からきたこと、数日後に起こるナイトメアダウンのことを隠さず説明した。 「……で、我々をだましてその化け物と戦わせようとした? くくく、ずいぶんひどい話ですね」 「すべて本当のことだ。いまさら言うことじゃないが信じて欲しい。ミラーミスが完全にボトムへ出で来る前に追い返えせなければ冗談でもなんでもなく世界が滅ぶ」 「未来から来たという証拠は? 真実というのであれば証拠のひとつやふたつ、あるでしょう?」 快が黙って俯くと、スタンリーは呆れたといわんばかりに鼻から息を抜いた。 「もう少しマシなお話が聞けると思っていました。ミラーミスが本当に現れるのであれば……純粋に戦ってみたい、とは思いますがね。全力で殴りあえる者など、そうそういませんから」 さようなら、ミスター新田。スタンリーが中折れ帽子を持ち上げた。快の回りを囲んだフィクサードたちが踵を浮かせる。仕方がない。快は拳を固めて―― ――これが証拠だ! 疾風のごとく。敵陣の真っ只中に突撃をしかけたのはミストだった。駆けながら振った剣が渦を巻き起こし、黒服たちを薙ぎ払った。第一ターミナルから全速力で駆けつけ直後に放った大技は、さすがアークリベリオンといったところだろうか。 唯一、ミストの攻撃を逃れたスタンリーを無数の刺突が光散らしながら襲った。白いスーツが切り裂かれ、散り散りになっていく。しかし、血は一滴も飛ばなかった。 「快さん、無事ですか?」 「みんな!? どうしてここが?」 答えたのは三郎太だ。 「話せば長くなります。まずはこの状況をなんとかしなくては!」 立ち上がりかけた黒服たちの背を三郎太の気糸が貫く。 一悟が拳を振るうと同時に、白く飛ぶ雷がザンザと音を立てて地面を穿った。 ふたりの攻撃は黒服たちを地面に転がしはすれ、スタンリーにはまったくダメージを与えることができなかった。 「なんだ、こいつ。ぜんぜん攻撃があたってない?」 快が一歩前に踏み出した。合わせるようにスタンリーが一歩下がり、手を胸の前に上げる。降参のポーズ。 「そこのビーストハーフの少年。証拠、というのは先ほどキミが見せた技でしょうか?」 「そうだ! ボクはアークリベリオン。いまのはこの時代にはない未知の技だ」 「アーク……リベリオン。ふむ。たしかに未知の技ですが……」 スタンリーはゆっくりと右腕をあげて中折れ帽子をかぶりなおし、ツバの下で含み笑いを響かせた。 「いいでしょう。信じましょう。もう一度はじめから話を聞かせてもらえませんか? わたしも搾取するこの世界が消えてなくなるのは困りますからねぇ」 せいぜいお手伝いさせていただきましょう、というスタンリーにリベリスタたちは複雑な表情を向けた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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