●成田空港が夏休みの出国ピークを…… 開け広げられたドアの奥、集うリベリスタたちの頭の隙間からブリーフィング大ルームに備えつけられているモニターが見える。流れているのはニュース画像だ。ニュースを読んでいる女子アナウンサーの雰囲気やその後ろに映っているセットがどこか古めかしい。 誰かがボリュームを上げたようだ。室内の騒めきに削られて、細々としか聞こえてこなかった音が廊下まで届くようになった。 『空港公団の調べによりますと、今日1日だけで普段の1.5倍、4万4千人の出国が見込まれています。税関の出国審査場には長い列が出来ていました』 ●アークの決意 混雑する空港内を高みから舐めるようにカメラが滑る。画面が切り替わり、出発ロビーにいた家族ずれへのインタビューとなったところで真っ黒になった。変わって表示されたのはいつもの世界地図だ。 室内の明かりがつけられた。 たったいま見せられたVTRについて、あちらこちらで意見が交わされ、無責任な噂話が飛ぶ。 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)はリモコンをテーブルに置くと、その横にあったマイクを取り上げてスイッチを入れた。 「うしろの人、聞こえる?」 ドア付近の数人が手を上げてイヴに応えた。 「そう。じゃあブリーフィングを始めるよ。あとから来てまだ資料を貰っていない人は、ブリーフィング終了後、係の者に申し出るように」 ブリーフィングルームのテーブルや椅子は撤去されていた。イヴはとりあえず床に座るように指示を出す。 「三高平市内に発生したリンクチャンネルのことはもうみんな知っていると思う。継続先が1999年7月の日本であることも」 ああ、やっぱり。じゃあ、さっきのニュースは―― 「そのとおり。1999年7月某日のニュースだよ。このニュースから数日後の1999年8月13日、R-typeが日本に破滅的な結末を及ぼす……ことになっている」 あるものは頭(こうべ)をたれ、あるものは天井を仰ぎ、あるものはただ静かに目を瞬かせた。 すべてのリベリスタが『あの日』を己自身の体験として知っているわけではない。僅か15年前ではあるか、当時の有力な覚醒者たちはほとんどが死に絶えたため、人伝えの話でしか『あの日』を知らない者が多かった。 「リンクチャンネルの先が、いまに繋がる過去世界かはまだ分かっていない。仮にそうでないとしても時村……ううん、アークはナイトメアダウンを目前に控えているかも知れない『その世界』を見捨てることはできない」 穴の先の危機を回避できたとして、この世界も救われるという保証はない。だとしても、違う結末を迎える未来、平行世界があってもいいのではないだろうか? イヴは粛々とリベリスタたちに訴えかけた。 「彼の世界でリベリスタたちの消耗を抑え、総力を静岡県東部に結集させる意義は十分あると思う。みんなにお願いしたいのは、何も知らず海外へ出て行こうとするリベリスタ、またはフィクサードたちの引き止め。それに、海外からやってきた覚醒者たちの説得だよ。なるべく多くの覚醒者を静岡県東部……やがて三高平市となる場所へ導いて欲しい」 日本に訪れた黄昏を、今度こそ回避する為に―― 「スカウトした人たちはたぶん死ぬ。生き残れるのはほんのわずか。まるで死神の使いのような仕事になるけれど……」 マイクを掴んだイヴの両手が白い。マイクの頭が小刻みに揺れている。だが、少女は最後まで淡々とした口調を崩さなかった。 「お願い。ひとりでも多く連れてきて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月11日(月)22:27 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● 『「Sir」の称号を持つ美声紳士』セッツァー・D・ハリーハウゼンは空調の効いた国際線ロビーの一角に腰を落ち着け、人の流れに目を向け続けていた。 (帰国してきた能力者の勧誘か……) いつもとは勝手が異なる依頼だった。 三高平市に開いた穴から過去の日本へ飛び、間もなく起こるナイトメアダウンに立ち向かうための人材を確保する――。ビジネスライクに言えばそれだけの話なのだが、フォーチュナはわざわざ後味が悪くなる一言をつけ加えた。件の日、静岡県東部のR-type出現位置にいる者は死亡する、と。中には生き残るものもいるだろう。だからこそ、15年先から来たなど口が裂けても言ってはならない、そう繰り返し釘をさしたはずである。しかし、アークが誇る最高位のフォーチュナ、真白イヴはわずかな可能性を排して「全員が死ぬ」と言い切った。言い切ることでブリーフィングルームに集まった者たちにアークの覚悟を見せた、とセッツァーは思っている。 (辛かっただろうな) こうして人を死地へ送り込むためだけに来た自分たちも辛ければ、嫌な役目を押しつける形で過去へ送りだした者も辛かったはずだ。なにより、アーク本部の方針が定まっていなかった。この依頼は未来を良い方向へ変えるためのものなのか、すでに起こってしまった歴史を守るためのものなのか。はっきりと告げられることなく、多くのリベリスタが穴をくぐった。自分たちが動かなければ世界が滅ぶかもしれないという恐怖におびえながら。 祈るように頭を垂れたイヴの姿が目に浮かぶ。 やるしかない。ここが本当に“今”とつながる過去なのかは定かで無い。しかし出来る限りの事はしてみよう。 「あー、あー」 セッツァーは軽く声を出してのどの調子を確かめた。声楽家には声楽家なりの人の集め方がある。胸をはり、いつもよりかなり音量を抑えて歌いだす。 本日の演目は歌劇『トゥーランドット』より『誰も寝てはならぬ』。 Nessun dorma! (誰も寝てはならぬ!) Nessun dorma! (誰も寝てはならぬ!) Tu pure, o Principessa, (御姫様、貴方でさえも、) ロビーの端まで深みのあるダンディな歌声が届けば、注目するな、というほうが無理な話である。セッツァーの周りには早くも人が集まりだしていた。少々、集まりすぎかもしれない。騒ぎになる前に終わらせねば。急いで人垣の中から覚醒者を見つけだし、目を合わせていった。 歌い終わると同時に万雷の拍手と「ブラボー」の掛け声があがった。空港警備員までが一緒になって手を叩いている。軽く手を上げて人々の声に応えると、アンコールの声を断ち切るように椅子に座った。名残惜しそうに、されど静かに、人が引けていく。 (人が残ったとして、どう説得するか?) 心地よい余韻に浸りながらセッツァーは己の過去に思いをはせた。15年前と言えばちょうど、オルクス・パラストには所属せず、己が正義を貫くために活動していたころだ。自分自身、覚醒して得たこの能力をどう使い、生かすべきなのか悩んでいた時期でもあった。いま振り返ってみれば、皮肉にもナイトメアダウンが起こったことで己の目指す方向性が定まった、ともいえる。 (体験談として話すのも良いかもしれないな) 床に青い影が伸びてきて靴の先で止まった。 「素晴らしい歌声でした。でも、ぼくたちに本当に聞かせたいのは、さっきの“歌”じゃありませんね?」 顔を上げると男女5人の若者がセッツァーの前に集まっていた。声がけしてきたのは真ん中に立つ東洋系の顔立ちをした青年だ。 「待っていたよ、ワタシの恐ろしい予言を受け取る勇者たちよ」 「あはは。勇者、ですか? あ、ボク、吉村虎太郎っていいます。勇者らしくソードミラージュ。トランぺッターです」 虎太郎に聞くとほかの4人とはなんの接点もないらしい。 セッツァーの無言の呼びかけに応えたのは、マグメイガス、覇界闘士、スターサジタリー、インヤンマスタ、と職種も種族も国籍もバラバラなリベリスタたちだった。ただ、全員が音楽に関する何かに関わっているという。 「さて、自己紹介もすんだことだし、そろそろ聞かせてくれませんか。貴方のその恐ろしい予言ってやつを」 フォーチュナが口にしなかった僅かな確率を掴み取って、どうか生き残って欲しい。だから彼らにはすべてを隠さず教えよう。R-typeがいかに巨大な敵であるかを。 セッツァーはいまだ己の運命を知らぬ、無邪気な若者たちを連れて歩き出した。 ● 第一旅客ターミナルビルの展望デッキから滑走路の奥を臨めば、川崎の工場群を眺めることができる。今日のように天気の良い日には工場群の遥か後ろに富士山の姿もみられるだろう。 尖ったエルフ耳を白い麦わら帽子で隠して、フュリエの『Le vent doux』レティシア・エーメは真夏の日差しが降り注ぐ中をゆっくりと富士山、いや、フェンスに向かって歩いた。強い日差しに長袖のブラウスを着てくればよかったな、と後悔する。ラ・ル・カーナでは体験したことがない蒸し暑さだ。帽子の影の内で飛ぶフィアキィもばてているようだった。 轟音とともに空より巨大な金属の鳥――ジャンボジェット機が降りて来た。垂直尾翼に日章旗の日の丸をイメージした鶴丸。JALの飛行機だ。 もちろん、異世界から来たレティシアには各航空会社の違いなど分かっていない。ここへは飛行機物珍しさにあがってきただけで、とくに深い考えがあったわけではなかった。 のんびりしているように見えるが、これでもレティシアはレティシアなりに受けた依頼を果たそうと一生懸命だった。なぜならR-typeの顕著はレティシアにとってもリアルな恐怖なのである。 R-typeとの邂逅で変異した永遠の世界樹・エクスィス。平和で愛に満ちた世界が一瞬にして狂ってしまった。変わり果てた世界樹が生み出した戦闘民族バイデンとの戦いの日々は、ううん、戦うことを知らなかったわたしたちはただ滅びるのを待つだけだったのだ。アークが助けにきてくれなければ、今頃ラ・ル・カーナはどうなっていただろう? (だから今度はわたくしたちがこの世界のために力を尽くす番ですわ) あつい、あついと、汗とともに愚痴を零しながら、レティシアは案内図で胸元をあおった。日蔭を求めて首を回したその時、見学客たちの中に懐かしい姿を見つけた。 飛行機を眺めながらクルクルと、肩でちいさな傘を回す太めの――ボトム世界にいるハリネズミを大きくしたような風貌のアザーバイド。確かに知っている。あれはまだラ・ル・カーナ全体がみずみずしい緑で覆われていたころのこと。 「まさかこんなところでお会いするなんて! 運命を感じますわ」 そのアザーバイド、名をポモモという。異世界を渡り歩くヒーラーだ。ウソかまことか、どの世界でも不思議とフェイト得ることができる、とは本人の弁。ただ、異世界を渡り歩いているというのは本当の事らしく、ラ・ル・カーナ滞在中はレティシアたちが想像もしたことがなかった奇想天外な世界の、面白い話を毎日聞かせてくれた。平和な世界に自分は不要、「ここはポモモがいなくても大丈夫だね」、と言って旅立つその日まで。 ポモモの癒しの力は必ずやこの世界の人々の助けになるだろう。レティシアはポモモが去った後の世界の異変とアークで知ったNDのすべてを、異世界を渡り歩くヒーラーに隠さず話すことにした。 「お久しぶりです、ポモモ。わたくしのこと、覚えていらっしゃいますか?」 ポモモはピコピコと小さな耳を動かした。くりくりと艶やかな、黒いボタンのような目をレティシアの顔に向け、次いで淡く瞬くフィアキィに、またレティシアへ戻す。ようやく思い出したのか、目を細めて口の端を釣り上げた。 「とってもおおきな木の世界の、おおきな妖精さんと小さな妖精さんだね。どうしたの? ここは妖精さんたちの世界じゃないよ、迷子になったのかな?」 レティシアは空を見上げた。飛び去っていく飛行機の後ろに一筋の白い雲が引かれていく。ふう、とゆっくり息を吐きだした。 「わたくしのお話を聞いていただけますか?」 ポモモを日蔭へ誘い、ゆっくりとすべてを語り終えた頃には日が傾いていた。西日がまぶしい。 「断られても仕方のない話ですが……ポモモなら必ず力を貸してくれるとわたくしは信じています」 それに、と続ける。 「異世界の壁を自由に越えられる貴方なら、きっと大丈夫だから。運命は変えられる……でしょ?」 「いいとも。頑張って1人でも多くの人を助けよう」 「ありがとう、ポモモ!」 感極まってポモモに抱きつこうとした瞬間、アークから至急されたばかりのレティシアのAFが震えだした。 ● 『血に目覚めた者』 陽渡・守夜はチェックインカウンターが並ぶ成田空港第2旅客ターミナル館3階のロビーを南へ向かって歩いていた。目指すブリティッシュ・エアウェイズのカウンターはRかSのどちらかだ。カウンターの近くで待っていれば、必ずリベリスタのスティーブ・サンデーと会えるにちがいない。 守夜はスティーブ――大叔父のことを覚えていなかった。ナイトメアダウンの時に、やはりリベリスタだった守夜の祖母、スティーブにとっては姉のメアリーを守って亡くなったと聞いている。一回り以上年の離れた姉弟は、普段からとても仲が良かったそうだ。 姉の招きで日本に遊びに来ていたスティーブは、帰国当日、どういうわけかロンドン行の飛行機には乗らず、そろそろ日付が変わろうかという頃になって陽渡家に戻ってきた。理由を聞くと、「もう少しこいつと遊んでやりたくなった」といってすやすやと寝息を立てる守夜の顔をのぞき込んだという。説明を拒む背中に、祖母メアリーも両親もそれ以上は追及しなかったらしい。 (写真が残っていて良かった) あらためて写真の中の若き大叔父を見た。正装姿も凛々しいイケメンだ。金髪をオールバックにして洒落た眼鏡をかけている。身内ひいきと言われようがなんだろうが、男の目でみてもすこぶる恰好がいいのだからしかたがない。 写真は名門ケンブリッジ大学の「メイ・ボール」開催中に撮られたものだった。学年末試験の終わりとともに迎える初夏、常日頃勉強に追われている学生たちが現代の大舞踏会ともいうべき「メイ・ボール」で思い切り羽を伸ばす。大叔父も大いに楽しんだことだろう。この時スティーブは二十歳。リベリスタとしてはまだ駆け出しのクロスイージス。これから会うことになるスティーブは、この写真よりも老けているはず―― キュ、ポン! 耳元で栓が抜ける小さな音がした。続いて肩越しに太い腕が伸ばされ、守夜の手から写真を奪い取った。 「おい! なにを――」 「オッケー、オッケー。サインだろ? 特別サービスだ」 振り返った先に、爽やかにほほ笑む大叔父スティーブ・サンデーがいた。 胸の筋肉が素肌の上に着た白いポロシャツを押し広げている。パンツの丈は少し短めで、靴下は履かずに素足にインディアンモカシン。日に焼けた長い手足に白く輝く歯。サインペンを持った腕の脇にドンキ・ホーテの絵本を挟み込んでいた。 「それにしても懐かしいな。この写真、どこで手に入れた?」 黒ペンでサイン入れした写真を持ち主に返しながら、スティーブは片眉を上げた。 「メアリー先生から預かってきました」 守夜は素性を隠し、祖母のメアリーの弟子だと言った。ウソではない。怪しむスティーブに、祖母から習った拳法の型をいくつか演じた。内受突を後の先、対の先、先の先で行い、中段返も同様にそれぞれの先で使い分けて見せてみる。 「ふむ、センスは悪くない……」 えっ、と返す間もなく横にスティーブが並んだ。守夜とぴったりタイミングを合わせて型を演じはじめる。 たちまちのうちに人だかりができた。 興が乗ってきた。思いはスティーブも同じらしく、阿吽の呼吸で向き合うと、打ち合わせなしの本番で自由組み手を始めた。 「上手くなるには捨てること」 「はい」 「一般的な武道の概念はバッサリ切り捨てたほうがいい。心を空っぽにしてメアリーの教えをしっかり吸収するんだ」 ヴァンパイアだけに、とスティーブが茶目っ気たっぷりに八重歯のような牙を見せたところで組み手を終えた。沸き起こった拍手に軽く手をあげて応える。 「さて。チェックインまでまだ時間がある。向こうでアイスティーでもいただきながら話を聞こうじゃないか。何か頼み事があるんだろ? 遠慮せずなんでも言ってみたまえ。ヒーローに叶えられないことはない」 守夜はしどろもどろになりながら来る日のことを語って聞かせた。自分が何者なのか、どうしてそれをスティーブに伝えなくてはならないのか……肝心のところをぼかしたままだったが、スティーブは最後まで口を挟まずに聞いてくれた。そして何も言わずにすべてを受け入れてくれた。にっこりと笑って。 「まさにヒーローの出番ってやつだな。任せておけ。お前の未来は俺が守ってみせる」 ああ、だからお前は来るな。いいか、絶対に来るんじゃないぞ。そう言ってスティーブはくしゃくしゃにした航空チケットを守夜の手の内に押し込み、荷物を担いで去っていった。 正体がばれていた。 誓って口にした覚えはない。用心に用心を重ねて説明をした。それでも―― 顎の先からしたたり落ちた涙がロビーを打つ。 守夜のAFにチコーリアからの緊急メッセージが入ったのは、それから1時間後のことだった。 ● 『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラは案内担当者から写真つきゲートパスを笑顔で受け取ると、物珍しげに眺めてから赤いストラップに首をくぐらせた。 写真はリンクチャンネルをくぐる前に撮ったものだが、ゲートパス自体は間違いなくこの時代に作られた物だ。 (なんだかとっても不思議なのだ) 胸のゲートパスを小さな手でぽむぽむと叩く。 どうやって手を回したのかは分からないが、アークはチコーリアの要望を聞き入れて15年前に行われた超人気ツアーの予約を取ってくれた。もちろん、依頼のためにだ。空港見学しながらどうやって有力覚醒者を未来の三高平市へ誘うのか。その手段、方法は特にアーク本部から問われなかった。それもこれもリベリスタとして信頼されていればこそだが……。 (ま、何とかなるのだ) 実は面白半分でブリーフィングに参加し、その場の勢いで依頼を受けてしまった、とは口が裂けても言えない。 「それではみなさん、出発します。はぐれないようにちゃんと後をついてきてくださいね」 はーい、とほかの子供たちにならってチコーリアも元気な声を返した。 案内担当者から羽田空港についての説明を受けた後、セキュリティーの厳重な二重ゲートをくぐって「制限区域」へ入った。駐機場に出入りする航空機を誘導するためのランプコントロールタワーや、航空機火災に備える空港消防隊の施設などを見て回る。離着陸する航空機を至近距離で見られるA滑走路では、ツアーのみんなと一緒になって「すごーい、おっきいー」とはしゃいだ声を上げた。 「すごい迫力なのだ!」 依頼のことなんてすっかり頭の中から消し飛んでいた。 チコーリアが15年の時をさかのぼり、1999年7月の日本にやって来た目的を思い出したのは、検疫管理の施設を見学後に訪れた貨物エリアでのことだった。 カーゴの前を通り過ぎた時になんとも言えない不思議な香りに包まれた。とてもいい匂いだ。ほかの参加者たちも匂いに気づいたらしく、足を止めて匂いの元を探し出し始めた。 たぶんこれですね、と案内担当者がコンテナの一角に置かれたゲージを示した。 「この中に入っているのは、ええっと、香木だそうです。匂いの出るものは普通、密閉式のコンテナに入れることになっているのですが……変だな。なんでゲージに入れているんだろう?」 答えは生き物だから。 匂いを発していたのは白樺の樹皮を纏ったような小さな人型アザーバイドだった。かわいそうに、肢体を鎖でつながれて狭いゲージの中でさえ自由に動けないように固定されている。幻影でただの木片に見せかけているが、密閉式のコンテナに入れると間違いなく酸欠で死んでしまうだろう。 アザーバイドはこの世界でのフェイトを得ているようだった。 (大変なのだ。はやく助けてあげないと、なのだ) チコーリアは辺りを見回した。近くにこのアザーバイドを捕えたフィクサードたちがいるかもしれない。 ――いた! いかにも悪党といった顔つきの連中が、書類を片手にこちらへ歩いてくる。 「はい、みなさん。次のエリアへ行きますよ」 案内担当者の後ろについてツアー客たちがぞろぞろ歩きだした。チコーリアは列の最後尾につき、隙をみて列を離れ、カーゴの影に小さな体を隠した。不在を誰にも気づかれていないことを確認してから、急いでアザーバイドが閉じ込められたゲージに戻った。 ちょうどフィクサードの1人が検査員に書類を手渡しているところだった。必要書類の提出が済めばあとは荷物の積み込みを待つばかりとなる。 チコーリアはAFの通信回路をONにすると、相手を特定せず現在地と状況を簡単にまとめたメッセージを送った。 (誰か来てくださいなのだ。チコひとりじゃ厳しいかもなのだ) 検査員が悪党たちから離れたタイミングで、チコーリアは意を決し、カーゴの影から飛び出した。 「この子の親がもうすぐ異世界から激おこプンプンでやってくるのだ。チコが代わりにごめんなさいしてあげるから、この子を逃がしてあげるのだ!」 「ああん、なんだチビ? お前……もしかしてリベリスタ?」 たちまち3人の悪党に周りを囲まれた。1対1ならまだしも、1対3では明らかに分が悪い。おそらく全員が前衛職だ。手の甲に刻まれたたくさんの傷が何よりの証拠。この距離で一斉に攻撃を仕掛けられたら、冗談ではなく一瞬で終わってしまう。 「そ、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないのだ……」 「じゃあなんだよ?」 いつでも好きな時に片づけられると踏んだのか、フィクサードたちは明らかにいまの状況を面白がっていた。 「こいつに親がいるとしても、だ。もうすぐ来るっていう根拠は何だ? どうせ口から出たでまかせだろう」 そういえばオレたちがビビるとでも思ったのか、とすごむ。 「信じたほうがいいですよ」 カーゴの上から艶のあるバトリンの声が落ちて来た。 ● チコーリアが首を上げると、柔らかく微笑むセッツァーと目があった。その横に、ロープでぐるぐる巻きにされたフュリエ――レティシアと、やはりロープで縛られた大きなハリネズミみたいなアザーバイド。 「なんだ、テメーは?」 「同業他社といったところでしょうか?」、とセッツァーがロープを引いた。ワンテンポ遅れてレティシアが小さく悲鳴を上げる。 「同じく闇で異世界の住人を売りさばく者として、ワタシもその子も知っているのですよ。親のR-typeがいかに危険なものかを。……ね、ボス?」 セッツァーが首を向けた先に、胸の前で腕を組んでうんうんと頷く守夜がいた。 「うんうん、奴は危――え?」 いきなりセッツァーに話を振られて守夜は驚いた。閉じていた目をぱちりと見開いて絶句する。ボス? 俺が? AFに入ったチコーリアのメッセージを聞いてからここへ駆けつけてくるまでの間にセッツァーと、次にアザーバイドを連れたレティシアと合流した。走っているあいだ、特に打ち合わせらしい打ち合わせはしていない。だいたい、いつの間にセッツァーはレティシアたちを縛り上げたのか。そも、あのロープはどこから……。 レティシアが片目をつむった。開かれている目には何かをたくらむ気配が色濃く出ている。話を合わせろ、と言っているようだ。 意図を察した守夜は即興で悪党のボス役に臨んだ。大のヒーロー好きであればこそ、悪のボスの立ち振る舞いも頭に入っている。はすに構えると、しゃべり言葉の端々にトゲを出した。 「ああ、そうだ。異世界を渡り歩き、滅ぼしてまわっている恐ろしい巨人の存在を覚醒者のくせに知らないのか?」 カーゴの上からフィクサードたちを見下ろし、最後のあたりでふふん、と小ばかにしたような息を鼻から抜く。 「……聞いたことがねぇな」 「このおじさんたちダメなのだ。チコたちだっていい匂いの大元を捕まえたいけど、あんまりにも強すぎるから手が出せないのに」 チコーリアの言葉にフィクサードたちが反応した。“頭が悪い”にではなく、“いい匂いの大元”という単語に興味を示したのである。そいつの親はいつ、どこに来るのか、と聞いてきた。 「ま、俺としちゃ、あんたたちがどうなろうと知ったことじゃないが……なあ、どうする?」 守夜は苦笑いでセッツアーへバトンを投げ渡す。 「そうですね、ボス。ただで教えてやる義理はありません。み――」 「貴方たち、何を言っているのか分かっているのですか? 自殺行為ですよ!」 芝居がかった悲鳴をレティシアがあげた。下手な演技だ。 意識を共有できるフュリエたちの世界で芝居は成立しない。芝居はボトムにきて初めて得た知識、まして姉妹たちよりずいぶん遅れてボトムへやってきたレティシアが芝居上手なわけがなかった。 「オレたちはお前らとは違う。組織力も個々の実力も格段上だ。他の世界を滅ぼして回っている? じゃあ、オレたちがそいつを捕まえてやろう。たまにゃ、正義の味方をやるのもわるくねぇ……ってな」 がはは、とフィクサードたちは大口を開けて笑った。 「で、チビ。親はどのぐらい大きいんだ」 最後の質問は敵の強さを図るためではなく、明らかに金勘定で聞いているようだった。 チコーリアは緩みそうになる口元を必死に引き締めつつボスの守夜を仰ぎ見た。 守夜は首を縦に振らなかった。かわりにセッツァーが口を開く。 「見返りを要求します。そうですね。子をワタシたちに譲っていただけませんか? 親を捕まえれば、その子の何千倍もの利益をだすことができるでしょうからね」 「捕まえることができればな」と守夜。 あくまでフィクサードたちを小ばかにした口調を崩さない。守夜はいまや芝居ではなく、本気でフィクサードたちをバカにしはじめていた。が、こんな連中でも一応は覚醒者。いないよりはマシ。ナイトメアダウンの被害拡大阻止のために少しは役立つだろう。 取引が成立し、チコーリアが対R-typeのまさに最前線となる位置と時間を伝えた。 「あーるたいぷを狙って、もうたくさんの覚醒者が静岡県の東部に集まっているらしいのだ。早く行かないと狩りのためのいい場所を取れないかもなのだ」 チコーリアにゲージの鍵を投げ渡すと、フィクサードたちは携帯で仲間に連絡を取りながら去っていった。本気でR-typeを狩るつもりらしい。 「……彼らがR-typeを倒してしまったら?」 「歴史が変わってしまいますね」 遠ざかるフィクサードたちを目で送るセッツァーに、ロープを自分でほどきながらレティシアが答えた。 それもいいかもしれない。守夜は思う。国内のフィクサード組織が7派ではなく8派、いや、下手をすればバロックナイツ級のフィクサード組織ができてしまうかもしれないが、かわりに大叔父は死なずにすむかもしれない。 「ないのだ~、それはないのだ」 チコーリアが顔の前で手を横に振る。 「もしかして、はあるかもなのだ。でも、あのおじさんたちが、はないのだ」 ――だよな。守夜は苦笑いしながらチコーリアから鍵を受け取ってゲージの扉を開き、次いで震えるアザーバイドの体から鎖を外してやった。が、せっかく自由になったというのに、肝心のアザーバイドはゲージの奥へ身を寄せて一向に外へ出ようとしなかった。 「もう大丈夫なのだ。チコたちは味方なのだ」 チコーリアの後ろからレティシアとポモモがゲージの中をのぞき込んだ。少しでも緊張と不安が和らげば、とゲージの横でセッツァーは子守歌をハミングする。 ようやく出てきたアザーバイドは、不思議なことにあのいい匂いを発していなかった。どうやらあれは恐怖を感じた時に発する匂いだったらしい。 「ふむ。では、彼らはますます張りきってR-typeを攻撃することでしよう。実際はそんなことを考えている余裕がないと思いますが」 顎の下に指をあててセッツァーが言う。 レティシアは白樺の妖精を抱きかかえると、大きなハリネズミのポモモの肩に乗せてやった。 「この子はポモモが責任を持って元の世界に返してあるよ。だから、みんなはお帰り。あまり長く“過去”にいて干渉してはいけないよ」 ポモモはくるりと傘を回すと、レティシアにウインクを飛ばした。 「このお嬢さんの話が本当のことなら、だけどね」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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