● 1999年7月――。 その一月後の事件を知らぬものは、現代を生きるリベリスタにはおるまい。 しかし、『その時を生きる』リベリスタにとっては、未だ見ぬ未来。 何も書かれていない、白紙の時間――。 無視をすることもできただろう。 だがそれは、あの日の災厄を設立の根幹に持つ方舟の、矜持が許さなかったのだ。 起こりうる災害を、日本に訪れた黄昏を、あの絶望と悲劇の日を――今度こそ、回避するために。 ● 「例のチャンネルの話だが――まあ、いろいろと調査に行ってもらいたいんだがね」 そう言って『まやかし占い』揚羽 菫(nBNE000243)が手にしていたのは、埃をかぶり、すっかり日に焼けたバインダー。埃を払ってしまいそうになるのを自制して、白い手袋で慎重に開く。 「あるチームが壊滅した事件の資料だ。この事件が起こるかどうか、起こったとして同じ敵が出るかどうか。 誰が死に、誰が生き残り、『あの日、静岡東部に来ることができるか』も――気にするべきだろうな」 眉を寄せて資料に目を通し、菫がまず読み上げたのは、結末。 「このチームの壊滅は、ナイトメアダウンより早い。 前衛がいち、ナイトクリーク、ホーリーメイガス……全部で3人の小規模なチームだったようだが。この事件でひとりを残して二人が死亡。生き残ったナイトクリークがこの資料を作成。この人物はナイトメアダウンの際は別の地方にいたようだが、後に単身でエリューションと戦い、命を落としている。このチームはそもそもナイトメアダウンの情報も持っていなかったようだね」 机の上に慎重に置くと、プラスチックのカバーを置いて、ふうと息を吐く。 「……例の穴の向こう側が、一体何なのか。私ははっきり言ってよくわからん。ただ、私達の知るあの夏と同じような事が起き、同じように時間が流れ、あの頃に見た顔ぶれがいる。政治家に時村貴樹もいる。エインズワース姉妹の父親も、おそらくは存命だろうね。もし、もしもあの穴の向こう側が、まったくもって現在につながるただの時間の穴だったとしたら――私達は、『とんでもないこと』もできるかもしれない」 あの頃に出た大穴万馬券を当てるとかもできるだろうね。そう言ってから菫が少し目を細め、それから強い視線でリベリスタを見回す。 「だが、それはできない。アークはそれを許可しない。 はっきり言うぞ。これがもし本当に、本当に『過去そのもの』だった場合、あまりに大きな干渉を行えば、何が起きて、何が起こらなくなるかわからない。最悪の場合、R-typeがあの日に来ずに、もっと備えの手薄な日にくるかもしれないし、何らかの方法で『未来の情報』を手にした輩が、未来の要人を暗殺する可能性も捨てきれない。時村親子とかな。もっと言うなら――自分が死ぬと知って、怖気出さずに戦場に行く人間が、どれほどいる? もちろん、それを知っても向かう者はいるだろう。だが、 『生きて帰る』という意志が戦いの場において、どれほど意味を成すのか――私よりも、君たちのほうがよく知っているはずだ。 だから、君たちに許可されるのは、最低限の改ざんのみだ。 間違っても、自分たちが未来人であるとか、この戦闘で彼らのうち誰が死ぬか教えるとか、私のメモ通りの馬券を買うとかやってはいけない。畜生せっかく調べたってのにものすごい怒られた。いやそうじゃなくて。相手も神秘を知る者だから、フォーチュナが予測した、と言えばいいと思うかもしれないがね。 ……万華鏡なしでフォーチュナが知れることは、たかが知れてるんだよ。そしてあの時代に万華鏡の精度は、間違いなく想像もできない。文字通り、単色モノクロ表示で着信音を単音手打ち入力してた携帯の時代にスマホを持ち込むようなものだということを、しっかり自覚していってくれ」 菫は言葉を切ると、真新しい紙に印刷された資料を配る。 「――長々と話したな。まとめるぞ。 エリューション事件を調査すること。調査に関しては、通常のエリューション事件と同じように対処する形で構わない。この結果、『1999年8月13日に静岡東部へ来れる戦力を増やせる』形に歴史を改ざんすることは許可の範囲内だ。ただし繰り返すが、君たちが未来から来たなどを明かすのは禁止。 アークどころかプロトアークも存在していない時代だ。君らの話も、すぐには聞いてもらえない可能性があるが……ま、その辺り結局、神秘に属する存在なんだから、強いところを見せりゃ信じてもらえる目もあるだろう。『何か自分の知り得ない情報収集手段があるに違いない、世界は広いな』くらいで」 急に大雑把になった菫が、そこでペットボトルからジュースを口にする。話は終わりということらしい。 資料に目を落としたリベリスタが困惑した表情を浮かべたのを見て、菫は苦笑を返す。 「……いや、まあ、そういうこともあるんじゃないか?」 ● 1999年、7月、夜。 桜井隆太は、通い慣れた飼育舎に入って池の中をのぞき込むと、よう、と声をかけた。 「暑いな、ホント。俺も水浴びしたいよ」 <ははは、しかし人の汗は色がないから、そんなに目立たないだろう?> 隆太の脳裏に響く声。隆太はそれに慣れた対応を返す。 「色はなくても服にシミができるからなぁ。臭いはほら、動物園の臭いだろってごまかしてるけど」 「隆太はもうちょっとお風呂に入るべきだと思うのよ、私」 ばさり、と青い羽を広げた吉野美樹が、池の上を滑るように飛ぶ。 ジーニアスのナイトクリークである隆太と、フライエンジェでホーリーメイガスの美樹はこの小さな動物園の飼育員で、冬には挙式を予定している婚約者でもあった。 <リュウタはミキに勝てないな。――ところで、今日来てもらったのは他でもない。 鳥達が騒いでいてね。歪みがまたひとつ、かたちになりそうだと。倒さなければいけないね> 「へえ……あ、そうだ。じゃあ、そいつを倒したら三冊目の本にしていいか?」 <子供たちが喜ぶのなら、是非もない。ただ、場所はサバンナにしてくれるとありがたいな> 「いつか帰りたい場所、か。ごめんね、まだ、貴方を帰す方法は見つからないの」 <来るのも大変だった。帰るのは、いつか全てが終わってからで十分。その時はきっと身軽だから> ざばり、水音を立てて池から上がったマスターテレパスの主は、自分の足でゆっくりと、用意されたトラックの荷台に歩を進める。 <さあ行こうか。今日の敵は見た目より、随分と強いようだから、気を引き締めて> 隆太たちの脳裏に、巨大な敵の姿がうつる。 「……え、これ、何?」 最初に困惑したのは、美樹だ。 「セミの抜け殻……だよな? E・ゴーレム? E・ビースト? ……いや、こだわることじゃないか」 のしりのしりと歩く蝉の抜け殻(5m)。なるほど、建設途中で放棄された山奥のゴルフ場建設予定地など、常人の目にはなかなか意識も向かない場所だ。 <ではそこまでの案内、よろしく頼むよ、リュウタ> 「おう、任せとけ、ヒポさん――いや、カバ王!」 彼のことを自作童話の主人公の名で呼んだ隆太に、荷台のカバはウインクを返した。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月10日(日)22:42 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「リベリスタ組織が助太刀だー、一緒に歪みを正そう!!」 威勢のよい声。 介入を予想だにしていなかった隆太は驚いた顔を向け、美樹は淡く警戒の表情を浮かべた。 「カバ王! 混ぜて下さい! わたし! 通りすがりのゆーしゃ――リベリスタのデュランダルのイシュターです!」 「私、カバ王のファンなんです。あとでサインくださいっ」 そう言って、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)に続いたのは『あほの子』イーリス・イシュター(BNE002051)と『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)。 少女達の言葉に、カバもまた目を細める。 絵本のカバ王はサバンナの王だ。動物園のタグが耳に付けられた存在と同一とは、普通思うまい。つまり、カバにしてリベリスタと言う決して普遍的とは言えない己のプライバシーを、彼女たちは当たり前の様に把握していたと言う事だ。 警戒を強めた過去のリベリスタたちに、『てるてる坊主』焦燥院 "Buddha" フツ(BNE001054)は畳み掛ける。――今はとにかく敵を倒すのが先決だと信じて。 「オレはリベリスタのフツ。見ての通りの坊主だ! 槍と符術を得意としてる。オレ達は、『こいつらと似た敵と交戦した経験がある』からここにやってきたんだが……こいつらは、オレ達が戦ったのと『似た敵』なんかじゃねえ。オレ達が取り逃がした相手そのものじゃねえか。頼む、オレ達にも一緒に戦わせてくれ。足手まといにはならねえ! もちろん、こいつらの戦い方も教えさせてもらう!」 取り逃がした相手、というにはたたずむエリューションには交戦の痕が見当たらないが、初見の敵からひと目で見抜ける情報などそう多くない。そして当然援軍が有難くない筈もない。膨らむ不安をある程度相殺できる位には、提示された情報と戦力が魅力的な事もまた事実。二人の飼育員と一匹のカバは、逡巡する様に顔を見合わせた。 「見た目は弱そうですけど、フェーズ3級の強さだと考えてください。 私達11人がかりでも、気を抜けば死人が出ますよ。特に混乱に注意してください」 飼育員たちの警戒の色が消え切らない事に少し困惑しつつも、セラフィーナはヌケガラたちへの距離を詰めた。まずの狙いは、コワレカラ。その内の一体に向け、霊刀東雲を抜き放つ。繰り出される七色の光の飛沫は、小さな歪みの一体の目を彼女に釘付けさせるには十分だった。 特撮忍者風の装束を纏った『どっさいさん』翔 小雷(BNE004728)が、エリューションへと駆けていく。この時代のリベリスタたちの傍を通りすがり様、隆太の姿を見つけ、言葉を投げた。 「油断するな、大切な仲間を失いたくはないだろう?」 隆太が息を呑む音は、セラフィーナとは別のコワレカラに破壊的な気を叩きこむ掌打を放った小雷には届かなかったが――そうだ。今やるべきは、敵の撃破だ。それだけは間違いなく伝わったことに安堵する。一方、カラは透き通った場所に増えたヒビを不思議そうに撫でる。――撫でた。当たりの浅かった掌打は殻を麻痺させるにはいたらなかったのだ。 「――くっ」 歯噛みする。その向こうで、河馬が巨体をらしくない速さで、強敵にたたきつけるのが見えた。 「図体がでかくて力もあるくせに中身はない、厄介な相手だぞ!」 小雷の声がカバの耳に届いたのは、体当たりの衝撃が浸透したはずの相手がまるで平気な様子をしているのを目にした直後。カバは思考を巡らせ、それをそのまま、皆に通じさせた。――闖入者たち8人にも、別け隔てなく。 『ふたりとも。今は彼らの言うことを信じよう。どうやら、この敵の特徴を私達より知っているのは間違いないようだ――瓜二つの敵と戦ったのかもしれない、修復能力があるのかも知れない』 やんわりとしたたしなめ方は、しかし、一抹の警戒が消えていない事を示してもいた。それを察し、『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は柔らかく笑って片目を瞑る。 「どうもお邪魔するよ。俺達もリベリスタの一団だ、嘗て逃がした獲物を追って来た。 良ければ共闘させて貰えないかな、其方のお名前もお聞きしたい処。 ――奴等を舐めてはいけない。特に小さい方は此方の精神を変調させ正常な判断能力を奪うよ」 「……カバが何者か調べた時、ついでに調べなかったのか?」 『リュウタ。……あっちの女性は、ミキだ』 挨拶がてら、借り物の翼を皆に付与した遥紀に、隆太はつれなく怪訝な顔をする。たしなめたカバがわざわざ名を呼んだのは、彼なりの気遣いと見て間違いないだろう。『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)は、距離をとり、半眼でリベリスタたちを見た。過去の彼らを直視はしない。できない。 (助けたところでNDまで数日分、命を長らえるだけ、か。 死に場所を変えさせるだけだな。お笑い草だぜ) 心中の露悪は自己防衛の側面を持つ。必要と割り切っても――気に病まないという意味ではない。 また別のコワレカラに向けて厳寒をまとわせた紅と黒の旋棍を振るいながら、カバの視界に入るよう『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は己の頭を指さす。思考を読み取れと。 『細かいことは抜きに君らの不幸をうちのフォーチュナが未来視したんだ。 君の動物の直感でも、いい予感はしてないと思う。僕らが取り逃したのでそんなことになるのは嫌だ。 君からも彼らに助言をしてもらえないかな?』 『……未来視の話は信じよう。まだ死にたくはないからね』 ヒポポタマスは、丸い目で夏栖斗を見ながら耳を回した。返事は、夏栖斗にだけ届いたようだった。 「――くそっ」 隆太は暁月を空に飛ばす。不吉を呼ぶ月は『リベリスタ』を照らすことなく、エリューションたちを赤く染め上げる。また別の小さな殻に、魅零が漆黒の霧を巻きつかせた。 「!! カバ王なのです!! すごいのです!! イーリスちゃんが言っていたものなのです!! 本物なのです!! ヒーローなのです!! かっこいいのです!!!」 高いテンションがそのまま叩きつけられたかのように、霧は瞬時に箱となり、殻は箱の囚人と化した。 「私は罪を犯しました。強くなるというエゴの為、食べて一つになりました」 ばさし。それを口にしたイーリスの言葉は、懺悔よりも決意の方が近しい響きを持っていた。 「許すです――そして、いくですよ、はいぱー馬です号! 小さいのから狙うです!」 最後に残った小殻にエネルギーを込めたハルバードを叩きつけ、押しのける。ごろごろと転がったコワレカラが身を起こし、ひゅいっ、と小さな音を鳴らした。他のコワレカラが、その音に共鳴を返す。 音はやがて、不協和音となってリベリスタたちに絡みつく。幾重にも絡みつく、腸を撫で回すような不快感 ――その一つ一つを、全て避けることは難しいが、俊敏なセラフィーナには不可能な話ではない。惑乱を受けぬフツがヌケガラキングへと接敵する。途中、意識のはっきりしている様子の河馬に敵の特性を伝えながら、槍を構えた。 「デカイのは、足で刺してくるし、周囲を取り囲むとまとめてふっとばされる! そして、防御無視攻撃とか、毒とか出血させる系の状態異常は効かない!」 だから先にとばかり、ぐわりと振り回した槍はキングの足を狙い、押し飛ばそうとする。デカブツであればこそ、避けにくかろうとの判断か。しかし強敵に得物の感触は浅く、押しのけるには至らない。 「殻如きが人の命を奪おうなんざ、おこがましいんだよ」 そう吠えて、影継は速射砲を構える。湯気を上げて膨張する肉体が、全ての破壊力を逃さず弾丸に向かわせる。そのすさまじい威力は虚ろに壊れた殻を砕き、更に壊す。 ――しかし、認識を歪められた者もいる。焦点の合わない目で詠唱を始めた美樹は魔法陣を展開すると、己自身に向け聖矢を放った。 混乱がじわり広まる中、ヌケガラキングの体がのそりと天を仰ぎ、フツへと風切り音ごと伸し掛かる。重さを受け、みしりと言う音が体の中で奏でられた。フツは口の端で笑みを作る。 大ダメージだと? この程度で。――笑わせる。 この僧服を土で汚したいのなら、お釈迦様でも連れてくることだ。 ● 過去・未来の二人の回復手が共に惑乱しているのを見て、セラフィーナはどう立て直すべきか思考を巡らせつつ七色の光で殻を貫き刺す。コワレカラの術中に囚われている仲間は少なくなかったが、混乱の上でエリューションを砕く場合も多い。それは偶然か幸運か、或いは情熱が生む奇跡か。 「いしゅたーすまっしゃー!」 エネルギー球とともに一閃されるヒンメルン・アレスが、コワレカラを薙ぐ。目の焦点は合っていないが、魂に刻まれた特攻精神には変わらず一点の曇りもない。 『なるほど、これは厄介な敵だ』 唸るような思念と同時に、獣は咆哮を上げる。気合を込めた、強烈な突撃がキングを揺らす。 (この先の未来が僕らの世界に繋がってるかどうかはわからない。 それでも、この僕らの現代と、繋がったんだ……それは偶然かもしれないし必然かもしれない) 夏栖斗は手にした紅桜花と玄武岩を握り直すと、目の前の割殻を氷の世界に閉じこめる。 (この世界の未来に干渉するのは間違いなのかもしれないけど、不幸な結果を捻じ曲げる位はいいだろ!) まだだ、まだやれるはずなんだ。 魅零の振り回す大業物は呪いを帯びて、コワレカラに十重の苦痛を刻む。動けるコワレカラは2体。エリューションたちは躊躇なく、再び不協和音をかき鳴らした。 面倒な。 少しの焦りとともに、フツはもう一度、キングを押しのけようとなぎ払う。だが――されどでかぶつ。揺らげども未だ動く様子は見えないが――なに、一度で無理なら何回でもやるのみ。のしりと動くキングの行く手を遮ることはせず、フツは槍を構え直す。キングは小雷を足先でつついた。軽く見えても、尖った爪は酷く食い込む。その悲鳴を耳にしてか、遥紀が正気を取り戻した。 ふいに、心配そうに皆の顔を見ている河馬の目に気がついて、遥紀の口元に微笑みが浮かぶ。 「カバ王……ふふ、理知的で穏やかな性格をされているようだし桜井の筆も進んだ事だろうね。 子ども達にも会わせてあげたかったな、喜んだろうに」 ぐいと体を伸ばす。手を、翼を、足を伸ばして。聖神よ、その息吹を癒しに変えて、今ここに。 (亀裂の向こう側、「過去」の「改竄」――如何なる結末を齎そうとも向き合うのみ) 一挙手一投足が、歴史を変えうるファクターなのだと心に刻む。 「俺や吉野さんは距離を離し、桜井さんは遠距離を中心に頼む。 ――カバ王さんは俺達の仲間とは出来るだけ距離を離してね」 手早く出した要請が、どれだけ聞いてもらえるかはわからないけれど。 「おおおおお!!」 一方で、フツの槍がとうとうヌケガラキングを押し退け、凍りつかせる。 逆襲の機運は、今。 ● 「抜け殻、壊れていないの探すの大変なのです。見えますか――わたしのが! これが本物です! この! せみのぬけがら! もう! とりのがしはしないのです!」 雄叫びとともに放たれたイーリスの一撃で、最後の壊殻が砕け散った。 押し退けられたヌケガラキングを夏栖斗が抑え、時折凍らせて動きを止める間、2014年のリベリスタたちはコワレカラの撃破に回ったのだ。だが、1999年のリベリスタのうち、隆太は遥紀の要請を聞かず、自分たちのチームリーダーの補佐に、つまりキングから近い位置で戦い、既に一度、運命を燃やしていた。彼にとって、ヒポさんは大切な仲間なのだ。どうしても、突然現れた一団のひとり――抑えを交代した夏栖斗――とリーダーのふたりだけを強敵の前に出すことに納得ができなかったのだ。 「魅零、怪我はないか?」 「……キング、乗れそうなとこないかな。見えない場所から小細工だっ!」 気遣った小雷に片手を上げて軽く返礼し、魅零は回りこもうと借りた光翼をはばたかせる。 「よくもやってくれたな――聞け、死神の咆哮を! 斜堂流、運命両断撃!」 個人携行用対戦車砲が火を吹いた。影継の繰り出すこの一撃が、何体のコワレカラに大打撃を与えただろう。キングもまた、その威力には悲鳴にも似たきしみを上げる。 痛みから逃げるかのように、巨大なヌケガラが跳んだ。手足を騒がしくばたつかせ、短いスパンで着地と跳躍を繰り返し――衝撃波が、ヌケガラキングを中心とした球状に放たれた。 巨大な口から血を吐き出し、河馬がどうと地に倒れる。よろよろと身を起こした彼が、世界の寵愛を削ったのが明らかだ。血相を変え、セラフィーナが刀を振るう。 (カバ王の絵本は子供の頃に何度も読みました――カバ王のイラストがとっても可愛くて、和むんです) 悲しい結末の書かれたカバ王伝説の三巻。イーリスのように、クレヨンでハッピーエンドを書き足すことまではしなかったけれど。 「カバ王のファンとして、あの名作をバッドエンドで終わらせるなんてさせません!」 ――書き直せるなら書き直したいと願っていたのは、彼女も同じだったのだ。 バンテージの緩みを直した小雷は掌打を、カバは突撃を繰り返す。遥紀は、何度も何度も、聖神に乞うた。夏栖斗の凍てつく武技が、敵の背にしがみついた魅零の苦痛を刻む太刀が、隆太の刻印が。キングを苦しめる。イーリス、影継が叩きつける、全力中の全力の破壊力。フツの喚ぶ四神赤鳥は、ごうごうとその殻を焼く。美樹は賦活の微風を、恋人に願う。じりじりと追い詰められたヌケガラは、やがて。 ――ジジジジイジジジジジジ! 二度目の光翼が消えたくらいの頃、一際大きな衝撃波がリベリスタたちを飲み込んだ。 それは本当に最後の抵抗。セミファイナルではなく、ファイナル。 ● 「うちの組織のフォーチュナが異世界のミラーミスの出現を予知してる。 場所は静岡県東部、日時は8月13日。アンタらが良ければ、対処に協力してくれ」 「自分のチームの名前が言えないなんて、曖昧ね……ってミラーミス!?」 『……それは、いくらなんでも、余りに大ごとだ。詳しく話して欲しい』 小雷はどこか遠くにそんな会話を聞き、意識を浮上させた。相打ちになりそうな瀬戸際で、ヌケガラキングが砕け散ったのを目にしてどっと押し寄せた疲労に、少し眠りかけていたようだ。周囲を見回すと、ほっとした顔で見下ろす遥紀と目があった。 「良かった。目を閉じて、動かなかったから。翔の傷はそんなに酷いのかと思った」 「俺なら平気だ」 「――うん、見た目ほど酷くない。もう大丈夫だね」 そう言って遥紀は小雷に包帯を巻く。周囲では皆それぞれ、思い思いの方法で疲労を回復させていた。 カバ王は後ろ脚をたたむように座って、あちらの会話に参加中で――イーリスがその肌をぺたぺたさわらせて貰っていた。ついでにさっき、ガゼルの汗は黒いんだよ、とか教えてもらっていたりした。 「ごめんなさい、なんで知っているかは聞かないで欲しい」 過去のリベリスタ達の当然と言えば当然の要求を、魅零が断る。 「でも、私達はそれを止めて欲しいが為に貴方たちを信用して言うの お願い、悲劇を止めて。『2回目』なんて、もう、真っ平御免なんだから!」 「ちょっと魅零さん!」 傷ついた身体に鞭打ってセラフィーナが慌てて止めに入る。彼らに真実を伝えられない事を悔しいと思っていた彼女だからこそ、危うい情報を口にしてはいけない事を強く認識している。 「──帰ろうか」 肩に置かれた手に振り返れば、あえて何も言わぬままだった夏栖斗が静かに頷いている。 詳しい事情を伝えられない以上、長居は無用だ。 「待ってください! その前に作者の人にサインをもら……なんと! お疲れで眠っておられるのです!」 イーリスの悲鳴が響き渡ったが、隆太はいびきを、ぐご、とかいただけだった。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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