● 「エリューションの対応をお願いしたい」とだけフォーチュナは告げていた。 それだけならば決してイレギュラーな事態では無い。 しかし、その現場が問題となった。フォーチュナの指示ではあるリンクチャンネルを潜って別の世界での対応をお願いしたい――とのことなのだが……最下層であるはずのボトムチャンネルが上位となった『チャンネル』が行き先なのだ。 突如として三高平に開いた穴はリンクチャンネルだった。 しかも、こちらとあちら――ボトムと『接続先』での交通はボトム住民の移動経路としては使用できるが、『接続先』の住民らは通り抜ける事も出来ないらしい。 『接続先』の街並みは現代日本とあまり変わらない。しかし、何処となく懐かしさを感じるものだ。 アイドルユニットが謳う流行りの恋の歌や子供達が好きそうなタンゴが流れ続ける商店街。 その様子を見て『現状は保留』することになったのも仕方がないのだろう。 即時破壊を決めかねたのはその接続先が――1999年7月の日本。ナイトメア・ダウンが起こる直前の場所だったのだ。 果たして、その過去が『ボトムチャンネル』の本当の過去であるか、はたまた別の日本であるのかは分からない。しかし、過去であるという可能性がある事を否定する事もできない。 ナイトメア・ダウンが起こる事は『未来』に位置するボトムチャンネルの人間は知っている。 「私達は彼らの『先を生きている』……『あっち』の人とあったら一つ、伝えてほしいの。 もう一度悲劇を起こす訳にはいかない――『ナイトメア・ダウンが起こる』ことを予言として伝えてほしい」 決して、未来から来た等と言ってはいけない。 『破滅の予言』など、最初は信じてくれないだろう。大方、その世代に流行った正規の大予言と混同されてしまう事が目に見えている。だが、七派やバロックナイツを打ち破る事の出来る実力者達であるアークのリベリスタがその実力を見せつければ信憑性だって産まれる事だろう。 忌避する未来を、世界の黄昏を逃れるために。歴史をなぞりながら、少しばかり塗り替えよう。この世界が、終わってしまう前に―― ●ある女の噂 嗚呼、恨めしい。わたしはどうして死んでしまったのかしら。どうして、どうして……あの人と約束していたのに。あの人と結婚を約束していたのに。どうして、哀しい……どうして、私ばっかりがこんなに不幸になるのかしら……ああ、あの人は幸せかしら、あの人に合わせる顔が無いわ……あの人が、あの人が幸せならそれでいいのに、ああ、寂しいわ……どうして、皆笑っているの? 私の事を笑っているのね? 憐れな女だから、ああ、ああ、憐れだと私の事を、笑って、私の事を―― 女の独白めいた言葉に「え、」と少女は漏らす。じりじりと後退するものの彼女の足からは力が抜けもう動きはしなかった。がくがくと震えた膝が莫迦みたいに笑っている。 目の前に滑り込んできた女の手が、少女の顔を―― ●1999年7月 「おにいさま、いってらっしゃいませ」 あどけない笑顔を浮かべ、学生服姿の少年の背中を送りだした少女は鮮やかな橙色の瞳を細めている。 家同士の決めた許嫁――鶴子からの見送りを受けた櫟木 承一郎は普段通りの学生服姿に家紋の入った日本刀を携えてゆっくりと友人たちの許へと歩み寄って行った。 「相変わらずだな、櫟木」 くつくつと笑う少年もまた、承一郎と同じ学生服姿である。しっかりと背負った弓が彼の獲物だろうか。数えて16程度の少年たちは皆、子供の頃にした『ひみつきちごっこ』をするように秘め事を囁きあって居る。 人は彼等をリベリスタと言うのだろう。未だ年若くとも正義感に溢れる少年たち。 彼らは小さな『都市伝説』の謎を解き明かす為に今日は集まって居たのだ。 『都市伝説』――暗がりに一人、少女がいる。泣きながらさみしいさみしいと求める様子は何かを悔やんでいるようだ。彼女はそのさみしさから人を殺めてしまう……のだという。 蝉の鳴き声が煩わしい道をゆっくりと歩いていく。もう夕暮れ時だと言うのに、人気は都市伝説の所為かあまりにない。不気味な空間を行く彼らの目の前でちかちかと電灯が幾度も点滅しているのが見えた。 「オバケ――つったらナンセンスだよな?」 「大方、ノーフェイスかエリューションでしょうね」 囁き合う少年たちの目の前で、座り込んでいた女はゆっくりと立ち上がった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月04日(月)22:52 |
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■メイン参加者 4人■ | |||||
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● 1999年、夏―― 蝉の鳴き声さえも煩わしく思えない。夕陽の傾いだ道の真ん中、熱されたアスファルトの上に裸足の女が座っている。 「君は――」 傾いだ陽が届かない薄暗い道の上、『彼女』はぼんやりと座っていた。 泣き濡れた女の声を聞きながら両の手に『教義』を握りしめた『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は髪を靡かせる。毛先に向けて青に抜ける黒髪は蝉時雨の空の下に鮮やかに広がっている。 「……未来の戦士たち、ですね。初めまして」 彼女の言葉を聞いて振り仰いだ櫟木 承一郎の瞳に映されて、『墨染御寮』櫟木 鶴子(BNE004151)の夕陽色の瞳が揺れる。憂いを浮かべていた彼女の瞳に映しだされた色を見て、リリは緩やかに瞳を閉じた。 (恋とは病――ああ、そうなのかもしれませんね) この場所は、リリや鶴子が住まう2014年よりも15年も前の――世界を深淵へと陥れたナイトメア・ダウンの直前の世界だ。 現代とそう様変わりしない街の様子はヒルデガルド・クレセント・アークセント(BNE003356)にとっても少しばかり特別だ。 丸い瞳をした学生服姿の少年たちのあどけない顔を見詰めながらヒルデガルドはこの世界に訪れるであろう『節目』の前の日本と言う己が眼にした事のない世界に幾ばくかの驚きをその鮮やかな紅の瞳に秘めていた。 「……ここが」 そう、15年前の世界は、確かに目の前に存在していた。 武器を構え、泣き濡れるエリューションと対峙する少年たちの隣をゆっくりを歩みながら字代 菊理(BNE004445)はその掌でミスティコアを弄ぶ。 切れ長の瞳に映した女の悔恨。彼は肩を竦めて神秘の力をコントロールするように浅く息を吐いた。 「貴女達は……」 ゆっくりと言葉を漏らした承一郎に鶴子がきゅっと唇を噛み締める。 目の前にあった懐かしい、面差し。並びあった時に背丈はこんなにも近かっただろうか。 見上げるばかりしか出来なかった『おにいさま』。鶴子の瞳には大人びて映っていた彼が隣に立っている。 「我々は貴方方と同じ、禍と闘う者です。もうすぐ大きな禍が起こる、と仲間のフォーチュナが予言しました」 「大きな……?」 「ええ、ですが、その前に――」 ちらり、とリリが視線を送った先。花弁が散り散りになって襲い来る。頬を掠めるソレを器用に避け、シスターは大きくスカートを揺らし微笑んだ。 「予知は強大な敵を示している。近々、この日本に、だ。 来るべき世界の行く末を決める戦いには一人でも多くのリベリスタの力が必要だ。今、貴殿達にここで果てられては困る故、助太刀する」 ハッキリと告げたヒルデガルドの声に眼を丸くした承一郎。彼の肩をぽんと叩いた桑島祐介は唇を吊り上げた。 ● 逢禍時に現れたのは異形だけではない。己たちと同じ能力を持った、終焉を予言する存在。 この年に世界は終わる、と。かの終焉を予感した『予言』と似ているようだと相沢俊樹は夢見がちに笑っていた。 「成程ね、フォーチュナは優秀なんだな」 頷く俊樹へと視線を配りヒルデガルドはエストックを握りしめる。前線へと飛び出す承一郎と、桑島祐介に続き、リリは両の手の銃を向け弾丸をバラ巻いていく。 「ええ、それはもう――貴方方は此処で終わってはなりません。 数の優位を確保するまでは、どうか無理をせず出来る事を……さあ、『お祈り』を始めましょう」 『教義』から撃ち出したのは紛れもない『アークのリベリスタ』の実力。歪夜の使徒を打ち倒すだけの実力を見せつければ、と。ブリーフィングで告げられた言葉を想いだしリリは意志を持つかのように動く弾丸で的確に花弁を撃ち落とす。 負けじと前線で黒き瘴気を纏いながら跳びこむ祐介の頬を掠める花弁。鶴子の前で刃を振るった承一郎の腹を抉る華に気を配り菊理は秀麗な表情を曇らせる。 「水分の御神、聞こし召せ」 水と緑の神を祀り上げた巫術に長けた青年は人好きする笑みを浮かべて薄く形の良い唇を吊り上げる。 回復手として動いた彼の許へと跳びこまんとする花弁を久木 信二が撃ち落とす。 「おにーさん、中々やるじゃん?」 「神秘に携わる者として――神を祀り上げる僕の実力をご覧あれ」 歌いあげる様に告げる菊理をサポートする様に祐介は小さく頷いた。ホーリーメイガスとしての実力は菊理の方が上だ。その動きを、その技を青年は感心する様にしかと見つめている。 前線で攻撃を行い続ける承一郎の背中を見据え、祈る様に組み合わせて居た掌に握りしめた一片。ヴェールを揺らす夏風を厭う様に奏でた音色が赤黒い鎖となって伸び上がる。 「……こっちへ!」 振り仰ぎ、抑え込んだ花弁への対処を望む少年の背中に鶴子の瞳の色が、微かに揺れる。 『いってくるよ』 ああ、大人びて映った貴方は――こんなにも、少年だったのですね。 瞬きと共に撃ち放った鎖が華を縛りあげる。続けざまに放たれた気糸が花弁を散らしていった。 普段なれば献身的な祐介のサポートを受け、懸命に闘う事となっていた所をいとも容易く制圧するリベリスタ達に少年たちは彼らの実力を信じる他にない。 「よく見ておいて下さい。我々の技を、戦い方を……近く訪れる禍と戦う為に」 その言葉に、スターサジタリーである少年の弓を握りしめる指先が震える。信二はリリの深海を思わす瞳を睨みつけるように唇をかみしめた。 「俺は、弱いんだよ……禍なんて、死ぬだけだ」 「だからこそ、見て下さい。死地へ向かうだけでは無い、生きる為の闘いなのです!」 生存戦争の為の、闘い方を教えるだけ。 死に瀕する前に少しでも生き残る術を理解すればいい。唇を噛み締め「ちくしょう」と囁いた少年の横顔は何処か大人びて見える。 やり取りの中で涙に濡れる女が動きだす。泣き濡れる女の赤く濁った瞳が伺う様にリベリスタを見つめていた。 ああ、まるで――奪う様な、瞳は。 「神秘に携わる者にとって、死は身近だ。『君』はそんな僕達に死と言う概念を教える様に佇んでいる」 菊理の掌でミスティコアが煌めく。歌に乗せた文言は神の加護を願う祝詞。簡素なそれは己の知己である神へ祈る為の文言であるからと短く途切れさせる。 神へと伝わったそれは、成程、リベリスタ達へと豊潤な癒しを与えて見せる。夏の空の眩しさと相対的な女の暗い姿を目の当たりにし、菊理は切れ長な瞳を細めて魅せる。 「死は何時だって悲しみを伴う。そう、憐れだと思っているよ。 我々は――誰だって死を厭うものだ。幸い僕は取り立てて執着する物がない気軽な身の上だけど……」 明日は我が身、という人も多いだろうね。 そう囁いた声に女が吼える様に叫ぶ。己は何故死んでしまったのか――後悔の念だけを乗せた攻撃をその身で受けとめたヒルデガルドが両の手で握りしめていた刃を片手に持ち変え、前進する。 「わたくしとて生ける者故に貴殿の悲しみを正確に理解できるとは言わない。 理解は出来ないが、想像なら出来よう。残された者の悲しみを分かち合えぬ事、さぞ悔しかろう」 淡々と告げるヒルデガルドの瞳に揺らいだ赤い色。その色を映し、女は涙を流しながら掴みかからんとする。 言葉は魔法の様にエリューションの力を弱まらせて行く。それはリベリスタ達がフォーチュナに聞かされ居た攻略法――知らぬ少年たちはまだ知らぬ死の恐怖に怯える様に武器を振るい上げて行く。 「……おいたわしや。わたくしも貴女の許嫁同様、旦那様に先立たれた身。 けれど……十余年経った今も、変わらずお慕いしております。愛しいと言う心は、死に阻まれる物では御座いません」 揺らぐ瞳が、『彼』を見ぬ様に鶴子は己を律する様に黒き鎖を呼び出した。 彼女の言葉に肩を竦めた菊理は己も冷血でもないようだなとエリューションの顔を見据える。 「残念だな……僕は、泣いている女性を憐れまない程に冷血じゃあなかったようだ。 彼女は『思いに共感し、心に踏み込む者』へは手を緩めるそうだ。重なる想いが在るのなら、伝えてみるがいい」 「思い、を?」 これもフォーチュナからの情報だと告げる菊理を狙う攻撃を受けとめたヒルデガルドの掌で刃がきりりと揺れた。 「『思い』を――わたくしは想像するしかできない。だが、想像してでも判る……辛かろう? 先だった己の事だったとなれば、尚更に。永遠に思いを止めるだけではならん。悲しみは、積もるばかり……」 彼女の気糸に巻かれ、鶴子の鎖に捕まりながら花々はリリの弾丸で撃ち落とされる。彼女を真似る様に撃ちだされた信二の矢はトスッと、華に刺さり落ちて行った。 ● 「許嫁が居るんだ。今日も送りだしてくれた年下の」 思いを共感できれば、と口を開いた承一郎に鶴子は目を伏せる。彼は懸命に声を張り、家紋の入った刃を振り上げた。 「この様な戦地に赴いてばかり、申し訳なさも、ある。死したら彼女は君の様になるのだろうか……それは死した側もどれ程悔しい事だろう」 置いて行かれた身と、置いていく身。どちらであろうとも悲しみに濡れることには違いない。 少年の言葉に共感したかのようにリリは大きく瞳を揺らがせた。 「私は、置いて行かれた身……先の見えない泥の様な闇に囚われ、息もできない心地で――」 底なし沼は、己を受けとめた事だろう。もがく事しか出来なかった自分は悲しみを良く解って居る。 「……置いて去った側の悲しみとは、どれ程のものなのでしょうか? お相手が幸せならそれで良い……そうですよね? けれど、独りはとても辛い。私(あなた)だけが、ここに居るだなんて……沼のそこに閉じ込められる感覚は悲しくて、当たり前」 リリの指先が「十戒」に掛かる。引き金を引く前に、ヒルデガルドはその刃を女の目の前へと向けた。 「残された者は再び前を向き、歩み始めたのだろうか? そなたは残された者が前を向く事を阻むのか?」 ふるふると、女は首を振り、涙を滴り落とす。攻撃を与えるエリューションの姿に、支援を与えながら菊理は肩を竦めて息を吐いた。 (見送る事しか出来ないけど……どうか、安らかに、と、願うよ) 青年の想いは、只、静かに優しいものだ。俊樹は瞳を揺らがせて、小さな翼をリベリスタ達へと与えた。 浮かびあがった承一郎が振るった刃を女は受けとめる。吼える様に鳴き声を上げ、体を仰け反らせた少年をその腕で抱きとめて鶴子はそっと前線へと立った。 「どうか、どうかその想いを大切に為さいませ。幸福は自らの心を以ってのみ作りだされるものなのですから……」 その腕の感触に、女が感じたのは掛け替えのない幸福だったろうか。 瞳を揺らがすリリへ向けて、未だに残る花弁が飛びこむが、彼女は其れさえも狙いだと言う様に引き金を引く。 「貴女の悲しみがどれ程のものか、私へとぶつけて下さい。確り受け止め、感じ――学びたいのです」 知りたいのだ、と。あの人はどんな気持ちだったのか。 去ったあの時、己に訪れた『不幸』は果たして、どの様な痛みを彼にも与えて居たのだろうか、と。 傷つけられる痛みから感じる悲しみを切り裂く様にヒルデガルドは最適の攻撃を繰り出した。刃が揺れる。 女の瞳が、揺らぎ続ける中で、彼女は柔らかに瞳を細めた。 「前を向き歩み始めたならば、そなた等は安らかに眠るのが残された者達への礼となる。私は、そう考える」 だからこそ、その眠りの為の一歩を。繰り出す攻撃によって出来る傷を癒しながら菊理は神へと祝詞を送る。 でも、どうして――私は……不幸になったの……? 違う、と言う様に鶴子はゆっくりと声を張る。 「――Amen」 伸び上がる鎖が閉じ込めた女の身体を撃ち抜いたのは、リリの弾丸だった。 「わたくしは、幸福です……癒える事無い痛みさえ、愛おしいほどに」 ● 蝉の鳴き声を聞きながら少年たちはリベリスタを見詰めている。 過去の世界は何処か滲んで見えて、鶴子は瞬きを繰り返しながら目の前の愛しい人の顔を眺めた。 (大好きなおにいさま……承一郎様……わたくしの、旦那様) もう、今だけだ。 この世界が『未来』へと繋がるならば愛しい人は死地へと赴いてしまう。それが決まったレールなのだとしたら。 「……その『予言』はどういう……?」 「世界の命運さえも左右する、とても大きな……出来得る限りの備えを。どうか……」 この世界が――別の世界ならば。どうか、『この世界のわたくし』を独りにしないで欲しい。 震える唇を、代弁する様に菊理は彼を羨望の眼差しで見つめていた俊樹に肩を竦め、人好きする笑みを浮かべる。 「静岡県東部。八月の半ば――今より蝉時雨が盛んなその時だ。 その時に禍は訪れる。世相を騒がす『予言』よりも確実な、来るべき世の情報だよ」 「その禍は……防げない物なのですか」 判って居るならば、と声を上げる俊樹に祐介は小さく頷く。ヒルデガルドは瞳を揺らがせ、己の見た事が無い1999年の少年の言葉に唇を引き結んだ。 かのナイトメア・ダウンの前に生きた少年たち。その姿を目にする事が出来るとは長きを生きた女にとってどれ程の糧になるのか。 「防げぬものであれど、護る事が出来ぬ訳ではない。そのために貴殿達に力を貸して貰いたい」 緊張を浮かべた少年にリリは肩を竦め、柔らかに笑う。 大丈夫だと勇気づける様に、己が知るあの『最悪』から回避するために。 淡々と告げ続ける情報に鶴子は唇を噛む。嗚呼、なんと疎ましい。 その言葉を発さず「外に出ない」事を勧められるならばどれ程までに幸福だったろうか。 泣いてしまえたら――お兄さま、と呼んで泣き縋れたらどれ程良かったのか。 いとおしいひと。しんでしまう、わたくしの―― 唇をかんだ鶴子の背をポンと叩いた菊理は「行こう」と告げる。 ヴェールで隠した頬に伝う涙に承一郎はそっと近寄り困った様に笑った。 「お疲れ様……エリューションは怖かった? 俺も、何時も怖いんだ。 安心したよ。闘い慣れた人でも、怖いんだな……って。無理しないで、帰ったら休んで」 そしてその『禍』の時に共に戦おうと『おにいさま』は励ます様に『鶴子』に声をかけた。 蝉時雨の道の中、アスファルトを熱する陽光を見上げ、ヒルデガルドはその刃を仕舞いこむ。 零れ掛ける涙に、礼を告げ、背を向けた鶴子を負い掛けるようにリリは目を配る。 おにいさま。鶴はこれからも貴方を思い続ける事でしょう――それが鶴の、幸福なのです。 蝉時雨の中、少女だった彼女は瞳を伏せる。 晴天の色を映した瞳を細め、リリは「恋とは病ですね」と静かに囁いたその声さえも蝉の声が飲みこんだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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