●夢の世界へようこそ 「みんなー、ありがとぉーっ!」 光り輝くスポットライト。大音響で流れるサウンドが体を揺さぶる。 ステージからは辺り一面ピンク色のケミカルライトが埋め尽くしているのが見えた。 まさに今、アイドル吉井美奈のライブはクライマックスを迎えていた、ファンの声援に後押しされてテンションは最高潮。 ここは今、日常から切り離された空間。つかの間の夢の世界にこの時だけはつまらない日常から開放されるのだ。 まるで悲鳴のようなコールに合わせて踊り、跳ねる熱狂的なファンに応えるようにアイドルとして美奈は熱唱する。 このまま怒涛のごとくフィナーレを迎え、大盛況のうちにライブは終了するのだった。 「なーんか、最近おかしいんだよねぇ」 美奈は飴玉を舌で転がしながら呟いた。 地域限定の一言が付く事は言え、確かに自分は今人気のあるアイドルだと自信はある。ファンもたくさんいる、自分が望む通りに応援してくれる、盛り上がってくれる。 しかし……『思い通り過ぎる』のだ。 ここで跳ねて、声を合わせてと自分の思いを歌に乗せると、想像したのとまったく同じ光景が眼前に広がる。まるであらかじめ自分の望むように組み立てられたかのように。 最初は気のせいか考えすぎだと思った。しかしライブ中に実験を重ねていくことで疑念はゆっくりと確信へと変わっていった。 決定的だったのはコールに合わせて全員ずっこけろと念じた時だ。 まるで笑い話のようだが、会場全体が盛大にずっこけるというありえない光景を目にして、これは気のせいなどではないと自覚した。その日は特別な力を得たという事実に美奈は気分が高揚したのを覚えている。 このときはまだ悪戯程度で済んでいた、歳若い少女のほんの戯れ。 それが歪みに変わったのは心無い出待ちのファンにゲリラ的に握手を求められ、何とか作り笑顔で対応して事なきを得た後。 思ってしまったのだ、相手の非常識な行いに腹を立てていたし、たまたま虫の居所も悪かったのだろう。 「赤信号で飛び出しちゃえ」 その日の夜、一人のファンが減った。 初めて命を奪ったその日から少女はゆっくりとその本質が変化していった。 相変わらずライブのチケットは売り切れ、イベントは大盛況。 しかし清らかなアイドルとしての彼女の姿は次第に薄れ、男を魅了し意のままに操る魔性の女へと変貌していく。 美奈が求めればファンは喜んでその身を差し出した。それが時に命を奪われるという破滅的な願いであっても。 笑顔で、狂気で、狂喜で。 少女は男性が自分の思い通りになるという精神的な快感に酔いしれ、虜になり、そして壊れていった。 「あたしが好きなら二手に分かれて戦って、生き残った方に特別な歌を聞かせてあ・げ・る」 眼前に広がるのは赤、赤、血みどろの光景。 少女の願いを叶える為に、心をとろかす歌声を聴きたいが為に殺しあうファンの男達。 目の前に広がる凄惨な光景を怪しい笑みを浮かべながら、まるで演劇を鑑賞するように椅子に深く座る姿は……既にアイドルなどではなくもはやただのフィクサードそのものだった。 ●ブリーフィング 「地下アイドルを倒してきて」 『リンク・カレイド』真白イヴ(nBNE000001)は液晶画面に映し出された一人のアイドルに視線を移し言った。 画面の中で微笑んでいるのは、まだあどけなさの残る見目麗しい一人の少女。マニアックなアイドルに明るいものならば見た事はあるかもしれない。 一部でなかなかの人気を誇るアイドルだというのが世間一般の評価だ。 「時々限定イベントと称してファンを集めて殺し合いをさせているみたいなの。男性が自分の思い通りになるって自覚してから操り人形にすることに快楽を覚えちゃったようね。こうなったらもうアイドルなんかじゃなくただの殺人鬼。ただ楽しむ為に力を使う辺り始末に負えないわ」 このまま何もしないでいれば犠牲者は増えるばかりだろう、そうなる前に手を打たねばならない。 「今回はファン限定の懇親会チケット当選者が犠牲になる未来が予見されたわ。前日に関係者が集まってリハーサル、それにお楽しみ後の後始末の算段をするみたい。一同に集まるみたいだから行動を起こすにはちょうどいいわね。彼女の他には限定イベントを生き残ったファンが親衛隊として行動を共にしているわ。親衛隊は長く彼女の魅了に晒されて既にフィクサードになってる。もうファンというより信者ね、彼女を倒すとなればまず確実に障害になる事が予想されるわ」 やれやれとイヴは大げさにため息をついてみせる、こういった者たちは崇拝するアイドルのために時に信じられない力を発揮するのだ。 「美奈本人はマグメイガス、それに男を惑わす能力を持っているわ。他に傾向として若く可愛い女の子を敵視して亡き者にしようとするみたいね。アイドルの卵として自分を脅かしてくる存在と見なしているのかも。特に才能のありそうな女の子には容赦なく牙を向いてくる可能性が高いわね。なにせアークにはアイドル顔負けの美少女も多いしそっちの意味でも厄介かもね」 そりゃ大変だ、男も女も油断は出来ないということだ。ちなみにアイドルと名乗るにはちと厳しい年齢以上の女性にはそれほど興味を示さないらしい。 「偶像は偶像、目覚めなければ良かったのにね。神秘による犠牲者も出ている以上そのままにしておけないわ、じゃあお願いね」 彼女自身並のアイドル以上の容姿を持つイヴが、くるんとボールペンをマイクのようにをまわして机に置いた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ほし | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月07日(木)22:08 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 6人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●楽園への入り口 人混みの雑踏、交差点から聞こえるクラクション、行きかう人々の話し声。 ライブハウスのある地下へ続く階段を一歩下りるたびにそれらの音が急速に小さくなり別世界へと誘われる。 そこは一時の夢を提供する楽園への境界線、それが地下にあるのが何か皮肉にも感じられた。 「ふむ、どうやら出入り口はここ一箇所みたいだな、面倒がなくていい」 事前にライブハウス周辺の構造を調査していた『ファントムアップリカート』須賀 義衛郎(BNE000465)は同行する仲間と情報を共有する。今回の相手は逃がしてしまうとその力でまた同じことを繰り返してしまいかねないと考えからだ。 「幸運だったのか、不幸だったのか……もう少し早く見つけられていれば、仲間になれたかもしれない未来もあったかもしれませんが」 神秘というのは気まぐれだ。いつどこで、望む望まないなどお構い無し。『シャドーストライカー』レイチェル・ガーネット(BNE002439)はやれやれとため息をついて見せた。自分達は神秘の代表格だ、いちいち恨み言を言ってはいられないが……やはりあったかもしれない未来のことを考えるとやるせない気持ちにもなろうというもの。 しかしそれで手心を加えるつもりは毛頭ない。これから向かう場所は堕ちてしまった殺戮者がいるだけ。レイチェルにとってそれは嫌悪の対象でしかないのだから。 扉が見えてくるにつれリハーサル中なのだろう、音楽がだんだん漏れ聞こえてくる。 『龍の巫女』フィティ・フローリー(BNE004826)は気づかれないようにそっと扉の隙間から中を伺って見ると可愛らしい少女が歌っているのが見えた。 そしてそれを彩るのは彼女の親衛隊。クロスイージスのブレイクフィアーの光が彼女をライトアップ、そしてマグメイガスのフレアバーストが花火仕掛けのように空中で炎の花を咲かせる。他の親衛隊は本番でもないのに彼女を囲んでの大盛り上がりを見せていた。 「な、なんというスキルの無駄遣い」 フィティはいささかげんなりと言った様子でそっと扉から離れ強結界を展開する。身を守るためでもなく、自己を高めるためにでもなくスキルを使っているのはらしいといえばらしいと妙に納得もしたりする。 「楽しそうだね。本当は歌を歌うのが楽しいだけだったんだろうけど、いつからか変わっちゃったんだ」 エリン・ファーレンハイト(BNE004918)はそれを少しだけ可哀そうに思った。アイドルという煌びやかな世界に入ったときは歌の持っている意味をファンに伝えたいという純粋な思いがあったはずだったのだろうに。 エリンも仲間と一緒にカラオケに行った事がある。彼女みたいにお金を取れるほど上手いかと言えばそうは言えないけれど、歌うのは楽しいのは知っているつもりだ。だからこそ思い出して欲しい、純粋だった頃を。たとえそれが綺麗事だったとしても。 アイドルとファン、それは概ね男と女の関係でもある。今回のように神秘を使わなくとも世のアイドルはその魅力で男性ファンを魅了して人気を得ていると言っていいだろう。 そういう意味においては彼女の存在は自分の目指すところであると『カジュアル淫魔』囁 ぐるぐ(BNE004823)は感じている。ならば淫魔見習いとして見るならば彼女は自分の目標か? 「断じて否ですね、ファンに応えるどころか不幸にしている。そんなもの認めるわけにはいきません」 歪んでしまった彼女の魅力はもはや呪いとも言える。それはファンのみならず、なりたかった自分を失ってしまったであろう彼女自身をも不幸にしてしまっている。 幸福を振りまくのが偶像としての役割のはず、これでは誰も幸せになれない。 それぞれ思うところはあるだろう、しかし一番辛辣な感情を持っているのは『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)だった。 『本当の意味で己を克服する為に精一杯生きることもせず、刹那的な快楽に溺れた貴女に何の価値があるの? ふふ、自信のなさの表れかしら? まぁ貴女の人生だもの、勝手にすればいいけれど』 声を出すことを忌避している沙希にとって、声や歌で相手を魅了する美奈は対極の存在であろう。普通に努力を重ねていれば賞賛も贈れたかもしれない。しかし今扉の向こうにいるのは己を磨く努力を忘れ血なまぐさい快楽に溺れるただの勘違い娘。どこに賞賛する要素などあろうか。 さぁ、悪夢を終わらせよう。夢はいつか醒めるもの、まがい物の偶像は無に。 リベリスタ達は勢い良く扉を開けると一斉に飛び出した。 ●堕ちた偶像 室内にスポットライトを直に見るような閃光が広がる。リハーサルに夢中で不意を突かれた形となった親衛隊がレイチェルのフラッシュバンをまともに受け、あっという間に前後不覚に陥った。 「相手はまだ混乱しています、今の内に一気に決めましょう!」 「な、何なの一体!?」 突然の光、そして侵入者に気持ちよく歌っていた美奈は自分の世界から無理矢理引きずり戻された。 確か今日は自分達以外にライブハウスの使用者はいないはずなのに? 侵入してきたのはタイプの違う少女が5人、そして男性。女性はいずれも掛け値なしに美少女といっていい。 最初はライブジャックかと思った、男性はアイドルを統括するマネージャーか。しかし様子が違う、歌も歌わなければ宣戦布告のマイクパフォーマンスもない。いったいどうしたって言うの……? 『ごきげんよう、綺麗で可愛いお姫様? 貴女の最後のライブを見に来てあげたわ。せいぜい素敵な声でさえずりなさいな。もっとも』 美奈は頭の中に直接聞こえてきた声に混乱する、きょろきょろと辺りを見回して、じっとこちらを見て微笑む沙希に気がつく。 目と目が合った瞬間頭に響いてくるのは美奈に対して冷たく刺さる言葉の刃。 『貴女の歌じゃ子守唄にもなりゃしない』 「っ!!」 ここに来て美奈は悟る、敵だ。警察か何かは分からないけど自分達の行いがばれてしまったのだろう、だから捕まえに来たのだと。 彼女はアークの存在を知らない、だから気がつかない、気がつけない。捕まえるなどという生易しい者達が来たのではないのだと。 それを証明するように降り注ぐのはエリンの放つ圧倒的な矢の豪雨。流れるような腕の動き、細やかな指先から放たれたとはとても思えない圧倒的な破壊の力。 出鱈目なようで確実に目標を仕留める精度を持った矢が一斉に親衛隊、そして美奈へと降り注ぐ。いつか歌った曲を口ずさみ慣れ親しんだ弓矢の感覚を味わいながら。 「私は弓で、あなたは歌で自分を高めようとしていたはずなのに、どこで間違っちゃったんだろうね」 エリンは弓が好きだ、好きだからこそ真摯に向き合いたいと思っている。ジャンルこそ違え美奈だって想いは同じはずだったはず。歌で踊りでファンを幸せにしたいと思っていたはずだ、それがいつの間にか自分の幸せのために歌ってしまっている。 「誰かのために笑おうよ、そうすれば自分も幸せになるのがアイドル、でしょ? 今のあなたは欲望を押し付けているだけだよ」 浮き足立つ親衛隊にフィティは真っ向から突っ込みStruct Blueを振るう。そこだけ時を切り取ったかのような静寂とともに、少しの間をおいて聞こえてくるのは重く柔らかなものが地面に倒れこむ音。 元々親衛隊たちは戦いに関しては素人だ。それぞれ目覚めてしまったとはいえ神秘との戦いを本分とするリベリスタ達とは圧倒的な差がある。 「ただのファンでいればこういう事にはならなかったかもしれないのにね。少し可哀相な気もするけど」 神秘に目覚るまで至ってしまったファンは、ある意味自分では目を覚ますことが出来ないところに行ってしまったとフィティは思っている。だから本人達は異常を感じることが出来ないでいるだろうと。 そこまで人間の心を縛り、虜にして意のままに操るというのはある意味芸能活動においての極致と言えるだろう。 「これが鍛錬を経て得たものなら凄いとは思うけど……信じてついてきたファンの人達に対する裏切りだよ、そんなのってアイドル失格だと思うな」 フィティの行動は偽りと虚像に満ちた世界からの目覚めさせるものだ、こうなった以上誰かが引っ張りあげてやらなくてはならないのだから。 美奈の能力は男を虜にして意のままに操るもの。しかし侵入者の大半は女性、しかし一人でも虜にすることが出来れば状況は混乱するだろうと可愛らしい声で朗々と歌った。 戦闘中だというのにだらしのない顔で聞き入る親衛隊、しかしリベリスタの中でただ一人の男性である義衛郎の心は揺らがない。可愛い声であるというのは理解できるが、それ以上の感情は浮かばなかった、一人冷静に剣を振るう。 どうやらそれが親衛隊は気に食わなかったようだ。 《お前は何も感じないのか?》 《こんな可愛い歌を聞けるのに嬉しそうにしろよ!》 「何故オレが責められなきゃいけないんだ?」 義衛郎は場違いに自分を非難してくる男たちに少々精神的な疲れを感じた。これではまるで感情の押し売りだ。 そんなことをされれば逆効果だというのに。 「ひぃー、超怖い。ああなた達!それでいいと思って、いるんでしゅ……」 ライブハウスの中を銃弾や稲妻が飛び交う中、ぐるぐはあたふたと器用に動き回りながら逃げていた。自分はただの淫魔の見習い、こんな乱暴な事は無理無理、無理に決まってる。 「いやー、なんで来ちゃったんだろう、しかも誰も見逃してくれそうにないですし!」 分かってはいたのだ、ぐるぐ自身まだ誰も魅了できた試しがない。それでも、ほんのちょっとの期待感を込めて愛想を振り向いてみるけれど、既に美奈に魅了されている相手に微笑み一つで食い込めるほど甘くはない。 しかし、そんなぐるぐを気にしていた唯一の人物は、いた。 「あわわ、別のものが釣れちゃいましたー!」 美奈の手から踊るように溢れ出る黒鎖がぐるぐの華奢な体を縛り上げる。一片の容赦もなく肌に食い込み汚して行くように。透き通るような白が、華やかなピンクがドス黒い色に飲み込まれていく。容赦なく体を蝕む猛毒に内臓を犯され血の塊を吐き出した。 美奈は同性として、アイドルとしてこれまで見て来た女性の中でも一際オーラを放っているぐるぐに危機感を募らせていたのだ。ただ可愛い、綺麗なだけでは魅力のあるアイドル足り得ない。セクシャルな部分があるからこそ男は惹かれる。 「わ、私は御眼鏡に適ったんですかね」 ぐるぐは痛み、苦しさといったものに混じって嫉妬や羨望と言った負の感情を感じた気がした。まるでその黒鎖自体が人の持つ醜い感情そのもので、自分を侵食して行くかのように。 『ぐるぐさん、大丈夫ですか?』 沙希の放つ偉大なる癒しがぐるぐを戒めから解き放ち体力を回復する。ぜーはーと息をつきながらぐるぐはさらに追いすがる炎から慌てて逃げた。 『何をそんなに慌てているの? 自分の脅威になる物を感じたのかしら? 得意の歌や踊りで勝負しようとは思わないの?』 直接心に響いてくる沙希の言葉には毒がたっぷりと塗られている。その言葉の一つ一つに心がざわつき、顔が憤怒の表情に歪む。 おとなしそうな顔をして、とんだ食わせ物ではないか、あの着物の女は。 「君は今の彼女を見て何も感じないのかい?」 ぐるぐを庇うように前に出た義衛郎は親衛隊の攻撃を受け止めながら尋ねた。 恋は盲目というけれどそれにしても物が見えてなさ過ぎると義衛郎は思う。ぐるぐに対して嫉妬むき出しで襲い掛かる姿を見れば100年の恋も冷めそうなものなのだが。 もっとも、それがアイドル吉井美奈の呪いとも言うべきものなのだろう。 「今の君に彼女は美しいと見えているのか? 君は彼女の何を好きになった、容姿か? 歌声か? 確かに彼女は美しいかもしれないな。けれど、それだけだ」 義衛郎には今の彼女は美しいとは思えない、むしろ凄惨な快楽に溺れ堕ちてしまった美奈は醜くさえ見える。 あぁ、母が言った言葉は正しかったのだ。内面が伴っていなければどんなに外面が美しかろうと魅力的には見えない。 親衛隊は激高する。自分の愛して止まない彼女を貶められた、その思いで。もはや自分で判断するという能力が欠落している。 「まぁ、今の君にそんなことを言っても無駄かもしれないがね。オレはオレの仕事をしようか」 剣気を纏った三徳極皇帝騎が親衛隊を枯葉のようにを切り裂いた。 「ふむ、それほど手強くはなかったようですね」 もはや親衛隊は瓦解している、目立って残っているのは隊長格のみ。 血煙を縫うように音もなく忍び寄るレイチェルの刃が副隊長を切り裂く。その輝く赤い瞳は何者の動きも見逃さない。 刃を受けた副隊長の体がこわばった、それはまるで潤滑油の切れたロボット。目の色が何か変わったような気がする。 「おや、これは面白いことになりそうですね?」 レイチェルはにやりと笑みを浮かべる。手に持つ気まぐれな獣に仕込まれているのは美奈と同じ心の毒。ふふ、信者に裏切られる気持ちってどんなのでしょうねとちょっぴり意地の悪い笑み。 「ね……ネコミミ」 「はい?」 あれ? なんだか雲行きが怪しい? レイチェルは警戒する、それになんだか変な悪寒が? 「ネコミミ……しっぽ……コスプレ」 「ちょ、ちょっと失礼な!」 変なスイッチが入ってしまったのか副隊長は頬を染めながらレイチェルに見とれている。どうやら彼はいわゆる属性というものをいくつも持ち合わせているらしい。 ケット・シーというものを見たことがない彼にとって、レイチェルはコスプレイヤーに見えたのだろう。 目の色を変えて隊長に掴みかかって行った副隊長にレイチェルはこわばった笑みを浮かべる。 「アイドルって言うのもそれはそれで大変なのかもしれませんね」 男として誰もが経験することかもしれないが、入れ込んだアイドルとの情事を妄想しない男はいないだろう。それは太古から続いて来た男の本能とも言える物。趣味嗜好という人間だけが持つ特徴がそれに彩を添えてしまう。 ほんの一時でもそんな想像をされていると感じるのもレイチェルはごめんだった。 ●夢の終わり 大勢は既に決した。特に隊長は美奈に向かうエリンの弾幕を身を挺して庇い続けていたせいで悲惨な様相を呈している。彼女の醜い姿を見て、それでも彼女を守ろうと健気に立ち尽くす隊長にフィティはほんのちょっとの賞賛と哀れみを覚えた。 「そうまでして彼女を守ろうとするなんて、本当に好きなんだね。せめてそれが操られたものでなく本心だと思いたいよ」 美奈の前で立ちはだかるのならば廃除せねばならない。フィティと義衛郎のグラスフォッグを立て続けに受けて硬直、それでも彼女を守ろうとわずかに体を動かしたが隊長はついに膝から崩れ落ちた。 動かぬ体で最後に口にするのは守りきれなかったと美奈への謝罪の言葉。今まで一番長く夢を見させてくれた彼女への感謝と共に添えて。 その様子を見てエリンは何か胸が締め付けられるような感情を覚える。 もしかしたら彼は魅了の呪いではなく本心から彼女に付き従っていたのではなかろうか。好きだからこそ彼女の望みを叶えてあげたい。例え、それが間違ったものだったとしても。 「もう終わらせよう、夢は終わったんだよ。せめて今は魅了は使わないで本当のあなたで笑ってあげて、それが皆に対する罪滅ぼしだと思うから」 もはや彼女を守るものは誰もいない。そこにいるのは地に落ちた偶像。腰が抜ける、直接肌に感じる死の気配。 なりふり構わず涙と恐怖で顔をくしゃくしゃにして逃げ出そうとする美奈をレイチェルのフラッシュバンが拘束する。 「おやおや、アイドルとあろうものがずいぶん無様な逃げっぷり。ファンがいなくて良かったですね」 溢れんばかりの閃光が美奈を包み込む、それが彼女の最後のスポットライト。 耳を覆いたくなる嫌な音が連続で鳴り響き、沈黙を以って楽園は終わりを告げた。 「夢から醒めた後ってこんな感じなんですかねー」 「どうだろうな、オレは違うとは思いたいが」 人が死ぬのを見るのが苦手なぐるぐは顔をしかめながら辺りの惨状を見ている。 血と死体、観劇側だった美奈がいつも見ていた光景。ぐるぐは思った、こんなのは自分の求める偶像なんかじゃない。 「誰かのためにって思えなくなっちゃった時から、吉井さんはアイドルじゃなくなっていたのかもしれないね」 エリンはやるせなさそうに呟く。皆に何かを与える側でいるのがアイドルだ。美奈は途中から受け取る側になってしまっている。その時から歯車は狂っていたのかもしれない。 「悪夢はもう終わりました、偶像は偶像へ。今後はファンの心の中で生き続けるでしょう。本当の意味での偶像として」 さぁ、帰りましょうとレイチェルは踵を返す、地下から地上、現世へと。 今後はアークの後処理部隊が引き継ぐことになっている、もう自分たちがここにいる意味はないだろう。 扉から出る前に沙希はちらりと後ろを振り返る、本当は戦闘中にも考えていた事。 『私も歌えばよかったかしら?』 そんなことを思いながら、沙希は楽園への扉を閉じた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|