●1999年、日本、7月 その異邦人の青年は、時代錯誤な軍服を身に纏って、ボロボロの姿で山の中に倒れていた。 彼を発見したのは奈良にて古くから続くリベリスタ組織『奈良法師』の頭目僧兵であった。彼はたいそう驚いた。その黒い軍服には見覚えがある。親衛隊――フィクサードだ。それもとびきり『悪党』だと世界中で言われている存在だ。どうするべきかとリベリスタは惑った。 けれどフィクサードは朧な意識でこう言ったのだ。「生きたい」と。 リベリスタであれ、フィクサードであれ、人種や国境が別であれ、同じ人間だ。流れる血は、同じ。同じ色。その事を、二回の世界大戦を経験したリベリスタは痛いほど知っていた。 助けた青年はカルル・ヴィツォレクと自らを名乗った。命辛々、数人の仲間とあの親衛隊から『脱走』し、かつての枢軸の縁を信じてドイツから日本に亡命してきたのだと言う。 他の仲間――? それらは全て、追手に殺されてしまった。失礼を承知で申し上げるが、どうかどうか助けて欲しい。匿って欲しい。 「やっぱり僕……戦争はもう、嫌なんです。戦争なんて真っ平なんです。もしリヒャルト少佐の願い通り第三次世界大戦が起きたとして……また僕等みたいな存在が生まれたら、それこそ意味がないじゃないですか」 もう誰も殺したくない。戦争に加担もしたくない。臆病で我儘かも知れない。 そんなカルルの言葉に、頭目僧兵――高田半兵衛は「お前は間違っていない」と応えた。 「儂の孫は……御国の為と軍服を着て戦争に行って、そのまま二度と帰ってこんかった。丁度お前と見た目の年頃は良ぉ似とる。……お前は正しい。戦争でようさん死んでいきおった。戦争はもうあかんのや」 ここは奈良を守護する戦士達、奈良法師の本拠地だ。平和を願う者達の聖地だ。志が同じならば、迎える他の道理はない。何も心配する事はない。他の奈良法師にはカルルの身分は伏せ、異邦人ながらに奈良法師に加わりたいと望む青年として、彼は迎え入れられた。 日本の夏はドイツと違い蒸し暑い。 月の下、奈良法師の道場から少し外れにある山間の野原で、カルルと半兵衛は槍の手合わせを行っていた。 結果はいつも通り、半兵衛の巧みな槍術にあしらわれ、カルルは今日も仰向けに空を見上げる。 「半兵衛さんはお強いですね」 「まぁ餓鬼の頃から槍担いどるし、腐っても奈良法師のテッペンやさかいにの。でもカルル、お前なかなか見込みあるで。やっぱ白人さんは手足も長いし力も強いのぅ」 カラカラ笑う半兵衛はカルルへと手を差し出した―― 刹那。 半兵衛の視界の隅に映ったのはカルル目掛けて振り下ろされるナイフだった。 反射的に動く。半兵衛はその身でカルルの盾になりつつ、目で追いきれぬ程の速度で動く『それ』を見遣った。肩口にズブリと根元まで突き刺さる凶器の感触に眉根を寄せながら。 「Guten Abend!」 ずんぐりとした固太りの小柄な男。野卑な笑み。ドイツ語を吐いた。アジア人ではない顔付き。軍服。――親衛隊! 直後に半兵衛に刺さるナイフが甚振る様にグリッと動かされた。筋が骨が神経が切断される激痛に苦悶の息を漏らしつつ半兵衛は十文字鎌槍を振るう。飛び退く親衛隊の男は外見からは想像のつかぬ身のこなしで飛び退いた。 「そ、そんな、ブレーメ曹長ッ……!?」 その男の名を、驚愕と共にカルルが呟いた。それで半兵衛は全てを理解する。この男は、カルルを殺しに来た追っ手だ。 「ねえ、ねえねえあのさあ? 何で邪魔するんだよお前、困るんだよなあ~そうゆうの」 「……お前ら、親衛隊の。カルルに用なのか」 「そ。そこの脱走兵を始末してこいって言われたからさ、遥々ドイツから来た訳よ。うちは規則厳しいからさ、ホラやっぱ軍隊だし? 世界に名だたる親衛隊だし?」 計画や機密を漏らされては困る。軍隊として当然の事だ。手の中でナイフをくるくる回すブレーメは後ろに部下を3人揃えつつ、半兵衛に反対側のナイフを突きつけた。 「おいそこの、タカダハンベエ……だろ? 悪い事は言わないさ。そこのカルル君さえ殺せたらアンタは殺さないでやるからさ? だってこれ、うちの問題だし、アンタ関係ないし」 「若造や」 「若くねえよこれでも90さ」 「ほっほ、すまんすまん。……『小僧』や。お前、戦争を望むんか?」 「はあー? 当たり前だろうよ、俺ぁ兵隊だぞ? 兵隊の仕事っつったら戦争だろおが、『おじいちゃん』」 「さよか。ほな、儂はお前を邪魔せなあかんわ」 『奈良法師頭目』高田半兵衛は強かった。武術の達人と謳われ、奈良法師を率いて古都を護り続けてきた猛者だった。腕っ節ならば負けた覚えがとんとなかった。 だが―― 不幸中の不幸は、相手がこの男だった事。肩口に深々と突き刺さった最初の一撃で片腕に力が入らない事。事前調査で半兵衛の戦い方を知っている男に対して半兵衛は彼らを噂程度にしか知らない事。 男が傲慢であれば、その油断を突けたやもしれぬ。だがその男は飄々とした風貌を裏切る慎重さ持っていた。慎重さと言うよりは、自分の目的の為ならば何だってする執念か。 兎角その男は、『鉄牙狂犬』ブレーメ・ゾエはこう思ったのだ。 (こいつは強い。負けるかも知れない? 負けるのは嫌だ。出し惜しみや様子見なんかしないで手っ取り早く効率よく全力で殺してしまおう、例え俺が消耗疲弊しても部下ならカルルを仕留めきれるし、疲弊した時の為に衛生兵もいるんだし) 一歩。 半兵衛がブレーメの出方を窺っていたその時。 ゆらり。 半兵衛の目の前に『半兵衛』がいた。 「!? ――」 死を告げる影<ドッペルゲンガー>が、歯を剥いて笑った。 首から吹き出す血はどんな時でも同じ色だ。 喉笛から血を噴き出した半兵衛を一瞥したブレーメはそう思い、凍りついたカルルへと視線を移す――その時。反射的に飛び退いた。自分がいた位置を、十字槍が薙いだからだ。振り返る。槍を構えた半兵衛が、居る。 「! お前……生きてるの?」 「丈夫さなら自慢でね。どうした小僧、儂を殺すつもりなんやろが」 ごぼっと血を吹いた半兵衛は、されど倒れる事なく踏みとどまっていた。不敵な笑み。初めてブレーメが不機嫌そうに舌打ちをする。先ほどの一撃はブレーメの首の皮を浅く切り裂いていた。 己の『必殺技』を耐えた者も。己に刃を届かせた者も。一体何年振りだろうか。 強い。 ブレーメも半兵衛もそう思った。半兵衛は思う。長くは持たない。血が止まらない。息が苦しい。目が霞む。おそらく――己一人では、カルルを守りきれない。 「カルル! 皆ん所に行け!」 半兵衛は叫んだ。そう遠くない場所に奈良法師の道場がある。相手は4人、強者揃いの奈良法師達ならば護りきれる。耐えきれば援護が来る。 嫌だ――カルルはそう言いたかった。きっと彼は、命の恩人は、このままでは死んでしまう。けれど。自分が加勢したところで状況が変わらないのも、悔しいけれど理解できた。状況最善手、一縷にして唯一の可能性が、自分が逃げる事なのだ。 「必ず、『皆』と戻ります、半兵衛さん!」 走り出す。半兵衛はブレーメを睨めつける。ブレーメは首のかすり傷を指で拭い、血を舐め取りながら肩を竦めた。 「ここは俺が食い止めるって奴かあ? くっだらね。おいアウグスト、このじいちゃんの相手しといて。ヘマしたらナイフでケツ穴摘出してやっからな!」 「Jawohlッ!!」 あくまでも親衛隊の目的はカルル暗殺だ。半兵衛の相手ではない。それに虫の息の半兵衛ならば部下でも十二分だと判断したのだ。 半兵衛の目前に拳を鳴らす軍人が立ちふさがる。駆け逃げ出したカルルの背に、転移の加速でブレーメが迫る。 数秒もない出来事だった。 「さって……Sieg oder tot! 負ける奴ぁ死ね、勝った奴が正義だ!」 Sieg Heil Viktoria.いつもの言葉で、狂犬はナイフを振り上げ―― ――1999年。 その日、高田半兵衛は死んだ。 カルル・ヴィツォレクは行方不明となり、二度と見つかる事はなかった。 そうなる筈の、運命だった。 ●2014年、日本、7月 トンネル――三高平市に発生した特殊なリンクチャンネルの向こうは、現在の世界の過去である可能性を秘めた平行世界だった。1999年8月13日、ナイトメアダウンへのカウントダウンが始まっている世界であった。 この世界が本当にボトムチャンネルの過去なのかは分からない。だが『絶対に違う』と言い切る事もできない。 故に今、リベリスタ達は過去にタイムスリップする。その世界が本当に『過去』なのか調査する為。ナイトメアダウンを目前に控えているかも知れない『その世界』でリベリスタ達の消耗を抑える為。日本に訪れた黄昏を、今度こそ回避する為……。 『奈良法師頭目』高田 半兵衛。本来ならば死する定めにあった彼の運命を捻じ曲げる事。 それが、此度のリベリスタ達に下された使命であった。奈良有数のリベリスタ組織を束ね上げる彼を生かし、知己を結び、やがて訪れる破滅的危機を伝える事。 しかし見知らぬ人間に荒唐無稽な予言を与えられても俄かには信じ難いだろう。が、リベリスタが今やバロックナイツや七派をも破る強力な力を見せ付ければ、信憑性も生まれるだろうと予想される。 尤もリベリスタは自らの正体を明かしたり核心的・致命的情報を決して当時の人物に伝えてはならない――歴史の改竄でもあるその行為は何が起こるか分からないからだ。最悪の場合、R-typeの出現時期をおかしくする危険性も孕んでいる。 かくして、アークリベリスタの目の前には6人の人間が『歴史通り』の動きをしていた。 ――本来ならば起こり得なかった『イレギュラー』が、運命を捻じ曲げる神の如き所業が、始まる。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月08日(金)22:42 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●2014→1999 過去への『門』を、潜る。 15年前――ナイトメアダウン以前ならば己は4ヶ月くらいか、と『舞蝶』斬風 糾華(BNE000390)は思った。感慨深いと言うよりは妙な感じである。 「この時代のどこかに、もう一人、私がいるのね」 尤も、本当の過去かは誰にも分からないけれども。当時は二十歳か、と『元・剣林』鬼蔭 虎鐵(BNE000034)も思うた。当時は無名である、剣林にいた事も当時の者にはバレまい。 「来る災厄に対抗するのは悪くねぇな」 「まぁ……短い人生だがよ、こういう事もあるんだろう」 応えた『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)にとっては『この先にある世界』は別次元・別世界の様なモノだ。そう思う位で丁度良い。 そして程なく開ける視界。 夜の緑色、夏の景色。 (……戦わずに済むのなら、確かにそれは最良だろう。自分の子が、孫が、子孫が、伸びやかに生きられる場所を求めたいのは俺も一緒だ) 顔を上げた『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)の双色の瞳。「守って見せる、2人とも」と決意の言の葉と共に。 その時歴史が動いた、とは正に。 「――!?」 史実通りが壊れる。そこにいた『死人』達が、銘々に驚愕を浮かべて『異物』へと振り返った。 「……全く過去の亡霊が一々出てくんじゃねぇよっと」 「なんでドイツ野郎がいるんですかね。一度やっつけたのに、あ、過去だった」 未来から来たことは秘密にしないとね、といつもの無表情で『本気なんか出すもんじゃない』春津見・小梢(BNE000805)が虎鐵の言葉に応えた。喋らないよ、絶対だよ、フラグじゃないよ、と付け加える。 (あのひとは、強くなりたくて軍に入ったと私に言った) 理由もなく戦うのは、ケダモノの所業であると。その言葉を、『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)は覚えている。それを言った者の名を、顔を。 (アウグストさん……。『あの時』私の目前で目を閉じたひと。こんな形で、お会いする事になるとは思わなかったな) 妙な心地。だがそれはお互い様なのだろう。 片眉を上げたブレーメが、その場の全員の思いをリベリスタに投げかける。 「何だお前ら?」 「地球人だけど見てわからん?」 そう応えた火車は既にブレーメへと一直線に走り出していた。その後方には自身の魔力を活性化させた遥紀が翼を広げて翔けている。 「予言してやる オメェは負ける! ……ケツアゴにがっかりされちまうなぁ?」 「なっ……はあ!?」 火車が思い切り振り抜いた業炎撃の左ストレートはされどブレーメの残像を殴っていた。が、ブレーメの意識は確実に火車へと向く。 「何で少尉の事まで知ってるのお前? それに俺が負けるだとお? お前らナラホウシでもないしホント何なの?」 「さぁて? ナニを何処まで知ってると思われますかぁ?」 いいね、ニヤニヤしちゃう。いつもヘラヘラしくさったハゲが狼狽している。 火車はブレーメの真正面、カルルとの間に割り込むように立ちはだかり。ぼ、と拳に燃やすは赤い炎。その背後では、脇腹を切り裂かれ尻餅をついていたカルルがただただ呆然と光景を見上げている。 「君達は――」 味方なのか。そうカルルが訊ねる前に。 「構うな! テメェはテメェのすべき事の為に動け! テメェ次第だ半兵衛は!」 目線はブレーメに向けたまま火車は声を張り上げる。この先にいる奈良法師の道場へ行け、と。今は説明やら御託を並べる暇はない。それは誰よりもカルルが分かっている筈だ。曲がりなりにも親衛隊として兵隊をやっていたのであれば。 「感謝します!」 その声と、走り出す足音。火車を隔てて反対側ではブレーメが「なんなのもー」と悪態を吐いている。そうしながらもその男は状況を整理し最善手を執らんと密やかに戦場を見渡している―― (何処までも戦争犬) 糾華とも一瞬目が合った。 親衛隊と交えるのはこれで最後、これこそが、最後。 糾華は微笑みを浮かべ、アウグストの前に立ちはだかる。親衛隊を一瞥しながら。 「『はじめまして』ブレーメ・ゾエ、アウグスト・アウアー、突然だけれど、ダンスの相手をして貰うわ」 15年前の彼等へ。今夜で終わり、ラストダンス。ゴスロリドレスを翻す。命を運ぶ蝶の翅が夏の夜に羽ばたいた。その時にはもう、峻烈極まりない連続攻撃がアウグストに叩き込まれた直後で。 「うぐッ……何者だ貴様らッ!」 「何者かなんて……じきにわかるわ」 一方的に知っている。死も見届けた。本当に妙な心地。ふわりと草地に着地した糾華に、そしてその周りのリベリスタに、心に抱いた違和感をそのまま顔に浮かべたアウグストが暴風を纏う拳を振るった。 「うっしゃー、食い止めるぞードイツ野郎の攻撃なんか弾き返してやーるー」 触れた者を切り裂く暴力。されどそれは半兵衛には届かない。非常に頑強な対の巨大カレー皿を構えた小梢が盾となったからだ。 「お爺ちゃんざっぽ~んするよ」 「げほっ……カルルは、カルルは」 「大丈夫」 血に噎せる半兵衛に応えたのはアリステア。 「半兵衛おじさまも、カルルさんも、私達が守るから」 出し惜しみはなし。少女は胸の前で両手を組んだ。祈りを捧げる。かみさま、と願う。デウス・エクス・マキナ。それは全てを癒す現実の奇跡。 「一体……」 幾分か力を取り戻した半兵衛は小梢に守られつつ、リベリスタへ疑問の目を向ける。 「なに、手負いの奴を集団で叩こうとするふざけた連中が許せねぇだけだ」 「ここ貴方を失うのは余りにも惜しい……だから助太刀に来たわ」 事情は後で。虎鐵と糾華はそう言いながら、アウグストへと視線を向ける。アウグストは唐突に変化した戦況に上官へ指示を求めた。上官が濁声を張り上げる。 「アウグストォ! 何だか分かんないけど俺達の狙いはカルルだ!」 「Jawohlッ!」 飛び下がるアウグストがカルルを追おうとする。が、それは追い縋る虎鐵が許さない。回り込む。殲滅の闘気を纏い、斬魔・獅子護兼久を振りかぶりながら。 「おっと、弱いもの虐めはいけねぇな。いけねぇよ」 その血を代価に刃へ不穏な闇を宿らせて。振り抜けば、親衛隊へと『暗黒』と呼ぶには余りにも強く禍々しい黒飛礫が襲いかかる。 が、それをかき消さんと親衛隊の衛生兵が治癒呪文を唱えた。更にアウグストの目配せでプロアデプトが前に出、糾華の進行を阻害すると共に彼女と虎鐵、アリステアへ鋭い気糸を繰り出した。 「テメェらの戦法は……お見通しなんだよ」 弱点を穿つそれに鮮血が散る。しかし虎鐵は不敵な笑みを崩さないで、正面のアウグストを通すまいと鋒を向ける。 「上等ッ! 障害物は突き崩すのみッ!」 「ここからは通さねぇっつったろ? 来いや!」 臨界点超越、フルボルテージのアウグストが激しい烈風を拳と共に繰り出す。付与を砕かれ肉を切り裂かれながらも虎鐵は限界を超えた力を剣に込める。タガの外れた体から昇る血煙。アークリベリスタの中で1、2を争う破壊力が隕鉄の如き破壊力を以て振り下ろされた。 (きつい仕事だが……半兵衛は殺させちゃいけねぇからな) 必死、即ち全力という奴だ。再度、闇を纏わせる黒刀を上段に振り上げる。鬨声、吶喊、力尽く。生憎『綺麗』なんて持ち合わせてもいなければ、そんなタマでも決してない。もう血に汚れているのなら、これ以上汚れたところでなんになる。黒は黒、変わらぬから黒。 二人のデュランダルの間に赤血が飛び散った。それは攻勢の音と共に量と勢いを増してゆく―― 「回り込めば良いんじゃねぇのぉ? いつも通りさぁ!」 ダブルアクションでブレーメに抜けられれば火車は全力移動で追いついて追い縋って、その行動を徹底的に妨害する。挑発をしつつ、繰り出す拳。遥紀による回復支援があるとはいえ、その体に傷は多い。 (ココまでオレに反した事やらせきったのはオメェだけだったよ、腹立たしいが……見事だ) 邪魔ァすんじゃないっての!そんな声と共に刹那をも切り裂くナイフが火車の肌を無残に引き裂く。拳の炎に照らされる火車の体をいっそう赤い色に染める。ぐらりと体が揺らいだ。 (ただ、オレはあの時より強くなった。過去と言われる今日のオメェは、あの時より強ぇのかね?) 踏み止まる。 残像を残すその姿を見澄ます。 速い。 速い。が…… (――見える) あの時よりブレーメは僅かに遅く。 あの時より火車は格段に強い。 傷つけば強くなるのはお互い様。ブレーメの刃が火車の意識を燃え上がらせる。奴が逆境燃えの同類だと言ってきたのは未来であり過去である。 「そォこだオラァ!」 陽炎の軌跡を揺らめかせ、『爆』の拳がブレーメの顔面に突き刺さった。熱く、重く、確かな感触。 「うごぇッ!?」 焼け付く、そして脳が揺れる。文字通り殴り飛ばされたブレーメが寸での所で体勢を立て直し、まだぶれる視界で火車を見遣った。驚愕。まさか捉えられるとは。そのコメカミはザックリと裂けている。火車の鬼暴に刺さった小さな欠片から返り血が滴っていた。 「おうおうビックリドッキリ大ピンチかぁ? ってこたぁアレ出すんかぁ? オレぁもう4-5回オレを見たが オレぁまだ死んでねぇぞ!?」 「なっ……んなんだよマジでお前! きめえ! 宇宙人かよ!」 図星<ドッペルゲンガー>を当てられ、更に『急所(狙いたい場所)を隠す様な防御姿勢』まで取られ、一瞬肩を跳ねさせたブレーメは攻撃を止め一気に飛び退く。動揺、狼狽、今まで出会った事のない相手、まるでこっちを知り尽くしているかの様に動く相手。まさかフォーチュナ、なんて有り得ぬ思考が飛び出るほどに。不気味である。甚だしく。 (……死んだ奴に思う事はあんまねぇが) 負け逃げした犬畜生共に、再度弔いの鉄血を。 襲い来る刃。が、それは割って入った半兵衛――彼を守る小梢が盾で受け止めた。 「お前たちなんかカレー飯前だぜ。半々物防無視だってこわくなーい! やれるものならやってみろー」 「助太刀致す。引退はまだしとらんさかいにの」 盾を突き抜ける鋒は小梢の体にまで届く。が、仲間に傷ができればミスティコアをその手に掲げる遥紀が素早く治療を行った。 「支援します」 それが己の役割だ、と彼は言う。的確で精確粛々と状況最善手なヒーラーの働きは、精密に動く美しい機械のよう。その存在が、戦場という歯車を回す。 小梢の盾を蹴り飛ばしつつナイフを抜き放ったブレーメは有利とは言えない状況でニタと笑った。パラノイアがナイフを舐める。 「いいぜえ、体もいい感じにあったまってきた。纏めて来な劣等種共!」 地を蹴る音。 戦いは加速する。 「私が相手よロケット坊や。そのブースターは飛んで逃げる為じゃないでしょう?」 「ぬかせ、逃げるもなにも俺は『前にしか進めない』ッ!」 相対するのは糾華とアウグスト。二人共傷だらけ、だが親衛隊の方が傷は深い。近くには倒れた親衛隊のプロアデプトと虎鐵、後者の持つ刀の返り血の凄惨さが彼の破壊神が如き攻撃力を物語っていた。 「いいわ、それじゃあその『前』に立ち塞がってあげる」 体を張ってでも。糾華が徐に差し出した指先には蝶がひとひら留まっている。それがふわりと羽ばたけば、万華鏡の如く増えて広がり群れとなり、死を告げる嵐となって戦場中に羽ばたいた。 無慈悲な刃は触れる者の安寧を赦さない。何重にも切り裂かれるアウグストがくぐもった声を血と共に漏らし糾華へと踏み込んだ。メリケンサックの硬い拳が少女の鳩尾に突き刺さる。 「っく」 骨と臓器がへし折れる嫌な音。白い唇から血を吹きながら、しかし糾華は既に攻撃姿勢に入っていた。 ロイヤルストレートフラッシュ。綺麗な薔薇には棘がある。とびきり鋭い一撃が。 守勢はない。攻勢のみ。削り合い殺し合うのみ。 けれどアウグストへ意識を向けつつ、糾華はブレーメへの警戒も怠らない。 それは向こうも同じなのか。もう一度だけ目があった。 言葉はない。一瞬、だが永く感じた。 その野卑な眼差しを血濡れたナイフを何度も見た、何度も味わった。 けれどそれは今夜で本当に最後なんだろう。 「さあ、来なさい、戦争犬共。遊んであげるわ」 見逃しはしない。 負けはしない。 そんなアタッカーを支え続ける事が、ヒーラーの役目。 彼らが出し惜しみのない全力で戦い続けていられるのは、偏にアリステアと遥紀のお陰に他ならない。効率よく役割分担し、その鼓舞の祈りと願いで今もまた仲間を立ち上がらせる。 味方を癒す事は、即ち味方を使って敵を殺す事――アリステアにはまだそれは良く分からないけれど、為すべき事は分かる。頑張るべきはいつだって『今』だ。いつか消える、その瞬間に後悔なんてしたくないから。 治す。祈る。たとえ両手が血に染まっても。「危ない」と叫んだ遥紀の視線の先で小梢が『小梢』に刺し倒される。 「く……」 遥紀は奥歯を噛み締める。仲間が倒れる、それはいつだって嫌な光景。だがそれでめげている場合ではない事も理解している。これ以上倒れさせるものか、と詠唱を紡ぎ出す。 「もうじきここには援軍が来るよ。どうするの? まだ戦うの?」 その時、戦場にアリステアの声がしっかと響いた。アウグストの目を真っ直ぐに見て。 彼女は千里眼で常にカルルの行動を確認していた。だからこそ、分かる。彼は無事に奈良法師の道場に辿り着いた。そして今、援軍と共にこちらに来ている。もうすぐ現れる。ハッタリでも何でもない、その宣言は紛れもない事実。彼等さえ退いてくれれば戦いは終わるのだから。 「曹長――」 息を弾ませるアウグストがブレーメへチラと目をやる。曹長は「あぁ?」と彼とリベリスタを睨み返した。親衛隊はあくまでも親衛隊、降伏などプライドが許さぬとそれに頷く事はない。が――無謀な馬鹿でもない。分かっている。ブレーメは増援の匂いを感じ取っていた。ほんの少しだけ親衛隊が後退する。 その時である。 「おーーい」 遠くから声が、聞こえた。 「おーーーぅい!」 先程よりも大きな声で。一人分だけではない。複数の、大きな声。 誰もが見遣った。リベリスタ達は期待を込めて。親衛隊は顔を顰めて。 「ご無事ですかーっ!」 手を振るカルルと、大勢の奈良法師達だった。 「だあーもーーScheisse! 退くぞお前ら!」 不機嫌そうにブレーメが指示すると、了解を返す親衛隊は早急に撤退し始める。アークリベリスタは彼らを追わず、奈良法師は牽制程度に追撃の姿勢を見せる。 覚えてろよ、まだ負けちゃいねえ、と捨て台詞。やがて親衛隊の姿は見えなくなる。 勝敗は決した。 運命は、過去は、捻じ曲げられた。 ●新しい未来 「無事で何より……ね。先はともかくも、暫く大丈夫でしょう」 手当てを受けつつ、糾華は奈良法師達に微笑んだ。傍らでは小梢が「はぁ疲れた。帰ったらカレー食べたい」とボヤいている。 半兵衛とカルルを救った恩、そして他ならぬ半兵衛からの言葉で、奈良法師達は見知らぬ来訪者とその強さに驚きこそすれアークリベリスタを不審がる事はなかった。 「本当に、ありがとう」 「ありがとうございました、何と申し上げればよいのやら」 半兵衛とカルルが頭を下げる。奈良法師達も、仲間の危機を救った恩人に礼を述べている。 せめてお名前を、と彼らは問うが、アークリベリスタは未来を守る為にもそれに答える事は出来ないのだ。 「半兵衛。オレ等が何者かってのは非常に些細な事だ。リベリスタって事だけは良く解るな?」 頷く奈良法師達。「じゃあ次の事は全く些細じゃねぇ事だ」と火車が言えば、アリステアが言葉を繋げる。 「もう少ししたら、悪い人達が沢山、悪い事を始めるんだって。私達はそれを止めるために来たの」 「助けた恩……って言うのもなんだが頼みたい事がある。近々この日本で大災害が起きる兆候が出てる……そして十中八九それは起きるってフォーチュナが言ってた……頼む、日本の為にも力を貸してくれねぇか?」 「念の為に見回っていたら見掛けたからね、だから戦ったんだ」 虎鐵の言葉に遥紀がそう補足する。 「そう、これは予言。謎の闖入者たる私達から、貴方達へ。茫洋で不明瞭だけど……予言よ」 糾華が続けた言葉に奈良法師達は目を見合わせる。あまりにも唐突、しかし彼らが嘘を吐くとも思えず、再度リベリスタへと目を戻した。糾華は真っ直ぐ彼らを見やり、火車と共に『予言』を告げる。 「夏に、東の方角」 「間も無く 終末が来る 訪れる 本懐 夢々忘れる事無かれ」 「異変が起きるわ。気を付けて」 「……ってヤツだ。コレ以上は言えないし言わない、信じて察してくれとしか言いようもない、後はそっちの自由だ」 そう火車の言葉が終われば、辺りはシンと静まり返る。 されど奈良法師達が「嘘だ」と言う事はなかった。その眼差しに疑いはなかった。笑う事もなく、表情をきっと引き締めて。 幾許か後に、半兵衛が静かに頷く。 「さよか。ほなあれやこれや聴くんは無粋やな。……儂らは儂らの為すべき事をする」 リベリスタとして、奈良法師として。それが恩返しとなるならば任せておけ、と彼らは応えた。 「見送りは……せん方がええのかな。気ぃ付けて帰るんやで」 「いつか、今度、お礼をさせて下さい」 半兵衛とカルルと奈良法師達に手を振られ。 『未来人』達は、過去から未来へと立ち去った。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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