● 歩いても歩いても終わりのない林の間の道。 ここはこんなに長かっただろうか。 薄暗い空。降り続ける小糠雨。 道に残る跡は、一体何を引き摺ったものなのか。 茂みを揺らす音がする。 風とは違う揺れ方をしたけれど、動物も何も出てこない。 前を過ぎった。人影が過ぎった。 けれどこの距離で、どうしてあんなに大きく見えたのだろう。 木々が途切れた。どうやらいつもと違う道を歩いていたらしい。 不法投棄された冷蔵庫。明らかに古びているのに、どうしてガタガタ激しく揺れた。 転びそうになりながら走った。走った。 前髪が張り付いて気持ちが悪い。木々の陰から口の裂けた子供が覗いて笑っている。 小屋が見えた。雨宿りを考える暇もなかった。 目の大きな男がぎょろりと此方を向いて、激しい音と共に窓に赤い手形が幾つも付いた。 何かが追いかけてくる。蜥蜴に似た何かがずっと付いてくる。 地の底から聞こえてくるような唸り声が、耳について離れない。 視界が暗転した。足を滑らせ斜面から滑り落ちた。 どうにか這い起きた視線の先、ぬかるんだ地面と池の中から無数の手が生えていた。 ● 悲鳴と再び激しく揺れる視界。 予知の映像はそこで途絶えた。 「……えー、で、まあ、凄くヤですよねこの状況。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンもあんまり繰り返し見たくないんですけど、さてこの後でこちらをどうぞ」 肩を竦めた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)はモニターの画面を切り替える。 先程追いかけてきた、蜥蜴に似た何か……成人の大きさになって二足歩行をしていて羽とか棘とか生えている感じ、と言えば極力近い表現になるだろうか。 息切れしているそれは、疲労したように樹の幹にもたれ掛かり――上で顔が歪に変形した女がニヤニヤ笑っているのに気付き、絶叫した。声というよりは音だったが、確かにそれは恐怖の絶叫だった。 何より。座り込んで頭を抱えて震えている。 「はい。見たままアザーバイドでこの状況の元凶と言うか原因というか……。……どうやら彼がうっかりこちらに落としたアーティファクトを、この逃げている女性が持っている様子なんですね」 切り替わる。女性の方も恐怖で蹲っている様子だったが、足音が段々近くなってくるのにびくりと顔を上げてまた走り出した。 「アーティファクトそのものに害はなし。彼の世界では玩具レベルですね。外見も小さな丸い鏡をつなぎ合わせたストラップみたいなものです。ただ、本来は周囲の想像力で付近の風景に幻や音を被せるというか、平たく言えばごっこ遊びの道具らしくて」 つまり何か。 これは全て、女性の想像力が引き起こした幻影という事か。 問えばフォーチュナは、複雑な顔で頷いた。 拾い上げた彼女にも悪意はなく、ただ『落し物だろうから林の入り口の分かりやすい所に置いといてあげよう』くらいの善意であった。 なので――何が悪かったか、と言われれば、天気と薄暗かった林と、女性の想像力、となるだろうか。 「ほんの少しの恐怖感が想像力を煽って煽ってこの結果です。幻影は害を与えられませんが、このままだと女性も精神的肉体的に限界まで疲労してしまいますし、アザーバイドの彼も帰るに帰れませんし……何より第三者が巻き込まれた場合更に混乱が加速しますので」 どうにか女性を宥めてアーティファクトを取り戻し、アザーバイドの彼を無事に帰してくれないか。 「ほら、夏ですし。危険性の少ない遊びだと思って、ね?」 お前意図的にホラー系だって説明省いて人呼んだだろ。 薄く笑うギロチンの向こう、モニターの前に目を剥いた血塗れの女が映っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月24日(木)22:08 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 6人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
● 呻き声が聞こえてくる。遠くでか細い声が怨嗟を紡いでいる。 誰かいる。誰もいない。 誰かいる。誰もいない。 誰かいる。 誰かいた。 ほら。 自分の二倍以上はある細長い女が、まん丸な目を見開いて、尖った牙を剥き出して、前に。 呻いている。 ● 鈍める空から降り注ぐ雨は、多くが木々で遮られてはいたけれど……それが傾きかけた陽光さえも防ぐから、林の中は薄暗くどこに何が潜んでいるのか分からなかった。 「ちょっと、これはお約束じゃないかしら」 振り返ったら誰もいない。怪奇現象の中ではありきたりとも言える現象に、『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は幻想纏いをONにする。 遠くから聞こえた咆哮はルー・ガルー(BNE003931)のものだろうか。 互いが不干渉になる程の効果はない様子だ――尤もそんな事が起これば、そもそもアーティファクトの回収が困難であるだろうが。 女性の想像力は時に突飛であるというけれど、外見はともかく中身は男性のエレオノーラとして同意したものか何なのか。一応、不幸な事故と言っていいのかも知れない。 ともかくは異世界の迷子を捜さないと。 「あたしの声、誰か聞こえたら返事して頂戴」 『聞こ……え……どの辺』 「……双葉ちゃん?」 『声……遠い……』 ざらざらと音が掠れては消えて行く。最新技術、神秘と叡智の結晶である幻想纏いがそうおかしくなるはずはないのだが。 『遠い……遠い遠い遠い……遠い……遠』 声は双葉だ。双葉か? 本当に? 時に遅くなって太い声に、早くなって高い声になるこれが? 『近く……近付いて……今……近……近く……近くに行くよ……』 「……何か、変なノイズが入ってる気がするんだけど」 何の気なしに、歩き始める。段々と声が大きくなっている気がした。 ぱちゃぱちゃ音を立てる水溜りには、水滴が落ちているのだろう。 多分、そう。だって気配が、ない。 『近くに……ずっと近くに傍に近くに隣に後ろに後ろに』「君の後ろ」 「!!」 すぐ後ろで囁かれた気がして、エレオノーラは振り返った。 誰もいない。 気のせいだ。気のせいだ。 雰囲気に飲まれ掛けていたのに気付き苦笑する。らしくない。 前を向いたら、息の掛かる距離に魚眼レンズを歪めたような奇妙な顔の『何か』がいて、消えた。 「おかしいな、切れちゃった……」 首を傾げて、とりあえず葉から零れ落ちてくる水滴を防ぐ為にも『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)は傘を広げる。 花柄の可愛らしい傘は暗い林の中でぱっと咲き、明るい目印になる、はずだったのだが。 「アォーン!」 「あれ」 駆けて行くルーには、果たして何に見えたのか。喜びと思しき声を上げて、彼女は益々加速していく。 ルーの目に見えているのは、他の者とは些か趣が違っていた。 勿論、結衣子の恐怖が重なっている以上は完全に違うものにはならないのだけれど――その多くは、獣の姿をしている。 白の体毛をした狼や鳥、巨躯の獣。ルーが好んで纏う毛皮と同じいろ。 双葉の鮮やかな傘と重なったのは、腹に蠢く奇妙な七色を内包した犬とも猫とも付かない獣の幻影。 ルーの横を走る獣が蕩けていく。肉の色を出して骨の色へ変わって行く。 それでも彼女は駆け回る仲間を得てまた笑った。 ● 時折屋根が見える。小屋だ。 でも、そこに入ろうとは思わない。思えない。 閉められたカーテンから誰かが覗いている。 視線を向けると勢い良く閉められる。 なのに近付けば、音はしないのだろう。 代わりに聞こえるのは、背にした扉が開く、軋んだ音。 ほら。 何かが、出てきた。 ● 隙間から覗いている。何かが瞬いた。あれはきっと目だ。 風もないのにざわめく茂みに、『戦姫』戦場ヶ原・ブリュンヒルデ・舞姫(BNE000932)は息を飲んだ。 決定的な何かが出る訳ではない。ただ、林の途切れる先が見えなかった。 薄暗い林の中を進んでいく。誰かに見られながら進んでいく。 違う。そんなのは気のせいだ。背筋をしゃんと伸ばしてきちんと見れば、何もない。そうに決まってる。 なら、どうしてそれをしない。 伝う雫……雨か汗が、本心を示している。 背に刺さる視線が怖いのだ。首筋に感じる息遣いが怖いのだ。 気のせいだ。誰もいない。なぁんだ、良かった。 そうならなかったら? 本当に、何かがそこにいたとしたら? ぱちゃりと水の音がする。濡れた葉を揺らす音がする。誰かの囁きが聞こえる。 誰か、いる。 呼吸が浅くなっていた。不安で息苦しい。 意を決して振り向いた。 誰も、いない。 知らず止めていた息を吐いた。けれど、鼓動は収まらない。 どうして。何かが見ている感覚が収まらない。何もいなかったのに。 目を閉じるのは怖かったから、指の隙間から地面を見るようにして顔を覆う。 木々の上から、嘲りを浮かべた赤い目が見下ろしている。血の色に似た、紅の瞳。 吊り上げられた赤い唇は嗤いを刻み、闇から白い手が伸びてくる。舞姫の右目を抉ろうと伸びてくる。 青の瞳が、瞬いた。 細い指は消えた。 ああ、そうだ。これは、「もう」怖くないんだった。 過去の幻影を消した舞姫は僅かな安堵を以って、空を仰ぐ。 落ちてきた水滴に視界が歪む一瞬前、血走った目がすぐ前に現れた、気がした。 暗い世界。冷たい世界。 そんなもの、『Eyes on Sight』メリュジーヌ・シズウェル(BNE001185)には怖くない。 「んふ☆ 本当に怖いものっていうのはね、あったかい世界の中にあるものよん☆」 そうウインクをして意気揚々と足を踏み入れたメリュジーヌであったが――。 「うわーんやっぱり怖いもんは怖いぃぃぃ~~~!」 一人になって数分後、雨とは違う液体で頬を濡らしていた。 誰もいない。誰かいる。彼女が怖いのは、それらが恐ろしい外見をしている事ではない。 鼻を啜って前を見る。木々の合間に見える影は、誰も彼も笑っていた。 悪意などないかのように。人好きのする笑顔を浮かべていた。 その笑みがきゅうっと吊り上がった気がして、メリュジーヌは首を振る。 笑みを浮かべていたって、人の心は見えやしない。 笑顔で手を振った父母だって、親切そうに迎えてくれた人だって、誰も彼も、メリュジーヌを捨てていった。 落ち着こう。メリュジーヌはプロアデプトだ。その頭脳をフルに使えばアザーバイドの彼と友好的に接触する方法だって思い付くに違いない。唸れ超頭脳演算(活性済み)。 「……あの子は、なんであのおねーさんを『怖くなさそう』って思ったのかしらん」 同じ様に幻影を見ていただろうに。たった一人本物の結衣子に縋ったのは何故なのか。 単に見た目が怖くなかったからか、心で判断したのか……。 「あっ虫。あっうわっ、うわっ」 目の前に飛んできた蛾の顔は、人の顔だった。まずい。集中して考えていれば少しは幻影はマシだが、気を散らせば周囲の茂みと言う茂みから何かが沸いて来る。 なんとかこの幻影をうまく散らせないものか――そこでプロアデプトの頭脳は思いついた。 「定番のじしょーこーい……トラップネストで緊縛ー! みたいな」 こんなまやかしなど効かぬ! とか言って自分の腕を切ったり噛んだりするあれだ。 試しに掛けてみた。 麻痺した。 「うう……やっぱりないかあ……」 勢いでつんのめったメリュジーヌの前に、差し出された手。 辿った先では、真っ黒に塗り潰された顔の中で、唇だけが笑っていた。 ● どうしてそれを茂みだと思ったんだろう。 枯れた低木の集まりだと思ったんだろう。 絡みあっているのは腕だった。やせ細った腕だった。 地面から生えていた。枯れ枝のように生えていた。 そして土を盛り上げて、黒い何かが出てくる。 ● 落ちてくる水滴と先の闇は、懐中電灯の光も吸い込んでいるようだ。 口の裂けた子供の幻影を光で追いながら、『化圏』潘・氏・蘭(BNE004989)はぐるりと回りを見回した。 「人の恐怖は万国共通……とは行かなくても、共通点くらいはありそうだ」 恐ろしい。何が恐ろしい。得体の知れないものは恐ろしい。 口が裂けていて、行く先々に現れる子供などいない。恐ろしい。 3m近く、肌が土気色をした真っ赤な目の女などいない。恐ろしい。 彼らは人では出せない声を、音を上げている。恐ろしい。 手の届きそうな程近くにいた影に手を伸ばしてみるが、届くより前に消えてしまった。 夢幻のように、痕跡すらも残さない。 それが目の前にあった事実を知っているのは、蘭だけ。 それが『在った』というのが夢か幻か、それとも真実かを知るのも、蘭だけ。 耳に届いたのは、悲鳴だ。 これは現実の――恐らくは結衣子の上げた声だろう。 小走りで近寄れば、傘を差し出した双葉と尻餅を付いた女性が見えた。 蘭は咄嗟に、彼女と周囲の風景に超幻影を被せる。これで幻影を上書きできるといいのだが。 「どうかしましたか?」 「え……あ、あれ?」 それと制服と傘と日常を強調した服装であった双葉の作戦が功を奏したのか、怯えていた結衣子の顔が呆けたものへと変わる。 二人を見比べる結衣子に向けて、蘭は深く一礼。 「驚かせてしまったかな。日本に来てから日が短くて、迷ってしまったんだ」 「あ……」 「それは大変ですね。何でこんな所に?」 「ああ、それが実はね、友達がこの辺で落し物をしたんだけれども……知らないかな?」 一先ず他人を装った会話をし、双葉と蘭はちらりと結衣子へと目を向けた。 双葉に手を引かれ起き上がりながら、ようやく少し落ち着いたらしい彼女は何かを思い出したようにポケットを探る。 「あ、あの……! それって」 「飾り物なんだけどね、小さな鏡のような……」 「こ、これですか?」 差し出されたアーティファクトに、蘭はああ、と頷いて礼を言った。 これで目的の一つは達成である。 「『探し物が見付かった所で』、外に出ませんか? ここ、ちょっと暗いですし」 繋げたままの幻想纏いで双葉がそれとなく仲間に知らせる発言をした所で――結衣子ははっとその腕を掴んだ。 「ね、ねえあの、出られるの!?」 「え? 出られますよ?」 「だ、だってさっきから何か化け物が……見てないの?」 「化け物? 気のせいじゃないか……な……」 林の奥を指差した結衣子の指の先を辿った蘭の声の後半が消えて行く。 そこにいたのは――巨大な蜥蜴アザーバイド。 なんてタイミングで出てくんだお前。 「ひぃやあああああ!?」 「お、落ち着いて、多分あれは着ぐる……ひゃああああ!?」 「二人ともどうし、ひゃあ!?」 「――――!?!?」 怯えて抱き付いてきた結衣子を宥めようとした双葉は、少し視線を上げた所に血塗れの老婆の顔が逆さに覗いてにたりと笑ったのに思わず叫び――振り返った蘭も、突如目前に現れた巨大な苦痛に歪んだ顔に声を上げる。おまけにその叫び声に驚いたアザーバイドがこちらの言語には変換できないような音の連なりを大音量で奏でてなんだか凄まじい様相だ。 当然、そんな声が他の誰にも聞こえないはずはない。 「ミツケタ? ミツケタ!」 「やあぁああ!?」 ルーは最早結衣子には血みどろの何かに見えているのだろう。辛うじて仲間と理解した蘭が、横を駆け抜けて行く彼女に、アーティファクトをパス。 「!!!!???」 「オイファヘッホ!」 歯にアーティファクトの先を引っ掛け咥えたルーは、蜥蜴へと一直線。 明らかに怯えた蜥蜴はダッシュで林の奥へと消えて行くが……結衣子は落ち着きそうもない。 何しろ幻影は酷くなっている。 枝の間から目が覗いている。笑ってる声がする。子供の声だ。子供の手が裾を掴んではいないか? 指が樹の幹を掴んでいる。爪が剥がれている。真っ赤な線が樹に付いている。 べちゃりと落ちてきた葉……葉? これは、千切れた皮膚の、一部では。 「いやああああああ!? もうやだあああああ!」 泣き叫ぶ結衣子をマトモな手段で宥めるのは難しいと悟った双葉は……覚悟し、すっ、と取り出したワンドを構えた。 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 「……へっ?」 流石にこの斜め上の口上は結衣子の耳にも届いたらしい。 ついでに女子高生がいつの間にか白とピンクのフリフリ+マントに着替えているのにも気付いたらしい。 「……え?」 「悪いお化けは滅ぼしちゃう、ミラクル☆バッドタイム!」 突然の魔法少女状態に突っ込みどころを失ったらしい結衣子にワンドを抱えて決めポーズ。 閑話。この場合のバッドは悪いではなく双葉の意味である。閑話休題。 「……ど、どうやったの?」 「細かい事はいいんだよ」 呆気に取られたせいか消えた幻影に結衣子が問えば、双葉は笑顔で切り捨てた。 うん。アイドルオーラで有耶無耶にしてるけど結構恥ずかしいんだ、これ。 止めて蘭。微笑ましいものを見るような目で拍手しないで。 ● 一方その頃、蜥蜴はルーから必死で逃げていた。 走り回るそれに気付いたメリュジーヌが、行く手に立ち塞がる。 奇妙な音を立てて怯える蜥蜴に、彼女はにっこり、歯を見せて笑った。 「大丈夫だよ」 「……!!!」 どん、という衝撃。突き飛ばされたのだろう、茂みに倒れこんだその後ろから、ややして足音が聞こえて来る。駆け抜けて行くのはルーと、その周りに付いた幻影だ。 「……もしかして、庇ってくれた?」 「――――」 頭を抱えて茂みの中で震える蜥蜴がそこまで深く考えていたかは不明だが、とりあえず宥めるようにその背を叩く。もういいかと顔を上げた所で、目があったのはぬいぐるみを抱いた首の取れかけたフランス人形……いや。 「め、メリュジーヌ、ちゃん?」 片手に小さなぬいぐるみを持ったエレオノーラである。彼もまた、茂みを抜けてきたのか髪が乱れ葉が着いていた。 彼はメリュジーヌを見て珍しく安堵したような表情を浮かべ、次いで隣で震えている蜥蜴にそっとキャンディを差し出す。 「も、もう大丈夫よ。ひ、一人でこ、怖がらなくてもいいから」 「…………?」 顔を上げて瞼らしきものを右から左へとスライドさせる彼に、自分も食べてみせながら口と思しき場所に入れた。少しはマシになったように座り直す蜥蜴にほっと息をついた所で、足音に追われるように現れたのは舞姫だ。 「な、何か来……」 「オイツイタ!」 その時に見えたものは、個人によって少しずつ異なっていた様子だったが……少なくとも、エレオノーラには小さな蠢く毛虫や百足と共に走り寄って来る白い触手の群れ、或いは巨大な蛆虫が連なった塊にも見えて――。 「「!!!!??」」 蜥蜴と共に手を取り合うようにして声なき声を上げる。 思わず取り出そうにも手の内にない武器は幸いだったのか、あわあわするエレオノーラと舞姫より少しだけ早く我に返ったメリュジーヌが手を叩いた。 「おちつけーおちつけー」 「ち、違う、これは怖かったんじゃなくて彼の逃亡阻止と護衛の為にね」 爬虫類っぽい外見に似てか冷たい蜥蜴の手の爪を軽く握ったエレオノーラはこくこく頷く。嘘じゃないったら。嘘吐きだけど嘘じゃないったら。 「ぜ、全部分かってました、ょ?」 声を裏返しながら汗を拭った舞姫は、ルーが咥えていたアーティファクトを受け取った。怖くない怖くない。大丈夫。ちなみに自分は最近舞姫から送られてくるプレイングのBUがほぼ魚人である事が地味に怖い。 壊そうかとも思ったが、蜥蜴の彼がこのまま持って行ってくれれば問題はあるまい。 言葉が通じずとも喜んだ様子を見せる彼に、メリュジーヌはアーティファクトを指差して笑顔と共に両手を顔の横で広げて見せる。 「おどかしちゃった分、おねーさんにイイコトしてあげるんだぞッ☆」 「――――」 正しく意図が伝わったのかは分からないが、少なくとも何か『明るい』『楽しい』を求められているのを理解したらしい。 大事そうに抱えたそれを掌で握り込む。 このアーティファクトが彼の玩具であるならば、使い方も彼の方が上手であるのだろう。 霧雨の様に細かく降り注ぐ雨はそのままだが――林の中が、明るくなった。 天気雨のように、木漏れ日が差し込んでいる。 自分の周囲で白毛の獣達が戯れ出したのに、ルーが喜んで再び駆け出していった。 差し込む光にきらきらと反射するのは、その鏡に似た煌きを持つ水晶のようなもの。 プリズムによる光の拡散で、林の中は先程までと打って変わって鮮やかな色彩を帯び始めた。 「――おや、虹かな」 「あ、……本当、でも変わってる」 それは林を抜けかけていた三人にも届き……きらきらと地面や空中に投げ掛けられる光に結衣子は瞬く。 「私達、夢でも見てたのかも知れないね」 「……でも魔法少女は」 「夢」 「マジカル」 「夢」 年頃が近いせいかだいぶ打ち解けた結衣子の言葉を花柄傘の下で両断する双葉の目線は逸らされているが些細な事だ。 溢れる水晶と光の広場は、蜥蜴の彼にとって遊び場の一つなのかも知れない。 アーティファクトを手にゲートを開いて帰っていく彼を見送りながら、エレオノーラはぽつりと呟く。 「……もう落し物はしないでね」 髪から取った葉は、薄れて行く光の中で一度だけ、煌いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|