下記よりログインしてください。
ログインID(メールアドレス)

パスワード
















リンクについて
二次創作/画像・文章の
二次使用について
BNE利用規約
課金利用規約
お問い合わせ

ツイッターでも情報公開中です。
follow Chocolop_PBW at http://twitter.com






<凪の終わり・黄泉ヶ辻>焼け落ちて煙雨


 ビルが真っ赤に燃えていた。けたたましいサイレン、見上げる人々。
 咳き込みながら逃げ出してくる人に駆け寄る消防隊員。
 それらを全て見下ろす赤があった。
「燃えろ」
「燃えろ」
「皆燃えろ」
 赤い傘を持った少女が唱えた言葉に、二人の子供が追従する。
 彼女らの周りにだけ、雨が降っている。炎が燃え盛る中、そこだけが酷く冷たい。
 オフィスビルであるはずのそこに不釣合いな子供に誰かが気付いたのだろう。
 隣のビルからそちらを指して眼下の誰かに叫んでいる男をちらりと見て、子供達は笑う。
「楽しい癖に」
「楽しんでる癖に」
「僕らが死んでも気にしない癖に」
 憎悪と悪意に満ち満ちた嘲りはこの場の全てに向けられていた。
 ごう、と炎が一層強さを増して燃え盛る。隣のビルから顔を出していた男も、熱気に耐え切れず室内へと戻った様子だった。
 気付けば彼女らの周りには、黒い人影が幾つも現れていた。
 全て少女らと同じくらいの背丈で、炎に焼かれながらじっと佇んでいる。
「これは『楽しい事』だよね?」
「とても『楽しい事』だよね」
「もっと『楽しい事』をすればいいんだよね」

 嫌いだ。と誰かが呟いた。
 炎なんて嫌いだ。と誰かが呟いた。
 でも、だから全部燃えればいい。と誰かが笑った。
 子供達の笑いは、一つに重なった。


「はい、暑いこの時期にすみませんが熱い依頼です。皆さんのお口の恋人断頭台ギロチンがお話しますね」
 空調の整った部屋、黒煙を移すモニターの前で赤ペンを回して『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は笑った。
「さてご覧の通りオフィスビルで火災が発生するんですが、まあ人為的なものな訳です。仕掛け自体も一般の人が作れる程度なんですけど――この犯人はちょっと警察じゃ捕まえられないので対処をお願いします」
 黒煙の向こうに、子供が見える。
 傘を差した少女と、他に二人の子供。
 燃え盛るビルの屋上で、ひどく悪意に満ちた笑いを浮かべていた。
「最近オフィスビル等での大規模火災が頻発してるんですが……ま、原因はこの子たちです。死者も発生していて、悪戯で片付けるにはタチが悪過ぎる」
 自ら手を下す事は少ないが、屋上に逃げ込んでくる者がいれば躊躇なく焼き殺す。
 救助の手が届きそうになればビルの一部を崩壊させる。
 嬲るような動きをしながら、子供達は外部の干渉を止める真似はしない。
 救助者自体を狙う事はなく――ただ、炎に閉ざされた獲物が焼き尽くされるのを待っている。
「彼女らは黄泉ヶ辻所属のフィクサードですね。どうやら今までもたまに似た様なことをやらかしてた様子ですが、最近の頻度がおかしい。理由は……まあ、黄泉ヶ辻に問うても無駄でしょう」
 深く溜息。
 黄泉ヶ辻では首領である京介の思い付きや気紛れで活動が左右される事も珍しくはない。

「で、彼女ら……楓に銀杏、柊という三人ですが、どうやら恐らく姉弟ですね。彼女らに共鳴してるのか何なのか、E・フォースも複数確認されています」
 焼けた少年少女と思しき背丈の人型。
 燃え盛る炎の中で子供達が何を思っているのかは知らねども、これ以上の被害は看過できない。
「説得にはまず応じないと思いますので、現場での処遇については皆さんにお任せします。ただ、見逃したからと言ってそれを恩に着るような性格ではなさそうだ、というのだけはご理解ください」
 子供ではあるが、逃がす事のないように。
 そう告げたギロチンは、僅か迷ったように視線を動かしてから口を開いた。
「……一昨年の事ですけど、とある市で起こった火災で幼い姉弟三名が消息不明になりました。……数ヵ月後に、『たまたま』不在だった両親も豪雨の中で焼死という変死を遂げています」
 だからどう、という訳でもない。
 その間に何があったのか、推察でしか分からない。
 ただ。
「彼女らは『大人』を特に憎んでいる様子です。毎回オフィスビル等の大人しかいない場所を狙って放火している。子供だと加減するかどうかは不明ですが、戦闘でもそういった傾向が見られるかも知れません」
 なので外見から『大人』であると判断されそうな人はどうぞ、特に気を付けて。
 フォーチュナはそう告げて、ひらり手を振った。
 


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年08月03日(日)23:13
 夏のキャンプファイヤー。黒歌鳥です。

●目標
 フィクサードの殲滅or捕縛&E・フォースの殲滅。

●状況
 火事となっているビルの屋上。凡そ30m×30m程度の広さ。7階建て。
 黒煙が立ち上っており近隣ビルの人間も避難したので、
 飛行等で上空にいない限り見られる心配はほぼない。
 ビル内部には人がまだ少々残っているが、屋上に登って来た時点で焼き尽くされる為に神秘秘匿の面では考慮する必要はなし。

 皆さんには近隣ビルから屋上へと乗り移って貰います。
 煙等で人の目から隠されたタイミングで移って貰う為、事前付与は不可。

●敵
 ・楓(かえで)
 メタルフレーム×プロアデプト。赤い傘を持った、十を幾つか越えた程度の少女。
 燃え盛る炎と逃げ惑う人々を楽しげに眺めている。絶対者。
 所持アーティファクト:赤い傘
 毎ターン半径30mに存在する対象に[火炎][業炎][獄炎]を1~3個ランダムで付与する。
 また、半径5m以内に侵入した場合は[氷結][氷像]のどちらかが付与される。
 上記効果に加えいずれもランダムで[ブレイク]発生。

 ・銀杏(いちょう)
 ビーストハーフ×ナイトクリーク。逆さてるてる坊主のブローチを下げた十程度の少年。
 ビル各所に仕込んだ発火装置を気紛れに作動させて笑っている。火炎・冷気無効。

 ・柊(ひいらぎ)
 ジーニアス×ホーリーメイガス。燕の翼を背負った十程度の少女。
 集まってくる人々を冷めた目で見下しながら、楓の傍から離れたがらない。遂行者。
 銀杏と柊が身に付けているアーティファクトは何らかの援護効果を持つと思われる。

 ・E・フォース×10
 背丈は全て子供のもの。多くは焼け焦げていて殆ど顔すら分からない。
 炎や煙による遠距離攻撃が可能。火炎無効。
 
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
アークエンジェインヤンマスター
朱鷺島・雷音(BNE000003)
ハイジーニアスデュランダル
結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)
ハイジーニアススターサジタリー
リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)
ハイジーニアスデュランダル
楠神 風斗(BNE001434)
ハイジーニアスホーリーメイガス
汐崎・沙希(BNE001579)
ハイジーニアスダークナイト
山田・珍粘(BNE002078)
ハイジーニアスマグメイガス
羽柴 双葉(BNE003837)
メタルイヴダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)


 炎と黒煙に包まれた世界で、少女達は笑っている。
 赤い傘の周りだけ、酷く凍えた冷たい雨が降っているように見えた。
 黒い影。赤い色。焼けて爛れて炭になった色。
 幻想的と言うには凄惨で、賽の河原と言うには救いの光の一つもないコンクリートにリベリスタは降り立った。彼女達の興味は薄げだ。簡単に焼け焦げない相手はつまらないのか。
 それでも燃え上がる炎の奥にいる少女らを見るリベリスタの多くは、その手を伸ばすつもりだったのだ。
「――燃やすことで苦しむ人達を見る事は楽しいですか?」
「楽しい」
「楽しい」
「とっても」
 神秘の炎に焼かれる事はない『グラファイトの黒』山田・珍粘(BNE002078)こと那由他が前に出て口にした問いに、少女らが一切の淀みなく答えたとしても。
 改心するかは『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)には今はまだ見えねども、そうなれば彼女らの行為は悔いて泣いて尚足りないものだ。その後どうなるかは……さて。
「やあやあ、お兄ちゃんが悪い子達にオシオキしに来たよ。悪い事は悪い事だと、叱ってやるのがお兄ちゃんの役目だからね」
「間に合ってる」
「帰って」
 ウインクさえ交えそうな軽快さで『縞パンマイスター竜』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)が前に出れば、返るのは冷めた声だったけれど、言葉通りに引いてやる訳にはいかないのだ。
 視界には影が蠢いている。竜一の背丈よりよっぽど小さな姿が。
「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」
 ともかくにも数を減らさなければならない。お決まりの台詞を放ち、『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴 双葉(BNE003837)はポーズを取る。
「紅き血の織り成す黒鎖の響き、其が奏でし葬送曲」
 木々が芽吹くには余りに過酷な炎。冷風を纏ってはいても気休め程度ではあるが、道を築かんと詠唱を。
「我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ……いけっ、戒めの鎖!」
 強大な魔力に反応し、皮膚がぴりぴり裂けて行く。それには頓着せずに黒鎖の濁流を。
 黒に黒が飲み込まれた。焼け焦げた子供達の姿をしたE・フォースが飲まれた。
 それでも笑う少女らは黄泉ヶ辻の者だ。『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)はそろそろ彼らが動き出したのだと思う。
「來來、朱雀!」
 燃え盛る炎が、朱雀を模る。敵の操る炎ではなく雷音に呼ばれた業火の四神はビルの屋上を滑るように飛んでいった。視界を真っ赤に埋め尽くす炎に、柊が一瞬怯んだのを見る。資料にある限り、彼女だけは炎への耐性を持たないようであったが……なるほど、楓の雨は柊にとっては動きを止める氷雨ではなく、炎から救ってくれる恩恵か。
 給水タンクを蹴った銀杏が、そんな雷音に切り掛かる。ナイフを手にざくざくと、笑いながら切り刻む。
「おいで。大人が遊んであげる」
 太刀を手に飛び込んだ『骸』黄桜 魅零(BNE003845)の言葉は楓たちだけではなく、一つしか残っていない目で、空になった眼窩でこちらを見つめるE・フォースにも。炭のような体に火を宿し、リベリスタへ向かって来ようとしている。
 三人が大人を憎むように、彼らも憎んでいるのだろうか。
 魅零の生命力を宿し反転させ、黒へと変わった瘴気が彼らを打ち据えた。
「楽しいのなら、君達の大嫌いな大人と一緒ですね。大人の仲間入りおめでとう」
「ありがとう。そんな事思ってもいないくせに」
「だったら僕らをほっといてよ」
 問いに答えた少女らへ向けた那由他の言葉は、口々に放たれた敵意で迎えられた。
 それに激昂も反発もせず、ただ那由他は暗い闇を呼んだ。
 ――例えば理不尽な不幸に会い、癒えない傷を心身に負ったとして、それを理由に他者を害する事は許されるのか。那由他は諾とも否とも言わない。
 敵意しか見せない少女らに、『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は一歩を踏み出した。
「さあ、『お祈り』を始めましょう」
 彼女の祈りは世界の為に。威嚇の如く中空に放たれた弾丸が無数の誘導弾と化し、逃れる事の叶わない空間を作り上げる。穿たれるのは、子供たち。子供の姿をした思念の果て。
 弾丸(いのり)によって築かれた聖域で、どうか彼らが安らかに神の御許へ行けるように。
「君らも、思う事があるだろう。が、生きている人間を救う事を優先させてもらう。俺は、大人だからな」
 E・フォースのこどもたち。リベリスタに炎を放ち、煙で視界を埋めようとする彼らにも、残すだけの思いがあったのだろう。だとしても、竜一はその一つ一つを聞いてやる事は叶わない。
 振り上げた刃に思いを込めて、全力で解き放つ。
 形を歪めた眼球と思しきものが自らを見詰めていたって、彼らの存在は叶わないから。
 焼け付くような熱さは、季節のせいではない。燃え盛る炎の向こうに見える少女らに、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)は己の武器を握り直した。
 今は距離も心も遠い。彼女らとの距離を隔てるのは物理的な炎だけではないのだ。
 だとしても、まだ――間に合うだろうか。手は、声は、届くだろうか。
 決意を胸に、目の前の焼け焦げた子へ向けて、刃を振り下ろした。
 コンクリートの上に炭で描かれた線が出来て、すぐに消える。
 柊の呼ぶ風は癒しであると同時に――炎を強く強く、煽っているようでもあった。


 身に燃え移る炎は多くリベリスタを焼いてはいたけれど、沙希が呼ぶ癒しによって大きな被害は出ていない。例外があるとするならば、回復から外される事を望んだリリだけだ。
 沙希としては仲間が目の前で傷付いていくのを眺めるだけ、というのは許容しがたくもあるし、自らの身を危険に晒しても、というリリの思いは甘過ぎるとも思う。
 けれど、それが彼女の良さでもあるし、願うならば癒し手として沙希はそれを全力で支援しよう。
 ――全く……本当に箱舟(あなた)は無茶するわね。
 頭の中に響いた、呆れに見せた思いやりを含む声にリリは感謝する。
 どうしても彼女らに伝えたい事があるのだ。
「貴方達のような子供が傷つくのは、私は悲しいです。……この炎の方が温いくらいに」
 フォーチュナは告げていた。両親は『たまたま』不在であったと。
 何処か含みを持たせたその言葉の意味は、この子供達しか知らねども――これだけの憎悪を抱くに足る理由だったのか。もしかしたら、それすら黄泉ヶ辻の思惑ではないのか。
 かの派閥が抱える悪意を知るリリは、そうとさえ思う。
「親が憎いよね。大人が憎いよね。……そうだよ、大人は残酷だよ」
 魅零の言葉は、多聞故ではなく実感の篭ったものだ。刻まれた記憶が蘇る。
「親は都合で子さえ殺す。私だって、親に売られた身だもの」
 言葉に小さく生きた三人の目が向いた。
 子供らの興味は、分かり易い。ただ、その悲しみがこの原因だというのなら、止めねばならない。
 唇を噛んだ魅零は、立ちはだかるE・フォースと相対しながらも声を張り上げた。
「だとしても――何故繰り返そうとするの!? こんなことしても空っぽな部分が埋まる事は無いの、繰り返しているうちにわかったでしょ!?」
 愛がなかったのが苦しかったとしても、殺す事ではそれは埋められやしない。
 そう思うから、魅零は首を振る。
「殺す事は楽しい事じゃない、貴方達が傷付くだけ」
「楽しいよ」
「あんた達みたいのが邪魔しなければ痛くもない」
 重なった稚い笑いが耳に響いた。
 E・フォースは減っているのに、距離は縮まっているのに、隔たりが埋まらない。
「ねえ、何でこんな事をするの? これは良くない事だよ」
 双葉が問う。大人への憎悪もこの行為も何かの原因から来ているのならば、知らねば説得も叶うまい。
 双葉の目を三対の瞳が見た、笑いに歪んだ。
「油の匂いがした」
「部屋は鍵を掛けられてた」
「すごく熱かった」
「大人もやるでしょ、良くない事」
「じゃあ僕らがやってもいいじゃない」
 それが何処まで真実なのか、双葉には分からない。フォーチュナが微妙に匂わせる程度しか言わなかったのも、部外者にははっきりしなかったからだろう。
 だとしてもこの子供達は、それを『大人』の仕業だと確信していて、覆しようがない。
 憎悪を散らすように、沙希が口を開く。
「黄泉ヶ辻は最近お盛んよね? イカしたお兄さんに何か言われたの?」
 それを珍しいと知っているのは、この場ではアークのリベリスタだけであるが――それでも三人へ問い掛けるのに内心渋々ながら声を発した沙希は、同時にその心を読み取らんとした。
 イカしたお兄さんはイカれたお兄さん。子供らから流れ込んできたのは、断片の情報。京介の思い付きで架された『楽しい事ノルマ』の存在。黄泉ヶ辻の『楽しい事』が世間一般のそれではない事は、リベリスタなら周知の事実だ。
「君たちは、黄泉ヶ辻京介の『ノルマ』をこなさないと、お互いが殺されるという崖っぷちに立たされているのではないだろうか?」
 本部の別の案件でも示されていたその存在に、雷音は問う。
 けれど彼らは顔を見合わせて、何でもない事のように口にするばかりだ。
「『楽しい事』がたくさん出来なかったら、罰は貰うかもね」
「でも、そんなに珍しい事じゃないし」
「罰を受けるような役立たずが悪いんだよ」
 少女らは黄泉ヶ辻。マトモな者ならば忌避したかも知れないその『思い付き』にだって笑顔で乗る。
 それはあまりに軽々しい言葉。悪い事は楽しい事。黄泉ヶ辻でのイコールは正しくない。
「君たちがやっていることは『楽しいこと』じゃない。捨てられたかもしれないという恐怖からのただの、八つ当たりだ」
「だったら何?」
「それの何が悪いの?」
「すっきりするもの、良い事じゃない」
 罪悪感など覚えてはいない。後悔なんて持ちはしない。
 少なくとも、彼女らの今の在り方はそうなのだ。
「君達はもう、焼かれる痛みも存分に分かっただろう。この先どうしたらいいのか分からないのなら示してやるのだ。一緒にこい!」
「……勝手に僕らを決め付けて」
「偉そうに」
「……何様のつもり」
 だから雷音の言葉に返るのも、酷く冷めた声音と攻撃ばかり。
 燃え上がる炎とは裏腹に、場の温度は冷えていく。


「――それでもね、俺はお兄ちゃんだからな!」
「俺は、お前たちを殺しにきたんじゃない。助けにきたんだ」
 竜一の刃が、銀杏を抉った。雷音の目配せに風斗が入れ替わりで滑り込む。
 加減は出来はしないが、勢い余って殺したりしないように竜一も注意を払っていたのだ。
「正しく守り、正しい愛情を注いであげる役目がある!」
「余計なお世話」
 胸を親指で叩いた竜一に首を振る楓の上から飛来するのは、魔力の星。
「我願うは星辰の一欠片。その煌めきを以て戦鎚と成す。指し示す導きのままに敵を打ち、討ち、滅ぼせ!」
 長尺の詠唱を高速詠唱と優れた多段行動によって終わらせた双葉が降らせた星は、残っていたE・フォースを消し尽くす。
 その隙に楓に駆け寄ったリリが広げた両腕は、攻撃の為に使われる事はなく。
「怖がらないで、寒かったでしょう」
「……?」
 傘の下、構えた楓を跪いて包み込むのに一瞬の困惑。払い除けたのは、背後からの攻撃でも警戒したのか。叩き込まれたのは、魅了を孕むルーラータイム。幸いだったのは、今までの攻撃で傷付いていた彼女がそれで運命を消費する羽目になった事か。運命の恩寵で身を苛む不利益を跳ね除けて、リリは怪訝そうに見詰める少女へと語りかける。
「気の済むまで。受け止めるのも大人の務めです」
 大人は子供を心配するもの。人は温かいもの。
 リリは傷付けられてもそれだけは伝えたいと願う。
 けれど、返るのは訝しげな声。
「じゃあ私達が子供じゃなかったら?」
「『子供だから』殺さないって言うの?」
「……大人はどんだけ偉いの?」
 口々に囀る子供らは、リリ本人というよりも――その言葉の裏を悪意に取り憎悪している。リリが体を張ったとして、受け入れられる状態ですらない。
 少女らは『大人』を憎悪しているという。
 憎い相手から哀れみを掛けられたと感じて、少女らが覚えるのは反発だ。
 大人という立場を強調してしまえば、彼女らの敵愾心は煽られるばかりである。
 風斗を前にした銀杏も、ぎっとリリを……いや、その後ろの『何か』を睨みつけた。
「大人だからって良いようにして、要らなくなったら子供は燃やして捨てていいの」
「お前らもそうなんだろ。『大人だから』『子供だから』! それで僕らが同じようにするとお仕置きって!」
「どうせ私たちは何も分からないから好きにするよ、燃えて死ね。死ね死ね死ね!」
 火がついたかのように罵声を叫ぶ子供達に、沙希は内心溜息を吐いた。
 ――正に癇癪を起こした駄々っ子ね。
 とかく子供は大人の都合に振り回される。両親と親族の手により軟禁状態の幼少時を過ごし、それを身を以って知っている沙希も、それだけは認めよう。
 ただ、少女らの憎悪は身勝手なものに変わりはない。この行為が復讐であったとして、既に両親を殺した時点でそれは果たされているはずなのだ。少女らの行為は、最早理不尽なもの。
「なあ、それでは満たされないだろう、それでは君たちはからっぽのままだ!」
 雷音の言葉にも動きはしない。
 風斗の一撃にゆっくりと倒れていく銀杏を見ながら、魅零は再び口を開く。
「お願い、私達に貴方達を殺させないで」
 それは悲鳴だ。理由があろうがなかろうが、世界の為に、人の為に成さねばならぬ魅零の。
「貴方達が死んだら、私は悲しい」
 子供に笑っていて欲しいという願いは、嘘ではない魅零の気持ち。
 でも、彼女らが火を使い続け、人を害し続けるというのならば――殺してでも止めねばならないと、分かっている。
「殺したくなければさっさと帰ってよ」
「楽しくもないのに殺さないといけないの? どうして? 殺されるの? 酷い所ね」
「それとも、あなたもおかしくなってるの」
「それなら仕方ないね」
 魅零に向けられるものは、比較すればまだ同類への共感を持ってはいたけれど――潜むのは、悪意。
 彼女らは自ら望んで人々を焼いている。望まずとも成さねばならないという魅零の葛藤を、リベリスタの役目を理解出来ないのだろう。故に、その望みは矛盾した狂気と同一に。
「不毛ですね」
 やり取りに那由他が肩を竦めた。
「伝えたい事が有るなら、言葉を尽くすべきなのです」
 手を振り回して喚いたって伝わりはしない。
 そう首を振るが、ぎゅっと眉を寄せた少女らが吐く言葉は棘ばかり。
「言いたい事なんか、一つしか言ってないじゃない」
「焼かれて死ね」
「それならば君達は自分の行為が巡り巡ってまた焼き殺される。望む未来はそれで良いんですか?」
 那由他の言葉は脅迫や戒めではない。『いつかの可能性』を語るだけだ。
 自業自得に因果応報、言葉はなんでも良いけれど、行為は遠く自分に帰ってくる。
 それを彼女らが選ぶのならば、那由他はもう言う事などないけれど。
 弾けて炎を拭っていく光に目を細めた少女らは、声を重ねる。
「未来なんかないよ」
「ずっとずっと私達、炎から逃げられないんだもの」
「――なあ、熱いのは嫌だろう。苦しいのは嫌だろう。そんなの、楽しくなかっただろう?」
 雨と炎の向こうで笑う彼女らに、風斗が問い掛けた。
 その痛みと苦しみに寄り添うように。奥に潜んだ悲しみに触れるように。
 振り上げたデュランダルに柊がぎゅっと目を閉じた。
 ほんの少し楓が目を細めたけれど、床に叩きつけられた柊は、絶命してはいない。
 意識は失ったものの、致命傷には成り得ないその一撃に――初めて楓が風斗を見た。
「もう苦しむ必要はないんだ」
 その目を見返して、手を伸ばす。奥に倒れた銀杏も、風斗に刈り取られたのは意識だけだと楓は気付いたのか。憎悪の源を辿る事は出来ない。両親の事が誤解でも真実でも、彼らはもういない。
 だから、炎から連れ出せるなら――。
「俺達は、お前達を火の中から連れ出しに来た。置いていったりしない」
「…………」
 沈黙は一瞬だけ。
「もう遅いよ」
 小さな溜息と共に風斗に向けられた微かな笑みは瞬時に掻き消えて、周囲に楓の放った気糸が鋭く穿たれた。
「そんなにあついのが好きなら俺がむぎゅむぎゅするよ! うひょー!」
「嫌よ。暑苦しい」
 敢えて軽い声を掛ける竜一の声は受け流せども、鋭い一撃はそうは行かない。 
 急所だけは避けながら、それでも加減はせずに放たれるフリークスの全力さえも凌駕した粉砕の力を叩き付けられて、楓は大きくよろめいた。
 目が未だ憎悪に塗り潰されているのに細く息を吐き出したリリは、二丁の銃を構える。
 祈りも裁きも、彼女らに届かないとしても、神の御許に送るには早いと思うから。
「――悪い事、悲しい事は、もうやめにしましょう」
 殺さぬように、動きを止めるように、足を狙ったその銃弾に楓は倒れ込んだ。
 戦闘が不可能な状態となりアーティファクトの効果を維持できなくなったのか、消える事のなかった炎と雨が薄れて消えていく。

 階下の火事は未だ消えないが、新たな装置が着火しない以上は何れ消し止められるだろう。
 風で流れてきた黒煙を視界に入れたらしい楓が、足を押さえながら目を閉じた。
「皆、燃えちゃえ」
 ――既にその願いが叶わぬものとなった事を知るリベリスタは、煙の消えない内に撤収を始める。
 立ち上った煙は空を覆い、雷雨の前の雲にも似ていた。
 

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 皆さんが注意を払ってくれた為、全員生存で捕縛となっています。
 更生するかは微妙ですが、これ以上フィクサードとして活動する事はできません。
 説得難易度自体は外見年齢が大人でも子供でも大差はありませんでした。
 が、「大人」と「子供」という分類のまま説得しようとすると難易度が高かったです。

 お疲れ様でした。