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偽りの天国でブッ飛ぼう

●TripTriptriptriiiiiip
 色取り取りの抑えられた照明、薄暗い店内。
 異国の響きを帯びたシャウトをBGMに、室内に十人以上の若者が屯していた。
 深紅のローソファに行儀悪く座り込んだ黒髪の一人が、斜め後ろのソファで動く影を振り返る。
「……トシヤ、んなトんでる女とヤって楽しいワケ?」
「んー、これはこれで?」
 顔立ちの整った金髪の若い男が、組み敷いていた人間の顎を掴み頭を上げさせた。
 長い付け睫で縁取られた目蓋を時々思い出した様に上下させる少女の顔もまた整っている方ではあったが、視線が定まっていない。淡いピンクのグロスで彩られた唇の端からは涎が零れているが、拭う仕草すら見せなかった。
 首締めりゃ声くらいは上げるしさあ、と笑う金髪を黒髪がやはり笑いながら変態と罵った。
「男を這い蹲らせて床舐めさせる様な趣味のヤツに言われたくないわー」
「バァカ。コイツらがあんま『アレ』欲しがるもんだから、優しい優しい俺様がやろうとしただけだし?」
「床にブチ撒けといてよく言うもんだぜ」
 肩を竦めた黒髪の言葉に応える様に奥の部屋から姿を現したのは、スキンヘッドの男。
 酒を求める声に、今まで黒髪と金髪の傍らに控えていた男の一人がグラスを準備する。
 
 ――フェイトを得たものならば分かるであろう、この場にいる『マトモな』男らの中で、スキンヘッドの男のみが存在を異にしているという事実を。

「つーかさあ、アレちょっと強すぎんだよ。欲しいなら金持って来いってもうーうー唸るだけで役に立ちやしねえ」
 床に伏せた若者を躊躇なく蹴り飛ばした黒髪が、一転して不機嫌そうな口調でスキンヘッドに返した。
 一度、二度、鬱憤を晴らすかの様に何度も何度も爪先は若者の腹に吸い込まれるが、咳き込みながらも彼は床を、正確には黒髪が床に撒き散らした粉を舐め取るのを止めない。
 彼の横には、呆然と座り込む若者が他に四人。誰も彼も焦点が合っていない。
「小麦粉でも片栗粉でも混ぜて純度下げりゃいいだろうが。量も増えてトクだろ」
「適正量見つけんのがメンドクサそうなんだよなー」
「これどんくらい入れたっけ。全員スプーン半分くらい?」
「せめて量れよテメェら……」
 琥珀の液体を飲み下して、スキンヘッドが溜息。
 蹴るのにも飽きたのか、若者の頭を踏み付けた黒髪がニヤリと笑う。
「イイじゃん。お前が幾らでも作ってくれんだろ?」
「マトモな内は、な」
「オレの為にも気合で頑張ってよゴウー」
「顔面にブチ撒けんぞ」
 金髪の下品な笑い声に、ゴウと呼ばれたスキンヘッドの男が掌を握った。
 何かを潰すような仕草をすれば、何も握っていなかったはずのそこから白い粉がさらさらとテーブルに落ちる。
 体を起こしかけた少女の首を金髪が絞め、ぴくりと反応した若者の頭を尚も強い力で黒髪が踏み付けた。

「……ま、何にせよその粉ばら撒けば元手のいらねぇ俺らは儲けられる、お前はいざって時の兵隊を作れる。だろ?」
 踏み付けた若者の側頭部を蹴り飛ばし、黒髪が目を眇める。
「だな。正義気取った連中にブッ殺されるのなんかゴメンだぜ」
「おかしくなる時はオレらに言ってよね、逃げっからさー」
「どいつもこいつも友達甲斐のねぇ連中だなあ」
 鼻で笑う『ゴウ』の言葉に真実の重さなどまるでない。元より彼らの結びつきなど利害と流れでできたものでしかない。世間一般で言う『お友達』の関係などそもそも期待していないのだ。
 でも、だからこそ――運命の加護を失ったゴウに対しても何ら変わる事なくつるみ続けていられるのだとも言う。ノーフェイスとなり世界の枷から外れた事でより強い力と金の元を手にしたゴウを、この男達は拒絶するでもなく刃を向けるでもなく、ただ歓迎した。
 互いの利害が切れるまでが『友情』の期限、そこに『情』など期待してはならない。

 だが。
「んじゃあ、テキトーにそこらの粉混ぜてばら撒くとすっか。タク、準備しとけ」
「レイジー、コイツらがマジ天国逝くのと革醒すんのどっちが早いか賭けねー?」
「……アンデッドになったら?」
「引き分け」
 顔を見合わせてゲラゲラ笑う若者達の『オトモダチ』の絆は、まだしばらく切れそうになかった。

●trip up
「夜だけど、掃除と行こうか」
『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)は開口一番そう告げた。
「今回片付けて貰いたいのは、ノーフェイス、と、そいつが所属していたフィクサード集団。いや、まだしている、と言った方が正しいか」
 何らかの要因で運命の加護を失った男。
 だが、『仲間』のフィクサードは男を受け入れた。有用であったから。
「ノーフェイスは『ゴウ』と呼ばれている。スキンヘッドの若い男だ。このノーフェイスは、体内で薬――所謂『ヤク』の方を体内で生成する事ができるらしい」
 これからばら撒くつもりらしいから実物はないけれどね、と伸暁は首を振った。
『インスタントヘヴン』と名付けられたその薬が、誰にとっての『お手軽な天国』を作り出すのかは言うまでもない。
「これからすぐにお前らに行って貰う予定なんだが、急いでも到着時には六人の一般人がいる。既に『インスタントヘヴン』をキメてどっぷりの状態でね」
 説得以前に自分の置かれた状況すらも理解してないのだと伸暁は肩を竦める。
「だけど、彼らは清廉潔白……というには多少素行が悪いにしても、自主的にこの『薬』を摂取した訳じゃない。単なる客。ドリンクに混ぜられたんだ、知らない内に」
 ゴウが作り出す粉末が麻薬の如き効果を齎すのは分かったが、一般人への効き目がどの程度かまでははっきりしない。
 そこで『実験』の為に選ばれたのが運のない彼らであったという事だ。

「この『インスタントヘヴン』自体もエリューションの一部だ。だから取り込んだ人間を放置しておけば増殖性革醒現象により、いずれ革醒してしまう危険性が高い。フェイトを得られるならまだいいけど、大方はそうはいかない。ノーフェイスの増殖はぞっとしないね」
 伸暁の視た未来によると、『ゴウ』は己の影響で革醒したエリューションをある程度思うように操れるらしい。
 フィクサードは金を。
 ノーフェイスは世界で『生き続ける』為の力を。
 求める物は異なれど、利害が一致した彼らは運命の加護を離れて尚も手を組んだ。
「ノーフェイスの討伐がメイン。それだけは外せない。で、フィクサード連中に関しては、少なくともしばらく活動を控える程度に潰してきてくれよ」
 それじゃ、急いでくれ。
 伸暁は残る資料を手渡して、軽くリベリスタの背を押した。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:黒歌鳥  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2011年08月20日(土)22:59
 ダメ、絶対。黒歌鳥です。

●目標
 ノーフェイス『ゴウ』の討伐&フィクサード三名以上の討伐or捕縛。
 フィクサードの生死は成否判定に影響しません。

●状況
『レイジ』をリーダーとするフィクサード集団が根城にするクラブ。
 ソファ等が各所に置いてあります。
 リベリスタが踏み込む頃には一般人五名は既に薬漬けです。
「ゴウも含め四名以上が撃破される」or「ゴウ存命でフィクサードの最後の一人になる」
 上記の条件でフィクサードは逃亡を図ります。

●敵
 ・ノーフェイス『ゴウ』
 スキンヘッド。元フィクサード。
 フェーズは2。体力と攻撃力が共に高いです。
 外見に特別変化はないものの、体内で『インスタントヘヴン』を生成しています。
 インスタントヘヴンは粉末状ですが、エリューションの一部の為、ガスマスク等アイテムでは防げません。全身の到る所から噴出可能です。
 近接単体か範囲、もしくは下記スキルを使用してきます。
 ・インスタントヘヴン(全/毒・魅了・混乱・麻痺の内ランダムで二つ)
 ・ハイエクスタシー(味全/小回復・回避アップ)

 ・フィクサード『レイジ』
 立てた黒髪。リーダー。ジーニアス。
 ナイトクリークRank2までのスキルから複数使用。

 ・フィクサード『トシヤ』
 金髪。ヴァンパイア。
 ソードミラージュRank2までのスキルから複数使用。
 若い女子がいる場合はそちらを積極的に狙ってきます。

 ・メンバー×3
 上記三名より数段劣る取り巻きが三名。
 デュランダル/ビーストハーフ(タク)
 クロスイージス/メタルフレーム(セイジ)
 スターサジタリー/ジーニアス(ミヤ)
 それぞれRank1のスキルのみ使用。レイジかトシヤの狙った相手を狙います。

 ・一般人×6
『インスタントヘヴン』の効果で思考力を奪われた若者達です。
 攻撃力はありませんが、フィクサードに向けられた攻撃をランダムで一発代わりに引き受けます。
 死ぬかどうかは攻撃次第です。スキルを受ければほぼ間違いなく死にます(不殺除く)
 フィクサード側は範囲スキル等にも彼らを遠慮なく巻き込んできます。
 ゴウを倒せばインスタントヘヴンが抜け、自動的に気絶します。

 各人他のジョブスキルは使いません。
 フィクサード側は全員BS付与のスキルを所持、じわじわ甚振るのが好きなタイプです。
 全員数撃ちゃ当たる方式で命中が低めではありますが、油断は禁物です。重なると危ないです。

●備考
 捕まえるのはメンバーの誰でも可。
 レイジ、トシヤは単体でもそれなりの強さなので、敢えて逃走させるのも手です。
 ノーフェイスは逃亡しませんが、この中で一番強力です。
 全員討伐や捕縛をしたい、という場合はかなり頑張らないといけません。
 相談期間は六日間となっております。
参加NPC
 


■メイン参加者 8人■
ソードミラージュ
神城・涼(BNE001343)
クロスイージス
ステイシー・スペイシー(BNE001776)
プロアデプト
銀咲 嶺(BNE002104)
ナイトクリーク
瀬川 和希(BNE002243)
ホーリーメイガス
レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)
覇界闘士
★MVP
焔 優希(BNE002561)
クリミナルスタア
関 狄龍(BNE002760)
プロアデプト
山科・圭介(BNE002774)

●輝き続けるネオンの海
 金銭、色欲、酩酊、暴力、退廃諦観自棄堕落。輝く海に満ちたる水は空気は清濁の濁、表向きだけ煌びやかに飾っても、淀む腐敗と汚物の香りは消しきれない。
 そんな、世辞にも上品とは言えない通りの一角に扉は存在した。
「……これは普段の服装では浮いてましたね」
 急行する中、各々『相応しい』服装は整えてきている。一人、『灰燼天女』銀咲 嶺(BNE002104)が肩を押さえて眉を寄せた。普段は触れぬ場所を撫でて行く空気が、夏の最中であるというのに不愉快だ。しかしこれもいざ戦に臨むまでの我慢。そう考えれば、僅かに存在する通りすがりの好色な視線も下卑た笑いも気にならない。冷ややかな温度で睥睨を送る。
「ま、こんな場所まで来させられた分も含めて全力で潰させて貰おうぜ」
 軽く笑った『冥滅騎』神城・涼(BNE001343)は元からの外見も相俟ってそこまでは浮いていない。とは言えこの場に合うには少々柄の悪さが足りないが。求められているのは馴染む事ではなく誤魔化せる程度の雰囲気なのだから、然したる問題はない。周囲に気圧された風もなく軽く前髪を払った。

「そうだよ、こんなヤツら許せない。本人達が望んでないのに薬なんて」
「麻薬なんて破滅するだけじゃないか。今回のはそれで済まない最悪な代物だし」
『フェアリーライト』レイチェル・ウィン・スノウフィールド(BNE002411)がグロスに濡れる唇を尖らせれば、『ライトバイザー』瀬川 和希(BNE002243)が顔を顰めた。年齢層の低いメンバーの中でも更に年少の彼らでも理解している事実。快楽の為に非合法に扱われる薬が招くのは身の破滅。しかも今回の破滅は使用者の身だけでは済まない。悪化すれば世界の破滅を招く要因になりかねない。
 望まず世界の敵となろうとしている者の為にも、決して許してはならない悪行。付けまつげと瞳に合わせた深めの青いアイシャドウで彩られた目蓋で瞬くレイチェルと、拳を握ったやや小柄な和希を少しだけ複雑な目で眺めながら『紅蓮の意思』焔 優希(BNE002561)が準備を整えていく。
「――ああ、捕縛など生温い。オーバーキルの心算で掛かるぞ」
 仲間に向ける気遣いを敵への切っ先と変え、優希は細い路地から出て来た『男たちのバンカーバスター』関 狄龍(BNE002760)に視線を向けた。
 蛇の道は蛇。非合法の世界に身を置く、置いていた、唯一この場に違和感なく馴染んでいるように見える狄龍は、彼に向けて頷き返す。彼らが回る裏手に人はいない様子だ。

「どうせ人を人とも思わんような自己中どもだ。同じ扱いされても文句は言えねーよな?」
『1年3組26番』山科・圭介(BNE002774) とて普段より軽薄に見える服装を心掛けている。彼自身の雰囲気とこの場の空気はそぐわないが、既に店を変えるような時間でもない程度に夜が更けているせいか、特に見咎められる事もない。そもこの界隈で無関係の者に声を掛けるのは、獲物と思った場合のみ。剣呑な目で一つのクラブを眺める異邦人の集団にわざわざ関わろうとするものはいなかった。
「さぁて、それじゃあ」
『メタルフィリア』ステイシー・スペイシー(BNE001776)が笑う。金属で覆われた自分の首元を撫で、かつりと一つヒールを鳴らす。
「……行きましょぉん?」
 甘い呼気が、饐えた空気に混じって消えた。

●"I screwed up!!"
 鳴り響くシャウト。ブリーフィングルームで聴いたそれ。
 薄暗い室内に、確かに若者達はいた。
 扉を開いたリベリスタの真正面、巣穴の王は傲然と座していた。
 ただ、想定外であったのは、フィクサードと伏した若者以外、人が存在しない事。
 考えてみれば、そも、幾ら彼らがフィクサードとはいえ、焦点の合わない若者らが床に伏せる明らかに『異様』である光景を無関係な第三者が見ている状況で繰り広げるだろうか。
 状況が告げている。否。
 伸暁は言っていた。『到着時には六人の一般人がいる』と。
 その六人は、今はレイジらの足元に伏しており――彼らとリベリスタ三人以外には、流れる音楽以外何もない。扉に鍵が掛かっていなかったのは幸いだったか不幸だったか。

 鋭い十二の目は、一斉に三人を射抜いた。僅かにレイチェルが唇を引き締める。
 鈍く煌くスタッズが無数に並ぶショールを首に掛けたステイシーは、怯まず肩を揺らして笑った。
「ビートに惹かれて覗きに来たんだけどぉ、もしかして超おとりこみ中だったかしらぁん?」
「見て分かんねえのかよ、姉ちゃん。……まあ入れよ」
 不躾な視線をステイシー、後ろに続く涼とレイチェルに向けたレイジは顎で内を示す。
 ソファに身を預けたままのゴウが視線をやれば、ミヤとセイジが動いた。
 三人が開いた扉の左右を抑え、宛ら招待客を導くドアボーイの如く手をレイジの方へ向ける。
 表情に出ない逡巡。だが、接触し油断させる為に訪れた以上は退く訳にもいかない。襲撃を考えると後ろに控えていた圭介と嶺も呼び寄せたい所ではあるが、時間稼ぎは彼らの為に行うものでもあるのだ。組み込んでしまっては準備がままならない。

 相談をする訳にも行かず、部屋の中心へと踏み出した三人の背後で扉が閉まる。鍵と共に。
 無論、リベリスタにとって物理的な鍵など壊すのは造作もない。
 が、その行為は即ち、レイジらが三人を『帰すつもりがない』という宣告。
「で、何の用だ」
 レイジが銃口を向けた。トシヤが身を起こし左に立ち、拳を鳴らしたゴウが右で立ち上がった。
 気付けば他の取り巻きも得物を抜き放っており、三人を包囲する様な陣形となっている。
 そんな状況でも、鋼を愛し恋う女は、まるで精神までもそうであるかの如く余裕を滲ませ笑った。
「あぁら、物騒ねぇん? せぇっかく楽しそうだったから混ぜて欲しかったのにぃん」
「『ご同業』よ。ガキ連れで何しに来たって聞いてんだが? ……ああ、ソイツらもか」
 レイジの視線が涼とレイチェルに向くが、二人は動じない。
 向けられた視線。無言の内になされた値踏み。
 運命の寵愛を受け、世界より自己を愛した男らは、『自分達と同じもの』の気配を逃さない。
「自分達ぃ? 夜の社会見学の真っ最中っ。あ、この子達は背伸びしたいお年頃ーなのよぉん」
「ああ、そうか、そりゃこんな状況で悪いな。――……お前らの運がな」
 殊更に明るく言ってのけるステイシーに向け、レイジが凶暴に歯を剥き出して嗤った。
 仲間内だけの会話。ましてやそれが良からぬものであれば、闖入者への視線は厳しくなる。
 そして闖入者が『偶々』フェイトを持っていたという『偶然』を信じる程に――彼らは人が良くない。
 リベリスタであれば当然殺す。
 フィクサードであっても儲け話を漏らすつもりはないから殺す。
 どちらでも結論は一緒だ。

 隙を見て一般人との間に割り込むどころではない。相手は完全にこちらを敵と認識し、殺すつもりだ。
 それを悟ったレイチェルが、薄いチークの大人びた化粧をした頬に軽く手を当てた。稼ぎたかった時間。このまま三人が集中攻撃を受ける危険性。天秤に掛ける。秤は傾いた。背伸びした化粧も無意味になったかと細く息を漏らし自身の幻想纏いに手を伸ばす。
「そう来るかあ……あー……困ったなぁ」
 やや大きな声。想定よりもかなり早い合図。
 開戦宣言代わりに放たれた白光が部屋に満ちた。
 同時にステイシーの身を、柔らかい癒しの光が包む。
 トシヤの前に飛び出した、あられもない下着姿の少女が光を身に受けて昏倒する。
 いや、トシヤが自身の前に放り出したのか。
 取り巻き三人はやや怯んだが、黒髪の王と禿頭の異形は軽く眉を上げただけ。ぼんやりと座り、佇んでいた若者は全て白目を剥いて倒れている。これで思考も覚束無い彼らが無意味に攻撃を受ける事は避けられた。

 真っ先に飛び込んだのは、赤い羽衣を翻した嶺。扉を蹴破り間を詰めた鶴は目標へと真っ直ぐ糸を張り巡らす。
「鶴の気糸は羽衣の糸。高くつきますよ」
 絡む糸、それ自体に痛みはないが帯びる力は体を痺れさせ毒を回す。ゴウが少しだけ面倒臭そうに舌打ちをした。
 刀に似た刃を繰ってタクが涼に斬り掛かる。狙いが甘い。見切った涼は屈めてやり過ごす。
 ステイシーに向かい走り掛けたトシヤに向かい、レイチェルは髪を掻き上げた。
「若い子を滅茶苦茶にするのが好きなんでしょ? 相手してあげるよ!」
「若いのとガキとは違うんだぜー? ……ま、体はじゅーぶん大人みたいだし、ご指名とあらば、なあ?」
 下卑た笑い。向けられる視線に好色を嗅ぎ取って嫌悪する。複数の残像さえ見える素早さで振るわれるナイフは白い肌を浅く切り裂いていく。いや、服か。『女』ですらない、欲望を発散する対象物としか見ていない視線に一つの結論。下衆。ならばこんな相手の動きに惑わされてなるものか。

 怒涛の様に飛び込んだ来たのは、裏手に回った三人。優希と和希が二手に別れ、腕を足を引っ掴んで己の傍に引き寄せる。毛布で包み、部屋の外へ押しやる。残る二人はレイジとゴウの足元。
「強い奴が弱い奴を喰い物にする。極道の鑑だなァお前ら。……前の俺みたいだぜ」
「前の、ね。で、今はガキと遊んでんのか?」
「いや。正義の味方だ。――不思議と気持ちいいンだよ、ぶっ飛ぶぜ!?」
 滑り込むのが困難と理解した狄龍は伸ばした掌を拳に変え、レイジの皮肉も笑い飛ばすとミヤに向けてその一撃を放つ。
「来いよ」
 不敵に笑った涼が人差し指を己に向け、挑発の仕草を取る。あっさり乗ったセイジと獲物を合わせ、切り結ぶ。 
「お前らなんかに負けるもんかよ、やっちゃるぜ!」
 担当の若者の避難を終え、戦場に飛び込み真っ直ぐに吼えた和希が、自由を奪われた相手の懐へと飛び込み頭部へと漆黒の波動を放った。砕きこそできないものの、逃れえぬ少年からの一撃にタクはよろめいた。
「ブッ飛んじまえよ。楽しい楽しいお時間だ、なあ?」
 撒き散らされた白い粉。激しく動く戦場で、息を止める訳にもいかず床に落ちるその前に何人かが吸い込んだ。目眩。軋むように苛み始める痛み。
 優希は機械化していない己の左腕に渾身の力を込めて歯を立てる。血が滲む程に強いそれは、外道に屈しない強い意志の具現。ノーフェイスに対して持ち掛けた奇妙な崇拝により、敵味方が歪みかけた視界を意識を引き戻す。
「本物の地獄までブッ飛ばす!」
「へえ? ……やってみろよ。できるもんならな」
 真空の刃が自身の横を抜けミヤを裂いたのを見ながら、嘲りを含めて放たれたレイジの言葉。
 空間を歪め生み出された擬似的な『赤い月』は真の不吉の象徴。紅に染め上げられた室内。
 身を汚す毒に、流れる血液に、反応した呪力がリベリスタの体を揺さぶる。二重、三重と重ねられた不利を更に悪化させる。
「ああ。やってやるよアホ」
 そんなレイジの顔を打ち抜いたのは、圭介の一撃。
 目元を掠ったそれ。伸びた気糸の束が線を引いたかの様に肉を抉っていった。想定外から狙われたという怒りが異常なまでに増幅されてレイジは圭介を睨み付ける。銃口が少年に向いた。
「……あ?」
「二度言わないと分かんないのかよ」
 狙いが成功した事を悟り、圭介は挑発しながら汗を滲ませる拳を握り締めた。眼光。日常に身を置いていた彼は、明確な殺意を表すそれを気軽に受け流せる程に場慣れはしていない。
 けれど己の役割は知っている。果たすつもりだ。

 部屋を赤く染め上げたのは、赤い『月』だけではない。
 敵味方問わず流れる血は、絨毯を侵食し始めていた。

●"Dieee!"
 閃光。
 刃。
"Nooo!!!"
 弾丸。
 爆発。
"Biite Mee!!!"

 ソファを机をグラスを飛ばす激戦の間に、気付けば半数が落ちていた。
 回避に優れる涼とはいえ、時に圭介やステイシーを庇い余分にダメージを受けた所にゴウの一撃が来れば耐え切れない。吸血を、運命を駆使して立ち上がり続けた和希も、涼と共にゴウの豪腕により振るわれたソファに薙ぎ払われて床に沈んだ。
 圭介を庇い、レイジの射撃を受け続けた嶺も翼を血に染めている。庇ってくれた皆の分もと、逃亡させぬ為にレイジの気を引き続けた圭介も、流れる血液の多さにいつしか意識を失った。
 とはいえフィクサードが一方的に押していたという訳でもない。
 狙われ続けたミヤは早々に舞台から降り、持ち前の丈夫さで多少は耐えたセイジとて所詮は多少に過ぎなかった。揃って二人がこの世から退場した事に動揺したタクは、その隙に涼に叩き伏せられて絨毯の上で呻いている。
 トシヤは今だ立っているが、その有様は見られたものではない。整った顔は血で汚れ、サイコサスペンスの殺人鬼の如く荒い息を吐いている。
「おいおい。脆すぎんだろテメェら」
「カハッ……! 一緒にすんなよ怪物クン」
「ンだトシヤ、折角一発キメさせてやろうってのに随分だな」
 肩を竦めたゴウがトシヤに、レイジに向けて手を振る。舞い散る粉は二人の、ゴウの肌に当たって一瞬光って消えた。傷が少しだけ塞がれる。勝利が一気に遠くなる。

 頭は三つ。二つは己を切り離して逃げる術を知っているが、一つは決して逃げやしない。自身の強大さを知るが故に。半数が倒れ伏すまでに、最も強大な頭に対して与えた痛手が少なすぎた。ステイシーとレイチェルの手は、重なる傷と痛みの回復に多くが費やされていた。
 トシヤを倒せばレイジは逃亡するであろう。だからどうした。黒髪の王に成り代わり、異形の王がこの場を支配する。数にすれば三対四。一つ潰せば一つを見逃せる事となり一対四。ただし半数はトシヤを沈めるまで持つかどうか。残りの二人でゴウを倒せるか。無理だとリベリスタの体が告げる。運命で場を繋げたとして、断ち切る力までは残っていない。

 優希は瞬間瞑目した。倒れた仲間の姿が暗闇に残る。開いた。口を。開いた。
「――この場所は連絡済みだ、もうすぐ応援部隊が到着する」
「はん、見え透いた嘘言ってんじゃねぇ。全員バラして刻んで並べてやるよ……!」
 潰したい。潰したかった。許せないのは変わらない。だが生きていればまたの機会が訪れる。そう信じた。だからレイジの明らかな嘲笑にも表情を変えず睨み付ける。何れ来る仲間を信じている者の目で。まだ折れていない者の目で。
 一瞬の緊張。破ったのはゴウ。『生きる』事に貪欲なノーフェイスは、己の力に傲慢ではあったが『死』を運び得る者に対しては慎重でもあった。
「待てよ。応援が来るなら面倒くせぇぞ」
「……グッチャグチャにしてぇのはオレもなんだがクッソ痛ぇ。更に来られっとヤだしー、退こうぜ?」
 自身の血に塗れて咳き込むトシヤが後を押す。大切なのは自分自身。弱っている状況で狙われるのは真っ平ご免。
 ――これ以上やる気ならば置いていく。
 二人の言外にそれを嗅ぎ取って、レイジが舌打ちをした。
「……チッ。ミヤとセイジ……はイッたか。おいタク、寝てんじゃねぇよ!」
 辛うじて息のあったタクの横腹を蹴って無理に立たせ、レイジは苛立った足早な歩調で入り口へと歩き出す。
「次は全員ブッ殺す。覚えてろよクソ共が」
「逃がすとは言ってねぇぜ」
 狄龍がこきりと指を鳴らす。獰猛な笑みに追い込まれた怒りがはっきりと刻まれているが、レイジに続いたゴウは薄い笑みで返した。最早動かぬミヤとセイジを肩に抱え、目を細める。
「止しとけよ。ここで言ったってこたぁ、少なくとも『応援』が来るまで持つか持たないかって所なんだろう? 共倒れかテメェらの一方的な負けか知らんが、得はねぇぜ。なあ、マジ天国に逝きたかねぇだろ『セイギノミカタ』さんよ?」
「……ハン」
 不愉快気に鼻を鳴らした狄龍が手を下ろしたのは、月並みな揶揄に怯んだからではない。微動だにしない優希が唇を噛み締めているのに気付いたからだ。ステイシーもレイチェルも、決して安堵の表情を浮かべている訳ではない。
 悔しいのは、腸が煮え繰り返っているのは己だけではない。誰もがこの苦渋の決断を忍んでいるのを悟ったからだ。
「次は手足ぶっ潰してから遊んでやる。滅茶苦茶にされたいんだろ?」
「……誰が」
「――精々楽しみにしてるわぁん」
 痛めつけられた怒りと加虐の気に塗れた男の顔に、レイチェルは吐き捨てステイシーは嗤う。血で濁った金髪がよろけながら扉を閉じた。

 そして気配が遠ざかり、電光の時計が一つ、二つ、分を表す数字を進める。
 奴らは表から出て行った。裏口の若者らは無事だろう。ならば成したかった一つは成った。不幸中の幸い。喜ぶべき事。
 誰かが漏らした吐息を合図に、誰かが膝をついた。

 "Zap,Zap,Zap,Zap yooooou!!"

 スピーカーから流れるBGM。
 喧しいシャウトは止まらない。

■シナリオ結果■
失敗
■あとがき■
 判定についてはリプレイ内で触れていますが、多少の補足を。
 幻視は基本的にエリューションには通じません。
 また、リベリスタ同様、フィクサードもエリューション(フェイト持ち含め)を感知できます。
 E能力のある相手に完全な「一般人」を装うならば、ステルス等のスキルがないと難しいです。
 平時ならばともかく、今回フィクサードは悪巧みの真っ最中なのです。フェイト持ちであるリベリスタが正面から乗り込み彼らを油断させるには、統一されたそれなりの理由や嘘等が必要であったかと思います。

 不利である事を理解しながら一般人を保護しようとして下さった事には賞賛を。
 MVPは焔 優希さんへ。追撃による重傷者が少なく済んだのはあなたの一言のお陰です。
 お疲れ様でした。