●線香花火 暗がりの中に咲くのは、小さな灯火。パチパチと微かな音を響かせてぽたりと落ちた。 ナスタチウム・オレンジの散り菊が柄から離れてオータム・リーフからプラム・グレイへと変わっていく。 イングリッシュ・フローライトの髪の毛を撫でていくそよ風が、線香花火の余韻を終わらせた。 「もうちょっと花火がしたいな」 だって、この色合いが鮮やかな夏の時期にしか花火は出来ないのだから。 「ねぇ、もう少しだけ。お願い」 「仕方ないなぁ。これで最後だよ」 そういって、差し出されたひとつの花火を受け取った。細く撚られた最後の線香花火。 掌の中にあるピンクと黄色と青の捻じり紙にロウソクの火を着けようとして、気がつく。 そこには、ロウソクの火なんてものは存在していない事を。そして、辺りを見渡してみても、誰もいない。 「あれ?」 先程、この線香花火を渡してくれたのは誰だったか。 「お兄ちゃん?」 懐かしく物悲しい気持ちに囚われて、手の中の花火をぎゅうと握りしめた。紺青の空の下でひとりぼっちになってしまった寂しさが押し寄せる。 ネイビーブルーの空に打ち上げられて、大きくはじけ飛んだ瞬間、目が覚めた。 先の楽団との戦いで唯一の肉親を失った自分に与えられた寮の一室。 園の子どもたちと一緒に搬送された病院で、髪の毛と瞳の色が青く変わってしまった自分の前に現れたのは方舟の黒い服を着た人たちだった。その人達に言われるままこの場所に来て一年半は経っただろうか。 最初は慣れなかった一人暮らしも忙しさに紛れて過ごしているうちに落ち着いてきた。 けれど、今日の様な夢を見てしまうと、どうしても心が寄る辺を失ってしまう。 「だめだめ。しっかりしないと!」 こんな気分の時にはきっと盛大に遊びまわるのが良いのだ。ぺしんと自分の頬を手のひらで叩いて顔を上げる。 「あ、そうだ!」 ● 「花火を一緒にしませんか?」 海色の瞳をリベリスタに向けた『碧色の便り』海音寺 なぎさ(nBNE000244)が差し出したのは一本の線香花火だった。 ピンクと黄色と青の捻じり紙。 「それを持って、週末の夜、この広場に集まってもらえますか?」 「この線香花火を持ってないとだめなのか?」 訝しげに首を傾げるリベリスタになぎさは笑顔で答える。 「はい! 今週末にこの広場に現れる星の形をしたアザーバイドが、花火をするのに最適な場所に連れて行ってくれるんです」 大きな川沿いに広がる土手と、日本固有の建築物を模した建物が立ち並ぶ静かな場所。 「じゃあ、これは入場券みたいなものか」 「はい!」 勢い良い笑顔でリベリスタの手のひらにピンクと黄色と青の捻じり紙を落とすなぎさ。 「ところで、屋台とかはあるのか?」 「ふふ、もちろんですよ!」 神社を模した建築物へと続く参道には様々な屋台も並んでいるという。お祭り気分にも浸れるというわけだ。最後には打ち上げられる花火を見てこの場所に帰ってくる。 紺青の空に咲く大輪と橙色のお祭りと手持ち花火で夏を彩りましょう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:もみじ | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月29日(火)22:24 |
||
|
||||
|
■メイン参加者 28人■ | |||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
||||
|
|
●線香花火 アプリコットの空色が次第にコバルト・バイオレットに変わっていく。茹だるような日中の暑さは徐々に和らいで心なしか涼しい風がゆっくりと河川敷に流れ込んでいた。 【夕涼み】の3人は各々の浴衣を見比べる。 壱和は男性用の藍染め浴衣に女性らしく髪をアップにして、カルラは灰色の甚平に珍しく髪の毛を一本に編んでいる。シュスタイナは黒地に花模様の浴衣、髪の毛はサイドに緩くまとめていた。 「お二人とご一緒するのは、去年の海以来かしら?」 「そういえば、去年以来ですね。今年はもっといっぱい遊んでみたいです」 「……もうそんなに経つか。早いもんだ。泳げるようにはなったのか?」 「海に落とされたような覚えがあるわね。結局泳げないままなので、コーチよろしく」 3人はお互いの顔をちらりと見て笑い合う。カラカラと下駄の音を響かせながらトラックに積んである花火を抱えて持っていく。 変色する手持ち花火に火を付けて。 「見てるだけで楽しいんだが……炎色反応から含有物の組成を推理するのもなかなか」 カルラさんは理系男子なのでしょうか。楽しみ方が人と違う彼に対してシュスタイナが小さく首を傾げつつ言葉を紡ぐ。 「成分によって、炎の色が違うんだっけ。温度だっけ?」 夜空に輝くリチウムの紅、カルシウムの橙に、こちらの緑は銅の化合物。 詳しい説明を始めるカルラにシュスタイナは興味深そうに相槌を打った。 「えいっ」 そこへ壱和がねずみ花火を投げ込む。と同時にカルラとシュスタイナは一歩後ずさる。 流石リベリスタ。緊急制動は素早い。 シュルシュルと暴れる花火は狙ってもないのにこちらに近づいてくるのは何故なのだろう。 一通り遊んだ後は線香花火。パチパチと弾けるそれを3人持ち寄って眺める。 「私日本人じゃないけれど……。浴衣とか花火とか風情があっていいわね。二人とも似合ってるわよ。その格好」 「似合っ……ぉ、ぉう……なんか、言われてから褒め返すのは言いにくいな」 微笑んだシュスタイナにつられてカルラの声が上ずった。 「シュスカさんもカルラさんも似あってますよ。浴衣は涼しくて過ごしやすいですね」 弾ける線香花火を見遣るあまり壱和の尻尾がゆらゆら揺れるのをシュスタイナは優しげに見つめる。 ――次は3人揃ってどこへ行こう。思い出は沢山有ったほうが良いに決まってる。 光介は土手で見つけた小さな背中に近づいて、そっと線香花火を差し出した。 「わっ!」 「すみません、驚かせちゃいました?」 「光介さん」 振り向いた海色の瞳を光介のホリゾン・ブルーの光が優しく包み込む。 以前紅葉の橋で言った言葉。 貴方がちらっとそんな顔をする日には。誰もいないと感じる日には。 必ず迎えに行くからって。 優しくて泣きたくなるような暖かさになぎさは安堵する。 「来てくれたんですね」 突然何の前触れもなく独りきりになる寂しさを知っているからこそ、互いの家族の空白が埋まるわけじゃないのを正しく理解している。 ――けど、こんな日には。 肩触れ合う距離にいてあげたいし、いさせてほしいと思う自分がいる。 「あと、今日はなぎささんにこれを」 ぱちぱちと橙の光が落ちるのを眺めていたなぎさに光介は声を掛けた。 「え?」 手のひらに置かれたのは鈴の音を宿す神秘の晶石。小さなお守り石。 「ふふ、ささやかながら、お誕生日のお祝いです」 「わぁ! ありがとうございます! 嬉しいです!」 なぎさは渡されたお守りをそっと鳴らす。ハンドベルを思わせる凛と澄んだ高音。 「綺麗な音……」 今年も貴方が健やかであればいい。 そして、いつでも――その鈴の音で呼んでくれればいい。 【イシュター家】の2人は河川敷の砂利を歩いている。 星が正を示した夜に二人の姉は光になった。生死を掛けた戦いで正しく運命を使ったのだ。 「……意味わかんないんだけど……」 ぽつりと漏れた力のない声はイーゼリットのもの。少し離れた場所ではイーリスが花火を持ってはしゃいでいる。 好きな姉じゃなかった。 「なんと! はなびなのです!」 むしろ大っ嫌いだった。 「わたし! はなびすきなのです!」 偉そうで、馬鹿で、自分勝手で、どうしようもなくって。 「きれいなのです!」 お酒飲んで遊んでばっかりで、がさつだし、デリカシーもないし。 「そして! おもしろいのです!」 でも家族だった。 あの戦いで死んじゃった。 「ぴゅー!」 わたしね、家に帰ってから泣いたの。 馬鹿みたい。 ぜんぜん好きじゃないのに。 「しゅーてなるやつおもしろいのです! ろけっともするのです!」 でもあの子、きらきらした目で笑ってた。 『わたし、だいねーやんより強くなるのです』って。 「おもしろいのです!」 あの子は前向きなんだと思ってた。 あんなに馬鹿なのに、好き勝手に生きてるのに。 あんなに幸せそうで。 悩みなんて何もなさそうで。 「そして! さいごは! せんこうはなびなのです! ばちばちってなるのです!」 ぽと…… さいごに、おちるのです。 ひとのいのち、儚いのです。 だいねーやん、いなくなったのです。 いつもあそんでかえってこなかったですが、もうずっとかえってこないのです。 ふしぎなのです。 でもわたし、だいねーやんより強くなるのです。 「わたしは、こんな風にはおちません」 ――私、あの子が怖い。 ●橙色の笑顔 赤い浴衣に向日葵色の帯を締めてグラデーションショコラの髪を結い上げた旭の姿に思わず夏栖斗は声を上げた。 「うわ! 旭ちゃんちょーかわいい! うなじ! あざっす! 似合う!」 「えええ、か、かずとさん褒めすぎ……っ。はずかしーよう……!」 桜色に頬を染める旭。拝む夏栖斗。女の子の浴衣姿はマジ天使。 エスコートするように歩き出した夏栖斗に旭も下駄をからころ鳴らして付いていく。 「旭ちゃんがさ、覇界闘士じゃなくなってときは、びっくりしたけど。なるほど、リベリオンは旭ちゃんらしいって思うよ」 「はかいとーしの先輩後輩ではなくなったけど、かずとさんはずっとわたしの憧れなんだもん。かっこいーなーって、おもってるよ」 穢れない旭の笑顔に夏栖斗もつられて笑みを返した。 「まずなにたべよっか? 今日はごほーびだから、わたしがおごっちゃう! ふふふー。お大尽てよんでくれていーの」 「お大尽?! いや、女の子に奢られっぱなしっていうのも、カッコ悪いっていうか!」 「あ、でもあれは絶対たべたいな。たません! かずとさん食べたことある?」 「たませんたべたいの? 僕はたべたことないな。旭ちゃんが欲しいっていうそれはせめておごらせてよ!」 屋台の端から端まで楽しむ為には勝負に勝った方が次の店で奢られる事にして。 「僕紳士的に遠慮はしないからね!」 「わたしだって負けないようっ」 よーいドンで駆け出して行く仲良し2人組。 「静かにお祭りを楽しむのもいいですけれど、こうして賑やかなのもすごく楽しいですねっ」 抜けるような青い浴衣を纏ったミュゼーヌに三千は微笑みを浮かべた。 「えぇ、皆さんもとても楽しそう。釣られてわくわくしてきちゃうわね」 いつもは下ろしている髪も今日は高く結い上げられて白いうなじが見えている。 そんな彼女と逸れないようにしっかりと絡められた指先。 「ほら、見てみて。何だか面白そうな食べ物もあるわ」 ミュゼーヌがオリオン・ブルーの瞳を向けた先にあったのはカルメ焼きとたまごせんべい。 三条寺家の令嬢であるミュゼーヌは屋台の駄菓子は食べ慣れて居ないのだろうなと思いながら、三千はたまごせんべいを注文する。 「ミュゼーヌさん、これを買ってきたので、2人で食べましょうっ」 受け取った彼女は珍しそうに眺めているだけで、口にするのを戸惑っているようだ。 「わわっ」 次第に上に乗ったトッピングが溢れてミュゼーヌの指先を転がる。 「こうやって食べるんですよ」 三千が器用にぱくぱく食べていくのをじっと見つめながら同じように口に食んだミュゼーヌ。 ソースが頬にまで付いてしまい、慌ててハンカチで拭き取る様子を優しく見つめる三千。 「あはは……ちょっと食べにくいけど、美味しいわ。ね、どうせだから、もっと色々食べ歩きに行ってみましょうっ」 折角の屋台行列なのだから、二人で橙の笑顔を沢山楽しみたいのだ。 朝顔とレトロモダンな浴衣の2つが並んで橙の提灯の中へ吸い込まれていく。 「うん。淑子は浴衣も似合ってるな。可愛い」 「そ、そう…? ありがとう。不動峰さんもとってもよくお似合いよ」 初めての下駄に歩き方がぎこちない淑子へ杏樹が手を差し出す。 さり気なく出されたそれに淑子はそっと指を絡めた。 「……えへへ」 ずっと憧れていたのだ。友達と手を繋ぐということを。 絵本と異世界じゃない。現実の感触に淑子の頬はコスモス色に染まっている。 「……ふふ」 淑子の嬉しげな様子に杏樹も一緒になって微笑みを浮かべた。 「そうだ。淑子はこれ、食べたことある?」 「わたあめ。知っているわ。……食べた事はないのだけれど」 シュガー・ホワイトのふわふわで雲みたいなお菓子。 手にとって口の中に運べば広がる優しい味。 「ふふ、甘い。けれど、随分大きいのね。不動峰さんも一緒に如何? ひとりでは食べきれないわ」 「じゃ、私も。懐かしい甘さだな」 わたあめを千切る度に、くすくすと笑い合って楽しい時間が過ぎていく。 杏樹が手を引いてくれるならどんな事だって出来てしまいそう。友達ってきっとこんな風に何気ない時間を過ごしても楽しいのだと。 それはふわふわのわたがしみたいに、甘くて素敵な思い出の宝石。 ウィスタリア・アメジストとフィエスタ・ローズのRacconto。 「線香花火がチケットだなんてかわいいな~」 手の中にあるカラフルなそれを見つめて壱也は声を上げる。その横には下駄を鳴らしながら浴衣の前を寛げた竜一。 「筋肉チラみせスタイル、それが江戸っ子ってもんよ! 江戸っ子ってのは、粋に生きなきゃね! なんつって、ぶふー!」 「うわぁ、開始早々オヤジギャグ。それにしても、さすがいい筋肉してるよね! モデルにいいなあふふ、夏の薄い本が分厚くなるね」 屋台全制覇を目指す壱也へまず最初に差し出されたのは、棒に突き刺さってるあれだ。 「まずは、はい。チョコバナナ」 「やったー! チョコバナナだー! わたしがチョコバナナ好きって知ってたの……?」 「チョコを舐めとってから、バナナを食べるんだぞぉ」 「いや、普通に食べるし、――がぶ」 「ぎゃー!」 「甘いもの食ったら、しょっぱいもの食いたくなるよね。何がいい?」 立ち並ぶ様々な屋台に目移りしながらどれが良いかと思案する。 「んー次はたこ焼きかな!」 ふわとろ中身とソース。チープでありながら屋台で食べるたこ焼きは格別な味がするのは、この雰囲気さえも風味にしてしまう魅力があるからだろう。 「俺、焼きトウモロコシ食いたい! トウモコロシ大好き!」 キョロキョロとお目当ての屋台を探してる竜一の目に映ったのは壱也の口元。 「あ、いっちー、ほっぺにソースついてる」 指で掬ってそのままぺろりと舐め取る竜一。 「うわぁ! な、何してんの! 天然なんぱ野郎め!」 「も、もう少し大人っぽい浴衣の方がよかったかな。でもこの金魚さんは気に入っているのだ」 「金魚の浴衣、似合ってると思うよ。夏の風物詩だし」 夏の夜を泳ぐ金魚は、決して子供っぽくは無いと快は金魚模様の浴衣を着た雷音に笑顔を向ける。 カラフルな入場券を握りしめて橙の提灯回廊へと吸い込まれていく2人。 「いっぱい、お店がありすぎて、目が回るな。ま、まずはりんご飴、がいいかな」 「りんごあめ、欲張って大きいのを買うと、結構食べるの大変なんだよね」 あぐあぐと唇を紅色に染める雷音の向こうには奇妙な水槽。 「(´・ω・`)掬い……あれは大丈夫なんだろうか」 「そうだ、型抜きをしよう。ボクは型抜きは得意なのだ。細かい作業はよく慣れている。競争してもいいぞ。勝ったほうがお互いの言うことをひとつ聞くのでどうだ」 「型抜きか! 地元じゃ負け知らずだったんだぜ!」 ……昔はね。 彼がまだ10代の頃の話だろうか。 小さな台の上に置かれた平たい物にカツカツと穴を穿つ二人。慎重に、集中して。 「……あっ」 「ぅ!?」 音もなく触れ合った肩同士。 動揺が雷音の小さな手に伝わって型の半分が欠けてしまった。 「悪い、ぶつかっちゃったな」 「いや、これは、誤解だ、普段は、もっと……で、でも勝負だからな、して欲しいことはあるか」 「そうだな。勝負は成立っていうなら……よし、じゃあこれから花火見物に付き合ってもらおうかな」 浴衣の裾から入ってくる夜風が心地いいとロアンはほろ酔いで屋台の間を縫っていく。 妹は、残念ながら友達と行ってるみたい……一人で来るお祭りもいいもの。 「ぼ~っちぼ~っちひとりぼっち♪」 「ぼ、ぼっちじゃないし!」 ロアンの心の葛藤を読んだかの如く、歌をうたうメイが目の前を通り過ぎる。 メイのアイリス・シルヴァの髪が流れた後、現れたなぎさにロアンは声を掛けた。 「楽しんでる?」 「はいっ!」 久々に見たなぎさの姿はロアンの目にどのように映っただろうか。 メイは射的の親父にお金を渡してぎゅむと玉を詰め込む。 「鉄砲は普段使ってないから正直苦手なんだけど、何とか当るかな?」 パンと軽快な発砲音と共に撃ちだされた玉は景品が乗ってる台座に当たり、跳ね返って近くに居たロアンの後頭部に直撃した。 「いてっ」 何が起こったか分からない様子のロアンは頭を擦りながら、そこに射的台があるのを見つける。 久々に会ったなぎさにちょっと良い所を見せようと、射的の親父に銃を貰うロアン。 今でこそ本物の銃は撃たないが、其の頃の感は健在なのだろう。 「どれか欲しいものとか、狙ってみて欲しいものとかあるかな?」 「えっと、じゃあ。あのクマのぬいぐるみですかね」 なぎさが指さしたのはOLに人気の中身はおっさん説が流れているダラけたクマだ。 「よし、あの位なら、大体のモノは狙えるはず」 さあ、しっかり狙って――。 パン、パン。 ころりと落ちたぬいぐるみ。 しかし、発砲音は二発。ロアンが撃ったものと、同じ時間にたまたま居合わせたメイが撃ったもの。 どちらの玉が当たったのかは分からない。 「えっと……」 とりあえず、店の親父からクマのぬいぐるみを受け取ったなぎさ。 「……鈍ったかなぁ。僕じゃ落とせなかったみたいだね」 「じゃあ、これはメイさんのですね」 はい、と差し出されたぬいぐるみとロアンとなぎさの顔を順番に見遣るメイ。 「なぎさちゃんには出店で好きなもの一品奢るよ」 「わぁ、ありがとうございます! あ、そうだ。メイさんも一緒に行きませんか? 皆で行った方が楽しいですし」 メイのメドー・グリーンの瞳が色味を増した気がした。 一つ景品を落としたから、きっとこれ以上射的の継続は不可能だ。 さあ、次は輪投げか型抜きか。 橙色の提灯はまだまだ消える様子は無い。同じ様に笑顔もこの場所に溢れている。 ●静謐の時間 紫紺で染めた浴衣には金穂の花が描かれている。シエルは四角い提灯を片手になぎさへと話しかけた。 「あら……なぎさ様ではございませんか」 「あ、シエルさん。こんばんは」 ぺこりとイングリッシュフローライトの頭を下げたなぎさにシエルは問いかける。 「夜店はもうお周りになられましたか?」 「はい! 沢山回ってきました」 戦利品と思わしき品々をシエルの前へと差し出すなぎさ。 「花火が始まるには……まだ時間がございましょう。暫しお散歩でも……如何でしょうか」 「わぁ! 喜んで!」 「箱舟での生活には慣れましたか?」 「あ、はい!」 「孤児院に仕送りしているとか……」 「そうなんです。お世話になったので少しずつでも園の子供達の為に使って欲しいって受け取って貰ってるんです」 なぎさの言葉に優しげな笑みを浮かべて、聞き入るシエルは途中で見つけた切り株に腰掛けて籠バッグから果物を取り出した。 「今日は冷凍蜜柑と……なんと! チルド冷凍で保存していたデコポンがあるのです」 「なんと!」 同じように驚いて見せたなぎさにシエルはくすくすと声をだす。遠くで金髪の少女がくしゃみした気がする。 「チルド冷凍し夏場に食べるデコポンの甘みは格別なのですよね」 「嬉しいです。……美味しいっ!」 「あ、それとこれをどうぞ」 差し出されたのは和ちりめんを使った浴衣に似合いそうな巾着袋。今日のなぎさの浴衣によく似合うデザインだ。 「ありがとうございます! 嬉しいです」 「ふふ、お誕生日おめでとうございます」 二人の間に流れる時間は甘く、それでいて清廉な空気があるのは何故だろう。 「良い雰囲気ですね。神社……とは、意外でしたけど」 水色の下地に青い花柄の浴衣は悠月の白い肌によく似あっていた。 「草花もしっかり再現されているな。これは確か、クルマバナか」 小さな薄紫色の花が放射状に並んでいる。アザーバイドが創りだした空間だというのに、その精巧さはこの風景をずっと見守ってきた所以だろうか。 「模された作り物には見えないですね……」 提灯を片手に持つ拓真と悠月は一歩進んでは道端の草木それに遠くの河川敷を眺めていた。 「こういった場所に足を運んでいる内に、少しだけ草花の事も分かる様になって来た」 名前の知らぬ物ばかりだったのになと隣の悠月に笑いかける。 見上げれば紺青の空。 一面の夜天も、それが私達の知る夜空とは別物と判っていても―― 「……綺麗ですね」 「……星空もよく見えるな。星も月も……とても綺麗だ」 夜空に輝くものと同じ美しさを称える月がこの地上もある。拓真が閉じ込めた腕の中に。 「愛しているよ、悠月」 「はい――私も、です」 彼の腕の中、浴衣越しに伝わる温もりを肌で感じながら身を預ける悠月。 彼女の柔らかい頬の感触を唇で味わう。 「……暫く、眺めていようか」 遠く広がる橙色の提灯と光の円を描く河川敷の花火達を眺めながら、二人は静かな時間を過ごす。 なぎさと手を繋いで歩いているのは那由他だ。 「これは、ひょっとしてデート? いやー照れますねえ」 「えっ! デートなんですか!?」 そういう浮いた話は今まで無いし、恋愛すらしたことのないなぎさはその手の話には初心である。 「冗談はともかく、久しぶりにご一緒出来て嬉しいですよ、なぎささん。こうして貴女の元気な姿を見れて感無量ですねー」 なぎさにとって嬉しい言葉を紡ぎながら、那由他は彼女を後ろから抱きすくめた。 「わっ」 「一人で居るのは寂しいから。皆を集めて、一緒に遊ぶ。仲間を利用するなんて悪い子ですよねえ。そう、思いませんか?」 背後から喉元に鋭いナイフを突き付けられたような悪寒がなぎさの背筋を凍らせる。 「あ……」 「まあ、強かなのは良いことですけどね。ふふふ」 那由他の指先がなぎさの頬をすっと撫でていた。 「ご、めんなさい」 沈黙と気まずさに抱きしめられたまま項垂れたなぎさ。 「……冗談です。ただ、寂しさを紛らわそうと遊んでも全てが終わった後、反動が辛いですよ?」 「でも……」 「貴女の事を気にかけてる人はたくさんいるんですから。遠慮せず、その人達に直接甘えれば良いんです」 シエルから貰った巾着袋に入っているのは、ロアンと共に屋台を駆けた戦利品。 ポケットの中のお守り石は光介から貰ったものだ。 「以上、いじわるな私からの余計なお節介でした」 このちょっぴり意地悪な声も、腕の温もりも遠慮しがちな少女の為のものなのだろうか。 「うぅ、那由他さん……」 紛らわせていた感情が止めどなく溢れて、暫くの間那由他の腕をなぎさの雫が濡らしていた。 ●ほしはなび 「大きな花火は初めて見るよ。楽しみだね」 「ふふ、そうだね。とても楽しみだ」 ヘンリエッタとリリィは河川敷で花火を楽しんだ後、座り心地の良い土手まで歩いてきた。 「手持ち花火も綺麗だったけど、空に打ち上がる花火はどんな風だろう」 「どれくらい大きいのかな?」 「こーんな感じかな?」 大きく手を広げたリリィにヘンリエッタは笑みを浮かべる。 ふと、小さく光弾が空へと登って行くのを見つけた二人は、次の瞬間身体を打つ振動と光の爆発に目を見開いた。 「――わ、……っ。……すごい」 「わぁ……っ」 心臓の鼓動を揺さぶられる様なそんな感覚に畏れさえ湧いてくるほど圧倒されて、目が逸らせない二人。 以前のフュリエ同士なら触れ合うことさえしなくても、色々なものが共有できたのにこの世界では違うのだろうか。それとも明確な自我が芽生えたのだろうか。事象的真偽はさておき、隣に座るリリィともっと気持ちを分かち合いたくて手を伸ばす心はきっと本物だ。 ぎゅっとヘンリエッタと指を絡めれば、心も一緒に重なるような気がするのだ。 「……リリィ、花火だ」 「うん」 分かりきった事を呟いてしまう程、彼女らフュリエにとって花火という物が大きいものだったのだろう。 ボトムは本当に美しいのだと思う。言葉に出さなくともこの指を通して、この感情は伝わる。 ――リリィ、キミもそう思うだろう? 「うん。ここは、綺麗なものがいっぱい」 鼓動を打つ振動はまだこの胸を震わせている。言葉にならない気持ちは全て手の中に。 片手に(´・ω・`)すくいの戦利品を手にして、教えてもらった穴場へと急ぐリセリアと猛。 もう片方の手はお互いを強く結びつけている。 「おっと、此処かな? 人も居ないし、良い感じの所だな」 「……ですね。此処なら周囲を気にせずゆっくりできるし、良く見えそうです」 神社の遊歩道にほど近い場所に、小さな木製のブランコがあった。丁度展望広場の様になっていて河川敷から上がる花火が見やすい場所だ。 そこで、一息ついた二人は手に持った戦利品を見つめて笑い合う。 「何だか、さらっと混じっていたから……」 「はは、そうだな。おっ、今年も派手にやってくれるね」 ドーンという音より先に紺青の空に大きな花火が咲く。 「わぁっ」 「……綺麗なもんだ」 「本当、綺麗ですね……」 赤、紫、黄に緑。真っ黒のキャンパスに描かれる光の爆発は、宇宙が生まれたビックバンの様に大きくて迫力があって。二人は暫くその様子を見つめて居た。 ふと、腰に回された腕と共に降り注いだ言葉にリセリアは少したじろいだ。 「……好きだぜ、リセリア。愛してる」 彼の強い眼差しがそのまま近づいて、唇に熱を加える。それは少しだけ長くて、リセリアは猛に身を委ねるように長い睫毛を伏せた。 「……もう。いいですけど」 彼女の長いシルヴァ・アイリスの髪を慈しむ様に撫でて、離れた猛が言葉を紡ぐ。 「また来年も来ような、約束だ」 「ええ、また……来年も。約束――です」 花火の下、指切りと笑顔を交わして。 ――お祭りか。この雰囲気は好きじゃないんだよな。 劫は橙色の提灯に彩られた活気の声に少しだけ眉を顰めた。奪われてしまった家族や友人がもう居ない事をはっきりと思い起こすからだ。楽しい思い出だからこそ。 そうしてぼんやりと考え事をしている間に隣に居たはずのリリが居なくなっているのに気づいた。 「……あれ、何処行ったんだ?」 ポロポロとリリのラピスラズリの瞳から雫がこぼれ落ちる。 彼女はこんなにも涙脆かっただろうか。教会の元でお祈りを施行していた時とは随分変わってしまったようだ。 気づけば何処かへ消えていた劫を探して神社まで登ってきたのは良いけれど、ここは静かで。 独りは、置いていかれるのは、とても怖くて。 「……泣くなよ。子供じゃないんだから」 ようやく見つけた相手は涙を溢れさせて座り込んでいた。 「何処に行っていたのですか……! 独りにしないで、下さい、っ」 独りの寂しさと、見けてくれた安堵感で止めたくとも涙が止まらない。 「考え事してたんだ、悪いね」 そんなリリの頭を劫は子供をあやすように撫でる。泣いてた理由も深くは追求しない。 「あっ、花火……」 「……あぁ、綺麗だ」 暫く大空に咲く花を見上げていると、劫の眦から一筋の涙が落ちた。 未練か郷愁か。どれだけ求めても、留めたかったあの時は戻らないのに。 「……子供なのは、俺の方なのかもな」 「子供も大人も、泣きたい時は泣いていいのです」 数万発の花火の最後、空の大輪に目をやって。「綺麗」だと声を上げたのは誰だろうか。 きっと、各々が鼓動に響く音をこの場で聞いたのだろう。 夏の夜空に煌めく星たちが一斉に花火の様にはじけ飛んだ。その瞬間は真昼のように鮮やかで色とりどりの星の花が咲いたのだ。 アザーバイドの見せた星花火に沸き起こる歓声と共に皆、ゆっくりと帰路につく。 |
■シナリオ結果■ | |||
|
|||
■あとがき■ | |||
|