●嘴広鸛 「おのれ梁山泊。おのれ劉黄河め!」 『武侠党員』湯白湯は、自らのデスクに拳を打ち付けて、次に頭を抱えた。 彼は上海の若き政治家でありながら、フィクサード組織の構成員だった。 「せめて、せめてボスさえいれば、身の安全は確保できるというのに! 淵老師が死ななければこんな窮地には!」 湯の後ろ盾は、先日壊滅した。 それは上海梁山泊が招き入れた日本のリベリスタ組織の手によるものであり、裏の権力武力でのし上がった湯は、たちまち窮地に陥ったのである。 海外逃亡を企てた時分は既に遅く、陸海空とも梁山泊が牛耳っている。 同じ党員に、財を喰われる危機が間もなく訪れる。 「……」 湯は、席を立って絨毯の上を往来する。 思索は、自らの財を持って逃亡する手段についてである。自らの組織のボスと参謀への悪態もぐるぐると巡る。 「全て私の物だ。黑孩子も人間も。このペン一本も全て全て全て」 湯の部屋は、いち政治家にしては綺羅びやかである。 豪華な椅子にデスク、展望できる大きな窓。窓は防弾ガラスである。壁は金色銀色、絵画が飾られて、床の大理石には赤い絨毯が敷かれている。日本人の美的感覚としては、荘厳を通り越して悪趣味とも言える部屋であった。 ――浪漫というものは、だ。 ここに、何者かの声を耳にした。 湯は瞑想から我に返って周囲を見ると、何者かが自分の椅子に座っていた。椅子の背もたれを向けて、窓の方を見ている。 「――例えば食後の一服の美味さや、何年も前に封じ込めたワイン樽を、開け放った時の様な甘美と、形容できるかもしれない」 椅子を回して正体を現したその者は、鳥類の頭を持った男であった。 「何だ貴様は!?」 「通称、ハシビロコウさんと呼んでくれたまえ。通称だ」 ハシビロコウという男は、鋭い目を湯を見る。殺し屋の目である。 湯は、咄嗟にソ連製拳銃型の破界器を抜く。 「慌てるな。汝にとって悪くない話があってきた」 湯は警備の者へアラームを鳴らす。 ハシビロコウの殺し屋の如き目に、たまらず発砲するも、だぎんと弾丸が鉄にぶつかった様な音がする。 「な……!?」 弾丸は空中で止まっている。 「我と汝の力量は隔絶している。お分かりいただけただろうか」 ハシビロコウは白い手袋をつけた両手で組んで肘を立てる。組んだ両手の上にクチバシを載せて寛いでいる。 「汝の兵は既に我が眠らせた。殺してはいない」 湯は、拳を振りかぶってハシビロコウに叩きつける。拳も空中で止まる。何をしても無駄だと観念する。 「は、話とは何だ。ハシビロコウ」 「よろしい。だが“さん”をつけよ」 ハシビロコウは、デスクの引き出しから葉巻を取り出し、クチバシの先っぽで煙を上げる。 「その葉巻は私のだぞ」 「目的は、闘争と言える。闘争するにも我の力も今は極めて限定的なのでな、強欲者よ。汝の兵と政治力を貸して欲しい。お願いに来た訳だ」 有無を言わさぬ姿勢が見て取れる。有無を言わさぬ眼光がある。 「……拒否したらどうなる」 「拒否などするものか」 得体のしれない鳥類頭の言葉に、若い政治家は拳を強く握る。 「な、ならば、報酬は何だ! 見返りは何だ! 使い捨て出来る人間も私の財産だ。タダですり減らすなどゴメンだ!」 「報酬か」 ハシビロコウは、殺意の宿った様な鋭い目のままで首を傾げる。 「我には、汝を安全に逃亡させる用意がある。もし更なる欲があるならば、段階的に武力をやろう」 「……なんだと」 「葉巻代だ」 ハシビロコウが指を弾くと、棍が一本降ってきて床に転がった。 湯はこれを手にする。一応にフィクサードの端くれ。大きな力を秘めた逸品に、思わず息を飲む。 「強欲者よ。先ずは、汝が知る最高戦力の下へ案内してくれ。仲間にしよう」 「残念だが、梁山泊に囚われている。生死も定かではないが、大人しく死ぬ様な男ではない」 「I'm Thinker。囚われている? 極めて些事だ」 ハシビロコウは自らの側頭部を人差し指でトントントンと叩き、クールにキメて立ち上がる。 ●上海梁山泊襲撃 「梁山泊の一支部が襲撃されるらしい。襲撃者達の中心人物を撃破する」 ブリーフィングルームに集まった面々に、『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)は即座に目的を告げた。 梁山泊とは、中国のリベリスタ組織である。 上層部は昔ながらの武侠派が揃っており、精強な組織である。 「場所は上海。『倫敦の蜘蛛の巣』の息がかかったフィクサード組織と、長年抗争していたキナ臭い連中――マフィア系列の梁山泊の縄張りだ」 廃ビルがスクリーンに映る。 マフィア系列とて梁山泊。大陸特有の黒さを携えつつも、積極的にエリューションを倒している事は確からしい。そのマフィア系列の支部を襲撃する者がいるなど、中々大胆な話である。 「本来はアークへの依頼も必要ない案件だったらしい。梁山泊のフォーチュナの情報で、十分迎撃可能というかな」 リベリスタの一人が首を傾げる。 「何かあるのか?」 デス子は頷いて端末を操作する。プラズマスクリーンに、鳥類の顔が出る。 「新たに予知された情報で、こいつが確認された訳だ。『通称ハシビロコウ』。力も未知なものばかりつかう」 アンバランスなクチバシ、殺し屋の目。 一見ビーストハーフである。成程ハシビロコウである。 「敵は黒孩子――戸籍のない一般人が多数。得体の知れん得物で革醒者並に強化されている。そこは梁山泊が外で相手をするらしいが、ハシビロコウの別働隊が侵入してくる」 梁山泊のフォーチュナが予知した情報は、突然支部の中にハシビロコウ達が現れるというものだという。 「陽動か」 「みたいだな。私達の仕事は襲撃の中心人物――別働隊の撃破となる」 万華鏡の恩賜があれば、何処から侵入してくるか特定できたかもしれない。現状、侵入自体に打つ手が無いという話である。 「敵の目的は、重要犯罪者が投獄されている地下二階の特別房だ」 「事前に分かっているなら、そっちを固める事は無理なのか?」 「分かっていても対処できる者が無い――地上や外だけで余力が無くなるという話だ。キナ臭い中華マフィアリベリスタだけに、真偽はわからんがな」 デス子が首をすくめる。 「何者が投獄されてるのかは知らないが、特別房の近辺は広場だ。ハシビロコウ達を迎撃する形か」 特別房の周辺が映る。 重々しい鉄の扉に鉄の壁。壁には窓が一定間隔毎に並んでいる。狙撃手の相方となる観測者用の機材が転がっている事から、狙撃用の窓だと怪しまれる。 特別房の者が脱獄した際に利用されるものだろうが、迎撃にも使えそうではある。 「一般人を戦力にできるなら、圧倒的な物量で潰さないか?」 「ああ、わざわざ梁山泊がギリギリになる戦力で来ている様にも見える。あるいはそれが出来ないか」 スクリーンに映るハシビロコウの目はただただ鋭い。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月03日(日)23:10 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●些事 「そろそろ来るぞ、備えておけ」 『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)の声で、たちまち空気が張り詰めた。 櫻霞の千里眼が、ハシビロコウの侵入方法を捉えている。 鳥の頭を持った異質な者の掌から紋章が放たれる。紋章の光と共に姿が消えて、隔てた壁の向こうに現れる。 「物質透過……ではないな。瞬間移動に近い、か」 静かな場に櫻霞の呟きは良く響いた。得物に込めた弾丸の最終確認を粛々と終える。 『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)も狙撃窓で準備をしながらも、耽る様に呟いた。 「目的は闘争その物なんでしょうけど……」 ハシビロコウさんの正体に目星をつけてきた彩歌であったが、櫻霞の『瞬間移動に近い』という言葉で、確信に変わりつつある。 「ハシビロコウ、ペリカン目ハシビロコウ科、名前の意味は『嘴の広いコウノトリ』、……あの手の手合は人間の狂人に比べて一歩手前位の論理で動いてくるから困り者よね」 彩歌の呟きもまた響く。『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が「あれ?」と声をだした。続けて。 「ハシビロコウはコウノトリ目じゃなかったっけ?」 「あら? ペリカンに近いんじゃなかった?」 首を傾げる両者だが、早々に問答を切り上げる。 向こう側から雑踏が直接耳に届く。各々、自らの事前強化を終える。 敵はやはり事前の話の通りの数で、率いている先頭は『武侠党員』である。 「気を引き締めないとね」 『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)は、乗り込んで来た敵に対して構える。後方の特別房をチラりと見て、次には視線を戻した。 「っ! 待ち伏せか!」 『武侠党員』――浅黒い肌で、髪をピッチリとタールの様に塗り固めた七三分けの男――湯白湯が、配下を静止しながら顔を曇らせる。 憎憎しげな目でリベリスタ達を見て、その視線は突然ピタりと悠里で止まる。 「げはぁ! 貴様ら、白い男。知っている。知っているぞ……!」 咳き込み、震えながら指をさしてくる。 悠里が真っ直ぐ拳を突き出すようにして。 「あの人と戦う事は得るものが多いし出来るならまた戦いたいけど……、流石に逃がす訳にはいかない」 湯は、歯軋りをした次に、何故か余裕の顔を取り戻した。 「ク、フフフッ」 苦虫を噛み潰したと思えば笑ったりなど、不可解な湯に大して、シェラザード・ミストール(BNE004427)は、彩歌と同様、狙撃窓から覗きつつも小首を傾げた。 「ギリギリの戦力で攻めるとか、普通は余程切羽詰った時とかしかしませんよね? なのに、今回はそれが行われた。とっても不思議です」 予感は、その通り。不適に笑う湯は、突然と声を張り上げた。 「ハシビロコウ! 牢の中まで転送魔法を頼む!」 「断る」 目を瞬きした刹那に鳥の頭は、湯の後方に現れていた。 断っちゃったよ。とぽかんと見ている視線は、後衛『オカルトハンター』清水 あかり(BNE005013)である。 内心で「ハシビロコウさん、一体何者何者なんでしょう」と渦巻いている。 鳥の格好をした殺し屋などシュールすぎる。プロレスラーもいるから、ありなのかどうなのか。 見れば、ポケットに手を突っ込みながら足を肩幅大の間隔に、ピンッと真っ直ぐに伸ばして斜に構えている。スタイリッシュである。 あかりの横にいた『局地戦支援用狐巫女型ドジっ娘』神谷 小夜(BNE001462)も、鳥頭に対して、脳裏にビーストハーフ(トリ)……? それとも何か全然別種なのか。 或いはフェイトを得てるアザーバイト、という可能性も。とぐるぐる回っていた果てに。 「ともあれ、大切なのは相手の正体より、フィクサードの撃退ですね」 櫻霞の事前の察知で、自らのマナの循環は終えている事から、翼の加護を齎す。 鳥頭は湯が何かを言う前にネクタイを掴み、捲くし立てる。 「戦え。ほら戦え。戦うんだ。目的は『闘争』だと言ったではないか。こんな面白そうな因縁を前に、尻尾を巻く腰抜けなのか?」 ビンタをした鳥頭は「“さん”をつけろ」と締めくくりながら背中を向けるのである。 「フフ……」 ふと、場違いな様に笑い声が場に響いた。 「ハッハッハッハッハッ」 『Friedhof』シビリズ・ジークベルト(BNE003364)が大きく笑っている。 「いやはや面白い。実に面白い。この際、何者なのかも最早どうでもよい。私達を倒し“些事”を成してみろ。ハシビコロウ」 「無論。だが一つ言っておくことがある」 闘争を望むシビリズの鋭い視線と、闘争を望むハシビロコウの殺し屋の様な尻目が交差して、程なくして闘争の火蓋が切られる。 「“さん”を――つけよ」 ハシビロコウが指を弾くと、一本の剣が宙に生じた。 ●湯白湯 「美味い話には裏があるものだ。ただの善意で劣勢の人間に力を貸す者など、まず居るはずがない」 櫻霞の付近に『剣』が二本、何もない空間から飛び出した。 ハシビロコウは相変わらず、背を向けたまま気取っている。 「私の目的は、闘争自体である。劣勢が逆転する事――そこに豊潤な浪漫があるというものだ」 ならばと櫻霞が大量の弾丸で応ずるも、見えない壁に遮られる。弾丸は宙で止まる。 「残念だったな」 「いや、これでいい。装甲から潰す、他は二の次だ」 これは櫻霞の想定内である。目論見はその通り。 連携するように、狙撃窓から気糸がレーザーの様に飛び出して、湯を刺し貫く。 「いだだだだああああ!? は、話が違う! 何故、透明な壁が私を守らない! ハシビロコウ!」 「人が足りない分を補ってやっているのだ。これ以上は望むな。――“さん”をつけろ」 かく、気糸を放った者は彩歌である。 「……代償に対して、浪漫は嗜好品なのね」 気糸を手繰る様に視線を動かしてくるハシビロコウであるが、糸を切ってこの窓を放棄する。 悠里が瞬息の間に走り抜けて、湯へと肉薄する。 「無式奥義を使うってことは、君も黒猛虎の弟子なのかな?」 「ぐ! 私が何故こんな! あの虎野郎の靴を舐めながら、淵老師に従って昇り詰めて!」 淵とは、彼らの組織の参謀である。『ボスの強さ』を後ろ盾に、主に金や政治、麻薬を担当していた老人である。故人である。 「虎野郎に金にもならないつまらん事を散々やらされて、ようやく手にした地位をな! 貴様! アーク!」 「そんな大声出すと、本人に聞こえるんじゃないかな?」 良くも悪くも現代の中国人らしき拝金的な側面がある。一方、悠里が知る別の弟子は、清時代の拳法家を思わせる愚直な者であるが。 「貴様のせいだ。貴様達がボスを倒したせいだ! 抑止力が! 私の権力がああああ! ゲファ!」 咆哮とも咳き込みともつかない声に連動する様に、配下が動く。 一人が振り上げた青龍刀は、悠里の横を抜けてシビリズへ行く。行くもシビリズの右手の鉄扇によって攻撃はそこで止まった。 硬い金属同士が衝突して、鍔迫り合いの如き状態となる。 「どうした」 続いて飛来する別の配下の棍を、更に左の鉄扇で受ける。 二人がかりでも揺るがせない鉄壁である。 「足が竦んでいるぞ」 たちまち、この場には相応しくないと一蹴する様に、敵を跳ね除ける。 あかりのフィアキィが、悠里と湯の間を横切ると、ぼかん、という音と共に湯の足元が爆ぜて、湯一味は壁にたたきつけられた。 「あれ?」 ハシビロコウは、まだ背中を向けている。バーストブレイクが効いていないのか。 否、ハシビロコウの近くには剣が一本。焼かれた様な跡を残して浮いている。盾にしたと怪しまれた。 「回復です。皆さん。前のめりに行きましょう」 小夜は少し過剰なくらいが丁度良いと、前衛を癒やすべく光を放つ。放った途端、どこか得体のしれない視線を感じた。 ハシビロコウは殺し屋の様な尻目で小夜を捉えている。 「……そう来ますよね」 次から、集中的に狙われるという証か。 『相手の勝ち筋は、持久戦』。仲間が前のめりで戦えるよう、つまるところ、少し過剰なくらいが良い。に帰結するのである。 夏栖斗が飛翔する武技でもって、櫻霞の正面――夏栖斗にとっては左手側の『剣』を切り裂くが、まだ倒せていない事に歯噛みしながらも。 「ちょっと遅れたけど、ご機嫌麗しゅう! 思い通りにはさせないよっ!」 夏栖斗が脇を意識した隙を突こうとしたか。湯の3人目――ホーリーメイガスの魔法の矢が飛来する。これを紅色のトンファーを回転させて跳ね上げる。 「王紅徴の奪取なんて。また戦乱の火種にしかならない」 「戦乱の火種は! お前達だ!」 配下が叫んだ。 右肘を大きく引いて次手を放つ隙を伺う。 戦いが進む。 ハシビロコウは途中から、場に『剣』を出したり出さないなどしている。 かの魔剣の能力により、隊列を乱しかけたが、シビリズの機転による位置取りによって、吹き飛ばされる者があれば受け止め、後方に剣が出現した場合、庇う様に動いていたことから、大事には至らない。 剣を粉砕して順調に湯一味をボコボコにしていく。 「……」 天秤の傾きが確実にリベリスタ側であった。 気になることがある様に、櫻霞が左右に視線を動かしていると、突然と場に朗らかな声が響いた。 「ハシビロコウさーん、貴方は日本で活動禁止されちゃった魔神さんですかー?」 同時に、閃光が『剣』を包む。包まれた剣は光の中で消滅する。そこからフィアキィがくるくる踊ってシェラザードの下へと帰る。 「能力と組み合わせると序列38番のハルパスさんですか?」 たちまち、ハシビロコウはくるりと振り向いた。リベリスタ達に殺し屋の様な目を向けてくる。 カツ、カツ、カツとクチバシを鳴らし、クラッタリングをする。 「いかにも、我の真の名は『ハルファス』」 受けたダメージがまるで無いかの様に、スーツについた埃を払っている。 「本名はやめてもらおう。私を怒らせない方がいい」 ●序列38位ハルファス 顔面を腫らした湯の耳に、ハルファスの言葉は入っていなかった。 ひたぶるに対面の悠里と突きの応酬を繰り広げている。 「共産党員を! 舐めるな!」 悠里の眼前の湯が中々としぶとい。最初の小物感が消えて、繰り出される拳法が悠里を切り裂いた。 正確には斬られたのではなく、体内から傷が噴き出る様な感覚である。激痛ではあるが。 「黒猛虎やマリアベル程ではないにしても、楽に勝てる相手じゃない事は分かったよ」 正確には、ハシビロコウの武器を持ってようやく対等より下と言えた。一撃でフェイトを持っていく程ではない。 「俺を馬鹿にするのか! 拳法の才を持っていなかったばかりに俺は! 俺は!」 「これが僕の奥の手だ!」 返す様に、氷鎖拳によって氷に閉ざされる。湯は酷い形相をしていた。 「闘争とは素晴らしい。格下を見下す愉悦は気持ち良いだろう? その愉悦の前に言葉は何もかも無意味だ」 ハルファスが腕を組んで頷くのを、悠里は冷めた目で見据え、次には配下の撃破、召喚される武器の破壊へと移る。 「正面やっべぇ、ハシビロコウさんってだけで強くみえる。皆、油断するな! あいつは本物の殺し屋だ。あの目はもう何人も殺してる目だ!」 夏栖斗がハシビロコウと戦いながらも狼狽する。 先ほどまでは、横顔のみである。横からみると結構愛嬌があるのだが、正面はやべぇと強く心に刻む。 「ハシビロコウさん、そんなに闘争ってロマン? そんなに人の血を求めるのかって感じだけど、この闘争が代償?」 「闘争は食事、浪漫は嗜好品といったところだ」 突如何もない空間から生じた剣を、紙一重で避ける。哲学的な応答である。鳥頭は続ける。 「人間、食事もすればデザートや菓子を喰らうだろう」 狙撃窓でシェラザードは少し俯く。 「……お腹が減る事を止められないのと同じ。そういう事ですか?」 かつて存在した、戦わずにはいられない存在をよく知っているが故の事である。 「皆! ハシビロコウさん、狙撃窓の向こうに武器を送り込んでいるわ。これは時間稼ぎよ」 彩歌が狙撃窓を放棄してくる。 「察したか」 狙撃窓に紋章が浮かび上がる。マスケットライフルや大砲の様な口が、生えるように連なっていく。 「もう少しだったのだがな、まあ誤差だろう。全滅まで追い込める自信はそれなりにある」 彩歌は『突然出現すると言う事』に警戒していた。 狙撃窓を認識したのに、その後一切に手を付けようとしない不可解さ。結果、看破したのである。 「溜が終わる前に」 攻撃対象は武器となる。 ハルファスは、クールにキメながら言う。 シビリズは、湯の配下に鉄槌を下しながらも口角を吊り上げる。 「些か拍子抜けしていた所だ。それが貴様の闘争か。ハシビロコウ」 「我の闘争は、例えば盤上が如く『知』である。――“さん”をつけよ」 「アーズビーヴもティ=シューゲも知らん。幾らでも撃ち込んでくるがいい。私はそう簡単に倒れてやれんぞッ!!」 「汝を狙うのは得策ではない」 櫻霞はやれやれと二丁の拳銃から、マガジンを落とし次を装填する。 「キースの魔神系列か。つまらん仕掛けを俺が見逃すと思っているのか?」 意味深な言葉と共に放たれた弾丸は、正確に砲や銃の一点に突き刺さる。 続き、あかりのバーストブレイクの爆発によって、すぐに魔銃が飛散した。残骸が散らばって消えていく。 「ハシビロコウさん。壊れましたよ?」 続いて、シェラザードが魔砲を狙って光を掌から放つ。光の範囲に含まれていた魔砲が消滅する。 「大砲も壊れましたね」 ミステラン二人が疑問に思うと、鳥頭も側頭部をぽりぽり掻き首を傾げ「そのようだ」という。 結論的に櫻霞は、千里眼で見える漠然とした確信の無い気配を、ハニーコムガトリングの『ついで』で撃っていたのである。 千里眼で移動方法を見ていた事で警戒を強めた結果だった。 「諦めない事もまた浪漫だ」 ハルファスが指を弾く。弾いた途端、半壊した筒が狙撃窓から飛び出した。 不完全な二つの筒が小夜へと向く。キイィィィィンと何かを回路が溜めているかの様な音が耳に入ってくる。 「ハシビロコウ!」 シビリズが真っすぐ行ってハルファスへ鉄扇を振り上げる。 「我は、そもそも汝に話を持ちかけるべきだったのかもしれん。だが――“さん”をつけよ」 ハシビロコウは上体を仰け反らせる様な姿勢で、シビリズを指さす。 敵の背後に大きな紋章が現れ、大量の武器が先端を覗かせた。 「汝を退けて、回復手を倒し、一旦転進。しかるのち兵を連れてくる」 「貴様の闘争が知ならば、私は暴力で押し通ってくれよう!」 一斉射撃が届く前に、ハルファスの脳天を打つ。全弾を浴びるも硝煙の中で不敵に嗤う。 「足りぬ。これでは足りんよ。さぁもっと寄越せ闘争を!! 武具と闘うなどそうは無いのだから――!」 敵は気を取られすぎた、と呟いてカツ、カツ、クチバシを鳴らす。ハルファスの上に、砲が浮かんでいる。 「目標はハシビロコウさん」 彩歌のルーラータイムである。死の宣告を、ぼかんとキメた。 程なく湯一味は斃る。召喚された武器も潰えた事は、戦いの行方が決していたと言っても過言ではなかった。 「回復役のお仕事は、皆さんが1人も倒れずに無事に戦闘を終わらせられること、安心して戦える事が努め」 小夜が言う。気を抜かず最後まで。 心の中で反芻するように放つ癒しの光が一種のトドメである。 回復と火力のバランスが圧倒的に前者に傾いたといえるその瞬間、リベリスタの勝利にて終わる。 ●腹は減る 最後に残っていた砲は夏栖斗の極葬細雪によって不発で終わる。 それでも危なかった。何故ならば牢獄へ一直線へ向かったのであるから。 「ふー、もし加勢されていたらちょっとキツかったかも」 ハルファスは仰向けである。シビリズにぶっ叩かれてクチバシも欠けている。 「私のセンサーに狂いは無かったです! 個人的にはスーツというところがポイント高いです。何が目的なんですかね。ご趣味は? 好きな食べ物は?」 あかりはオカルトハンターである。 「目的は闘争、趣味は闘争、好きな食べ物は浪漫と言えよう」 魔神の身体は何も残さずに消えていく。 「所詮は端末の様なものだったか」 櫻霞が呟く。ならばまた相まみえるかもしれない。まだキースがいるのであるから。 「ふむ」 シビリズが口を抑えながら、最後の言葉を考えている。 『そもそも汝に話を持ちかけるべきだったのかもしれん』、果たしてそれは言葉通りなのかを苦しむ。 悠里は、湯を知古の梁山泊の男に突き出してくる。命までは奪っていない――奪っていない事で安堵する一方で。 どうなるのか、を聞くのはやめにした。 小夜は悠里についていき、今回の襲撃で負った怪我人の治療に回った。 無尽蔵の練気の使い手であるから、特段苦でもない。 「狂人に比べて一歩手前位の論理……とはいえ」 彩歌は首をひねる。 腹が減るようなものと言われた以上、話で一切合切を止めることは不可能なのかどうかと。 「っと、終わりましたので、上海と言ったらカニでしょうカニ、仕事が終わったので食べてやりますよ!」 あかりは初めての海外。皆を誘い、上海蟹へと赴く。 闘争そのものを望み、その闘争で生じた人の血肉を代償とする者『ハルファス』は闘争せずにはいられない。 人は、何も動かなくてもも腹は減るものである。 シェラザードは公害で淀んだ上海の空を見て、バイデンという存在を頭に思い浮かべていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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