●眠れない父親 海開きしたばかりのある海岸で、3人の家族連れがキャンプしていた。 日付が間もなく変わる頃、父親と思しき男がテントを出る。疲れているのに寝付けない……運転中にコーヒーを飲み過ぎたようだ。シャツに汗が滲んでいる。ウォーターマットで涼しいのだが、湿気のせいで汗が出る。娘には受け継いでほしくない性質だ。 サンダルを履いて海へ歩く。 ズボンのキーホルダーに下げた車のカギをジャラジャラさせ、ポケットに手を突っ込む。 あるべきはずのモノ……タバコがない。そうだ、自分はいま、8度目の禁煙に挑戦中だった。 肩を落として歩を進める。沖合ではイカ釣り漁船の集魚灯が、お構いなしに輝いていた。雲間から刺す月光が、水平線への道を作る。内陸では見られない美しさに、段々と時間を忘れていった。 やがて日付が変わる。不意に若者の声が聞こえた。見ればバッグを下げたカップルが海へ走り寄っていった。バッグの中身は、花火をギッシリつめたビニール袋だ。ロケット花火を一列に並べて、海へ向けて一斉に射つ。ヒュー、と甲高い音がした。妻と娘が起きるのでは心配したが、二人はお構いなしに眠っている。娘はきっと、母親に似たのだな。父親はカップルを見守る。二人はいま、ドラゴン花火に着火した。七色に変化する火花の噴水は、蚊帳の外からでも美しい。まぶしくいのは、うらやましいからだろうか? 彼はそこで異変に気付く。 打ち寄せる波に紛れて、明滅する発光体を目撃したのだ。やや遅れて、若いカップルもそれを発見する。興味のまま走り寄ったのは、若さの故だろう。 男はテントへ戻ろうと踵を返す。すると、背後で激しい悲鳴があがった。 ●悪夢の使い 男が振り返ると一瞬、巨大な風車が回っているのかと思った。 事実、それは風車に見えなくもない。ただし冷静な者……例えばブリーフィングルームのリベリスタが観察したなら、それは風車ではなくイソギンチャクだった。 黄色い頭部を中心に、無数の光る触手が伸びている。その中で6本が特に長い。先端にツメが生えており、それは人間の掌を思わせた。メノウ質で透き通るように美しいツメなのだが、血と肉片で汚れていた。 怪物は鳴き声を上げる。 「イエエエェェェエエェェエエ……グヒャッヒャッ!」 醜怪な姿にそぐわない美しい声だ。上り調子の音程が機嫌の良さを伺わせる。殺しが快感なのだろう。 海中から立て続けに4匹が現れる。どれもこの世ならぬ異形の存在だ。 ラフレシアのように大きな頭部に対して、胴体は痩せた女性のように細い。ただし足は異様に太く、隆々たる筋肉が千年の大木のように盛り上がっていた。 切り刻まれたカップルを、巨大な足で踏み潰す。そのまま男へと歩み寄ってきた。 男は必死にテントへ走る。エリューション・ビーストは無情にも、頭部から泡立つ液体を吹き付けた。吹きかけられた男は肉が溶け、砂浜をのたうち回る。溶けた肉に砂が付着するたび、刃物のような苦痛を与えた。 泣き喚く声に妻と子供が目を覚ます。テントから出た彼女らは、美しい声で歌う異様な物体を目撃する。こちらへ這いずり寄る赤い物体が、父親だとは気づかない。助けを求めて伸ばす手を、妻と娘はむしろ嫌悪した。 そして、彼女らの頭上には既に、父親を溶かした液体が、すぐそこまで迫っていたのだった。 ●ブリーフィングルーム モニターでは陰惨な光景がなおも続く。 見かねた『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)が映像を静止させた。 「ご覧いただいた、フェーズ2のE・ビースト5体が、今回の標的です」 和泉は切り替えが早い。陰りのあった表情も、いつの間にかスマイルだ。 「襲われるのは若いカップルが1組と、3人の家族連れです。E・ビーストの出現位置はプリントを参照してください」 渡されたプリントに、地図と時刻、そして誤算の範囲が書いてあった。 「E・ビーストの攻撃手段は、頭部から噴出する毒液、回転する6本のツメ、そして超音波です。まず、毒液についてですが……映像で観たとおり、遠くまで噴出されます。実際には複数のターゲットへ噴出されるようです。受けると『麻痺』と『毒』のダメージを被り、威力もなかなかのものです。次いで6本のツメですが、こちらは強力な毒があり、高速で回転しています。間合いに入ったら、回避は困難でしょう」 他にも隠し玉がある。 「映像でE・ビーストは歌を歌っていましたが、命の危機に直面すると、唸るような怒りの歌を歌います。こちらは歌というより超音波攻撃というべきもので、指向性の貫通攻撃です。受けた対象は激しく燃え上がり、精神は混乱状態に陥るでしょう」 あとの問題は犠牲者の避難だ。 「映像の若いカップルと家族連れは、共に来るまで来ています。攻撃さえ受けなければ自力で逃げ出すことができるでしょう。しかし、注意していただきたいのですが、E・ビーストはカップルと家族連れを優先して攻撃します。彼らは自力で逃げることができますが、安全圏に達するまで90秒はかかります。……それでは、よろしくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:蔓巻 伸び太 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年08月03日(日)23:11 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●嵐の前の静けさ エリューションたちが襲来する少し前のこと。 海辺へ近づくカップルがいた。白シャツとジーンズを着用し、パンパンに膨れたバッグには花火をギッシリ詰め込んである。夜中のデートの浮き足立つ二人だが、目的地の海岸にふと、誰かがいることに気がつく。 大学生くらいの女性であり、大変な美人だ。 「こんばんは」 声を掛けたのは『物理では殴らない』セリカ・アレイン(BNE003170)だった。 「ちょっと電気クラゲの調査に来ました。大量発生してるって聞いて」 それを聞いたカップルは、なんのことか分からない様子だ。 「え、聞いてない? 危険ですよ、離れてたほうがいいですよ」 二人は明らかに、あからさまにセリカを怪しんでいる。しかし、すぐどこかへと去っていった。セリカの後ろから仲間のリベリスタたちが集まってきたためだ。『暗視』を使えるリベリスタには、先に停車してある車が見えたことだろう。距離にしておよそ100m。あそこまで行けば安全だ。 「さて、みなさん」 セリカが言った。 「もうすぐエリューションがやってきます。急ぎましょう」 セリカたちは海辺へと急ぐ。 一方、その頃海辺では、テントの傍に男性が佇んでいた。これから悲劇に見舞われる張本人の彼だが、それを知る由もない彼は、ありもしないタバコをさがして、ポケットに手を突っ込んでいた。 そんな彼に、人影が歩み寄る。着古したスーツを着用した刑事風の男『』柴崎 遥平(BNE005033)が言う。 「こんばんは。ちょっとよろしいですか?」 刑事風の男に話しかけれたためか、男性の対応は硬かった。世間話をして空気を和ませるが「すぐ避難するように」との指示には、なかなか同意しない。どうにか説き伏せたのだが、かなり手間取ってしまった。 警察手帳がなかったら、そもそも立ち去らせることすら困難だったことだろう。男は家族を起こしてテントを片付け始める。 だが事態はまだ好転していない。ブリーフィングルームで和泉から受けた説明では、退避に90秒はかかるという。 片付けが90秒で終わるとは思えない。となると、避難はまだ始まっていないことになる。 エリューションの到着を危惧していたとき、ついにその歌声が聞こえた。 「イエエエェェェエエェェエエ……グヒャッヒャッ!」 砂浜に5体のイソギンチャクが立っている。発光する触手が明滅し、付近を毒々しい色に染め上げた。 「な、なんだ、あれは!?」 「落ち着いて。急いで避難するんだ。さあ!」 テントから出てきた女の子が、異形の姿を目の当たりにする。恐怖して泣き叫び、母親もパニックを起こした。 そこへ『剛刃断魔』蜂須賀 臣(BNE005030)が駆けつける。 「死にたくなければ早く避難してください」 大声で言うのだが、男性はたじろぐばかりで動かない。 もう一刻の猶予もないだろう。臣はリベリスタの腕力にものを言わせ、父親と母親、次いで娘を後方へ放り投げる。 「うああああ!」 「きゃあああ!」 いささか傲慢の風がある臣であるが、もちろん一般人に危害は加えない。後方には最精鋭級のリベリスタたちが走り寄ってきている。実際、彼らは家族3人を難なくキャッチした。 「早く逃げてください!」 セリカが言った。 「……わ、わかった」 父親は呆けた顔で頷くと、妻と娘を連れて走り去る。これで退路は確保した。あとは、エリューションを撃破すればいい。 ●戦闘開始 ついに戦闘が始まった。 家族連れはついぞ気づくことはなかったが、海辺のエリューションにピストルを乱射するロボットのような女性『クオンタムデーモン』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の姿があった。 サイレンサー機能を持つ愛銃『マクスウェル』でもって、静かに、そして強烈に敵の肉を抉る。 (敵はフェーズ2が5体ですから、集中攻撃されると誰であれ危険です) 集中攻撃されれば、誰であれ危険だ。 戦闘がどう運ぶにしても、とりあえずリスクを分散しておきたい。 フルフェイスのメットを被った黒づくめの男『』緒形 腥(BNE004852)が敵陣の真っ只中へ突撃する。 どういうわけか、やたらテンションが高い。 「突撃するぞ~う!」 砂場を軽やかに駆け抜けて、エリューションの胴体を蹴りつける。超スピードのキックが見事クリーンヒットした。 テンションが高いのは、ある計算を立てていたからだ。 生ゴミ処理する。 世界のためになる。 おっさん血を見る。 おっさん満足。 いいことづくめ! 「よし、早速生ゴミ処理しよう!」 血に飢えたおっさんが、海に放たれた。 「ゥオオオォォオオォォオオ!」 男とも女ともつかぬ声で、エリューションが歌う。 突撃した腥は3匹の敵に囲まれた。 「エアアァァアア」 「是非とも盛大に殺ろうじゃないかね!」 叩きつけられるツメの物理攻撃を、腥はこともなげに受けていた。 血の一滴、肉の一片すら飛び散らない。 せいぜいたまに火花が散るだけだ。 エリューションの歌声がくぐもる。大方、機嫌を損ねたのだろう。 残り2匹のエリューションは、後方へその毒液を噴射する。 狙われたのは、『』セレスティア・ナウシズ(BNE004651)と『』雪白 桐(BNE000185)だった。 「さーて、コーポA.S.A.T.のお披露目よ。派手にいきましょ!」 戦意が高揚したセレスティアに対して、桐は真っ赤な顔だ。 (なぜにこんな水着を作成して送ってくるまで私にこんな格好をさせる事に情熱を注ぐのか) どうやら、怒りでなく恥ずかしさで赤くなっているようだ。 (意味がわかりません!) 胸のふくらみを見て欲しい。すごくでっかい。だが男だ。 股間のふk(自主規制)。だが男だ。 折角送ってくれたから装備はする。しかし、なぜにこんなモノなのか。 「涼む為にも全力で倒しますかね」 毒液が露出した肌に引っかかり、焼け付くような痛みが走る。 いまは水着どころではない。すぐに撃退しよう。 ●星のふるうみ セレスティアから緑色の美しいオーラが放たれる。 火花を散らす前衛の仲間に、癒しの力を送り届けた。 ミステランの術で攻撃することも考えたが、さすがにそれはままならない。 こちらが優勢でいられるのは、前衛で命を削る仲間がいるからこそなのだ。 攻撃の応酬が繰り広げられる最中、2人の美女が目を合わせる。 『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)がセリカに合図した。 「いくわよ、セリカ」 「はい、お姉さま」 魔導の超絶技巧を駆使することで、詠唱時間を不要にする。 直後に天から敵を撃つ、星の鉄槌が降り注いだ。 直撃を受けたエリューションらは肉が砕け、体がバラバラに飛び散った。 致命傷を与えたかのように思えたが、敵はまだ立っている。 するとこれまでとは違う、怒号のような声音が轟渡った。 「グヒャァ――アアア――アア!」 人間の耳には聞こえない高音域が混じっている。 これは……。 「怒りの歌よ! みんな、散開して!」 セレアが言った。 リベリスタたちは散開して貫通攻撃に備える。 これで複数の仲間が巻き添えになることはなくなった。 「逃げて、二人とも!」 セレスティアが言った。 『エネミースキャン』をかけたところ、敵のターゲットは、セレア、セリカに集中していた。 2人が一気に高威力の攻撃をかけたことにより、敵が一斉に重傷を負ってしまった。 海岸であるため、回避行動も取りづらい。 5体から一斉放火を受けたら、危険だ。 「僕はこっちだ! 出来損ない!」 臣が重刀で敵1体に斬りかかるが、間に合わなかった。 ついに指向性の超音波攻撃が放たれる。 星の嵐を呼び寄せたセレア、セリカに集中砲火が浴びせられた。 凄まじい超音波の嵐が吹きあ荒ぶ。 回避は困難を極め、セレア、セリカはそれぞれ3発の超音波攻撃を受けた。 一瞬悲鳴が聞こえたが、加熱した砂浜で爆発が起こり、声をかき消される。 砂塵の中でよろめく2人の姿があった。 フェイトを燃やしたことで、かろうじて意識を保ったらしい。 セレスティアが『グリーン・ノア』を吹きかけると、傷は概ね回復した。 よくもやってくれたわね、と言わんばかりに詠唱を始める。 ところがそれより早く、仲間たちが総攻撃を開始した。 「ひゃっほォ~ッ!」 テンションがMAXになっている腥が、愛銃のナックルガードで敵に呪いを刻む。 夜の海に血が飛び散り、臓物がモロに見えた。 さしものエリューションも歌どころではなく、苦痛のあまり悲鳴をあげる。 腥は容赦なく、残虐ショーを開始した。 「わくわく中身拝見の時間ですよー! 血とハラワタを盛大にブチ撒けて逝くが良い!」 桐がマンボウのような巨大剣、その名も『マンボウ君』を振りかざす。 「吹っ飛んじゃえ!」 あらん限りの闘気を込めた一撃は、敵エリューションを細切れに引き裂いた。 (そういえば一部地域ではイソギンチャクは珍味らしいですね) いきなりそんな事を思う。 あれの頭部が食材に見えなくも……いや、流石に食べる気はしない。 臣の重刀が振り上げられ、次の瞬間、まさに瞬間、振り下ろす。 「チェストォォォオオオオ!」 威力の破壊的な大きさのあまり、規格外のドラゴン花火めいた水柱が立ち上る。 『暗視』が使えるリベリスタなら、水柱がエリューションの肉片にまみれていたことに気づいただろう。 「どれ、俺の出番かな」 遥平が言った。 海水浴シーズンにえリューションとは、まったく迷惑なことだ。 さっさと片付けて一服しよう。 「っつってもまあ、これだけ盛大に隕石が落ちてちゃ、俺の出番は無いようなもんだけどな」 ターゲットに選んだ、ほとんど肉の塊のような敵を見定める。 ブリーフィングルームで見た映像、血まみれになった男性と、似ていなくもない。 因果応報というやつだろうか。 敵の背後に巨大な鎌が出現する。 呪いの文様が刻まれた、魔力の大鎌が振り下ろされ、醜い身体を分断する。 崩れ落ちる寸前、内蔵と思しき物体が、海へボトボトこぼれ落ちた。 あばたは正確に、最後の1匹に銃口を向ける。 プシュ、と、炭酸ジュースの開口よりなお小さな音を伴って銃弾が放たれた。 急所を貫かれたエリューションは、頭から海に倒れる。 再び、夜の静寂が戻ってきた。 ●平和な海辺で 戦いが終わった海辺に、静かな時間が訪れる。 沖合のイカ釣り漁船も、雲間から照らす月光も、何もかも平和だ。 平和なのだが、桐の心は違った。 (確かに私が終わってから泳ぎますか? とは振りました……猛暑が続く日々、夜闇の中、しかも一般人は先の戦闘で避難済みの無人となりますから……海で涼むには格好の機会と思って言ったわけですが……) はいスマイル! あし上げて! そう、いい感じよ! セレアが桐に指示を出す。 何をしているのかというと、桐の写真撮影だ。 桐が恥ずかしがっている水着は、セレアが「この日のために」わざわざ作った代物なのである。 胸のふくらみも、股k(自主規制)もバッチリなスペシャル水着を、フェイトを燃やしてまで作った情熱は、もうとどまるところを知らない。 「雪白さ~ん!」 「わ!?」 セリカがいきなり抱きついた。 当たるべきものがムギュムギュあたり、セリカよりむしろ、雪白が恥ずかしがっている。 「セ、セリカさん、な、なにを」 「お姉様、これがショタの男の娘というものですね! 『ショタ少年を弄ぶことに何の問題があろうか』ってお姉様が言ってました」 クラクラする雪白に、別の温かいものが触れる。それはセレスティアだった。 「セ、セレスティアさん。た、たすけ……」 「スー……ハー……スー……ハー」 助ける気、ゼロ。 むしろ加勢に加わっている。 キャーんッ! ステキ! ……セレアはデジタルカメラのフラッシュをたきまくる。スマホまで用意して2刀流だ。 あまりにも盛り上がったものだから、なかなか泳ぎが始まらない。 実際、海は毒液で汚染されまくっているから、しばらく泳がない方が良さそうだ。 「あ、そ、そこはだ……きゃあぁぁ!」 嬌声をあげる桐をよそに、腥はせっせと後片付けをしている。 切り刻んだ物体を処分することも、彼の流儀なのだろう。 やがて、あばたも片付けに加わる。 騒ぎ続ける桐、セレア、セリカ、そしてセレスティアたちを、遥平は遠巻きに見守っていた。 「若い連中は元気なことで」 海を見つめてタバコを吹かす。 遠い眼差しは、まるで彼の若い頃……ナイトメア・ダウンが起きる以前を見つめているようだった。 やがてタバコも吸い終わる。 火を消すと、後片付けに加わった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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