●凪の終わり ある男がいた。 彼には兄が二人。三人兄弟の末の子として産まれたが、彼と兄達には決定的な違いがあった。彼と兄二人は母が違う。正妻の子として産まれた兄二人に対し、末の子である彼は妾腹の生まれだった。 流れる血は半分は『蛇』のものだ。呪われた血統だと長兄は嘲笑うだろう。革醒者として力を手に入れたのは三兄弟皆同じだった。同じであっても末の子だけは少し違う。やはり、末の子だけが魔術師としての道を歩む事になった。 『魔術師』であったことは幸いしたのだろう。末の子は魔術の知識を得ることに酷く傾倒したからだ。 海外の魔術組織『ハーオス』を招致した事、神秘知識に造詣の深い科学者の恋人を作った事。 それだけでも末の子は――男は十分充実した人生を送って居た事だろう。 それでも、彼は幼い頃に一つ、己の存在を揺るがす壁に直面していた。 男は、妾腹の子だった。男は、正しい血統に産まれついては居なかったのだ。 男は幼い頃に己の血が忌まわしい事を思い知る。己が酷く醜く思えたのもその時だった。 異端であった男は幼い頃に分家へと養子に出される。 その瞬間に末の子は王座に就く事を諦めざるを得なかっただろう。 末の子にとって――男にとってその王座は『ちっぽけな王国』だった。 生を受けた瞬間から彼にはその王座に就く事が認められず、子供の様な夢は粉々に崩れ去った。 ある女がいた。 天才的頭脳を持ち、己の夢の為に只前を向いていた子供の様な女。 男は彼女と自分が似ているのではないかと思った。子供の様な夢を抱いている愛らしい女と自分が、だ。 それは酷い思い違いだったのだろう。女は高みを望む事は無かった。彼女にとっての『セカイ』は自分そのものだったのだから当たり前だ。他の事には興味はなく、唯、己の目的だけの為に腐心した。 彼女――六道紫杏は男にとっての枷だったのだろう。 「下らない」 静まり返った部屋で男が呟いた言葉に、部屋の隅に座って居た継澤イナミは「ええ」と小さく返す。 雨音だけが響く寂しい空間だった。くすんだ空の色は太陽の光を寄越しやしない。備え付けられた灯りは寿命が近いのか幾度も点滅して見せた。 「枷(こいびと)は俺に似ていたのかもしれない。いや、全く逆だったのかもしれない。 紫杏は六道羅刹の妹で、天才的な頭脳を持った研究者だ。俺にとってはとても良い道具だった――と同時に、酷く愛着を持ってしまった。似ていたからか、己を重ねてしまったからだろうか」 「……解りかねます」 「そうだろうね。俺の感傷だよ、イナミ。 何もかも俺の手には残らないんだなあと。ロマンチストみたいだろう。部下も、恋人も大切だったよ。勿論、イナミ、君だって大事だ。だけれど、大事にして――どうなる? 生まれ乍らにして俺は『籠』の外へと放たれた。あの『国』には俺の居場所は無かったんだろう。 酷く憧れた。欲しかったんだ。幼い頃からあの椅子が。ああ、いや、それよりももっともっと大きな世界が。俺はきっと――……やめておこうか」 続く言葉をイナミは知って居る気がした。知らない振りをしたのだろう。 知らない振りをするには知り過ぎていた。彼は様々なモノを利用してきたのだから。六道紫杏を、復讐のために闘う『軍死』を、夢を持った男に憧れた都鳥兄妹を、男に惚れたと剣を握り命をかけた『緋一文』、手を借りた傭兵、同情を元に動いた『巡輪太鼓』……そして『アーク』のリベリスタ。関わる度に男は大きく揺らいでいた。その揺らぎを感じとるにはイナミという女の位置はあまりにも近すぎた。 「何か、変わられたのですか」 幼い子供が将来の夢は世界征服だ、と告げるそんな姿から何も変わりない様で。 この男はどうしても世界の全てを手に入れたくて仕方が無い。そうすることで何が変わるのか継澤イナミには解らないが、年若い天才はもう止まれない。動き始めた歯車を止める事が出来ないと、彼は『様々な事件』を起こし続けたが、イナミには彼がどうしたいのかを『言う』事ができなかった。 「……これから、何か変わるのですか?」 「どうだろうね。思えば随分遠回りをしていたようだ、俺は。 この世界は異物に厳しい。エリューションやアザーバイドを淘汰する様にね。珈琲に零したミルクが侵食する事を嫌う。溶けきらない砂糖だって異物だと跳ねのけるだろう。俺も同じく淘汰される側だったんだ」 独白の様に、男は告げて立ち上がる。変わりない目標がそこにはあった。 それには『邪魔』があることをイナミも男も知って居たのだから。 どちらへ、と囁くイナミに男は振り返り咽喉を鳴らして笑った。 「君達にしてもらいたいことがあってね。イナミ、少し遊びに行っておいで。 そういえば、兄さんがペットを拾ったらしい。火の鳥なんて素敵だとは思わないかい?」 ●アーク 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)は何処か困った顔をしてリベリスタを見詰めている。 「日本の神秘バランスは均衡を大きく崩しているわ。……最近の例で言えば四国での動乱が問題かしら。裏野部が賊軍となって起きた事件で主流七派は六派に。 勿論、六派が爆弾を抱えてない訳がないわよね? 六道は何時も通り……だけど、アーティファクトの量産はかなり問題になるわ。 それから剣林は力に腐心するでしょう? 有力なリベリスタ狩りや辻切りが増加してるみたい」 つらつらとフィクサードの内部事情をやけに『詳しく』語る世恋は微妙な表情を浮かべている。 信じていいものか、嘘を話しているのかの判別がつかないと言った風な様子だ。 「恐山は『何処の金持ち』に色を出しながら、アーク側にも擦り寄ってる。甘い蜜でも啜るのかって感じね。 三尋木は……ええと上海? ん? 北京だったかしら? 兎に角、海外にマーケットを移行させる傾向がみられる――とのことで……あとは、逆凪……逆凪、ね……」 困った雰囲気を孕む世恋にリベリスタ達は首を傾げる事しかできない。 未来視を能力として持つフォーチュナにしては「らしい」や「みられる」、「みたい」といったやけに不明瞭な言葉の羅列を伝えているではないか。 「信じるも信じないもアレなんだけど、嘘は無いとは思う……」 「信じられないとしたら、どうして?」 「これはフィクサードから齎された情報よ。彼らは逆凪が狙っているアーティファクトについての詳細の資料を送付してきた。そこに存在するアザーバイドについても詳しく書かれてるの」 思想の違う相手である筈のフィクサードがリベリスタに情報を提供する。 それこそ恐山のフィクサードなら納得いくが世恋の様子からはそうではない事が伺える。 「信じるか信じないかは皆に任せるわ。一応予見の結果も含めて資料は作っているけれど……どう、動くかしら」 彼ら、と続く言葉を振り切るように世恋はリベリスタへと資料を手渡す。 「誰が」とリベリスタは世恋に問うた。信じられるか、そうでないか。その差が生まれるのはどの様な相手なのか。 ましてや、逆凪の情報を濁すのだ。『そちら』に関係する相手であることには違いない。 「逆凪は内部でイザコザが発生してるみたいなの。だからこそ情報を何処まで信じていいか……。 逆凪は内部に様々な派閥が存在するわ。最大手と言う位だから規模が大きいしね。 その中に『直刃』という派閥が存在するの。その直刃と逆凪の間が険悪になりつつある。……例えば、逆凪の仕事を直刃が介入し邪魔をするだとか、逆凪が考えても居ない事件――暴虐を尽くす事や盗みもそうだし、アーティファクトの実験も含まれるわね――を直刃が起こす。 つまり『逆凪の不利益』になることを『直刃』が進んでやっているようだわ」 情報を出してきたのはその『直刃』。この情報提供も逆凪の考えではないのだろう。 世恋は「どこまで信じるかは任せる」と念を押す様に告げ、資料をリベリスタへと手渡した。 ――アザーバイド『聖鵠』が首から下げるアーティファクトの回収要請が逆凪内であった模様。 アザーバイド自体は逆凪が捕獲して居た個体の様だが、現在『何らか』の切欠でアザーバイドが逃走。 アーティファクトは大きな力を所有して居る事が判明しており、一般人にも影響がでる可能性がある。 また、逆凪はそのアザーバイドを使用した商談を行う予定らしい―― |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月23日(水)22:47 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● ネオン煌めく繁華街と静まり返っていた空き地の違いとは何だろうか。夢と現実、そんな単純な言葉で言い表そうとしても『異形』が存在する今ではどちらが現実かは分からない。 遠目からでもその姿は異色過ぎて眼を引くものだ。何かのドラマや映画の撮影を思わせる非日常。神秘と言う本来は『有り得ない』ものがそこには――一般人の前にはあったのだから。 「どちらも現実ですが、此方の方が悪夢でしょうか」 『戦奏者』ミリィ・トムソン(BNE003772)の言葉は的を射ている。彼女の視線の先には宙に浮かびその翼を惜しげもなく衆目に晒して居る焔の鳥が存在していた。 「火の鳥、確かに素敵ではありますが……暴れられては、」 「でも、動物苛めって事だよね? ……許せないよ」 目を伏せたミリィの言葉に『ツルギノウタヒメ』水守 せおり(BNE004984)は唇を噛み締める。 せおりにとってはアザーバイドであろうとも火の鳥も動物だ。愛らしい動物を『苛める』のは看過出来ないと唇を噛み締めるせおりの瞳は真っ直ぐに火の鳥――聖鵠に向けられている。 『聖鵠』と呼ばれる焔の鳥はアザーバイドだ。世界を縦に分断した時にせおり達がいる世界は最下層に他ならない。最下層は上位の世界から侵食されていく恐怖を抱え続けているのだ。焔の鳥が何を想い、如何してこの世界に存在しているのかはせおり達には分からない。 だが、全てが分からない訳ではない。ブリーフィングでフォーチュナが口にした言葉が『囀ることり』喜多川・旭(BNE004015)の心の中には歪な言葉となって渦巻いていた。 「逆凪さんの『商品』……だよね」 フリルに覆われたスカートを揺らし、ゆっくりと顔を上げる。火の鳥は浮かびあがり、首を大きく振りながら全方位へと火の粉を振り撒いている。 攻撃を行っているのは『逆凪』。この生物の所有者も『逆凪』。そして、この生物がこの空地へと来るきっかけとなったのは――? 「『商品』に悪さしたのが……直刃さんだとしたら……」 不安を滲ませたまま、旭は魔力鉄甲に包まれた掌へと力を込める。小さく震えた指先が解けてしまわぬ様にと込めた力に掌に爪先が俄かに食い込んだ。 直刃――日本主流七派、否、瓦解した今では六派となったフィクサードの大手派閥。そのうちでも最大手と呼ばれる逆凪には多数の派閥が存在していた。ビジネスを行い、巨大な企業として経済界へも侵食するフィクサードグループ。直刃は社内の派閥のように存在するフィクサードグループの一つではあるのだが、その創設主が原因だ。 「まァ、良くやるもんさな『若大将』も」 くつくつと咽喉を鳴らし安物煙草を咥えた『足らずの』晦 烏(BNE002858)が興味深そうに呟いた。 創設主をリベリスタ達は良く知っている。逆凪首領の腹違いの弟、幾度もアークと接触をかけてきたマグメイガスの青年の事を。烏が『若大将』と呼んだ彼が関わるとなればそこには大きな波紋がある様にも感じられる。幾度も野望を語り、その『夢物語』に付き合わされていたアークならば尚更だ。 煙草の灰が落ちるのを見つめながら肩を竦めた『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)は現場へ向けて一般人の間をすり抜けて歩んでいく。しかし、彼女も何処か考え込む様な仕草を見せていた。 (『どこまで信じられるか』ですか……興味深くはありますが……) アークのリベリスタがこの場に訪れる事になった予兆は万華鏡が拾った情報だからではない。『直刃』がアークへと送ってきたという情報があった。それは彼らの良い方向に改ざんされている可能性もあれば、真実である可能性もある。全くの嘘でないという証明でなければ、真実ではないと跳ね退ける事が出来ない程。まるでアークが『正義の味方(リベリスタ)』として一般人を護りこの世界を護る為に必ず戦場に出てくる事を予期したかのような情報の提示は成程、何処までが真実かを迷わざるを得ない。 しかも、直刃はメッセージを送りつけて来ていたのだ。 ――借りを返すよ。 その言葉を如何に信じられると言うのか。「若大将も良くやる」と肩を竦める烏にリセリアは「彼らしい」と皮肉交じりに応える事しか出来ない。 果たして、その借りが「世界を護る為の情報」の提示であるのか、それとも―― 「おじさんは少しばかり興味深くてな。事が大きくなればなるほど逃げ道を失くしていく。 前しか見ないのも愚策だが、後ろしか見ないってのも大将には似合わない。さて、どれ位変わったのか」 「変わりないのが1つあるッスよ?」 地面を深く踏みしめる。その爪先に力を込めて、『小さな侵食者』リル・リトル・リトル(BNE001146)は踊り子の意匠に身を包んだまま空き地の入口へと足を踏み入れる。小柄なダンサーは周囲に強結界を広めて烏を振り返った。 「本当に、直刃が関わる度に厄介事のタネが増えて行く」 違いない、と煙草の火を消した烏の目が火の鳥へと向けられる。その声に、その姿に、乱入者の存在に逆凪のフィクサードは攻撃の手を休め、ゆっくりと振り仰ぐ。 胸にアーティファクトを当て嵌められたアザーバイドは苦しみもがく様に地へと焔を吐き出して唸っているが逃げ出す様子は見られない。逆凪のフィクサードは『招かれざる客』を目にして些か対応を捻っている最中なのだろうか。 可哀想、と囁くせおりの前をゆっくりと進みながら『狂乱姫』紅涙・真珠郎(BNE004921)は鼻を鳴らして見せる。まるで、何らかの臭いを感じとるかのような真珠郎の姿はまさしく獲物を狩る狩人その物だ。見慣れぬ女であれど、彼女が卓越した技量を持っている事を逆凪のフィクサード達も気付くのだろう。「生憎馬鹿では無い」とでも言うかのように、じりじりと距離を詰めるリベリスタに対し、フィクサードは一歩も動かない。 緊迫感が広まる中でも、これを好機だと感じたのはリベリスタ側だ。一度収まった攻撃を目にし、背を向けた『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は仲間達と擦れ違い空き地の外へと足を向けて行く。周囲には一般人の姿が多数ある。それは野次馬と言ったものだろうが、命の危険に関わるこの現場に一般人は存在する事を好ましくない。リルの強結界で幾分かは排除できたと言っても繁華街と裏表、現実と空想のハザマに位置するこの場所の目に見えぬ範囲に誰が居るかは分からないのだ。 「こんな場所で騒がしい事ね……?」 意地悪く唇を歪めて笑った『運命狂』宵咲 氷璃(BNE002401)の頭を飾ったボンネットが生温い風に揺らされる。フリルと共に靡いた髪を気にする事はなく大きな翼を揺らした侭、氷璃は逆凪と直刃のフィクサードのかんばせをじっと見つめた。 「『アーク』が何の用事でこの場所に来たの? 仕事の邪魔をしようっての?」 明るい銀髪を結い上げた女、逆凪フィクサードの蔓山ミツキの緊張を滲ませた声にミリィは鮮やかな金の瞳を向けてタクトを下ろしたまま仰々しく一礼を見せる。まるでこれから演奏を始めると言った様ないでだちの少女に逆凪フィクサードは警戒を抱くが、直刃のフィクサードは素知らぬ顔をしている。 いや、逆凪の中でも一人だけ『何食わぬ顔』をしている女がいるではないか。さも興味もなさそうに視線を配った『閃刃斬魔』蜂須賀 朔(BNE004313)にひらひらと手を振った女は夜だと言うのに日傘を差しその場に優雅に佇んでいる。 「君は随分と余裕だな」 「乙女は何時だって余裕を持っておかねばなりませんわ。そうでなくては『楽しくない』でしょう?」 くすくすと小さく笑みを漏らす『逆凪』の女の声を遮って、ミリィは堂々と声を張る。幼い少女であれど、厳しい戦場を越えてきた彼女は成程、自信を滲ませた表情で逆凪フィクサード達の顔を一つ、一つ見つめている。 「ご機嫌よう、フィクサード。先ずはこの場への招待に感謝を……と、言うべき何でしょうか?」 「招待? 何の事? 大方、お得意の『万華鏡』で掴んだんでしょ……」 噛みつく勢いで告げるミツキにミリィは頭をゆっくりと振る。その視線の先――直刃を見透かす様な眼をして。 ● 翼を揺らした聖鵠に胸を痛めるせおりの掌に力が込められていく。唇を噛み締めた彼女の隣からゆっくりと歩を進めたリセリアは深い紫苑の瞳をゆっくりとフィクサード陣へと向けて行く。逆凪のフィクサードの訝しげな視線を越えて、彼女の目が向いた先には直刃のフィクサード。しかも、『見知った顔』がそこにはある。 「――何時になく楽しそうですね、『依浪』さん。御壮健そうで何より」 「こちらこそ、『蒼銀』。君の活躍の噂は、よく聞いている」 お久しぶりです、と頭を下げるリセリアは直刃のフィクサード、継澤イナミの動向を見守る様に彼女の様子を見詰めている。当のイナミと言えば彼女の通り名を楽しげに呼び、上機嫌の様子でリベリスタを見守っているではないか。 「何よ、知り合いなの? 継澤。招待ってまさか――」 睨みつけるミツキも馬鹿では無いのだろう。既知の相手であるリベリスタ達に違和を感じ、直ぐ様に直刃側へと歩み寄って行く。彼女の背に生えていた小さな翼は今にも消滅しかかっている様にも見えた。 焦った様子のミツキにイナミは微動だにせず彼女の鋭い眼光を受け流して居る。そんな様子に嬉しげに唇を歪めたのは朔。まるで、最初から『イナミしか興味が無い』かの様な素振りを見せる彼女にミツキの存在は眼中にはないのだろう。 「あら、万華鏡というものがあるでしょう? それに、そうね……素敵な鳥じゃない? 火の鳥は不死鳥(フェニックス)とも言うわ。その涙は、癒しを齎し、血を口にすると不老不死を授かると言われている。『ソレ』がそうとは思わないけれど――随分な苦しみようだわ」 大きく広げた日傘。煌めく夜空を疑似的に作り出す箱庭を騙る檻の中、手元を飾った蝶々を侍らせながら氷璃はルージュに彩られた唇を歪める。 ぐっ、と言葉を飲みこんだミツキはイナミから離れ、背後で焔を纏った聖鵠へとゆっくりと近づいた。憔悴した様子の聖鵠へと回復の指示を送ったミツキは何かを勘付いたのだろう。 目の前に居るのは『アーク』のリベリスタだ。あの『万華鏡』を所有するアーク。『万華鏡』が察知したとすれば、フェイトの存在しないアザーバイドを殺す事を目的にしているに他ならない。世界の護り手(リベリスタ)がこの場に居るならば異常(アザーバイド)を排除する目的に他ならない、ならば―― 「『殺し』に来たってのね?」 「『生かし』てあげたいけどね」 女の声に被さる様に低くそう言ったせおりの瞳には普段から考えられない様な怒りが込められている。 聖鵠を護らねばならないのは逆凪の任務。彼女の反応にミツキは「この子を護りたいならウチに来たらどう?」と嘯いて見せた。 しかし、そうして対話しているだけで話しが済む訳ではない。大きく翼を開いた聖鵠がもがき苦しむ様に周辺へと火の粉を吐きだす。酷く臆病な生物は『不穏な気配』を感じとったのだろう、リベリスタ、フィクサードのそのどちらにも関係なく範囲攻撃を吐き出していく。 「『邪魔者』は自己主張も得意なようだな? 君の主へ質問だ。単刀直入に聞くぞ。目的はなんだ?」 「……『さあ?』」 意地悪く笑みを漏らしたイナミが一歩引く、彼女の前を風の様な速さで過ぎ去った朔の手が武御雷に添えられた。内部に仕込まれた電磁コイルが酷く音を立てて行く。添えた指先に力が込められ、地面を踏みしめた朔が電撃の様な速度で体を捻った。 ギイン、と酷く擦れた音に視線を奪われると同時、ミツキへと定めた標的を行かせはしないと逆凪のフィクサードが受けとめる。それもソードミラージュだろうか。しかし、速度は朔より随分と劣っている。 「『借り』とやらを返した心算かえ?」 速度と言えば、此方も負けては劣らない。真珠郎は無名の太刀を指先でくるりと回し、地面を器用に走る。踏みしめた足元の土がめりこみ、ミツキへと狙いを定めた真珠郎を受けとめたのは彼女の庇い手として存在していた逆凪のフィクサード。黒き瘴気を吐きだす真珠郎に逆凪側のフィクサードは指揮官の女と聖鵠を護るために布陣したのだろう。 「『借り』を返すにしてものぅ。此方が好きにやった事に対して、杜撰な返し方をされてものぅ……」 「『返す』途中なんだよ。まだ、姐さんも見てな? うちの『王子様』がドカンと花火を打ち上げてやるから!」 彼女の隣を過ぎ去った一陣の風。速度で言えば誰よりも速度に狂った竜潜拓馬がまるで子供の様にはしゃいでみせる。 彼らに攻撃を当てぬ様に気を配り、逆凪のフィクサードへ向けて焼き払う光りを放ったミリィは大きくタクトを振り上げる。 「暴れん坊にはお仕置きをしましょうか?」 直刃側とて、この状況を『よく見ている』。リベリスタが聖鵠を――逆凪を潰し、自分達に攻撃を仕掛けない事は直刃側として好都合だ。 「今回が分水嶺になるのかねぇ」 良くも悪くも、誰にとってのことかを判らずとも烏は楽しげに笑っている。二五式・真改で弾丸を打ち出しながら、彼は直刃のフィクサードを標的に据えずに戦闘を始める。 「継澤君、君も毎度毎度のことで気苦労が絶えなさそうで御愁傷さまだ」 肩を竦めたイナミは「貴方こそ」と皮肉めいて告げた。『若大将』の思考回路を読み解かんとする烏との対話にイナミも思う所はあったのだろう。逆凪へと攻撃を撃ち込み続ける手は止まらないが、同時に会話も留まるところを知らない。 つまり、逆凪側へと直刃は協力する意志が無いのだろう。 (逆凪を離脱するって事……? もっと大きな花火を打ち上げるって思ってたんだけど) そう、この状況はある意味で夏栖斗が危惧したことなのだから。 お粗末な舞台設計。自作自演めいた台本をわざわざアークに送り付けた事だって逆凪と直刃の決定的な決別を感じさせずにはいられない。 布陣から離れ、火の鳥と神秘を使う一般人達へと視線を奪われ、怯えていた一般人へと夏栖斗は優しげな空気を纏いながら走り寄っていく。 彼が気を配るのは聖鵠が使う技だろうか。聖鵠は胸にアーティファクトを植えつけられている。その痛みに我を忘れ全方位に攻撃を打ち出しているのであれば、 「っと――危ないなぁ」 玄武岩で火の粉を受けとめて、あんぐりと口を開いたままの一般人へと笑いかけた。 悪い夢を見ていただけだと、彼はそれを植え付ける力を持たない。空想だと告げる事しか出来ないけれど。 人死にを誰よりも嫌った正義の味方。褐色の肌へと振り翳された火の粉が彼の肌に火傷の後を作っても、夏栖斗は優しげに只、笑っていた。 「だいじょぶ、今見た事は忘れて、此処から走って逃げよう。あの道が見える? あそこをずっとまっすぐ――そう、あの角を曲がるんだ。曲れば、いつも通りの日常に戻るから」 ぽん、と叩いた肩。やけに萎縮してしまった一般人はしきりに頷く事しかできない。 金色の瞳に灯された色は普段よりも幾分か優しげに見える。茫と見つめた一般人は「夢?」と囁いた。 「悪い夢だよ。きっと、皆そろって夢を見ちゃったんだ」 『夢』ならば、こうして誰かを助けた事もなかった記憶にされてしまうのかもしれない。 ぐ、と握りこんだトンファー。周辺を気にする仕草を見せた夏栖斗の背後で、座り込んだ少年は小さく頷いた。 「う、うん……」 「男の子だろ? しっかり!」 逃げて、とかけた声に少年は頷き、座り込んでいた女の手を取る。懸命に走る背中へと視線を配りながら彼は周囲の一般人の許へと走り寄っていく。 (この状況をどうみる……? あいつらが僕等を信じるにしてもお粗末でリスクが高すぎる。 聖四郎は何考えてる? 僕達をどう『利用』したい? ――どう転んでも不利益にはならないんだろうけど) 思惑を読みとれないのは運命狂とて不愉快でならない。大きく広げた翼を揺らし氷璃は薄氷色の瞳を細めて見せる。 「まさか――一方的な選択を突きつけて、借りを返してる心算?」 彼女の言葉にイナミは唇を歪めて見せる。逆凪潰しを手伝うか、黙認するか、その差は大きいが『直刃』に利用されている以外、受け取り様が無い。フィクサードグループでも恐山や三尋木と違ってヤクザでも頭の良い派閥でもなく、唯、巨大な組織である逆凪には様々な人種が存在する事は知っている。逆凪の『凪聖四郎』は利己的であり、時に愚直な青年であったと氷璃は把握していたが。 (これが借りを返して居るつもりなのだとしたら――聖四郎、あなたは) 氷璃の胸中を感じとってか、セインディールを煌めかせたリセリアが地面を蹴る。空き地の砂が舞い上がるが彼女の握りしめる剣の蒼銀の煌めきは変わりない。 まずは人数。記された情報と合致。 そしてエネミー。記された情報と合致。 アザーバイドとアーティファクトの情報。ある程度は合致。 (『聖鵠』のことは直刃の仕込みであろうという確信はある――ならば) リセリアの切っ先を受けとめたのはカンパネッラ。ナイトクリークの女は日傘を器用にくるりと掌で回しまるでそれこそが剣であるかのようにリセリアの刃を受けとめている。 「剣士……? 遊んで下さるかしら?」 「それは『遊び』ですか? それとも、『邪魔』というのですか?」 怜悧な色を灯した瞳を向けるリセリアへカンパネッラは「どうかしら」と囁いて見せる。 幼さを見せるかんばせが、永きを過ごした女であることを忘れさせる。周囲を巻き込む様なステップを踏みながら「ごめんあそばせ!」と楽しげに笑う女の攻撃を受けとめ、リセリアが振り仰ぐ。 「最近は随分と趣向が変わったのですね?」 その視線と声の先は継澤イナミ――いや、凪聖四郎だろうか。 アーティファクトを介して凪聖四郎と連絡が取れるその技術、聖四郎の恋人であった六道紫杏が属する六道派が作成したアーティファクトであろう。アークのアクセスファンタズムよりかは幾分か精度は劣るのだろうが、この状況下で聖四郎とのコンタクトを捕る事が出来るのは情報蒐集をするアーク側としても有効に働いている。 「趣向……?」 問い返すイナミの声に乗る余裕は聖四郎の言葉を彼女がスピーカーとなって聞かせているからだろうか。 アークを相手にすることから、逆凪を相手にする事へ。その違いは随分と大きい。 リセリアは聖四郎ではない、それよりも聖四郎の傍に使えた女へ聞きたい言葉があった。 逆凪のフィクサードが刃を振るう。体を逸らし、受けとめて、リセリアの代わりに前線へと跳び出したのはLoDを鳴らしたリル。 器用に地面を踏みしめて、火の鳥の焔に触れて、赤く染まった体毛を気にするそぶりもなくリルは前線へと踏み込んでいく。 「相変わらず美意識とかないんスかね。仕事はスマートに、ッスよ」 聖鵠へ向けられた言葉にカンパネッラが何かに気付いた様に唇を吊り上げる。アーティファクトの当て嵌められたアザーバイドの攻撃は逆凪から完璧にアーク側へと向けられている。アザーバイドの力は強大だ。癒し手の存在しないこの戦場では旭が作戦の要になる事だろう。身を削り、懸命な回復を行う彼女は前線では無く中衛の位置から周囲を把握する様にしっかりと『眼』の役割を果たしている。 「あの隙間――今なら!」 ブロックとブロックの間。通る射線に気付き声を上げた旭に烏が小さく頷き、引き金を引く。 間髪置かず、精度の優れた弾丸が数発跳びこんだ。ゴシックロリータのドレスに開いた穴を気にする様に、「酷い方」とくすくす笑う女にやれやれと烏が肩を竦めて見せる。 「あの情報屋の蝙蝠の対応だって面倒そうだな、継澤君は」 銃口で指し示されたカンパネッラは余裕綽々と行った様子で逆凪のフィクサードの中で立ち回る。未だ彼女は遊んでいる気分なのだろう。老女の笑みをスルーしながら烏がやれやれと肩を竦めて居れば、カンパネッラの視線(マーク)が外れた事を悟り、リセリアはセインディールを持ち変える。後方で刃を握りしめたまま、リセリアの言葉を待ち構えるイナミが耳へと宛がわれたピアスへと触れる。 「依浪さんに1つ、お聞きしたいのですけど」 どうぞ、と女は囁いた。中性的なかんばせに乗せられた笑みはその質問を待ち構えていたかのように楽しげだ。 リルが言った『中途半端な舞台』。この舞台を設えたのは凪聖四郎その人だ。 「――『王子様』は『背中の向こう』を見れる様になったのですか?」 ● 『勝利の証明』を与える様に圧倒的な執念を生み出した指揮官は戦場の友軍へと士気の向上を望む様に大きくタクトを振り下ろす。 「謎が謎を呼ぶ……ミステリーであれば幸運ですが、そうでもなさそうですね? しかし、何れにせよ、私達のすべきことに変わりはありません。任務開始。さあ、戦場を奏でましょう」 大きく振り下ろしたタクト。直刃へとミリィが発した言葉は『共闘』の意志だ。 アーク側のカードは二種類。目的達成のために直刃と手を組むか、この場で逆凪へリーク情報をさらにリークすること。この状況に『出る』ことを直刃サイドとて予測しているだろう。否、そうなることを狙っての行動であったのかもしれない。 「私達と……いえ、『彼女たち』と闘うにせよ、邪魔者は居ない方がいいと思うでしょう、貴女も」 「よろしい、我々も助立ちしましょう」 声を張ったイナミにほっと胸を撫で下ろすミリィ。しかし、対象的にぎょっと眼を見開いたミツキが信じられないと甲高く声を張り上げる。 旭の視線が揺れ動く。やっぱり、と唇を動かした彼女が思い浮かべたのは「何かが変わる予感」、只それだけだ。 思想を同じくしていた筈の『身内』へと刃を向ける行為を反逆と呼ぶならば、それは随分と『逆凪』らしい。 もしも、この場を逆凪黒覇が見ていた事ならば予測していたと彼は言った事だろう。凪聖四郎と言う男が『逆凪らしい』性質を持ち、『逆凪』という蛇の血に囚われていると黒覇はよくよく知って居たのだから。 「凪君、アーティファクトの実験だというならば『そろそろ』止めにしないか?」 「『これは、前哨戦だよ、閃刃斬魔』」 イナミの口を通して告げられた言葉に朔は首を捻る。しかし、目的は他にあるのだからこの場でのんびりとフリートークを楽しんでいる場合では無かった。 地面を踏みしめた朔が刃を振るう。受けとめる逆凪フィクサードの表情が歪むが、同時にミツキの回復が齎される。瀬織津姫を握りしめ、マントを止める蒼穹を煌めかせたせおりが往く手を遮るフィクサード達へと体当たりをし掛ける様に果敢に攻め込んでいく。噴火の如く敵陣を破壊するせおりは大きく頭を振った。 (「フィクサード? 七派? 本当に訳分かんない!」) 誰かの記憶が流れ込む感覚がして、力が漲った。それが『訳が分からない』という言葉を生み出したきっかけだ。 しかし、判らないからと立ち止まって居られるほどに彼女は大人しい少女ではないのだ。大きく剣を振り翳し、前進するせおりへと焔が大きく降り注ぐ。焼けるような痛みに唇を噛み締めて、彼女はマイナスイオンを纏ったままに聖鵠へと手を伸ばす。 「大丈夫! 痛いのも取ってあげるから、それまで我慢してね、怖くない、怖くないから!」 動物だからと、動物会話を駆使するがアザーバイドにその声は十分には伝わらない。だが、彼女の態度から何らかを感じない訳ではないだろう。 一方で過激な攻撃を加える真珠郎はせおりが生み出した隙間を通り抜けリッパーズエッジを大きく振るう。鼻をすん、と鳴らした彼女を追い掛ける様にナイトクリークの女は幸せそうに微笑んだ。 「悲しげですわね? とても、寂しげで――可愛らしい」 「期待なんぞはするモンではないと、とうの昔に思い知ってはいるんじゃがの。なんぞ、感傷でしかないが」 カンパネッラが振り翳す刃を受けとめて、真珠郎が無銘の太刀を持ち変える。黒き瘴気に巻かれながらも逃れるのを求めるのか聖鵠が大きく翼を広げた。数で言えばリベリスタ側の方が少ないが、万華鏡の効果から連携の取れるアークとこの事態を予期していた直刃の布陣はそう簡単には崩れない。 「卑怯者! あとで社長に――いえ、専務に言いつけてやるわ!」 大きく吼える性格なのか。喜怒哀楽をその台詞に乗せてミツキが大きく声を発する――が、彼女の声を遮る様に、真っ直ぐに蹴撃が赤い花を散らしだす。 「カンパネッラねーさんは今日は逆凪デイ? お楽しみの種明かしはしてくれないの?」 ひら、と手を振った夏栖斗がそこには居る。遠距離の攻撃に膝を震わせる庇い手を狙った死の刻印。 刻みこむ様にリルが、地面を蹴りあげる。砂が舞い上がると同時、華麗に体を反らし宙を舞う様子は、成程、『魅せる』戦いを好むリルらしい。庇い手の回復量をセーブすることに叶うその攻撃にミツキが小さな舌打ちを漏らす。翼の加護を得て自由に空中戦に持ちこむ逆凪のフィクサード達の間を掻い潜り、リセリアが大きく刃を振るえば、浮かびあがった氷璃が黒き鎖でフィクサード達を捉える。 「あら……カンパネッラ。ご挨拶が遅れたわ。ご機嫌よう。今日は逆凪なのね? 聖鵠にあの破界器を付けたのも貴女の仕業かしら? 『お遊戯』が過ぎるものね」 ちらり、と視線を向けながらも氷璃の視線は聖鵠へと宛がわれたエピステーメーへと向けられる。 その名前からマインドコントロールかと考えるリルは部位狙い出来ず無作為に苦しみながら攻撃を与える聖鵠に苦戦を強いられるかのようにミツキへと攻撃を繰り出して居る。 「大丈夫、恐がらないで! 私もビビりだから、気持ちは解るよ、あなたを殺したくないのっ!」 気を引くように両腕を広げ、前進していくせおりは悪意を感じさせない様にと懸命に体を張る。 烏のエネミースキャンに氷璃の魔術知識。二人の解析を待ちながらも己の身を削りながら仲間達へと回復を与える旭は唇を噛み締める。 (出来る事を、出来ることで良いから精一杯――!) 「旭ちゃん! 『聖鵠』は!」 「だいじょぶ、まだ、逃げない――けど!」 逃げてしまわぬ様に注意を、と声を発する旭。攻撃の手を勧めんとするカンパネッラを警戒する夏栖斗により、行き場を塞がれた彼女の隣を前衛のリベリスタ達がすり抜ける。 真っ先に聖鵠へと走り寄ったのはせおり。そして、庇い手の居なくなったミツキへと真珠郎と拓馬が走り寄る。 「姐さん、強いんでしょ? それなら今度俺と遊んでくれよ」 「気が向けばの」 さも興味もなさそうに、強敵の香りを前線に掴んだかのように真珠郎が地面を踏みしめる。未だ邪魔をするようにミツキの回復を得て立ち回るフィクサードを切り裂くリルのステップは華麗そのものだ。 指示を行うミリィはふ、と顔を上げ、閃光弾を投げ入れる。唇を引き結んだ彼女の金色の髪が生温かい風に揺らされる。靴底が地面を蹴る。焔の攻撃を避け、タクトを大きく振るった彼女の瞳が小さく揺らめいた。 (ごめんなさい、聖鵠。この世界にあなたの居場所はないの……) きゅ、と噛み締めた唇。怯えに、大きく翼を広げたアザーバイドの動きを阻害したミリィの『眼』の情報を聞き、烏が銃を構える。 「継澤くん、ひとつ頼まれてくれないか?」 「本日はプリンス直々に遊んで来いと言われましたからね――ええ、引き受けましょう」 撃ちだされたSchach und matt。『告死の弾丸』に乗せて花弁が大きく散らばる様に真っ直ぐに敵を穿つ。無駄を嫌った最適解を撃ちだす為に最適の方法をとる烏に楽しげにイナミが大きく振り放つ『円環ノ花』。 烏はそれを散らすが如き花の舞だと感じた。剣と銃。そこに大きな違いがあったとしても取り込み己が形とする事が出来たならば――烏の思考はリセリアとも同じだろう。 光りの飛沫をあげながら、彼女はイナミの技を良く見ていた。あと一手、決め手に掛ける技の模倣にもリセリアは成程と頷く様に視線を揺れ動かす。 「前から思っていたのですが――貴女の技、綺麗ですね。見惚れそうです」 囁かれた言葉にイナミは何処か人間味あふれる表情でまんざらもなさそうに小さく笑みを浮かべる。だが、その表情も直ぐに失われる。聖鵠の反抗が大きくなってきたのだろう。 「あ、あんたたち、承知しないんだから! 絶対、邪鬼様に言いつけてやりますからね!」 「小学生っぽいこというね? ミツキちゃんって」 「う、うるっ、五月蠅いわよ!」 ぎゃんぎゃんと吼えるミツキの眼前に切っ先を向けた真珠郎の代わりに夏栖斗が茶化すように告げる。口ぶりがまさしくミリィよりも若そうなミツキだが、彼女は立派な逆凪社員――の筈なのだが。 「こ、殺すっての!? 野蛮ね、野蛮だわ! 私が貴女を殺してあげるわよ! 馬鹿!」 「なんぞ、こう……喧しい奴だとは思うんじゃが……我好みの『食材』になってから出直して来い」 「っ――やだぁっ! こ、このっ」 肩を竦めた真珠郎の言葉にミツキが大きく口を開く。神秘の閃光を周囲に広める彼女のそれを歯牙にもかけず、真珠郎が振り翳した刃が光りの飛沫を纏い、真っ直ぐに落とされる。 「何ぞ掘り出しモンでも見つから、もうけもんじゃろうが……何ぞ我も年かの。全く愚痴っぽくなったわ」 「まあっ! わたくしじゃ物足りません事? 遊んで頂戴よ! それこそ愛でしょう?」 騒がしく告げるのはカンパネッラも一緒だろうか。真っ直ぐに刃を振り翳した彼女に真珠郎は無銘の太刀で受けとめて姿勢を変える。 凪聖四郎に期待してみても押しつけがましい借りを返される位ならそのままで居て欲しかった。負い目か、感傷か、わからないが、「我は三角さん程には大人になれんよ」と竦めた肩に向けてカンパネッラは歓喜した様に真珠郎へとつっかかる。 まるで、暇そうだから、遊んでとじゃれる猫の様な動きを見せる女の背後を夏栖斗は走る。 「――ごめんな、君を助けてあげれられない」 囁きに、混ざる様に凍てつく極寒の鬼気を纏った武技を繰り出す。それは聖鵠の弱点か。大きく体を揺れ動かし逃げんとするその体を抱きしめたせおりが体に焼ける様な痛みを感じながらも懸命に抱き締める。 「撃破っても、闘う意志が無くなれば撃破でしょ? 私も、ビビりで、心の方だけど痛いのが嫌いで、暴れちゃうし、私と似てるんだもん……痛くないって、安心してって教えればきっと――」 運命を分け与えられるならと抱き締めるせおり。しかし、それは奇跡に縋ることをしないと無理だろう。運命を捻じ曲げる力はそこには働かない。 後衛で居合いの要領で攻撃を続けていたイナミは「意外ですね」と囁いた。 「世界を壊す事を容認しているとは、面白い」 「そうじゃないですよ。イナミさん。聖鵠に――罪は無いでしょう?」 淡々と告げるミリィの声に旭が唇を噛み締める。浮かび上がる氷璃は遊び相手を見つけたカンパネッラがアザーバイドの胸元へと視線を映した事に気づき、黒き鎖を伸び上がらせる。 「貴女、中々浮気性ね? 殺(あそ)んでくれるなら誰でも良いのかしら?」 「うふふ、貴女も素敵だわ。『運命狂』――遊びましょうか?」 大きく手をふりかざしたカンパネッラのアムネシアに氷璃は目を見張りながらも器用に避ける。 暴れ回る聖鵠にいやいやと首を振るせおりを越えて、リセリアが刃を振り下ろす。傷つく聖鵠の攻撃から仲間達を護る様に旭が与える癒しは諸刃の剣だろう。己を削っていくそれは自分を勇気づけなければ使えない。 「――ごめんなさい」 囁き声に混ざって、ミリィの光りの閃光が焼き払う。大きく声を上げた聖鵠を最期、切り裂いた朔の剣は揺らめく妖気さえ感じさせないほどに、澄んでいた。 ● 「……それではわたくしは失礼しましょう? 『また、遊んでくださる?』」 「……貴女の仕業だったの? 何が、したいの」 ぎっ、と睨みつけるせおりに遊びたいだけでしょう、皆とカンパネッラがくすくすと笑う。倒れた逆凪フィクサードを跨ぎながら、直刃のフィクサードを見詰め、リルは武器をゆっくり構えた。 「イナミさんも一曲どうッス?」 笑顔を浮かべるもののリルの瞳は笑っては居ない。むしろ、何かを探るかのように見据える彼の瞳にイナミはゆっくりと剣を抜いた。 少しでもいい、一閃交えるだけでも良い。積み重ねが糧になり、負けてばかりではないとリルは囁く。 しかし、それを遮る様に殺意を漲らせた朔はゆっくりと刃を向けた。揺らめく妖気は魔女が作り上げたものだ。何度目の逢瀬であろうと朔が望んでいたのはたった一つ、これだけだ。 「本音を言えば、私はこれを、これだけをしにきたのだ!」 踏み込んだ朔が素早さを纏ったままに葬刀魔喰を振るう。揺らめいた妖気を受けとめたイナミの視線がちらりと朔へと向けられた。 結い上げた長い濃緑の髪が揺れている。唇を三日月の形に歪めた朔に『直刃』の女は考え込むように視線をリベリスタ側へと交わらせる。 「こんな汚れた舞台で、私を殺すと言うのですか。『閃刃斬魔』……。 生憎、私は一人、ダンスのエスコートをお受けするにも体が足りないようだ」 肩を竦めリルを見遣ったイナミに烏は「気苦労が絶えなさそうだ」と面白可笑しく、茶化して見せる。 朔の刃を受けとめた『厭世の櫻』がぶつかり合い、刃を幾許か零れさせる。彼女の背後で様子を伺う直刃のフィクサードは狙い以上に昂った女の感情をどの様に理解すべきかを惑う様に武器を構えたまま見守っている。 「もう一度言う。私は我慢の限界だ。君だってそうだろう? 継澤君」 呼ばれた名に、女は唇を引き結ぶ。表情は普段と変わらぬ勝気なものだ。 やけにやる気に満ち溢れた女の表情をリセリアは『楽しそう』と例えたものだ。女の勝気な瞳を受けとめて朔は、『蜂須賀』の血が求める様に、戦いを求める欲求を剥き出しにした。 「――継澤イナミ。今日、君を殺す」 淡々と言い放った女の感情を継澤イナミは知って居た事だろう。 無論、「死ねない」のはどちらも同じ事だ。ラブ・コールを受け入れてしまっては折角の『舞台』を幕引きまで付き合えない。 「熱烈なプロポーズで、戸惑いを覚える事で……」 「私は同性愛者ではないがな、判るだろうか? 私は君と闘いたい。どちらがか死ぬまで本気で殺し合いたい。 これを、君ならなんと例える? 私はこの感情に似合う言葉を断った『一つ』しか知らないのだ」 冗句めかして告げた朔の言葉にイナミは知らぬ振りをして唇を引き結ぶ。 彼女は知っていた。元から闘争本能が強い性質だったのもあるのだろうか、それともこれまで切り結んできたその結果からだろうか。 彼女は、知らない振りをした。 「私は、それを愛以外には知らない。殺戮(あい)しているよ、継澤君」 軌跡を残す様に振り翳された刃を受けとめる。素早さを武器にした朔の攻撃を掠め、イナミは刃を大きく振り翳す。日本刀の刀身を煌めかせ、刃を突き付ける勢いで渦を生み出した女の攻撃にリセリアの瞳が爛と輝く。 「『閃刃斬魔』、推して参る!」 「せっかちな女だ……」 呟き等、スルーした。戦闘に言葉はいらない。 唇を引き結んだイナミの腕を裂く朔の攻撃に彼女は破壊力を込めた攻撃を振り下ろす。軋む腕など気にせずに、朔の頬を掠めた其れに彼女の金の瞳が幸福のいろに染まっていく。 攻撃の手を休める事はなく、幸福を胸に刃を振るい続ける朔に拓馬は隙を伺う様に瞳を光らせている。 『―――』 ぴたり、とイナミの動きが止まる。朔の刃を受けとめた彼女は詰まらなさそうに小さな舌打ちを零す。 その動作に何かを感じとったのだろう、夏栖斗がゆっくりと前へと歩を進めた。彼の表情は至って真剣そのものだ。 ピンと糸の様に張りつめた空気の中で、夏栖斗は小さく息を吸い込んでイナミへ向けて告げた。 「『今度』は何をアークにして欲しいの? 遠くで観察者気取ってるのはもう飽きたでしょ」 その言葉はイナミへ向けた者では無い。彼女の主へと向けた言葉だろう。夏栖斗はトンファーを下ろし、言葉の答えを待つ。闘いの最中で何らかの妨害があった事を悟った朔の表情も又、悔しげな雰囲気を漂わせていた。 「……答えは決まっています。いいえ、最初から只、それだけを見据えていたのです。 アークの活躍は今やその名を世界に轟かせているでしょう?かの霧の都を震撼させた殺人鬼を殺し、この国をも飲みこまんとした『混沌組曲』の調べをも止め、亡霊の野望を食い止め、その大元であった書をも打ち破ったと聞いています。 その時に逆凪で晩餐会が開かれ『凪のプリンス』ともお会いになった方もいらっしゃるでしょう……? 大人しい男だとは思いませんでしたか。兄の前で、小さく笑みを浮かべているだけの、驚異にすらならないお坊ちゃまだ、と」 「……せーしろさんはわるいひとには、おもえないの」 おずおずと口を開く旭に拓馬は小さく頷く。『悪い人』でないとしても『いい人ではない』のだ。 語られる歴史を聞きつつせおりは刃を握りしめる。胸を焦がす『何か』があった。耳に残る潮騒の音を掻き消すように小さく頭を振る。 「彼は――凪はその様な男ではないのです。よく、お分かりでしょう……? 魔神王と日本で闘われた事も知っています。それに、倫敦――私や拓馬も出向いたその地で、またもバロックナイツを打ち破った」 功績を讃えるかのように告げたイナミが拍手を小さく一つ、二つ。 しかし、それが賞賛で送られたものじゃないことを烏は、リセリアは良くよく知って居た。 そして、そこから続く言葉が何かを恋に生きた氷璃は予期しているのだから。 「そして、その場所で六道紫杏が死んだ」 「そうね、アークのリベリスタが殺したのよ」 ミリィは小さく瞬く。氷璃の言葉を受けとめるならば『借り』と『貸し』はそれだけで失くしてしまうものではないのか。 酷く整わない舞台にリルは辟易していた。あまりに杜撰な借りの返し方に真珠郎は呆れを隠せずに居る。 「凪は失ったのです。枷(こいびと)というものを」 「枷……ですか?」 「囚われるものがないならば、残る物がないならば、より動く事が出来るのでしょう?」 何故、とせおりは小さく聞いた。大事な水守の家を護るためだったら彼女は何でもするだろう。心優しき少女は己の運命を分け与える事が出来たらとアザーバイドを見て何度も何度も願っていたのだから。 「もう、『いいんです』よ」 それ以上口を開かないと言う様にイナミが唇を引き結ぶ。立ち昇る紫煙に烏は肩を竦めた。 六道紫杏と言う女が枷だというならば、彼はそこに安穏があると感じたのだろうか。純真無垢な子供である彼女の傍は凪聖四郎に心地よかったとでも言うのだろうか。 しかし、もはや『野望』は止まらない。男は、凪聖四郎はこれ以上にしたいことがあるのだと直刃はリベリスタ側へと視線を向けている。 「ねえ、せーしろさん。たいせつなひとがたくさんいるのに、どうして……。 どうして、そのひとたちを犠牲にしてでも、そんなに世界が欲しいの……?」 旭は、魔力鉄甲に包まれた指先に力を込める。鮮やかな新緑を思わせる瞳が揺らいだ。 その答えをリセリアは「子供の様に居場所を欲しがる」と称していた。居場所を欲した裏返し、幼い頃に居場所を失った男の心の中に抱き続けた子供染みた夢だ、と。 「世界を統べて、そのあとは? どんなせかいにするつもりなの?」 旭は、淡々と続けている。イナミが付けるピアスが鈍い光を持ちながら何かに反応していた。 ドレスの裾を握りしめ、旭は真摯な瞳をイナミへ――いや、その『向こう側』へと向けていた。この場には居ない『凪のプリンス』。皮肉を込めて呼ばれたその渾名を持つ男へ向けて、旭は懸命に問い掛ける。 「せーしろさんに、世界以外、のこるものはあるのかな……ごめんね、わたしにはやっぱり、わかんないや」 「どうして、貴女はそれほどまでにあの方を――凪聖四郎を想いやる事が出来るのですか。 我々はフィクサード、凪聖四郎はそちらの人魚姫に言わせれば『極悪非道の動物虐待者』です。それでも、貴女は彼の意思を敢えて尊重し、聞こうとしている。それは何故、ですか」 淡々と刃を仕舞いこんだイナミは旭へと問うた。向けられた瞳に旭は肩を竦め判らないと言う様に首を振る。 旭の背後から繁華街のネオンが見える。その他には、殺風景な空き地が広まっているだけだ。 少女は後ろで手を組んで困った様に小さく笑った。まるで、クラスメイトとの雑談をするかの様に。 「わたしはせーしろさんとしあんさんのこと、すごい応援してたんだよ。……死んじゃったけど」 困った様に喜多川旭は瞬いた。旭の言葉に拓馬はナイフを握りしめて頭を垂れる。その言葉に、何も返せないと言う様に。 只、イナミは言った。「借りを返す、途中なのですよ」と。 「もう少し――後少しですよ。傍観者気取りはもう終わりです。 我々は刃を向け、この手を血に汚し、玉座を奪いに行きましょう。『借り』を返す舞台は今日整ったのです。 貴方達は強い。しかし、それを『利用』し、我々とて目的を果たしたい。お分かり頂けるでしょう? その名を世界に轟かした『アーク』。我々は貴方方と比べれば小さな組織だ。だからこそ、利用したい。そうなれば、リベリスタ。貴方方は素直に従わず……『私を殺して下さい』」 勿論だ、と言う様に朔が視線を送る。舞台は整う直前なのだ。 イナミの言葉なのか聖四郎の言葉なのか、その意図を読み取れない様にリセリアが悩ましげに眉を寄せる。 彼女は「今日は誕生日ですよ」と冗句めかして告げた。 今日は誕生日。そう、逆凪と言う集団に仇為す『直刃』という別の組織としての誕生日だ、と女は告げた。 「『世界をモノにする』のを望む事にアークは敵対しない。ただ、神秘事件で世界を壊さない限りは、な」 付け加える様に告げる烏の声に直刃がゆっくりと背を向けた。神秘事件解決のために協力するならばアークは直刃へと攻撃を与える事は無いだろう。しかし、神秘事件を起こすと言うならば、それは真っ向からの敵でしかない。 氷璃は瞬き一つ、浅く息を吐く。ロマンスとは程遠い、彼の性質はきっと。 (ああ、聖四郎、貴方はどこまでも『逆凪』の血に囚われているわ――) わからない、と旭は小さく囁いた。判らない、けれど、間違っているならば。 「……わたし、間違っているっておもったら、止めるから。ぜったいに……。 たとえそれで、せーしろさんを――ころすことになっても」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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