●ゆうしゃのものがたり あるところに正義を掲げし勇者と、悪を標榜する魔王がいました。 力と力が衝突し合う長き闘争の果てに、ついに魔王は倒れ、勇者がその喉元に剣を突きつけました。 墜ちた魔王は、弱々しくも必死に声を絞り出します。 我を滅したところで何も変わることはない。 人の心が、世界の歪みが、いずれまた邪悪なる支配者を生み、貴様の首を脅かすであろう。 勇者はそんな仰々しい遺言を残す魔王の顔に、唾を吐き捨てて言いました。 その心配はいらない、何故なら自分が新しい魔王になるからだ――と。 ●孤島 四十四口径の銃口を眉間に向け、そしてトリガーを引く。 冷たいコンクリートに囲まれた殺風景な地下室で、けたたましく響く銃声よりも、頭蓋骨が砕け散る音よりも、俺はピストルの内部構造が動く無機質な音に耳に傾けていた。 静かな音は死を連想させない。 「……終わったぞ。衛吾」 事務的に、タッグを組み続けているパートナーに目的の完了を告げる。 人殺しに欠片も躊躇を覚えなくなったのはいつからだろう。 雑念ひとつなく、頭の中は透き通っている。 指先に込めた力はほんの僅かで、たったそれだけの手間で人は死んでしまう。 「へいへい、お見事お見事、ご苦労様、と」 逆手に構えたダガーを鞘に収める衛吾。こちらも慣れた手つきで、退屈そうですらあった。 「豊、お前、いつの間にか機械みたいになっちまったな」 俺の名を呼ぶ衛吾の口ぶりからは、少し非難めいたものを感じ取れた。 ビーストやゴーレムの討伐任務に当たった時は別としても、人間であるフィクサードを殺す時の心を凍らせた自分は確かに、機械じみているかも知れない。 「だからなんだよ。これが仕事だろ」 そうとしか返しようがない。 「なあ、豊、これで俺達が殺したフィクサードは何人目になると思う?」 脳漿が弾けた遺体を見下ろしていた衛吾が、こちらと視線を合わせることなく聞いた。 「知らない。数えてない」 「二十七人だ」衛吾は数字を噛み締めるように言った。 「そうか。いいスコアじゃないか」 俺は皮肉っぽく答えた。 「これからも増え続けるんだぜ。嫌にならないか?」 「急にどうしたんだ。今日のお前はどこか変だぞ、何に影響されたんだ?」 「影響なんかじゃねぇ。俺自身の考えだ。なあ、少しは考えてもみろ。突然に莫大な力を手にして、しかも自分の意のままに扱えるっていうのに、それを世のため人のために駆使しようなんていう、殊勝な心がけの人間がどれだけいると思う? 俺達が躍起になって働いたところで、どれだけの意味があるんだ?」 衛吾は気が触れてしまったかのように、厭らしい笑みを浮かべている。 「意味は……ある。あるに決まってる。なかったら、俺はリベリスタとして従事していない」 「へえ。人を殺して偉いねって、そんなふうに褒めてもらいたいからか?」 「違う!」 思わず叫んでいた。衛吾の言葉のひとつひとつが鋭い針のように刺さって、俺の心中を抉る。 真意は分からないとはいえども、衛吾の発言には理が一切ない訳じゃない。頭の中をよぎったとしても、考えることを避けてきただけのことだ。 それでも反発してしまうのは、自分の過去を否定されたくなかったからだろう。俺がやってきた全てのことが、無価値で無意味な所業だとは、信じたくなかった。 「この世界は刻々と破滅に向かっている。滅びの運命に押し潰されちまうのなんて時間の問題だよ。だったら猶予が許されてる限り好きにやったほうが、よっぽど楽で有意義だろ?」 「……フィクサードに転ぶとでも言うのか?」 「そうだよ。豊――後はお前だけなんだ。拠点で待ってるチームの皆はとっくに賛同して、正義の味方みたいな今時流行らねぇ稼業にとっくに辞表を突きつけてるんだぜ」 耳を疑いたくなる一言だった。だというのに、何故か、ごく自然なことのように聞こえた。 「修羅道に身を堕とすつもりか、衛吾!」 「堕ちるんじゃねぇ。先へ進むんだ。道は前に続いてるんだよ」 揺れ動く俺なんかより遥かに強固な意志を込めて、気心の知れた相棒の口からその言葉は発せられた。 「悪者なんてのは減りやしねぇんだ。絶対に」 ああ、こいつはこんな、狂人じみた目をするような男だっただろうか。 「何言ってやがんだ。お前だって一緒の目をしてるぜ。水晶みたいに澄み切った、人殺しの目だ」 衛吾が俺の瞳を覗き込む。 漆黒の鏡面に映った俺の目は、人道を外れようとする衛吾によく似た、正気を失った者のそれだった。 そうか。俺は初めて引き金に指を掛けたその日から。 後戻りは出来なくなってたんだな。 ●小さな砂粒 「――零時。依然応答はなし。当時刻をもって、先日より問題となっていた三高平市外の外部活動機関をフィクサード組織と認定します」 フリーのリベリスタ機関による裏切り行為が発覚してから、既に一週間が経過しようとしている。帰順を訴えるアークの呼び掛けにも応じないことから、明確な反逆の態度が見受けられた。 「これより、戦術補佐を行います」 非常時だというのに、『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)は平常心を保って、召集を掛けた名うてのリベリスタ達にブリーフィングを開始する。 「強行手段に出るしかありません。拠点としている施設は三階建てのビル一棟、人員は十一名と見られています。指揮しているのは石川衛吾、藤吉豊の二名。共に二十歳前後の若い青年です」 手際よく地理等を記した資料が配布される。 その多くは、リベリスタ時代のものである。 資料中に含まれていた名簿の顔写真にチェックを通すと、怜悧な顔つきのクリミナルスタアと、口元に野蛮な笑みを湛えたナイトクリークが、特に目を引いた。 「リーダー格である彼らを片付ければ混迷に陥れられるでしょう。ただ、建物に階層が存在する以上、二人の元に到達するまでに交戦が発生してしまうことはほぼ不可避かと思われます」 残る九名のジョブを確認してみたところ、デュランダルが数人にスターサジタリーが数人、後は覇界闘士とプロアデプトがぽつぽつと、かなり攻撃に偏った面々である。 「負った傷を治療する係がいないことから、後先を省みない割り切った捨て身の反抗が予測できますね。至急、厳正な処罰をよろしくお願いします」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:深鷹 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月28日(月)22:05 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●まおうのものがたり 新たな魔王は孤独でした。 連日連夜繰り返される戦いの全てに勝利しても、無味乾燥な虚脱感しか湧きません。 正義も、悪も、片方が存在し続ける限り絶えることはなく。 終わりのない螺旋を抜け出したかと思ったのに、結局また別の数珠繋ぎの回廊の中に閉じ込められて。 何に触れることもありませんでした。 さみしさがおしよせてきて、ひとりぼっちはとてもとてもいやでした。 「ようやく目ェ覚めやがったか」 ソファから身を起こすと、胡乱な俺を睨めつける相棒の姿が、まず第一に映った。 ああ――夢か。昼間から堂々微睡んでいたのか。 追う身から追われる身になって、眠れぬ日々が続くと思っていたが、どうやらそうでもないらしい。 「豊、戦う準備か逃げる準備しとけよ。下でドンパチ始まったみてぇだからな」 そう言って、衛吾は血走った目で嗤った。 ●砂礫の城 扉の内部構造がかちゃりと回転した瞬間に、市街一角に聳えるビルは、騒乱の舞台と化した。 「ちょっとお邪魔します~。フィクサードのみなさん~、お縄に付いてもらいますよ~」 解錠をこなしたユーフォリア・エアリテーゼ(BNE002672)が、そのまま先陣を切る。突然の襲撃に建物内にいたフィクサード達は暫時思考を停止させていたが、やがて緊迫感を高めて臨戦態勢へと入った。反勢力を気取っている以上、いずれ壊滅を目的とした敵襲があるに違いないとは、心構えしていたらしい。 間延びした口調からは想像できない瞬発力で疾駆するユーフォリアは、幻想纏いより取り出した投擲用ダガーを順手に握り、まずは袈裟懸けにひと払い。そこから素早く逆手に持ち替え、水平に薙ぐ。 「必殺の~、分身殺法~」 残像さえ瞼に焼き付けるソードミラージュの神速の武技は、まさしく分身と言えた。 多量に空間に刻まれた刃の軌跡は、質量を伴う幻影となって、密集した複数の標的を斬りつける。 「一気にぶっ叩く! 纏めて沈みな!」 勢いに乗じて突進した『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)が掲げるは、身の丈に余る重厚長大な鉄塊。 噴煙めいた暗黒の闘気を宿したその大得物を、血筋由来の持ち前の才覚と、修練によって鍛えた腕力で軽々と振り回し、眼前に待ち受けるフィクサードへと豪快に『叩きつける』。 コンクリートで塗り固められた地盤ごと砕かんばかりの、超常現象にも似た破壊力。 「ざっけんじゃあ、ねぇぞッ! 女ァ!」 倒れ伏せた仲間二人には目もくれず、頑強な覇界闘士たる安田が怒気を飛ばしながらユーフォリアとフランシスカに向けて進み出るが、その脚は、即座に止められることになった。 「動いたその時が、貴様の終わりだ」 二丁拳銃を構える『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)が撃ち放った、鉛弾の妨害によって。 ヴァンパイアの怜悧な顔には微塵も揺らぎがない。 零れ出した血飛沫を見遣る紫の左目は、遺体を哀れむかのようにすっと細めていたが、決して死に対する憐憫の情などではなく、その生き様に向けての侮蔑の念であり、眼差しは氷雨のように凍てついていた。 ただ、哀れで愚かだと思った。それだけである。 「フィクサードになったところで、内容なんざ大差ないというのにな」 歪な神秘に溢れたこの理不尽な世界では、両手に収めた愛銃の白と黒の差異と違って、物事の境目は分かり易く出来ていないのだから。 「回復の必要は……ありませんね。どうやら」 櫻霞の背後から『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)が顔を出す。僅か十数秒ほどで片付いた一階。負傷者もいなければ消耗の気配もない。味方はほぼ万端の状態である。 「念の為ですけれど……」 胸の前で手を組み、翼の加護を詠唱する。これで飛行が必要な場面でも対応が遅れることはないだろう。 「あー、二階から一人上がりましたね。何かしら報告にでも行ったんでしょうか」 やや目線を上げた『銀河一後方で強い洗濯機』鳩目・ラプラース・あばた(BNE004018)の口が、物質透過に適化した角膜を頼りに得た情報を全員に伝える。 「まあやることは一挙手一挙動変わらないわけですが」 高精度速射銃『マクスウェル』の残弾を確認しながら階段口へと向かうあばたの台詞の真意は、その小さな背中を眺める後のリベリスタ達には掴みかねた。 ●中層 「注意を怠るんじゃないぞ。階段を上がった先で待ち伏せされている危険性があるからな」 足並を揃えるよう指示を出しつつ、警戒心を喚起する『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)が揚々と左手に翳したのは、携帯端末型の幻想纏い。 「ここは俺が行こう。人々を護る為、悲劇を一つでも減らす為、運命に抗う! 変身!」 宣言するや否や、幻想纏いから溢れ出した眩い光に包まれる疾風。早くもレイザー状に刀身の形態を変えた『破衝双刃剣』を筆頭に、英雄の気概を体現する武具をその身に纏う。 装備完了直後、一気に段差を駆け上がる。 二階へと上がった疾風の視界に真っ先に飛び込んできたのは、大剣を担いだデュランダル二名。 敵が送り込んだ前衛であろう。統率的に配置されている。 「待ってたぞ、リベリスタ!」 「それはご苦労! では、その意気に応えてこちらも全力を尽くさせてもらう!」 箱船屈指の武勇を盾に、殺気に満ちた二者を相手取って力の限り隊形を掻き乱す。 多少の反撃は被るが、大した問題ではない。仲間の有利な到着状況を作り上げることが目的だ。 敵の太刀筋からは、元々リベリスタだっただけあってか、裏に正統派な流儀が透けて見える。 「お前達は……どうして……心を強く保てなかったんだッ!」 疾風は口惜しそうに叫んだ。 切り開かれた道を続々とリベリスタ達は進んでいく。前陣に立つ者は勇猛果敢に疾走し、後方にて援護する者は距離を保ちながら。 対する相手は五名。やはり一人は上階へと行ったようだ。 「心変わりとかしてくれませんかねぇ? してくれませんよね、やっぱり」 問答にさっさと結論をつけると、『オカルトハンター』清水 あかり(BNE005013)は術式の展開に入る。 敵頭上に燃え盛る榴弾の雨が降り注いだ。 旺盛な好奇心と豊富な想像力は、高い神秘適正を生む。世界樹の祝福を受けたあかりが放つ『エル・バーストブレイク』の炎の威力は、熟練のマグメイガスやデュランダルと比較しても決して引けを取らない。 壁際で銃を構えたフィクサードの顔が、皮膚を直に焼く灼熱に大きく歪む。 「フフ、強くなっていると実感しますね」 満足するあかりだったが、即座に性質の悪い冷や汗を流すことになる。 「ちょっと、それは流石に勘弁願いたいんですけど!?」 火力は十分だが、防御面は手薄。苦手分野を理解しているからこそ、最後尾に布陣していたのだが―― フィクサードは、そこを突いて来た。 脇目も振らずにあかりの元へと突撃してくる。 「……近寄るな、汚らわしい!」 その魔の手を、『白月抱き微睡む白猫』二階堂 杏子(BNE000447)が気を練成して紡ぎ上げた網を射出して防いだ。捉えたフィクサードを見下ろして、心底煩わしそうに溜息を吐く。 「貴方達にも事情があるのかも知りませんけれど、私はフィクサードという括りに納まっている人間が大嫌いですの。それだけで私が此処に居て、戦う意味にはなりますわね」 にっこりと目を弓にして。 「さぁ、覚悟は宜しいかしら?」 淡く輝く魔方陣が杏子の周りを囲んだ。 他方、ユーフォリアと櫻霞は、敵勢力の中枢を担っていると思しきプロアデプトの古池に照準を絞って、重点的に集中攻撃。 「痛みを癒し……その枷を外しましょう……」 櫻子は『聖神の息吹』を唱えて最前線で奮闘する疾風の治癒を。 「時間がない。可及的速やかに云々かんぬんでやらせてもらいますか」 ぶっきらぼうな口ぶりで呟きながら、速射銃を構えるあばたが『B-SS』で次々にクリティカルな射撃を加えていくと、敵後衛に接近して勇を奮うフランシスカもその独り言に同意した。 「そうね。雑魚がいくら集まろうと同じ事よ。わたしたちは止められないわ!」 巨大極まりない鉈を振り上げ、頭より高い位置から一気に落とす。 「さぁ、黒鎖と共に美しい円舞を踊って下さいませ」 魂を葬り去る漆黒の鎖がフィクサードの一団を纏めて吹き飛ばす。 先程から連続してダメージを負っていた古池には、その攻撃に耐え得るだけの気力も体力も、運命の導きさえも残されておらず――全身から血を噴き上げて絶命した。 「別に~、殺さないといけない相手じゃないですからね~」 戦闘不能状態に陥った中から、まだ脈のある敵の両手両足を縛るユーフォリア。息の根を止めることなく、その場に放置する。場合によってはアークに連行する可能性も考えてのことだ。 「まあ、この人達はノリみたいな部分もありそうな感じですしね。男性というのはよく分かりません」 危険思想の有無を問うべきは、この先の相手。 寝返りの首謀者、石川衛吾。そして彼と最も近い関係にある藤吉豊。 ●悪人の種 階段を上った先に待ち構えていた伝令役のフィクサードは、容赦なく櫻霞の銃弾に穿たれ、崩れ落ちた。 即ち、残るは。 「早かったな。びっくりするくらい早かったじゃねぇか」 前に立つは衛吾。にやにやと厭らしい顔つきで、リベリスタを嘗め回すように見渡す。 その後方にはリボルバーを握る豊の姿が見える。銃口は、現時点ではまだ床に向けられていた。 「貴様らで最後か。余計な仕事を増やしてくれたな」 侮蔑的な視線を送る櫻霞に、豊は一瞬狼狽したような様子を見せたが、衛吾はにやついたままである。 一触即発の状況に不安そうな表情を浮かべながらも、小首を傾げて櫻子が問い掛ける。 「どうしてフィクサードに転じようと思ったのですか……? 失礼ですが、命知らずにしか思えません」 「んなもん決まってらぁ。減りもしない悪人連中のために折角手にした力を使うだなんて、無駄でしかないだろ。だったら自分もあっち側に回って好き放題やったほうがいい。そっちのほうが楽しいじゃねぇか。どうせ生きるなら快楽に身を委ねて生きたい。普通そう思うだろ?」 悪びれもせずに語る衛吾。 「反吐が出ますわ」 杏子が顔を顰める。 「あのー、ここだけの話、二人対八人じゃあなた達に分が悪すぎませんかね?」 それとなく降参をほのめかすあかりの言葉にも。 「知るかよ。俺と豊がいれば十分だ。お互い人殺し同士、正々堂々恨みっこなしで、楽しくやり合おうぜ」 衛吾は舌を出し、野犬のような表情で笑う。 「ッ……貴様ぁ!」 衛吾が懐からダガーを抜き出すのと、疾風が光刃の切っ先を前へと向けたのは、ほぼ同時だった。 「正義の味方という名の理想を具現化する!」 厳密には、衛吾のほうが若干早く動いた。疾風はその微かな動作と気配を察して、後衛が控える位置に行かせないよう進路を遮ったのである。 「正義の味方か。いいじゃねぇか。悪党が」 「貴様のような性根の腐った男には興味がない。俺が話をしたいのは、後ろにいる藤吉豊だ」 アークリベリオンの矜持を光り輝く刃に乗せて、存分にぶつける疾風。 倒れたところにすかさず櫻霞が実弾による追撃を入れる。 「後ろ? 後ろになんて――いねぇよ」 大きなダメージを負ったというのに、勝ち誇ったかのような言い草を怪訝に思い、視線の先を移すと。 そこは蛻の殻だった。 「私が行くわ! 皆はこいつの相手をお願い!」 六枚の翼を風車のように広げてフランシスカが屋上へと続く順路を走り抜ける。 衛吾がそれを遮るべく振り返るが。 「『行かせません』はやらせません」 あばたが肩口を撃ち抜き、言葉の圧力で詰め寄る。 「貴殿らが見事この窮地を切り抜け逃げおおせたとしても、アークは立場上あなた方を死ぬまで追いまわします。ここで降伏するのと、抵抗してぶっ殺されるのと、そこの窓から飛び出して一生逃げ回るのと。どれが一番マシだと思いますか?」 「決まってる」 衛吾は気が触れたかのようなにやけ顔を作り。 「惨めに這いつくばって逃げるのが一番だ。それが悪党ってもんだろう?」 ダガーを投げつけてから後退を始める。 「どこまでもどこまでも『有害なフィクサード』ですね。一ついいことを教えてあげましょう。わたしはアークの所属ではありますが、フィクサードをやめたつもりは無いんですよ?」 あっけらかんとして言い放つあばたは、共に後衛に陣取るあかりの補助を受けながら銃弾を装填し直す。 「わたしはただの利益主義者。正義の味方なんかじゃねえ、仕事をしているだけだ!」 語調を強めて放ったバウンティショットは、フィクサードの腹部を貫く。 次いで上腕、肘、膝裏、アキレス腱、首筋、耳、肩甲骨、腰部、臀部、太腿。 動きが大きく鈍ったところに、床を蹴って迅速に飛来したユーフォリアが『ソードエアリアル』で奇襲。 「生かして帰す気はありません」 トドメの一撃に、フィクサードを憎む杏子の想いが具現化したような、重々しい鎖の束が叩きつけられた。 戦闘不能状態であることは目に見えて明らかである。 それでも、非常にゆっくりとではあるが、ビル屋上へと続く階段を、血痕を引きつつ這い続けている。 「……放っておいても死ぬだろう。あいつはこれで終わりだ」 疾風が苦々しげに言った。 「はぅぅ……ちょっと頑張り過ぎましたですぅ~」 腰に抱きついてきた櫻子の甘い声にも、虚空を睨んだ櫻霞は表情を緩めない。 「俺は自分の目的の為にアークに尻尾を振ってるだけだ。ああ、本当に今更だよ、全く」 それより、立ち止まっている時間はない――櫻霞は皆を見渡して台詞を繋いだ。 この上には、最後の一人が残っている。 ●堕ちる 屋上に足を踏み入れたフランシスカは、フェンスを背にして立つ豊の影を捉えた。 「石川は――きっと死ぬわ。あなたがいなくなったことで、わたし以外の七人から集中砲火だもの」 「そうか」 銃口と刃先が対角線上で交差する、緊張の糸が張り詰める睨み合いとなった。 痺れを切らして動こうものなら、その隙を狙ってカウンター的に攻撃を浴びせられかねない。戦いの場数を踏んだ者同士、双方それを理解しているからこそ、後の先を窺う膠着状態が続く。 とはいえ、武器が銃と鉈。 有効距離というアドバンテージを持たれている以上、フランシスカが不利ではある。 「石川に藤吉ね。かの大盗賊と天下人の組み合わせか。中々に面白いわね、偶然にしては」 それゆえに余裕を見せた会話で油断を誘う。 「……秀吉は」 対話に応じた豊は何故か表情を曇らせる。 「秀吉は五右衛門を処刑にしたそうだ。だけど俺は、あいつに生きて欲しいと思ってる」 「友達だから?」 「違う」 青年は研がれたナイフめいた鋭利な目つきをした。 「俺を生かそうとしてくれたからだ」 銃口が下げられる。 「ッ! まさか!」 対峙するフランシスカは一目散に駆け出した。彼の思惑が、僅かな腕の動きで一瞬で伝わった。 豊は視線を外し、こちらに背を向けた。 「逃がさないわよ! 絶対に!」 接近して『奈落剣・終』を放ち脚部を石化させれば、逃走は止められる。けれどこの範囲を一気に詰めることが出来ても、攻撃するだけの暇はない。求められる手順は、二度。 二度。敵は目と鼻と先だというのに、あまりに距離は遠く、あまりに時間は短くて。 「そこから、動くなああああああああ!!」 世界から音が消失した。 投げ出された豊の体は、ビルの下へと落ちていった。 フェンスから身を乗り出してフランシスカは下を覗き込む。 アスファルトの路面に血が滲んだ痕跡がある。野次馬の人だかりも出来ている。 けれど豊の姿は見えなかった。多少の損害は負ったかもしれないが、革醒した肉体はこの程度の衝撃で砕けはしない。どこかへと走り去ったのだろうか―― 歯噛みするフランシスカの耳に、何かを引き摺るような鈍重な音が屋上の出入り口から聴こえた。 見れば、体中に傷を刻まれた衛吾である。彼もまた逃げようとしたのか。 しかし、この有様ではとてもじゃないが助からないだろう。 後ろからはリベリスタ達が階段を上がってくる様子が確認できる。 「あんたのせいで天下人を逃したわ」 「そうか――あいつはまだまだ悪党になれるからな――俺なんかより、もっと凄い悪党に――」 断片的に紡がれていく衛吾の言葉。 「自分より強いから逃がしたって言いたいわけ? 本当は友達だからじゃないの?」 同じ質問をする。 「馬鹿言え」 即答する衛吾の声音に、一切生気はなかった。内側の臓器もやられているのだろう。 「石川や――浜の真砂は――尽きるとも――」 ゼェハァと荒い息を漏らしながら、今にも息絶えそうなほどか細い声で呟く衛吾。 「『世に盗人の種は尽くまじ』、だっけ。大盗賊石川五右衛門の辞世の句」 鉈を下ろしたフランシスカが下の句を継ぐ。 「よく――知ってんじゃねぇか。終わらないんだ――負の連鎖は――」 「確かにそうかも知れないわ。でもならばこそ、それを止める存在も必要じゃないかしら? こんな世の中だからこそ、ね。難しい話は嫌いよ。私はシンプルに考えたいの」 戦士が末期に添えた言葉が届いたかどうかは、ついぞ判らなかった。 石川衛吾の命は散っていた。 悪党らしい、下卑た笑みを貼りつかせたまま。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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