● ギリシャとの国境近いブルガリアのある村から南へ10キロ。青空の下、バラの花の畑を抜けて土埃の舞う道を進んだ先に小さくて古い、ほんとうに古い洞窟があった。 洞窟は長い間だれにも見つからなかった。と言うのも洞窟の周囲は、覚醒者のみが越えられる特殊な結界が張られているからである。外から眺める限り、洞窟の入り口はただの、雑草と倒木に覆われた穴だった。 ただの穴の奥深くには、時を越えて4柱の女神がひっそりと暮らしていた。いや、暮らしていたというのは少し詩的表現が過ぎるだろうか。彼女たちはすべて古代ギリシャのとある数学者が残した遺稿をもとにその弟子たちが作ったものなのだから。しかし、女神たちはただの機械人形ではない。その身体に神秘を宿したアーティファクトであり、数学者が己の叡智のすべてを託した果実を守るものなのだ。 女神たちは待っている。 知恵と勇気ある者の訪れを。 数学者の果実――『黄金の葡萄』を得た者は、新たな知恵と技術を授かるであろう。 ただし、ただの穴を見つけられることができればの話だが。 ● 『テーロース曰く、エイアーはケイモーンより花を多く捧げる エイアー曰く、ケイモーンはテーロースよりオリーブを多く捧げる ケイモーン曰く、供物を同じ数だけ捧げる女神はいない 2つ以上供物をささげる女神の発言は真実だが、1つだけ捧げる女神の発言は偽りである 女神たちより供物を7つ受け取り、正しき順番で祭壇にささげよ さすれば扉は開かれん すすめ勇者よ、『黄金の葡萄』を持つ女神プティノポローンが有毒ツタの海で待っている』 肩にとまらせた機械仕掛けのフクロウが石版に刻まれた言葉を訳し終えると、ペスト医者のマスクをつけた男は小さく唸った。謎かけ自体は大したことがない。男が唸ったのは“有毒ツタの海”のくだりである。あいにく、此度のパーティーには『翼の加護』のスキルを持つ者がいなかった。 ――さて、プティノポローンとやらはどの程度の強さなのか。 ペスト医者のマスクをつけた男はカンテラを高く掲げ持つと、マントを波打たせながらゆっくりと体を回した。 大理石の壁を背にして3体の女神像が立っていた。つま先から頭まで、ゆうに3メートルはあろうか。下からカンテラの明かりを受けて影を作った顔が厳めしい。女神というよりも、侵入者を拒む兵士のようだ。いまは彫像のようにひっそりとして動かないが、間違った行動を取れば武器を手に襲い掛かってくるにちがいない。 「Dよ。我々は何をすればいい?」 暗がりから発せられた声は小さく、微かに震えていた。 「まずは明かりを。壁の松明に火をつけろ」 こう暗くては何もできん。ペスト医者のマスク――Dと呼ばれた男が命令を下すと、Dに従っていた一団がさっと洞窟の神殿内に散った。 神殿内が明るくなるとともに女神たちの姿も明らかになっていった。 Dから見て、左端から左手に花――ミモザだろうか――を7本持った女神エイアー、大麦を7本持った女神テーロース、オリーブを7個持った女神ケイモーンが立ち並んでいた。右手にはそれぞれ巨大な鎚を持っている。 Dは洞窟の中央に設えられた巨大な黒鉄箱の前へ進んだ。天板に同じ径と高さを持つ球と円筒のデザインが施されている。これが『数学者の祭壇』なのだろう。 天板の上に手を置くとほんのわずか、薄紙1枚分の厚みだけ箱が沈んだ。後ろから息を飲む音が聞こえて来た。顔を上げると女神のうち一体が薄目を開けていた。 「――そして扉でもあるということか」 どうやら正しい数の供物を正しい順番で天板の上に置くと、黒鉄箱が床下沈んで階段が現れる仕組みになっているらしい。階段があるというのはただの推測だが。 パチン、と指を鳴らして、背後で息をひそめていた『黒い太陽の狂信者』たちを呼び寄せた。 ● 「多分ここです、ペリーシュナイトとDたちが消えたのは」 沈み行く太陽の光を受けて『白バラの祈り』ヴィエラ・ストルニスコバーの翼は薄紅色に染まっていた。空には早くも星が出ている。ヴィエラの後ろには、黒々とした穴がぽっかりと開いていた。 ここブルガリアにチェコのリベリスタと日本はアークのリベリスタがいるのはちと訳がある。 数週間前のこと。 ペリーシュナイトとDらしき人物の出没の噂を聞きつけて、ヴィエラが所属する『白バラの祈り』は地元ブルガリアのリベリスタ組織に協力を申し出た。だが、縄張り意識をむき出しにしたブルガリアのリベリスタ組織はその申し出を拒んだ。頼むなら『オルクス・パラスト』にすると。結局は『オルクス・パラスト』に応援を頼むことなく、自分たちだけで相手をして散々な目にあってしまったらしい。最終的にブルガリア国内でDたちが災いを引き起こさない限り無視することにしたようだ。 「そこでわたしたちの出番、というわけです。なんたってわたしたちの方がDたちとは因縁が深いんですもの。2回よ、2回。わたしたちが彼らに出し抜かれたのは!」 実際のところアークがDたちに出し抜かれたのは1回だけで、はじめの1回は『白バラの祈り』たちだけが罠にかかってパーティーがほぼ全滅していた。 「あ、だからというわけではありませんが……彼らの素材集めを見過ごすわけにはいかないでしょ?」 黒い太陽が作るアーティファクトはどれも一級品なれど、例外なく世界にろくでもない結果をもたらす。悪意の塊だ。 言われるまでもない、といって一歩前へ進み出たのはアークの誰か。影になって顔が見えないが、固めた拳に決意が感じられる。ペリーシュに素材を与えることにより、新たに災いが生み出されるとあっては見過ごせない。だからこそ『白バラの祈り』の要請に応じて海を越えてここまでやって来たのだのだ、とそのリベリスタは言った。 「それじゃあ、行きましょう!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月22日(火)23:19 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 「D!」 プティノポローンが振り下した鎚を、嘴の先ギリギリのところでかわした。足を開いて地面の打ち震えに耐えた。女神が鎚を振り上げたあとに風が続く。はためくマントに体を引っ張り上げられそうになりながらも、漆黒の大剣を―― 「ディディエ!」 マスクの内で舌打ちした。剣を構えたまま一歩下がってピューマのトマスに場所を明け渡す。 大きな声で名を呼ばわらなくとも状況は把握している。あの馬鹿はいちいちわたしに指示を仰がなければ動けないのか? 空中で数多の雷が弾けた。奥歯を噛んで強烈な一撃に耐える。ほかの者はともかく自身が電撃で痺れて継続的にダメージを受けることはない。が、そう何度も喰らっていい攻撃ではなかった。 フクロウが戻ってきて肩にとまった。視界のすみにトマスの姿もある。どちらもうまく雷の洗礼を逃れたようだ。よし、まだやれる。問題はリベリスタどもだ。 どういう仕組みなのか知る由もないが、上で話されていることのすべてが地下神殿に筒抜けだった。 縞パンがどうのこうの。乳相撲がどうのこうの。こちらは死人までだして必死に戦っているというのに。 ああ、連中の悪ふざけをこのまま聞かされ続けるぐらいなら、さっさと下に降りてきてもらったほうが戦いに集中できるというものだ。あの程度、謎とは言わん。早く降りて来い。 「エイアーまで上がったぞ!」 怒鳴る体力が残っているのなら1人ぐらい仕留めて死ね、と毒づいた。 ● 『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)は、バカ騒ぎする連中にむけて呆れ混じりのため息をついた。3体の女神像へ目をやって、ごめんなさいね。うるさくして、と苦笑いする。女神たちは悪ふざけには機嫌を損ねていないようだ。からくり人形たちが動きださないことを確かめてから、洞窟の岩壁にそってまた歩き出した。 セレアは洞窟内に細工や魔術的な痕跡がないか調べていた。以前、トラップの張られた遺跡を調査したことがある。あの時の遺跡とこの洞窟は、挑戦者の知恵を試して合格すれば褒美を与える、といったところがよく似ていた。だからというわけではないが、用心するに越したことはない。 それにしてもよく声が響く。 <まさか本当にはいてくるとは思わなかったわ> 『蒼碧』汐崎・沙希(BNE001579)の控え目な声が洞窟の隅々まで響いた。 天然石の音響効果なのか、それとも―― 「ダメダメ。パンツは簡単に見せちゃいけないよ、ヴィエラちゃん。たとえそれが天使のシマパンでも!」 能天気な声にイラッとして、セレアは振り返った。 顔を真っ赤にした『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)が『白バラの祈り』ヴィエラにぶんぶんと腕を振っていた。その腕の向こうでは、奥州 一悟(BNE004854)と『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)が並んで顔をニヤつかせている。いや、九十九の顔は半分眼帯に隠れて表情がよく見えていないのだが……。 「はよ! 縞パンはよ!」 一悟が騒ぐ。 「どうしようかな? 夏栖斗、嫌がっているしぃ」 短いスカートの裾を抑えるようにして尻を隠したヴィエラが腰をくねらせる。 騒ぎの発端は、ヴィエラが沙希と夏栖斗に「ほら、勝利のお守り」とピンクと白の縞柄パンティをチラ見せしたことによる。何でも沙希がヴィエラにメールで、「因みにパンツは縞パンをはいてくると任務の成功率が上がるそうよ?」と送ったらしい。これをヴィエラは真に受けた。 「うん。僕イヤだよ。だからシマパンはスカートの下に隠しておこうね。てか、そこ! 九十九まで一悟と一緒になって何してんの?」 「私? 一悟さんと同じく、勝利のお守りなら是非とも拝見させていただきたく……そうそう何度も失敗してはいられませんからな」 はっはっはっ、と笑う怪人九十九。 この呑気な雰囲気にイラついたのはセレアだけではなかった。 こほん、と強く咳払いして無理やり話題を変えにかかったのは『朱蛇』テレザ・ファルスキー(BNE004875)だ。 「ところで、どちらかといえばギリシャ神話ではホーライはゼウスとテミスの娘とされますが、この仕掛けはノンノスの叙事詩を元にしているようですわね」 テレザもまたこの洞窟に別の遺跡とのつながりを感じていた。 顔の前で指を1本立てる。 「ノンノスはインド文学の影響も強く受けていることを考えると、色々と特異性が感じられますが……ほら、アークが最初に賢者の石を入手したのもインドでしたし」 『白バラの祈り』の要請を受けて、ここブルガリアへ来るまでにじっくりと考えた自説をぶった。踵を軸にくるりと体をまわす。 「ところで、アポロドーシスその他、ギリシャ神話の中では割と、ホーライは3柱である説が有力ですが――」 女神像を見上げ、光る刃のような言葉をつきつける。 「Je tam zrádce tady?(ここに裏切り者がいる?)」 「ty vi(知っているくせに)」 えっ、と驚きの声をあげた拍子に横から柔らかいものがぶつかってきた。ヴィエラだ。腰に手をあてて胸をつきだしている。柔らかいものの正体は、Eを軽く超えるヴィエラのおっぱいだった。 「貴女でしょ、裏切り者は?」 現チェコのリベリスタであるヴィエラが、元チェコのフィクサードであったテレザを睨みつける。 ふっと笑うと、テレザは肩にかかった金髪を手で背中へ流した。ぐいっとこれまた豊かな胸をつきだしてヴィエラを押し返す。ぼい~ん。 突然始まった乳相撲に、おおっ、とどよめく男性陣。 「ちょっと! やめなさい、ふたりとも。そんなことをしている場合じゃないでしょ」 拳を腰に当てたセレアがドスを利かせた声で叱りつける。 「過去にどんな因縁があったのか知らないけれど、いがみ合いは後にして欲しいわね」 場の雰囲気が一変した。あれだけふざけ合っていたのが嘘のように、全員の顔が引き締まる。 リベリスタたちは知る由もないが、実のところ祭壇に戻ってきた静寂を誰よりも歓迎したのは下で戦っているDたちだった。 夏栖斗が謎かけの石版に顔を向けて、誰ともなしにつぶやいた。 「答えはオリーブが4個、花が2本、大麦が1本……だったよね?」 「ええ、御厨様がおっしゃる通りで問題ないと思います」、といくぶん表情を和らげたテレザ。 万が一の敵襲に備えて打たれ強い者、夏栖斗、九十九、一悟が祭壇に供物を捧げることになった。 残りの者は祭壇周りに展開して警戒に努めると決めたところでヴィエラが供物の受け渡し役に志願した。 「まずはケイモーンから。オリーブ4個ね? 夏栖斗、下で受け取って」 「OK」 翼を広げたヴィエラの体がふわりと浮き上がる。 夏栖斗は何気なしに顔を上げた。そこに見えたものに頬を赤くし、体をこわばらせる。 「シ、シマパン……」 いつの間にか九十九と一悟もちゃっかり夏栖斗の傍にきて上を見上げていた。 「うし、これで勝てるぜ!」 「眼福、眼福」 直後、男たちは女たちに膝カックンされて床に転がった。 この時、下でDのイライラが最高潮を迎えたことを、やっぱりリベリスタたちは知らない。 沙希が『翼の加護』を唱える。 <はい、次の方からは自分で取りに行ってくださいね> 夏栖斗は立ち上がるとヴィエラからオリーブ4個を受け取った。オリーブといっても、手渡されたものは本物ではなかった。何かの石で作られた模造品だ。けっこう重い。とても不思議な感じがした。 「時が時じゃなかったらヴィエラちゃんに捧げたかったんだけどね。白バラの祈りの女神に!」 まあ、と言ってヴィエラが顔をうつむける。オリーブを包み込むように手と手を重ね合わせるふたり。 いいムードをぶち破ったのは一悟の能天気な声だった。 「アルキメデスだろ? ここを作ったのって。捧げた供物の重みで祭壇が沈んだあとに階段が……ってちょっと芸がないよな?」 セレアが女神像の台座に極々薄い切れ目を見つけていた。何か仕掛けがあるのかと、筋にそって指を這わしたところへ一悟が得意げに説明を始めたのだ。なお、ここを作ったのはアルキメデス御大自身ではなくその弟子たちである。 「やっぱここは『浮力の法則』でしょ。オレは供物を捧げるたびに女神像がせりあがって足元に階段ができるって予想している」 「どういうことですかな。いまひとつ想像がつきませんが」 石で作られたミモザを2本手にして九十九が降りて来た。いいから早く大麦を取りに行け、と一悟に手で促してから祭壇へ向かう。 「ちぇ……ま、見れば分かるぜ。夏栖斗、早く!」 「わかってる」 夏栖斗は畏まって祭壇にオリーブを捧げた。隙間から黄金色の光を漏れさせて天板がゆっくり沈んでいく。石のオリーブは天板に溶けて消えた。 カチリ、と音がした。 <まあ! おもしろい> 目を輝かせた沙希の笑い声が洞窟に響く。 果たして一悟の予測は当たり、ケイモーンの像が台座ごと静々とせりあがった。かなりの高さだ。 「なに、これ? どこに階段が?」 セレアとテレザがせりあがったケイモーンの台を調べて回ったが、どこにも階段らしきものは見当たらなかった。 「か、階段が完成しないと扉が開かないんだろ、たぶん?」 「はいはい。次は私の番ですな」 九十九、一悟と続いて供物を捧げた。すべての女神像がそれぞれの供物に比例した高さまでせりあがりきると、ケイモーンの台座に変化があった。壁の一部が落ちて階段が現れたのだ。ほら、と一悟が得意げに指をさす。 階段の下から激しい雷の音が駆け上がってきた。遅れて銃撃の音、悲鳴―― 「おお、やってますな。では、みなさん。我々も参りましょう」 夏栖斗、九十九、一悟が次々と階段を降りていく。 <『黄金の葡萄』、叶うなら箱舟に持ち帰りたいわ> 「謙虚ね。自分自身のものにしたい、とは思わなかった?」 沙希のひとりごとを拾って返したのはヴィエラだ。 <……知を探究する者は謙虚であれ、奢ること勿れ> 人の手に余るか、扱う人を選ぶ類の品故に封印したのかもしれない。どちらにしても個人で所有するよりも真白博士の手にゆだねた方が実りは大きいだろう。沙希はそう判断した。ゆえに箱舟に持ち帰りたいと思ったのだ。 「とにかく行きましょう。すべては狂信者たちを退けてからの話ですわ」とテレザ。 <それもそうね> 沙希は翼を広げると夏栖斗たちの後を追った。 ● 階段の途中から壁がなくなった。女神たちの足の下を抜けたところで、神殿内が見渡せるようになった。天井を支える柱の向こうに白いキトンを纏った大きな背中が見える。上にいた3柱の女神たちよりもさらにでかい。 夏栖斗は階段下で待ち構えていたデュランダルを足蹴にしてひっくり返すと、トドメを後から来る者に譲って『黄金の葡萄』を持つプティノポローンの元へと急いだ。雑魚に構っている暇はないのだ。 なぜなら、女神がペスト医者のマスクをつけた男の前に膝をついているから。 「やべぇ……」 倒れた石柱の上にいたフィクサードの1人が固く練り上げた気の糸をいくつも飛ばしてきた。プロアデプトだ。夏栖斗は左に、九十九と一悟は右へ。二手に分かれて柱を盾に身を隠す。おそらくは大理石でできた太い柱が音をたてて削られ、みるみる細っていく。うかつに飛び出せば、今度は残りの1人、クリミナルスタアに狙い撃ちされるだろう。 「ディディエ、助けてく――」 後ろに残してきたデュランダルの気配が悲鳴とともに消えた。 銃を片手にしたテレザが夏栖斗の後ろについた。見ればポジャールの銃口が魔法を放った熱でうっすらと赤く光っている。 続けて地下神殿内にセレアが呼び込んだ星々が降った。獲物を求めて伸び上がった蔦をことごとく押しつぶしていく。星々は蔦だけでなく、女神の肩もフィクサードたちの頭も打った。 石柱の上で、鼻と口から血を流したクリミナルスタアが震えながら銃を持った腕を上げた。引き金が絞り切られるよりも早く、ヴィエラが呪いの矢で眉間を撃ちぬいた。 「プロアはアタシたちに任せて、早く行って!」 セレアが叫ぶと同時に、テレザと男3人が柱の影から飛び出した。プロアデプトの頭を飛び越えて、女神を攻めるDとの距離を一気に詰める。攻撃の間合いまであと少し。 それは突然だった。 空で爆ぜた雷が、すべての色と音を飛ばした。 女神が放った強力な一撃に、フィクサードのみならずリベリスタたちの口からも呻き声が漏れる。意識を持っていかれなかったのは幸いだった。 「くぅ~、さすが女神さま。マジ痺れたぜ」 一悟の台詞はシャレになっていない。笑い飛ばすにはあまりに刺激が強すぎた。事前に『神の愛』を受けているとはいえ、ばっちり後遺症までくらっては残り時間を数えずにはいられない。 <――癒しよ、満ちよ> 沙希の起こした風がみんなの傷を癒すとともに、心に生じた焦りをも吹き払っていく。 戦いの新たな力を得て飛ぶリベリスタたちの目の前で、Dがプティノポローン左腕を切り落とさんと大剣を振り下ろした。ごう、と耳に聞こえし振りの音に続いて、女神の左腕が肘からするりと滑り落ちる。あっ、とテレザが声を上げたときには、もう腕は床に転がっていた。 レイピアを手にした黒豹頭の男が、ゆるく開いた女神の左手目がけて飛び込もうと腰を落とす。 誰よりも早く反応したのは九十九だ。 瞬きひとつで狙いを定めて引き金を絞ると、呪われし銃から渋難が弾きだされた。黒豹頭が腰を屈めた姿勢のまま後ろへ倒れる。 「私のほうが少し早かったようですな」 Dが一歩、足を前に踏み出した。肩からペリーシュ・ナイトが飛び立つ。 「この前はやられたけど、今回はそうはさせないから!」 一旦はDに狙いを定めた拳だったが、夏栖斗は寸で目標を変えた。素早く体をねじり回して腕を振りぬけば、内に秘めた殺意が鮮やかな花となって暗がりを飛ぶ。その先にいるのは機械仕掛けのフクロウ―― 「……ッ!」 夏栖斗の思惑が的中した。Dは『黄金の葡萄』争奪へ向かった体を無理やり開いて腕を伸ばすと、ペリーシュ・ナイトを庇ったのだ。花を落としたDの左腕が赤い血の花びらをまき散らす。 そこへ一悟が飛び込んだ。 「久しぶりだな、D! あン時の礼をさせてもらうぜ!」 燃える拳をまっすぐDの分厚い胸へぶち込んだ。拳の炎が燃え広がると同時に、叩き込んだ力がDの背から抜けるのを感じた。 ――が、Dは倒れない。一悟の拳を胸に受けたまま、心持ちのけぞっていた上半身をぐっと戻す。 一悟は背中を駆けおりた死の予感に肝を冷やし、後ろへ飛び引いた。 「私は粗野なフィクサード崩れでございますので。古きを知る、などというD様と戦うには不釣り合いかもしれませんが」 テレザの目配せを受けて、ヴィエラが呪い矢を放った。ほぼ同時にテレザも魔弾を撃ちだす。二つの異なった破壊の力が重なりあい一悟が打った心臓を再び貫いた。 ぐらりと前に傾いだDの頭から羽飾りのついた帽子が落ちる。 「やった?!」 「この程度で……なめるな、エロガキども!」 Dは両手で柄を握りしめると、大きく弧を描くように漆黒の大剣を振った。死を包括した暗黒の波動が敵味方の区別なく切り広がっていく。女神の胸から大量の歯車が飛び散り、リベリスタたちの体からは血が噴き出した。 「い、意義あり! 僕たち初対面だよね? そこの一悟を除いて」 腰から流れ出る血を手で押さえて止めながら、夏栖斗は呻いた。 「なのに“エロ”ガキって、どういうこと?!」 「そうそう。私はエロっぽくないし、ガギでもありませんぞ。ちなみに今、28です」 軽口を叩きはしたが、九十九は腹に腕を回して体を折っていた。ひどく顔色が悪い。一悟、テレザも九十九同様に腹を押さえていた。ヴィエラは胸から血を流して抑えて柱に寄りかかっている。難をかろうじて逃れたのは女神たちから距離を取っていたセレアと沙希、空高く飛んでいたフクロウだけだった。倒れた柱の上の敵はセレアと沙希がとっくに倒していた。 「ちょっ、ふたりとも……それ、オレだけエロガキって――!」 <頭を下げて!!> 沙希が超直観による警告を発した直後、プティノポローンが右腕だけで振るった鎚が一悟と九十九の頭のすぐ上をかすめ過ぎた。床が爆ぜた轟音が神殿内を震わせる。 女神は止まらなかった。めちゃくちゃに鎚を振るい、壁や柱を次々に砕いていく。裂けた胸からは雷とともに帯電した歯車を飛ばした。 Dがフクロウとともに姿を消した。床に落ちたDの帽子も消えている。 「葡萄は?!」と歯車をかわしながら夏栖斗。 テレザが槌の下をかいくぐって女神の左手の中へ飛び込んだ。 「ここに!」 セレアが星々を落とし、沙希が聖神の息吹を吹かせた。九十九が裂けた女神の胸を狙って撃てば、合わせるようにして一悟が刃の蹴りを飛ばす。 夏栖斗が静かに目蓋を伏せる。 ――ごめんね、女神さま。 気合とともに腕を振るえば、光る雷の間で真っ赤な花が咲き乱れて散った。 「僕たちはお眼鏡にかなったかな?」 ――今回は譲ってやる。今回は、な。 崩れ落ち始めた天井からDの声が大きく響いた。 全員、緊張に身をこわばらせて天井を見上げたがDたちの姿はない。 ――だが、葡萄の代わりは頂いていくぞ。 「なるほど。筒抜けでしたか……。それはそうと、急いでここから出ましょう!」 九十九たちは神殿から逃げ出した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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