●アクマリーン01 某大国の海軍基地より、一つの軍艦が姿を消した。 失踪した、というよりは、反旗を翻した、という方が正しい。なにせその船は、他の船を全て沈め出鱈目に破壊を齎してから行方を眩ませたのだから。 ノイズまみれの最後の通信。それはこう、語っていた――不気味な声で、「ワレ アンドラス」と。 ――アンドラス。 それはソロモンの72柱の悪魔が一、30の軍団を指揮する序列63番の地獄の大侯爵。 『不和を齎す』力を有するその悪魔は、召喚者に敵を皆殺しにする方法を教える一方、隙さえあれば召喚者を仲間共々皆殺しにしようとする存在であると伝えられている。 無限の破壊衝動と徹底した破壊的狂暴さを持ち、不和や闘争を煽って秩序と結束を壊す事を至上としている――正に、災厄が受肉したかの様なアザーバイド。 それが一つの軍艦を乗っ取り、魔法を施し、不和を撒き散らしながら、太平洋を進み始めた。 「『魔神王』が動き出したのか!? 一体狙いは――」 「否、奴の仕業とは考え難い。あれ(ゲーティア)は使役こそ可とするがその自由を完全に奪えるものではないと聞く」 「アンドラスの独断行動、か。よもや『本体』ではあるまいな」 「顕現した端末であろう。ソロモンの魔神は高位のアザーバイドだ、それぞれが独立した権力と力を持っている」 「なんだろうが厄介そのものだ。現在の奴の場所は分かるか?」 「太平洋上を進行中。……狙いは分かりません」 「狙いなどあってないようなものだろう、アンドラスの仕業ならば……」 「――それで、どうするのか。一体誰が、アレを止める? 止められる!?」 「非革醒者にはあの戦艦は『元の姿』で見えている。討ち漏らせば戦争の始まりとも取られかねん、騒ぎが大きくなる」 「精度の高い戦力が必要だ。だが多すぎれば奴が齎す『不和』によって統率が崩壊しかねん、崩壊した軍勢など烏合の衆だ」 「最少人数かつ最強を、か」 「だがそれが不和に陥ってしまえばどうなる!? 諸刃の剣だ」 「それでも我らリベリスタはやるしかない」 「国に関係なく戦力を募りましょう。――我々<アーク>も勿論、手を貸します」 真夜中に国境を越えて様々なリベリスタ組織で交わされた緊急会議。 血濡れた軍艦と共に海を往く不和の悪魔。 それを迎え討つは、世界中より集められた『可能な限り最小人数の』精鋭部隊。 時間も、猶予も、そして安寧もない。 ――破滅を乗せた船が来る。 ●アクマ キース・ソロモンは身勝手だ。「日本は俺の獲物だから手ぇ出すなよ」と言ったきり、ロクに話しかけもしない。 だが己はそれ以上に身勝手だ。だったら日本以外を滅ぼせばいい。 どれ、戦争でも起きて戦火が広まっていってボトムが滅びれば爆笑ものだ。この船は手当たり次第の陸地に火を放つだろう。力もない人間から見れば敵国が攻めてきたとしか見えないだろう。そして力のある人間は己に挑むだろう。ボトム中の『リベリスタ』が集まるだろう。『協力』などという、藁でできたチンケな命綱を大事に大事にその手に掴んで。だがそれは引きちぎられる。不和には誰も抗えない。殺し合うんだろう。人間同士。違うのはお国柄。傷になればいい、禍根になればいい、やれ誰が悪いだの誰の責任だの面子だの差別だの偏見だのプライドだのお前の国はいつもそうだお前の国は害悪だなんだのと恨み辛みを倍増させて勝手に滅んでいけばいい。 「全て委ねよ。全て死んでしまえばいい。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね」 それは呼吸の様に災禍を招く。 ●アクマリーン02 夜の海は、地獄の様に暗かった。 夜の空も、地獄の様に暗かった。 死体の様な青褪めた月だけがゲンナリと見下ろしている。太平洋。そこを翔けるのは翼を施された40名のリベリスタ部隊。多国籍からなる精鋭部隊だ。 並みのフィクサードであればその錚錚たる顔触れを見ただけで恐れ慄き逃げ出すだろう。だがその『一大事』とも呼べる戦力を以ても尚、彼等の表情には緊迫があった。 リベリスタの任務はアンドラスが『魔改造』を施した軍艦を撃破する事。権限したアンドラスは端末であるが故に長期的にはボトムに留まれず、『オモチャ』さえ取り上げれば一旦は地獄に帰る事だろう。 と、言葉で言うのは簡単だ。リベリスタ達が緊迫しているのは何よりもアンドラスの危険性による。その能力、『不和を齎す』――この精鋭戦力が敵に回る可能性。強い強い仲間が強い強い敵になる可能性。友人が己を裏切る可能性。もしかしたらもう自分は悪魔の術中にいるのかもしれないという可能性。可能性。危険性。上げればキリはなく、キリがないからこそ悩ましく。わかっている。恐れれば悪魔につけ込まれると。わかっている――全く忌々しい。こんな葛藤も、かのアンドラスは手を叩いて嗤いはしゃぐのだろうから。 進軍するリベリスタの間に会話はほとんどなかった。 幾許もなく、千里眼を有する者が「見えた」と叫んだ。 一同が彼方を向く。黒い海。黒い空。その真ん中に、黒い船。こんなに遠くからでも良く分かる。なんと禍々しい。なんと悍ましい。それは最早この世のモノではない。常識を逸脱した驚異の軍艦。悪魔の船。 そして、その天辺にてこちらを睥睨している赤い悪魔が目に映る。こっちを見ている。一人一人舐め回す様に。見ている。気付いている。 「良く来たな。――それでは無残に、死んで逝け。殺す」 アンドラスが剣を突き付けた。 軍艦の砲が悉くこちらを向いた。 恐怖。混沌。破壊。破滅。狂気。不和。 あらゆる脅威を、リベリスタ達は感じ取る。 されど。 それに飲まれ、海に沈む事は許されないのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ガンマ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月24日(木)22:10 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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●地獄海戦01 夜空を映した黒い海は底など見せない奈落の色。 それは死の様に冷ややかな存在感を伴って、奈落の上にてこちらを見ていた――悪魔の戦艦。 遥か彼方に在るというのに、こめかみに銃口を押し付けられているかの様だ。恐ろしい。悍ましい。本能が叫ぶ、危機感。死の予感。 ごくり――誰かの喉を唾が下った音がした。瞬間だった。 「来るぞ!!」 誰かの叫ぶ声。 その言葉の余韻は、戦艦が吐き出す破壊の咆哮にかき消された。 この超距離からリベリスタ目掛けて一斉に放たれた砲撃の嵐。爆音が、爆風が、熱量が、襲いかかる。 「うわッ……」 炸裂する弩級の衝撃。なんとか空中で堪えつつも、『桐鳳凰』ツァイン・ウォーレス(BNE001520)は顔を顰めた。すぐそばで巨大な水柱が上がる。水飛沫が全身にかかる。 「止まるな、止まったら一方的にやられるぞ! 進め! 進め!」 爆風と爆音に負けぬようにツァインは声を張った。あの戦艦に近づく事は成程憚られる、自分の安全を考えれば離れるのが正解なんだろう、だがリベリスタの使命はあれを破壊する事だ。進まねばならぬ。死にたくなければ、10秒もしない内にまたやってくるだろう破壊の嵐をかき分けて進む他にないのだ。 「まだアンドラスの『不和の領域』には入ってないみたいだ。大丈夫! 進もう!」 「回復支援は任せるのだ。背中は押してやる、行こう! ボクらなら大丈夫だ!」 張り上げる声が更に続く。『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)と、先の砲撃で傷ついた仲間を癒す為に天使の詩を奏でる『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)。 流石に各国から集められた選りすぐりのリベリスタ達か、たった一回の砲撃で脱落した者はいない。エンチャント、回復、すぐさま体勢を立て直し、40人のリベリスタ達は悪夢の戦艦へと出撃する。 再び破壊の砲弾が迫り来る――だが恐ろしくはない。『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)にとっては、そんなもの、恐ろしくはないのだ。恐れている暇などないのだ。恐れる理由すらもないのだ。避けられぬなら毀せばいい。 「邪魔、だッ!」 零まで迫った砲弾、を、風斗は抜き放つ白銀の刃、デュランダルにて一閃する。巻き起こる爆発は肌を焼いた。だがそれは彼を止める要因にはなりもしない。傷ならば味方が治してくれる、今はただただ、進まねばならぬ。 その身に纏うは、決して止まらぬ破壊の戦気――『一人焼肉マスター』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)を始めとしたデュランダル達が超戦闘態勢をとった。竜一はそんな仲間達へ視線をやりながら、 「さっき言った通り、俺達アークは二班に分かれてそれぞれ内部破壊・アンドラス陽動をやる。よろしく頼む」 「了解。『バルチック』は内部破壊を試みる」 「わかった! 『ヤード』はアークの味方だぜ! 支援する!」 「『崑崙』は『アウラク』他勢力と共に戦艦崩しを行う。武運を祈る」 「後方支援は我々『ランプの貴婦人』が。前は任せます」 交わされたそれぞれの視線。不和の恐怖、脅威が零ではないと言えば嘘になるが、それでもリベリスタは味方で仲間で友軍なのだ。 信頼している。否寧ろ、不信こそが不和を生み出してしまうのだろう。少なくとも『愛情のフェアリー・ローズ』アンジェリカ・ミスティオラ(BNE000759)はこの場にいる仲間達を一人残らず信頼していた。 「どんなに巨大な戦艦でもボク達が力を合わせれば打ち破れる。魔神だかなんだか知らないけど、あんな鳥頭の思い通りになんてさせないよ!」 全くだ、全く以てこの幼い少女の言う通りだ――『星辰セレマ』エレオノーラ・カムィシンスキー(BNE002203)は身体のギアを最高値に引き上げながら、曇白のナイフをそっとその手に握り直す。 「戦争なんて冗談じゃない」と、砲声の中で独り言。いつもの澄ました顔だった。その脳裏を過ぎった記憶は、彼女(幸せな少女)――否、彼だけにしか分からない。 確かに、戦争は時に避けられない。しかし、あの悪魔の遊興の為ではない、断じてない。そうなる事は、赦さない。 「大丈夫、そんな事は起きない。嘘に、してあげる」 迫る砲撃を最低限の動作で躱し、エレオノーラは白い翼で夜の空を羽ばたいた。 「世界情勢がどうとかとか軍事バランスがどうとか難しい事はよくわかんねえけどさ、あの戦艦をぶっ潰しゃいいんだろ?」 いつもどおりじゃねえか、と『ザミエルの弾丸』坂本 瀬恋(BNE002749)は吐き捨てる様に一笑する。媚びず屈せず在るがままの己である瀬恋の存在は彼女を縛る世界法則さえも一時的部分的に捻じ曲げていた。 砲撃を掻い潜り、喰らっても立て直し、ぶれずその目で見澄ました先、距離を詰めた悪魔戦艦。 リベリスタの射程距離に、入った。 「撃ち方用意――撃ェッ!!」 鬼謀神算の指揮力を以て雷音がその手を振り下ろした。 夜に閃光が迸る。弾丸が、魔法が、物理で、神秘で、リベリスタ勢より放たれる一斉射撃。返事をするのは先ほどから鳴り止まぬ悪魔の砲声。 壮絶だ。そしておそらく、押し負けた方がこの暗い海の底に沈むのだろう。死よりも冷たい海の底に。 しかし誰一人沈めさせはしない――『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)は両手に聖別された銃を構えた。序列63番、不和という災厄そのもの。自分と向き合う事にもなるだろう。意識を研ぎ澄ませる。 「皆様に光を。あらゆる障害は、この手で突き崩します。――さぁ、『お祈り』を始めましょう」 準備の時間はたっぷりあった。射撃体勢、弾丸装填、共に万端。 引き金を、引く。「十戒」「Dies irae」より放たれた蒼い魔弾は螺旋を描いて一つとなり、堅牢なる城門をも突き崩すバリスタとなって光で夜を切り裂いた。悪魔戦艦の分厚い装甲に、磔刑の如く突き刺さる。 さぁ、全ては作戦通り。刹那だけ、アークの面々は互いに視線を交わしあった。 「武運を!」 ツァインがその手を天に掲げた。彼のコアである心臓が力強く脈打てば、その力が意志力が十字の加護となって戦いに赴く仲間達を祝福する。 心にじんと響く確かな温度。されど同時に、『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は吐き出す反吐も煮えくりそうな不快感を全身で感じていた。 覚えがある――嫌と言うほどに。顔を上げる。月を背に、赤い翼を広げた悪魔を、有りっ丈の不敬を込めて睨め付けた。 「焦燥院フツ、ツァイン・ウォーレス、エレオノーラ・カムィシンスキー、葛木猛。一人残らず覚えているぞ。死ね」 狼に跨った不和の悪魔、地獄の大侯爵アンドラスは、こちらに指を向けていた。顔を隠していた者の正体までも見破って。 「よぉ、この間は世話になったな」 不敵に笑む猛はそう言いながら既に突撃を行っていた。前回の邂逅は日本、その時に喫した敗北。やられたらやり返す。やり返さねばならぬ。 「あの時俺を殺しそびれた事、後悔させてやるぜ!」 翼を翻し一気に空を駆け上る。目指す先は一点、戦艦の上空にて待ち構えるアンドラス。悪魔は嬉しそうだった。まるでご馳走を目の前にした美食家の如く。 それに、猛は白銀の篭手で武装した拳を振り上げた。張り上げる声。熱い闘気は冷たい覇気となって拳を覆う。叩きつける――それはアンドラスが構えた剣に正面からぶつかった。されど猛の拳を中心に吹き上がる冷気は敵をタダでは済まさない。 ほう、とアンドラスが嘴を笑みに歪ませた。 「あの時からまるで成長していなければガッカリしているところであったぞ。さぁ死ね、殺してやる」 湧き上がる殺意と破壊衝動のままに。アンドラスがもう片方の剣を一閃に振り抜いた。その斬撃は邪悪な力を帯びて周囲一面に『脅威』となって襲いかかる。リベリスタ達の体から散る血、血、されどその中で無傷に立つ者が一人。アンドラスがそれへと視線を向ける前に、その姿は雷光を散らして掻き消える。 「キースに放っとかれて寂しかったのね」 刹那には悪魔と零の距離だった。両刃ナイフHaze Rosaliaを構えたエレオノーラは既に攻撃態勢。転移の様な加速だった。 「おいで、遊んであげる」 嘯く唇。冷美な蒼眼が悪魔を射抜いたのと、唖然の内に白い刃が振るわれたのはほぼ同時。 「全く、大侯爵のワリに死ねだの殺すだの、相変わらず一つ覚えで見苦しい。同じアザーバイドでも火の神の王様の方が素敵だわ」 飛び退いて間合いを開けながらエレオノーラは吐き捨てる。挑発。指先で鉄格子模様のアタッシュケースDoloresの取手を引っ掛けくるんと回しながら。涼しい顔だ。なんせまだ彼は服に埃一つ着いていない、つまり無傷なのだから。 「……どうしたの、殺すんじゃないの?」 「そう強請らずとも殺してやるとも、キッチリ首を刎ねてやるとも! 殺す」 不和の黒狼が火を吹いた。紅蓮。 されどそれを正面突破し、黒鉄の銃指Terrible Disasterを構えた瀬恋が一直線に悪魔へ迫る。 「殺す殺すうっせーんだよチリチキン。ぶち殺す」 負傷も厭わぬその戦いぶりは鬼そのもの。吹き出す禍々しい暗黒の気が八又首の神代の怪物の如く荒れ狂う。全てを滅ぼさんとするその猛威は、瀬恋の生命力で燃え上がる激情そのものだ。黒狼を縛り上げ、アンドラスに喰らいつく。 そしてそれは近くにいたエレオノーラにまで牙を剥いた。 「! っと、瀬恋ちゃん!?」 頬を掠める。まさか不和に、と飛び退いたエレオノーラは瀬恋に視線を向けた。少女は何食わぬ顔をしていた。 「あー? あー。エレオノーラのじーさんは避けるだろうから巻き込んでもいいかな、って」 「成程、貴方らしくて安心したわ。どうかそのままで居て頂戴」 当たり前だろ、と背中で応える瀬恋にエレオノーラは苦笑した。 瀬恋はアンドラスに中指を立てる。 「皆殺しの悪魔ぁ? 名前だきゃあご立派だな。あれもこれもキョドキョドと情けなく余所見ばっかしてるチキンにゃ過分じゃねぇのか? ……ま、賢いと思うぜ。テメェ如きにゃアタシは殺せねえからな」 「そう急かさずとも、キチンと平等に貴様等へ死を届けてやるとも。殺す!」 「上等だダボがァ。殺されても死なねぇのがこのアタシだ!!」 迫る。 拳と剣が、交差する。 不和が広がりゆく――伝染病の様に。 リベリスタの中でも、動きが明らかに変わる者も出てくる。不和の所為だ。仲間に得物を向ける。不和に冒される。本来なら向けられる筈のない敵意。 「じーちゃん、もし二人が殴り合ってたら頭冷やしてやんな! 喧嘩組はそのまま寝てろ、後はやっといてやるからよ!」 仲間達へツァインは通信機越しに声を張った。彼をはじめとしたB班は、アンドラスを惹きつける役目であるA班からは遠く離れ戦艦の目前。船尾。作戦通りに。 深呼吸一つ。ざわざわと心の底から這い上がる『不快感』を押さえつけ、今一度通信機へと。 「――『鳥籠へ入ル 風ヲ待テ』」 それは悪魔戦艦内部への突入合図。 内部破壊を選択した仲間と目配せし――飛び込んだ。 ぐにゃり、視界が歪む。感覚。その直後に、リベリスタが立っていたのは何とも形容し難い空間だった。悪夢を捏ねて電子レンジに中途半端にかけたような。息が詰まる感覚。実際に力が抜けてゆく。 「……なんて歪な」 「これは……成程、最早完全に『世界の歪み』なのだ」 魔術知識、それに加えて深淵を覗いたリリ、エネミースキャンを行った雷音が言う。外観からはまるで想像のつかないだだっ広い空間。それは事前に仲間が手に入れた戦艦の内部構造や情報とはまるで異なっており、この戦艦が文字通り『異形』なのだと認識させられる。 そんなリベリスタを取り囲んでいたのは、無数に蠢く人型の影。再び、雷音とリリがそれに『目』を向けた。 「この戦艦が『歪み』であるならば……」 「ええ。アレは『歪みの上澄み』、ですかね」 「だったら、綺麗さっぱり焼き払ってやろうぜ」 そう言ったフツは既に印を結んでいた。頷くリリも銃を構える。そんなリベリスタに、大量の『歪み』が津波の如く襲い掛かってくる。 「緋は火。緋は朱。招来するは深緋の雀。これぞ焦燥院が最秘奥――」 「其は永遠の火、其は愛の源。我が身は邪悪を滅する炎となりて、総ての悪を撃たん」 招来される劫火の霊鳥。紅蓮の羽ばたきが浄化の炎で世界を染める。全ての邪悪を聖なる炎で清めてゆく。 それと同時に降り注ぐのは蒼い炎雨。祈りは裁きの神矢に姿を変えた。全ての邪悪に等しく銃火は降り注ぐ。 B班について来た友軍リベリスタもそれぞれに攻撃を展開し、人型の影を薙ぎ払う。 「よっしゃ行くぜクスカミ!」 「応! 切り開くぞ!」 激しい弾幕の余韻も晴れぬ最前線、剣を構えて躍り出たのは竜一と風斗。二人の剣士のタガの外れた身体から蒸気が立ち上る。全力中の全力、抗いようのない最強の破壊力で振り下ろされた剣が人型の影を木っ端微塵に粉砕する。 そんな仲間達を強く支えるのは、ツァインが施す殲滅の加護――ラグナロクだ。少しずつ体力気力が削がれてゆくこの中で、これほど有効的な技はない。 更に、アンジェリカが放つマイナスイオンが不和への僅かな対抗となる。大丈夫だ。揺らがぬ信頼。巨鎌La regina infernaleを構え、アンジェリカはゴスロリドレスを翻し軽やかなステップを踏んだ。可憐なそれとは裏腹に、神速で振るわれる『地獄の女王』が齎すのは無慈悲な斬断。即ち『死』。 「あんなどこの産かも解らないブロイラーなんかに負けちゃ駄目だよ! 大丈夫、きっと勝てる。自分を信じて!」 じわり。じわり。じわり。じわり。今この瞬間も感じるのは『負の感情』。仲間だ、そう分かっているのに、あれは敵だ、叩きのめしたい衝動が突き上げる。 それと共に、四方八方から際限なく隙間なくやって来るのは人型の影が繰り出す攻撃の嵐。それは雷音が隙さえあれば魔力で作り出す影人が盾となる。それでも傷ついた者がいれば、少女が持てる治癒術を最大限に駆使してその傷を治してゆく。 その動きに迷いはなかった。雷音にも勿論、不和の侵食があるというのに凛然と的確に動いてゆく、仲間に指揮を飛ばしてゆく。 偏に。 偏に、狂おしいほどに、雷音は仲間を信じているからだ。だから何があっても動じない。恐ろしくはない。 「信頼と協力が人をどれほどまでに勇気づけるのか悪魔は知らないだろう。ひちちぎられたらまた繋げばいい」 外でこちらの気配も掴んでいるのだろう悪魔に、雷音は視線を向ける。鋭い眼差し。勇猛果敢に立ち向かう、誇り高き獅子の如く。 「侮るな。人は存外に弱くはない。いつだって悪魔を屠るのは人間だ」 どちらが勝つかは未だ見えず。ならば、抗う他に無く。 ●地獄海戦02 悪魔戦艦の砲列が再度、破壊の炎を吐き出した。凶悪極まりない攻勢。そして齎される不和による乱れ。時間が経つほど心を侵食する悪魔の所業。無傷の者は最早いない。誰もが血を流し、息を弾ませていた。 されど幸運な状況である。アンドラスは目の前の三人を相手にし巧みに引きつけている為に、この悪魔による物理的な被害は最小限に止められていた。尤も、その代償に三人のアークリベリスタ達は悪魔戦艦からの砲撃にアンドラスの攻撃にと相当の消耗を強いられてはいるのだが――まだ誰も、倒れてはいない。その戦いぶりに友軍リベリスタが信じ難いと瞠目するほどに。 「敵はあの鳥頭だけ、あたし達が争う理由なんて無いんだから」 強い信念で不和に抗い、己の存在を握り締めるナイフの感触で確認するエレオノーラが仲間へと声を張る。もし皆が友軍を疑い、敵の様に心の底で思ったならばあっという間に不和に飲み込まれていたかもしれない。されど違った。仲間を信じ、『戻って来れる』ように呼びかけた。 その声は魔法でもスキルでも何でもない。けれど――確かな『力』を持って、仲間の耳に届く。一人、一人、心を取り戻す。戦艦への攻撃を続行する。 「小癪な、死ね!」 アンドラスが剣を天に掲げた。精神を混乱に落とす黒い雷が降り注ぐ。それは猛にも落ちるが、少年は鮮やかな身のこなしでそれを回避した。運否天賦に期待出来ぬのならば己自身を研ぎ澄ませよ。勝利を現実化させる真の理想論をその胸に。 「喧嘩は、ビビッた奴が負ける。テメェは強えよ、俺でも怖ええと思っちまうくらいにな」 だがなあ、と猛はその拳を固く握り締める。その瞳に諦めはない。あるのは我武者羅なまでの勝利への覚悟だった。 「そもそも喧嘩ってのはそういうもんじゃねえ! 勝ちたいから喧嘩をするんじゃねえ! 勝てるだけの喧嘩なんざ価値もねえ! 負けられねえ、譲られねえ物があるから喧嘩すンだよ!」 仲間から授かった翼で力強く空を打ち。心を崩す雷を躱し、躱し、悪魔に迫る。 「たっぷり付き合って貰うぜ、鳥野郎ォッ!」 鉄より硬い銀の拳。あらゆる脅威を打ち砕く氷を纏い、繰り出す。 同時に、反対側よりエレオノーラが祖国の冬を思わせる白銀の吹雪を刃に纏わせ、時間を切り裂き凍えさせる。 それらは二度に渡って。計四発の雪崩の如き攻勢。タダでは済まぬ――あのアンドラスを以て、そう直感させた。それほどまでに二人の攻撃は洗練された『脅威』であった。 「人間め、思いの他やるではないか。殺す!」 咄嗟に、アンドラスは不和の黒狼を盾にした。ギャッと悲鳴を上げたケダモノが氷に包まれ砕け散る。 その破片の中、轟と振るわれたのは悪魔が振るう二振りの凶刃だった。 「!」 猛は防御に腕を構える。だがその腕ごと、ざっくり、ばっさり、切られて傷ができれば吹き上がるのは派手な鮮血。ごぼっと少年の口から血が溢れる。運命が、散る感覚。 一方のエレオノーラは素早くDoloresを構えた。がつっ、とアタッシュケースと魔剣がぶつかる。欠けた鉄格子の破片が夜空に散らばる。防御をした。確かにした。直撃はしていない。だというのに、これほどの重い衝撃――エレオノーラの華奢な身体が藁の如く吹き飛ばされた。 「っかは――」 まるで車に撥ねられたかの様な。視界が回る。悪魔戦艦に叩きつけられる。 されど、リベリスタの猛攻は止まらない。やられたらやり返すと言わんばかりに瀬恋が拳を振り上げ襲いかかった。自らの命をも省みぬ戦法、故に運命も散らし全身が真っ赤に染まっている。勿論血の色だ。だが不思議とそれはよく似合う。真っ赤に染まるこの血こそ、彼女の戦装束なのだから。 「なァにが不和だボケがァ! んな手品でアタシを縛れると思うなよ!!」 いくら周りに殺意が湧いたとしても、だ。今、瀬恋の目の前に『一番ムカつく奴』がいる。他に目をくれる訳などない、瀬恋の敵はアンドラス。テメェだ、テメェだ、テメェだ! 「バラバラにぶち壊してやるよ!」 何度でも何度でも何度でも、例え命が削れようと気力で力を捻り出し、アンドラスが反撃の刃を振るおうとも、瀬恋の拳は止まらない。真っ向からぶつかる刃と拳。瀬恋の拳の中ほどにまで悪魔の剣がめり込んだが、そのまま止まる。拮抗。 「ッッ…… だァおらァアアアアびびってんじゃあねぇええええッッ!!!」 ずぶ、っと更に拳が裂けるのも厭わずに瀬恋は拳を振り抜いた。押し返し、開いた間合いに潜り込む。アンドラスの顔面を、殴り飛ばす。 しゃらくせぇ、と吐き捨てた。アーク制服のネクタイを引き抜き、蛇の口みたいに裂けた拳に荒っぽく巻きつけ、血に塗れようとその目を『アンドラスへの敵意』にぎらつかせて悪魔を睨みつける。 「未だだ……未だ終わっちゃいねぇ! 覚悟しやがれクソッカスがァアーーーーッ!!!」 体の全てを攻撃に捧げ、放たれた弾丸が決して戻らぬ様の如く、永久吶喊。 そこへエレオノーラが舞い戻ってくる。瞬撃殺。転移の加速、刹那をも細断する一撃が、アンドラスに突き刺さった。ナイフから悪魔の血を、滴らせ。微笑。瞬間にふっとエレオノーラが翼の力を弱めて僅かに落下する。 その背後、そこにいたのは既に攻撃モーションに入った猛だった。 「喰らえぇえええッ!!」 極葬細雪。確実にアンドラスを捉えた剣よりも鋭い一撃が、凍て付く厳寒の鬼気を纏った美しき武技が、悪魔を氷の世界に閉じ込める。 「……何故だ? 貴様等。何故、不和に陥らぬ」 悪魔が言葉を発した。他のリベリスタは不和に陥るし、これまでも何人もの人間の心を支配してきた。 しかし、だ。この三人は悪魔の『呪い』を撥ね退ける。強く輝く心の光が、悪魔の闇を寄せ付けない。それどころか、その鼓舞で他の者の不和まで退けるではないか。 アンドラスには理解ができなかった。 理解ができない―― できないのなら―― ――殺してしまおう。 強く空に羽ばたく赤い翼が、纏わり付く氷を払った。 鏖の悪魔。アンドラスが『アンドラス』と呼ばれる所以。 空気が、凍りついた。それは魂を、全身の血を、心臓を、命を止める悪魔の呪い。 ぐらり、と。三つの身体が揺らいだ。 暗い海へと、堕ちてゆく。 否。 そこにいる者が、いた。 「――てめぇ」 猛だった。正しくは彼と、彼を辛うじて庇えた友軍リベリスタの、命が抜けた、冷たい、あっけない、目を見開いたままの、数秒前まで生きていた、亡骸。腕に抱いた彼。支援する、と言っていたヤードの者だ。祖国をモリアーティの脅威から救ってくれたから。不和に陥ろうと見捨てないで引き戻してくれたから。彼にはアークへの恩義があったのだろう。信じて、くれていたのだろう。 ――彼にも、仲間や家族がいたのだろう。 「てめぇッ……!」 猛の表情が怒りに染まる。 赦さない。吹き上がる怒気に、少年の髪がざわりと逆立つ。 「アンドラス、誰も彼もを塵芥に見る様なお前に本当の仲間何て居やしねえ。だが、俺達は……この死線に立つ俺達はそうじゃねえ! 生まれ育った国も違えし、普段の生活なんて知らねえ! だがなあ、お前を止めて、最悪を回避する。これに関しちゃあ、全員同じ思いの筈だ! 『こいつ』だってそうだった筈だ! なぁそうだろう! そうだろうが!!」 仲間の体をしっかと抱き止め、もう片方の手にありったけの力を込めて。自分の戦う理由――猛の声は、砲声鳴り止まぬ戦場にあるというのに何よりも大きく響いていた。 「こんな野郎の不和なんざに……俺達の守る物が蹂躙されて良い訳ねえだろうが!! 赦す訳が――ねぇだろうがあああああっ!!!」 声―― 暗い冷たい海の中、に居るのだと、呪いの確率を奇跡的に抗い戦闘不能は辛うじて回避したエレオノーラは気が付いた。 冷たい、寒い、水越しの音、泡、夜の海は真っ暗で、静かに静かに沈んでいく。 声が聞こえた―― 多分、世間一般では、走馬灯とでも呼ぶのだろうか。 一瞬だったけれど、長い夢を見ていた気がする。 (未だ生きてる) がぼっ、と口から泡を吐き出した。未だ生きてる。翼で羽ばたく。上へ、上へ、水面を割り空へ、戦場へ。 「同じ事して、通用するなんて思わないで」 ここで負ければ色々な人が争いに巻き込まれる。例えば、と脳裏に思い浮かんだ顔。 (やっとお父様に近づけたのに) 絶対に、巻き込みたくない。速度を刃に、吶喊する。 「……あたしが殺したいのは人間じゃない。お前だ、アンドラス!」 彼にしては本当に珍しく。張り上げた声、そのままの心。 リベリスタはまだ負けてはいない。 不和に支配されもしない。 ――ズン、と低い音が轟いたのはその直後。 ●地獄海戦03 時は少し巻き戻る。 「この胸糞悪ぃ感覚、忘れる訳もねぇ……負けるかッ!」 悪魔戦艦の内部でも不和は等しくリベリスタに降りかかる。それに歯を食いしばって抗いつつ、ツァインは再度、殲滅の神の声を戦場に響かせた。戦艦の恐るべき火力砲撃こそないものの、亜空間内は消耗が激しい。人型の影から物量に物を言わせた際限のない攻撃が降り注ぐ。時間がかかるほどに、じわじわと首を絞められているが如く。 そして、その最中に、だ。 フツの動きがピタリと止まった。苦悶の表情。頭を抱える。呻き声。 卓越した魔術知識を持つ雷音はすぐさま理解した。これは悪魔に心を乱されている――故に、強引に彼に近づくや、その頬に平手を一発お見舞いする。その両肩をしっかと持ち、額を額で触れ突き合わせ。 「いいか、ボクの識る君は、この程度の不和で心惑わされるほど弱くはない。目を覚ませ! ここに揃った皆がアークの精鋭で英雄だ。この程度の苦難など、ものともしないはずだ!」 「大丈夫だ、思い出せ、俺達が三高平で過ごした日々を」 それに続き、刃を振るう風斗が幻想纏ごしに語りかける。 「クリスマスが始まったり終わったりしたこと、豆まきでの鬼たちとバトルしたこと、春の花見でどんちゃん騒いで、夏の福利厚生では、水着に浴衣に、ハロウィンでは仮装して楽しく過ごして……。勿論、楽しい事ばかりじゃなくて、戦いの日々もあって、傷ついて、それでもまた立ち上がって……色んな人に出会って、色んな国に行って、別れて、戦って、笑って……たくさん、たくさん、な。 無理やり悪感情をねじ込まれようが、積み重ねた思い出は嘘にはならない」 せり上がる感情を感じながら、自分にも言い聞かせる様に。己の敵は誰だ――悪魔と、それが作り出した歪な玩具だ。大丈夫。迷わない。もう立ち止まりはしない。 一度は砕けたデュランダル、仲間の心で蘇った不滅の剣、その白銀の刃に太陽よりも赤い光が燦然と輝いた。彼が纏う外套もまた同じく赤い光を纏い、それらの光は風斗の白髪にまで映りこんで、彼の髪を赤く染め上げる。 荒々しいその様は破壊神と呼ぶに相応しい。けれど仲間を守る為に刃を振るう彼こそは、一番優しい『破壊者』なのだろう。 「楽しい思い出も、辛い思い出もひっくるめて、貴様ごときが吹き消せると思うな、アンドラス!」 力の限り振り抜く剣。その反動で運命を代価にしようとも、仲間を守れるならば安い駄賃だ。また一つ、戦艦の歪みが破壊される。 クスカミが不和ってたら、れっぷーじんしてやろうか――竜一はそう思っていた。 「でも大丈夫そうだなーーなんだ~残念」 「ん、何がだ?」 「いや別にぃ?」 笑って茶化して、いつも通りだ。竜一はいつも通り、仲間を気さくに信頼している。自分ひとりで此処までこれたなんてこれっぽっちも思わない。 (仲間がいてくれたからこそ、今の俺があるからね) それはこれからも変わらない。ずっと、ずっと。 「人は石垣ってな! 積み上げてきたものがすぐに崩れるようなもんは、作ってないぜ!」 『常に共に在る』西洋剣を握る手に、誓いのダイヤが輝いた。反対の手には冴え冴えと輝き未来を切り開く燈火の宝刀、そして盲目白痴の原初の混沌とかを封じられしうにゃむにゃホニャララな脳内設定。結論、負ける気がしない。 「おらおらどけどけぇーーー!!」 竜一が振るう双刃は嵐を巻き起こす。それは敵対者を遍く切り裂く闘気の暴風。 切り開く。突き進む。前に何が待ち構えていようと、これっぽっちも怖くない。 「カッコワルイとこばっか見せてらんないよな……!」 正気に引き戻されたフツは気を取り直す。病は気から、効かねえ!と脳内で繰り返し魔槍深緋を握り直す。刃を構えて襲い来る人型の影が得物を振り下ろす前に、一気に踏み込み氷を纏う鋭い一突きをお見舞いした。吹き飛ばす。後続の人型の影ごと。 既に運命は散っていて。けれどそれは諦める理由にはならなくて。 「指先一つ動かせなくなったなら、噛み付いてでも戦ってやるさ!」 フツはこの世界が好きだ。この世界を愛している。だからこの世界に住む人間を一人でも多く守り、楽しませる事が、自分を活かしてくれた世界に対する恩返し。 雷音が生み出した影人はもういない。けれどそれらは確かにリベリスタの被害が減る要因となっていた。消耗は激しい。ジリ貧に近い。一人、また一人、と倒れてゆく。けれど雷音の回復支援が、ツァインの鼓舞が、友軍の支援が、そして支え合う心と声が、彼らを守護する運命(フェイト)が、リベリスタを奮い立たせる。何度でも。 失った力は、人型の影へと向けた指先より奪い取る。アンジェリカは体中に傷を負い、息を弾ませ、しかし戦意はまだ失っていない。 黒姫――最愛の神父から貰った、命の次に大切なゴスロリドレス。そのスカートの端をぎゅっと握り締める。大事な人を、幸せな記憶を思い出す。神父様。きっとどこかでボクを見てくれているに違いないあの人に、みっともない所は見せられない。 「あんな鳥如きがボクの神父様より上なはずがないんだから!」 だから神父様、ボクを導いてね――それは大切なへの純粋な愛情。不和を撥ね退ける必殺の呪文。大丈夫、自分は大丈夫。La regina infernaleを大きく掲げた。 「……負けないよ!」 自分に大切な人がいるように。仲間達にも、見ず知らずの国の人にも、大切な人がいるのだから。 それらをこの手で、守る為に。三日月の軌跡が冷ややかに踊る。歪んだ悪魔の影ごと、破滅の未来を否定し拒絶し切り開く。 仲間が供給してくれた魔力。それと己の魔力を練り合わせ、リリは『祈り』と『裁き』に弾丸を装填する。 「不和の種は、元々誰の心にもあるもの。私も、大切な仲間に嫉妬や――昏い気持ちを抱いてしまった事はあります。あって当たり前の、これも自分の一部です。だから、必要以上に畏れないで」 リリは学んだ。世界は綺麗事では廻らない。様々な心の形があるから、様々な救いの形がある。故に心を否定し抗い戦うのではなく、愛と寛容を以て包み込み、受け入れる。例え心乱れた仲間が彼女に攻撃を浴びせようとも、構わない。それは一時的な、悪魔によるものの所為で、その者の本心ではないと分かっているから――微笑んだ。 「大丈夫」 繋いだ絆は、優しい気持ちは、万物に勝る勝利の証明。 「我々は、負けません」 戦った。揺らいだ。学んだ。涙を流した。恋もした。喜びも悲しみも罪も痛みも、たくさん知った。己は弱い。だからこそ、強く在りたい。優しく在りたい。 胸に下げたロザリオがきらりと煌く。幻想纏であるこれの中には、大切な人から貰った宝物、猫のぬいぐるみも一緒にいる。 「さあ、今一度――『お祈り』を始めましょう」 引き金を引いた。 蒼い炎が、リリの祈りが降り注ぐ。 燃え上がる炎は、しかし仲間を焼く事は決してない。 切れた額からドロリと垂れる血をそのままに、ツァインは燃える人型の影が放つ猛射撃を盾で防いだ。古めかしい外見の盾に鎧に、ぶつかる弾丸が火花を散らす。 いつもは明るいツァインだが、その口数は少ない。集中せねば心を悪魔に持って行かれそうで、気を引き締めれば自然と言葉の数が減る。沈黙、堅実な攻防のその中で、彼は己自身に問うた。『信じるとは何なのか』。 「確かに人間は100歩進んで99歩戻るような歴史を繰り返してきた。馬鹿な生き物なのかもしれない……。 でもな、常に誰かが歩き続けた……止まっても後ろの奴が……顔も知らねぇ他の誰かが……だから人間はここまで来れたんだ……」 ナメるなよ、悪魔如きが。 人間を、原始の時代より歩き続けてきた人間を、悪魔風情がナメるなよ。 「俺は人間(俺達)を信じる!!」 掲げた剣を、一直線に振り下ろす。 戦艦の歪みが、一刀両断に切り裂かれた。 刹那、絶叫の様な音を響かせながら亜空間が大きく歪んで―― ●地獄海戦04 ズン、と低い音が轟いた。 悪魔戦艦があちらこちらから煙を上げて、大きく大きく――傾いてゆく。 やった。 やったのだ! 誰もがそう、理解した。戦艦から何度も爆発が起きる。燃えながら暗い海に沈んでゆく。 アンドラスが瞠目し戦艦を見遣った――その隙。 「邪魔邪魔ァ!」 「退け、アンドラス!」 煙の中より現れた人影。竜一と風斗。ありったけのエネルギーを込めたその剣をアンドラスに叩きつける。沈没しゆく戦艦の方向に吹き飛ばす。 「知ってるかアンドラス……片側に攻撃を集めれば、戦艦も意外と早く沈むんだぜ……?」 落ち、戦艦の炎の中にいるアンドラスに、力尽きた仲間を抱えて亜空間より脱出したツァインが不敵に笑いかけた。彼の周りには同じく、内部よりの破壊を担当したリベリスタ達が勢揃いしている。 「ざまぁみやがれ……覚悟しろよ、次はてめぇのドタマをカチ割ってやるからな……!」 友軍に救出された瀬恋は、咳込み苦しそうにしながらもアンドラスへと親指を付き下ろす。 猛も、エレオノーラも。同じ気持ちで、アンドラスを見澄ましていた。 「く」 炎と煙でその姿が見えなくなりつつ。悪魔が一声、漏らした。 「く、くく、クッハハハハハハハハハハハハハハハ!! 面白い。良いだろう。覚えたぞ。覚えていろ。今の言葉。人間共め。はははははははははは。死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね――」 愉快そうに、愉快そうに愉快そうに、こちらに指を突きつけた悪魔の姿は――戦艦の爆発に巻き込まれ、見えなくなった。 黒い海にそれらが沈めば、あとは深夜の海の静けさが波の音だけを響かせる。 「……ありがとう。お疲れ様なのだ」 雷音は皆に一人一人、礼と労いの言葉をかけた。そして命を散らした者へは、その手をぎゅっと握り締め。 「ありがとう……」 泣いてはいけないと、思いながらも潤み声。アンジェリカもその傍らに立ち、鎮魂歌を静かに口ずさんだ。リリは両の手を組み祈りの言葉を、仲間に支えられながらもフツは合掌し念仏を。 (……少し答えに近づけたかな……) それらを見守るツァインは、何とはなしに東の空へ目をやった。どっと襲ってきた疲労感で気付くのがワンテンポ遅れたが……「あ」と呟く。 「見ろよ。日の出だ」 夜を切り裂く、白い光。 一日がまた、やってくる。 リベリスタ達が守った、皆の一日が。 『了』 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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