●最愛の人を守る為に 雨が激しく降っていた。頬の古傷が何故か染みて来る。 双剣を構える手が震えていた。体中がすでに擦り切れてもう立ってもいられないほど脚元が覚束なくなっていた。 まるであの動乱のND時の京都と同じだった。 圧倒的な恐怖感と死に襲われていた。猛烈に強い敵を目の前にして武者震いが込み上げて来る。それでも近藤は震える両手で双剣の刃を突きつけていた。 悪即斬という信念を貫き通すために―― 「この馬鹿弟子が! 俺はお前にそんなことの為に双剣術を教えたのではない」 不意に大声で叫ばれて近藤は忌まわしい記憶の淵から我に帰った。 近藤の目の前に今、立ちはだかっている大男が吠えていた。近藤よりもさらに背が高く勇ましい姿でマントをはためかせている。近藤の双剣術の師匠だ。 双剣式抜刀術第十三代継承者――鬼古聖十郎。めったに表舞台に出て実践で双剣を振るうことはないが剣の腕前は近藤よりも遥か高みにいる男。 近藤はかつて鬼古に師事をしていたが、世の中の悪を成敗するために、鬼古の元を抜けだしてND時の動乱の京都の最中に飛び込んだ。近藤はフィクサード組織の『新選組』を組織して京都を跋扈する敵と死線をくぐり抜ける激しい戦いを繰り広げた。 だが、どうしてもあの時、決着を付けられぬ男がいた。双剣を巧みに扱って猛烈なスピードで迫って敵を瞬く間に斬り伏せる剣神じみた男。近藤はどうしても奴を倒せなかった。 奴は自分の愛すべき人たちがいるこの世界を守るために、最期は双剣が折れていたにも拘らず敵陣に突っ込んで自らが犠牲になって目の前で果てて行った。 世界は結局、崩壊を免れた。近藤は一方で、その戦いで一番愛していた人を失ってしまい自分は辛うじて生き残ってしまった。 皮肉にも近藤は自分が最も倒したかった男のお陰で永らえてしまった。 「拙者も死ぬ覚悟は出来ていた。愛すべき人さえ生きていてくれたら、死んでも良いとさえ思っていた。だから過去は終わりにして今こそ決着を付ける。その為には最後の奥義が欲しい。師匠――お願いします」 鬼古は覚悟を決めた近藤に向かって双剣の刃を突きつけた。すでに稽古事ではなかった。生きるか死ぬかの瀬戸際だった。近藤はもう力が残っていなかった。 このままでは殺される――だが、一瞬、近藤の脳裏に昔死んでいった最愛の人の笑顔が過っていた。絶対に死なないで欲しい――そう、訴えていた。 近藤は天に向かって吠えていた。鬼古が渾身の力で撃ち放つ九吠狼翔閃に向かって、左足を恐れずに踏み込むと一気に双剣を繰り出していた。 ●ノーフェイスの男 「リベリスタの弱点を教えろ、そうすれば命だけは助けてやる」 斎藤一は冷たく言い放った。十字架に裸で縛り付けられている陰陽師の男――安倍行哉は決して首を縦に降らなかった。斉藤から激しい拷問を受けて、すでに身体はもう動かなくなっていた。それでも行哉は絶対に要求に応じようとしない。 「絶対にあの人達を裏切るわけにはいかない! 俺が死んでも――」 「ならば潔く死ね!」 行哉はゼロ距離射程から斉藤の渾身の技で刃突を食らってついに倒れた。意識を失い、夥しい出血の海に晒された行哉はもう動かなくなっていた。 斉藤は、行哉が当然のように死んだと思った。だが、不意に気がついた。 行哉はフェイトを失ってノーフェイスになっていた。 暫く立ってから行哉も目が覚めて自分がノーフェイスになったことを知った。行哉は頭を抱えて絶望した。不意に悔し涙が溢れて止まらなくなった。 「俺はもう――アークの一員になって戦うことはできない」 行哉は慟哭した。これまでアークの人たちに散々助けて貰ってきた。何度も厳しい死線を潜り抜けてこられたのも彼らのお陰だった。 いつしか行哉はアークの人たちと一緒になって戦うことが夢になっていた。皆と一緒になって戦うことがこれまでの恩返しになるのもある。それよりも行哉は大好きな人たちの側にずっと一緒にいたいという気持ちが強くなっていた。 だが、自分がノーフェイスになってしまった以上、それは叶わぬ夢になった。ノーフェイスはこの世を滅ぼしてしまうかもしれない存在だ。 行哉は自分が死ぬことでこの世界を守れるならそれでいいと覚悟を決めた。まだ自分の意識がはっきりとしている今のうちに俺は絶対に恩返しをする。 大好きな人のために俺は死んで――この世界を守る。 行哉はそう固くなに決心した。それから行哉は、表向きは『新選組』の仲間になったように見せかけて忠実な仲間になったつもりでいた。近藤たちもよもやノーフェイスになった行哉は自分たちの仲間だと信じて疑わない。行哉の作戦は成功していた。 最後の最後で裏切って奇襲をかけるつもりだった。おそらくアークの人たちも俺の作戦に乗ってくれるに違いない。もちろん、戦いの中で実際にアークの人たちに殺されるのもいいだろう。もしそうならこの上ない。そう心に決めたはずだった――。 だが、本当は行哉は死にたくなかった。彼女と一度でいいからデートもしたかった。溢れる涙を押し殺すために、行哉は仮面をかぶることを決意する。 愛するアークの人達に涙を見せないためと、もう一つ、その人の顔を見てしまうと折角の決心が鈍ってしまうだろうから。 「今まで本当に有難う。今まで迷惑を掛けた分、最後は死ぬことでお詫びしたい。俺が死ぬことが愛すべき人のいるこの世界を守ることにつながるのなら――」 行哉は決心を再び固めて仮面を外れないようにしっかり付け直した。 ●最期の清水の舞台 「京都でフィクサード組織の『新選組』が最後の逆転を狙って動きをみせたわ」 『Bell Liberty』伊藤 蘭子(nBNE000271)が厳しい口調で資料から顔を上げた。ブリーフィングルームに集まったリベリスタ達に情報を的確に伝えていく。 フィクサード『新撰組』は幕末の志士たちの生まれ変わりを自称している剣士たちだ。京都の覇権を手中にしようと勢力を拡大させている。彼らは自分達に向かう敵をすべて悪即斬の元に切り捨てていた。これまでにアークとも何度か交戦し、主力の大分を削ぐことに成功していたが、まだ局長の近藤を始めとして強力な相手が残っていた。 今回、『新選組』は清水の舞台で暴れていた。巨大で頑丈な拠点を確保するために、狙いを清水寺に絞って総攻撃を仕掛けたのである。すでに地元のリベリスタ達の手には負えず、敗走しており、アークが到着するのを待っている状況だった。中には攫われた安倍行哉の無事の帰りを待っている妹の芽衣香もいた。地元のリベリスタたちは彼の住む寺で皆で無事の祈祷をして寝ずに待っている状態だった。 「今回も厳しい戦いが予想されるわ。『新選組』の奴らは今回が、アークへの反撃の機とみて最期まで力を絞って戦ってくると予想される。くれぐれも気をつけて行ってきて」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:凸一 | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月27日(日)00:27 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 夜の雨脚が更に強くなり始めていた。冷たい雨が頬に痛いほど突き刺さる。長く続く石段の先には音羽山の中腹に聳える清水の本堂が見える。 極楽浄土を思わせる門が霧の向こうに薄っすらと覗いた。 狭い石畳の勾配のある坂が続いている。 参詣道脇の土産物屋の暖簾が風に煽られて今にも飛ばされそうだ。 「無抵抗の一般人を襲うのか、幕末志士も地に落ちたものだな」 テーピングを巻き直した『質実傲拳』翔 小雷(BNE004728)が静かに闘志を漲らせる。傍らで長い金髪を描き上げながら清々しい表情で『ラビリンス・ウォーカー』セレア・アレイン(BNE003170)も頷いた。国の為に戦った英雄を語るなんてあんまりにも品が無いとばかりに薄く微笑む。すでに彼女は参道から本堂に至るまでの道筋を十分調べつくしていた。 早く奴らより先に姿を発見する為に参道を急ごうと仲間を促す。 今宵の惨劇を予告するような叫び声が聞こえてきたのはまさにその時だ。 先を歩いていた観光客の若い女性が悲鳴を上げた。 目の前に現れたのは、誠の旗を掲げた武士の集団。 ダンダラ模様に染め抜いた羽織に身を包む壬生の狼。 幅広の大きな刀身を鞘から抜いたフイクサード『新選組』参番隊組長――斎藤一は眼光を鋭くさせた。まるで狐の目のような細い目を光らせる。 叫び声をあげる観光客に容赦無く刀を振りかぶる。髪をオールバックに纏めた偉丈夫の副長土方歳三が血に飢える新選組志士たちに無線で指示を出す。 各地で一斉に刀を平付きの構えにして観光客を無差別に襲い掛かろうとした。 「至誠に悖るなかりしか、という言葉がある。お前らには、誠の旗を掲げる資格はない」 下り坂の向こうから現れたのは『デイアフタートゥモロー』新田・快(BNE000439)を先頭にするアークのリベリスタの精鋭だ。斉藤と土方が頑強に封鎖している参詣道を真っ直ぐ突き進んできた快は今にも殺戮を開始しようとしている斉藤と土方を発見する。 「――ここでお前らの血風録を終わらせる」 快は味方が万全の闘いをする為の支援をまずは施した。後ろから『アウィスラパクス』天城・櫻霞(BNE000469)に大事に守られるようにして『ODD EYE LOVERS』二階堂 櫻子(BNE000438)が一歩前に足を踏み出す。 「皆様のお背中に小さき翼を……」 祈りを込めるようにして詠唱するとすぐに翼の加護を放つ。光に包まれた小さな白い翼を貰って一斉にリベリスタ達は恐れもせずに道を封鎖する敵の元へと突進する。 雨が激しく降るのも物ともせず『ガントレット』設楽 悠里(BNE001610)が、腕を大きく広げて正面から土方を抑えに掛かった。土方もすぐに刀を抜いて構えを作る。 「みんな、ここは僕達に任せて!」 悠里は『柳燕』リセリア・フォルン(BNE002511)と『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)を伴って道を封鎖する敵の前に立ちはだかった。 横から翼の加護を貰ってすり抜けていく仲間たちを絶対に邪魔させるわけにはいかない。 「拓真!」 悠里はその時、駆けていこうとする『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)の背中に向けて短く声を掛けた。拓真は僅かに振り返ると目で頷いた。 言葉はいらなかった。親友が何を言いたいかは口を開くまでもなく分かった。 決意と覚悟に満ち溢れた目を見て悠里も目で信頼を示した。 親友はすぐに背中を向けると他の頼もしい仲間とともに頭上を軽々と飛び越えていく。その中にはずっと道程から無言で厳しい顔つきをした『腐敗の王』羽柴 壱也(BNE002639)の姿があった。斎藤一はすぐにその宿敵の女を見つけた。 何度も交戦して激しい闘いを繰り広げた相手。斉藤にとって絶対に倒したい女のはずだったがまるで壱也は関心がないとばかりに前だけを見据えている。 「おい、待て、羽柴! それとも俺の強さにもう弱音でも吐いたのか、この負け犬女め!」 斉藤は嗤って気性を荒くしてその幅広の刃を大きく振りかぶって突きつけた。自分とは戦わずに通りすぎていこうとしていた壱也が気に食わない。 だが、その瞬間――斉藤は背筋に嫌な汗を掻いた。 壱也は挑発にゆっくりと振り返ると斉藤に鋭いガンを飛ばす。殺意の篭った冷酷な赤い瞳の視線を受けて斉藤はまるで背筋の凍るような恐怖を感じた。 「――その剣で斬ったの?」 真っ直ぐに厳しい視線を送った壱也は斉藤の持つ剣を見て問うた。だが、斉藤はあまりに凄まじい視線による威圧感を受けて答えるどころではなかった。 馬鹿な――この俺が、視線だけで圧倒されるだと? 斉藤は壱也が再び去って行くまでその場を一歩も動けなかった。 ● 本堂の入り口には頑強に組まれた剛鉄のバリケードが組まれていた。中から微かに観光客の逃げ惑う悲鳴が聞こえてくる。早く突破しないと彼らの命が危ない。 セレアは端正な切れ長の目を閉じて集中した。両手を突きつけて詠唱すると一気にバリケードに向けて魔力の渦を放出させる。空から降る鉄槌の煌めく星達が現れた。 バリケードが巨大な魔力の星によって粉砕される。大きな穴が開いて一気にそこからリベリスタたちが雪崩れ込む。すぐに仮面をつけた陰陽師の男が駆けつけてきた。 「安倍!」 思わずその変わり果てた姿を見つけた拓真が声を上げる。 体中に無数のダイナマイトを巻きつけ、運命を失った陰陽師は一言も声を漏らさない。仮面の下の表情は今何を思っているのかさえ分からない。 すぐ横には大きな身体に筋肉を漲らせた局長の近藤勇が立っていた。 「わたし達が来たからにはもう好きにはさせない」 壱也は重い口を広げて近藤に静かに言い放つ。そしてその横で控えるようにして立っている仮面の陰陽師に優しい声音で問いかけた。 「何馬鹿なことしてるの、安倍くん?」 壱也がそう問いかけた時、かすかに仮面が揺れ動くのが分かった。他なる壱也の顔を前にして行哉はすでに動揺していた。その心の内を必死に悟られないように振る舞う。 「俺はもうリベリスタじゃない。ノーフェイスだ」 行哉は声を振り絞るようにしてまるで自分に言い聞かせるように口を開けた。 「誠の双剣――貴様を殺す喜びを味わう時がようやく訪れた」 近藤は凍てつくような視線を上から浴びせかける。言葉とは裏腹に全く表情は笑っていない。近藤は真っ直ぐに拓真だけを見据えて腰に刺した双剣の鞘に手を遣った。 「見れば解る、随分と腕前を上げた様だ」 拓真も近藤に向けて双剣を手に取ると敵の顔に目がけて切っ先を突きつけた。前回よりも一段と筋肉の量が増して顔つきも険しくなっている。 「だが、俺とて遊んでいた心算は無い。前回の借りを返させて貰う」 拓真もこれまでの軌跡を思い巡らした。内外にわたって激しい戦闘を幾度も潜り抜けてきた自分もあれから腕を上げたという自負がある。安倍のことは羽柴に全て任せるつもりだった。彼女なら何とかする――そう信じて目の前の敵に意識を集中させた。 拓真は素早く動くと近藤を抑える為に双剣を斬り掛かる。 幸福であれと、最後に祖父が俺に何故伝えたのか。 今なら亡き祖父が伝えたかったことがわかる気がする。 己の幸福を願えぬ者が、他者の幸福の為に真の意味で剣を振える筈が無い。 そう、全ては……己を知り、信に価する誠が見出す為に―― 拓真は両足で力強く地面を蹴った。素早い足回り、鋭く力強い剣裁き。 格段に前よりも速い拓真の動きに近藤も驚きを隠せない。次から次へと双剣を巧みに操って攻撃をさせる暇もなく近藤を奥の壁の方へと追い込んでいく。 「口で言うだけのことはある――いいだろう、これで俺も本気を出せる。誠の双剣――相手にとって不足なし、今ここで貴様の息の根を止めてND時から続く因縁を断つ!」 近藤は吠えると拓真についに双剣を鞘から抜刀した。 「まずは有象無象の大掃除だ」 櫻霞が突っ込んでくる隊士達に向けて銃口を突きつけて撃ち放つ。 隊士達も決死の覚悟を持った剣士たちだ。銃弾を浴びても気力を振り絞って足を止めずに襲いかかってくる。櫻霞は恐れを知らない隊士を抑えこもうと撃ち続ける。 「雑魚が邪魔だな、さっさと散れ!」 一斉に射撃をして近づけさせない櫻霞に近藤が片手でガンブレードを操作する。後ろにいる櫻子に銃口を突きつけると弾丸の雨を降らせる。 すかさず櫻霞は近藤の銃弾の斜線を遮るようにして櫻子の前に立つ。 「大丈夫ですか――櫻霞様? お怪我は」 銃弾をまともに受けて眉間の皺を寄せる櫻霞を必死に介抱する。すぐさま大切な人に癒しの神秘を授けて傷を治癒した。 「最後に一発逆転を目指すなら、京都じゃなくて函館の五稜郭あたりでやりなさいよ、新選組のニセモノさん。ニセモノっていうより厨二病とかの類なのかしら?」 セレアは襲ってくる隊士達を何とか交わしつつ本堂の中心地点へと真っ先に目指す。仲間が隊士達を引き付けている間にセレアは再び集中して詠唱した。 彼女を中心として巨大な魔力の陣営が清水の本堂を瞬く間に覆い尽くしていく。その瞬間、逃げ惑う観光客達が陣地の外側に忽然と消えた。 ● 参詣道を突破していく仲間を見送るよりも早くリセリアが動いた。強くなる雨脚よりも早く剣を抜いたリセリアが石畳を駆け抜けていく。一瞬、気を取られていた斉藤がリセリアの速さに気がついて慌てて刀を前に出した時は右腕を斬られていた。 「多勢に無勢を失礼します――残念ですが、此処も戦場故にご容赦を」 リセリアは表情一つ変えぬ凛々しい表情で斉藤の刀をあしらう。一瞬判断が遅れて斉藤は刀を前に出して深手を負わないように防御するのが精一杯だった。 斉藤は何とか一旦後退して態勢を立て直す為に構え直す。やられたのは利き腕とは反対の右腕だったが、気を引き締め直す。 油断のならぬ相手だ。それにもう一人――あの女と同じ目をした奴がいる。 「斉藤。貴方は私の友達を奪いました。絶対に許しません!」 セラフィーナは愛刀の東雲を鞘から抜いてゆっくりと斉藤に突きつけた。 真っ直ぐにただ見抜いてくる鋭い目付きは先ほどの壱也のように真剣味を帯びていた。溢れそうになる怒りを胸の中に抑えこんで立ち向かう。 斉藤が動き出す瞬間を狙って、光り輝く羽の形をした閃光弾を放つ。敵の身体に命中した所を狙ってすかさずリセリアが間合いに入り、斉藤の首に刃を突きつける。 目の前に迫ってきたリセリアの刀を裁ききれずに地面に叩きつけられた。スピードで勝るリセリアに翻弄されて斉藤は反撃の糸口が掴めない。 「くそっ、あの女以外にもこんな厄介な奴らがいるとは――」 斉藤は痛みを堪えて立ち上がると折れた歯を飛ばして言った。 セラフィーナも、髪を靡かせて一気に跳躍すると横から鋭利な東雲の刃で突き刺す。 辛うじて斉藤はセラフィーナの東雲を受け止める。そのまま一気に刀身に両手を当ててセラフィーナを力づくで押し返す。 強烈な威力にセラフィーナは力で返されて店の壁に激突する。だが、すかさずその攻撃した隙を狙って今度はリセリアが死角から突き上げた。 斉藤は今度こそ受け切れないと判断して咄嗟に機転を利かした。 胸元に飛び込んできたリセリアに対して思いっきり刃を引くとそのまま腰だけの動きで圧倒的な破壊力の――刃突を撃ち放つ。 リセリアは胸にゼロ距離からの刃突をまともに受けて店先の壁に激突して崩れた。 倒れたリセリアを助けようとセラフィーナが駆け寄る。出血がひどいリセリアは俯いたまま眼を開けようとしない。 「その女はもうだめだ。俺の刃突を受けてまともに動ける奴なんていない」 斉藤もすでに満身創痍だ。とっておきの必殺技がなければやられていた。セラフィーナは一層激しく眼を鋭くさせて斉藤に飛び込んでいく。 仲間を傷つける斉藤が憎らしかった。東雲の刃で斉藤の刀を受け止める。セラフィーナは再び力で勝る斉藤に押し切られそうになった。だが、絶対に負けるわけにはいかないと刀の柄を必死に握り締めて踏みとどまる。 その時、眼を覚ましたリセリアがゆっくりと立ち上がった。 「――ゼロ距離からの突き。変わった技ですね」 斉藤は今度こそ背筋が凍った。ゼロ距離の刃突をうけて、立ち上がる姿を見て信じられないという表情をみせる。リセリアは斉藤の奥の手の特徴を見抜いていた。 実際に受けてみて威力と動きを体感した。 同じ手は絶対に二度と通用しない。リセリア自身も剣を平付きにして遠距離から真っ直ぐに突進する。斉藤はあまりの早さに気がついた時には遅かった。 刃突を放てず辛うじて剣でリセリアの刃を受け止めるしかない。 「今です!!」 リセリアが叫ぶと同時にセラフィーナが反応した。 腰を思いっきり引いて溜めを作ると、翼をはためかせて全速で動く。 斉藤よりもより強く、速く、そして―― 「私の怒り、その身に刻みなさい! アル・シャンパーニュ・ゼロ!」 東雲の刃が斉藤の剣を打ち砕いた。 凄まじい勢いに乗ったセラフィーナの一撃がそのまま斉藤の首元に突き刺さる。力を失ったように斉藤は不敵な嗤いを浮かべた。最期までその表情を崩さないまま地面へと倒れた。 ● オールバックの髪を靡かせて副長の土方は立ちはだかる悠里と激しくぶつかっていた。 「貴様、この俺に対して丸腰とはいい度胸だ。だが、手加減はしない」 土方は悠里の構えを見てただの丸腰では無いことは分かった。恐らく本気でやらねばならない相手だろう。そしてこれまでのどの剣士との対戦よりも厳しい戦いになる。 長年培われてきた直観で土方はそう判断した。すぐに土方は刀を平付きから大上段に構え直すと一気に決着をつける為に悠里の懐目がけて刀を振り下ろす。 「蝦夷まで行く必要なんてない。君たちの見た京の夢は、ここで終わりだ!」 悠里も覚悟を決めて互いに正面からぶつかり合う。 鋭い刀が振り下ろされる間合いを見計らって距離を取る。その直後にすかさず敵の懐に飛び込んで思いっきり拳を叩きつけた。 土方は腹に重い拳を受けて口から大量に血を吐いてむせ返る。 思わぬ素早い動きを見せた悠里に土方も予想以上に甘く見ていたと引き締め直す。 一気に勝負をつけるために刀を大きく振り回しながら無数の風刃を放つ。 乱斬の無差別同時空間方向による斬撃―― 勢いに任せた荒れ狂う土方の必殺の鬼殺しが発動した。 眼にも止まらぬ斬撃の嵐の中に巻き込まれた悠里は身体を一気に切り裂かれる。 土方の攻撃が終わった時には、悠里はその場から一歩も動けずにいた。全身を至る所まで斬られて夥しい出血が出ている。口元から一筋流れる血を拳で拭った。 「土方って近藤の無二の親友なんだよね? なら僕達は似たもの同士かも知れないね」 悠里は傷ついた身体を奮い立たせながら敵対する土方に言った。 「君が近藤の勝利を信じているように、僕も拓真の勝利を信じてる!」 気迫が篭った闘志を悠里は見せつけた。まるで今の攻撃は全く効いていないとでも言うかのように歯を食いしばって言い放つ。 「そうだ――近藤は相手がたとえあの弦真の孫であろうとも必ず勝利する。貴様にこの俺がここで負けるわけにはいかない」 土方は再び剣を振り回すと鬼殺しを発動させた。悠里は一歩も引かずに再び拳を強く握り締めると気迫で振りかぶって突っ込んだ。 身体を切り刻まれながらも踏みとどまり続ける。拓真達を信じて先に倒れるわけにはいかなかった。絶対に気力で持ち堪えてみせる! 「後は貴方だけです。――お覚悟を、副長」 その時だった。斉藤をついに叩いたリセリアが加勢に入る。土方の背後から一気に平突きの剣で奇襲して深々と突き刺した。 土方が背中をやられて刀を振るう手が一瞬止まる。 そこを悠里が見逃さなかった。 「これが僕の! 極・魔氷拳だ!」 至近距離から土方の鳩尾目がけて凍りつくような鉄拳が放たれた。 氷の凍てつく拳を受けた土方の表情が苦悶に満ちた。 悠里の気迫が土方のそれに一瞬僅かに勝った。 突然力を失ったように膝が崩れて副長はその場についに倒れこんだ。 ● 「よう、来てやったぜ。ニセ新選組」 快を先頭にした部隊は本堂の舞台側から一気に上昇して沖田の元へ現れた。まさか後ろからやって来ると思っていなかった志士たちは突然の奇襲に動きが止まる。 逃げ惑う観光客から目を逸らすために快はアッパーを放つ。まともに食らった沖田総司達は心をかき乱されて強烈に快に殺意を覚えた。 「俺を殺したお前たちが憎い。全員纏めて殺す」 沖田は冷たく言い放つとすぐに快に目がけて猛進してきた。快は沖田の剣を正面からナイフで受け止めて仲間たちを背にしてブロックする。 「貴様、ただの盾役じゃないな。お前みたいに疾いクロスイージスは見たこと無いぜ――もっとも近藤さんを除いて、はな」 不敵に嗤って沖田はスピードを生かして剣を振るう。快は何とか沖田のスピードについていきながら攻撃を後ろの仲間へは逸らさないように必死に食らいついていく。 他の隊士達が一斉に沖田に助太刀しようとした所を、小雷が拳ひとつで斬り込んだ。 「なぜ、お前らは無抵抗な一般人を襲う? 答えろ」 剣を振りかぶってくる隊士の剣を拳で力いっぱい叩きつける。刀が折れた所を狙って小雷はすかさず相手の腕を取るとそのまま腰に敵の体を載せて一気に地面に叩きつけた。 首の骨が折れる鈍い音がして隊士が息絶える。それを見た他の隊士が小雷に言った。 「俺達の掲げる誠はただひとつ、悪即斬だ。俺達の行手を阻むものは誰であっても容赦はしない――その場で即に斬り捨てるのみ」 己の信念を曲げようとしない壬生の狼たちに何を言っても無駄だった。 「ならば、潔く死ね!」 小雷は周りを包囲されながらも威勢よく叫んだ。斬り込んできた隊士を同時に二人相手にしながら一方の腕で剣を掴むと、もう一方の炎を纒った腕で殴り払った。 炎に巻かれた隊士が顔面を覆いながら崩れ落ちる。だが、次第に数で圧倒する隊士達は一人でその他大勢と対峙している小雷を苦しませ始めた。 快も沖田の素早い動きを止めるだけでなかなか小雷の方までサポートが充分に行き届かない。次第に身体を無数に刻まれて小雷も膝を着く。背中をふかく突き刺されて小雷は力を失ったように崩れ落ちそうになった時だ。 「待たせたわね、ここから一気に反撃と行くわよ!」 セレアが本堂の方から移動して駆けつけてくる。巨大な神秘の力を念じて一気に小雷達に襲いかかっている敵を鉄槌の星で巻き込む。 唸り声を上げて隊士達は苦悶に満ちた表情を浮かべた。駆け込んできたセレアが猛烈な火力で敵を巻き込んでいくのを傍らで見て快もついにギアを上げた。 「お前の剣には正も無ければ義も無い。士道だと? ふざけるなよ。お前の剣は鬼蜘蛛と同じ、只の外道だ!」 快が吠えてこれまで抑えていた沖田を突き飛ばす。蛇砂のナイフを構えて沖田が攻撃してくるのを待つように構えた。 「俺の技を正面から受けるつもりか! 馬鹿め、ならば潔く逝け!」 沖田も快に呼応して雄叫びを上げると、猛スピードで翼をはためかせながら剣をまるで木の葉が舞うように巧みに扱って振り抜いた。 猛烈に早い一撃目が快の右足を切り裂き、続いて風のように動く二撃目が左足を貫いた。瞬く間に両足をやられた快はそれでも歯を食いしばって立つ。 「クタバレヤアアアアア!」 沖田が絶叫しながら刃を返すように嵐のような三撃目を繰り出してきた。 首元を狙った威力のある切っ先が襲い掛かる。 快はその瞬間、左腕を伸ばして沖田の刃を受け止めた。 すさまじい衝撃音とともに快の左腕が折れそうになる。だが、快は集中して一点だけに集中を凝らすと刀の重心をズラして破断した。 「守護神が白刃取り、奥義の極……刃絶」 馬鹿な――沖田が漏らす。 折れた刀を弾き飛ばすと快は砂蛇のナイフを力強く握りしめた。 沖田の首もとを狙って刃の閃光が走る。 「二重の雷陣、その身に刻め!」 横に薙ぎ払った切っ先が首の動脈を掻き斬って鮮血の雨を降らす。 続けて縦に振られた刃が抉るように首を骨から切断した。まるで雷が落ちたかのような衝撃に耐え切れず沖田は舞台から身を投げた。 遥か地面の下に叩きつけられた沖田は霧に包まれるようして消えた。 ● 「悪いが俺はもうリベリスタじゃない、お前たちを倒す」 仮面の紐をしっかりと結んだ行哉は呪符を取り出すと影人を出現させた。 展開した影人がリベリスタ達に一気に襲い掛かる。隊士達を援護しながら後方から銃をぶっ放して特に櫻子に集中砲火を狙った。 「回復から狙うのは上策だからな、来るだろうとは思っていた」 すかさず両手を広げて櫻霞が斜線を遮って前に出る。銃で牽制しながら敵の腕を狙って右眼のオッドアイを閉じると集中して狙い落とす。 数で圧倒する隊士達に流石の櫻霞も疲れを見せ始め、ついに遠距離から攻撃して敵の体力を奪いに掛かった。剣を振りかぶっていた隊士は胸を突かれて息絶える。 「――櫻霞様!」 敵に包囲されて奮闘する櫻霞の体力を心配して櫻子も支援を施す。ありったけに心を込めて作り上げた温かい魔力を大切な人に授けて援護した。 「わたしたちは今日、新撰組を討ちに来たの。最強の布陣よ。負けるわけないでしょ。大丈夫だから――わたしもろとも吹き飛ばすなんてマネ、やめてよね」 壱也は本気で攻撃を仕掛けてくる行哉の前にわざと躍り出た。放火に巻き込まれた彼女はまともに正面から攻撃を受けて苦しい表情になった。そのとき、斉藤を倒して遅れてやってきたセラフィーナが声を荒らげた。 「安倍さん。私は……貴方を救う事ができません。いえ、救うどころか、殺すでしょう」 セラフィーナの顔を見て行哉も一瞬、声が詰まる。 「でも、最後に……いえ、最後だからこそ。一緒に戦いませんか? アークの仲間として、共に新撰組を一緒に倒しましょう」 思いもがけぬ呼びかけに行哉は心を激しくかき乱された。 他ならぬセラフィーナの必死の説得に行哉も歯を食いしばりながら耐える。 壱也も必死の思いでただ真っ直ぐに行哉の方へ向かってくる。 何度も火炎弾を受けながらも攻撃の意図を見せずに壱也はやってくる。 行哉はもうどうすることも出来なかった。 これ以上、彼女を傷つけたくない―― 「最初で最後の、お願いだよ。ダイナマイトを外して。 一緒に戦おう。安倍くんと並んで戦いたい。大事な仲間だから」 壱也は近づくと行哉の被っている仮面の紐を解いて見せた。現れた行哉の顔はすでに斉藤の手によって傷だらけになっていた。抑えられない感情が溢れてくる。 優しく壱也の手に頬を拭われて行哉はいても立ってもいられなくなった。 壱也の手に自分の手を重ねると熱いものが迸っていた。泣くまいと決めていたのになぜか止めどなく溢れてきている。行哉はようやく自分の本当の気持ちに気がついた。 「壱也さん、セラフィーナさん、俺は――貴女たちに助けられて本当に幸せだった。一緒にアークに入って戦えたらって。けれど、ごめん――」 行哉は壱也の身体を一瞬だけ、強く抱きしめるとすぐに突き放す。そして、傍らで戦っている近藤にめがけて一気にダイナマイトと一緒に突撃を仕掛けた。 近藤が拓真に気を取られている今がチャンスだ。一緒に戦って俺が死ぬことで少しでも役に立てることができるなら――行哉は壱也の制止を振り切って体当たりを試みる。 「邪魔者は引っ込んでいろ!」 近藤は拓真の双剣を体でブロックすると空いた片方の剣で突っ込んできた行哉を薙ぎ払う。 セラフィーナは何とかして行哉をかばおうと横から割った。 その瞬間、巨大な爆発が起きてセラフィーナと共に陰陽師は吹き飛ばされた。 宙に舞った行哉は地面に叩きつけられる。その瞬間に、背中に積んでいたダイナマイトが炸裂して大きな爆発音とともに陰陽師の身体が吹き飛んだ。 「安倍くん馬鹿!! 何で突っ込んだの?」 壱也が泣きそうになりながら横たわった行哉の元へと駆け寄る。 「俺の女を守るのが男の生きる証だから」 血だらけになって地面に横たわる行哉は顔面を蒼白にして血を吐く。 セラフィーナに庇われて即死は免れたがそれでも動けない。 すでに身体の大半を爆発によって深手を負わされていた。息が苦しそうに何度も血を吐いては激しい痛みを負った背中を掻きむしる。すでに行哉は体温が奪われつつあった。 「よそ見をしている場合か――新城、今度は貴様の首を飛ばす」 目の前で行哉が爆発で吹き飛ばされたのを見て思わず拓真は心配になった。近藤はその隙を逃さず近距離から抜刀術の構えを見せると一気に突進した。 拓真も一瞬遅れながら思い返す。 前回受けた近藤の太刀筋と修業によって成果を出した剣裁き。 鞘から一気に双剣を抜刀すると近藤の大きな身体に向けて一気に繰りだす。 九つの狼を纒った双剣の軌跡を拓真は撃ち放つ。 まさに近藤が得意とする双剣式抜刀術の九吠狼翔閃。 「オオオオオオオオッ――――!!」 加速した勢いに乗せて近藤を倒すために拓真は抜刀術を放った。 その瞬間、近藤も雄叫びをあげていた。拓真が振り込んできた剣よりも一歩だけ早く左足を恐れずに踏み込むと一気に双剣を下から振りぬいた。 その瞬間、拓真は双剣を吹き飛ばされた。 最後の一撃が鳩尾に当たって拓真は本堂の壁に激突した。激しい揺れとともに壁が崩れてきて拓真は下敷きになった。身体を大きく割かれた拓真は顔を俯けたまま気を失う。 ● 参詣道の隊士達を倒して道中を逃げ惑う一般人をかき分けてきたリセリアと悠里は本堂で大きな爆発音を聞きつけて足を速めると一気にバリケードの中へ侵入した。 リセリアは拓真の姿が見当たらないことに不安を抱く。 「――誠の双剣は死んだぞ」 不敵な笑みを浮かべる近藤は指を差す。そこには血まみれになって眼を閉じて横たわる拓真の姿があった。それを見た瞬間、いつもは冷静なリセリアの表情が険しくなる。 「絶対に絶対に、許しません!」 後ろを振り返るまでもなくリセリアは飛び込んだ。 近藤はリセリアの剣戟を食い止めながら猛烈な勢いで双剣を振りぬく。 突っ込んできたリセリアを力づくで跳ね返す。 沖田を倒した快やセレアや小雷達もついに応援に駆けつけてきた。 セレアは勢いをつけて巨大な魔力を放って隊士達を退けると、近藤までの最短の道筋を作り出す。 快は二人を庇いながらいまだ残っている隊士に向かって斬りつける。小雷がその隙にセレア達が作った道筋を縫って近藤の元へたどり着くと殴りかかった。 だが、近藤は九つの吠える狼の軌跡を近距離から容赦無く叩きこむ。 入り口で櫻霞と櫻子が隊士相手に奮闘しており、遅れてきた悠里もすかさず応援に入る。斬りかかってきた隊士を拳で食い止めながら奥で倒れこんでいる拓真の姿を見つけた。 「しっかりしろ! 拓真、そんなところで寝てる場合か!」 悠里が倒れて気を失っている拓真に叫んだ。 不意にその時、誰かに呼ばれたような気がして拓真は眼を開ける。 「俺は――いったい」 拓真が誰かに呼ばれて眼を開けるとそこに飛び込んできたのは、近藤によって斬りつけられて深手を負って倒れているセラフィーナやリセリアや小雷だ。 「誠の双剣がそんなところでくたばってどうするんだ! お前を信じて戦った仲間を見殺しにするなよ。あの新城弦真だって手こずった強敵を倒すのは同じ称号を受け継いだお前しかいないんだ!!」 快が一般隊士達の攻撃を食い止めながら拓真に叫んだ。傷ついた身体をようやく起こして拓真は双剣を探すが見当たらない。 素手でやるのか――あの最期の祖父と同じように? 拓真は決意した。双剣がなければ両腕を双剣にして立ち向かうのみ。 気合で近藤に向かって体当たりを仕掛ける。目の前で安倍がやってみせたように、あのND時に祖父がやってみせたように俺は、愛する人達を守る為に―― 「拓真さん、これを!」 不意に後ろから呼ばれたかと思うと、血だらけの行哉が壱也の制止を振り切った。最期の気力を持って立ち上がり、落ちていた拓真の双剣を拾うとそのまま投げてよこした。 その瞬間、行哉は間合いに入った近藤のガンブレードで容赦無く銃弾の雨に晒される。 大きな爆発が再び起きて目の前が煙で真っ白になった。 「あべえええええええええええ!!」 拓真は叫んだ。 だが、すぐに近藤が素早く動いて拓真に斬りかかってくる。重心を低くして最後まで溜めを作ってから撃ち放つ双剣式抜刀術の構えをみせる。 拓真は双剣受け取って鞘に収めると近藤に突進した。 奴と実力が互角だとは言わない。 だが、負けられなかった。安倍の為にも、大切な仲間の為にも。 後ろには頼もしい仲間がいる。悠里や快や壱也が固唾を飲んで見守っている。 祖父よ、見ていてくれ! 拓真は鞘に双剣を遣って渾身の抜刀術の構えをみせる。 勝利する為に剣を振るうのでは無い。 譲れない物がある故に、己は剣を振るうのだ! 臆するな、勝利は……足を踏み出したその先にある……! もう一度同じ技を――近藤よりも強く振るように拓真は信じて繰り出す。 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!!」 拓真は近藤よりも溜めを作って敵の間合いを恐れずに両足を前に踏み込んだ。 殺られてしまう恐怖を抑えながら踏み込んだ足を軸にして一気に双剣を開放する。 拓真の放つ九つの狼の軌跡が近藤の天吠狼閃の一撃を斬り飛ばす。 「そんな馬鹿な――俺の奥義が――」 荒れ狂う狼の刃に引き裂かれた近藤は雄叫びを上げながら突き飛ばされる。そのまま本堂を突き抜けて欄干にぶち当たると清水の舞台から落ちて地面に叩きつけられた。 ● 「結局、彼らの示す誠とはなんだったのでしょうね」 櫻子は果てて行った新選組隊士達の掲げた誠の旗を見て呟いた。雨と血に汚れた隊旗はもう誰によって掲げられることもない。一体彼らが示す誠によって何が示されようとしていたのかはもう今となっては語られることもないだろう。 何も成せず何も残さず近藤達はこうして忘れ去られくのだろうかと――傍らで清水の舞台から外を眺めている櫻霞も想いを巡らせる。 何はともあれ大切な人を守ることの難しさを改めて思い知った。櫻子が何かに気がついて上目遣いで大きな耳を垂らしながら見つめ返してくる。 「何でもない――もう思い残すことはない、風邪をひかないうちに早く帰るぞ」 雨脚が強くなる清水の山を二人は一つの傘を差して先に後にしていく。隊士達は残らず特攻を仕掛けて最期は朽ちていったが一人だけ生き残っている者がいた。 「どうして俺にトドメを刺さない?」 副長の土方はすでに重傷を負って動けなくなっていた。すでに戦意は喪失しており、武士の本懐を遂げようと切腹を試みたがそれすら悠里に制せられた。 「やり方は全く認められないけど、君達もこの京を守りたかったんだよね。そんな君達を無為に殺したりはしたくない」 悠里は笑顔でそう呟いて傷ついた副長の土方に手を差し出した。出された手を暫く見つめていたが土方は最後には悠里の手を取って何とか身を起こす。 「不殺の慈悲とはまるで――あの晩年の誠の双剣のようだ。そんな甘っちょろい正義で本当に人が救えるのかどうかこれからもお前たちを見届けてやる」 土方はそう言い捨てて音羽山を一人で下山していった。 「――いいの? 土方を逃がしちゃって」 セレアが何なら私が代わりにトドメ刺そうかしらと腕をまくったが、悠里は心配いらないというようにやんわりと制した。 「壬生の狼は近藤と一緒に作り上げたものだからもう彼なしでは再開できないってさ。自分を見つめ直す為にこれから旅に出るらしいから多分大丈夫だと思う」 悠里は最後に土方と話した内容を話した。それよりも気になるのは――兄の無事をお寺で待っている安倍芽衣香のことだった。 前回の闘いで悠里は芽衣香に約束した。必ず兄を連れて帰ると―― 芽衣香の泣き崩れる姿を思い出して悠里は言葉を失っていた。 「……芽衣香さんには、なんと伝えたものでしょうね」 同じく関わりの深いリセリアも俯いたままなんと言っていいか分からず表情が曇る。そういえば先程からセラフィーナの姿が見当たらない。 恐らく彼女も一人で何処かで耐えている――本当は自分の手でトドメを刺したかったのだろうとリセリアは彼女の心を思い遣った。 「そもそも安倍はどうしてリベリスタに?」 これまでの経緯をよく知らない小雷が傍らにいる快にこれまでの経緯を訊いた。 「俺も全て関わったわけじゃないからそこまで詳しいわけじゃないけど――安倍くんはもともと一般人で神秘の事件に遭遇した所をセラフィーナや壱也を始めとして大勢のアークのリベリスタが彼の窮地を何度も助けてきたんだ。おそらく彼の関わった事件の数を推察するにアークに彼のことを知るリベリスタはおよそ百人くらいはいるんじゃないかな」 快はそこまで説明して自分も苦虫を潰した。前回の闘いで自分も行哉には崖から落下しそうになった所を間一髪の所で救われた。 「助けてもらった恩を返せないのが、残念だ。安倍君」 快は本堂の中でまだ残っているあの二人のことを思って言葉を漏らす。 ● 「月が綺麗だね、安倍くん」 壱也は外から漏れてくる月の明かりに気がついて声を上げた。すでにあれほど激しく降っていた雨は止んで空には大きな銀色の月が浮かんでいた。 本堂の中は静けさに満ちていた。生々しい戦闘の傷跡は残っているが、すでに他の仲間は全員引き上げて堂内には二人しか残っていなかった。壱也は二人きりにさせて、と仲間に告げた。他の仲間達も、もう何も言わず外に出て行った。 行哉はもう体力をほとんど残されていなかった。それでも気力を振り絞ってこの世で一番好きな人に向かって言葉をゆっくりと紡いでいく。 「壱也さん――お願いです、俺を……殺してください……」 行哉は血だらけの顔を真っ直ぐに向けて壱也に言った。壱也は何も答えられなくなった。これまで会ったら何を言おうかそればかり考えてきた。 最期に相応しい言葉を何度も想像して言ったりしてみた。格好いい言葉や素敵なフレーズも思い浮かんだがそれらは何も肝心なことを伝えはしない。 「ごめんね。ありがとう。安倍くんは大事な仲間だよ」 また一滴、頬から零れ落ちる。 壱也はもう溢れる想いを我慢できなくなっていた。 不意に目頭が熱くなって涙が溢れ始める。行哉はそんな嗚咽を漏らす壱也の小さな手をとって優しく口を近づけた。 「俺は、後悔はない。大切な仲間に恵まれて、少しだけ、一緒に戦う夢を実現できて、そして、心から好きだと思える人に、出会えた……」 行哉は言葉を懸命に振り絞る。 本当は死にたくなった。もっと生きてずっと側に居たかった。 胸が苦しかった。行哉にとって最初で最後の恋だった。 だからどんなに苦しくても他ならぬ最愛の人の手で―― その時、行哉が苦しみに藻掻いた。重度にやられた怪我が激しくうずいて行哉は耐え切れずに喉の奥から血を大量に吐き出す。 壱也も行哉の覚悟を見てついにオレンジ色の幅広の刀を取り出す。 全く汚れていない清廉潔白の刀。壱也は今宵初めて刀を振りぬいた。鋭く斬れる切っ先を行哉の喉元に突き付ける。 涙が止めどなく溢れ来て壱也はもうまともに行哉を見ることができない。 壱也は大きく振りかぶったまま動きを止めた。 心の底から壱也は念じた。行哉を助けたい―― まだ果たしてない約束、いっぱいあるよね 何度でも助けてあげるって 言ったでしょ たとえ、どんなにそれが可能性が低くても 絶対に起こしてみせる わたしと安倍くんの奇跡―― 「ごめんね」 壱也は大きく刃を振りかぶると一気に切っ先を突きつける。 その瞬間に大量の血が溢れてくる。目の前が赤く染まって気を失いそうになった。それでも手を緩めずにもっと奥まで深く深く心を抉っていく。 「壱也さん――無茶だ」 行哉が絶叫して叫んでいた。 壱也は羽柴ギガントで自分の心を突き刺す。たちまち辺りには壱也の大量の溢れかえった血が海を作り出す。壱也は覚悟を持って更に深く自分の心を突き刺す。 「リベリスタがノーフェイスに堕ちたら、もう運命は得られないんだ! ただのノーフェイスがフェイトを得ることができるのとはわけが違う! だから止めて……くれ」 行哉が自分を傷つけようとする壱也に向かって絶叫した。 「奇跡はね、起きないことを起こすから奇跡っていうんだ。わたしが安倍くんのために、この手で絶対奇跡を起こしてみせる!」 壱也は運命を歪曲するために願った祈り――― それは自分の運命を行哉に分け与えることだった。幾度となくこれまでの行哉を助けてきた深い繋がりの絆を信じて壱也は祈りを込める。 「おねがいだから生きて」 壱也の流した涙が刃に伝わって行哉の身体に流れ落ちる。その瞬間、本堂に入り込んできた月の光とクロスして鮮やかな虹が現れた。 鮮やかな光に包まれた堂内は新たな運命を創りだすように産声をあげる。やがて幻想的な光に包まれた堂内は眩い光とともに何かを授けて消えていった。 先に気がついたのは行哉の方だ。 手に身体をやるとあれほど苦しかった傷が何処かに消えてなくなっていた。傍らでは愛しの人が気絶して横たわっている。すぐに行哉は壱也を揺り動かした。 壱也は眠たい眼をこするように大きく開いた。 「安倍くん、運命が――」 重傷を負っていたが壱也は何とか生きていた。大量の運命を分け与えたお陰で体調はひどかったが、行哉が運命の加護を取り戻したところを見て笑みを浮かべる。 普通なら絶対にありえない奇跡。 その小さな身体で壱也は成し遂げた。 他ならぬ行哉の為に。 「壱也さん、側にいてもいいですか?」 行哉は泣き腫らした顔で伺う。 心から思える大切な人。 できることならば、ずっといつまでも一緒に。 行哉は壱也の胸元で嗚咽を漏らし続ける。 「バカ――ほんとに世話が焼けるんだから」 壱也はそれだけを言い残すとまた気を失うようにゆっくりと目を閉じた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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