●品無き食事 天候に恵まれたある日の正午。 ほぼ真上からの強い陽射しを受け止め、どっしりと幹を構える大樹が、巨大な傘のように枝葉を広げ、大きな日陰をつくっている。 その日陰で陽射しを避けながら、少女は水彩画に興じていた。 白い夏服ワンピの袖から伸びた腕を、思うままに動かす。手に握った筆が、目の前のキャンバスへ鮮やかな彩りを塗り足していく。 少女はこの日、広場の中央に生えた大樹から、見渡せる限りの風景の色を描き写していく予定だった。 「ん~~……けっこう進んだかなぁ」 両手を上げて軽く伸びをし、それなりの進行具合に満足していた。 このとき、広場から見える場所には、少女以外の誰もいなかった。 それが、このあと起きる不幸を揺るぎないものにしたのかもしれない。 タタッ――タタッ――タタッ――タタッ――。 どこからか、獣の駆ける足音が近づいてくる。 「……あれは、ワンちゃん?」 広場を囲って林立する木々を背に、少し離れた先から、四足歩行の獣がたしかにこちらへ走ってくる。 「……えッ」 だが、その獣は、到底ワンちゃんと呼べる代物ではなかった。口が異様に大きく、首元までザックリと裂けている。巨大な顎を開き、ズラリと生えた犬歯も、角と見まがうほど長く鋭い。 猛スピードでどんどん近づいてくる怪物の登場が、まるで白昼夢のようで、少女は思わず呆けてしまったが、この時点でそんな時間的余裕はすでにない。別の危機も迫っていた。 カァー! クァー! アァー! 頭上高くで響く、不吉な鳴き声。耳を突き通し、脳を狂わせるかのように、怪鳥が嘲笑めいた高周波音を降らせてくる。 ザザザァー! 「きゃあッ!」 大樹の厚い枝葉を突き抜け、ふつうに見られるカラスの三倍はあろうかという大きさの黒鳥が、少女のスケッチブックを踏みつぶして降り立った。 威嚇するように広げた黒い羽は、全部で六枚。嘴と爪が、鎌の刃ほど鋭く、鈍色に光っている。 「ぁ……あ……ぁあ……」 尻もちをつき、恐怖にかたまって、まともに悲鳴もあげられない少女の頭から、麦わら帽子がずり落ちた。 そこへ、 シュルルルルル……。 「うっ……! いやぁ……苦し……!」 完全に無防備のすきを突いて、身体へ巻きつき絞め上げたのは、とても太くて柔らかく重いパイプ。 まるで巨大な手で握りつぶされていくような感覚に襲われる少女の顔を覗きこんだのは、成人男性用の靴ほどもあるサイズの頭を、合計三つも生やした蛇だった。 「……ッ」 もう声も出せず、逃げられるはずもない少女の身体へ噛みついたのは、三つ首の大蛇だけではなかった。 巨大な口の獣と黒い怪鳥も、少女へ飛びつき、噛みちぎって、啄んだ。 我先にと、細かく噛み砕いていく新鮮な肉片をその腹へと流しこみ、ときには三者の化物はいがみあい、威嚇と牽制を繰り返して、世にも汚らしい食事をつづけて少女を貪りつくしていった。 ●ブリーフィングルーム 「化物同士の食事はTRIANGlE WAR」 なにやらスラングめいているようで、その実、深くもなく意味不明。『駆ける黒猫』将門伸暁(nBNE000006)が口にした言葉を、今思いついたばかりの歌詞だとわかる者など、そばにはいなかった。 「さて、集まってもらった理由は言うまでもないぜ。エリューション退治だ。 トータル三体いるんだが、詳しくはモニターに出すから省かせてもらうぜ。いいよな? イージーに言うとだ。ある公園でガールが一人やられちまう。その子を助ければOKだ。 おっと、エリューションもばっちり退治してくれよ。 けど、今回退治するのは二体まででもいいし、『KILL THEM ALL』でもOKだ。みんなで相談してくれよな」 依頼に駆けつけたリベリスタたちの、ちょっと引いた反応もお構いなしに、伸暁は説明をつづけ、最後までマイペースで終えた。 「んじゃ、よろしく頼んだぜ!」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:姫羅泉 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月19日(土)23:07 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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●絵を描いてる場合じゃない とある大きな公園のほぼ中央。 強い陽射しに見下ろされた大樹。 「ふんふんふん~」 その木陰で、少女はキャンバスに筆を走らせ、水彩画を楽しんでいた。 何者にも邪魔をされないこの時間が好きだった。 しかし、この日は違った。 あまりに急に、声をかけられたのだ。 「君、ここは危険だからすぐに帰った方がいい」 傍らに、日焼けした長身の男が立っていた。『侠気の盾』祭 義弘(ID:BNE000763)である。 他にも、男女合わせて計四人が、いつの間にか大樹の木陰に現れていた。 「へ、えっと、どなたですか……?」 少女は突然の警告に怯えた様子を見せる。一体、何が起きたのか。 「俺たちは民間で街を巡回してる者だ。最近、ここらで野犬や蛇に襲われたっていう話を聞くからな」 「野犬……ですか?」 あまりピンと来ないらしく、反応が薄い。 だが、義弘たちには少女を逃がす必要と理由がある。 少女の説得を続けるそばで、白いリボンと黒髪ツインテールの『無軌道の戦姫(ゼログラヴィティ』 星川・天乃(ID:BNE000016)は超人的な五感を研ぎ澄ませ、周囲の気配を探っていた。 「少し先、の公衆トイレ付近、に人発見」 「ボクに任せてっ!」 犬耳をウルフカットの髪に紛らわせた少年『ノットサポーター』 テテロ ミスト(ID:BNE004973)が応じ、エネルギーの膜で公園内を覆う。トイレから出た人がそそくさと離れていくのを、天乃は鷹のような視力で見届ける。 だが、少女の説得も終わらないうちに天乃の五感が、迫る危機を報せる。 「犬、が来た」 タタッ――タタッ――タタッ――タタッ――。 駆ける獣は、思いがけぬ複数の獲物に舌なめずりをしてスピードを上げた。 「チッ、そうみたいだな。しょうがねぇ」 「あ――キャッ……!」 同様に気配を感知していた義弘はおもむろに少女を抱え上げ、獣が迫る方向とは逆へと走り出す。 すると次には、少女の座っていた簡易の携帯イスが、小さな少女メイドに姿を変えた。全身が黒装束の『アヴァルナ』 遠野 結唯(ID:BNE003604)による式神である。敵の注意を逸らす効果を期待している。 結唯自身は、大樹から生える太い枝の一本へ飛び乗り、手で作った拳銃を構えて準備万端に整えている。 「さて、と…そんじゃまぁ、今日も派手に暴れてやるとしますかねえ!」 味方が動き出したのをきっかけに、髪も瞳も青い『蒼き炎』 葛木 猛(ID:BNE002455)が獣の方へとまっすぐに駆け出した。 少女を抱えて広場を駆け抜ける義弘に、声がかかる。 「そのまま突っ切って。向こうに熱源は無かったわ」 茂みに潜み、狙撃の瞬間を待っている銀髪の女性『レーテイア』 彩歌・D・ヴェイル(ID:BNE000877)だ。 「わかった」 「あわわわ……っ」 わけもわからず慌てふためく少女は、力強い腕によって安全圏へ運ばれていく。ただ少し、置いてきた水彩道具が気がかりだった。 ●三頭六人入り乱れる 最初の激突は、猛と獣の正面アタックだった。 走る勢いを殺さぬままに首まで裂けた大口を開き、獣の牙が襲い来る。 これを猛は変幻自在の体さばきでいなした。――が、完全には避けきれず、衣服の上から肌の表皮が裂かれる。 「なかなかやるじゃねぇか!」 構わず側面から冷気の波動をぶつけていく。 「ちょこまか動かれたんじゃ、やりづらいからな。さあ、行くぜッ!」 戦闘は、大樹の直下でも始まっていた。 「やけに匂う、と思ったら」 天乃は嗅覚に導かれ、頭上の木枝を見上げる。そこには、三つ首の大蛇が鎌首をもたげてぶら下がり、大きく口を開けていた。 ピュシャー……ッ!! 三つ首が同時に、素早く毒液を吐いた。 天乃、結唯は反応したが躱しきれずに毒を受け、テテロは唯一、毒を無効化しつつむしろ高ぶる精神が呼び起こす熱を全身に纏って、大蛇めがけてがむしゃらに駆ける。 「まずはボクがひきつけますっ!」 木枝を飛び跳ね、地面を走り、大蛇の注意を揺さぶる。 ――と、大蛇は動きを鈍らせながらも、ボトンッと落ちてきた。 そこへ、毒を受けても意に介さない天乃と、テテロが踊りかかった。 「……やってくれたものだ」 サングラスや服にまでかかった毒を拭い、大蛇と仲間たちを見下ろす格好で結唯は警戒を続けた。 まだ、狙うべきカラスがいる。 そして、それは突然の参戦だった。 クァー! バサリと羽音をたて、六枚の羽を持つ怪鳥が空を裂いて、弾丸のごとく突っこんできた。鎌ほどに鋭い嘴が、結唯の肩口に突き刺さり、押しこまれる。 「くっ!」 とっさに体をひねり、空中を斜めへ後退する。 ――シュピュン! その怪鳥を射抜いたのは、彩歌だ。気糸は綺麗に羽の二枚を貫通させていた。 カァー! それで苛立ったのか、怪鳥は残る四枚の羽を駆使し、飛び上がる。自身を狙った相手を上空から探すためである。 その隙を、結唯も見逃さなかった。 「この時を待ってた」 獣、大蛇、怪鳥――全てを視界に收め、空中で指先の拳銃がぶっ放される。 パパパァン! 神速の連射が、さながら標本のごとく全ての的を、その場に縫いつける。 ちょうどそこへ、少女の避難を済ませた義弘が駆け戻った。 闘いはより加熱し、激しさを帯びていく。 ●牙折れ、羽もがれ…… 結唯の銃弾が獣の牙の一本をぶち折ったのは、猛が両腕の力づくで大きな顎を押さえこんでいる時だった。 グヮン! 「っ!?――今だッ!」 怯んだ瞬間に、闘気を纏った拳の連撃と回し蹴りの追撃を、その顎元へ烈火のごとく次々と見舞っていく。 それで獣は数歩よろめいた。が、まだ倒れない。猛は油断せず構えた。 ――。 「動く、な」 天乃の展開した気糸が大蛇を絡めとり縛り上げるが、三つ首はその気糸を次々と噛みちぎり、自由を得ようとする。 その硬直している状態を狙い、 「…爆ぜろ」 気で練り上げられた爆弾が投げられる。 バクリ、とそれを咥えた大蛇の首の一つが爆裂し粉々に吹き飛ぶ。だが、残る二つの首が気糸を噛み切って、激しく地を這いだした。 結唯の銃弾が、二本ある尾を貫いたのはそのときだった。 「はははっ! ボクはここだよっ!!」 大蛇は怯まず冷静に、挑発を繰り返すテテロへ、サイドワインダーのように横ばいに体を波打たせて迫り、二つの頭部で足元へ噛みかかる。 これをさっと躱すも、追撃の巻きつきまでは躱し切れなかった。四メートルもある体長で、シュルルルと全身が絡め取られていく。 「この程度で……!」 ギシギシと肉と骨を締め上げて軋ませる音が響く。 「どう、する」 天乃が側面もしくは背後を取ろうとするが、大蛇はその動きに合わせて、テテロを盾にする。下手に手が出せなくなった。気糸や爆弾では、テテロごと被害に巻きこんでしまう。他のスキルで切り裂こうにも、状況が封じている。 そこへ戻ったのが義弘だった。 テテロと大蛇の背後を取り、強烈な神気を帯びたメイスを容赦なく振るう。 「やらせるかよ!」 大蛇の背は十字に切り裂かれ、もんどりうって地へ倒れた。 開放されたテテロは膝を落とし、乱れた息を整えていく。 「ハァ、ハァ、助かりました義弘さん」 「遅れてすまん。ここから一気に反撃だ」 ボボンッ。 「これ、でとどめ」 天乃は大蛇の残る二首も爆破し、慎重に消滅させた。 その頭上のはるか上空では、結唯の銃弾を受けて羽を三枚までもがれた怪鳥が、もはやこれまでとばかりに、いずこかへ逃げようとしていた。 「逃がさないよ」 地上の茂みから、硝子球のような青い瞳を通し、精密な照準を付けている彩歌の超遠距離狙撃が迸った。 空を裂き、距離を潰し、正確無比に繋がれた標的へと、その狙いすました一撃は吸いこまれていく。 ドシュッ――。 呆気なく撃墜され、黒き怪鳥は羽に力を失い、急落下。 すでにこと切れた体を消滅させながら、大樹から少し離れた場所へ落ちていった。 「さて、あとは犬だけね」 彩歌はさらにその照準を、まだしぶとく暴れる獣へと向けた。 ●害獣駆除完了 獣のみを残す段になり、テテロと義弘は、味方全員の回復に努めた。 テテロは負傷を癒し、義弘は毒の効果を薄める。 結唯は肩の傷の深さから安静を取り、彩歌は狙撃に専念。 猛が獣と交戦する真っ只中には、天乃が向かっていった。 「しぶといな、お前!」 猛がもう何発目になろうかという攻撃を食らわしても、獣は隙を見つけては、その牙を突き立ててくる。 そして、ついには蹴撃によるかまいたちを放って動きの止まった足のすねへ噛みついた。 「ぐあぁッ!」 鋭い牙が、ギリギリと肉と骨を噛み砕かんとする。 激しい痛みが猛を襲う。牙は、その精神にまで食いこむ。 だが、これまでも立ち向かい、かいくぐってきた死闘の数々が、猛の矜持を奮い立たせた。 「お前らに負ける様な柔な鍛え方はして来てねえんだよおおおッ!!」 白銀の篭手が閃めき、獣の頭頂部へ拳が振り下ろされる。 ――その横合いからの斬撃と、遠距離射撃が加勢したのはほぼ同時だった。 拳撃は頭部をめりこませ、斬撃は首をかき切り、射撃が穴を穿つ。 グオオォォォ……。 獣は断末魔の叫びを上げ、地に横たわった。その体が血煙のように消滅していく。 気づけば、殺意に彩られたステップを踏み終えた天乃が、猛の視界にいた。 「これにて踊り、は終わり」 リベリスタたちは負傷しつつも、連続で三種三匹のエリューション・ビーストの討伐に見事成功した。 任務が完了した六人は大樹の下へ集まり、少女を呼び戻した。どうやら水彩道具も無事のようだ。 ただ、結唯が式神にした携帯イスは少女メイドのままで、とりあえず返すことにした。 「あ、ありがとうございました」 人形のような式神を抱えて、少女は救われたお礼を言う。事態に思考がついていけず、表情はまだキョトンとしている。 「今回の事は、誰にも内緒な。ま、野犬に襲われたとでも思っておきな」 義弘が精悍な顔つきを緩め、優しく説いた。 「少し、公園を調べていこう、か」 天乃は三種ものエリューションが同時発生した公園が気になったのか、そんな提案をした。 「傷が深い。少しだけ休ませてもらう。だが、害獣駆除もたまにはいいものだ。気楽でいい」 結唯は大事を取り、その胸中で、もし少女が今回の事件のことを周りに話してたとしても、信じてはもらえないだろうと結論づけていた。 「じゃあ、俺は先に報告を済ませるぜ」 猛も足のすねに怪我を負う戦いだったが、『今日もまた何時もの日常がやって来るんなら、それで良いのさ』と気持ちを収めた。 彩歌は目立たないように木陰で、戦いの終了に微笑んでいる。 テテロは仲間の傷をできるだけ癒そうとがんばっている。 この不思議な人たちを見て、少女は心に決めた。 いつか、今日の日のことを絵に描いてみよう、と。 未だに信じられない出来事ではあったものの、それは現実に生死をかけた、どんな風景よりも輝かしい生きたドラマなのだ。 少女の目に美しく映る晴天の空が、平和な時間を取り戻した公園の上に果てなく広がっている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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