●枕流と蕎麦屋 『文筆家』キンジロウ・N・枕流は、アークのリベリスタである。 力量は、十と余を数える陰陽師であり、齢はおっさんである。 今日の枕流は、ぶらぶらと田舎へ山登りに来ていた。 目的は、ただ天然自然を逍遥(しょうよう)したい思い立ち、一種の気まぐれである。 荷物は、水墨画のための筆、硯、墨と粗末な醤油皿を詰めた箱。簡単な登山具一式。懐にベニスの商人を一冊忍ばせて来ている。 行く風も吹く風も。暦の上では夏至を過ぎた小暑の景色であるが、この時分は山登りとしては、良い時期といえる。 夏の活気が山一面に広がっていながらも、冷涼な風がふくのである。 「うむ、中々と尊(た)っとい」 枕流は心地よい風に頷き、手を振る木々を眺めながら踏み固められたジャリ道をぷかぷかと登る。 枝の隙間に、切り立って空が見えて、崖下は海だ。 道の先で開けたところに出ると菜の花畑が目に飛び込んでくる。耳には夏雲雀の声が入ってくる。 地形は、海と山が両方備わっている所である。 「尊っとい」 放心とも瞑想ともつかない無想の境地で歩いていくと、突然腹が鳴った。 「余も、ちと修行が足りぬ」 枕流は眉間に皺を寄せる。空腹の煩わしさで瞑想が破られるから、一刻も早く胃を埋めなければならない。 枕流が曲がりくねった道を、いくばかりか曲がっていくと、ここに木々の先から人が現れた。 「少し食事処はないですか」 「そこに蕎麦屋がありますよ。茶屋とも天麩羅屋ともただの家とも区別できませんが」 「これはありがとう」 木々に遮られて見えなかったが、たしかに一軒家があった。 そば処とノボリがあるが、一見して民家である。ならば民宿のように、家の者がやっていると合点いく。枕流は腹が減っているので道を急ぐ。 「ごめんください」 枕流は、蕎麦屋の暖簾をくぐりながら、木の引き戸をがらがらと開ける。 靴が並んでいて、向こう側から天ぷらの臭いが漂ってくる以外は、普通に民家であった。 廊下の向こう側から、店主と思われる老人が半身を出してくる。 「ああ、どうぞおあがん下さい」 つーっと入っていくと、少し広い台所に座卓がいくつか並んでいる。 「いささかくたびれた。天ぷらもいいね」 「酒もあるよ」 「ワハハハハ、登山に来て昼間っから天麩羅に酒とは」 良いもんだよ! と老人もワハハハと笑う。 お盆に麦茶の入ったコップを卓に乗せてくると、ここでズガンと銃声の如き音が鳴った。 何事か。二人でその方向を見れば台所である。 枕流は、老人と一緒に覗きに行く。大きめのてんぷら鍋から、人の上半身の如きものがざばあと生じている。 「ぶふぉ」 ここで突如、老人が倒れた。 枕流が見下ろすと、何と老人の額には、あつあつの海老の天麩羅が刺さっていたのである。 ●油男 「あ゛ーあ゛ーあ゛ーあ゛ーあ゛ー」 ブリーフィングルームにこっそり入ると、『参考人』粋狂堂 デス子(nBNE000240)が扇風機の前で、声を出していた。 デス子は集まったリベリスタ達に気がついたか、あわてて席に座って端末を操作する。 「ミ、ミッションだ。識別名『天地唯一オイルメン』の撃破。E・エレメントだ」 プラズマスクリーンに、じぇりの様な茶色いスライムの人型が映し出された。 その身の中には、ウドやミゾソバと怪しまれる山の幸に、海老やアナゴと怪しまれる海の幸が衣に包まれて漂っている。 「敵は、最高の仕上がりになった天麩羅を撃ちだしてくる」 スクリーンの画像がアップで映る。泡を立てて油の中で揺らぐ天麩羅達はなんとも美味そうだ。 「恐ろしいことに、山のパワーと海のパワーを吸収しているらしく、これを無尽蔵に撃ちだしてくる。出たものは撃破後も残るらしい。まさに神秘と言えるだろう」 プラズマスクリーンの映像が、海老のてんぷらに行ったり、山菜のてんぷらに行ったりする。 「蕎麦屋の天麩羅といえば衣を厚く作る事で、つゆがしみ易い様に工夫されているらしい。ま、これから大暑だ。大きく気温が上がる前に山登りがてら、解決というのも良いんじゃないか?」 デス子はうんしょとリュックを出して背負う。 「今から行けば、枕流と合流できる。店主も十分に救出可能だ。枕流はともかく、店主を助ければ最高の天麩羅とか蕎麦を振舞ってくれるだろう」 眠そうな目を、今日はすこぶる輝かせている。 ここで内線が鳴った。 デス子が目を眠くさせて受話器をとる。 「しょ、書類不備……ですか。すみません……はい。留守番します」 電話の相手は、おそらく沙織か和泉だろう。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:Celloskii | ||||
■難易度:EASY | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月24日(木)22:07 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●蕎麦前 万華鏡の予知の通りに、涼やかなる小暑の山である。 「神秘って凄い、なぁ……」 『龍の巫女』フィティ・フローリー(BNE004826)が、首を傾げた。 「『人参とか、冷凍の食品とかが人間に刺さる』というのなら判るけど、天麩羅って、かなり柔らかいよね」 故郷であるラ・ルカーナに近づく澄み渡る空気を深く吸って思索する。フィティはフュリエである。 「揚げたてはパリっとしてるけど、歯で簡単に噛める固さだよね? それが刺さるっていうのは、どう考えたらいいんだろう」 傾げた首を正す。いやさ考えないことにした。 「考えてもしょうがない」 蒼嶺 龍星(BNE004603)が、悩めるフィティにフォローを入れる。 「既に俺は、美味い天麩羅を頂くことしか頭にない」 怖気もなく言い放つ。「う、うむ」と反応する他には何もない。 「お蕎麦屋さんまでもうちょっと……なのかな?」 藤代 レイカ(BNE004942)はタッパーを確かめてリュックに入れる。代わりに地図を出す。 「リクエスト受け付けてくれるかな?」 「奴は天地に唯一」 龍星が、レイカの声にも耳聡く反応して、眼鏡をクイッとしてキラリと輝かせていた。 リベリスタ達は、花畑を過ぎて曲がりくねった道へ差し掛かっていた。 「海と山を臨み、その恵みに大いに感謝しつつお蕎麦と天麩羅をいただく……」 蘭堂・かるた(BNE001675)が、景色を眺めて嘆息する。 「実に素晴らしいお店であり、環境です。お店の方共々、守り抜かねばなりません」 言葉は次第に、決意へと変わる。 大変申し訳ないのですが、枕流さんよりも優先で、と小さく付け加える。致し方なし。 「最近暑くなってきたし、さっぱりとしたものを食べたいものじゃ」 『金科玉条』鋼・節(BNE004459)も、キセルを咥えながら先端を上下に踊らせてテクテクと進む。火はいれてない。後のお楽しみである。 かく天麩羅とは、さっぱりとしていて少ししつこい。しつこさに対して蕎麦もある。 「ふっふっふ、楽しみじゃ」 「そうね。ああでも、天ぷらもいいけど、お蕎麦食べながらお酒をくいーっといきたいわねー」 『狐のお姉さん』月草・文佳(BNE005014)は、どう食べるかを考えている。小躍りしたい衝動とまでは行かないが、確かな期待に胸を膨らませる。 「ほら山葵をつゆに多めに入れて、ツーンとする感じを楽しみながら、割と甘口のお酒をちびりちびりと……!」 酒飲み衆である。 「んむ、乙なもんだ」 『足らずの』晦 烏(BNE002858)が肯定する。 酒飲み衆である。 「ルー、ミツケタ、ソバヤ、アッタ!」 ルー・ガルー(BNE003931)が茂みから顔を出す。自然の中はホームグラウンドのようなものである。 「ソバヤ、ハイッテイッタ」 「急ぐか」 ルーの言葉に、各々が頷いて足を早める。 ●天地に唯一! オイルメン! 蕎麦屋の暖簾をくぐる。 向こう側でドカンという音が鳴った所であった。 廊下を、つーっと入っていく。民家の台所を改造したような部屋である。座卓がある。向こうに厨房だ。 店主の老人は「いらっしゃい?」と呆けた様な顔を向けてくる一方で。 「なんと。諸君ではないですか」 枕流が皆を見て、仰天したような顔でいる。 一つ前の旧千円札を知っている者がいたならば、枕流の顔はだいたいその肖像の人物に瓜二つと形容ができよう。 最初に、烏が枕流に手で軽く挨拶をする。知古である。 「山登りとは中々にアウトドアですな、枕流先生。まあ、この蕎麦屋でいつものやつです」 言いながら烏はレジャーシートを取り出す。 「あいや、まことですか」 枕流は席を立って、破界器を出す。 「ドンパチは受け持つので、蕎麦屋の主人の避難をお願いします」 店主の老人は音がした方と、今来た八人とを交互に見ている。何事かと怪しんでいるように見える。 「――っと、危ない」 ここへフィティが店主を庇う。たちまち厨房から天麩羅が二つ飛翔してくる。これを二刀で叩き落とす。 「天麩羅を回収するなら、少し静観しておくよ」 フィティは一歩横に動き、老人の退避をカバーする。 続き、かるたが老人の手を引いた。 「詳しい事は後でお話いたしますので、どうかこちらへ」 老人は呆けた表情で言われるがままに引っ張られていく。枕流もついていく。 「な、なんだいありゃ?」 ここで老人が驚愕する。視線は厨房である。厨房から茶色の人型がのそりと現れる。 「ここにいると危険です」 かるたが急いで手を引く。おっとっとと老人はついていく。 茶色いじぇりの様に、熱々の油を滴られたエリューション、オイルメンがリベリスタ達の前で仁王立ちする。 「ルー、ツメ、ヒェヒェ、カチコチ」 たちまち、ルーが獣の如く飛びかかって爪で切り裂いた。オイルメンは仁王立ちの姿勢で氷結する。 「グツグツ、オサマッタ」 ルーの朗らかな笑顔である。 フィティが、ここまででたたき落とした天麩羅は二つであるから、あと一つが残っている。 ドヒャア! という音と共に、鱚の天麩羅が弾丸のようにルーの頬を掠って、後方へと駆け抜ける。 「――バクッ」 そこを、龍星が口をあけて待ち構えていた。むしゃあ。 「フッ……ナイスシュートだ!」 もにゅもにゅと咀嚼する。 食感は極めてサクサクである。白身魚で淡白な鱚だが、しかと旨味がある。 すこぶる美味い。落ち着いて食べられないのが酷く残念である。 「あ……鱚」 鱧の天ぷらを食べたかったレイカがちょっと残念そうに太刀を構える。 やはり、リクエストするしかない。眦を決して、切っ先をオイルメンへと向ける。 「鱧の天ぷらと枝豆の天ぷらを所望するわ」 ダブルカバーリングでばっちこい。反応は無い。何故なら天地唯一オイルメンは固まっているのである。何たる事。 レイカは強く奥歯を噛む。 「さぁ、心置きなく天麩羅を召喚せよ」 烏がいよいよレジャーシートを敷き終わる。 「れんこん、大葉、アスパラ、ちくわなどを当方は要求する。拒否は許されない」 びしっと指差す先で、しかし天地唯一オイルメンは固まっている。拒否は許されないともう一回言って神秘の閃光弾を投擲する。 光を裂く様に、節のフィアキィが翔け抜ける。 「一応エル・フリーズとエル・バーストブレイクもあるから、油の温度調整もできるはずじゃ! 多分」 夏の大爆発が生じる。 「むう、瞬間的な火力では熱が足りないのやもしれぬ」 ならば瞬間的な火力をもっともっと撃ちこめば良い。人差し指をくるくる回すと、戻ってきたフィアキィも指の上でくるくると踊っている。さあ次だ。加熱あるのみである。 「んー、まあ、みんな頑張ってねー、あたしも手伝うからー」 文佳がひらひらと言いながら、しかし「あら?」と一寸待つ。天麩羅が出ていない。 「……これは長期戦になりそうね」 そう思った矢先に、凍結から解き放たれたオイルメンは、両足を肩幅大ほどの間隔に広げて中腰になった。 人差し指を天に向ける。左手の人差し指を地に向ける。 天地に唯一と言っているのだろう。かっこいい。 ●Ebi Fly Dive ドヒャア! ドヒャア! ドヒャア! と天麩羅が乱舞する店の中を、ところ狭しと駆けて切り結ぶはリベリスタ達である。 かるたは、店主の避難を終えて戻ってくる。集中を重ね続けている。 レイカは剣の腹を用いて、次々と天麩羅を止めている。 「何か、どっかのテレビアニメに出てくる、わけわからない剣豪みたいなネタだけど……天ぷら受け止めてるシーンとか無かったわよね」 銃弾はよくあるけど、と続ける。 此度、止めるは銃弾に非ず。天麩羅を集める事である。 この目的もあってか、協力しつつ、時には固め、温度調整もしてひたぶるに天地唯一の天麩羅を集めるのである。 天麩羅を止めたレイカを横切る様に、オイルメンは抜けていく。 「!?」 「……何っ!」 オイルメンは達人の様な幽玄たる動きで、龍星へと掌打を放つ。咄嗟に防ごうとするも、人類の身体では到底出来ないような無関節のしなった一撃がみぞおちへ、内臓へと浸透する。 「……ッ!」 龍星の身体を、サクサクの衣がもりもりと覆う。 オイルメンは人差し指を立てて、チッチッチと指を振る。何だこいつ。 「ええい。わしは普通に店主に作ってもらう天麩羅が食べたいのじゃ。さっさと片付けるのじゃ」 けれど、確保したい人の為に、再び爆発を起こす。過熱する。 気がつけば、フィアキィが油でベトベトである。 「パク!」 ルーは残り一つの天麩羅へ飛びつく。正確には空中に浮遊する天麩羅にジャンプして噛み付く。頬張る。 「それ、おじさんがリクエストしたアスパラ……」 烏がどうしたものかと考えこむ。 「?」 ルーは犬の様に首を傾げて、烏を見るのみである。 「甘い!俺に行動妨害なんぞ無意味だぜ!」 龍星が――天麩羅の衣に包まれた筈だが――腰を落とし、同じように肘を引いている。 サクサクと咀嚼音がする。やがて顔の部分が出る。無敵の絶対者である。 状態異常にも強い龍星がブロックした時点で、ほぼオイルメンは詰んでいると怪しまれる。 シートに天麩羅の山が作られる。 「もう結構集まったかしら?」 文佳が飄然と、天麩羅を魔力の弾丸で撃墜しては皿に乗せていく。 この様子に龍星が頷く。 「そうだな。食糧確保完了だ!これより殲滅戦に移行する!」 龍星は衣を纏ったままで、おかえしの掌打を叩き込む。 「本気で攻撃していいものか悩む、けどエリューションだから手抜きもできない、かな?」 フィティが、トンと、つま先で床を小突く。 小突いた時には既に終わっている。たちまち霧が如きものが生じて、オイルメンは芯から凍りつく。 「ルー、タタカウ、タノシイ」 凍りついたオイルメンの胴へ、ルーの爪が突き刺さる。氷像へヒビが生じ、ヒビがから新たに氷が噴出する。 一方、かるたが、重ね続けた集中を解き放つ。 剣の峰に片手を添え、もう片手が携えたる刀の切っ先は真っ直ぐオイルメンへと向けている。狙い澄ます様な構えである。 「店を傷つけない一番良い方法は……刺突でしょう」 左足を出す。瞬息の間に踏み込み、オイルメンへ刃を通す。 凍結したオイルメンは、バリバリバリと難なく四散する。 「チクワだな」 最後の悪あがきか、天麩羅の一つが射出されるのを、最後に烏が撃ち落とした。 「箒とちりとり」 やはり飄然と文佳が、掃除道具を取りに行く。 天麩羅油の処理は固めるに限るのである。 「うむうむ。つつがなく」 節がフィアキィを手ぬぐいで拭いている。 「食べようよ」 一番天麩羅を集めて頑張ったのは、実にレイカであった。 ●ここから本編です 夏の山の風が、蕎麦処の暖簾を眠たそうに煽っている。 「ニホン、タベモノ、オイシー、モット! モット!」 ルーは箸の棒を一本ずつ右手に左手に、座卓をドンドコと叩く。 「ああ。まだまだ食い足りないしな。蕎麦もプラスしてたっぷり食べるとしよう!」 龍星は戦闘中にも天かすを貪ったが、まだまだ足りない。落ち着いてしっかり食べたいという想いがある。 「ほどほどにしておこう」 フィティが天麩羅を前にして少し遠慮する。 急に暑くなってきた時に油ものばかり食べると、消化に良くないと聞いている。 「ん? あ、だから蕎麦と一緒に食べるのか」 何か文献でみた事をふと思い出して首を正す。 それなら大丈夫だ。 「片付け終わりました」 「おまっとさま」 かるたと老人が、四角いお盆を持ってくる。 天麩羅が、底の高い角皿に盛られている。丸ざるに盛られた蕎麦はキラキラと輝いている。 「それでは、手を合わせて、頂きましょう」 かるたが音頭をとる。山海の恵みと皆への感謝を込めて――いただきます。と声を出す。「いただきます」の声が唱和される。 天麩羅の皿はつややかな黒一色で、衣の黄金色が引き立っている。カドに塩が盛られ、皿の黒色と塩の白色がなんとも上品である。 各々箸を伸ばす。 つゆにつけての一口は濃く甘く、ダシに秀でて鼻孔をくすぐる。ダシ味が味蕾へと染みて散っていき、喉へ下る露はほとんどない。 鱚の天麩羅は、噛むと同時に旨い魚の汁が出て、白身がほろほろと口中で崩れていく。尻尾もからりと揚がっていて、そのまま頂ける。 「……おい、しい」 レイカは口に手を当てながら、どう形容すべきか悩んだ上で発した。 余計な言葉はいらない美味さがある。 「っ!! 茶じゃ。茶を所望する! ――あ、自分で持っておったわい」 節は茶と併せて、懐石のように頂く。茶の清らかな香りが広がる。 衣に比べて遜色なく大きな海老の弾力はぷりぷりと歯切れが良い。衣に封じ込められた風味も確かである。 塩もいいがサッパリとしたつゆに漬けるのも捨てがたいと、少し付けて、粋に頬張る。程よくサクサク感、海老の味。これがたまらない。 「つゆの有無は大事だな」 フィティは山菜の天麩羅を口に運ぶ。 「蕎麦屋の奥義だな」 龍星も、存分に頷いて肯定する。 ウドの天麩羅を頬張ると、ほろ苦くも奥深い甘みがある。野草の青臭さも薄れて良い香りである。 龍星にとっては山篭りで食べる味。フィティにとっては故郷に通じる自然の味といえた。 「そば清という落語で、粋人が最期に『汁をたっぷりつけて食いたかった』と言って事切れるものがあります」 蕎麦も天麩羅も、ひたひたにつけて食べるのも美味い、とおっさんが言う。 試したい者は各々試してみる。たっぷりつけても衣が厚く崩れない。噛むほどに美味い汁が滲み出てくる。これも有りである。 「御蕎麦も」 かるたがつるつると蕎麦を呑む。 蕎麦は白に近い色で、黒点が見える。水でよく締まっている。少々ざらりした舌触りである。 「ああ、美味しいです」 このザラザラ感が、よく汁が絡む仕組みと怪しまれる。のどごしも悪くない。そして香りが強い。水で締まってコシがある。口当たりが良いので、何ザルもいけそうである。 「ガウガウ」 ルーは手づかみでむさぼるように食べている。 「ドーグ、アツカウ、ムズカシイ」 最初に持っていた箸はそこら辺で転がっている。たっぷりつゆに浸すと塩辛い。辛いのでちょっと蕎麦を足してみる。 「ザラザラ、ツルツル、イイニオイ、オイシー」 今度はちょうどいい。満悦である。 「美味い。これは十割蕎麦か」 烏が頷き、店主は「左様で」と肯定する。 酒飲みの卓には、烏と文佳、枕流である。 「ああ、良い色です。わさび塩とは。黒色と緑色の色合いが、茶の湯に通ずる色です」 枕流がうなずく。 「こんな事もあろうかと」 枕流は天麩羅皿の糸底を眺めている。 「京楽焼の様です。利休が愛した品と心得ています」 節がちょこんと顔を覗かせる。 「茶に詳しそうじゃな」 「黒い楽焼に抹茶の緑。懐石に一箸も着けずに眺めたまま帰っても、目の保養に素晴らしい」 「なかなか心得ておるな」 しばし茶について交わす。 味そのものよりは、絵やら美やらの鑑識を持っていると怪しまれるおっさんであった。 烏が酌をしながら外を見る。 「最近ハードな仕事が多かったので息抜きには丁度よいですなぁ。塵芥君の引っ越しはどうなりました?」 「終わりました。正岡君にも会ったそうで」 枕流は、さあさあと酒を酒飲み衆のお猪口に注いでいく。 文佳は、ぐでぐでダラダラとしながら、新しい徳利をとって枕流に注ぐ。 「ありがとうお嬢さん。おや? 蕎麦はどうなされました?」 文佳の前には蕎麦は無く、温かいつゆが丼で在る。丼には天麩羅がいくつか放り込まれている。 「蕎麦は食べるときに注文してササッと食べてご馳走様でした、が一番美味しいのよね」 さくさくを楽しみ、しっとりを楽しみ、旨味の油が浮いた温かい汁。これをつまみに昼酒をのんでいる。 店主の老人が笑顔で言う。 「お姐さんは、たいそう通な方だ。蒸籠は終いじゃなきゃ締まらないかね」 文佳は居眠りに頭を垂れると、すぐ横に板わさが置かれた。 やがてリベリスタ達は全品を平らげる。 「オイシカッター」 ルーが平らげたザルは物凄く多い。 「機会があれば、またきたいものだね」 フィティの眼前にもザルが重なっている。 「うむうむ、わしゃ満足じゃ」 節は最後に冷茶で〆とする。 「食ったー! その後の体重計の数値なんぞ恐れはしないっ!」 龍星が心底から声を出す。 「……体重? 仕事でカロリー使うから大丈夫よ」 レイカが「多分」と小さく自信無く付け足した。タッパーには天麩羅である。 「7月23日は天麩羅の日なんだそうな、今日付いてこれなかった粋狂堂君に慰労も兼ねて喰いにでも誘うもんかねぇ」 烏は飄然とほろよいに、枕流に肩を貸す。さて、どうやって下山するか。 「通だが、なんともダメな姐さんだね」 店主が文佳へ蒸籠を持ってくる。 「駄目な姐さんとか言わないで!」 文佳は、蕎麦を手繰って口に運ぶ。次にわさびを入れて食べる。最後に薬味を入れて啜る。キュっと冷やで締めた。 文佳がささっと食べ終わった所で、かるたが本日関わった全てに感謝を述べて、店主にも礼を言う。 「ごちそうさまでした」 「あいよ、近くまたきたらよってくらっしぇ」 「はい、機会があれば」 宴もたけなわ。 簾の間から、まだ涼やかな山の風が吹いてくる。 澄んだ夏の青空の遠くで、ぷかぷかと風を孕んだ入道雲が浮いていた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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