● 雨の多い季節に晴れた夜があったなら、その店に行ってみよう。 トタンとベニヤで作られたバラックが建つのは、星型ライトで照らし出された青と白の溺れる事のない海。 外にも並べられた机と椅子は青と白に照らされて、水の中に沈んだような錯覚を覚える。 歩く道を照らしてくれるのは、小さく灯るアロマランプ。 防虫を兼ねて柑橘系の香りを淡く香らせるそこは、星の海。 この時期の晴れた夜にだけ郊外に現れる、小さな店。 ヴァージン・ピニャ・コラーダにチャイナブルー、サマー・デライト……ノンアルコールのカクテルと軽食をお供に時間を過ごす場所。 注文の時に『流れ星入りで』と付け足せば、星型のモールドで作られたゼリーが飲み物に添えられる。 シンデレラを片手に突くのは小さく刻んだアスパラやベーコンの入った、甘くないパウンドケーキのケーク・サレ。ローズシロップの炭酸割りと一緒に小さな金魚鉢に入れた三色アイスを掬ってもいいし、ジンジャーの香るサラトガクーラーにはトマトとモッツァレラの冷製カペッリーニも合うだろう。厚めに揚げたポテトとアイオリソースにはヴァージン・マリーがいいだろうか? 今年の新商品は、水や炭酸水、ミルクが七分目まで入ったグラスで運ばれてくる。 そのままでは見たままの飲み物の味しかしない。 注文したものは、ガラスケースに収められた『別の味』を足しに行くのだ。 覗き込めば、そこに並ぶのは色鮮やかなアイスバー。 赤色の氷に閉じ込められたのは、ブルーベリーとストロベリー、ラズベリー。ライムとミントは水を切り取ったようなシロップの透明のままで固まっている。 黒く見えるのはココアに角切りバナナを入れたもの。眩しいオレンジ色の中心には輪切りにされた本物が鎮座していた。 濃い目に作られたアイスバーはそのまま齧ってもそんなに美味しくはない。 先に渡されたグラスに、これらのアイスバーから一つ選んで入れれば――オリジナルドリンクが完成だ。 バーの部分は先の幅が広いスプーン状になっていて、溶けて来たそれを掬って食べてもいい。 段々と濃くなっていく味の変化を楽しんでもいいし、フローズンの様な状態で飲んでも構わない。 緩やかに時間を過ごす事が前提の店だからこそ、自分なりの楽しみ方で味わって欲しいと店主は笑う。 地上に落ちた星の海で、今宵過ごすは青の夜。 ● 「はい皆さん、そろそろ暑くなってきましたし夜のお出掛けしませんか」 いつもの薄い笑みで告げた『スピーカー内臓』断頭台・ギロチン(nBNE000215)は、そう首を傾げた。 「リベリスタの方がやっているんですけどね、夏の時期にだけ三高平市の郊外に来るお店なんですよ。ほとんどノンアルコールだそうなので、夜だけど未成年の方も安心です」 空が青色から群青に変わる頃、地上の星は光りだす。 アロマランプの仄かな香りに誘われて道を行けば、青と白の淡い光に照らされた店が分かるだろう。 「女性客とかカップルが多いらしいので、女性の方でもこれまた安心ですね。あ、男一人でも大丈夫ですよ。じゃないとぼくの居場所がないです。まあアーク名義で一晩だけ貸切にして貰ったので、細かい事は気にしなくて良いんじゃないでしょうかという事で!」 名刺サイズのメニューと地図を机に置く。 誰かを誘う場合は、これを見せて予定を聞けばいい。 一人で時間を過ごしたいならそれもいい。 屋外にも店内にも小さな机は置いてあるし、眩しすぎない店内はゆっくり過ごすにはいいだろうから。 「大声で騒ぐのは駄目ですけど、普通にお喋りする分にはお友達同士で誘い合ってきてくれても大丈夫ですので、良かったら行きませんか」 ぼくが寂しくないように行ってくれませんか。 そう笑って、フォーチュナは首を傾げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:黒歌鳥 | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月21日(月)22:26 |
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■メイン参加者 23人■ | |||||
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● 青と白の海に沈んで、辺りはとても穏やかだ。 昼のカフェとはまた違う雰囲気に、きょろりと珠緒は周囲を見回した。 当初の予定とは異なりノンアルコールがメインの店ではあったけれど、これはこれで面白そうだ、と二人で写真入りのメニューを見ながら小さく笑う。 「せや、折角やし、お互いの作りあってみよか?」 「楽しそうだな。私も美味しいのが出来るように頑張ってみよう」 涼しげな音を立てる炭酸水を片手に互いの為に作ったドリンク。珠緒はオレンジの流れ星を浮かべた深いルビーの色。ふんわり浮かぶ香りと底に沈む色は苺のものだ。 「甘めのを爽やかにでけるかなーって」 「そうだな、いい香りがする。私のは……少し時間が経ってからのお楽しみ」 「え? 何々?」 杏樹の差し出したグラスは、濃いピンクの色。口にしてみれば甘酸っぱく、グレープフルーツのものだと分かる。緩やかにその色がグラス全体に広がってきた頃、桜のイメージだと杏樹は笑った。 「さくらいろ!」 珠緒の名前に合わせたそれは、溶けるにつれて中に閉じ込められた果実の粒もふわふわと浮き上がり小さな花びらにも見える。 「味も見栄えもとか流石やで!」 「段々と溶け出す甘みを楽しむのも、のんびりしてていいな」 「やー楽しいわー」 こうなると歌いたくなってしまうのが性だ――聞いてみたいのだがどうだろう、と問う杏樹と首を傾げる珠緒に店主は激しすぎなければ、と笑って承諾した。 「それじゃあ――」 こほんと咳払いした珠緒の澄んだ歌声が、青の海に溶けていくのに杏樹はそっと目を閉じる。 「お代は大丈夫ですよ。年上ですから」 「ま、奢ってくれるってんなら素直に」 年上を強調したがるリリに軽く肩を竦め、お勧めで、と頼んで出されたのは流れ星入りのノンアルコール。リリにも劫にも似通う色のチャイナブルー。 グレープフルーツの色から青へと描くグラデーションは、明け方の空にも似て。 乾杯、と触れ合わせたグラスを手に、劫は軽く周りを見回した。 「いい雰囲気の店だな、俺には早いくらいな気もするけど」 「いえ……桜庭様ってやっぱり大人っぽい……ですよね」 そんな事を口にしつつも、劫は自分よりも年下なのにグラスを傾ける仕草が様になっているように思えて僅かに敗北感を覚えるリリだが、今日はその辺は置いておこう。 「お誕生日、おめでとうございます」 「――誕生日なんて教えてたっけか?」 瞬いて口にした返事は現実的なものではあったけれど、驚かせたいと思って、と胸を張るリリにああ、そういえばアークに登録されていたな、と劫は思い出す。 自分が貰っていいものか、少し迷うけれども……。 「突き返すのも大人気ないからな、有り難く受け取っとくよ。サンキュ」 「ふふ、如何ですか?」 「どや顔やめい。確かに驚いたけどさ。……アンタ、物好きな奴だよな」 放っておけばいいのに。笑みと共に零された嘆息に、リリはやはり小さな笑みを浮かべながら物好きはあなたです、と決然と首を振った。 彼は、楽団で多くを喪ったのだという。リリも仲間を喪った。 「貴方の思うようには――独りになんてさせませんから」 「……何言ってんだか」 渡されたお守りを見下ろしていた劫は、そこで軽く笑う。 十八か。と呟いた彼が重ねた日々は――あの日から、だいぶ遠くまで来てしまった。 そう。日が経過するのは、早いもの。 気付けば遠い日になってしまったのに、いつまでも隣にある記憶に夏栖斗は息を吐いた。 一昨年は彼女と一緒だった。去年の今頃彼女はいなくなった。そして今は。 「しのちゃんがアークに来て一年だね」 未練がましい男の話に付き合ってくれるか、という問いに、しのぎは無言で先を促した。 「――あのさ、「死ぬの」って痛いのかな? 怖いのかな?」 少し離れたテーブル席、穏やかに流れるBGMの中、彼らの会話を聞くものは誰もいない。 「あいつはなにを残したかったのかな」 問うているのはしのぎにであってしのぎにではない。 彼女が知るはずもない、けれど彼女がよく知っている誰かの事。 「あいつは幸せだった?」 「君は本当に甘いね」 マドラーを軽く揺らしながら、しのぎは夏栖斗へ目を向ける。 それでも、目を背け続けなかった勇気は認めよう。 そして伝えよう。彼女だけが知り得る、一人の少女の最後を。 「彼女は何かを残したかった訳でもない、ただ生きたかった」 死を受け入れた訳ではない。最後まで生きたいと願って泣き叫んでいた。 「幸せだったか? 一人の革醒者としては幸せだったろうね」 強大な敵を前に運命を捻じ曲げて味方を守り、命を閉ざす。 望んだ者を守れた事を喜ばしいと思えるならば、それは幸いだろう。だが、一人の女の子としてならば。 そして少女は、彼と一緒だからこそ、その道を共に歩く事を選んだのだ。 ――彼女を殺したのは紛れもなく君なんだ。 「ねえ、御厨夏栖斗く……」 確認の様に名を呼ぶしのぎの声を遮ったのは、テーブルを叩く音。 揺れて零れたグラスの中身に、夏栖斗は息を吐いた。自分で聞いたのに、と謝った彼は首を振る。 「意地悪だなあ、しのちゃんは」 深呼吸の後、いつものように吐き出した言葉に続ける。 「あいつは自分が正しいと思う事をした。僕に自分の死の原因を求めるような事はしないよ」 氷の溶ける音の向こう、静かにグラスを上げた彼女の顔は見えなかった。 ● 「酒を置いていない所に誘うとは珍しいですね」 「あら、毎年お邪魔してるのよ?」 毎回ノンアルコールと言う訳ではないけれど。笑うエレオノーラを薄く照らすのは青色の光。深い海に沈んだような色合いと静謐な雰囲気はミカサも厭う所ではない。 今年の売りはアイスバーのドリンクのようだ。ならば。 「折角だし作ってみない?」 「そうですね。じゃあ……」 メニューを開いて思案する。ミントとライムが涼しげに閉じ込められたシロップのアイスバーをゆるり溶かせばモヒート風になるだろう。あ、だがしかしバナナとミルクの組み合わせとかも悪くなるはずがない。チョコだし。いっそ二つ頼んでしまおうか。でもそれは流石に欲張ってはいなかろうか。いっそ順々にでも溶けるまでに時間も掛かるしええと。 「俺は炭酸水とミルクのグラスを一つずつ」 そこまで約二秒くらいで駆け抜けさせてミカサはメニューを閉じた。うん。これでまた子供と思われる事はあるまい。その毅然とした態度に逆にエレオノーラが何か悟ってたりしたら分からないが。 小さな気泡を浮かべては消えるドリンクは、白の光に透かせば鮮やかな澄んだベリー色。 爽やかな甘味の広がるエレオノーラのそれと交換しながら会話すれば、彼は途中で少し首を傾げる。 「あの、夏だし、またお父様にお手紙書こうと思ってるの」 ぎこちなさは抜けないものの、数十年の断絶を経て繋がった家族の糸。ミカサは送る為の写真を撮りたいというエレオノーラの願いに快く頷いた。 「ギロチンちゃん。ちょっと写真撮ってくれる?」 「はーい、お任せください」 「断頭台くんも後から一緒にどうぞ」 「あはは、二人で侍ります?」 息子が得た『仲間』と『日常』を彼がどう思うのかは分からない。けれど、きっと伝える事はなくとも――喜んでくれる、のだと思う。 「……ありがとね」 恐らく返事が来るのは雪の降る頃なのだろう。だとしても、ゆっくりでもエレオノーラはまだやり直せるのだから。 それを願うミカサは、微かに笑った。 甘さ×甘さは甘党にとっては天国だろうが、そうでないものにとっては地獄である。 もう砂糖を食ってろと言った所で砂糖の甘味と果物などの加工によって齎される甘味は違うの云々来るものなのでもう俊介には女子の思考が理解できない。 ただ、それで可愛い恋人が幸せそうならそれで役得というものだろう。 「羽音は何にすんの? 俺はお茶で……」 「あたしは……ミルクに、ストロベリーシロップで」 「え?」 甘党の羽音にしては控えめなチョイスに俊介が首を傾げれば、彼女は分けっこしたくなった時に困るし、と照れたような笑み。そうかお前も気遣ってくれたのか俺のお姫様よ。 そんな俊介の視線を受けながら、羽音はさくさくとシロップの溶けた部分をすくって一口。 「甘酸っぱくて、冷たくて……おいしー……♪」 苺の果実も入ったフレッシュな甘酸っぱさがミルクと溶け合い、暑さを引かせてくれる。 一口、もう一口。口に運ぶ羽音に、あ、と俊介が声を上げた。 「羽音、アイスついてるよ」 「……ん、ついてた? ……って、ひゃあっ」 近付いてきた俊介の顔。柔く触れた舌先は、重ねられる唇に変わった。 彼は甘さに似合わない渋い顔を一瞬したものの。 「まあ、羽音が口移ししてくれるなら? 甘いものくらい食べてやらないでも無い」 笑う俊介の顔に、少しだけ羽音は顔を逸らして――。 「……隅っこの席……行こ?」 再び熱くなった顔を隠すように、少し俯き加減で俊介の服の裾を引っ張るのだった。 「ふふ、櫻霞様から外出のお誘いは久々ですにゃ♪」 「最近は暑い日も多くなってきたし、たまには外で涼むのも悪くはないだろう」 暑い夏の外出だって、櫻霞が一緒なら櫻子は平気である。 とはいえ、カクテルは種類が多くてどれを選んだものか悩んでしまうのだが――そんな櫻子の様子を見た桜霞が指差したのはプッシーキャット。 「3種類のジュースとシロップを組み合わせる、お前には丁度良いだろう」 彼が選んでくれたものならば不満などあるはずもない。ゆらゆら揺れるキャンドルと星のランプを眺められる位置で二人並んで座り、そっとグラスを響かせる。 「そういえばこのカクテルの意味は知ってるか?」 「ふにゃ? カクテルの意味、ですか?」 爽やかな柑橘の香りはするりと喉を通っていくし、美味しいけれど……その意味までは、櫻子は知らなかった。ふむ、と考え込んだ彼女の耳元に櫻霞は唇を寄せる。 「可愛い猫だそうだ。お似合いだろう」 「……!」 内容と低い囁きに顔を真っ赤にした櫻子は、グラスを置いてぎゅっと横の彼の腕に抱きついた。 赤くしたままの頬を膨らませた彼女に、櫻霞は微かに笑う。 「やれやれ酒でもないのに真っ赤だな」 「お酒は飲んでませんけど、櫻霞様が大好きだから真っ赤になるんですぅ」 反論しながらも髪を梳き頭を撫でるその仕草に――櫻子はゆっくり尻尾を揺らした。 ● 「ぶっきー、今こそ年上の男性としての甲斐性を見せる時だと思うんです」 「そこはかとなくデジャヴを感じる台詞だな」 広めのテーブルに置かれた予約札の名は、【ぶっきーポテ死】。酷い。 座りながらきらきらした目で見上げた舞姫とその札に伊吹は溜息。 何がどうなってこうなったのかはイマイチ理解できないが、中年男の甲斐性と書いて意地を見せようと思う。伊吹宛のツケがあったら持ってくるがいい。 「モテる男は大変だね」 「これはモテているのか」 「あ、舞姫ちゃん可憐な乙女で小食だから……、とりあえずメニューの端から順に全部ください」 「ちょっと待て」 とらのにんまりとした笑みに肩を竦めようとしたところで、はにかみパフェを頼むかの如くオール宣言をした舞姫に突っ込み。 「全種制覇かー。すずきさんは何から試そうかな。舞ちゃんまずこれとかどう?」 「甘い物は乙女として見逃せない……!」 いかん突込みが足りない。メンバーの中で比較的常識寄りな快へ視線を動かしてみるも――。 「イエーイぶっきーに乾杯! 端から端まで持ってきて!」 お前もか。駄目だこの酒誤神。 そんな中とらはマスターに作って貰ったライムミントのアイスバーグラスをカウンターにいたギロチンへ。 「こちらのお客様からで~す☆」 「あれ、ありがとうございます。これは爽やかな感じでってテーブルの上凄いですね!?」 「ギロちんも一緒に食べましょ♪」 「ポテトのお礼ってことだよ」 舞姫と既に飲み比べ体勢に入った寿々貴に手招かれ、フォーチュナもテーブルへ。 「好きなの食べていいよ♪」 「ああ、日頃の働きも労わってだな」 「いや熾竜さん流石に年上に肩揉ませるのはぼくとしてもちょっと」 澄んだ緑の星が浮いたやや辛口のサラトガクーラーを手にとらが笑えば、ついでに持ってけと渡された伊吹のシャンディガフをギロチンが差し出した。 「はーい、パスタいる人ー。あ、唐揚げにレモンかけちゃうね」 「待て待て待て。唐揚げにレモンは許されない」 「あ゛っ?」 「絶対に許さない」 「食べ過ぎてお腹壊さないようにね~」 唐揚げ×レモンという永遠の命題を前に運命の戦いを始めんとする舞姫と伊吹をよそに、とらはバジルつくねをもぐもぐ。うん、バジルの風味とチーズディップがグッド☆ 「うーん、チョコバナナはすずきさんにはちと甘さが強いかも」 寿々貴はさくさくマドラーで氷を潰しながらテイスティング中。合間の口直しには炭酸がいい。量は飲めないのが難点だ。 とりあえず皿で各々が好きに掛けるという事で唐揚げ戦争は一時休戦。 「はい、いつもありがとーね、ギロちん」 「ありがとうございます、舞姫さん。……その、皆さんご無事で何よりでした」 「あの時の件は仕方なかろう」 差し出されたグラスにギロチンが少しばかり困った笑みを浮かべたのに、伊吹が首を振る。 「運命とはままならぬものだ。だが、そなたや皆がいれば越えていけると信じているぞ」 「うん。――みんなも、大好きだよ」 舞姫が見回せば、淡く照らす青と白の光に映し出されるのは皆の笑顔。 誰ともなしにもう一度グラスを上げて触れ合わせれば、楽しい夜は更けていく。 「あ、寿々貴さんずっとそれ飲んでますね。美味しいですか?」 「うん……凄く好きなんだ、ココナッツ」 「……何か別のもの食べてたりしませんよね?」 今日も三高平市は平和であった。 ● 色鮮やかなアイスバー。組み合わせは無限大。 「何を入れるか、全力で悩むパターンよね……これ」 結局文佳が選んだのは、爽やかなミントが香るアイスバーと炭酸水。 後半甘くなり過ぎるのを防ぐ為、時折溶けて崩れて大きく上がる気泡を友にしながらゆるゆると口に運ぶ。レモンクリームで和えられたコンキリエを時折つまみながら、眺めるのは青と白に照らされた外。 特に深く考える事やしたい事がある訳ではない、けれどのんびり落ち着く時間。そんな時間が文佳は割と好きである。 とはいえぼんやりし過ぎると熱中症で倒れるような時期である。もう少しスタミナの付くものを食べておいた方が良いのではなかろうか。 「ついでにもう一杯……」 ミルクとオレンジに合う食べ物を探す文佳の夜は、もう暫し続きそうだ。 「今日はお誘いありがとうございます。すごく嬉しいです」 「何はともあれ目出度い席だ。畏まらず無礼講に行くとしようか」 「ああ、何しろ楠神君の祝いなのだからな」 席について軽く頭を下げた風斗に、拓真と朔は小さく笑う。 先月二十歳になったばかりの風斗の祝いにと誘ってくれた二人だ。拓真はともかく朔からそんな誘いを受けるのが風斗には少々意外だったのだが、考えてみれば割と面倒見は良い。 適当に頼むさ、とメニューを眺めていた二人の元に、風斗が鮮やかな赤を加えたミルクを手に戻ってみれば――並べられていたのは、色の違うグラスが三つ。 「二十歳の記念、と断頭台君に少々無理を言ってな。アルコール入りで特別に見繕って貰った」 「慣れていないだろうから、そちらと交互に飲むと良いかもな」 拓真が手にしたのは、レモンを添えた琥珀色のシャンディガフ。朔は生のベリーも加えた澄んだ赤のカシスビア。ミントの葉を飾った薄い緑のミントビアを風斗が上げれば――。 「では楠神君の前途を祝して、乾杯」 「あぁ、楠神の前途を祝して……乾杯だ」 声が唱和し、グラスが触れ合う。二人が風斗の前途を祝してくれるというならば、己は皆の前途を護れるように……そんな決意を新たにする彼を見ながら、朔はグラスを軽く回した。 「なかなか、悪くないものだな。こういう場も」 「ふふ、そうだな。……楠神は蜂須賀と二人きりが良かったかも知れんがな」 「いえ、そんな事は、」 「おや、私と二人きりは嫌かな?」 「いやそういう訳でも……!」 冗談交じりの拓真に首を振れば、朔が面白げに問い返す。先輩二人が楽しげに笑うのに宙を仰いだ風斗だったが、ふと居住まいを正した。 「俺はまだまだ若輩。お二人とも、これからもご指導よろしくお願いします」 「今更教える様な事も無いと思うが……そうだな、友人としてアドバイスくらいはしても良い」 「指導? 知らんな。不足と思うことがあるなら自分でなんとかしたまえ」 グラス片手に頷く拓真と、くっくっと笑って横に首を振る朔。 彼を導くのは、己の信念とは違うものだろうから。 「楠神は、楠神の果てを求めて行けばそれで良いさ」 拓真の言葉に考えた風斗は――笑ってまた、礼を言った。 地上に広がる、青と白の星の海。 シエルと光介がこの光景を見るのも、はや三回目となった。 「二年たったんですね……このお店で、シエルさんと初めてのデートをしてから」 「……時の流れは早いものですね」 二人並んで、笑い合う。あの頃はまだ、癒し手として通ずる所を感じたばかりであったけれど……次の年には恋人として、そして今年も仲睦まじく寄り添って来られた日々に、場所に思いを馳せて、光介はシエルと共に海を泳ぐ。 去年と同じく、お互いの為にドリンクを。 この間幸せそうにベリーソースのパンケーキを食べていたシエルを思い返し、赤や紫、深い黒がマーブルを描くアイスバーを選んで光介が戻ってみれば、差し出されたのはコーヒーの香り。 「っと、カフェオレ風ですか?」 「光介様、コーヒーお好きだから……こういうのは如何でしょうか……」 上に流れ星の飾られたグラスを手にシエルは内心少しどきどきしながら首を傾げた。あの頃から比べて、今では癒しの術を重ね合わせるのもお手の物。味の好みも分かっている心算ではあるが――。 ちらりと見上げると、光介は少し照れたように嬉しそうに笑っていた。 味の好みもすっかり伝わってしまっているようだ、と彼が笑えば、シエルもほっと息を吐いて微笑を返す。 触れ合わせるのはグラスであり、響かせるのは互いの心。 「来年も、再来年も」 「はい……喜んで……お傍にずっと置いて下さいまし……」 地上に落ちた星空の海、二つの影が寄り添った。 空に輝く星々に比べれば、あまりに小さく儚い光ではあるけれど――。 重ねた時は、眩いばかりに輝いている。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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