● 月が綺麗ですね、と万華鏡の姫は言った。 神様の瞳――万華鏡にリンクする能力の強い姫君は普段通り真摯な瞳をリベリスタへと向けている。 色違いの瞳を瞬かせた彼女が告げたのは今日と言う日がどれ程危険であるかということだ。 「この月が更に煌めく日、それが彼女たちの狙いの日だよ。 極東の空白地帯……日本に存在する閉じない穴、つまりは『特異点』が急激に進行していたのは知ってると思う。『特異点化』が最高潮に達するのが、この日」 とん、と指先がカレンダーを指し示す。兎の姫君は色違いの瞳を向けて分かるかとリベリスタを見詰める。 「つまり?」 「『閉じない穴』の影響を受けて神秘の力が増幅して、何らかの『結果』が生み出される。 今までだったら賢者の石の発見も特異点化の影響かな。石みたいな良い事ばかりじゃないね」 小さな溜め息を漏らす少女の顔に疲れの翳が差している。 万華鏡の中に取り込まれ、予知の力を最大限に使用する少女は解った事は疲れを前面に押し出すことなく気丈にブリーフィングルームで『分かった事』すべてをリベリスタへ託そうと見つめている。 彼女がこうして万華鏡に押し込まれるきっかけも何も、リベリスタの記憶に新しい。 日本や世界を舞台にした『恐怖事件』の発生がその要因だ。『恐怖事件』は急激に進行している。あわや、世界を飲みこんでしまうのではないかと思うその事件を起こすのはフェイトを得たミラーミス『ラトニャ・ル・テップ』、彼女そのものだ。 彼女は――ラトニャ・ル・テップは歪夜の使徒にしてミラーミス。フィクサードで異形。 異世界の神である彼女による事件が世界を崩壊に導くのは道理に叶っている。 「世界を壊されても困る。だから、皆には協力して貰いたい。 この日、三ッ池公園で異形を倒して来てほしい。どんな奴かは資料を配布するから見て欲しい。それと、」 「私も貴殿らの手伝いをしたい。オルクス・パラストのディアーナというよ。宜しく頼む」 ちらり、と視線を向けた先にはドイツ人の女が立っている。 騎士然とした態度は、彼女がオルクス・パラストの一員であることを強調するかのようだ。 「我が首魁の悪夢を晴らすためだ。どうぞ、宜しく頼みたい」 「オルクス・パラストとの共同戦線になる。指揮は皆に宜しく頼むね。 ……もう一つ、ラトニャ・ル・テップの目的が分かった」 その言葉はある意味幸運だ。リベリスタ達は少女の顔を見詰める事しかできない。 「あちらとこちら。それを『くっつけて』しまいたい。そうだとすれば、そのチャンスは今日という日がうってつけ。神秘の力が増幅されるなら彼女の力だって倍増。あ、当社比で」 「もしも、世界が『くっついて』しまったら?」 「世界はどんな色をするんだろうね?」 何処か、誤魔化す様に、『リンク・カレイド』真白 イヴ(nBNE000001)は小さく告げた。 ● 悪夢と言うのは何時だって灰色だった。汚らしい色をしている。 いつだって、夢を見た。手を掴む誰かが居る夢だ。 いつだって、夢を見た。「こっち」と呼ぶ声に誘われる夢だった。 そこから? そこからなんて、覚えてない―― 現在地、三ッ池公園西門前。やけに明るい星が照らす日だとリベリスタは認識した。 この公園には様々な情念が染みついていた。 ジャック・ザ・リッパーが抉じ開けた穴の存在は成程、世界的にも脅威なのだろう。彼だけではない、穴の先は完全世界が、六道紫杏やケイオス・カントーリオ、そして親衛隊だってこの場所を狙っていたではないか。 鎮座する『穴』がいかに危険なのかは承知の上だ。 因縁あるこの場所にこもる情念などに浸る暇ではなかったのかもしれない、相手は『カミサマ』なのだという。 下らない言葉だと嗤うだろうか。君は無神論者だろうか、少なくとも……話し過ぎたかなと笑った騎士はアークのリベリスタ達を見詰める。 『オルクス・パラスト』はこの戦いに、因縁に戦力を投下していた。異世界への調査へ旦那であるセアドを同行させるのだから首魁の本気ぶりは伺えるだろう。 ふと、オルクス・パラストの騎士の手に力が籠められる。 女の手が握った切っ先が明るい月に照らされた。 「今日と言う日を何と言うのだろうか。君の所の姫君は言っていたね。 神話になぞらえて、カミサマはこう言ったのではないか、とね」 『星辰の正しく揃う時』は、今日だ。 ごぼり、と。只、音が鳴る。跳び出した腕は肉がそぎ落とされた様に骨の形までもが分かる。 伸びあがったソレに幾つかの銃声。地中を這う様に一気に手を伸ばす『異形』は声も無く、只、笑った。 数を減らした。もう大丈夫、一先ずの危機は去った。 ごぼり、と。 汗が、伝う。 ―― ――― 安堵した時、その足を掴んだのはやはり同じ色をした赤い腕だった。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月13日(日)23:07 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 夜空に浮かぶ月は大きく見える。まるで大空にインクを零したようだ。 それが世界が融解する様子なのだとしたら、『揺蕩う想い』シュスタイナ・ショーゼット(BNE001683)はどの様に感じるのだろうか。 年若い彼女にとっては世界と世界が隣り合わせになり交わっていくことが、特異点であると言う事が堪らなく『下らなく』思えて仕方が無い。紫苑の瞳を細めて彼女は手首に装着した腕装着式AFが煌めくのを感じた。 「実に愚かだわ。……本当に下らない。 要するに、何だか良く解らない奴が自分の都合のいいように世界を作りかえようとしているって事でしょう?」 正直者のシュスタイナ。裏を返せば天の邪鬼である彼女が口にする毒に小さな笑みを漏らした『御峯山』国包 畝傍(BNE004948)はSilver phantasmを握りしめ人好きのする顔立ちに優しげな笑みを浮かべて見せる。長剣の煌めきは『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)のカルディアの澄んだ色合いと交わって三ッ池公園の西門付近を美しくしてみせる。 「ディアーナさん、それでは……宜しく頼みますね?」 「無論――君達の事は信頼して居るよ、『アーク』」 優しげなユーディスは友軍として三ッ池公園に踏み入れているオルクス・パラストの女騎士へと声をかけた。戦闘行動についてしっかりと示し合わせる事こそが作戦成功の鍵となる。しかも、相手は―― 「……『腕』だけの怪物とは、つくづく面妖なものですね」 そう、腕だけの生物なのだ。其れがどのような作りであって、どの様な存在であるかは分からない。 しかし、女騎士、ディアーナ・コンツェンはユーディスが怪物に畏怖を感じている訳ではないと感じていた。 「面妖な生物ですが、……これらは『視える』」 はっきりと言い切るユーディス。視えざるものであればその相手をする難易度はぐっと引き上がる事だろう。しかし、視えるだけで随分と違う。『視』ることに優れた『贖いの仔羊』綿谷 光介(BNE003658)は眼鏡の奥で晴天を思わせる眸を細めて、息を飲む。 「悪しきトラオムにも目を凝らしてみせましょう……」 夢(トラオム)の中に応えが在るのならば、その手を伸ばす事に意味はある。 それは異形が生み出した物なのだとすれば己の精神を汚染する恐れがあるのかもしれない。しかし、積極的に触れたくも視たくもない『色』であれど、それが十分に戦況を好転させる切欠であるとするならば光介は、『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)は深淵を覗き卓越した魔術の知識を存分に披露する事だろう。 「矛盾、してるな」 救いたいけれど、エリューションの命を奪う。それはこの世界を護るためには立派な行いであれど遥紀に迷いを生じさせるものなのだろう。 小さく首を振った彼の色違いの瞳が、青年の掌の上で薄く色づいたミスティコアへと向けられた。 月の光りに、星々の飾る鮮やかな空に、万華鏡の姫君は「月が綺麗だ」と称したのを想いだし『足らずの』晦 烏(BNE002858)はくつくつと咽喉を鳴らして嗤った。 「しかし、まあ……『あなたといると月が綺麗ですね』と言い出したらどうなることかねぇ」 彼の付けた煙草の煙が狼煙の様に空へと昇っていく。まるで、インクを零したかのような月に混ざり込むように、白い煙が昇る様子を見詰めながら烏は面白可笑しく肩を竦めた。 万華鏡の姫君が口にした言葉が単純な感想では無くかの文豪の『譬え』であったならば彼女の父は大慌てで走り回る事になるのだろう。 「ま、その辺は10年早いかね? 真白の親父さんも暫く安心ってこった」 美しい星空の中で揺れる紫煙は立ち昇る。美しい星空に烏は感動を覚えることなく、そっと引き金を引いた。 ● ごぼり、と。 音が鳴ったのは『異形』の存在を感じとると同義だ。熱を察知する能力が在る畝傍は耳を澄ませ、アームがードに仕込んだ隠し武器の調子を確かめる。 「共に戦える事を光栄に思います。それでは、情報の連携は密にしながら、探索を共に行いましょうか」 優しげに告げる畝傍の瞳から優しげな色が消える。地面を蹴り一気に振り翳した刃。真空を切り裂く様に振り翳されたソレが無数の『意志の弾丸』を作り上げ、護りを破壊する。 「これは……!?」 周囲を囲み視える『腕』全てへと放つ鏑矢。その攻撃その物に目を見張るディアーナに畝傍は面白可笑しく「アークリベリオンと言います」と告げた。彼らの術を齎したのはこの夜の『元凶』が作り上げた作品の結果なのかもしれない。しかし、それでも有用であれば畝傍はその剣を振るうのみだ。 「もし余裕があれば俺や綿谷のフォローも頼みたいんだ……良いかい?」 肩を竦めた遥紀が仲間達にフォローを与える様に翼の加護を授ければ、オルクス・パラストのリベリスタが小さく頷く。周囲の存在に気を配り、視える腕へと剣を振るったオルクス・パラストのリベリスタ。咄嗟の小回りは遥紀の与えた翼が与えた効果だろう。 叩きつける様に振るわれる腕から防御姿勢をとった覇界闘士の目前に烏の弾丸がバラけていく。当てる事を得意とする彼の握りしめる煙草から灰が落ち、生温い風に攫われた。 「しかし、まあ、回避が高いってことだが『相性』ってのが世の中あるもんだ」 「『視』てあげるわ。360度、私と綿谷さんが見て晦さんが撃つ、簡単じゃない?」 バラける弾丸を負う様に、紫苑の瞳で周辺を見渡すシュスタイナ。千里眼を活用する彼女の掌にはしっかりとワンドが握られていた。地面を蹴り浮かびあがった彼女へ向けて無数の腕が近寄り求める。しかし、それを是としないユーディスの魔力は刃を形作りその腕を十字に切り付ける。 「視るだけでダメージを負わないのならば十分、戦いやすくはありますからね」 「足元に来ると言うのは中々ホラーであろうか」 茶化す様に告げるディアーナにユーディスは肩を竦めて「この夜こそがコズミック・ホラーでしょう」と小さく笑みを零す。余裕綽々なリベリスタの中でも表情を硬くする光介は地中を見回し、怯えを覚える様に魔導書「羊幻ノ空」をしっかりと握りしめる。 (シュスタイナさんの指示と、この『眼』の情報を合わせれば――!) 前線で地上に浮きあがった灰色の腕を相手にしたソードミラージュの体が崩れる。突如として足首を掴んだ血色の腕に驚きを覚え、瞬く彼の足元目掛けてルーン文字の刻まれた長剣を振り翳した畝傍が意志の弾丸を放つ。ブロークンキャッスル、その技に瞬くオルクスのリベリスタが体勢を立て直すと同時、光介が何かに気付いた様に顔をあげた。 「標的確認、一斉射撃お願いします!」 彼の声に真っ先に動いた烏。得意とした射撃で弾丸を大きくばら撒いていく。土の中をぼこぼこと潜る血色の腕を撃ち抜いていく烏にとって数が多いというのは不都合では無い、むしろ都合がいいと言っても良いくらいだろう。 「月がこっちの味方となっちゃ闘い方も変わるかね」 くつくつと嗤う烏の声を聞き、明るい月に照らされながら、盛り上がる土の感触を踏みしめたユーディスが足元へと一撃放つ。 「――そこです」 はっきりと、言い切る彼女の瞳が捉えた血色の腕。その腕には真っ直ぐにカルディアが突き刺さる。 「エーレンフェルト! 次は隣だ!」 「ええ、逃しはしません」 ディアーナの言葉に頷いて、騎士の誇りを胸に抱いたユーディスが真っ直ぐ進んでいく。 その歩を止めるものは何もない。長い髪を揺らめかせる彼女の上を女騎士の刃が行った。 衝撃で後退する腕を撃ち抜いた烏の弾丸は先程のものとは一風変わって見える。 木々が邪魔だと言う様に、射線を通すために烏は弾丸の放ち方を変えていく。音を頼りに探査を続ける彼の鼓膜を小さく何者かが叩いた。 ――こっち、こっち。 呼び声にシュスタイナの唇が釣り上がる。特異点、世界の変革。なんて、莫迦らしいのか、こんな『何ともない世界』でも大切なものがある以上はやる事は一つだけ。 「抗ってやるわ――壊そうとするなら、いくらだって! ほら、此処に来なさい? 腕は、ここよ!」 はっきりと。己を狙えと声を発するシュスタイナの紫苑の瞳には深い色が籠って居る。 後衛のサポート役だけでは飽き足らない。この世界が特別好きな訳ではない、只、失うのは厭なだけ。 彼女の声に頷いて、地面を蹴った畝傍の姿がゼロ距離。少女がきゅ、と目を伏せると同時、「信じてます」と彼の声が少女の鼓膜に響いた。 ● 痛い、と端的に表現するならそれが当てはまるだろう。腕を切り裂く痛みにシュスタイナは目を見張る。 しかし、それが目の前の『本体』を傷つけれたと言う事と同義。捕まえているからこそ、そのチャンスが廻りだす。 咄嗟に体の位置を変え、カラーボールを投げ入れる畝傍。中のインキが奇妙な場所で滴り落ちる。それは可視化出来る様にと『物体』が存在している以上は出来る一つの案だったのだろう。 「ショーゼット! 大丈夫かい?」 「え、ええ……大丈夫。さっさと、やるわよ」 ミスティコアを光らしてシュスタイナへ回復を与える遥紀の表情に浮かんだ焦りは次第に消えていく。 彼程の回復手になればその癒しの力も存分に振るわれるだろう。尤も、後衛にいるシュスタイナは運命を削るほどの攻撃を受けては居ない。だからこそ厚い回復が彼女を護る盾の様にも感じられた。 ディアーナは大きく剣を振るい上げる。その下を素早く抜けるソードミラージュの切っ先が深く腕を切り裂いた。続けざまにディアーナの指示とリベリスタ側の要望をよく聞いていたマグメイガスの雷撃が空から打ち付けた。 「次、そこです! 何か、別に……視える様な……」 傷を負った腕が再び庇われる位置へと戻る。黄色に染まる腕ともう一本。元の位置へと戻った腕の姿がヒントになると光介は視線を配り続ける。 視る事が出来なくとも、何らかの『違和感』が産まれる筈だ。深淵を覗く事でぼんやりと見えてくるその輪郭を光介は『トラオム』だとそう例えた。夢の世界の神が生み出したエリューション。それが『夢』以外の何でもあるはずはない。 (世界に侵食して居るんだ、悪しきトラオムが……これは、そのゆらぎだ!) 眼を見開く少年の隣を地面を蹴ったユーディスの長いスカートが巻き上がる。振り翳す武具は槍の様に鋭くとがり敵を穿つ。腕を掴む様に巻きつけるシュスタイナの黒鎖は鈍い色をしながら光りの下で黒く煌めいた。 黄色に染まった腕は十分に『標的』だ。「そっちです!」と上げられた少年の声に烏が唇を吊り上げる。しかし、庇い手となっている血色の腕の存在がネックとなるだろう。じわじわと数を減らしながらも増え続ける腕達。片割れは切り裂かれ傷ついているだろう。 「チャンスです――個人で得られる勝利など微々たるものです。 故に、私は愚直に徹しましょう。さあ、皆さんを信じて……!」 地面を深く踏みしめたのは畝傍。 そのまま真っ直ぐに駆けこんだ彼は全速力で駆けこんで乱戦の渦へと掻きまわす。彼へとその掌を向けた腕達を縫う様にディアーナが踏み込めば、彼女が抉じ開けた隙間をユーディスが走り込む。 「君! 任せるよ!」 護るために、視線を交えたユーディスが前へ、前へと進んでいく。足を掴む腕を振り払う様に翳した切っ先。前線へと切り込むソードミラージュが掠めた攻撃に息を切らし、複数を切り裂けば、彼をサポートする様に光介が癒しを送った。 ● その声音は酷く幼く聞こえる。手招きする様に、遊びに誘う様に現れた『腕』の熱を追いかける畝傍の瞳。それを察知した様に烏の弾丸が腕を真っ直ぐに貫いた。 けらけらと嗤う様な『こども』の声音が吐き出す言葉を光介は知って居た。いや、この場のリベリスタは全員が知って居たのかもしれない、そう、この声は。 ――こっちこっち。 「呼ばれなくったって、解ってるわよ!」 シュスタイナの黒い鎖が伸びあがり、その腕を一本捕まえる。 彼女の声に反応し、翼を広げた遥紀は魔力の渦と共に白翼を羽ばたかせる。周辺を巻き込むそれはシュスタイナの捕まえた腕だけではない、畝傍が寄せ集めた血色の腕達をも捕まえて行く。 攻撃の手は止まらない。しかし、敵である『腕』が増え続けることにじわじわとダメージを重ねて行くのはリベリスタ達とて同じだろう。傷だらけ、運命をかなぐり捨ててまでも立ち続けることに意味があると言う様に遥紀は唇を噛み締める。 誰も倒れて欲しくない、とシュスタイナがワンドを握りしめる指先に力が籠められる。 彼女の想いを、彼の想いを、受けとめる様に烏は弾丸をばら撒きながらその体を霞めるバッドステータスを伴う攻撃を辛うじて避けるがその腕に深く赤く線が一つ浮かびあがる。 無数の腕が月夜に浮かびあがり、気色悪い光景を浮かび上がらせる。不可視の腕は星の光りに照らされてその輪郭を映しだす。 二本の腕の内一本を烏の弾丸はしっかりと打ち抜いた。周囲の腕は未だに数を増やし続ける。それを相手にする息も絶え絶えのリベリスタを遥紀や光介は汗を顎から滴らせながら回復を与え続ける。 「……誰も、失ってなるものか!」 「ボクにだって……ボクにだって出来る事があるはずです!」 遥紀の言葉に呼応して光介が声をあげる。黄色の腕が震えながらもディアーナへとその腕を振るうが、彼女は掠めながらその腕を受けとめて体を逸らす。チャンスだというように振るわれたユーディスの攻撃がその腕を消しされば、残るは後一体。 多くに囲まれながら運命に縋り付き、畝傍は刃を振るい続ける。その背中を支援する様にオルクスのリベリスタ達は満身創痍ながらも立ち回った。 「体を張る役目と言うものは、失うモノのない私こそが相応しい……。ですが、まだ、この身は失ってはいませんよ」 無理やり立たせた膝は震えている。浮かび上がる腕は焦燥具合が伺えない。只、不気味にそこに存在するのみだ。 畝傍の言葉に頷いて、ソードミラージュが剣を振るい、マグメイガスが雷撃を打ち払う。光介への攻撃を全て庇うクロスイージスが浅い息を付けば、遥紀が励ます様に癒しを分け与えた。 「そろそろフィニッシュでしょう!?」 世界が交わる事なんて許せない。少女は地面を蹴りあげる。伸び上がる鎖が腕を捕まえて、そのまま一気に引き寄せる様に腕へと力を込めた。 細腕が、筋肉が軋みをあげる。唇を噛み締めたシュスタイナの眼前に迫りくる腕を打ち払う様に滑り込んだ烏の弾丸は器用に全て貫通させた。 「いやいや、回避が優れてるだけじゃあ、無意味ってものさな」 『声』無き物体はそれでもなおその腕を振り翳す。翼を広げた遥紀の掌でミスティコアが淡い光を放ち煌めいた。 「あと、一つ。あの腕を倒せば――!」 掠れる声を吐きだして。足首を掴まんとする腕を避ける遥紀は周囲へと魔力の渦から翼を打ち出していく。 「そんな姿でも熱があるんですね? 愚直に探し続けて良かったと言う物だ」 小さく笑みを漏らす畝傍の声に顔をあげた光介。回復を与えながらも誰もまだ死の淵を覗く事は無い。 厚い回復層に万全な支援が功を成しているのだろう。 「あと一体……? アーク、視えるかね?」 「いいえ、私には『視』る力がありませんから……どこでしょう」 背がとん、と合わさる。ユーディスへと問い掛けるディアーナは切り傷の様に走った腕の衝撃を抑える様に右腕を抱えている。 女の問いにユーディスは首を振るが、奇策があるかのように唇を噤んでみせた。 ハッとした様に光介が顔をあげた。認識を深めることでぼんやりとした輪郭が漸く焦点を結ぶ。 しかし、それでも光介とシュスタイナの位置には少しばかりの溝がある。 咄嗟に伸ばした指先は、握りこぶしとなって、下ろされた。 「シュスタイナさん! そっちです!」 ――こっちこっち。 「――、」 とん、と。少女の足が浮かび上がる。その胸を貫いた腕の衝撃に少女の翼が小さく揺れた。 シュスタイナさん、と光介が掠れた声で呼ぶ。浮かびあがった足先に力を入れた少女が大きく息を吸う。 「つかまえた」 眼を伏せて、身体を逸らせたそこへとユーディスの刃がその腕を切り裂いた。 「ああ、解りますか? やっと『視』えました」 体が宙を舞いながらシュスタイナの唇が釣り上がる。光りを反射する様な金色の髪を揺らし、ユーディスはカルディアを大きく振り翳す。 長い髪がその動きと反って揺れ、ブーツの爪先が砂を蹴りあげる。一気に体を伸び上がらせた彼女が裂ける様に体を逸らせれば、鈍色をした『腕』は酷く朦朧とした様にその拳を振り上げていた。 「やれやれ。弾丸はただ命中させるだけではなく、因果すら穿ち捉える。 腕に言った所で解らないかもんかね。――故にリベリスタである証明となる」 はっきりと言い切って、空へと立ち昇る煙草の香りに硝煙の臭いが混じり込む。 煌めく星空は何処までも美しい。しかし、異質な雰囲気を漂わせるこの三ッ池公園には未だ何かが潜んでいるのだろう。 「おじさんたちは『リベリスタ』なんでね」 因果を断ちきるかのように、引き金に添えられた指先に力が込められていく。 赤い血を浴びて、星の光りに鈍い色を返した腕へと向けて、荒唐無稽な現代劇(グラン・ギニョール)の終わりを迎える様に烏は煙草の火を潰し、引き金を引いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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