● ボトム・チャンネルに巣食った『フェイトを持つミラーミス』――フィクサード『ラトニャ・ル・テップ』による恐怖事件はいよいよ最高潮を迎えようとしていた。 目的不明と見られていた彼女の真の目的に繋がる情報を、アークの神の目が察知したのだ。万華鏡の演算によれば、この所加速的に進行しつつあった日本の『特異点化』は近い夜に最高潮に達するらしい。『特異点化』とは、その固定座標の神秘影響力が通常からかけ離れて増大する現象である。ジャック・ザ・リッパーによって『閉じない穴』が形成されたのも過去に生じた影響の一つなのだ。 ラトニャは最高潮を迎える夜を『神話』になぞらえて『星辰が正しい位置につく時』と呼んだ。彼女の目的は、外界の異物たる自身がその力を最大限に振るう事が出来るこの機会に己の世界とこのボトム・チャンネルを完全に繋げる事であった。もしそれを許せば世界の黄昏は避け得まい。 『特異点』の中心地は言わずと知れたあの三ツ池公園の『閉じない穴』である。 数々の激闘と因縁を刻み付けてきたその場所で、神との戦いが今始まろうとしていた。 ● その日、彼らリベリスタチームは三ッ池公園の防衛に当たっていた。ここは極東の特異点であり、極めて不安定な空間だ。そこで革醒を促されエリューション化した怪物、或いはD・ホールより現れる敵性アザーバイドと戦うべく、彼らのように紹介を請け負うリベリスタは少なくない。特に最近はエースと呼ばれる最精鋭のリベリスタは、多発する事件に駆り出されている。結果、比較的練度の低い彼らが防衛に当たっているのだ。 「つくづく辛気臭い場所だな」 「ま、そう言うなよ。これもリベリスタの大事な仕事だ」 今日は平穏な日だった。全く怪物達が姿を見せない。どうやら、このまま帰ってのんびりと休むことも出来そうだ。 そんなことを彼らが考えながら、池に差し掛かった時だった。 「おい! アレを見ろ! アレは何だ!?」 1人のリベリスタが異常に気付いて声を上げる。 向かおうとしていた池から巨大な柱が天にそそり立っていくのが見えたのだ。それはあたかも、天を冒涜するべく建てられたバベルの塔のように。 練度の低いリベリスタとは言え、状況の異常は分かる。すぐさま、アクセス・ファンタズムを開き、本部に連絡を取ろうとする。しかし、それは些か遅きに失した。 『我ヲ……崇メヨ……我ヲ……崇メヨ……』 「こ、こいつ、まさか『恐怖神話』の……!?」 リベリスタ達は悟る。 今日は平和な一日だったのではない。怪異たちは潜んでいただけなのだ。災害を予知して巣穴に隠れる獣達のように。それは嵐の前の静けさに過ぎなかった。 そして、恐れから動けないリベリスタ達に向かって、翼を持つ木乃伊のような姿をしたそれは口から糸を吐く。抵抗すらままならず、捕えられていくリベリスタ達。 『チョウド良イ、玩具ダ。使ワセテモラオウカ……』 アザーバイドが空に手をかざすと、そこから銀色の筒が現れる。 そして、筒から放たれた光を浴びると、リベリスタ達は動きを止めて行く。 『未完成品ハ時間ガカカルガ、使エナクモナイナ』 リベリスタを捕える糸はいつのまにか溶けて消えていた。そして、そこでようやくリベリスタ達は立ち上がる。しかし、その瞳は泥のように濁り、その意志を奪われていることは明白だ。 そんな彼らを引き連れ、アザーバイドは池に向かって飛んでいく。その先には翼を持つザリガニを思わせる異形が飛翔していた。 『我ニ……従エ……我ヲ……崇メヨ……。我ハぬがー=くとぅん。貴様ラにんげんナド、我ラニ従属スルタメニ存在スルニスギヌ……』 尊大な言葉と共に、ヌガー=クトゥンと名乗るアザーバイドは光の柱に触れる。 すると、アザーバイド達は一斉に邪悪な詠唱を開始するのであった。 ● 不快な蒸し暑さの増してくる6月のとある日、リベリスタ達はアーク本部のブリーフィングルームに集まっていた。漂う緊張感にリベリスタ達はこれから語られる内容を理解する。そして、『運命嫌いのフォーチュナ』高城・守生(nBNE000219)は、メンバーが揃っていることを確認すると、依頼の説明を始めた。 「これで全員だな。それじゃ、説明を始めるか。あんたらの考えている通りだ。あんた達に頼みたいのは三ッ池公園に現れたアザーバイドの排除……そう、『恐怖神話』の連中との戦いだ」 守生の言葉に力強く頷くリベリスタ達。 そして、フォーチュナが語るのは、『万華鏡』が得た未来予知についてだ。 『万華鏡』は神の目だ。人間には到底知り得ない情報を知り得ない段階で得る事が出来る。それは時に色濃く破滅を予感させるもので、時に何らかの救いをもたらすものでもある。この程、世界中を騒がせている『ミラーミスにしてフィクサード』ラトニャ・ル・テップの真の狙いと言えるかも知れないものが判明した。 「今までの奴の行動は目的が判然としないせいで、後手後手に回らされていたからな。ここからが反撃開始って訳だ」 この所、日本では神秘的影響を増大させる『特異点化』という現象が進んでいた。『特異点』と化した地帯では様々な神秘が通常より濃い濃度で顔を覗かせる事がある。『賢者の石』等が多く観測されたのもその影響の一端だ。日本に『閉じない穴』をこじ開けたジャック・ザ・リッパーの事件は記憶に新しいが、これは前回の特異点化の発生に拠る事件だ。アークは近くこの特異点化が数年振りに最高潮を迎えるという事実を観測したのだ。 これだけだとまだ断片に過ぎない。しかし、その断片を繋ぎ合わせるピースもまた『万華鏡』の知る所となる。 「このタイミングで、『The Terror』ラトニャ・ル・テップの出現が検知された。その場所は……三ッ池公園」 その名を聞いて、リベリスタ達は納得の表情を浮かべる。 たしかに、これほど決戦の場にふさわしい場所もあるまい。今まで幾度となく戦いが繰り広げられ、リベリスタ・フィクサード・エリューションを問わず命が散った場所。そして、ここ数年の神秘史においては中心の渦とも言える場所だ。 あのラトニャが三ツ池公園に出現したという報告と『特異点化』の情報を合わせれば答えは確実になる。『神話』になぞらえてこの時『星辰の正しく揃う時』と称したラトニャは、自身の行使する神秘影響力が最大限に増大するこの時を利用して、己の世界とこのボトム・チャンネルを完全に接続・結合しようとしているようだ。彼女の上位世界がこの世界と結合してしまえば、言葉は結合でも、実態は吸収に過ぎない。今の世界は破滅の黄昏を免れないだろう。 「そこであんた達の出番になる。あんた達に向かってもらうのは、ここだ」 そう言って、守生がスクリーンに表示したのは三ッ池公園の地図。 そして、指差された場所は中の池だ。 また、同時に表示されている画像には、池の中にそそり立つ不気味な燐光を放つ水晶の柱の姿があった。 「奴は目的である世界結合を果たすために、儀式を行っている。そのコアとなるのがこの柱だ。奴の目論みを挫くためにも、これの破壊は外せない」 世界結合の儀式はこの柱を中心として行われている。周辺には儀式の遂行、或いは防衛を目的として多くのアザーバイドが配置されている。池の中央部に『光の柱』がそそり立っており、向かう途中の水上には『ガタノトーア・アバター』がいる。『ミ=ゴ』達は『光の柱』周辺を飛び回り、儀式を行っているのだという。儀式を行うものと防衛に当たるものは半々とは言え、極めて危険な任務となるだろう。それでも、遂行しなくてはいけない。 如何に討伐の手掛かりを掴んだとは言え、首魁は『フェイトを持つミラーミス』なのだ。最悪仕留めそこなう可能性はある。その時に、柱の破壊に成功していれば世界結合を遅延させる保険として働くはずだ。 その分、投入される戦力も多目だ。『オルクス・パラスト』のリベリスタが、敵の一部を引き付けてくれている。その隙を突いて強襲を掛けることになるだろう。もちろん、彼らとて万能ではない。『ガタノトーア・アバター』との戦いは不可避だ。もっとも、上手い隠密作戦を取ることが出来れば、戦闘回避も可能かもしれない。 「敵が多いのもさることながら、厄介な状況も多い。その1つが連中の所有しているアーティファクト『ラブクラフト・ブレイン』だ」 守生が機器を操作すると、スクリーンには銀色の筒が姿を現す。 その中には不気味な液体が満たされており、脳に似た何かが浮かんでいるのだという。 「このけたっくそ悪いアーティファクトは、連中が浚った人間の脳を解析して作ったものみたいだ。いわゆる……洗脳を行う装置みたいだな。捕えた人間を『恐怖神話』の連中に従うように変えちまう効果がある」 過去、人間を捕える『恐怖神話』のアザーバイドが確認されたことがある。おそらくはこのための布石だったのだろう。だが、幸いにしてリベリスタ達はその陰謀を打ち破って来たため、装置の完成度は低いようだ。そうぽんぽん使えるようなものではないのが救いと言える。 とは言え、三ッ池公園の警備に当たっていたリベリスタ達が数名捕えられ、これによって敵戦力に組み入れられている。アザーバイドのリーダーが持つこのアーティファクトが破壊されれば救出可能かもしれないが、作戦の中で救う余裕があるかは分からない。 「もう1つ、不確定要素なのは現場に『恐山』派のフィクサードがいるってことだ。どうも最近連中は『アーク』との交渉に色気を見せている節があるからな。敵対してくるつもりは無いだろうが、放置するのも難しい所だ。どう対応するかはあんた達に任せるぜ」 『恐山』は『謀略の恐山』と畏れられる、陰謀を得意とする組織だ。勢力的には主流七派の中でも小さいが、卑怯で実利主義。着実に利を貪る危ない連中である。アークへ恩を売るというのは、確かに彼らにとって利であろう。100%の信用も難しいが。 やって来ている中でも強力なのは久氷桜虎(ひさごおり・おうこ)と言う名のクリミナルスタアで、運び屋としてならしている男なのだという。髭面の巨漢だがおネエ言葉を話す、なんともアンバランスな男だ。もっとも、『恐山』の例に漏れず、搦め手を好み実利を第一に考えるタイプだ。戦闘的なフィクサードではないが、その分厄介な男でもある。 「説明はこんな所だが、ま、こんな所にあんた達だけを放り込む程、アークも非情な組織じゃない。『オルクス・パラスト』の増援もいる。悪い条件ばかりじゃないさ」 あえて軽い言葉で場を和ませようとする守生。もっとも、彼の普段からすると不自然なだけではあるが。 そもそも、ラトニャの圧倒的な能力を考えれば分のいい話ではないのだ。しかし、これまでのリベリスタ達の動きから微かな希望は見出せているのもまた事実。第一、これを阻止しない訳にはいかないのだ。今回の事件は、日本やアークの浮沈をかけたものと言うよりも、この世界の命運を占うものと言っても良い。 「……やっぱ、俺にこんな芸風は似合わないな。勝たなきゃいけないんだ。何としても、連中を止めてくれ」 説明を終えた少年は、いつも以上に鋭い瞳でリベリスタ達に送り出しの声をかける。 「あんた達に任せる。無事に帰って来いよ」 ● 「あちゃー……さすがにちょっと数が多いわね」 双眼鏡から目を離し、『恐山』派フィクサード久氷桜虎はため息をついた。 千堂の要請で三ッ池公園まで来たは良いが、アザーバイド達は思っていた以上に強力な布陣だ。アークへ恩を売るのも良いが、そう簡単に行きそうもない。ましてや、良くは分からないが敵にリベリスタらしい人影がある。アレを殺しては、アークに良い顔をされないだろう。 「とは言え、クライアントの依頼は最大限果たすのがプロの責務よね。あーあ、フィクサード稼業も楽じゃないわ」 顎鬚を捻りながら桜虎は考えをまとめる。大事なのは信用、優先すべきは自分の命。その2つを天秤にかけ、彼なりの最適解を導き出そうとする。パッと見には肉体派に見えるが、基本的に真っ向からの荒事は得意ではないのだ。 「ま、アレよね。適当に戦って、リベリスタちゃんたちが来る時にかっこいい所を見せる。成果があれば持って逃げる。後は流れに応じて臨機応変によ!」 自慢にもならないことをフィクサードは宣言する。 久氷桜虎、36歳。 何のかんのでタフな男なんである。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ EXタイプ | |||
■参加人数制限: 10人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月14日(月)23:31 |
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■メイン参加者 10人■ | |||||
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● 三ッ池公園、中央部にある『中の池』。 この場が戦場になることは、これで何度目だろうか。 『現の月』風宮・悠月(BNE001450)はふとそんなことを思う。この場は既に戦場と化している。それを何処か、客観的に眺めながら今までの戦いを思ってしまった。敵の呪いを浴びて、その身を石へと変えてしまった後遺症なのだろうか。 しかし、今はそのような考えに費やす時間は無い。 「ミ=ゴが寄ってくる前に始末したい所ですが……難しいかな」 ポツリと呟くと、悠月は詠唱を開始する。身体の感覚が戻ったばかりとは言え、詠唱の速度は衰えない。むしろ、並みの術者と比べて、彼女のそれは圧倒的に速い。 そして、完成された術式は悠月の血を黒鎖へと変えて、目の前の怪物の身体を縛る。 そう、これが今宵の敵だ。 幾度となく神秘の災禍に巻き込まれてきた、極東の特異点こと三ッ池公園。その中の池と呼ばれる水場にそれらはいた。リベリスタ達の前に立ち塞がるそれらは、あたかもその後ろに聳え立つ光の柱への道を阻むようにその触手を蠢かせる。 巻貝を連想させる、おぞましく巨大な怪物達。異界の神(アザーバイド)が己の力をボトム・チャンネルに顕現させるべく作らせた化身(アバター)である。神の力の一部、ということであるがそれだけでもボトムの人類にとっては十分な脅威足り得る。 だからと言って、リベリスタ達は退くわけにいかない。 「任せろと言った手前、倒れる訳にはいかネェな」 水上に浮かびながら『てるてる坊主』焦燥院・”Buddha”・フツ(BNE001054)は怪物に向かって緋色の槍を構える。徳の高い聖者が水上を歩くと言った奇跡を見せる例は枚挙に暇がない。彼の場合もそうしたものなのであろうか。そう思わせるだけの何かが、彼にはある。 そして、フツはおもむろに宙へと歩を刻み、緋槍をくるりと回す。 すると、池の上に朱雀が現れる。疑似的な四神とは言え、その力はアザーバイド達にも劣らない。そこから放たれる業火もまた、その名にふさわしい威力を持っていた。 その業火の中から飛び出るのは、『一人焼肉マスター』結城・”Dragon”・竜一(BNE000210)。 手に握るのは青を基調とした日本刀と無骨な西洋剣。見様によっては、如何にもアンバランスな組み合わせである。しかし、竜一は知っている。リベリスタの戦いは見た目で行うものではない。むしろ、常識に囚われない発想こそが思いもかけない力を生むものなのだ。 「まずはお前達からだ!」 竜一は二振りの得物を手に、強大な烈風を生み出す。 烈風はアバターの巨大な体を押さえつけて、外皮を傷付けていく。アバターを構成する機械部品が宙にばら撒かれる。 それでも、アバターの耐久力は無尽蔵だ。 まだ動ける触手をうねらせて、リベリスタ達に襲い掛かってくる。 闇がリベリスタ達を呑み込み、その身を苛む。 触手が水面に叩きつけられ、派手に水飛沫が上がった。 苛烈な攻撃の前に苦しめられるリベリスタ達。しかし、真の戦士は逆境の中でこそ真価を発揮する。 「白鳥も水面下では……何と言ったかなッ!」 跳ね上がる水の勢いを利用して、龍が飛び上がる。いや、現れた男の名は『神速』司馬・鷲祐(BNE000288)。 誰よりも、早く、速い男だ。 そんな男が何もせずに漫然と戦いを眺める、ということがあるだろうか。いや、無い。彼は測っていたのだ、アバターの戦い方を。彼と比べれば巨大なだけのアザーバイドなど、あまりに鈍重。ハエが止まっているかのように見えるとはまさにこのことである。 指を弾くと高速の世界で真空の刃が砕け散る。どうっと、触手がちぎれ飛ぶ。すると、殻にその身を覆うアバターの本体が明らかになった。 そこへ隙を見出し、リベリスタ達の集中砲火が叩き込まれる。 「紅き血の織り成す黒鎖の響き 其が奏でし葬送曲 我が血よ、黒き流れとなり疾く走れ…いけっ、戒めの鎖!」 「キィ、メァ! 全力でいっくよー! みんなはボクが支えるよっ! だから、みんなは全力であいつらをやっつけてっ!!」 紡がれる2つの詠唱。内容は異なるが、狙うべき敵は同じだ。 現れた黒の鎖が再びアバターの身体を縛り上げ、締め付ける。そして、動けないアバターの周りを2つの光が舞ったかと思うと、火炎弾が降り注ぐ。 『魔法少女マジカル☆ふたば』羽柴・双葉(BNE003837)と『アメジスト・ワーク』エフェメラ・ノイン(BNE004345)の攻撃だ。 神秘を修め辿り着く魔道の秘儀。 フィアキィを通じ顕現する奇跡。 いずれも劣らぬ霊威である。その力は決して、異界より降臨した神の化身に敗れたりはしない。 これは上位世界より来たる災いに対して抗う力であり技術。人はそれらに畏敬を込めて魔術と呼ぶのだ。 対してアバターの攻撃は単純極まりない。その質量をそのままぶつけて来るだけだ。しかし、その攻撃も既にリベリスタ達は見切っている。 戦場に雪が降った。 いや、この夏も近づく夜に雪が降るはずはない。 これは触れるものを封じ込め、命を奪う氷刃の霧。美しさとは裏腹にその実、死と隣り合わせの宝石の墓場と呼べる輝きだ。 「封殺は貴方だけの特技じゃ無いんですよ。纏めて凍りなさい!」 『エンジェルナイト』セラフィーナ・ハーシェル(BNE003738)と共に、氷刃がアバターの身を苛み、動きを封じて行く。どれほど強力な力を有していようと、ここからの脱出はそうそう容易なことではない。 そして、巨躯の1つが動きを止めた時、強烈な閃光が夜の池を照らし上げる。 「ハハハハハハ!! 死ね、しんじゃええぇ、全部、全部だ、俺達が生き残る為にさあああ!!」 その中心には狂ったような笑い声を上げる『真夜中の太陽』霧島・俊介(BNE000082)の姿があった。鬱陶しげにまだ石から戻らない身体を掻き毟りながら、両の眼でアバターを睨む。 朱い瞳が映し出す光は、狂気、怒り、哀しみ、全てが混然一体となって、その奥にあるものの正体を見せない。しかし、その力は強力な裁きの光となってアバターの身を焼いていく。 アバターの本体を守ろうとしていた触手が崩れ落ち、再び水飛沫が上がる。 水面に浮かぶアバターの死骸の上を飛び移りながら、『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は一気に躍り出た。 (ここで失敗したら、世界が混ざり合って怪異に食われて、平和な明日が壊される……) その『刻』は着々と迫っている。 夏栖斗の言う通り、今宵はまさに世界の分水路なのである。 「そんなのは勘弁だ!」 だから、失敗できない。 力強い言葉と共に、夏栖斗は力強く跳躍する。月を背にし、アバターの頭を取った。 両手に赤と黒のトンファーを握り、飛翔する武技を展開する。本来ならここで咲かせるのは鮮血の華だが、代わりに歯車を舞わせた。 「ようやくお目見えだな」 オレンジキャンディーを口の中に含みながら、『ラック・アンラック』禍原・福松(BNE003517)はニヤリと笑って銃を抜く。 福松がこの怪物と出会うのは初めてではない。いや、こいつらと共にいる連中のことも勘定に入れるならば、誰よりも多いということになるだろう。だからこそ、戦い方は良く分かっている。 素早く抜き放った銃で次々と触手を撃ち抜いていく。その速度はまさに神速だ。 最後に狙うは本体の一点。アバターの構造の中でも最も脆弱な場所である。そこを尋常ならざる集中力で撃ち抜く。すると、怪物は大きな悲鳴を上げて動きを止めるのであった。 ● 時はほんの僅かばかり遡る。 『星辰の夜』が訪れて幾ばくかの時間が経った所だ。『厳かなる歪夜十三使徒』第四位『The Terror』ラトニャ・ル・テップ率いるアザーバイドは三ッ池公園に現れ、リベリスタ達との交戦も始まった。そして、中の池を訪れたリベリスタ達は、聳え立つ光の柱を目にした。 「『閉じない穴』はほんとに良いもの悪いもの問わず引っ張り寄せて来るから厄介だぜ!」 アザーバイド達が儀式の中心にしているという不可思議な物体を目に夏栖斗が毒づく。 『閉じない穴』はフュリエという異世界の友人をもたらしてくれた。その一方で無数の災厄をボトム・チャンネルにもたらしてきた。『閉じない穴』をめぐって起きた戦いだって、決して少なくないのだ。そして今宵もまた、敵は現れた。 鷲祐は冷静なものだ。彼はただ、その極限まで研ぎ澄ませた高速の刃で化生の存在を切り裂くことしか考えていない。だからこそ、彼の刃は何者よりも鋭い。 一方、俊介の様子は不安定なものを感じさせた。本来は子供っぽく無邪気な青年だ。しかし、矛盾に満ちた世界の戦いに、彼の心は軋みを上げていた。 それでも、戦いは待ってくれないのだ。そして、攻撃を開始するまでにある時間を利用して、リベリスタ達は勝ちを手にするための一手を打ちに向かった。 「桜虎さーんっ♪ お久しぶりっ、覚えてるかなっ?」 「チャオ! あの時のお嬢ちゃんじゃない。その可愛いお耳は一度見たら忘れないわよ」 エフェメラが向かった先にいたのは、『恐山』に属するフィクサード達。 本来であれば、厄介な敵であるが状況如何によっては味方にもなり得る。フィクサードが「怪物」ではなく、「人間」である所以だ。もっとも決して安全なものではない訳だが。特にエフェメラの場合、この場にいるフィクサードとは戦った経験もあるのだ。フィクサードとの交渉が蛇の食い合う場に身を投げ入れるような行為であるのは間違いない。 「あの時は奪い合う関係だったけど、今回は出来れば協力してほしいなっ! こっちからも手を貸すから、ねっ!」 しかし、それを心からの笑顔で言うことが出来るのが、エフェメラという少女の強さだろう。何事にも率先して立ち向かう勇気を持っているのだ。そして、髭をしごくフィクサードに向かって、フツはつるりとそり上げた頭を深々と下げた。 「オレはフツ、アークの焦燥院フツだ。久氷桜虎、協力してくれ! 頼む! この通り!」 協力関係は今日限りかも知れない。如何に『恐山』がアークとの協調を進めているとは言え、明日にはそれが崩れ去る可能性だってある。それでも、礼を尽くすのが彼の流儀だ。全ては一期一会。だが、その裏表の無い素直な『礼』はかえって有効に働いたようだ。 「構わないわ。元よりそのつもりではあった訳だし。で、どうすればいいのかしら?」 「デカブツはオレたちがカタをつける。そっちはあのブンブン五月蝿いザリガニ達の相手をしてくれ。必要な情報は渡そう」 「弱点もある程度分かっているから、参考にしてね」 福松が淡々と、手短に敵について語る。双葉による、普段と変わらずの愛嬌たっぷりの笑顔もセットだ。『万華鏡』の精密性差に関しては、日本中の革醒者の知る所だ。加えて、個人の体験まで加わるというのであれば、十分過ぎる程の『価値』を持つ情報であろう。裏返せばこれを出された以上、『恐山』もうかうかと約束を反故に出来ないことになる。 「具体的にはそのザリガニぽいのを任せたい! 特に3体の強いやつ! 強いのは動きが素早くて一人で抑えるのは無理だ! 鉤爪で弱らせてきたり、怪電波で混乱させてきたりする!あと呪いは効かない! 干からびているのは呪縛とか麻痺とかしてくる! 触手とか光の柱はオレ達に任せろ!」 「あらあら随分と具体的でありがたいわね。でも、連中のことそんなに教えちゃっても大丈夫なの?」 「恩でもなんでもいいから、とりあえずあのでっかいザリガニは任せるぜ」 強引に話を切り上げると、夏栖斗は中の池のあるボートへと向かっていく。そろそろ攻撃開始のタイミングだ。これ以上、話している時間も惜しい。 話し相手を失って手をぶらぶらさせているフィクサードに、悠月は冷たく一瞥をくれる。 「せいぜい恩に着て差し上げるとしましょうか。当然、その分は働いて頂きますが」 「そういうことね、納得だわ」 悠月の言葉に頷くフィクサード。 もっとも、その目の中に蛇が潜んでいることを悠月は見逃さない。やはり、油断の出来ない連中だ。 (恐山も意外に鼻が利くものですね。異界の軍勢を見て、流石に限度を覚えて頂けると助かるのですが……) もっとも、覚えないからこそのフィクサードだとも言える。まさしく、今なお交渉のキャスティングボードを握ろうとしている『恐山』等良い例だ。実際に可能かどうかはさておいて、最後まで自身の力を頼みに動くのがフィクサードの典型である。 それを知るからこそ、悠月はあえて釘を穿った。 「それと……現場にあるアーティファクトは此方で破壊します。得体の知れない道具の持ち逃げに利があるかどうか、命を張って此処に来ている理由を考えれば、解る筈です」 その言葉に福松はわずかに眉を顰めた。 『恐山』に奪われる事態を避けるため、わざわざ情報を隠匿していたのであるからして。それをこっそりフツが「まぁどっちみち見つけたらオレ達が壊すし」と慰める。 しかし結果としては、先に言ってしまったのは功を奏したようだ。釘を刺されて、福松以上に残念そうな顔をしているのはフィクサードなのであるからして。 「ま、そんな訳だ。フッさんの言うようにザリガニどもを相手してくれればいい。見返りは、俺という渡りだ。この箱船への渡し賃」 話が付いた所で竜一が纏める。こちらの言葉の裏をかいてくる奴には、はっきりと言ってやるのが有効だ。 「今後の七派の情勢も考慮してもらった上で、どれだけの値段をつけるか、そちらの働きで見せてもらいたいもんだね。で、今話した通り、やつらの使っているアーティファクト。それはこっちで回収する。それも、こちらの意向だと加えておくよ。」 「ま、『BoZ』のお2人に頭下げさせた以上仕方ないわね。こちらも上の連中には伝えておくわ」 そう言ってフィクサードはボートに向かっていく。100%信頼できる相手でもないが、これ以上は信頼するしかない。 その時、池の別の個所から火の手が上がった。 『オルクス・パラスト』の陽動が開始されたのだ。これで護衛用のアザーバイドの数は減る。そして、今こそ『光の柱』を破壊するチャンスだ。この機を逃しては、破壊は叶うまい。そして、作戦の失敗は間違いなく世界の危機へと直結しているのだ。 (この世界は姉さんが命をかけて守った世界です) セラフィーナは強く刀の柄を握り締める。姉が使っていた形見の刀だ。姉もこの場で戦った。自分も戦ってきた。その場所だからこそ、譲る訳にはいかない。 「侵略なんて、絶対にさせません!」 そして、リベリスタ達は戦場(いくさば)へと向かうのだった。 ● かくして始まった戦いは熾烈を極めた。 福松と双葉は身に染みて分かっている話だったが、アバターの戦闘力は高い。弱点を突いてなお、強大な壁として立ちはだかる。 「苦労した相手が二体に、更に他も一杯かぁ……それだけ相手も本気だって事なんだろうけどね」 何とか1体を屠ることに成功したものの、まだ1体は健在だ。各個撃破できる形になったのは幸いと言える。しかし、その優位もここまでだ。いよいよ本格的に儀式のために張り付いていたアザーバイドもいよいよこちらの存在に気付き、戦闘の準備を始めた。中にはアーティファクトの力で操られるリベリスタの姿もあった。 それでも、双葉は諦めない。 「こっちだって負けてらんない。頑張っていくよ!」 笑顔で再び詠唱を開始する。 鎖がアバターの身体を拘束し、立て続けに氷刃の霧が包み込んでいく。 「今一度受けてみろ……深淵の闇で尚煌く、星屑の煌きを!」 現れた魔剣が触手ごと本体を貫く。そして、星の光が止んだ時、アバターは動きを止めていた。 ほんのわずかの時、休息を得るリベリスタ達。しかし、それは休息と呼べるほど上等な代物ではない。敵との距離が縮まるまでのほんのわずかな間、呼吸を整えることが出来るという程度の話。 「イクスィス様、お力をっ!」 その時間を利用して、エフェメラが祈ると彼女の相棒であるキィとメアが緑色のオーロラを仲間達に降り注がせる。全てを癒す神秘の力だ。 「便利なものよね、その子たち。うらやましいわ」 「あははっ♪ ごめんね、これは企業秘密っ!」 その力には『恐山』のフィクサードも感心している。『恐山』とフュリエが交戦したこともあり、ラ・ル・カーナに関するある程度の知識は他組織にも伝わっている。しかし、肝心の技術まで掴むところには至っておらず、それだけに喉から手が出る程欲しいのだろう。それだけに残念そうにしたいたが、エフェメラの返事に肩を竦め、フツの要請通りに翼の加護を使う。 程無くしてリベリスタ達を乗せたボートが、光の柱を近くに迎える。 そこには不気味な詠唱の声を上げるアザーバイド達の姿があった。おぞましい姿を晒し、狂気の儀式を取りやめ、リベリスタ達を儀式の生贄にせんと動き始めたのだ。 「そういうイベントは地元でやれ、人様の軒先で盛り上がるんじゃあない」 「木漏れ日浴びて育つ清らかな新緑――魔法少女マジカル☆ふたば参上!」 そんなアザーバイド達の姿ではあるが、鷲祐の眼中には最早映っていない。彼の目に映っているのは、ただ破壊するべき光の柱だけ。この戦いを終わらせるために、勇ましく跳躍する。 双葉もまた、「魔法少女」としてのポーズを決め、果敢に魔物たちに挑む。魔法少女はいつだって人々の笑顔を護るために戦ってきた。思い込みであろうと、自分の力になるならそれで良い。 対して、アザーバイド達も一気に攻撃を開始してきた。爪を振り下ろし、怪しげな念波を放って抵抗する。そう簡単に通す気は無いということだ。 その中で俊介はどこか脱力した姿勢で、ぼんやりと戦場を眺めていた。 「よく解らない奴等と喧嘩かな。こいつら倒さなかったらまた大勢が死ぬんだろ?」 虚ろな目でぶつぶつと呟いている。しかし、次第にその瞳が狂気に染まって行った。 「なら、俺も容赦はしない。最初から話が通じないなら余地も無い、殺す、全部殺す、全部死ねばいい」 本来、俊介は「甘い」と評されるリベリスタだ。だが、今回の敵は最悪だ。最初からボトム・チャンネルに対する悪意しか持ち合わせていない。だったら、こちらも合わせてやるまでだ。 「お前等の世界ごと、壊してしまおうか?」 俊介のはっきりした意志の言葉と共に、裁きの光が池を照らし上げる。神聖術師が起こす奇跡の力は癒しだけではない。神の引き起こす災厄の如き破壊もまた、その力の1つである。 運命をも捻じ曲げよと、俊介の心の叫びが力となってアザーバイドを焼いていく。だが、その対象の中にはアーティファクトの力によって操られているリベリスタ達の姿もあった。それでも、彼は力を振るうことを止めない。 「ごめんなあ、優しくするのはもうやめた。お前等が操られてるのがいけない、俺達の手を煩わせるなら小さい犠牲になって大を生かす人柱になろうぜ? なあ、最高だろ!」 あえて言うならば、一抹の理性が『恐山』への攻撃を留めているが、結果としては矛盾極まりないさまである。そして、個々のリベリスタにしろ、それを止めるような余裕は無い。全て、『光の柱』を破壊するためには目の前にある自分の為すべきことに集中するしかないのだ。 夏栖斗は操られたリベリスタ達を自分の方に引き付け、「我慢だ、男の子」と心の中で叫んで耐える。 福松は目を凝らし、操るアーティファクトの在処を探る。 セラフィーナは道を切り開くべく、異形の中で必死に剣を振るった。 『恐山』のフィクサード達ですら、銃撃でアザーバイドを撃ち落している。 しかし、そんな努力を嘲笑うかのように、『それ』はリベリスタ達の前に姿を見せる。人に似たその殻を脱ぎ捨て、他のアザーバイド達と変わらぬ本体が飛び出てくる。しかし、その姿は奇怪な色の甲殻に包まれ、一層悍ましいものだった。その手には人の脳髄を模した忌まわしきアーティファクトが握られている。 『我ニ……従エ……我ヲ……崇メヨ……。我ハぬがー=くとぅん。貴様ラにんげんナド、我ラニ従属スルタメニ存在スルニスギヌ……』 不気味な燐光に包まれながら、儀式を遂行せんとするアザーバイドはいよいよ本格的にリベリスタ達に牙を剥くのだった。 ● 攻撃を阻むバリアに身を包み、ヌガー=クトゥンは電撃でリベリスタ達を焼き尽くさんとする。その火力は高く、リベリスタ達も膝をつきそうになる。だが、ギリギリのところで踏ん張りを効かせて立ち上がる。 「よくわかんないうちに、他のチャンネルの上位存在がボトムを滅ぼそうとしている? そんな勝手なこと絶対に許せないよっ!」 エクスィスの加護を身に宿し、エフェメラが叫ぶ。 「ボクはボトムの生まれじゃないけど、でもボトムが大好きだもんっ! ぜっっっっったいに阻止してみせるんだからっ!」 ボトム・チャンネルはエフェメラの生まれた世界ではない。それでも、ボトム・チャンネルが異界に取り込まれたら、ラ・ル・カーナにも塁が及ぶ可能性は高い。 それもある。 だが、それ以上にエフェメラにとって、既にボトム・チャンネルは第2の故郷と言うべき場所だ。 その世界を護るためならば、 「全力で頑張るんだからっ!」 妖精の叫びは全てを焼き尽くす炎弾となって戦場に降り注ぐ。当然、『光の柱』だって例外ではない。忌々しげにヌガー=クトゥンは大柄なアザーバイドを差し向け、場のかく乱を狙う。 「生憎とその手の攻撃には対策済みだ、効かねえ!」 朱の槍でフツが放たれた怪電波をかき消す。それどころか、自分の身を覆うエネルギーの力場を利用して、アザーバイドへの反撃もしてみせる。そのまま連携で槍の一撃を叩き込むと、距離を詰めようとしていたアザーバイドは吹き飛ばされる。 「あらあら大したものね。それじゃあ、こっちもお代の分は働きましょうか」 そう言って『恐山』のフィクサード達も銃でアザーバイド達を狙い、リベリスタ達のカバーに入る。結果として、リベリスタ達の動きにも余裕が生まれる。その隙を双葉は見逃さない。 「魔を以って法と成し、法を以って陣と成す。描く陣にて敵を打ち倒さん」 自分を中心に展開されている魔法陣に呼びかけ、一層その魔力を活性化する。 そして、極大の魔術を一気に完成させた。 「我願うは星辰の一欠片 その煌めきを以て戦鎚と成す 指し示す導きのままに敵を打ち、討ち、滅ぼせ!」 詠唱に導かれるかのように、鉄槌の星がアザーバイド達を打ち砕いていく。 今宵は『星辰の夜』と冗句めかしたのはアザーバイド達の首魁であった。しかし、この光景もまた『星辰の夜』の名には皮肉なまでにふさわしい。 星の降る夜を鷲祐は高速、いや神速で駆け抜ける。リベリスタも、フィクサードも彼の眼中には無い。ひたすらに己を研ぎ澄まし、速さを高めていく。 不意にその姿が千を数える。 雷光の如き動きが分身を生んだように見せるのだ。その狙いは全て『光の柱』。 「――悪いが、設置物撤去が得意でな!」 『玩具風情ガ……、我ラに刃向ウな……』 その姿を見たヌガー=クトゥンは攻撃の狙いを鷲祐に定める。 タァン しかし、その攻撃は飛んできた弾丸に邪魔される。毒々しい色の体液を流しながら、ヌガー=クトゥンは攻撃者の方向に頭を向ける。しかし、そこには人の姿は無い。 そして、きょろきょろと首を回す先で、福松がフッと銃口を吹きながら帽子を直していた。彼の抜き打ちがヌガー=クトゥンの身を護る障壁を穿ったのだ。しかも、丁寧に跳弾による時間差攻撃もつけて。その事実に気付いた怪物は、怒りの雄叫びを上げる。 しかし、福松はどこ吹く風。 伊達を貫くポーズだ。本人自身の怪我も浅くは無いが、それでもポーズを崩さない。そして、その生きざまを象徴するかのように、着こなすスーツは純白を保っていた。 「ニンゲンを玩具扱いしやがって! ざけんな!」 怒るヌガー=クトゥン以上に怒っているのは夏栖斗だ。既に我慢の限界は越えている。 ヌガー=クトゥンの怒りが自尊心を傷つけられた浅ましい怒りなら、夏栖斗のそれは正義の怒りだ。 トンファー・蹴り、全身の全ての武器を用いて怒りを叩き込む。怪物の手に握られているのは、人間の尊厳を踏みにじる悪魔の器。であるならば、それを破壊しなくてはいけない。 「絶対にリベリスタを誰ひとり見捨てはしない! 助けれる可能性があるなら否定なんかできない、それが僕だ」 『黙レ、下等ナぼとむの生物如キガ。貴様ラなど……』 「黙るのはてめぇだ!」 一気に距離を詰めた竜一は突きを放つ。 ヌガー=クトゥンは思い切り体を反らして回避するが、竜一の攻撃は、怒りはそれで収まらない。 竜一の身体が膨れ上がったかのように見えた。 破壊の神そのものを思わせる闘気がその体を覆っている。 「従属する存在? 笑わせるなよ。 ”てめえらが”! ”この俺に”! 従属する存在だってんだ!」 ヌガー=クトゥンは悟る。先ほどの突きはフェイントだ。この一撃を叩き込むために、竜一はあえて躱されるような攻撃を放ったのだと。 「見せてやるぜ、俺に封印されし力の一端を! 轟け、俺の右腕!」 全てが終わったかのような轟音が響き渡る。 抗いようも無い最高の一撃だ。さしものアザーバイドの生命力と言えど、直撃を受けていたらただごとでは済まなかったろう。だが、竜一の狙いはヌガー=クトゥン自身ではない。その所有するアーティファクトだ。銀色の筒にひびが入る。十分な魔法的防御は施されていた。しかし、デュランダルの破壊力をまともに受けて無事でいられる物質など、この世界にどれ程あるというのか。 距離を取ろうと怪物が動いた時、光が走った。 夜明けを導く太陽を思わせる光だ。 「その悪趣味な装置、破壊させて貰います!」 七色の光を纏い、セラフィーナの剣がアーティファクトを襲う。 「人々も、街も、世界も。アークの皆と共に、守り抜いてみせます!」 何のために? 言うまでもない、哀しい夜を終わらせるため、そして。 「もう2度と、大切な人を失わないために!」 一閃、二閃、三閃。 刃が閃光となって走る。 終わらない、終わるはずがない。夜が終わってすぐ朝が終わる、そんなことが起きるはずはないのだ。 セラフィーナが動きを止めると、その目の前で銀の筒が崩れ去って行く。 『オ、オノレ……』 「そこまでです。己のことにかまけ過ぎましたね」 呻くヌガー=クトゥンを見下すように、悠月は毅然と言い放った。 『光の柱』の光が弱まっている。しかも、儀式を遂行しようとしていたアザーバイド達もすっかり数を減じていた。リベリスタとヌガー=クトゥンが切り結ぶ間に、幾度となく降り注いだ星がアザーバイドを、そして『光の柱』を傷つけて行ったのだ。 そして今また、悠月は星を呼ぶ。 『コレ以上ハ……』 「させるかよ!」 アザーバイドの抵抗を俊介は哄笑で迎える。当然、彼自身も攻撃の対象となり、その傷は深い。それでも、彼は攻撃を止めない。狂っている、と評するものもいよう。それでも、あくまで彼の祈りは純粋だ。人を死なせないために、全力で殺戮を繰り広げる。 「大勢死ぬのは、もう嫌なんだよ! 皆殺しだ! これが過激派アークだ、喧嘩売ったそっちが悪いんだぜ、後悔しろよ地獄でな!」 矛盾に満ちた皮肉な叫び。 しかし、その心の慟哭は魔力となって世界を変えていく。 破壊の光と破界の闇が交錯する中で、鷲祐は最も冷静だった。 究極の領域、誰も達し得ない高速の世界で彼は『光の柱』への攻撃を仕掛ける。誰にも出来ない、鷲祐にしか出来ない仕事だ。 既に何回斬り付けたか、自身でも覚えていない。己自身が『速さ』という概念そのものに変わったかのように感じる。それでも、目の前のこれを消し去るまで、自分も消える訳にはいかない。 (俺達は勝ちに来ている……) 冷徹なる竜の咢が口を開く。 恐怖も迷いも無い世界で、鷲祐が『恐怖神話』に向かって叛逆の一打を放つと音速の壁を砕く。 (たかが化外。ただ斬り裂くのみ!) 神速の刃が世界へと解き放たれた。 ● 岸に引き上げたリベリスタ達は、救助した者達の手当てを簡単に行う。重傷を負って動くことは出来まいが、それでも命を救うことは出来た。 何匹かアザーバイドを取り逃がす結果にはなったが、『光の柱』を破壊できた成果も考えれば、十分過ぎる程の成果と言える。 「だいじょぶ、あとは僕らに任せて、儀式は止めるから」 夏栖斗は救出したリベリスタ達に微笑むと、またすぐに表情を引き締める。 まだ、『星辰の夜』は終わっていないのだ。 だから、進もう。 『恐怖神話』に終焉をもたらすために。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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