●世界侵食の夜 新緑の香りに混じる血臭。赤黒い染みとなって、土と混ざり合う仲間たち。頭上に、満天の星空。 活きのいいミミズのようにのたくる黒い触手が、ついに動きを止め。毛むくじゃらの巨体が横倒しに倒れると、ずしん、腹に響く轟音が、戦いにひとまずの節目を刻んだ。 「や……やっ、た? 倒した? やっと……」 思わず脱力し、へたり込む。手から離れた剣がからからと土の上を滑るが、再びそれを手にする気力も無い。 周囲に、仲間たちの姿は、既に無い。生きている、仲間の姿は。踏み潰され、喰われ、胸に風穴を開けられ。引き千切られ。 目の前で小山のように横たわる、異形の怪物。やっとのことでこれを屠った頃には、自分一人になっていた。 みな、ひとかたならぬ精鋭たちだった。そのはずだったのだ。 星辰の夜。 その言葉の意味が、今更ながらに胸を締め付け、背筋を凍らせる。指先が震える。歯の根が鳴る。 しかし、戦いは、ここだけで行われているわけでは無い。歯噛みしつつも、身を起こそうとした……その時。 「……あ?」 ずず。ずるずる。ぞる。ぞるぞる。 ずるり。ヘドロのような、コールタールのような粘性のある闇が、地より湧き出し。その奥底から飛び出した幾本もの触手が、地を掴み。 這い出してくるのは、まるで小山のような、巨体。毛むくじゃらの、貌無き獣。 「え……あ? あ……」 土の上に転がった剣。再びそれを手にする気力は、無かった。 既に、砕けていた。心が。オルクス・パラストのリベリスタ、その誇りと共に。 ●特異点 そう。全ては、特異点へと繋がっている。 「……ラトニャ・ル・テップ。恐怖を統べる、かの異界の神……その真の目的を、万華鏡により察知された情報を元に、導き出すことができました」 『つぎはぎアンティックドール』灰沢 真珠(nBNE000278)は、伏せていた長い睫毛を押し上げ。開いた青い瞳は、やや潤んで揺らめきながら、リベリスタたちを見つめている。 日本を中心とし、急激に進行する事象の特異点化は、神秘界隈で発生する凄惨な事件の増大や、多数に渡る賢者の石の観測例など、実に様々な形となって現れている。 ことに記憶に新しいのは、かのジャック・ザ・リッパーが引き起こした事件。こじ開けられた『閉じない穴』は、その最大の事例として挙げることができるだろう。 そして、今再び。 「日本の『特異点化』……数年ぶりにそれが最高潮へと達する、あまねく星たちの瞬く夜。ミラーミスにしてフィクサード、ラトニャ・ル・テップが『星辰の正しく揃う時』と呼び表した夜こそ、彼女の目的が果たされる時」 真珠は、語る。即ち。 「……ラトニャは、彼女自身の世界と、このボトム・チャンネルを接続し、結合せしめようとしているのです」 息を、呑む。 両者の力関係を鑑みれば、結合とは、つまりは吸収に他ならない。ボトム・チャンネルが、あのおぞましい異形たちが跋扈する世界の一部へと、組み込まれてしまうということだ。 双方の世界に息づく生命の論理は、あまりにも異なる。少なくとも、ボトムに暮らす多くの者たちが、何かしらの変質を喫せずに生き続けることができる可能性については、論ずるまでも無く、塵にも等しいだろう。 それは、破滅と同意なのだから。 「だからこそ。私たちには、やるべきことがあります。大丈夫、希望はあるんです。そのためのいくつかの『鍵』を、アークは持っているんです。だから……」 「だから。ボクらは、目の前のやるべきことをやる。完璧に、過不足無く、ね。やってみせるだけさ」 『濡れた瞳で空を見る』鳴沢 ルリ(nBNE000277)の言葉に滲むのは、ほんの少しの悲壮さと、それでいて真っ直ぐな決意だった。 モニタに映し出された映像に、見覚えのある者も、中にはいたことだろう。 決戦場は、三ツ池公園。他ならぬ『閉じない穴』をその中心に擁する、アークとは因縁浅からぬ場所だ。 「ラトニャの言う『星辰の夜』に合わせて、アークは、オルクス・パラストとの大規模な合同作戦を展開します。三ツ池公園の各所で、激しい戦闘が行われることになると思われます……その中で、ここに集まってもらった皆さんには、特に、こちらの場所での戦いを担当していただくことになります」 モニタ上の地図の一点を、真珠は指し示す。 公園の北口から侵入してすぐ、長方形の空間に土を敷いたグラウンドで、かなりの広さがあるようだ。 「多目的広場か。ボクらは、ここに現れる敵の相手をすればいいんだね」 「うん。オルクス・パラストからも戦力を回してくれるはずだけれど、きっと、手は足りていないから……辛い戦いになっちゃうと思う」 口を挟んだルリに引きずられたか、真珠の口調がいくらかくだける。大規模な決戦ということで、彼女なりに気を張っていたようだが、本来はこちらが素の顔なのだろう。 真珠が映像を切り替える。ルリはモニタを見上げ、 「で……こいつが、ありがたくもボクらのお相手をしてくださる、やんごとなきゲスト様ってわけだ」 映し出されるのは、奇妙な、そして怖気を震うような、怪物。 全高は、数メートルもあるだろうか。六本の、象のように太い足。丸みを帯びた体躯は、ごわついて脂ぎった黒い体毛に余さず覆われており、目や鼻に類するものは見当たらず。円周上に並んだ鮫のような白い歯を備える、真円状の口だけが、ぽっかりと開いている。 異様なのは、その巨躯の至るところから飛び出し、しきりに蠢いている、触手のようなものだ。 「うねうねしてるのは寄生生物で、この大きな生き物に取り付いてるみたい。長い身体を触手みたいに伸ばして、エサを捕まえて。大きいのに食べさせることで肥え太らせて、その肉を食べるの」 映像に、真珠は少しばかり眉をひそめながら、 「でも。気をつけなきゃいけないのは、これを倒すことが目的じゃない、っていうこと。公園から出さず、かと言って、他の戦場に行かれてしまっても大変……この広場の中に押し留め続ける、っていうのが重要なの」 敵は、どこからともなく溢れ出てくる。その数は際限を知らず、あるいは無数に相手をすることになる可能性とて、誰にも否定はできない。状況は、ボトム・チャンネルへ優位に傾いてはいないのだ。 この場を担うリベリスタたちが成すべきは、アークの持ついくつかの切り札、お偉方が言うところの『鍵』がその効力を発揮する頃合まで、何とかして持ち場を維持し続けること。 やがて、一通りの説明を終えると。真珠は、不安そうに揺れる瞳で、 「ルリくん……」 「……ん。分かってる」 確たるものは、何も無い。約束はできない。ルリは、ただ黙って頷いたのみだ。 それでも。真珠は、戦いへ赴くリベリスタたちへ、それが自分の成すべきことだと言うかのように、言葉を搾り出した。 「この戦いが、あの異界のイキモノたちとの、決戦になると思う……ルリくんも、みんなも。絶対、ゼッタイ、生きて帰ってきてね……? お願いだよ、約束だよ?」 日本という国が、数ある神秘においての特異点であるならば。 アークもまた、世界中のリベリスタたちの中にあって、まさに特異点と言えるのかもしれない。 いや、そうあらねば。異界の神が振り撒く恐怖によって、おぞましくも練り上げられたこの夜を、明かすことなどできはしないのだ。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月13日(日)22:52 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●星明かりの下で 道なりに仲間たちと駆けながら、『濡れた瞳で空を見る』鳴沢 ルリ(nBNE000277)は、どこか不思議なもののように、その女を見ている。 「くく。あの寂しがりの幼女のことよ。ペットを食っちまったら、数少ない友人が減って、泣いてしまうかもしれんのう」 紅涙・真珠郎(BNE004921)。かの異界の神、おぞましき異形たちの首魁たるラトニャ・ル・テップと真正面から対峙し、帰還を果たした一人だと言う。リベリスタとして、それに人生においても、経験浅いルリにとっては遠く及ばない、底知れぬ深みを内に擁する女だ。 「……ほう、なるほど、こいつはまた。不思議なナマモノじゃの」 たどり着いた戦場は、多目的広場。真珠郎の詰まらなさそうな言葉に、視線を向ければ。 小山のようにそびえる巨体。そこかしこから生え伸び、ゆらゆらと空をたゆたう触手たち。予知にあった通りの異物は、その足元に展開した数人のリベリスタたちと対峙し、場は既に戦闘の様相を呈していた。 「ま、相手が何であれ、潰すだけじゃ……さて、鳴沢君よ。ヌシはあの触手どもを薙ぎ払いつつ、戦力を削っておくれ」 「え、ああ、うん。分かった、仕事はこなしてみせるよ」 くん、とひとつ猟犬めいて鼻を鳴らし、ぎらつく真珠郎の紅い瞳に、ルリははっとしつつもうなずく。 異形の獣を取り囲んでいるのは、援軍たるオルクス・パラストのリベリスタたち。一見して、彼らも相応の精鋭を送り込んできたのだと知れる。 『覇界闘士<アンブレイカブル>』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、自身の小指に、ちらと目をやる。心配性なフォーチュナとの約束。必ず帰ると言ったその誓いを果たすには、足並み揃えた連携が必要だろう。 夏栖斗は、叫ぶ。 「……協力して欲しい! 連携して当たったほうが、きっとやりやすいと思う。一緒に頑張ろう!」 オルクスの精鋭たちへ、礼を持って示した夏栖斗の提案に、しかし彼らのリーダーらしき壮年の男は、首を振る。 「アークか。申し出には感謝するが、我々には我々のやり方がある……それを乱して、余計な犠牲が出ても詰まらんのでな。慣れぬ連携より、各々、最善のやり方でいくとしよう」 「けど……!」 にべも無い返答に食い下がる夏栖斗の肩に手を乗せ、『足らずの』晦 烏(BNE002858)が、ひとまず止める。 「まあ、まずは仕方あるまいよ。連中にも、譲れない矜持ってものがあるさな……」 がしゃり、構えるのは、銃剣を備えた散弾銃。古式ゆかしい意匠に騙されれば、最新鋭の内部構造がもたらす破壊力が、うかつな敵を抉るだろう。 「ここは一つ、見せ付けてやるとしようじゃないか? 信頼に足る、おじさんたちの経験と格ってやつをね」 片手に銃、片手に紫煙をくゆらす烏、その覆面の下では、不敵な笑みを浮かべていることだろう。夏栖斗はうなずき、 「……分かった。まずは、見せる! 僕自身を……!」 彼らは、オルクス・パラストたちの布陣の中へと分け入る。 「ここが境界線だ、好きにはさせないぜッ!」 夏栖斗は、濡れた闇のような剛毛を纏う巨体を瞬く間に駆け上がると、そこかしこで蠢く触手生物たちへ、回転する二本のトンファーを翻しながら、目もくらむほどの連撃を叩き込む。 白、紅、黒の軌跡がひとしきり舞うと、肉を抉られ開いた痕から噴き上がる飛沫と共に、獣の口からは、苦悶のうめきが上がる。 烏の神がかった速度の抜き撃ちが、巨躯の獣と、その身体へ巣食う寄生生物もろともに撃ち込まれ、触手の一本を半ばほどからぶちりと弾き飛ばす。 「……お父様、お母様。わたし達と、この世界……そしてもし叶うのなら、異世界からの客人をも。どうか護って……」 祈りを、捧げる。『blanche』浅雛・淑子(BNE004204)にとって、それは戦いへ赴く際の、大切なプロセス。 淑子は、目の前の異形に。敵として、ここで見えたことを、残念に思う。彼女は悪戯に命を奪うことを好まない……が、さりとて、自分や仲間たちへと及ぶ危険は、彼女にとって許容しがたいものだ。 「さあ、はじめましょう。苦境にあろうとも、女の子は、いつでも優雅に……大丈夫よ、忘れてはいないわ」 両親の教え、その想いを胸に。淑子は幻想の聖衣を身に纏い、巨大な戦斧を軽々と掲げ、足を踏み出す。 ●敵性存在 「ぐあ……ッ」 手にしたライフルで援護射撃を行う、オルクス・パラストの若い男が、触手の一本から吐き出された血肉混じりの弾丸に右太ももを深く抉り取られ、膝を突く。 「大丈夫? あら、痛そう。OK、回復ね」 『そらせん』ソラ・ヴァイスハイト(BNE000329)は、柔らかい癒しの息吹を戦場へ吹かせる。治癒の波動は、仲間たちのみならずオルクス・パラストたちをも包み込み、若い男の深手を癒していく。 「く……す、すまない。君は……」 「きみ、なんて。私、あなたより年上だと思うのだけど……」 いささかむっとしつつも、ソラは治療の手は緩めない。手厚いバックアップを展開するソラを、男は、どこか不思議そうに見つめていた。 「さて、面倒だけど。回復は任せてね、攻撃はお願いするわよ」 「ええ、任せてください」 ソラの言葉を受け、『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)が駆ける。 リセリアは、にわかに共闘することとなったオルクス・パラストたちを、特別な想いがこもった眼差しで見据えている。彼女の家族は、どうやらオルクス・パラストの一員として活動しているリベリスタらしく、こうしてかの組織と肩を並べて戦うことに、リセリア自身も感慨の念が深いようだ。 「夢の一端が叶うのが、こんな状況でというのは、少し複雑だけど……戦場を選べるわけでも無し」 ここは良しとしよう。未だ、彼らの信頼は勝ち得ずとも、『皆』で勝って、帰るために。 リセリアは、憧れの姉の勇姿をちらり、脳裏に思い描いてから。薄青い細身の剣、その刀身をしならせ、彩光の迸りと共に、獣の黒い毛の中へと突き入れる。ぶつりと肉を貫く感触の後、獣は混乱したように頭を振り、わななく。 見せ付けるのは、アークの技量、底力。巨躯の上で軽々と立ち回りトンファーを振るう夏栖斗、ルリはどす黒い瘴気の波動で触手生物たちをまとめて打ち据え、烏がそこへ寸分違わずに銃弾を叩き込む。 傍らで長剣を触手へ振るい、そのうちの一本を何とか斬り飛ばしながら、オルクス・パラストたちは、そんなアークの猛攻をまざまざと目にしている。その場にいるだけで感じることのできる、圧倒的な安定感。 もちろん彼らとて、棒杭のようなひとやまいくらの戦力とはわけが違う。みな、それぞれに卓越した力を持つものたちばかり。 その上で、アークに属するリベリスタたちには、どうやら及ぶべくも無いことを、彼らは内心で思い知りつつあるのかもしれない。 しかし、それでいて、『アカシック・セクレタリー』サマエル・サーペンタリウス(BNE002537)のオルクスたちへの態度は、実に真摯だった。 「よろしく、先輩たち。抑え込むのに手が足りないなら、僕も手伝うよ……出来には期待しないでほしいけどね」 アークの中にあっては、彼女はまだ若輩と言える。そんな思いもあってか、謙虚なサマエルにとっては、オルクスのリベリスタたちはまさに、頼れる先輩なのだろう。 一声かけてから、跳ぶ。黄昏のような深い朱の脚甲を横一線に蹴り抜き、透き通って美しいブレードの軌跡は、多重の幻影を生み出し。 「僕の、できる限りを……ッ!」 サマエルは、前向きに、真っ直ぐに。実体を成した波状の斬撃が、ぬらぬらとした触手生物を寸断し、斬り飛ばした。 本来、獣は草食性で、臆病で大人しい類の生き物なのだと言う。そのためか、見上げんばかりの巨体を誇りながら、周囲でひっきりなしに響き渡る戦闘音に、獣は恐れおののくようなか細い声を漏らす。 身体だけは大きく、その声はびりびりと空気を震わせながら、あたりへと伝わっていく……が。 それとて、『消せない炎』宮部乃宮 火車(BNE001845)の、まさに名を体現するような猛火のごとき攻めを止めるには至らない。 「怖ぇか? 解るか、伝わるか? ようこそ。これが、オレらの世界だ」 手荒い歓迎で出迎える火車は、獣を取り巻く様々な『理由』を、意に介さない。獣本来の温厚な気性はともかく、この小山のような巨躯だ。歩くだけで目の前の全ては薙ぎ倒され、跳ね飛ばされれば人の身などあっさりと折れ。超重を乗せた太い足は、あらゆるものを踏み砕くだろう。 故に、火車に、一切の迷いは無い。口の端をにいと吊り上げ、腕を振るって薙ぎ払えば、巻き起こる業炎が獣を包み込み、触手もろともに炎上させていく。 炭化し焼け焦げた触手の一本を引っつかむと、焼け落ちたそれは容易く千切れ、彼は荒っぽくそれを放り投げた。 「毎度毎度、我が物顔でご苦労さん。ここでオレらを止めねぇと……今度はオレらが、テメェらの世界、丸ごと食い散らかす番だぜ? せいぜい、気張って止めて見せな!」 目の前の獣だけではない。火車の見据える敵は、実にいけすかない、上位世界そのものなのだ。 ●矜持 鞭のように薙ぎ払われた一閃で、オルクスたちが弾かれ、吹き飛ばされる。地を転がった彼らの視線の先には、星たち。 星辰の夜。 「まったく……厄介よね。できるだけラクをしながら、サボっていたいところだけど」 それでもソラは、前衛の陣をこじ開けられたオルクスたちに代わり、前へ出る。同時に、降臨する福音、清らかな歌声を響かせながら、治癒の波動は二重の輪光となって広がり、リベリスタたちを癒していく。 宿主の危険に逆上したか、嵐のように翻る尾鞭の真っ只中へ、真珠郎とリセリアは飛び込む。 「ふん、つまらん。やはり、喰うなら人間に限るわ……獣ごときに、我の相手が務まると思うたか?」 「頼もしいですね、真珠郎様。では、共に。あれを突破してしまいましょうか」 「うむ。造作も無い」 頭上を薙ぐ鞭をくぐり、足元を払う一撃を軽々と飛び越え。眼前へ振り下ろされた触手の一本を、真珠郎が漆黒の剣閃を振るい斬り払ったところへ、身を縮めて跳躍したリセリアが、まばゆく光る剣の切っ先を、獣の胴へと突き立てる。 夏栖斗は、痛手に苦悶の表情を浮かべつつ膝を突く、オルクスたちのリーダーへ駆け寄ると、脇に腕を差し込み助け起こす。 「大丈夫か……!? 無理はするなよなっ」 「ぐ……あ、ああ。まだいける、まだやれる……我々は、オルクス・パラストなのだから……!」 肩を借りながらも。男は身を起こし……そして夏栖斗へ、少しばかり、自嘲気味に笑いかけた。 「……とはいえ、だ。我々だけでは、あの生物は凌ぎ切れまい。どうやら、君が正しかったようだ」 「え、じゃあ……」 「ああ、いささか判断が遅れたが。我々は、君たちアークと連携しよう。そしてあの異形どもを……我々の世界から、残らず、叩き出してやろう。共に」 夏栖斗の顔に、笑顔が灯る。いかにも少年らしいあけすけな笑みに、目の前の男は、まったく、敵わんな。と、小さくつぶやいた。 「よーし……一緒に行こう! そして乗り切るんだ、この夜を! 希望はある、僕らは負けない……ッ!」 「ああっ!」 高らかに叫び。オルクスのリーダーの号令のもと、西欧の勇者たちを傍らに伴いながら、夏栖斗は踏み込む。 鋭く伸びた触手の槍が、一点、烏の肩口を貫き、抉ると。 「痛ァッ……やれやれ、かのオカルト探偵のようにはいかないもんだ」 愛読書に登場する壮年の霊能探偵を思い浮かべながら、後方へ跳び退く。控えめな言だが、リベリスタとして一級の烏ならば、物語の主役を張ることもできるだろう。 「さて……オルクス・パラストのお歴々。狙うはあそこだ、共に行くとしよう。無駄に命を散らさん程度にね」 「了解した!」 烏が銃口で指し示したのは、獣の胴にぽっかりと開いた、真円状の口腔内。後衛でライフルを構えるオルクスたちを率いて、烏は集中砲火を浴びせていく。 サマエルがふいに、表情に憂いを滲ませながら、ぽつり、つぶやく。 「あの寄生生物を全て払ってしまえば、あの子は、落ち着くのかな……」 「……どうかな」 あの子、とサマエルが称した獣を見上げ、ルリは言葉を返す。 「一時、落ち着くかも知れないけれど……どの道、彼らは鈍重に過ぎるよ。一人で、あの巨体を満たすだけの食糧を得られるとも思えないしね」 「自由になったとして、この世界で静かに生きていく……なんて無理な話、か」 どこか、諦観を覗かせながら。 サマエルは、ルリの振るう長剣、漆黒の波動が刻んだ痕をなぞり、脚甲で蹴り抜きながらブレードを閃かせ、触手を斬り飛ばした。 淑子は。もし、届くのなら、と。 「自己満足でしか、無いのかもしれない。こんなことしかできないのを、歯痒く思うけれど……でも。それでも」 淑子は、獣へ、自らの意思を伝える。彼らは言葉を持たないだろう、それでも。 伝えずにはいられなかった。 「わたしは、貴方の死を望まないわ。けれど、貴方を活かすために、仲間たちを失う危険を冒すことも、わたしにはできない……」 だから、せめて。淑子は戦斧を振り上げながらも、言葉に乗せ、祈った。精一杯の気持ちを込めて。 貴方に、幸いがありますように。 ●十全なる 「う、うわあっ!?」 残り数を減らしてきた触手の一本が、オルクス・パラストの一人をその身で絡め取り、高々と持ち上げる。そしてそのまま、宿主の大きく開いた口の中へと、捉えた獲物を放り込み……。 と、そこへ。 「……喰らうなら、オレを喰らってみなァ!」 一足早く、火車が自ら、獣の恐ろしげな口腔の中へと飛び込む。 「熱々タップリ、召し上がれ……ってんだぁ! ぎゃははははッ!!」 高らかに笑い声を響かせながら、放つ紅蓮の炎は、獣を内部から容赦なく燃え上がらせていく。 苦悶のあまりか、獣が大きく身を捻った勢いで、捉えられていたオルクスの男が解放され、よろけながらも地に降り立つ。 「……すげえ……これがアーク、か……」 口内で暴れ回る火車、噴き上がる爆炎の余波に頬をちりと焦がしながら、男は半ば呆然とつぶやいた。 ふいに、後方から切迫した声が聞こえる。 「ああもう、やっぱり増えるのね……厄介ごとは増やさないで欲しいのに。気をつけて、次が来たわよっ」 良く通るソラの声に振り返れば、広場へ唐突に広がる、粘りのある闇色の沼。予知にあった通り、二体目の獣の巨躯が、伸ばした触手たちによって沼から引き上げられ、ずるずる、ぞるる。這い出してくるのが見えた。 「正念場か。いずれ時も満ちようが……手を抜く我では無いぞ?」 真珠郎は、二体目の獣を押さえ込むべく走り込み、星明りを照り返す怜悧な太刀の輝きを翻せば、舞い散る紅の飛沫。 「ひれ伏せ。我が、紅涙の姫であるッ」 広場は戦闘にも足る十分な広さを擁する空間ではあるものの、小山めいた巨躯が二体もひしめいていれば、少々手狭にも感じられる。 とはいえ、一体目の獣から、くねる寄生生物はそのほとんどが剥がれ落ち。宿主たる獣自身もまた、既に半死半生のようだ。 「合わせます、行きましょう!」 「心得た!」 リセリアはオルクス・パラストの精鋭たちと息を合わせ、細剣を振るう。蒼銀の剣閃は二体目の獣の進行を阻み、にわかに押し止める。 その隙に、瀕死の一体目へ。業火を纏う夏栖斗の一打が触手を跳ね上げ、烏は口腔を再び抜き撃ちで貫く。と。 「っ、マズっ、離れて!」 夏栖斗が鋭く叫んだ、直後。触手が獣の巨体へ、一際深く潜り入ると。そのショックでか、獣は、リベリスタたちの頭上高くへ飛び上がり……そのまま、直下へ落下する。轟音響かせ、地を砕き。 「く……っ」 衝撃の余波は、オルクスたちの数人とサマエルを巻き込んで広がり、彼らを土の上へと沈めた。 「ッ、やってくれるね、けれどこいつで……最後ッ」 獣に巣食う、最後の触手。その中ほどをルリの剣が薙ぎ払い、斬り飛ばすと。 「ドンドン来りゃイイさ。来た矢先っから、軒並み潰しゃア、済むことだッ!!」 遮る者も無くなった、獣の、真正面。眼前。巨躯を駆け上がり、その鼻っ面……と思しきところへ目がけ、火車は、豪炎を帯びる拳を握り締め。 全身全力、渾身の一撃を、ぶち込んだ。 衝撃と共に炸裂した炎。ぐらり、六本の足が支える巨体が、よろめき。 「……帰るまでの間くらい、静かにいさせてあげられたら、良かったけど」 ゆらり、立ち上がる。運命は、サマエルの死を許容しない。 高々と跳躍し、広場を囲う樹々を蹴って、刹那に接近すると。 「僕は、止まるわけには行かないんだ。ごめんよ」 もはや長引く時は、苦痛に悶える獣を、いたずらに苛むのみ。跳ね上げた脚甲、淡く透き通るブレードの軌跡が、獣の儚い命を断ち切った。 「! 連絡が来たわ! 必要な時間は稼げたみたい」 「はいはい、じゃあ撤収するわよー。みんな、オルクス・パラストの皆さんも、急いでね」 淑子のアクセス・ファンタズムへ届いた一報。ソラの号令で、アーク、そしてオルクス・パラストのリベリスタたちは、即座に撤退を開始する。 二体目の獣は、それに目もくれず。ひゅんひゅんとしなる触手を揺らしながら、公園の中心へ、ずしりと振動を響かせながら歩き出したが、もはやリベリスタたちがそれに追いすがることもない。 彼らは、役割を果たしたのだ。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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