● 花の広場と言われているが、ここに可憐な花は一本も生えていない。草花はひとつ残らず掘り返され、代わりに埋められたのはまだ生きている人間だった。いまは大部分が役目を終えて死んでいる。 その代わりといっては何だが、大小さまざまな大きさの割れた頭でできた花が満開だ。ざっくりと避けた白い頭皮が裏返り、脳の残骸と血と体液を湛えた頭蓋骨の周りに垂れている。ひとつとして同じ花弁の花はない。実に個性的だ。遠くから眺めれば身震いするほど美しい、と思うかもしれない。 まだ埋められたばかりの頭の前で、老人は立ち止まった。 ぎゃあぎゃあとやかましい口を縫い合わせ、まわりの出来事をずっと見ていられるように目蓋は切り落としてあった。 頭は地面の上で小刻みに震えていた。 「ほっほっほっ。狂ってしまえば楽になれるものを、まだ抗うのかね?」 その頭はかってリベリスタと呼ばれていた。いや六道の、いや黄泉が辻とかいうグループのフィクサードだったか……。 「まあ、よい。時間の問題だ。君が呼ぶわたしの子はさぞかし強いだろうな。楽しみじゃよ」 老人はにたり、と笑い、ステッキの先で頭の目玉を片方潰した。そのまま引き抜かず、ぐり、ぐり、とステッキをよじる。 周りで一斉に頭が弾けだした。強い恐怖が音になり、目に見えて広がっていく。 間もなく、老人の足元の頭も破裂した。 白いスーツにカンカン帽。粋な出で立ちの老人の後ろを、赤い雨が追いかけていく。雨を降らせているのは赤く巨大な蝶……かつて人の蝶形骨であったもの、異界のアザーバイドの現身だった。 ● 「みなさんに向かっていただきたいのは三ツ池公園、花の広場です。すでにオルクス・パラストのリベリスタが先行しています。さあ、みなさんも急いで!」 『運命オペレーター』天原和泉(nBNE000024)らしからぬ慌てぶりに、ブリーフィングルームに集まったリベリスタたちは顔を見合わせた。資料に目を通すどころか、まだ椅子にすら座ってもいない。なにももう現場に向かえと急き立てられている。当然、誰も動かなかった。 和泉は動かぬリベリスタたちを前にして、しょうがない、と言った感じで肩を落とした。手していた資料をぎゅっと丸めると、とつとつと語りだした。 「世界中を騒がせている『ミラーミスにしてフィクサード』ラトニャ・ル・テップが『閉じない穴』を狙って三ツ池公園に現れました。同時に、ラトニャが呼んだ、あるいは誘われ出てきたアザーバイドたちが多数、公園に集結しています」 ブリーフィングルームが騒めきたった。 万華鏡の観測したイメージは断片的な情報に過ぎないが、どうやらラトニャは、自身の行使する神秘影響力が最大限に増大するこの時を利用して、己の世界とこのボトム・チャンネルを完全に接続・結合しようとしているらしい。 「彼女の上位世界がわたしたちの世界と結合する……いいえ、事実上それはわたしたちのこの世界が滅亡する、ということに他なりません。どうか食い止めてください」 花の広場でアザーバイドの蝶が大量に召喚されつつあった。以前に別の依頼でリベリスタたちが戦った蝶はさして強くもなかったが、いまは『特異点化』が最高潮を迎えている関係でやや強化されている。そのうえやっかいなことに、この蝶は人に恐怖を抱かせて、アザーバイド召喚のための依代に変える力があった。これ以上数が増えれば手に負えなくなってしまう。 更に加えて―― 「これら蝶を召喚し、統率するアザーバイドが確認されています。こちらは蝶と違い、手ごわいでしょう。現在リーダーは老人の姿ですが、ある程度のダメージを与えると真の姿を現すようです。老老人は2体の人型のアザーバイドを従えています。頭が張れて異様に目が離れているので、すぐにそれと分かるでしょう」 立って、とばかりに和泉はリベリスタたちに向けて手を上下に動かした。 「では、改めてお願いします。オルクス・パラストたちとともに蝶を殲滅し、3体の人型アザーバイドを撃退してください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:HARD | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月13日(日)22:56 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 「なんだこりゃ……」 アズマ・C・ウィンドリスタ(BNE004944)は、花の広場を一見して息をのんだ。すっと通った鼻筋にしわをよせ、袖で口元を覆う。 (報告書で聞いていた物より遥かにひでぇ……) 倒された桜の木の上を、異形の蝶たちが赤黒い鱗粉をまき散らしながら飛んでいる。広場に咲いていた花という花はすべて土から引き抜かれ、1本1本が丁寧に踏み潰されていた。それだけでも十分すぎるほど異常を感じさせる風景だが、花の代わりに埋められたものに目を凝らせば一気に狂気が加速する。 目蓋を切り落とされ、口を縫い合わされた首が埋まっていた。 頭蓋骨が吹き飛んで赤い頭皮の花を咲かせた首がやたらと目につくが、よく見ればまだ頭の割れていない首もある。生首はどれもんー、んー、と呻きながら小刻みに震えていた。 そんな地獄絵図の中でオルクス・パラストのリベリスタたちが赤い蝶たちを必死に撃ち落している。 アズマのすぐ横でぽん、と固いものが小気味よくはじけ飛ぶ音がした。一拍遅れて、びしゃっ、と胸を悪くする水音が地面を叩く。顔を向けると赤い蝶が首の花から飛び立っていくところだった。 広場を飛びまわっている赤い蝶は、すべて人の蝶形骨を依代にしてボトムに顕著したアザーバイドだ。 忌まわしきものの出現を祝福するかのように、朗らかな笑い声と拍手の音が広場の真ん中、1本だけ残された桜の木の下から聞こえてきた。人らしき影が3つある。 「完全に人を道具としか見てねぇ……。こいつら、絶対に許せねぇ!」 「ほっ、ほーっ! なんという不遜な発言。絶対に許さない? 何をぬかすか、若造が。わしらは支配者ぞ。お前たちの許しを得る必要などありゃせんわ!」 白いスーツに汚らしい染みを作った老人が、アズマというよりも広場にいるリベリスタたちにどなり返してきた。 「ちっぽけな正義感など捨てて、お前たちもさっさとわが眷属の贄(にえ)となるがよい」 影のうち2つが動いた。腫れた頭をゆらゆら揺らして近づいてくる。あれらが報告書にあった“兵士”だろう。 アズマは肩幅に足を開くと刀の柄に手をかけた。左の親指で鍔を押し上げ、右手を軽く柄にかけて居合の構えをとる。 ぱん、と拳をてのひらに打ちつけて、奥州 一悟(BNE004854)がアズマの横に並んだ。 「また出やがったな。今度こそケリをつけてやる!」 2か月ほど前、一悟は関空大橋を渡る列車内で“兵士”たちと交戦していた。あの時は急な事態で万華鏡の予知も万全でなく、“兵士”の存在は不意打ちだったが今夜は違う。 「あの時のオレとは違うぜ。かかってきやがれ!」 一悟が炎を纏った拳を固めると同時に、アズマも剣を鞘から抜き放った。 「高まれ、オレの内なる怒り……!」 無秩序に飛んでいた蝶たちが甘い蜜を見つけたかのごとくリベリスタたちに向かって集まりだした。 「蝶どもの相手は頼んだぜ、みんな!」 叫びながら一悟が赤い雨の下を走り抜ける。アズマも後に続いた。 アークリベリオンの瞬発力は侮れない。頭ふたつ、アズマは一悟よりも先に抜きんでて兵士に肉薄した。大上段から剣を振りおろす。 「ふっ……! てめぇにかけてる時間はねぇんだよ、とっととくたばれ!」 続けて二の太刀を、と剣を上げたところで一悟が警告を発した。 「よけろ、アズマ!」 兵士が放った波動を地に転がることでかろうじてよけた。 隙ありとみたか、もう一体の兵士が剣を手に迫ってくる。 「させるか!」 一悟はアズマを狙う兵士に遠くから刃の蹴りを入れて牽制すると、赤い蝶を巻き込むように雷を降らせた。 轟く雷光に生首からくぐもった悲鳴が上がる。 「すぐにこいつらをやっつけて助けてやるからな! もう少しの間だけ頑張ってくれ」 ● 『白月抱き微睡む白猫』二階堂 杏子(BNE000447)が凛とした声で呪文を唱え、魔陣を展開する。青光りするラインが闇に円を結び六芒星を刻んだ。膨れ上がった魔力に満足して杏子は微笑む。 「――さぁ、参りましょう」 魔法陣の光に吸い寄せらた赤い蝶を、『影の継承者』斜堂・影継(BNE000955)が背中から抜き放った大剣の一振りで切り落とす。 「ハシャぎ過ぎたな、侵略者!」 影継は老人に人差し指を突きつけた。 「この公園がお前たちの墓地となる」 老人は靴の裏にこびりついた草を生首にこすりつけて落とすと、にたりと笑った。 「おや、いま何かほざいたか坊主? アメリカでは見逃してやったが今夜はそういうわけにはいかんぞ~」 「それはこちらの台詞……」 のそりと進み出て来たのは『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)だ。 「こりゃまた怪しげなオーラじゃな。リベリスタか? わしらの仲間じゃないのか?」 九十九は否定も肯定もせず、笑いながら小ぶりの銃を幻想纏いから呼び出した。足元に目もくれず、されど生首を踏むことなく、まるで空を滑っているかのようになめらかな動きで老人へ向かっていく。 「ところでご老体。聞いた話では異世界の住人らしいですけど、こちらでまで悪さするなら、流石に見過ごす訳にはいきませんぞ。真っ赤な血の華を咲かせるのは、そちらと言う事になりますが?」 「おぬし頭が悪いの。ここはもうわしらのテリトリーも同然。分からんのか、感じんか? 2つの世界が溶け合う中で、おぬしはいつまで正気を保――痛!?」 九十九が構える銃の先から煙が流れ出ていた。 老人の額から黒い血がねっとりと流れ落ちていく。 「何をするか!」 「おや? まさか卑怯だなんて、そんな陳腐な台詞は口にしませんよな?」 「卑怯な! まだ話の途中じゃぞ、最後まで聞かんか!」 口にしちゃったよ、このアザーバイド。 それにしても腕を振り回し、地団駄ふんで怒るさまはただの目が離れた老人である。『奈落剣・終』が決まっていなければ、まさか異世界から来た化け物と……思う、かやっぱり。 老人の目は人とは思えぬほど離れていた。 「魚人、いや出目金人?」 「あんな生モノと一緒にするな!」 「失礼。ご老体はあんなにかわいくはないですのぅ。出目金に謝らねば」 九十九はわざと老人をからかって注意を引きつけながら、オルクス・パラストたちを探した。 スターサジタリー2名とクリミナルスタア2名が、少し離れた場所で赤い蝶たちに囲まれて苦戦していた。連携もとらず、個々に攻撃している。4人ともかなり頭が腫れ上がっていた。 (まずい……) 一発、老人に撃ち込んでから九十九は走った。 「別職同士のコンビを作り行動を。インドラの矢とB-SSで赤い蝶を纏めて排除願います。あ、広場より逃走を図るものゆ――!?」 クリミナルスタアの顔が輝くのを見たとたん、九十九は背に強力な波動を感じた。そのままオルクス・パラストたちの元まで吹き飛ばされる。クリミナルスタア2人を道ずれにして頭からぶっ倒れた。 「ほっほー! さっきのお返しじゃ」 腰に手をあてて体を起こすと、老人が生首の頭をふみふみ、軽やかなステップを披露していた。2発も撃ち込んだのにまるで効いていない。老人の足元で次々と頭が弾け、脳みそのしぶきをあげる。 ばさばさと重い羽音をたてて、赤い蝶が開いた花弁の中から星々の輝く夜空へ飛び立った。 「狂気から産まれる赤い蝶ですか。あるいは美しいとも言えるのかもしれませんが、私の好みではないですかのう」 「だったらどうする?」 ――残らず撃ち落す。 九十九はオルクス・パラストたちとともに立ち上がると、猛然と反撃し始めた。 ● 「そりゃ怖くないと言ったら嘘になります」 『弓引く者』桐月院・七海(BNE001250)はひょうひょうと言う。折った膝のすぐそばにはポニーテールの女の子が首だけを出して地面に埋っていた。 「でもこの惨状を起こした奴に3倍で返せると思うと楽しくて笑いを抑えられない」 七海は杏子の魔法陣に引き寄せられた蝶たちに向けて、あまたの銀の矢を撃ち込んだ。幕のごとく広がった矢に捕らわれて、蝶がぼとぼとと地面に落ちていく。 「ね? さあ、もう泣かないで。死にたくないという、気持ちが貴女の運命を分けます!」 声は出せなくても唱えることは出来る! ヒーロー見参! ヒーロー見参! ヒーロー見参! ポニーテールの少女の斜め向かいで、坊ちゃんカットの男が鼻をならした。 「そこ、司会のお姉さんじゃなくて残念だとか思わない。信じる者は救われるのです!」 七海を中心に静かな笑いが起こり波のごとく広がっていく。 『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)が七海に呼びかけた。 「チコも魔法陣つくりましたのだ。七海おにいさん、こっちに集まってきた蝶もよろしくお願いします」 「了解」 光に集まるとは、蝶というよりも蛾だな。七海は口の端を持ち上げると、矢筒から矢を抜きとりつつ体を回した。 「いまからチコたちがどんどん悪いやつらをやっつけますのだ。だから怖がらないでください。そこにいる金髪の男の子と寿々貴おねえさんがみなさんを癒してくれますのだ」 チコーリアの大声を耳にして、オルクス・パラストのマグメイガスはぎこちなくうなずいた。本職ではないが云々、と口をもごもごさせる。どうやらパーティーの都合上、仕方なしに回復役を任されていたらしい。 と、横からつぶやきを遮る声。 「回復特化マグメもありだよ~。今回に限らず極めてみれば?」 自身が回復特化型のマグメイガスである『息抜きの合間に人生を』文珠四郎 寿々貴(BNE003936)は『翼の加護』を唱えた。 寿々貴の体から放たれたまばゆい光が、仲間たちの背中に届くなり次々と白い翼に変わっていく。 マグメくんが、ほう、と称賛のため息を漏らした。 「みんなの頭を踏むといけないからね」 寿々貴は竜眼――紅玉を加工して作られた呪具を使って花の広場を見渡した。微かな光を増して暗闇で物を見る事ができる優れものだ。小さな体の回りを漂う3面のデスマスクと相まって、いまの寿々貴はなかなか雰囲気が怪しい。 広場の西端に剣を振りまわすソードミラージュたちを見つけると、寿々貴は声をあげて2人を呼び寄せた。それぞれに自分とマグメくんの護衛をするよう頼む。敵を気にすることなく、仲間の回復と埋まっている人々の恐怖の抑制に専心するためだ。 さあ、と手でマグメくんを促す。 「出し惜しみしてる暇なんてないよー。聖神の息吹撃ちまくりだぜっ」 「お、覚えたてですが……」 ぎこちない日本語で応じてから、マグメくんは全体回復の呪文を唱えた。優しい風が血生臭い空気を吹き払う。 寿々貴は狂気の波長を心で用心深く拾いながら、周りに埋っている首たちの様子を観察した。縫い合わされた口こそどうしようもないが、切られた目蓋は少しだけ再生しているようだ。だが、頭の腫れは思ったよりもひいていない。 蝶が寿々貴たちをあざ笑うかのように羽音を響かせて集まってきた。恐怖の鱗粉を振りかけられた生首たちがまた震えだす。 「黒鎖の波に呑まれ、跡形も無く消えてしまうがいい!」 詠唱を終えた杏子が毅然と言い放つと同時に、その華奢な体から驚くほど大量の黒いオーラが迸った。黒いオーラは鎖となり、邪悪な蝶たちを捉え潰していく。 「大切な事は全てを護る事でなく、どれだけ敵を殺せるか。殺られる前に殺れ。まさにこれですわね」 白い尾を優雅に揺らして杏子が微笑めば、負けずにチコーリアも『葬操曲・黒』を放つ。 「ガンガン倒していくのだー!」 こちらは黒蛇のイメージか。杏子の攻撃から一旦は逃れた蝶たちを、チコーリアから放たれた黒いオーラが次々と喰らっていく。 黒蛇の牙すら逃れた蝶は、ソードミラージュたちが1匹1匹確実に切り落とした。 (一丁いってみようかー) 寿々貴は危険を承知で心を恐怖の波長で満たした。とたん、激痛が津波となって頭蓋骨を内側から叩く。歯を食いしばって堪えると、己に強いて穏やかなイメージを心に浮かべた。 (狂ってしまえば楽かもだけれど、もう楽しい事はなくなってしまうよ。だからね、負けないで) 竜眼の下から涙を流しつつ、勇気づけの言葉とともに癒しのイメージを広場の隅々まで届ける。 「本当に難儀な戦いですこと……」 七海の射る矢に守られながら、杏子は頭を抱えた寿々貴を背中から抱きしめた。そのまま邪気を退ける神々しい光を放つ。指先で玉になって流れ落ちる寿々貴の涙をすくい取とってやった。 「がんばるのだ!」 チコーリアの操る黒蛇がふたりを囲むようにして渦を巻く。 「チコはもうこれ以上蝶に増えて欲しくないのだ」 渦に弾き飛ばされた赤い蝶は、星が瞬くよりも早く七海が銀矢を飛ばして仕留めた。 遠くで影継が、一回り大きな赤い蝶に剣先を向けたまま怒鳴った。 「中央、桜の木より北5メートル。トリアージ赤多数! 黄色も多いぞ。南、九十九たちの近くにも赤がいる。すぐ治療に向かってくれ!」 もう大丈夫だから。寿々貴は胸に回された杏子の腕を解くと、護衛の剣士を伴って北へ飛んだ。 ● 影継はしつこくつきまとう蝶たちを大剣斧でまとめて切り捨てると、“紅い蝶”の前に回り込んだ。無論、恐怖を引き起こす赤い雨を浴びないよう上を取るのを忘れていない。 偶然か。何気なく落とした視線の先に、 “紅い蝶”のゆりかごであった首が埋まっていた。 「フィクサードか……ま、アンタの仇も纏めて取ってやるよ」 アザーバイドの侵攻に際して、フィクサードはフィクサードなりに思うところがあったのだろう。 元悪党だが人類の敵に単身挑んだその勇気に敬意を表し、影継は首の前へ出た。無残に砕けて洞を晒す頭蓋だが、これ以上アザーバイドの穢れた血肉で汚すのは忍びないと思ってのことだ。 影継は陽に大剣斧を構えてわざと左半身を“紅い蝶”にさらした。 ドクロの羽が大きく震えて、魂そのものを砕くような恐怖の波動が繰り出される。 「目を見開いて見ていろよ。こいつらが滅びる瞬間を!」 大剣斧を横掛けに振るう。体に怒りを漲らせて繰り出した一撃はカウンターとなり、“紅い蝶”を一瞬で塵に変えた。 「うぉぉぉおおぉっ!!」 恐怖の痛みに耐えながらも、影継は得物を振い続けた。けがらわしい雨が飛散して土に埋る人々に降りかからぬようにと、風を起こして赤い蝶もろとも吹き飛ばす。 後ろから寿々貴が癒しの追い風を吹かせた。オルクスの剣士が低空を飛ぶ蝶に切りかかる。 「まだ残ってやがるか、おらっ!」 影継の首のすぐ後ろで蝶が弾けた。兵士を倒したアズマが駆け一番、鋭い突きを放ったのだ。 遅れてやってきた一悟も蝶に炎の拳を振るう。 アズマは寿々貴たちへ顔を向けた。 「ここは任されよ。それよりも二人はお役目を果たしてくれ!」 「影継! 九十九さんたちがピンチだ。残りの蝶はオレたちに任せて行ってくれ!」 南では確かに九十九たちが苦戦していた。オルクスのマグメくんはそれなりに奮戦しているが、回復が追いついていないのは遠目にも明らかだ。 なにより―― 老人の体が大きくなっていた。曲がった背骨が天に向かって高くつきだしている。アザーバイドは万華鏡が予測した第二形態になろうとしていた。 「ああ、頼らせて貰うぜ。だが絶対に死ぬな!」 絶対の信頼をその場に残し、影継はあとを振り返ることなく空を駆けた。 白のスーツが裂けて背骨が突き出た。パチンパチンと筋肉が切れ飛び、禍々しい色の羽が老人の背で広がる。頭はすでに人のそれではなくなっていた。 七海は弓につがえた矢にありったけの魔力を込めて、まだ濡れて皺のよる羽へ打ち込んだ。 右の羽の下半分をズタボロにされたアザーバイドが悲鳴を上げる。長く伸ばされた化け物の口器から、呪いがしたたり落ちた。 「斜堂さん! 今です!」 言い終えるなり七海は身動きを封じられた。 「Ge Ahhhh! あり得ん! なぜじゃ? ラトニャ・ル・テップ様、わしにお力を!!」 不完全な羽を必死に動かして、化け物が空へ飛び立とうとしていた。 九十九の弾が化け物の横顔から肉を削り取る。 チコーリアの黒蛇が毛の生えた手足をもぎ取る。 「恐怖の時間はおしまいだ! 斜堂流、胡蝶落陽断!」 星々を背負った影継が、高みから化け物の頭へ紅い刃を振り降ろす。 化け物は二つに体を切り裂かれて地に墜ちた。 ● 「あうう。ないのだ……」 ファミリアで操っていた猫から情報を得たチコーリアは、一悟に広場から逃げ出した赤い蝶の行方を告げた。猫に礼を言って帰してから池の方を指示し、杏子にも逃げた蝶を追うように頼んだ。 影継は剣の血を振るい落すなり、戦いが続く丘の上の広場へ向かった。 九十九もまた寿々貴から治療を受けると腰を手で押さえつつ、影継の後を追った。 七海は生き残ったオルクス・パラストたちと一緒に埋められた人々を土の中から助け出している。 オルクス・パラストは3名の死者を出していた。 リベリスタ到着時にはまだ生きていた100名の一般人は、1/3にあたる32名が死亡していた。 チコーリアは魔道書探しをあきらめた。 ネクロマンサーの楽団員が求めた書であれば、たとえ完全版でなくとも死んだ者たちをよみがえらせてやる術が得られるのではないか。そう思ってのことだったが、どうやら“老人”は図書館から本を持ちだしてこなかったらしい。 「……チコももう行きますのだ」 流した涙を袖で拭うと、チコーリアは毅然とした足りで新たな戦場へ向かった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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