●紫陽花の季節 「一年の間で、この時期だけ賑わう庭園があるんです」 たくさんの紫陽花が咲いていて、とても綺麗なんですよ? マルガレーテ・マクスウェル(nBNE000216)はそう言って、写真付きのパンフレットを皆に見せた。 他の季節は閑散として誰も訪れないその庭園は、この季節……梅雨に入ると、多くの人が訪れる。 人々の目当てはもちろん、咲き誇る無数の紫陽花だ。 「今年は紫陽花が咲くのが、去年よりも遅かったらしいんですが……」 数日前から花が咲き始め、それに伴って多くの人が訪れ始めたのだそうである。 「数日は雨が続くみたいですが、やっぱりその方が雰囲気が似合うって感じがします」 紫陽花に満たされた散策路を傘を手に歩くのも良いし、紫陽花に囲まれるようにして建つ東屋では、お茶や御茶菓子を楽しむ事もできる。 そして…… 「庭園の奥にね? ちょっと雰囲気の違う処があるみたいなのよ」 トニオ・ロッソ (nBNE000267)がそう言って、少女に代わるように話し始めた。 紫陽花で賑わう庭園の奥には……別世界のように思える一画があるのだそうだ。 幾つかの紫陽花が、道脇や小庭にひっそりと咲く……そんな場所。 寂しいくらいに静かで、でも……だからこそ。 「人には時に、そういうのが必要だったりするのよね」 そういう処にいると、何か許されているみたいな気持ちになるのよね、と……青年は冗談めかして呟いた。 天が代わりに泣いてくれているような気がすると言ったのは、誰だっただろうか? 雨音に混じって聞こえるのは、鳥たちの微かな囀り(さえずり)くらい。 「賑やかなのも良いですが、静かな時を過ごしたいという人には……良い所だと思います」 引き継ぐようにそう言って説明を終えると、マルガレーテは皆を見回し、微笑んだ。 「宜しければ皆さん、いっしょに如何でしょうか?」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:メロス | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月12日(土)22:25 |
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■メイン参加者 9人■ | |||||
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●夏へと至る、水の季節 梅雨は、じめじめして嫌い。 (髪はまとまらないし、まとわりつく湿気が不快だし) 「……でも、雨音は落ち着いて好きよ」 「梅雨は湿気で尻尾が大変ですけど、しとしと降る雨音は耳に心地いいですね」 のんびり雨の雰囲気を感じていた壱和は、シュスタイナの言葉に同意するように……耳を動かしながら、口にした。 休み処となっている東屋の一角で、ふたりはリベリスタとは違うもう一つの人生の業務……学生、というものに時を費やしている最中である。 「シュスカさんは勉強進んでます?」 「勉強は……多分進んでいるんだと思うけれど、自信があるかといわれると微妙ね。思ったより点数が伸びなくて」 「ボクは苦手な英語が大変です……」 「次のお休みも、一緒にお勉強ね」 だんだん、受験という言葉が近付いてくる。 次の休みの勉強会は……図書館か、それとも家でが良いだろうか? 一休み、という時間になって…… ふたりはそれぞれ、わらび餅と水羊羹を注文した。 「ふぅ。頭使ってると、甘いものが欲しくなるわよね……と……い、いただきます」 「水羊羹の甘さは、ほっとしますね」 シュスタイナがわらび餅をほお張り、壱和も水羊羹でひと心地つきながら尻尾をゆらす。 「シュスカさんも、ひとつどうですか?」 ぜひにと言って壱和は、あーんと言いながら……自然な動きで、水羊羹を一切れ差し出した。 (段々抵抗なくなってきたような気がする……) 「ん。美味しい」 差し出された水羊羹を笑顔でほお張ってから、照れを隠すように。 「勿論こっちも食べるわよね?」 「もちろんです♪」 問い掛けた少女に、壱和も笑顔で応える。 口許へと運ばれた、わらび餅を……ぱくりとほお張り、美味しいですと笑顔を深めて。 「美味しいを一緒に感じれると、幸せなのです」 静かに庭園を濡らす梅雨に、包まれて。 笑顔の花を咲かせながら、暫し……ふたりは穏やかな時を過ごした。 ●紫陽花園の路で 「リリの仲良しが増えるのは、嬉しいような寂しいような」 前を行く妹をこっそりと追いかけながら、ロアンは聞こえないような小声で呟いた。 最初から探そうと考えていた訳ではない。 なんとなしに散歩していたら、たまたま歩いている妹たちの姿を発見して、追いかけ始めたのである。 最近は色々な人たちと、一緒に出掛けたり遊びに行ったりしているようだ。 (相合傘とか……まあ、カズトくんなら安全安心か) 「僕よりいい男でないと妹は任せられないよ。ハードルは高いよ?」 そんな言葉を呟きながら、青年はふたりの後を追いかけていて……庭園の路で、見覚えのある別の姿を発見した。 「あ、トニオさん? だっけ」 「あら、ロアンちゃん……だったかしら?」 「こんにちは。雨の日もいいものだよね」 「そうね~ ところでロアンちゃんは……」 問い掛けようとした青年は、視線の先に男女の姿を見出して……ああ、と納得したようすで微笑んでみせた。 苦笑いするように肯定の頷きを返して、ロアンはそのまま取り留めもなく話を向ける。 (紫陽花の花言葉、か) 「よく分からなさは……寧ろ女の子の方が複雑で分からないな」 「まあ、お互いにそう思ってるんじゃないかしらね~普段は気にならないだけで」 「男女の事ってのは、本当に難しいものだよね」 「大切に想い合っていれば、なんでしょうけどね。ちょっとした事が分からないだけですれ違ったみたいに感じられて、不安になるんじゃないかしら?」 「完全には分かり合えないから楽しい、とも言えるのかな……」 「……そう思えたらきっと、傷つけて傷つけられても無くなるんでしょうけど……でも、傷つけあってこその想い合いって気もするのよね~」 そうやって、男女についての取り留めもない話を続けながら……ふたりは視線を再び彼方へと向けた。 雨の中を歩む、一組の知人たちへと。 ●花言葉 のんびり雨の日デート。 「相合傘とか、嬉しいね」 「デート……は、恋仲でない友人の間でも行くのですよね?」 この前人から聞きました、と。 奥の散策路をゆっくりと歩きながら、リリは夏栖斗の言葉に応じるように口にした。 その言葉に肯定を返しながら、少年はリリが風邪ひかないようにと傘を傾ける。 「雨が傘を弾く音も悪くないし、となりが美人さんならなおのことだね」 「美人……いえ、そんな」 動揺して逸らした目を戻そうとして、今度は傾けられた傘に気が付いて。 「そ、そんなに傾けたら濡れてしまいますよ?」 風邪など引いてしまったら大変です。 落ち着かぬ心地のままリリは夏栖斗に言うものの、当の本人は気にせずに……と、終始笑顔のままである。 結局そのままので、ふたりは雨の庭園を散策するかたちになった。 ようやく訪れた雨を迎えるように咲き誇る紫陽花たちの間を、その姿を眺めながら……夏栖斗とリリは歩く。 「紫陽花には、浮気とか移り気とか……そういう花言葉があるのですよね」 静かに降る雨に濡れる花たちを眺めながら、リリは小さく呟いた。 (こんなに綺麗なのに移ろい易くて、掴めない様な……) 「男の人、みたいですよね……という話を、男の人にするものでもないですが」 形にした言葉を謝りつつ、リリは浮かんだ問いを夏栖斗へと向ける。 好きでもない誰にでも、度を越して優しく出来るものなのでしょうか? 「そう思う事が、最近あって……」 「男の浮気性ってのは、あれだね耳に痛い」 呟いてから夏栖斗も、雨に濡れる紫陽花へと視線を向けた。 「僕から見たら、同じように女の人っぽいけどね」 「男の人から見ても……ですか。男女間の事は、難しいのですね」 少年の呟きに言葉を返し、リリが言葉通りの……難しそうな表情を浮かべる。 その横顔を眺めながら…… 「……それはともかく。気持ちはわかんなくもない。皆、大切なんだよ」 浮かぶ想いや、自分の内にあるものを眺めながら……夏栖斗は気持ちを形にしていった。 「僕ら、こんな職業だからこそ、日常に繋ぐ大切なものは、大事にしたいっていうかさ」 この世界の本来の理から外れた、世界を壊す存在となりかけた自分たち。 その自分たちが、この世界の欠片である事を実感できる、信じられる……何か。 「あれだぜ、男って鈍感だから、普通にしてるつもりで度を越してるとかはあるかもしれないね」 まとまらず只、想いを零すように口にして…… 「好きになったらさ、嫌なとこもいいところも見えてきて……」 (ほんとに紫陽花みたいにうつりげになるものだって) 「紫陽花の花言葉には『辛抱強い愛情』もあるんだぜ?」 絞り出された言葉が……リリの何かに、ふれる。 発されたその言葉が……なにか不思議と、嬉しくて。 先刻までとは違う軽やかな足取りで。 リリは、紫陽花の路を進み始めた。 ●積み、重ねる……季節 「強すぎない雨の中で視る紫陽花は趣があって良いものです」 「……今回は、庭園の奥に足を運んでみるか」 悠月の言葉に、そう応えて……拓真は紫陽花園の奥へと歩を進めた。 足を進めるうちに周囲の景色が少しずつ変わってゆく。 ふたりの歩みに応えるかのように。 周囲を包み込むように咲き誇っていた紫陽花たちは、次第にその数を減らしていき……聞こえていた喧噪も、徐々に遠くなってゆく。 華やかさに代わって辺りを支配するのは、静やかで落ち着いた風景だ。 「此処がトニオ達が言っていた場所か……」 「風情がある所ですね」 (紫陽花の庭園の中に在って紫陽花も疎らな散策路とは……) 周囲を見やり、感心したようすで呟いた拓真に同意するように口にして……悠月も辺りを見渡すように瞳を向けた。 「偶然出来た物なのか……人の手によって生まれたのか」 「砂利が敷かれているから、人の手は入っている様ですが……」 「どちらにせよ、自然の中の芸術というのはやはり素晴らしい物だ」 確かに、他とは雰囲気が違う。 「散歩しながら落ち着いて考えるには良い場所です」 「……そういえば、もう夏なのだな」 「梅雨……ですからね。もうそんな時期です」 拓真の呟きに、悠月はそう言葉を返した。 気候もすっかり夏らしく、暑くなった。 夏が来て……秋、冬、春と過ぎて……また、夏が来る。 廻る季節。 (――振り返ってみるとあっという間に感じますけれど) 「でも、しっかりとその全てを観てきました」 悠月の言葉に僅かに首肯してから、拓真は言葉を繋げてみせた。 「こうして、季節の風景を共に巡るのも珍しい事ではなくなった」 (帰るべき場所に戻れば、彼女がいて、待っていてくれる) それは、幸せな事だから……感謝と親愛を込めて。 拓真の呼びかけに小首を傾げるようにして、悠月は静かに微笑みを返す。 「――はい、拓真さん」 「……悠月、君を愛しているよ。ずっと」 同じ傘の下で……この幸福を噛み締めるようにして。 拓真は彼女をそっと抱きしめる。 口付けを交わすふたりを包み込むように、雨は静かに降り続けた。 ●雨の中で咲く、花 「快は雨は好きかな?」 傘をさして、少し後ろを着いていく様に歩きながら……雷音は、快に問いかけた。 「ボクは空が大地と繋がる、そんな瞬間にみえて好きなんだ」 (また夢見がちなことを言ってるって、思われるかな?) そんな風に思う事はあっても、言葉を装うような真似はしない。 真っ直ぐなものを向けたいのだ。 「雨は……そうだね。音が好きかな」 一緒に雨の中の散歩を楽しみながら……青年は言葉を選ぶようにして、自分の想いを少女に向けた。 彼女の言葉遣いを好ましいと感じる自分は確かにいる。 「ふと耳を澄ますと落ち着く瞬間があるっていうか。出掛ける時は不便だけどね」 だから言葉には、笑わないよ……という気持ちも込める。 感じられた気持ちが嬉しくて、でも少し気恥ずかしくもあって。 「そ、そうだ、今日はお弁当を用意してきたんだ」 少女は照れを隠すように捲し立てた。 真っ直ぐさとこっそりな気持ちが入り混じった……不思議な、でも自然な気持ち。 髪型を変えて、でもその事は口にしない……そんな気持ちに似ているかもしれない。 気付いて欲しいけれど……気付かれたら、恥ずかしい。 「そろそろお昼だし、お腹もすいた頃かなと……あの東屋で休憩しよう」 「お? お弁当あるの? 嬉しいな。最近忙しくて外食がちでさ」 青年が素直に応じたのに頷いて、雷音は東屋の一角へと場を移す。 「大したものではないけれど、お口にあえば嬉しいのだ」 お弁当の中身はおにぎりだ。 定番のものもあるが、変わり種も数種類入れてある。 天かすと鮭や、おかかチーズ、べーコンマヨネーズ。 たくあんを添えて暖かい緑茶も一緒に差し出すと、快は礼を言って手を伸ばした。 「変わり種のお握りは、次々色んな味が飛び出して飽きが来ない楽しさがあるね」 言葉通り楽しげに、青年は目でも味わうようにしながらおにぎりを口に運ぶ。 「天かすと鮭かあ。この組み合わせは新しいな。美味しいよ」 お握りを遠慮なく頂いてから、温かいお茶で一服する。 ほっとするありがたさ……とでも表現すべきだろうか? 「朝早くからお弁当作るの、大変だったろ? ありがとう、ごちそうさま」 快はそう言ってから、それから髪型も……と付け加えた。 「ポニーテール、似合ってるよ」 今度は髪を下ろしたところも、見てみたいな。 青年がそう紡げば梅雨の中で…… 笑顔の花が、ひとつ咲いた。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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