● 因果は報いるもの。 神仏を信じる性質ではないが、ことこれに関しては認めねばなるまい。それはフィクサード、厳島刀吾が戦いの人生で感じ取った経験則だった。 「今更、捨て置いてくれってのは、虫が良すぎる話だ」 これもかつて多くの人間を切り捨ててきたツケなのだろう。 組織の力を借りれば、或いは解決することが出来るのかも知れない。刀吾がかつて属していた組織は、国内主流七派の1つ、『剣林』派だ。『武闘派』で知られるかの組織の力を借りれば、多少知恵が回る程度の連中など、恐れるに足らず。知人を頼るだけでも、十分な戦力は集まるだろう。 しかし、それは出来ない。 『剣林』を抜ける際、首領にも告げた事だ。 己の不始末は全て己がつける、と。 『剣林』は足抜けに厳しい。それが己を赦してくれたのは、功績に免じてくれてのことだったのだろう。だが同時に、完全に縁を切るという約定によるものだったのにも相違無い。 ここで彼らの力を借りるということは、再び闇社会に戻るか、或いは殺されるか、そのいずれかを意味する。どちらも御免であるし、そもそも約束を反故に出来ない程度に、刀吾は不器用な人間だった。 「後はコイツを届けるだけだ」 書き上げた果たし状を手に刀吾は立ち上がる。 これをアークに送り込み、現れるだろう敵と戦う。過去には幾度となく行ってきたことだ。戦う以上は全力で。元より手加減などした事もなければ、手心を加えるつもりもない。 「こいつをまた、使う時が来るとはな……」 刀吾は仏壇の裏にある隠し棚を開くと、その中に収められていた愛刀を取り出す。わずかに刀身を抜くと、鋭く光を返してくる。 「済まぬ、己は最後まで良き夫では居られなかった」 今は亡き妻に詫びる刀吾。 彼に対して、仏壇に置かれた妻の写真が答えることは無かった。 その日、一人の男が獲物を喰らう龍へと戻った。 愛すべきを取り戻す為に……。 ● 次第に暑さの高まってくる6月のある日、『元・剣林』鬼蔭・虎鐵(BNE000034)はアークへ届けられた果たし状を前に押し黙っていた。 果たし状の送り主は厳島刀吾、フリーのフィクサード。かつて、虎鐵の友人だった男だ。 フリーのフィクサードは正しくないかも知れない。刀吾もまた元『剣林』のフィクサード、そして闇の社会から足を洗ったはずの男だったのだから。 「つまり、この男の指定した場所に私達が赴けばよい、ということですね」 沈黙を破ったのは『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)だった。 果たし状の内容は至って簡単。所定の場所にまで来て自分と戦えというものだ。そして、応じねば近くの街に攻撃を行う、とも。よくあるやり口だが、アークとしては拒むことは出来ない。相手のやり口に乗った方が、結果として犠牲を減らせるのも事実だからだ。 しかし、今回に関してはそう簡単に行かない事情もあった。 「『轟龍』厳島刀吾か……かなり名の通ったデュランダルの様だな。わざわざ単騎で来る以上、実力も相応だろう」 渡された調査資料を確認して唸る『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)。 一昔前の神秘界隈で『轟龍』の名を知らぬものはモグリと言っても良いだろう。我流の一刀術を用いるデュランダルで、『武闘』派で名高い『剣林』の中でも一目置かれていた男だ。同時に負けるために来るような男でも無い。おそらくは1人でも戦いうるという確信があるのだ。 だが、リベリスタ達に暗い影を落としている原因はそこではない。 『遺志を継ぐ双子の姉』丸田・富江(BNE004309)が資料を開いてため息をつく。 「それにしても、困った連中もいるもんだね」 富江が言っているのは、事件の元となったフィクサード達だ。 かつてアークや『剣林』と戦って痛い目を見せられた者達が集まり、復讐を目論んだというのが事の起こりである。 彼らはそのために刀吾の幼い娘、厳島春歌を攫った。そして、アークのものと戦うよう指示をしたのだ。彼らも相応の実力を持ってはいるが、アークの精鋭や『剣林』と真っ向からやり合えるタイプではない。しかし、このやり口は意趣返しとしてはあまりにも適切であった。 「きっとこの子は、父が助けに来てくれると信じているのだ……」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)は春歌に感情移入してしまったのか、声が小さい。 刀吾は数年前に妻を喪って以来、春歌を育てることに腐心していたのだという。娘にしてみてもそんな父に対しての想いはひとしおだろう。 そんな重たい空気を吹き散らすかのように、『剣龍帝』結城・”Dragon”・竜一(BNE000210)は大仰な身振りと軽い口調で話し始める。 「ま、要するに簡単な話だ。そのフィクサード連中をぶっ飛ばして、春歌たんを助け出す。轟なんとかさんは、その間誰かが足止めをって話だな」 アークとしてもそれが最適であると判断した。しかし、口で言うほどに簡単ではない。 時間的な制約からフィクサード達の元に乗り込むのと、刀吾の相手をするのは同時にならざるを得ない。また、大人数で動けば敵に勘付かれてしまう以上、この場にいる以外のメンバーを動かすことも難しい。 二手に分かれなくてはいけないのであれば、いずれも十分以上の強敵である。 それでも、他に選択肢は無い。 その時、押し黙っていた虎鐵がすっと立ち上がる。 それは決意を秘めた表情だった。 「よし……行くぞ」 虎鐵の言葉にリベリスタ達は頷いた。 ● 「御門の旦那、『轟龍』の奴が動いたみたいですぜ」 「ククク……上手くいったか、よっぽどあのガキのことが大事らしい」 古びた工場で部下の報告を聞いて、御門と呼ばれた男はフルフェイスの下で嗤う。 元・『剣林』のフィクサードをアークと戦わせる。その作戦は思った以上にうまく進んでいる。ことが済んだら、弱った刀吾と娘を殺し、海外に逃げるまでだ。そうしてようやく、過去の屈辱を晴らせると言うものだ。 「それにしてもあのガキ……気に入らねぇ。この期に及んで泣きもしねぇとはな……」 柱に拘束された少女――春歌を見て御門は苛立たしげにする。 その眼を見ると、過去に自分を痛めつけてくれた連中を思い出す。ちょっとばっか、神秘の力を利用して金を手に入れただけではないか。誰もがやっていることだ。何故自分だけが痛い目を見なくてはいけないのだ。まぁ、そのために多くの人間を傷付けたし、フィクサード組織の縄張りにも手を出した訳だが。それでもここまでされるいわれは無いはずだ、少なくとも自分の中では。 「まぁ、良いさ。どっちみち、あと数時間の命なんだからな」 死力を尽くした父の前で娘を殺すか、希望を抱く娘の前で父を殺すか。どちらの方が楽しいかを考えてほくそ笑む御門。 その邪悪な考えを知らず、春歌は一途に父を信じていた。 母は言っていた、「父は強い人だ」と。だから、きっと助けに来てくれるはず。 信じて少女は窓の外を見る。 そこからは蒼い月が夜を照らしていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:KSK | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月01日(火)22:04 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 男は待っていた。 境内を吹き抜ける風は涼しく、湿気から来る不快さを忘れさせてくれる。 この場に男――厳島刀吾が来たのは、アークと戦うためだ。そのために、『かつての流儀』に従うやり方も行った。 『剣林』の果たし状。 破壊活動を行うと予告することで、世界を守る立場にあるリベリスタを呼び出すという手法だ。もっとも、実のところこれに従ってやって来るリベリスタはそう多くは無かった。大抵の場合、『剣林』に恐れをなして逃げてしまうからだ。 しかし、刀吾はこの果たし状が無駄にならないことを、相手が必ずやって来ることを知っていた。 相手がいくつもの困難を乗り越えてきた「箱舟」、アークだからではない。 「まさかテメェが足抜けしてるとは思わなかったぜ?」 場の風向きが変わる。 『元・剣林』鬼蔭・虎鐵(BNE000034)の発する気が変えたのだ。 そう、かつての知己であるこの男が、戦の誘いを断るはずがないことを、刀吾は知っていた。 ● 薄暗い光の中で『一人焼肉マスター』結城・”Dragon”・竜一(BNE000210)はチャンスを待っていた。今や世界に誇るまでに成長したアークの中でも有数のリベリスタとして知られる彼だが、その名声にふさわしくない、極めて珍しい性質を持っている。 それはいざともなれば、自分のプライドを溝に捨てることを一切厭わない点である。 必要とあれば彼は自分のプライドをくしゃくしゃに丸めて、丁寧に燃えるゴミの日に出すことだろう。 だから、壁に張り付き陰に潜んで、『その時』を待っていた。 輝く月が辺りを照らす。 まるで永遠にも感じる程、時間の流れがじれったい。 そして、竜一の中にも焦りが生まれようとしたその瞬間に……。 『その時』は訪れた。 「リベリスタ、新城拓真。お前達が御門の一派か」 『誠の双剣』新城・拓真(BNE000644)の朗々とした声が響き渡る。 真っ向から、堂々と、自らを偽ることも無く、その男はフィクサード達の前に立った。 愚直と思うのならば笑えば良い。 阿呆と謗るのなら好きにしろ。 それでも、拓真は己を偽るような真似をすることはない。 (嘗ての意趣返しに娘を攫うか……随分な外道だな。俺は俺のすべきをしよう) 真っ直ぐに研ぎ澄まされた鋼の剣。それこそが新城拓真の選んだ生き様だ。その生き様がこの事件を引き起こした外道の存在を許さない。 そして、その言葉に誘われるようにして、中からどたどたとフィクサード達が姿を見せる。成程、確かに過去にアークと戦い逃走したものもちらほら見受けられる。そして、さすがに全員出てくるほど愚かでは無いようだ。それでも相手はアークの人間が来たと悟ったようだ。確かに、有名どころの顔を見れば、そう判断するのも当然である。そんな彼らに向かって怒号を飛ばしたのは、『遺志を継ぐ双子の姉』丸田・富江(BNE004309)だった。 「お前たち、アタシの大事な孫娘になんて事……どうなるか分かってんだろうねぇ……!!!!」 「うわ、このおばさん何言ってるんだ!?」 慈母の顔へ鬼の形相を浮かべて富江はフィクサード達をねめつける。 普段は三高平の子供達を迎える富江であるが、彼女の愛情は分け隔てなく与えられるものだ。たとえそれが、見も知らぬ子供であったとしても変わるものではない。 (アンタの父さんは本当に強い人だよ、だから誓っていい、必ず迎えに来る!) 顔とは裏腹に、その心は子供への心配で充たされている。叶うことなら、このまま敵をかなぐり捨てて、父親を信じる1人の娘を助けてあげたい。だが、今はその時ではない。子供を護るためならば、自分の流す血などどれ程のものだというのだ。 そして、わずかの間にらみ合うリベリスタとフィクサード。 その緊張を破るように、1つの影が大地を蹴る――『蒼銀』リセリア・フォルン(BNE002511)だ。 クリミナルスタアに素早く斬り付けると、いつの間にかバックステップも鮮やかに間合いを取っている。斬り付けられたフィクサードの血を合図として、戦端が開かれる。 (『轟龍』の元に向かった虎鐵さん達は大丈夫でしょうか……?) 敵の攻撃を躱しながら、リセリアは別の戦場へと向かった仲間達に思いを馳せる。人質となった少女を救うため、自分達はここに来た。しかし、救うべきもう1人の男を止めるため、彼は戦おうとしている。薄氷の上を歩むような危険な戦いである。一歩損なえば、誰も救うことは出来ない。 (虫が良すぎるなんて事は、ないと思いますけれどね。ケジメだのなんだのと、そんな事、春歌さんには関係ありませんよ) だから、全てを救うために。 だから、自分達も全力を尽くす。 「数は力か。良く言った物だな」 拓真のガンブレードが鈍く輝く。如何なる敵にも屈さぬと。 「相手さんの数が多い上にそれなりの猛者かい! こりゃぁ耐える戦いになりそうだねぇ」 富江の身体が力を帯びる。子供を守るため、世界の力を借りて。 (――だから、春歌さんの為に何としても生き延びなさい、それが償いでしょう) そして、リセリアは再び宙へと舞った。 ● 一方その頃、虎鐵は刀吾と向き合っていた。互いの剣が届く距離ではない。何故なら、虎鐵を留める者がいたからだ。 「無茶はしないで、欲しい」 「雷音、大丈夫だ。お前の目の前で無茶をする俺じゃねぇだろ?」 『百の獣』朱鷺島・雷音(BNE000003)が虎鐵の服の裾を掴んで離さない。止めるのが無理なのは分かっていてもやらずにはいられなかった。 「2対1……か? 己は一向に構わんが」 「いや、ボクは朱鷺島雷音虎鐵の『娘』だ。ジャッジ役とでも思えばいい」 毅然と言い放つ雷音。しかし、その手は震えていた。虎鐵はごつごつした手でやんわりと怯える手を離すと、刀吾に向き直る。 「すまねぇが娘には手を出すなよ……? いくらお前だろうが娘に手を出したら地獄の果てまで言ってだろうがぶっ殺してやるよ」 「『立会人』に手を出す程落ちぶれてはいない。手を出してくるなら知らん」 言葉を交わしながら、虎鐵と刀吾はそれぞれ刀を抜き放ち、ゆっくりと歩を進める。 夜風が止んだ。 まるで、戦いが始まるのを見守っているかのように。 そして、互いに戦闘距離に入ろうとした時、雷音が叫んだ。 「君たちが友人同士で元『剣林』だったことは聞き及んでいる」 雷音の言葉に2人の歩は止まる。友人でありながら、再会を喜ぼうとも、数奇な巡り合わせを嘆こうともしない男達は初めて歩みを止めた。 そこで、雷音は続ける。 「けじめというならその通りなのだろう。だけど、そうやって傷つけあうことで、もっと傷つくものだっていることは忘れないで欲しい」 刀吾の眉がぴくりと動いたのを虎鐵は見逃さない。 「君の不始末がどうであれ、ボク達アークの任務も同じく彼女を助けることと君の果たし状を受け止めることだ。矜持を重んじるなら僕らの矜持も重んじて欲しい」 祈るような雷音の言葉。 しかしそれも結局、男達の戦いを止めることは出来なかった。 「生憎と、己はそこまで器用な真似は出来ん……。元より、フィクサードとは身勝手なものだろう」 「さて……チャンバラ事は苦手なのは知っているが……頑張りますかね」 虎鐵の言葉と同時に、境内に強烈な剣戟が響き渡る。 2人の刃がぶつかったのだ。 これはほんの挨拶代り。『剣林』の流儀に従えば、友人同士が久しぶりに出会い、握手を交わすのと意味合いとしては大差ない。 雷音はいつの間にか拳を強く握りしめていた。 そう、彼女も分かっているのだ。 これも、まだまだ始まりに過ぎないということを。 ● 工場の戦いは激しさを増していた。 当初、フィクサード側は戦力の一部を差し向けたに過ぎなかった。しかし、やって来たリベリスタが『3人』だったこと、十分戦い切れる相手だったことに気を良くし、全力を差し向けてきたのだ。 元々、劣勢を装うつもりではいたし、3人はそれぞれに強力なリベリスタ達である。しかし、演技をする必要が無い位には、状況はひっ迫していた。 「……流石に少々疲れて来たぞ」 「実際、数の差は如何ともし難い所です」 拓真は眉をしかめて舌打ちをする。個々の戦闘力において、リベリスタの側が勝るのは言うまでもない。しかし、数の差を如何ともし難いのも、また事実であった。弾丸と魔力の刃がリベリスタ達に襲い掛かる。加えて、敵に十分な支援が機能しているというのも、リベリスタ達に不利な材料だった。 「どうした! リベリスタ共! それがバロックナイツを倒してきた奴らの実力か!?」 下卑た笑い声をあげながら、フィクサードのリーダーが攻撃を仕掛けてくる。彼の目的はアークや『剣林』を倒すことではない。その戦歴に泥をかけて、憂さ晴らしをしたいだけだ。それを考えれば、間違いなく敵の目的は達されようとしている。 だが、リベリスタ達はまだ諦めていなかった。 「……御門ね。失礼ですが、本名ですか? ――振る舞いに似つかわしくない、大層な名前なのが気になったのですけど」 唇についた血を拭って、リセリアはリーダーを挑発する。あの後フォーチュナから、フィクサードが自身で名乗った通り名だと聞いた。だから、わざとおおげさに嘲る。小心者であるからこそ、おのれを過大に飾る。そんな相手には極めて有効だからだ。 「この状況でどいつもこいつも……お前達は俺にやられて、跪けばいいんだよォ!」 案の定、一層攻撃の手を強めてきた。しかし、それはリセリアの望む展開でもある。既にリスクは背負っているのだ。リスクを高めれば高める程、翻って作戦の成功率は上がるはず。 「我が道の行く手を妨げるならば……我が双剣にて斬り伏せるのみ!」 「待っているんだよ、すぐに助けてあげるからねぇ」 富江の呼びかけに応じて英霊たちの魂がリベリスタを鼓舞する。 そう、まだ自分達は戦える。 剣を握ることが出来る限り、剣に載せる思いがある限り、まだ倒れる訳にはいかないのだ。 ● 雷音の手から血がしたたり落ちる。あまりにも強く握り締めた拳が、柔らかな皮膚を破ったのだ。 それはまるで、彼女の流す涙の様に見える。 それでも、彼女は泣かなかった。もう1人の『娘』も泣いていないのだ。だったら、自分もここで泣くわけにはいかない。 (虎鐵は強い、それはボクも信じている) 手を出したい気持ちをぐっとこらえ、雷音は歯を食いしばる。 その前で、虎と龍の戦いは一層激しさを増していた。 「こうやって戦うのは久々だな……何年ぶりだ? 8年だったか9年ぶりか?」 「どうだったか……ただ、久しい感覚だ」 「はっ……流石にイテェじゃねぇか……」 虎と龍は破壊の化身となり、その力を振るう。 互いに物理世界最強の破壊力を有するデュランダルだ。巻き込まれれば、革醒者であってもただでは済むまい。 しかし、この逼迫した状況、死とすれすれの戦いにあって、2人の顔には不思議と笑顔が浮かんでいた。 「そうそうこの前オヤジ……いや百虎に会ってきたぜ? 相変わらず足抜け者には厳しい人だった」 「まったく、それを知りながらリベリスタに転向とはよくやる。いや、あの娘が理由か?」 互いに元『剣林』だからこそ分かる会話だ。そして、それ以上に、彼らは戦いの中で互いの心を知る。対話が互いを知るためのものであるならば、今宵の彼らの戦いは何よりも多弁だった。 どちらも譲る気はなく、手を緩めるつもりもない。 攻撃においては虎鐵に分があり、防御においては刀吾に分があった。 その差が戦いを決める。 虎鐵の全力を持ってしても、龍の鱗を破ることは叶わなかった。 全力で刃を振り抜いた虎鐵を龍の牙が捕らえる。 「虎鐵!」 雷音の悲痛な叫びが木霊した。 ● ほとんどの戦場で、リベリスタ達は押されていた。確かに状況は悪い。だが、最悪ではない。 勝敗を覆す切り札(ジョーカー)は、まだリベリスタ達の手の内に存在した。 人質とは生かしておいて初めて意味のあるものだ。フィクサード達はそれをよく理解していた。ましてや、人質が有効なのは目の前のリベリスタ達だけではない。 だから、リベリスタ達が押されているこの状況。フィクサード達は全力の攻撃を開始した。 ゆえに、最後に残されていた切り札は力を発揮する。 最後に残った見張りのフィクサードは1人。中々、表に向かわない。だが、アクセス・ファンタズムから伝わってくる情報はいずれも芳しくない。そこで、竜一は隙を突いて動き出す。 天使のように繊細に、悪魔のように大胆に。 平凡な人生を送り、中二病を拗らせた男。竜一はそのように呼ばれている。だが、それだけの男がこれ程までに戦い抜くことが出来るはずはない。 気配を殺し、息をひそめ、素早く人質の少女に近づく。 そして、少女を縛る鎖を断ち切った。 「え!?」 「安心してくれ。君のパパンは、いま君を守るために戦っている。俺はその代りさ」 少女を優しく抱き締めると、すぐさま場所を離れようとする竜一。 「怖いだろうが、少し我慢してくれ。強いパパンの娘なら、君もきっと、強いはずだ」 「うん!」 「いつの間に!? させるかよ!」 見張りのフィクサードが銃を抜く。竜一は目をくれることも無く、少女を抱えて全力で逃走を図った。 止まってやる義理など無い。エリューション能力による機動を活かして、全力で駆け抜ける。この一手が決まらねば、全てがご破算だ。 だから、竜一は駆けた。 今戦う、全てのもの達の想いを背負って。 ● 虎鐵の身体が崩れ落ちようとするその時、運命の炎が灯される。 フィクサードと呼ばれる者が世界を傷付け力を手にすることを厭わないように、リベリスタは自らを傷付けて戦い続けることを厭わない。愚かと言われればこれ程愚かなことは無い。 しかし、それがリベリスタの強さである。 『剣林』を捨てて虎鐵が手にした力なのだ。 「刀吾? 俺は負ける訳にはいかねぇんだ。分かるか?」 異なる色を宿した虎鐵の双眸が煌めく。 立ち昇るオーラは白虎を思わせた。 「雷音が居るってのもあるけどよ……俺は百虎を越える。剣林ではできなかった事を……アークだからこそ出来る事をやってやる。その為には、テメェに負ける訳にはいかねぇんだよ!」 虎鐵の筋肉が膨張し、全身から闘気が舞い上がる。 そこから、獅子護兼久を大上段に振り上げる。防御を捨てて叩き込む必殺の一撃だ。 その破壊力は龍の鱗すら容易く引き裂くだろう。刀吾の怪我も深く、既に防御が間に合わないことを自覚していた。その一撃は彼を死に至らしめるのに十分なものだ。 だが、その刃が振り下ろされることは無かった。 「春歌は助かった。もうこれ以上戦う意味はない」 いつの間にか虎鐵の後ろには雷音が立っていた。アクセス・ファンタズムで仲間からの連絡を中継するためか。いや、今の一撃が振り下ろされていたなら、彼女は迷わずその身を持って刃を止めていたことだろう。 「もうオシマイだとよ、刀吾」 虎鐵は刃を納める。この場において、これ以上刀を振るう意味は無い。 ● 工場の戦いは完全に状況が逆転していた。 1つには春歌を安全な場所に避難させた竜一が現れたこと。 もう1つは、人質を失ってフィクサードの士気が崩壊したことだ。 フィクサード達はそれなりの実力者ではあったが、既に烏合の衆と化していた。 「どうした、逃げるのか? 剣林とアークに借りがあったのだろう? 良かったな、俺はアークでも剣林寄りだぞ」 「さぁてお仕置きの時間だよっ……どっせぇぇぇぇぇぇぇぇぃいいい!!!!」 「く、来るなぁ!」 逃げるフィクサード達を拓真の放つ弾丸が襲う。 富江は翼をはばたかせると、魔力の風でフィクサード達を薙ぎ倒して行った。 その苛烈な攻撃の前にフィクサード達は、1人また1人と倒れて行く。 「因果応報とはよく言ったもの、今までは痛い目程度で済んで良かったですね」 そして、必死の命乞いを行うフィクサードの前に、リセリアは立つ。 「ま、待ってくれ。もうこんなことはしない、だから……」 「……でも、それもこれまで。子供を巻き込む等、唯で済むとは思わない事です」 蒼銀の刃は光の飛沫を放つ。 そしてフィクサードは、いや、その名にすら値しない外道の命もまた光に呑まれていくのだった。 ● 刀吾と春歌が再会を喜ぶ姿を確認し、リベリスタ達は引き上げていく。事後処理もあるし、これ以上この場に留まる理由も無い。既に「フィクサード」はいないのだ。 「確かに轟龍はフィクサードで多くの人間を殺して来たのだろう。だが、今の彼を俺は斬れん……少なくとも、俺の流儀には合わんよ」 拓真は肩を竦める。自身を正義とは思わないが、少なくとも娘を護るために刀を取った男を斬るのは、彼の道ではない。 それにしても、と雷音はボロボロの『父親』達を見て頬を膨らませる。 「男の人は皆揃って無茶をする。何がそうさせるのだ」 そう文句を言いながらも、傷ついた男達の怪我を癒すため、雷音は治療の式符を準備するのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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