● 険しい山の中腹。登山道からも外れ渓谷もなく、人の寄り付く理由など無い場所に、それはあった。 「フッ、正に絶景だな。一眼レフが無いのが残念だぜ」 そびえ立つ光の壁、そうとしか表現のしようがないそれを前に思わず呟く。 『それがディグシップの機能の一つだ』 つないだままの通信機から、『Spelunker』六月(じゅん)の声が聞こえる。三尋木という組織内において最近少し立場の危ういフィクサードにして、この地に立つ人影の上司にあたる男だ。 ノイズ混じりの声を合図にしたように、人影は己が腰に手をやる。 ――次の瞬間には既に銃弾は放たれ、愛銃は硝煙を上げていた。 がきぃぃいん! その人物は、思わずひゅうと口笛を吹いた。早さと狙い撃ちが信条だが、だからと言って威力に欠けた一撃などという冷たい仕打ちをした覚えはない。 だが、眼前の船を覆う虹のような光の前には全く響かないというのだから。 「ハハ、これは良い女だ。難攻不落の美女だな。生半可な口説き文句じゃ視線の一つもくれやしない」 『……ラッキーデイでも無理だったか?』 通信機からの確認に、肩をすくめて首を振り――音声のみの通信では仕草は見えないが、そういうところでさぼる発想はまるでなかった――ながら、通信を返す。 「ああ、無理だな。力任せの乱暴者はお呼びじゃないってことらしい。 高嶺の花のお姫様がご所望になるのが何なのか、見極める甲斐性が必要だな」 『物理力以外の方法を取れ、と。 ……しかし草野、何度も言うようだがその気障な物言いは何とかならないか』 言っている意味が分かりに難くて仕方ない。 どこかうんざりとした色を帯びた通信に、思わず噴き出す。 「ハハハ! すまない、すまないな六月。だが、悪いが無理だな。 言葉は己を表す鏡、だからこそ俺は俺の魂から漏れ出るこの清流を止める術を持たないし、止める気も無い。何故ならば、それが俺の流儀だからだ。或いは――」 上司を「ろくがつ」と呼び捨てたフィクサードはゆっくりと息を吸う。そして吐くと同時に決める。 「それが俺の、流儀だからだ」 『一言一句同じだ! くそっ、これも何度言ったか分からん!』 呻き声、きっと頭を抱えているのだろう。草野と呼ばれたフィクサードは六月の嘘がつけない耳と尻尾を思い出した。六月には、ほんの少し悪い気もするが、まあ仕方がない。 気を取り直すだけの時間を沈黙に費やして、六月が通信を再開する。 『もう一度確認するぞ? 今回の回収対象である地中船<ディグシップ>。これは拡大化された物質透過とも言うべき機能で地中を進む船だ。船内の存在の生命維持機能を併せ持つために、副次的に海中なども進める。今後の我々の活動に大幅なプラスとなるだろう』 「海も国境もあの子のスカートの下も潜り放題と言う訳だ」 実働担当のフィクサードは少しの皮肉を込めて茶々を入れるが、苦労性の上席は相手にせず淡々と説明を続ける。フィクサードは片眉を上げた。先ほどから、六月は心なしか酷く機嫌が悪いように感じる。 『増殖性革醒現象を周囲に強く促すと言う問題はあるが――』 「パブリックエネミー。悪党である俺達にはさした問題ではない、か」 『いい加減皮肉を控えろ。結局の所、問題は費用対効果の帳尻が合うかどうかだ』 六月の精神性低気圧は間違いないと確信し、現場担当は確認をとる。 「どうした六月、声に張りが無いぞ? 疲れが溜まる身なのは分かるがな、イイ男は何時だってぎらぎらしてなきゃあいけないぜ?」 『……誰のせいだと思っている』 通信機越しの声が一段低くなった。どうやら藪蛇だった様だ。 「ふむ?」 だが生憎と心当たりがない。仕方がないので生返事で続きを促す。 『その船、ディグシップを外から見れば、それは強力なバリアだという意味でもある。移動機能も、神秘が介する以上は起動してしまえばこちらが運搬することも難しい可能性が高い、とも。手順もわかっていない状態で無理に起動させれば、自らを防護するためにバリアが発動するだろう、とも説明したはずだ』 「ああ」 それは聞いている。だから研究ができる場所まで物理的にひきずって運ぶ必要があった。 下山した所に4tトラックが手配してある。そこまで運ぶ要員を確保するためにわざわざ虎の子の獣王球を3つも持って来たのだ。 『なのに! 何でお前はその場のノリでわざわざ船のボタンを押した!?』 「ああ!」 なるほど! 『言われて初めて気づいたって反応をするなこの馬鹿! スカタン! 絶対に押すなと言っただろう! 何故押した!?』 「絶対に押すなと言われていたからだが」 即答した。 草野は明瞭な理由のつもりで答えたのだが、相手は何故か全く納得しなかった。 『頼むから! 指示には! 従ってくれ! 船外に強制射出されただけで済んだから良かったものの、場合によってはバリアで体が両断、なんておそれもあったんだからな!? ……まあ良い、今はそれよりもこの状況をどうするかだ』 叫ぶだけ叫んで、叫んでいてもどうしようもないと気を取り直したらしい。 草野は内心軽く謝ったのを表にはおくびにも出さず答える。 「力押しが無理なら、次はイエヤスと行くのが妥当だろうさ。 恋は焦らず、良い女を口説く時の基本だな」 『バリアが解除されるまで待つ、か……』 いくら強力なアーティファクトと言えど、補給も無しに永遠にこんな強力な防護を出力し続けるということもあるまい。遠からずエネルギー切れを起こすはずだ。 その後、ゆっくり回収すればいいのだ。だが。 『それだと、アークが来るだろうな』 「箱舟の使徒か」 革醒現象を誘発するアーティファクト、それをフィクサードが回収する事を放置する彼らではあるまい。 『万華鏡の知覚は強力だ。現時点で邪魔が入っていないだけでも幸運だろう。 だが、これ以上そこで待機するなら』 「正義の味方がやってくる。……面白い」 ガチャリとホルスターに愛銃を入れ――即座にガンスピン。そのまま手の中で回転させ躍らせ、またホルスターに入れる。全く滞りの無いその動きは、銃がその手に馴染んでいるかを、否、もはや手の延長と化していることを主張している。 「正義を振りかざし、その引き換えに正義に縛られた英雄達。 道端の花を摘み甘い匂いを嗅ぐ事すら思う様にはできない不自由。 だが、だからこそ道理の束縛の中で削られ磨かれたエッジは本物だろうさ」 相手にとって、不足は無い。 「奴らの正義と、悪を背負う事と引き換えに得た俺の、この自由。或いは――」 右手が閃く。これまでよりも更に早いクイックドロウに、放たれた弾丸は頭上の木の枝を正確に撃ち抜き、枝から切り離された木の実が手元に落ちて来る。 「俺の、この自由! どっちが強いか、試してみようじゃ無いか!」 そう言って木の実を齧るその顔は、鉄火場の予感に熱く滾っていた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:ももんが | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年07月01日(火)22:02 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 俄か成金、などという二つ名を持つその黄金銃は、確かに彼の腰の後ろ、ホルスターにあった。――あった筈だ。しかし今は掲げた手の中にあり、上方の木の枝と果実のつなぎ目を、狙い過たず撃ち抜いている。 次の一瞬で愛銃を収め、落ちて来た果実を掴んだ『ラック・アンラック』禍原 福松(BNE003517)に、花子がにやりと凶暴な笑みを浮かべる。年下の挑発にしては、随分と気が利くじゃないか! 「止めておけ。それは人体に有害だ……食えば数時間後には腹を壊す」 果実を齧ろうとした福松を止める『ミザントロープ』キャル・ユミナ(BNE005000)の声は、花子にも充分聞こえる声量だった。それは仲間への忠告と言う形でなら聞き易いだろうと言う知略。 花子は笑う。 「ふ、なるほど毒だったか。……数時間の時間制限、カウントダウンデス――燃えるぜ!」 「ははぁ、さてはお前、馬鹿だな? ――だがその芝居掛かったセリフの数々、嫌いじゃないぜ」 福松もまた、笑う。そして毒と分かって果実を齧った。数時間後の苦境より、今この時の熱の為に。 「それじゃ、面白おかしくバトろうじゃねーか」 逆境を好む緋塚・陽子(BNE003359)の口の端も上がっている。 キャルは思わず浮かびそうになる苦笑を抑えた。本心では、絶景と美少女が合わせて有るのは眼福だねなど、と感じている彼だが――バトルマニアのペルソナは些細な安らぎを無関心の顔で隠そうとする。『チープクォート』ジェイド・I・キタムラ(BNE000838)は軽く頭をかいた。 「渋ィ趣味だ、好みが合うな。だが、可愛いお嬢さんなんだよなあ……いや、違うからこそ憧れるのか?」 「中々に面白い方なようですな。 ……美少女なのに、もったいない気もしますが。まあ、それが流儀なら仕方ないですよな」 私の生き様も怪人ですしのう、と続けた『怪人Q』百舌鳥 九十九(BNE001407)は、『今日は』仮面をつけていないが――怪人とは、生き様の問題なのだろうか。 「自由を愛する者同士、もっと違う場所で会ってたら仲良くやれたかもしれねぇが、まぁ今は面倒な事にならないように早々にお帰り願おうか」 抜いたナイフに陽を映し、『(自称)愛と自由の探求者』佐倉 吹雪(BNE003319)が顎を撫で――そのまま速度に体を最適化させると戦いの距離へと踏み込んだ。吹雪の目指すは、赤い鳥。 ● 『おい! 状況を伝えろ!』 通信機の向こうで、空気が変わったのを把握したのか喚く声が聞こえる。花子はそれに答えず、己に向けられた黄金の銃口を見た。 「正義の味方ですらないオレに勝てないようでは、他の連中には勝てんさ」 無頼の早撃ちは確かに金髪の射手の肌に傷を付けたが――花子は唇の端を上げて笑う。 「熱いね、確かに一度サシでタンゴの相手を願いたい位だが。 残念ながら、今日のイベントはプロムじゃない……バッカーノだ!」 銃声。 死神の魔弾に撃ち抜かれた吹雪が小さく呻き、更に花子の左手が吹雪を示し、ぱちりと鳴らされる。 「ピゲー!」 緑の鳥の鳴き声に応える様に地が揺れた。土とも岩ともつかぬ材質の棘が幾重にも重ねて生えてリベリスタたちを二度切り刻む。 青の鳥がその嘴を外れそうなほどに開き、吐き出された氷柱は真っ直ぐに吹雪の身体を貫いてみせる。 そして赤の鳥は翼をばしばしと振り回し、荒れ狂う炎を生んで吹雪を包む。 「お前らの様な精鋭に数で負けてる。その意味が分からない程クレイジーなつもりはなくてね」 硝煙をふっと吹く花子。通信機からは『自分の生存率を上げろ、各個撃破を目指すんだ、いいな!?』とか言う声が漏れている。……焦っているのか、怒鳴り声に近い。筒抜けだ。 「ゆっくり話してる時間があれば、自由ってのがどんなものかなんて語り合ったりしたいところだったが」 だが吹雪は倒れない。服を焼く焔を手で払って余裕をみせた彼に、花子がくつくつと喉を鳴らした。 「いいや、今まさに語り合ってるところだろう。得物振るって殴り合う――これ以上の語らいがあるか?」 「違いない」 笑い合う二人。九十九は少し目を細める。鳥達の攻撃は確かに鋭く狙いをつけてきていたが――九十九や吹雪といった身のこなしに自信のあるものに脅威にならない。だが。 今考えていてもしかたがないと思考を打ち切り九十九は青鳥の前に立つと、ぞわりと生み出した闇を武具として手にする。形ないそれは、懐いた不安によく似ている気がした。 今まで一言も口を開かなかった『一人焼肉マスター』結城 "Dragon" 竜一(BNE000210)の顔も、戦闘当初よりいくらか険しい物になっていた。緑の鳥の前に立ちふさがり、破壊神の戦気を漂わせる。鳥はばさばさと翼を振る。警戒すべきは、ここだったのだ。緑の、この鳥。全員を二度襲いかねない土棘。 キャルが誇りを胸に魂を燃やし、闘気を纏う。その後方で、見た目には花子と同年代の『夢色オランピア』蓮城 燁子(BNE004681)が活性化した魔力を循環させて空元気をあげている。 「さぁて久しぶりの悪者退治よ! この老骨にも張り合いが出てよ」 そう、空元気だ。後方で回復を行うことを常とする形で技術を磨いてきた燁子の、導師服は棘に引き裂かれ、血が流れている。炎も氷も、彼女を巻き込まなかった。 それに気づかれる前にと、低い高さを滑るように飛んで陽子は一気に距離を縮める。全く同時にしか見えぬ速度で二度繰り出される直死の大鎌が、花子の服の裾を切り裂いた。 「当たるも八卦当たらぬも八卦、おまけにどこまで回るかも運次第さ。 オレとお前等、どっちの運が強いか勝負しようじゃねーか」 「ロシア風が好みかい? 俺はアメリカ派さ」 立て続けに、ジェイドは10セントコインを指で弾いた。高い音をたて一枚の貨幣をが宙を舞い、手の甲に落ちる。掌で覆った貨幣が表か裏かはその実、どうだって構わない。花子は乾いた口笛で返した。 「熱い魂に国境はないさ。気にするのは生き様だ。或いは……生き様だ!」 吹雪のナイフが、雷光の如き速度を更に最適化させて強襲する、それを避けきれる道理も無く、服と身体を刻まれて怯んだ花子の頭部。そこに福松の、不可視の殺意が叩き込まれる。 「お前の演じる舞台が悲劇で終わるか喜劇で終わるか。脇役としてオレが見届けてやろうじゃないか」 「脇役とは寂しい事を言うな。男は誰だって空を走る一筋の流れ星だぜ? ――さて、それはそうとマドモアゼル。癒しの守護天使様とお見受けするね?」 よろめきながらもそう言って見せた花子が、銃口を向けたのは燁子。 リベリスタたちは苦い顔をした。先のマナサイクルで目星を付けたのだろう花子の読み(もしくは寝言)通り、状態異常を駆使する敵に対するには、彼女は要のひとつだ。逆の立場からすれば、真っ先に倒さねばならない敵。キャルは燁子の前に飛び出そうとするが――花子が銃爪を引くほうが早い! 「チェックメイトだ!」 ぱふ。 間の抜けた音と煙が、騒がしい筈の戦場に沈黙を落とす。 「……ふ……ふははははは! はっはーいや参ったね全く、今日は御婦人のラッキーデイだったか!」 ぺち、と自分の額を叩き、大笑いする花子。 「お、お嬢ちゃん……やっぱり6分の1で攻撃失敗する銃ってそれ、メリット差し引いてもふりょうh……ううん、なんでもなくってよ。おばちゃまの思い違いね。おほほ」 『いいや違わん! まぎれも無く不良品だ!』 燁子が思わず言葉を濁したのに、通信機の先から花子の上司が同意してくる。やれやれ四面楚歌かとフィクサードは肩を竦めた。 「確かに不良品だな。だが、それが良い。或いは……だが、それが良い!」 不良品なのはこの娘の頭かも知れない。 「イチかバチかにかけるのは若人に許された特権だものね!」 燁子のフォローに、通信機の向こうからは部下の情けなさに頭を抱えたのだろう呻き声。 幸運に微笑まれた相手を狙うのは分が悪いと、花子は鳥達への指示を変えず、炎、氷、土棘の全ては吹雪を中心に荒れ狂った。幾人かの注意により氷柱の射線に巻き込まれた者はいなかったのが幸いだが、吹雪の被害は甚大だし、全員を襲う土棘に、どうしても燁子の命運が削られてしまった。 「私の生き様と、花子さんの生き様、どちらが強いのか試してみるのも一興ですかのう」 そう呟いた怪人が放ったのは、濃縮された闇。瘴気は花子と鳥達に纏わりつき、その生命を脅かす。 「まあ、勝った負けたで曲げる様な信念では、お互い無いでしょうがのう」 九十九のその言葉を肯定する様に、フィクサードの目は未だ死んではいない。――が。 ずがん! という音に、その彼女の目が丸くなった。 とんでもない破壊力の凝縮が、緑の鳥に叩きつけられたからだ。絶好調の竜一が雄叫びを上げる。 「緑には120%だ! 青いのには120%だ! 赤のが強化する前に120%だ! ハッハァーーー!」 と言うかそれ全部一緒ですよね? 緑は素早い動きで、直撃は避けたはずだった。なのに今の、ただの一撃で明らかに少し怯んでいる。 「キャルさん、青ビーストの射線に気をつけて。……うふふ、地の塩、世の光ってね!」 燁子のカバーに入ったキャルに、注意を促してから燁子は高位存在の力を借り受ける。癒しの息吹は彼女自身を、吹雪を、そして怪我を受けた全てのリベリスタに吹きそよぐ。全ての傷が、異常が祓えたわけではないが、それでも確かな心強さを感じる力が、そこにあった。 陽子はもう一度、大鎌を振りかざし瞬きの間に二度振り下ろす。確かな手応えに花子を見やれば、フィクサードの笑みはいくらかひきつっている。 「運も実力か、研鑽が幸運を呼ぶか――」 呟くように引いた銃爪。弾丸は狙いのまま吸い込まれるように次々と花子を撃ちぬく。想定外の被害に、花子は今度こそ笑みを消した。ジェイドはセミオートマのライフルを手に、薄く笑う。それはさながら、エアポートノベルのヒーローのように。 集中攻撃を受けた吹雪の体は、治療を受けてもなお満身創痍に近しく、しかし彼の速さに陰りはなく。花子の脇腹を貫いたナイフの一撃も鋭さを失わなかった。その男気に答えるがごとく、花子の銃口が真っ直ぐにその胸を向く。遮る様に福松が銃弾を放つが、ぬかるみに滑る足元が想像以上に彼の精度を下げた。 「俺とお前、どっちがラッキーかな? ――Bless you!」 それは彼女の二つ名。運任せの武器を振るい、相手の幸運を願う事を掛け声とするその伊達者魂。 それが運んだのかも知れない。確かな技術と神秘の幸運が重なった銃弾は、吹雪の急所を抉る様に貫いた。畳みかける様に炎の翼がその身を焼き、氷柱が貫く。 「……これ以上世界が壊れるような原因になりそうな物を持って帰らせるわけにもいかないんでな……!」 だが、それでも男は倒れない。運命を燃やしその足を踏ん張ったのだ。 続けて大地の棘が猛威を振るう中、倒れぬ吹雪を見る花子の目は少し眩しげだった。 フィクサード達を九十九の瘴気が削り、竜一が宣言通りの破壊力で緑鳥を宝刀で叩き切る。キャルは、かばう背中で燁子が再び聖神に癒しを請うたのを聞いた。戦場を見回す。殆どの攻撃を吹雪を受ける形になっていても、皆が土棘に受けた傷は決して軽いわけではない。だが、燁子の癒しが確実にその傷を癒している――その一方で、フィクサードたちは傷を増やすばかりで、癒やす方法の用意はない。好機を見定めようと、左目を凝らした。花子は明らかに命知らずな戦い方をしているが――わざわざに殺す必要などない。降伏勧告ができるなら、それに越したことはないのだ。彼個人としても。 「人生は何事も博打だろ――ようやくオレにツキが来た様だな!」 陽子が繰り出した鎌は、深々と花子の脇腹を切り裂いた。フィクサードの傷は決して浅くない。 「クッ、男はな。苦しい時こそ笑うもんさ……」 女だろ、とツッコミを入れる者もなく、ジェイドはペイロードライフルに手をかけたが何故か無闇矢鱈と大きな反動が姿勢を崩させた。 「あんたとは気が合いそうだな」 少し意地悪な笑顔を向ける花子の顔は今までで一番年相応に見え、ジェイドは諦観混じりの息を吐く。 交差する視線、持ち上がる口の端。花子も吹雪もお互い何時倒れてもおかしくない。 そして、男が飛びかかり、女が銃を持ち上げ迎え入れる。 ――白刃と銃声、そして銃声。 「言ったろ、オレは正義の味方じゃない。無粋な事だってするさ、脇役だしな」 一騎打ちにも近い空気の花子と吹雪の、互いを狙った隙に放たれた福松の銃弾。それは、正しく直撃と言って良い精度で花子の腹部を撃ち抜いた。 「……いや、無粋なんかじゃないさ。これはダンスじゃないと、そう言ったのは俺だ」 よろめく花子に、吹雪の振るったナイフもまた、浅くない傷を付けている。倒れる。誰もがそう思った。 「これは馬鹿騒ぎだ。そして……馬鹿騒ぎは終わらねえ!」 踏み止まる。運命を燃やしたのだ。 緊張が走った。花子の一撃は、吹雪を倒すには至っていない。だが、続く鳥達の一撃に堪え切れる目は低い。闘いの趨勢は泥仕合に向かって転がり始めているのだ。 ● 張りつめた空気のその刹那、口火を切ったのはジェイドだった。 「アークは加減を知らねえぞ! 特に今回は! 回収役から潰せばこっちの勝ちだからな! お願いだ、死ぬ羽目になる前に撤退してくれ! ……不運な一発があるのは、お前なら良く分かってるだろ?」 撤退勧告。最後の言葉は、これまでの戦いを考えればより重みがあった。キャルが勧告を重ねる。 「そろそろ退いた方が身の為だ。ここでお前が倒れれば、ビーストの餌になる未来が万華鏡で見えた」 「……死して屍拾う者なし。ってな。拳銃稼業にうつつ抜かした馬鹿な男にゃ、野垂れ死にがお似合いさ」 それでも、花子は笑う事を止めない。ツッコミは後回しだ。 「ローティーン美少女が死ぬのなんか、あまり見たくはないなあ。美少女は愛でるべき!」 竜一の言葉は、マジメなときこそ不真面目にと考える彼らしい、だからこその本音の響きがあった。 「なあおい! 上司の兄ちゃんも聞いてるだろ!? 悪ィがこの船はアークが捕捉しちまったんだ、余計な損耗が出る前に退いてくれよ!」 風向きを変えたのは、無骨な中年男のその言葉。伊達ぶった花子の顔が見る見る狼狽する。 「……ちっ。そりゃお前、そっちに振るのはズル……ああクソ、ちょっと黙っててくれ六月。今良い所……叫ぶな。おい叫ぶな耳が痛い!」 通信機から怒鳴り声が漏れ聞こえる。 ジェイドの言葉を聞き決心をつけたらしい上司の主張に、弱り切った様子で食い下がろうとする表情は、先ほどまでの固茹気取りからは随分離れて見えた。それは先ほども見えた、年相応の少女の顔。 「あ、私も女子供の命を取るのは好きではないので」 様子を見る様に待機する鳥達を警戒しつつも、怪人は常の恐ろしげな姿とは正反対の言葉を宣言する。 「情けをかける訳じゃない、ただ別に死ななくてもいいんじゃないかとは思うな」 福松は素っ気なくそう言い棒つきキャンディーを咥える。レモン味だ。 「……木の実でお腹を壊すと死ねるわよ。天然のお通じ成分満載だから、下手な下剤より効くからね……」 燁子に至っては胃薬を投げ私てくる始末だ。ついでにどうも経験者らしくちょっと遠い目をしている。 「あ、でも3時間は逃がしたくないね! ……い、いや、違うんだ、そういう特殊な趣味とか言うわけじゃない。俺は、ノーマル。だが、ほら、気障な美少女がどこまで耐えられるかみたいじゃん? じゃん? じゃん! あー、えっと……うん! 敵を逃がすわけにはいかない!」 「おっと、それ以上はいけませんぞ」 「首が飛んでも問題ないな」 九十九に諌められ、陽子に首を刎ねられかけるくらい竜一は歪みなかった。 「今度会うときはゆっくり話が出来る状況であることを祈ってるぜ」 全身を苛む傷の痛みなどおくびにも出さぬ吹雪に笑いかけられ、花子はとうとう観念した。 「お人よしが過ぎるぜリベリスタ。……1個、いや、8個貸しだな。借りておく。 ……ただこれは俺と、お前たち一人一人の間の事だ。そこは間違えないでもらおうか」 それが、決着の言葉だった。 ● キャルが要求した獣王球はどうせ使い捨てだからと簡単に投げ渡され、代わりの様に燁子に投げられたアメちゃんを舐めながら、フィクサードは逃げ去った。恐らく麓のトラックで待つ上司と合流し、この後滅茶苦茶セッキョウされるのだろう。 残ったのはE・ビースト達だ。 既にアーティファクトの支配を切られ、本能に従い動き始めている彼らだが、指揮を失った敵に後れを取るリベリスタでは無い。 「悪いなペンさん。お前たちの生きる場所はここにはない、お別れさ、ギムレットで乾杯の時間だ」 伊達に決めた竜一はしかし、なぜか妙にむすっとしていたらしいが――詳しい追求は皆、避けた。 あと、きっかり3時間後に福松がみごとにお腹を壊したのも、報告書には追記しておく。 <了> |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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