● 水のカーテンが見える。 幾重にも重なって、その隙間を泳ぐ雄大なその姿が影を落としていく。 分厚い硝子の向こう側に触れる事は出来ずともその迫力は眼前にまで迫りくるものだから。 『恋色エストント』月鍵・世恋(nBNE000234)の心が躍るのも仕方がないのかも……知れない。 「はい、はいっ! 暑くなったわねえ。アイスクリームは如何?」 やけに騒がしく、普段のブリーフィングで喋って居る時とは風変りした世恋は広場でぴょんぴょんと跳ねている。 「あ、アイスはあんまり関係ないんだけどもっ」 意味のない事を話すのもいつもの事。 桃色の瞳を輝かせる月鍵(25)は年甲斐もなく何かに騒いでいる。 「行きましょう。そう、暑くなってきたのだから涼むにはぴったりだわ!」 \突然の魚類!/ ――何時もの事ではあるが、突拍子もない。 瞬く『槿花』桜庭 蒐 (nBNE000252) の微妙そうな表情と言っては可哀想になる程だ。 「つまり、水族館へのお誘いって訳なんだけどさ。 毎年毎年お邪魔してる所が今年もどうかな? って。まあ、そんな感じで……」 やけに魚の種類も多い水族館に更に変な深海魚フロア等が増えたというのだ。 折角の誘いではあるし、偶にの休日を過ごすのも悪くないだろ、と蒐は懇願するかのようなまなざしでリベリスタを見ている。そう、後ろで嬉しそうな薄桃色の羽を生やしたフライエンジェのフォーチュナの相手を一人でするのは辛いとでも言う様に。 「アザラシの赤ちゃんが生まれたそうです! 観るっきゃないよね? ふふ、それにね、フードコートでアイス食べれるらしいわよ!」 「はいはい……まあ、偶には休みも無くっちゃ疲れちゃうよな?」 まるで蒐が保護者になった様にも見えるこの二人。 あれも、これも、とグイグイと押し売りを掛ける世恋を放置して蒐は『遊びのしおり』と書かれたものを差し出した。 「あーちゃんと一緒に作りました! よければ、遊びましょうね?」 蒐の言葉を遮って楽しげに言う世恋に少年は頬を掻きながら「よければ」と水族館のチケットを添えた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:椿しいな | ||||
■難易度:VERY EASY | ■ イベントシナリオ | |||
■参加人数制限: なし | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月30日(月)22:14 |
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● 陽光は高い位置から降り注ぐ。暑さに汗が滲むそんな毎日に、冷房の利いた館内は丁度良い。 魚影が水槽越しに通路に落ちている。凛子と共に水槽を見回していたリルは尻尾を揺らし小さく頷いた。 「水に囲まれてるから、空調効いてても雰囲気が凄く涼しいッスよね」 「ええ。水族館のデートは定番とも言いますしね」 小さなリルが水槽をぼんやりと見上げれば大水槽で雄大な動きを見せる魚達は暑さなど感じさせない。 「日常とは違う――ちょっとした静謐感と神秘的な雰囲気が実によいですし……それがリルさんと一緒ですとなお良いものですね」 「そうッスね。独特な空気感があるッスから、こういう所が定番スポットになるのは解る気がするッス」 に、と笑ったリルの手を凛子が掴む。折角ですから、とゆっくり回る事を提案する前に意図を察したのかリルも歩幅を合わせる。 「好きな魚ッスか? ……うーん、詳しくはないッスけど、熱帯魚は綺麗で好きッスし群れで泳いでるのも、光の反射受けて圧巻ッスよねぇ」 見上げた先、ぐるりと輪を描いて泳ぐ群れがある。魚の姿はちょっとした非日常だ。 凛子はそう言えば、とまだ始まったばかりの夏のその先を――もっと向こう、太陽が更に照りつける夏を思い浮かべる。 「今年の夏はダイビングを一緒にしてみたいですね? 経験はありませんが、リルさんと一緒なら楽しめるでしょうし」 「いいッスね。経験はないッスけど、楽しそうッス」 「ええ、二人で一緒に見に行きたいですね」 きっと一緒なら楽しいと二人揃って笑い合って。 そんな彼らの背後をとてとてを走り抜ける影が在る。二匹の狐は――片方はものすごいスピードで走って言ったのだが、もう片割れ、ミーノは「じゃじゃーん! おさかなー!」と大きな声ではしゃいでいる。 「ふぉぉぉーおさかな! あーんど! のりもの! あーんどひーろー!」 スタンプラリーのカードを下げて、ヒーローショーの時間も後少し。 マグロ、イカ、タコ、カニ、エビ、サケと美味しそう美味しそうと二人は言い合う。 「マンボウ!」 びしり、と指し示したミーノは「美味しいらしい?」と小さく首を傾げる。マンボウが驚いた気がするが、気の所為だと思おう。彼らは脆いから驚かせると死んじゃうかもしれない……ね……。 「サメ! フカヒレ?」 笑顔のミーノにリュミエールが応えている。相変わらずの九尾の二人はお腹が空いたとフードコートへと走っていく。 「チュロスと、ポップコーンとアメリカンドックもってヒーローショーいくの! おいしい、たのしい、すいぞっかん! おいしい!」 目的は、『おいしい』かな? おいしいと言えば寿司。何故かフードコートに備え付けられた寿司屋で快が大将の手伝いに腕をふるっている目の前で、まおと竜一が座って居る。 「まおまお、寿司食いねえ! 依頼では世話になったからね、今日はお兄ちゃんが奢ろう!」 肉食竜一はお寿司は自分のパートではなく、まおのパートだと彼女に食べたい物を選ぶ様に薦める。 「お魚さんは食べるのも観るのもまおは好きです。さて、いただきます」 くるり、と振りむいて水槽に手を合わせるものだから……もう、食物連鎖を思い知る。 揺り籠から墓場までが守備範囲でありそうだが、お寿司は守備範囲外な竜一お兄ちゃんは可愛い友人と一緒に食べる寿司を幾つかセレクト。まおは未だに迷っている様でうんうんと唸って居る。 「味が薄い物から濃い物へ移っていくのが基本……こはだ、たい、ひらめ、いか、と行こう」 「中トロとか大トロもあるけど、それはどうかな?」 「……いや、でも……あ、まあ、いいか、好きなもん食えばいいか!」 中トロ大トロ食べたいものね。快と大将の勧めに竜一気軽に色々選ぶ。 ここで、まお、思い付いたのかビシッと手をあげた。 「お寿司を食べたいのですが、どのネタにしようか迷っていました。おまかせ、がいいでしょうか? 大将様、オススメでおっきいネタを握って下さい」 あいよ! と大将の声が掛かる。並べられたお寿司に感激するのは仕方ない。 寿司は手掴みで一気に食う。それが江戸っ子だ、と竜一が頷けば、まおもそれに倣ってぱくり。 「!?」 「まおまお、どうした!」 「ははは、はにゃふぁ」 ※( >非<)ふぇいとしよおおお わさびは強敵だった。 「わ、わさび味のお魚さんがいたら、きっとまおは食べられないって思いました」 ふぐ毒並みにこれは酷いんだなって……感じた位であったそうだ。 ● 「そういえば、水族館は殆ど来た事が無かったですね」 三高平市内にあるという話しは聞いていたが足を運ぶ機会が無かったと悠月と拓真が訪れたのは『ふれあいコーナー』。 館内パンフレットに書かれていた物を見ながら拓真はふと首を傾げる。 「イルカにサメに……他にはペンギンも居るのか」 「……? アルパカに……カピバラに……兎? 水族館、ですよね……確か」 特設されたブースには水族館らしからぬ動物がいる様だが、中では兎たちがぴょんぴょんと跳ねている。 二人揃って顔を見合わせ、鼻をくんくんと揺らすカピバラの様子に小さく笑った。 中に入り、拓真の足元を過ぎ去った兎は元気があり余っているのか尻尾を振って彼らにアピール。 元気そうだ、と悠月がしゃがみ込めば兎が彼女の足元へと擦り寄った。 「……うむ、中々皆元気の様だな」 「触ってみても、良いと思いますよ?」 自分から触っても良いけれど、驚かせてしまうかもしれないと体を固くする拓真とは対照的な悠月。 近寄ってきた兎を抱きかかえてもふもふとすれば彼女の手の中で兎も嬉しそうに鼻をひくひくとさせている。 「どうやら、悠月の方が動物には好かれる様だな」 「そんな事は……どうしてですか?」 動物を抱きかかえる悠月に、近寄ってきた眠たげな動物をそろそろと撫でた拓真。 何か分かったかのように言う悠月に拓真は小さく頭を掻いた。 どちらかと言えば拓真が『動物に触りに行く』のが苦手なのか。相手が来ないとどうしても尻ごみしてしまうようで。 拓真の手元の兎が何か可笑しそうに顔をくしくしと両手で掻いていた。 「水族館にこのような子たちが居るだなんて……」 瞳を輝かせ、兎の他にアルパカやカピバラがいると聖が瞳を輝かせる。ペンギンを抱きかかえ聖を眺める彼方は彼女の様子に小さく笑みを浮かべた。 「カ、カピバラに抱きついても……?」 「良いと思いますよ? やってみてはどうでしょうか」 ほら、と彼方が指差す先で大人しそうなカピバラが眠たげに欠伸を零す。 げっ歯類で水辺に住んでいるカピバラはイメージよりも大きい。よいしょ、と抱きつく聖の腕の中でカピバラが小さく欠伸を漏らした。 「ちょっと、ごわごわしていますわね……」 ふむ、と悩ましげな彼女がちらり、と彼方へと視線を送る。保護者然とした彼方はペンギンをもふもふとしながらしっかりと聖へと視線を向けていた。 「アルパカ……もふもふしてますわ」 もふもふ、としている聖がふと彼方へと視線を向けて――スルー。 餌やり出来ますかと係員に聞いていた彼方の手にはしっかりとペンギンの餌が握られている。 「おや……」 ずらり、と周りにペンギンが存在して居た。これはどうしようもない事態だ。 聖に助けを求めようと視線を送る彼方だが、聖はそんな彼方の難しい顔を見て『知らぬ振り』。もふもふにご満悦そうな彼女の助けを得られない事に気付き、そっと餌を差し出した。 弱肉強食の餌争奪戦が行われる様子をぼんやりと見つめる彼方に腕の中に居たペンギンが手をぱたぱたとさせた。 一方で鮫の水槽の前に訪れていた徨はそっと鮫に手を伸ばす。 「やあ、お誘い有難う」 ひょこり、と顔を出した蒐に徨はひらりと手を振った。「しおりを見たよ」と付け加える彼女の目的は鮫との触れ合いと『アイス』の様で。 「鮫はざらざらしている膚が好きだよ。大人しく触らせてくれるかな……?」 「ネコザメさんなら大人しいし大丈夫、噛まれないと思う」 頷く蒐に徨は「噛まれても金属製だから」と小さく零す。ゆっくり、そうっと差し入れた指先が鮫の背中をざらりと撫でた。 指先に感じるその感触に徨は成程と小さく囁く。どうやら鮫の感触にはご満悦。 「アイスを食べにいかないとね! あのアイスは?」 「あっちのフードコートのアイスかな?」 はしゃいだ雰囲気を持った徨の目的のアイスは『クラゲのアイス』だと言われているそうで。そう言われるとどうしても気になってしまう。 やはり暑い夏だから、冷たい物は大切だ。エチゼンクラゲだろうか、と恐る恐る食べては見るがクラゲ感はまったくない。 「……なんだ、美味しいじゃないか」 あとでおっさんにメールで報告しておこうと出した携帯電話。アイスの感想と鮫の感想を送れば、後で読んでくれるだろうと徨はもう一口アイスを口に含んだ。 「ふふ、ご機嫌よう……おお、Du bist schön! 久々に会って感じましたが、可愛さと大人っぽさに磨きがかかって素敵ですよ。世恋さん」 アイスよりも甘ったるそうな言葉をさらりと告げる亘に世恋は小さな羽をパタパタさせてありがとうと笑う。 亘にはお願い事はあると触れ合いスペースへの同行を頼まれた世恋はやる気十分だ。 「最近は如何ですか? ああ、自分ですか?」 エスコートと雑談を交え、話し上手な亘に世恋は近状を聞きながら成程と小さく頷く。 果たして、彼の目的はと言えば。 「改めてですが……自分はアルパカが大好きです」 「ええ……」 「ですが、過去の出会いで……だから、もしもの時……」 嫌な予感が胸を過ぎった。月鍵世恋、アルパカと亘の関係性を忘れた訳ではない。あれはきっと狩人の目をしていたのだから。 触れ合いコーナーからにょいんとアルパカが顔を出して居る。気付いてはいけない――アイツに! 「貴女に、止めて欲しい……月鍵チャレンジです。難易度はAH(アルパカハード)」 「え、ええ」 ざわつく胸。亘が緊張を滲ませながら足を踏み入れれば―― 「あれ……? いないですよね。パ→から始まり(・´ェ`・)な顔した子とか」 「普通の子しか居ないみたい?」 ほっと胸を撫で下ろすフォーチュナに亘は成程、とアルパカをもふ、と触る。普通のアルパカは少し困った様に首を振った。 白くてモフモフで可愛くて気持ちが良い、癒されると亘は夢中になっている。 だって、(・´ェ`・)が居ないんだもん。目から熱い物がこみ上げる亘。でもそれは秘密の話だ。 「今日はとても素敵で楽しい時間をありが……」 (・´ェ`・) 「……?」 今、何か……。 ● 前回はお世話になりました、と告げた影時にソウルは「こちらこそ」と手をひらひらと振る。 「インドア気味な僕でよろしければ」という主張と「年頃の少女なら可愛い物好きだろう」という主張から水族館へ。 小さな影時は茫とした瞳で水槽を見詰めている。こういった生き物を身近で見るのは初めてだ、と嬉しそうに目を細めるが、跳ねたイルカを目にするとその眸に光りが宿る。 「可愛らしいですね、特に、あ、ほら、あそこのイルカさんなんてしゅっごくきゃわわでなでまわしたいくらいでふあああああっ!?」 ハッとした様に体を固まらせて、首をソウルへと向けた影時の瞳は普段通りの侭だ。 「……今のは無かった事にして下さい。可愛い物を見ると、つい」 「あ、ああ……そっちにイルカがいるか。普段はクールそうでも、やはり年相応ってやつなんだな」 ぽふ、と撫でられた事に影時が恥ずかしそうに頭を垂れる。無邪気な13歳らしければそれはそれで嬉しい。 「……あれ」 そっと顔をあげる影時。どうやら高い所は彼女には見えない様子。 そわ、と体を揺らす影時の様子にソウルは小さく悩んだ様に口元に手を当ててからよし、と彼女へと向き直る。 「抱っこするか? おんぶするかい? 肩車でも良いぞ」 抱っこして貰って見えるかな、でもそんなの恥ずかしくって言えないと影時が悩ましげだったそれを感じとったのだろう、ハッとしたように瞬く影時をソウルは笑いながら抱き上げた。 「べ、別に僕が頼んだんじゃないですからね、そっちが勝手に……!」 「可愛いお嬢さんにそんな目で見られれば、おっさんだって奮起するさ。はぐれて迷子になられても困るしな!」 「ハッ……ぺんぎんたんきゃわわああ!」 ハハハと大きな口を開けて笑うソウルに抱えられながら影時が瞳を輝かせる。 子供を甘やかすのだって大人の仕事で特権だろうとソウルが笑いながら見回せば土産物屋の売店がそこにはあった。 「記念に、なんかぬいぐるみでも買ってやろうか……何がいい?」 「ぺんぎんさんのぬいぐるみがいいです……!」 ほら、と差し出されたぬいぐるみをそっと両手で抱いて影時は嬉しそうにもふ、と触り、笑った。 人だかりの出来るスペースの周囲でパンフレットを眺めながら紫月は小さく悩ましげに首を傾げた。 「アザラシの赤ちゃんが生まれた……のだとか」 この辺りの筈、と人込みを掻き分けながら彼女が探すのは昔は家にぬいぐるみのあったアザラシの姿。 小さな子供達やはしゃぐカップル等の視線から大体はアザラシの姿は掴める。 母親アザラシと思わしきアザラシは腹を見せてぼんやりと寝転がって居た。 「……あの子のでしょうか……」 ひょこ、ひょこと一生懸命に母親アザラシの傍から顔を出した小さな子供に紫月は成程、と頷く。 母親との対比が良く解る。母と違いふんわりしてそうな毛を生やしたアザラシは愛らしい顔で紫月をじっと見つめているようだ。 (……ちょっと撫でてみたい気もしますが、流石にそれは難しいですね) 愛らしさに撫でたいなあという気持ちが沸き上がるのも仕方がない。だが、それは出来ないというので残念ながら観るだけで満足するだけにしよう。 ふと、母に甘える赤ん坊の様子を見詰めながら紫月が小さく首を傾げる。 「……私もあれくらい可愛げのある時期があったのでしょうか。ちょっと、想像つかないですけど」 彼女のそんな言葉に応える様に傍の子供が「あざらしのあかちゃんかわいい!」とはしゃいでいた。 一方で、わくわくー! と大騒ぎして居るシーヴはメリッサと畝傍と共に不思議生物探検をしている。 真面目な風貌のメリッサからすると『親睦を兼ねた』水族館巡りなのだろう。 「事前にパンフレットはチェックしましたから、館内の造りと展示物の場所は大丈夫です」 予習はばっちり。赤丸をつけられたパンフレットはメリッサの性格が滲み出ているようだ。 そんなメリッサと対照的に嬉しそうにはしゃいで手招きをしているシーヴは「こっちですよー、メリッサおねーさん!」と大きな声で呼んでいる。 「……おお、シーヴくんは無邪気で実に微笑ましいですね。 メリッサくんもお若いのですからたまにはハメを外して無邪気に楽しんでみては如何でしょうか?」 「私は、……そこまでハメを外せませんから」 余計なお世話ですかね、と笑う畝傍にメリッサは薄い笑みを浮かべる。引率者二人に対して幸せそうなシーヴは水槽をじ、と見つめて睨めっこ。 「おー、お水キラキラして綺麗っ! 見て、見て下さい! 寄ってきました!」 「ええ、じっと見てますね」 じぃ、と見つめ合えば魚が根負けしたのか顔を逸らしていってしまう。残念そうにしているシーヴはパッと振り返りメリッサと畝傍に対してへにゃりと笑った。 「ふふふ、楽しむ時はいつも全力なのですっ」 「ええ、良い事だと思います」 頷くメリッサとはしゃぐシーヴの傍で深海魚コーナーに心惹かれて止まない畝傍。深海魚の奇妙なフォルムは独特で、同時に変な存在でもあるのだが。 「……実に不思議な造形です……」 「あ、クラゲがいますね」 メリッサが指し示す先にはクラゲの水槽が幾つも並んでいる。瞳を輝かせるシーヴは「ふよふよ綺麗!」と跳ね上がった。 「海に居る生物でも、クラゲは特に不思議な生き方をしていますね。ふわふわと、漂う様に泳ぐ姿はじっと眺めても飽きません。……かわいい」 メリッサの言葉にシーヴも「かわいいーっ、のんびり屋さん!」と頷いた。ふと、張り紙へと視線を奪われた畝傍が瞬く。 「クラゲアイス! ……クラゲに味はあるんでしょうか?」 「ふにゃ? クラゲさんが原料なの? 甘いのかなぁ」 そわそわと体を揺らすシーヴに「クラゲ自体はコリコリしてましたが……」と考え込む畝傍。 「クラゲ自体は殆どが水分ですから、味はなさそうですね。……誰が考えたんでしょうか」 「うーっ、違うのか、残念……」 残念だなあ、と互いに言い合う二人にメリッサは小さく笑みを浮かべる。のんびり屋のクラゲのコーナーで、光りを当てられたクラゲが薄く煌めいた。 「一緒にクラゲアイス食べよう♪」 瞳を輝かせる真独楽に杏は「一緒にお出かけ久しぶりねっ」と幸せそうに笑顔を浮かべている。 ヘリで現れたのはノーカンで公園にだって行ってない。正真正銘、今日は久しぶりのお出かけなのだ。 「クラゲを使っているかもしれないアイス……?」 「うん! まこ、くらげ食べるの初めて……しょっぱくないのかな?」 緊張した様な真独楽にお姉さんである杏は「ナタデココみたいな感じらしいわよ」と安心させるように言う。 「杏と違うの選ぼうかな! 一口ずつ取り換えっこして食べれるでしょ? まこはピンク色のがいいな!」 「じゃあアタシはオーソドックスにバニラにしようかしら。まこにゃん、あっちの景色のいい席に座りましょ」 選んだ二種類のアイス。幸せそうな真独楽に杏は手を引いてこっちよと誘う。 イルカパークを上から望む事が出来る席は晴れて居る日は丁度良い。アイスクリームが溶ける前にと真独楽は大きく口を開いた。 「んーっ、甘くてオイシイッ♪ ほら、杏も、あーんして!」 「あら、まこにゃんのをくれるの? はい、あーんっ」 輝く瞳で差し出す真独楽に嬉しそうに杏は口を開く。ぱくりと加えたアイスの味は確かに暑い日には更に美味しく感じられる。 美味しい、とアイスを味わって居れば、隣で真独楽が口をぱくぱくとさせて杏を見ていた。 「まこにゃんもアタシの食べる? はい、あーんっ」 「あーんっ」 嬉しそうに笑った真独楽の頬に付いたアイスに気付き杏は「まこにゃんのドジっ子」と笑って拭う。 大親友とまで称する杏との楽しい時間に真独楽も上機嫌。嬉しそうな真独楽を見る事は杏にとっても幸せなことだ。 「杏と一緒にココに来るのって……もう三回目? 来るたび新しいコトしてる気がするなぁ」 「そうね、去年はふれあいコーナーで鮫を触って……その前はプレゼントしあったわよね」 香る香水は真独楽がその時にプレゼントした物だ。大事に大事に使う杏の優しさがしっかりと伝わってくる。 にんまり笑った真独楽は「次は何しよっか?」と幸せそうに笑う。 暑さに溶け始めたアイスクリームを口に含み、取り出した携帯電話。 「次も二人一緒だよ? それじゃ、今日の思い出にアイスと一緒に二人で写メ!」 パシャリ、その音と同時に跳ねたイルカの姿に凄いね、と笑い合った。 跳ね上がるイルカの姿に思わず「わっ」と声を出した三千にミュゼーヌは小さく笑った。 「見て下さい! イルカっ、大きい……これが、イルカッ!」 初めてみます、と座りながらイルカショーへ参加して居た三千にミュゼーヌはイルカよりも釘づけなのか。 普段の落ち着いた三千を忘れさせるようにイルカを見る彼は随分子供っぽい。尻尾をぱたぱたとさせて、嬉しそうに瞳を輝かせている。 (あぁ、なんて可愛いのかしら……) きゅん、とした胸を抑えてミュゼーヌは幸せそうに緩んだ頬を引き締める。 それを知ってか知らぬか三千は「大きい、よく見ると優しい顔をしてるのですね……目も可愛いです……」とイルカレポート。 ショーの後に触れある時間があると、順番を待つ三千の尻尾はやはりパタパタと揺れていた。 「冷たいのに、温かくて……不思議な生物ですね……。 こうしてゆっくりと、大きな生き物に触れるのは初めてかもしれないなぁ……」 「ふふ、でもこの子たちも私達と同じ哺乳類だし、海に巣立って行った大昔の家族だったかも」 なんて、と笑うミュゼーヌの指先がイルカの弾力性を感じる肌を撫でた。勿論、そろそろと鼻先を撫でる三千も幸せそう。 小さく鳴いたイルカに肩を揺らして、擦り寄る鼻先に瞳を輝かせた三千にミュゼーヌが小さく笑みを零す。 「うう……」 ハッと気付いた様に顔をあげた三千は笑みを浮かべるミュゼーヌに気付いてつい、固まってしまう。 赤く染まった頬につい、可笑しくなってミュゼーヌは吹きだした。 「ふふ、気にしないで。ほら、一緒に餌をあげたりしてみましょう?」 「そうですね、餌、あげましょうかっ」 ぽんぽん、と撫でられた髪に耳を揺らして、瞳を輝かせる三千は餌、と尻尾をゆらゆら揺らす。 可愛いイルカと、可愛い彼と。幸せなデートだわ、とミュゼーヌはふんわりと笑って見せた。 イルカのコーナーをすり抜けて、触れ合いコーナーに向かう旭の隣でランディはそっと彼女の手を握る。 「ふぁあ」と驚いた様に声をあげた旭は幸せそうに笑ってきゅ、と掌に力を込める。 大きな手に包まれるのが嬉しくなって、旭はふんにゃりとつい、笑ってしまう。 「なんか、改めてやると照れくさいな」 「へへっ……うれしい」 赤くなった旭はちらりと見上げて、つい緩む頬に照れた事がばれたのかと慌てふためく。 ころころと変わる表情に可愛らしいと感じるのは日が浅くても恋人になったと言う証だろうか。 「こういうのが自然にやれるといいんだが、何処いく?」 「ど、どうぶつ! ふれあう!」 必死に照れを隠す様にシャッキリして、告げる。けど、やっぱり赤くなった頬は隠せない。 そっと近寄った距離に旭はふにゃふにゃしながら「何を触ろうかなぁ」と嬉しそうに周囲を見回す。 「俺はサメがいいかな」 水槽の中に居る大人しいサメを見詰め、こっちだよと手を引いて。 差し入れた指先が鮫を撫でる――が、吃驚したのか鮫があんぐりと口を開ける。 「っあっぶね!? ……しかし、こちとら人間辞めてるからいいが、触れ合いコーナーで鮫って事故んねーの?」 「ちがうよう、こーゆー鮫さんはね、おとなしいこなの。だから、びっくりさせないように……そーっと」 ね? と撫でる旭の指先は優しい。成程と合点が言った様に頷くランディ。 動物が好きなんだな、と旭に言えば、彼女はへらっと笑って「かわいいよねぇ」と頷いた。 ちょっとした鮫とのハプニング。少し肩の力が抜けたのか、緊張を感じさせることなく旭はランディの手をきゅ、と握る。 「ね、今度はくらげさんみにいこ?」 「昼食はどうする? 水族館で寿司食う気分にはならんし、チーズと野菜のサンドイッチ作ってきたが……」 どうする? と聞いたランディに旭は緊張を感じさせることなく、少し戸惑う眸を普段通りの笑顔に変えて。 「くらげさん見に行って、らんでぃさんのさんどいっち食べたいな。えへ、たのしみ……っ!」 その頃の寿司屋では。竜一とまおが未だにお寿司をいただきます。 「大将! あぶりサーモン! 生きるって事はなあ、食うってことなんだよ!」 「はい、まお、食べます」 「大将! 漬けマグロ! 食わなきゃ人間、生きてけねえんだよ」 「生命活動です。それは大事なことだとまおも思います」 「大将! うに! 感謝して食うんだ、うめえうめえつってな!」 「美味しいです。お魚さん、有難うございます」 フードコートは大繁盛の様で……。 ● 昼の雰囲気と違い幻想的に思える水族館。通路をゆっくりと歩きながらシュスタイナはスタンプカードを片手に振り返る。 「スタンプ集めながらゆっくり回りましょう」 「楽しみですね! のんびり行きましょうか」 きゅ、と握りしめたシュスタイナの手。壱和は尻尾を揺らして小さく笑う。 水族館の『→ 順路』と書かれたものを辿りながら、シュスタイナはふと、首を傾げる。 「これ、順路の通り回れば集められるのかしらね……?」 「どうでしょう……。あ、スタンプありましたよ。クラゲさんです」 壱和がこっちこっちと手招きする。シュスタイナはそれに気付き、ホントだわ、とカードにぽん、とスタンプを押した。 先ずは一つ。スタンプラリーを無事にクリアしたら記念品が貰えるのかしら、とシュスタイナが首を傾げれば壱和はあればいいですね、と嬉しそうに笑う。 「ご褒美の為ってわけじゃないけどね?」 「形になると、素敵な宝物になりますから」 記念品があればいいね、と二人して笑い合う。途中の水槽の前を通り、シュスタイナは「見て」と指差して見せる。 二人して、沢山のものを見よう、と小さく笑い合う。昼に訪れるのとまた違う雰囲気なのはライトアップされてるからだろうか。 シュスタイナにとっては気心知れた友人と一緒に過ごす大切さを思わせてくれる。壱和にそんな事恥ずかしくて言えやしないけれど。 「スタンプ、ありましたよ! 何だか、手に押したくなりますよね」 「手に? いいわね」 押しましょうか、とシュスタイナが応えれば壱和は一緒にとポン、と手の甲に一つ。 ディフォルメされた可愛らしいアザラシが二人の手の甲に青いインクでついている。少ししたら薄くなってしまうかもしれないけれど。 「きっと、見えなくなってもずっと忘れません」 「そうね、思い出は消えないわ」 ね、と二人して笑い合って、恥ずかしそうに肩を竦める。また、一緒に、と一つ、約束をしながら。 お役所仕事はやはり忙しい。スタンプラリーの用紙を手にうろうろと歩きまわる義衛郎はライトアップした深海魚フロアへと足を踏み入れる。 愉快な深海魚のフロアには展示が増えたと聞いていて、少しばかり楽しみだったのは此処だけの話し。 「ああ、デメニギスだ」 ゆら、と蠢く影に成程、と展示物の解説を見ながら義衛郎は堪らないと一人ごちる。 真上を見る為に全力を出し過ぎたこの姿、堪らない。なんて、義衛郎のこだわりポイントチェック。 スタンプラリーはまだまだ続く……でも、休憩も大事だろうかと座った彼の目の前に薄桃色の翼を揺らしたフォーチュナがふらふらと歩いている。 その翼に見覚えがあった義衛郎は「月鍵さん」と何時もと同じ様に声をかけた。 「あら、こんにちは」 「アイス食べませんか、アイス。奢りますよ。クラゲらしいですし」 やったー! と子供の様にはしゃぐ世恋にアイスを一つ。クラゲのアイスという噂、やはり気になると同じバニラ味を手する。 「クラゲって美味しいんだろうか……中華料理だと酢の物で食べるらしいけど」 「というか、本当にクラゲ?」 さて、真偽のほどは、とアイスをぱくり。味わってみるけれど、やっぱりこれは。 「普通のバニラ味だなあ……」 残念、と肩を竦めて、さて、もう少しスタンプラリーを頑張ろうか。 「水族館なんて、子供のころ以来ッスよ。イマドキは、ナイトツアーなんてやってるんすね」 「ふわぁ~~、凄いです! ボク、水族館のナイトツアーって初めてですっ!」 嬉しそうに瞳を輝かせる三郎太とは対照的に計都は一人暗黒面。 水族館は定番のデートスポット、22歳になったインヤンマスター、最近来た事無いのは何故って? そりゃあ、勿論――「HAHAHAHA! ガッデム!!」 「え? どうかしましたか?」 「いやいや、何も。水族館なんて、あたしにとっちゃ生け簀のでっかい版ッスよ! 所詮、花より団子の人生ッス……って、おおお!? すごいすごい、めっちゃ綺麗じゃないッスか!?」 「おおーっ!」 一人突っ込みをしながら恨み節満載だった計都が顔をあげればライトアップされた水槽と御対面。 昼間にやっている様々なアトラクションよりも体験した事のない水族館の様子への好奇心を優先した三郎太は感嘆の息を漏らすだけだ。知っている水族館とは違う雰囲気、魚の泳ぐ姿だって普段とは違って見えるから。 「照明の違いでこんなにも印象が変わるんですね……」 それは、他の事だって。 見て見て、あの水槽、と指差す計都の横顔に「素敵だなぁ」とぼんやり胸が温かくなる。 「ん、どーしたッスか? ……はっはーん、さては、ロマンティックな雰囲気だからって、ちゅーでもしたくなった?」 悪戯するように笑みを浮かべる計都に三郎太は慌てたように頬を赤くする。 違う、だとか、あの、だとかそういう言葉が一つ一つ漏れては訂正するように、ええと、と付け加える。 「計都さん……えと、あの」 「ん?」 「手を、つないでも……いいですか?」 彼なりの大きな一歩。勇気を出して一生懸命に告げる声に計都は頬を掻く。 そっと手を差し出して、彼女は照れくさそうに息を吐いた。 「そんなこと、わざわざ聞かないのっ!」 思わず、はい! と返すのは生真面目さからか。三郎太は嬉しそうにそっとその手をとった。 照れくさくて、逸らした目が捉えた大水槽で静かに魚たちは泳ぎ続けていた。 まるで、海の中に居るみたいだとプレインフェザーは水槽を見上げた。 手を繋ぎ、特別な事をせずに平凡な恋人同士を喜平と共に。そんな二人はゆっくりと、水槽に囲まれた通路を歩いていく。 何気ない魚の感想を言うだけで良い。平平凡凡、それでも恋人と語らうなんて贅沢な時間の使い方だ。 喜平にとっては人生は有限だから、出来る限り彼女を見て居たいと喜平が思うのはちょっとした我儘か。 「あたし、あれがみたい。フウセンウオ」 「フウセンウオ?」 好きなんだ、とプレインフェザーは喜平へと笑みを向ける。こっちだ、と喜平が手を引いた先に見えたそれにプレインフェザーは嬉しそうに指を指す。 「みんなボーッとしてるみたい……ほら、見て。何考えてんだろ?」 楽しげに微笑んで、プレインフェザーは嬉しそうに笑って見せる。成程、と観察するものの、やっぱり可愛いのは魚よりプレインフェザーで。 「こんな小さいのに、こうやって流されないようにくっついて、海の中で一生懸命に生きてるんだなって思うと……健気でカワイイよな」 「先ず先ずだが、俺のフェザーの敵じゃない。出直してくるがいい」 ドヤ顔で勝ち誇った様に告げる喜平はそっとプレインフェザーの手を握りしめる。 驚いた様に瞬いて、プレインフェザーは小さく笑う。万事そんな調子でプレインフェザーの可愛らしさを誇る喜平。何故って、楽しいからに決まっている。 「喜平が好きなのは……デメニギスだっけ? あの、カッコイイのだよな? 名前だけじゃ、どんな魚かわかんないよな……レアだし、居るんだろうか……」 「さあ? 居るかもしれないし、居ないかもしれない。見に行こうか」 居なくってももう一度来よう、と嗤うプレインフェザーに喜平は頷いて更に力強くその手を握り直した。 初めての水族館に戸惑う様に大きな水槽を眺めていたシエナの近く、ひょっこりと顔を出したフォーチュナはご一緒させて貰っても良いかしらと微笑んだ。 「少し、お話ししたい、な」 「ええ、喜んで。私は世恋。よろしくね、シエナさん」 浮世離れした雰囲気を持ったシエナは小さく頷いて見せる。ライトアップされた水槽は魚影を更に大きく見せる。 「おっきなサメや、小さなお魚さん達の群れ。一緒に泳いでる所が、見てみたい、の」 「素敵よね、共存っていうのかしら?」 幾つもの通路から見る事の出来る大きな水槽の前、水槽に程近い距離でシエナはぼんやりと水槽を眺める。 泳ぐ魚達の群れは、雄大で、それでいて生の力を感じさせる様で。 「こういうの、生態系っていうの……かな?」 海の世界は、一つ一つが近い様で、遠くて。生きてるんだよねともう一度考えさせられる。 「独り立ちしたばかりのわたしは。生きる意味、生きがい、探してる最中……だから」 興味がある、と目の前の『生命』を興味深そうに見つめるシエナの瞳は海の青より透き通る。 そんな彼女の隣で、小さなフォーチュナは知的探究心を満たせるかしら、と小さく唸った後笑って見せた。 「んー……難しい事は、解らないけど、触れたり、感じたりが大事なんだろうな、って」 「うん。もっと知りたい。もっと考えてみたい……よ」 生のあり方を、もっともっと。知りたいんだ、と伸ばした指先にツンと、水槽越しに魚の鼻先があたる。 少女の言葉に世恋は「素敵ね」と笑って見せた。 そんな素敵な場所でせおりは迷うことなくゆっくりと歩を進めていた。学校帰り、お誘いの話を聞いて訪れてみたはいいけれど、初めての場所は迷う筈……なのだが。 「うーん、私……この水族館に来たない筈なのに、前にも来たような……?」 しかも、一人じゃなくて誰かと。なんでだろうなぁ、と悩ましげに鮮やかな瞳を細めるせおりにとって、最近は『びっくり』の連続だった。 まだ高校生の少女は突然力を手に入れて、身体の中に別の誰かが宿った気がしたのだろう。 鮫の水槽を見詰めながら、せおりは小さく悩む。変なの、と笑いを漏らせば、彼女の因子に反応してかそうでないのか、水槽の中の鮫が興味を示したように彼女の前をふわふわと漂っていた。 「こんにちは、いいなあ、一緒に泳ぎたいね。私、今でこそお魚のアウトサイドなんだけど、元はサメなんだよ」 いー、と広げた口。残った牙は目の前のサメと同じ物。 鮫の因子を持ち、人魚になったせおりに仲間意識でも芽生えさせたのか、水槽につん、つんと鼻先を寄せる鮫に彼女は幸せそうに指先をつん、と当てた。 「えへへ、かわいいなあ」 自分と同じ鮫だから、と嬉しそうなせおり。熱帯魚のフロアにも行こう。あそこの魚たちは自分と同じ鱗を持っているから、やっぱり嬉しくなってしまう。親近感が沸き上がって仕方ないのだから。 「一緒に泳ぎたいねぇ」 ね、と魚に告げるものの――実際泳ぐとせおりは溺れてあられもないポーズになってしまう、かもしれない。 ● 仕事帰りの気分転換は大事だと木蓮はうろうろと周囲を見回す。 昔、家族と一緒にこ水族館に訪れたのは懐かしい思い出だ。ああ、あの時は大きな鮫が怖くて、そのまま迷子になって……。 「その時、兄貴が俺様を見つけてくれたのが、ここと同じ様なくらげの水槽の前だったっけ……」 兄は数年前に事件で両親と死んでしまった。哀しい思い出を振り切る様に彼女はぼんやりとクラゲを眺めた。 一方で、感覚だけを頼りに歩く睡蓮は木蓮の思い出とは違って『水族館に来た事がある』という既視感を感じていた。 自分には多くの記憶が無いからもしかするとそれは何て事無い違和感に他ならないのかもしれないが……。 そんな睡蓮が白髪の少女を見つけ、何となく近寄れば、想い出に浸って居た木蓮は何の気配にも気付かなかったようで。 「うおわぁっ!? あ、兄貴っ、幽霊ッ!?」 「あ、いや、驚かせたな。すまない」 睡蓮の記憶にもある花火大会で転んで眼鏡を吹き飛ばし足を挫いていた少女と同一人物。 その時と比べれば少しばかり大人になった様にも見えるが……。 「へ? あ、もしかしてあの時、おぶってくれた……うおおお、吃驚してゴメン!」 慌てる彼女は良ければ話そうか、と睡蓮と共にベンチへ座る。なんとなく、本当になんとなく兄と重なったのだ。 名前は、と木蓮は緊張した様に睡蓮へと問う。彼は訊かれて困る名前じゃないと普通に名乗り返したが。 (名前も同じ……いや、苗字は違うし、雰囲気も違うし、兄かどうか……) 「どうかしたのか」 「あ、いいや、あのさ、メアド教えてくれないか?」 今、できるのは彼が兄であるかどうかを聞く前に友人になる事、只、それだけだ。 睡蓮は構わないが、と何処か困った様に木蓮へ返した。少しばかり頭に浮かんだのは彼女と共にある『八咫烏』。しかし、同じアークの仲間であるならばその配慮も無用なのかもしれない。 「おーっ、有難う! 俺様のも送っとくな! あ、時間が……そろそろ行くぜ!」 「ああ……そうだ、名前は?」 通り名は知っているが、と睡蓮は改めて木蓮の顔を見る。丸い瞳をした木蓮は忘れてたというように笑みを零して。 彼女の唇がゆっくり動く。ああ、その響きには怖いくらい聞き覚えがある。去っていくその背中にも。 水族館に対して感じた様な不明瞭な雰囲気と同じ、そんな―― 「俺様は木蓮。草臥 木蓮だ。よろしくな?」 揺らめく影に体を固くしたリリは「お、お誘い有難うございます」と丁寧に頭を下げる。 彼女が緊張するのは無理もない。今日はなんといっても「デート」なのだ。 「でも、デートって……両想いの男女が行くものでは……?」 「男女で遊びに行くときもデートって単語は使うし、そう硬くならなくても良いと思うぜ?」 緊張を浮かべるリリに可笑しそうに劫は告げる。只、デートと言う言葉に緊張するとリリが視線をうろうろ。 「まあ、出会い方が……」 出会い方だったから、と頬を掻く劫。その言葉に『偽装結婚式』でのお芝居を想いだし、ギリギリまで近寄った距離にリリは頬を赤くして、首をふるふると振り続ける。息抜きをと誘いをかけたは良いがデートという言葉に此処まで緊張するとは、純情な女性の扱いは中々に難しい。 「は、恥ずかしい! 当たり前です!」 ふるふると首を振るリリの視線がふと、止まる。ひょっこりと首を出すチンアナゴ。向こうからはリリ達は見えないがリリ達からはひょろりと顔を出すチンアナゴの様子がバッチリ見えている。 「あ、あれ。可愛くないですか? チンアナゴ……だそうです」 「こう、説明しづらいアレだな……」 キモ可愛い、といえばいいのかと劫が困った様に見つめれば、リリは幻想的なライトアップに揺れる小さなチンアナゴが可愛い、と確りと伝えてくる。 「俺はもっとこう、普通な魚が好きだけどな。秋刀魚とか、鮪とか」 「食べられるお魚も好きですが、眺めて可愛いのも良いものですよ」 そんなリリの言葉に劫は「雰囲気壊したか?」と小さく笑う。ああ、なんてからかいかしらとリリは直視せずに魚たちへと目を向ける。 誰が隣に居たって楽しめなきゃ損だろうと水族館の壁を見詰める劫にリリはそうですね、と小さく頷いた。 「今とても、楽しいですし……気に掛けて下さるのも嬉しいのです、ですが……。 あ、あまり年上をからかう物ではありませんよ?」 なんのことやら、ととぼけて肩を竦める劫にリリは遊ばれてるのかしら、と一人困った様に肩を竦めた。 まるで水の底の様だと糾華は水槽を眺めて思う。きゅ、と握り閉めた掌のぬくもりは何時もと同じ。 「変な顔ねぇ」 「ふふふ、ぶちゃいくです……でもなんだか、愛嬌があって……少し、神秘的で……」 何時も通りの会話を楽しみ、リンシードと共に眺めたグロテクスな青白い顔。 握りしめた掌に、リンシードは寄り添う様に糾華へと一歩、詰めた。 「ねえ、太陽の光も差さない深く暗い海の底で、ずっと一人で過ごすのはどんな気持ちなのかしらね?」 光もない、色も見えない、暗闇の中じゃ自分の姿も分からない。寄り添う誰も居ない海の底。 私だったら耐えられないと握りしめた指先に力を込めて、「ねぇ、リンシード」と囁いた。 「そう、ですね……人は、一人じゃ生きていけないと、思います……お姉様だけじゃないです……」 私だって、と囁くリンシードの声は小さい。 自分はきっと、暗闇の中に居た。太陽の光も射さない海の底。そんな所にぽつんと居た様な気がする。 リンシードにとっての光りは『おねえさま』只、其れだけなのだろう、と今の自分は嫌というほど分かっている。 「ふふっ、そうね……私も、貴女も、お互いがかけがえのない存在だから、なくなられたら……」 きっと。 そこで言葉を切った糾華は肩を竦めてリンシードの指先に自分の指を絡める。 「深海に、堕ちてしまうわね?」 深い海の底は、こんなに明るく照らされない。それでも、二人だったなら。 「私、私と貴女と、二人を取り巻く全てを護れるようになりたいわ。護りぬける様に、なりたいわ」 「ええ……私は、お姉様と二人なら、どんなことだって出来ます。 きっと護れます、護りぬけますから……私達の日常を、ずっと――」 水族館が初めてだと言うしのぎ。そんな彼女の目的はスタンプラリーや魚の回遊を見る訳ではないようで。 「帰りにお寿司でも食べに行こうか」 「えっ?」 「魚みて可愛いーとかならないでしょ? 美味しそーしかならないでしょ!?」 う、と夏栖斗が肩を竦める。なんたって、目の前の魚に変な顔、食えるのかなとつい……つい。 美味しそうな魚達。きっとフードコートでは捌かれているんだろうなぁ、なんて考えながらもライトアップした水槽は夏栖斗達の顔を鏡の様に映して居る。 ふと、夏栖斗の視線が、水槽を滑る。お腹空いた、と魚を見詰めるしのぎの横顔が『あの子』に見えて仕方ない。 とくん、と一つ。胸の中で高鳴った。 (……僕は、) しのちゃんと呼んだ彼女が『あいつ』を知って居るから気になってしまうのか。 それなら、不誠実だなあ、きっと違うよなあ、と小さな笑みを浮かべて、瞬いた。途端にじ、と水槽を見詰めるしのぎの瞳を水槽越しに目線が克ち合う。 「みっちー変な顔してるぅ。はっはーん、今、さてはあの子に似てるとか思ったでしょ」 「え? 変な顔してた? 気のせい! 僕、イケメンだし!」 いいよ、とひらひらと手を振るしのぎに夏栖斗は小さく首を振る。 誤魔化す様に、夏栖斗はスタンプラリーのカードをしのぎへと差し出して、「ほら、次にいこう、しのちゃん!」と声をかけた。 「これ、集めたら何が貰えるんだろ? 面白い物だったらいいんだけどね! 何が欲しい? しのちゃんは」 「今欲しいのはお寿司屋さんの割引券かな」 至極真面目なキメ顔に夏栖斗は食欲じゃん、とへらへらと笑う。歩きだした彼の背中を見詰めて、少女の緑色の瞳はふ、と細められた。 いい。重ねたって。記憶が無くて、彼女の記憶を覗き見て、自分は彼女だと思って此処に来た。 自分だって重ねてるのかもしれない。 けれど、彼が重ねてるのかもしれないなんてお見通し。 なんで? ってしのぎさんだから分かっただけ。 きっと、聞こえないだろう、声音で。 『彼女』が居なくなって、一年経って。 それでも、忘れられない彼と、『識』ってしまった彼女の話し。 「うん、しのぎさんはなんでも識ってるよ。なんでもったって、君と彼女の事だけどね」 人気のない水に囲まれた回廊に射しこんだ魚影は、すっと、遠ざかって行った。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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