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<凪の終わり・恐山>屁理屈ピエロ


 人生は選択の連続である、とは誰の言葉だったか。
 仕事を選ぶとき。ランチを食べる店を選ぶとき。大学を選ぶとき。高校の最初の友人を誰にするか見定めるとき。苛められた友人を放っておくと決めたとき。母が父を詰るのを止めたとき。父が母を殴ったのを見て何もできなかったとき。父にも母にも引き取られたくなくて、祖父母の家に逃げたとき。
 選択をしている。いつだってそうだ。
 今日だって、俺は望んでここに来ている。
 地下に降り、薄暗い廊下をしばらく行くと、ドアのない長方形の入り口からまばゆい光が漏れていた。そこから入ると、一片が10メートル程の正方形をした部屋があって、パイプ椅子が10脚ほど無造作に置かれている。壁には装飾品や掛け物の類は一切なく、天井から壁、床に至るまで心が洗われるような純白をしていた。天井には四隅に通気口と思われる穴があり、中心部あたりに半球形の電灯が埋め込まれている。部屋の向こう側には俺を待っていたかのように、にこやかと微笑む『奴』の姿があった。
「おや、いらっしゃい。大迫毅さんでしたか」
 奴は白々しくも俺の名前を呼ぶ。部屋に窓が無いためか、異様な閉塞感に息が詰まる。
「心配でしたのでそろそろ使いを出そうかと思っていたところです。昼間から具合がよろしくなさそうでしたし、お夕食もほとんど召し上がらなかったそうですね。数日とはいえ、何も口にならさらないとお体に障りますよ」
「聞きたいことは一つだけだ」
 奴の上辺だけの気遣いは、俺の神経を余計に逆撫でた。奴のまったく崩れない笑顔に歯噛みしつつ、向かっていく。パイプ椅子の隙間を通り抜けながら、ゆっくりと近づいた。
「祖父さん──大迫三郎を殺したのは、てめえか?」
「はて、何のことでしょう」
 奴の顔色を伺う。それは変わらず飄々としていて、大した動揺も見せない。思い出そうとしている風もなく、思い当たるところもないのだろうか。
 俺は言葉を続ける。
「去年の10月、祖父さんは突然失踪した。それから二ヶ月後にどっかの山で祖父さんの死体が見つかった。祖父さんの懐にはここの住所と、あんたの名前が書かれた招待状があった。それ以外に手がかりはなかった。ならここで何かあったんだ、そうだろ。ここで祖父さんがしたこと、あんたが爺さんにしたことを、全部話してもらう。そして俺の思っている通りなら──」
 握りしめた拳に、汗が流れ落ちていく感覚が、やけにはっきり現れた。
「──殺す」
 その間中、奴はやはりにこやかで、微動だにせず、俺の言葉が終わってしばらくしてからやがて口を開いた。
「私は、自分ともう会わないだろう全ての人間を忘れるようにしています」
 刺のないおっとりとした声。人を引きつけるでもない、かといって人を突き放すでもないそれは、寄り添うような安堵感を覚える。
 その錯覚に、息が震える。
「この地球という楽園には数え切れないほどの人間がいます。いるかどうかも分からない輩や切って捨てたくなるような人間もいれば、頭を垂れて付き従いたくなる方もいます。関係性で言えば、前者はほとんど死んでいるようなもの。いつまでも死んだ人間に思いを馳せていては、自身という最も幸福にすべき対象を見失ってしまいます。ならばいっそ、忘れてしまったほうがお互いのためだと思っています。
 大迫三郎……記憶にはありませんが、恐らくは彼も、私がここで相談を受けた人間であるのでしょう。私の導きにより彼が亡くなったというのなら……申し訳ない、としか言いようがありません」
「あんたが殺したんじゃ、ねえのか……?」
「私は人をこの手で殺すような真似はしたことがありません。この施設も、山に自殺しにやってきた人を拾い上げ、元の生活に戻れるように構成させるためのものです。決して死に向かわせるものではありません。彼が死んだというのなら、それは自分の意志でしょう」
「そんな……馬鹿な」
 唇を噛む。数多の思いが駆け巡り、身体を後ずさらせる。
 そのとき、背後で何かがガタンと落ちた。驚いて振り返ると、先程まで口を開けていた扉はそこにはなく、まっさらな壁となって立ちはだかっていた。
「さて、雑談はこの程度にしましょう。次は貴方についてのことです」
 奴は態度も口調も少しも変えないままに、言葉の切っ先だけを鋭くこちらに向けた。壁に磔にされ、槍先で丹念に身体を撫ぜられているような圧迫感が体を覆う。
「貴方にどんな理由があれど、ここには入らないように忠告したはずです。ですので貴方にはある種の──そうですね、罰を受けてもらいます」
 声が出ない。身体が硬直し、汗ばみ、視界が歪み、聴覚も疎かになっている。
「怖がることはありません。ただ少し、動きづらくなったり、考えが疎かになったりするだけです。それも罰が済めばやがてなくなるでしょう」
 視界に黒みが増してくる。徐々に消える色。黒く塗りつぶされていく世界が、俺の意識を押し潰していった。



「千葉の山奥に恐山所有の施設があってね。彼らはそこに捕らわれてるみたい」
 『鏡花水月』氷澄 鏡華(nBNE000237)は画像を拡大しながら説明する。飛び越すのはちょっと大変そうな高さの門の先には、真っ白なコンクリート造りの建物が見える。高さは二階、奥行きが広く、何十人も生活出来そうな広さだが、驚くほど窓が少ない。正面の扉の他に裏口などの扉はなく、二階に窓が一つ、それから人が通り抜けるのは難しそうな小窓が数個付いているばかりで、後は穴といったら細い通風口が付いている位のものだった。その建物から少し離れたところに倉庫らしき建物があるが、こちらはこちらで扉すらなく、まさに豆腐といったような異様な雰囲気の外観をしていた。
 12人の一般人はこの施設に軟禁されているそうだ。中で普通に生活はしているが、外出は厳禁。寝食に不自由はないようだが、フィクサードの根城で管理されている以上は、何か彼らに利益があると考えたほうがいいだろう。例えば、アーティファクトの実験サンプルや人体改造のような。
 ともかく12人もの人間を連れ出すには、少々厄介な構造をしている。対策や立ち回りは綿密にすべきだろう。
「気になることは、恐山がこの施設への侵入を無理に拒んでいる様子が無さそうってところかな。入り込むことは容易に出来そうだね。抜け出すときはどうか分からないけど……。この際、折角入らせてくれるのなら、恐山側の意図を探ってみてもいいかもしれない。今いる人間を救出するだけだと、また同じことの繰り返しになる」
 彼らが抵抗せず、人間たちを救出されるのを殊更に拒まなければ、それはより確信めいたものになる。
「何にせよ、一般人救出が最優先だね。彼らからも何か聞けるかもしれない。
 それじゃ、気をつけて」



 声が聞こえる。
 ええ、一度は通して構いませんと彼は言った。一度なら、と念を押した。
 不穏な動きがあったら躊躇はすることはありません、とも。
 ここにいる者は利用価値のある個体であると共に餌でもあるのだ。必要なのは理解と対話だ。恐山としてのスタンスは、彼らと敵対関係にあることを好ましく思わない。ならばこの場にいる人間を差し出してでも彼らとの対話を試みるのは悪い選択ではないだろう。なにせ相手はこの日ノ本で重要な立場を占めつつある彼らなのだから──と。
 『彼ら』が自分たちのことを指すとして、恐山側がアークの侵入を許すのならこれは好都合だ。情報を探り込めるだけでなく、向こうに対話の姿勢もあるらしい。無闇矢鱈に暴れまわるのは愚策だろうか。
 話は続く。恐山の中で我々の目的は、何も人間を殺したりアーティファクトの被験体にしようというわけではない。ここで更生させ、恐山の配下になる以前に、あくまで我々の理念を理解し協力してもらっている、という基本があることを理解してもらわねばならない。その上で、彼らの希望を聞き入れ、良好な関係を築くのがいい。
 彼らが来たら、私の方に数名通してください、地下にいますから。彼はそう言って、そこから離れていく。
 穏やかな物腰。フィクサードとは思えない柔和な笑顔。頼りがいのある背中は『教師』を他称される程のことはある。この男なら対話が望めるのだろうか。
 そのとき、たぶん偶然だろう、彼の視線がこちらに向けられた。目がぐにゃりと歪み、顔は奇怪な笑みを為す。潰れた爬虫類のような嫌らしさが私の首をサッと絞める。
 それは一瞬のことで、瞬きの間に数秒前の風景が復元されていた。
 気のせいだろう。鏡華は胸を撫で、吐息を零した。


■シナリオの詳細■
■ストーリーテラー:天夜 薄  
■難易度:NORMAL ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ
■参加人数制限: 8人 ■サポーター参加人数制限: 0人 ■シナリオ終了日時
 2014年06月29日(日)22:43
天夜薄です。

●成功条件
・一般人12名の救出

●状況
 山奥の建物。リベリスタは途中まで車で向かい、その後徒歩で建物まで向かう。一般人を車まで連れていければ救出とみなす。
 突入時、一階部分に7人、2階部分に4人、地下室に1人の一般人が確認されている。各階には広めの部屋がいくつかあるが鍵はかかっていない。
 また入り口に2人、各階に3人ずつのフィクサードが確認されている。彼らは基本的にこちらに危害を加える気は無さそうだが、以下の行動を行った場合、リベリスタに何らかの妨害行動を取る可能性がある。
・こちらから攻撃かそれに類する行動をとった場合
・一度中に入ってから外に出た後にもう一度入ろうとした場合

●フィクサード
各位置でのジョブ構成は次のようになっている。
・入り口:デュランダル、クロスイージス
・一階:ソードミラージュ、ダークナイト、クリミナルスタア
・二階:マグメイガス、スターサジタリー、プロアデプト

また以下のフィクサードが地下にいる。一般人と同じ部屋にいるようだ。
『罪人教師』行徳 幸四郎
 フライエンジェ・プロアデプト


 では、よろしくお願いします。

参加NPC
 


■メイン参加者 7人■
ノワールオルールホーリーメイガス
霧島 俊介(BNE000082)
ハイジーニアスデュランダル
ランディ・益母(BNE001403)
ノワールオルールクロスイージス
ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)
ハイジーニアスダークナイト
熾喜多 葬識(BNE003492)
メタルイヴダークナイト
黄桜 魅零(BNE003845)
ジーニアスプロアデプト
椎名 真昼(BNE004591)
ハーフムーン覇界闘士
翔 小雷(BNE004728)
   


 正直な所。
 怪しい、胡散臭い、信用出来ない。
 『Le Penseur』椎名 真昼(BNE004591)はそう考えていた。
 山奥に孤立した施設。そこはさながら監獄のようにそびえ、恐山のフィクサードに管理された一般人が徘徊している──まるで餌のように。
 本来なら、今後のリスクを考え、ここの監督者たる行徳幸四郎を含めてフィクサードはすべて殺すべきだ。だが、言い渡された最優先事項は一般人の救出。殺すことではなく、助けること。
 難しそうだな、と真昼は思う。
「こちらが手を出さない限り、手を出す気はない、か……」
「何処まで信用できるものでしょうね」
 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は車から降り、服装を整える。木々に隠れ、わずかほどしか見えないその施設を見やり、ポツリ言った。
「他にも同種の施設があるだろうとは思っていましたが……『罪人教師』行徳幸四郎、か」
「『教育』という名のもとに洗脳を行っていた、という話か?」
 『質実傲拳』翔 小雷(BNE004728)が訊くと、ユーディスはええ、と返す。
「引き渡した一般人が洗脳されていて、こちらを攻撃してくることも、十分ありえる、か」
「何とも言えません……しかし、状況は流動的──と、思っておくべきでしょうね」
「交渉してくるなら、それなりに対等にしてほしいもんだがな」
 『真夜中の太陽』霧島 俊介(BNE000082)は乱暴に車のドアを閉める。
「これじゃあ、相手への接待みたいだ」
 恐山のフィクサードの方が人数は多く、人質もいる。地下へ交渉に行くということは、地下に隔離される危険も伴う。
「みんな殺しちゃうのが一番手っ取り早いんだけどねー」
 『殺人鬼』熾喜多 葬識(BNE003492)がひょうひょうと言うのを、『破壊者』ランディ・益母(BNE001403)は諌める。
「気持ちはわかるが、余計な波風は立てたくねえからな……あくまで救出が優先だ」
「ちぇーッ」
「まあ、そう言わずにやりましょうよ。命は、きっと多分大事なものでしょうから」
 真昼が苦笑して言うのを見、葬識はニヤリとする。
「そうだね」
 その顔は蟻の巣を見つけた子供のように、無邪気だった。
「命は限りあるものだから、大事に大事に扱わなきゃね」

 そうしている内に件の施設が近づいてくる。外に見張りはおらず閑静で、重く不気味な雰囲気が感じられる。ランディが先頭に立ち、ゆっくりと進んでいく後ろを、『骸』黄桜 魅零(BNE003845)が少し怯えた様子を見せながらついていく。リベリスタは周囲を警戒しつつ進み、やがて何事も無く目標の建物にたどり着く。
 ランディは仲間が全員揃っていることを何度か確認し、やがて扉に向き直り、やけに丁寧に三回ノックした。


 両開きの扉が、左右同時に引かれた。隅にソファの置かれた少し広めの玄関と、リビングルームに繋がるだろう扉が見える。少し人の話す声がしたが、痛めつけられるとかそういったものではなく、談笑のように聞こえた。少なくとも、奴隷のように扱われているわけではないらしい。
 ランディが一息つくのを横目に、葬識はさっさと部屋の中に入り、実家にでも帰ってきたのかと思うほど軽く振る舞った。
「久しぶり。今日は何人だけなら通してくれる?」
 フィクサードは一瞬面を喰らったようだったが、すぐに立ち直り、平坦に言った。
「お好きな様にしていただいて構いません。手は出さぬようにと、言いつけられております」
「だいじょぶー、そっちがどうにかこうにかしないなら殺す気ないよ」
「……そうですか」
「殺人鬼嘘つかない! 殺しには誠実に!」
 詮索するような目線にも怖気づかず、葬識は胸を張って言う。葬識を押しやりながら、俊介が睨むような目でフィクサードと相対し、確認する。
「じゃあありがたく通らせてもらう。リビング左の廊下の突き当りを右、だったな」
「そうです」
 やがて真昼と魅零を残し、リベリスタは地下に向かった。仲間を見送ってから、真昼はリビングを指差し、フィクサードを見る。
「そこで待っててもいいですか?」
「ええ、構いません」
「それと、この施設内の一般人をここに集めても構いませんね?」
 訊かれて、フィクサードは思わず顔をしかめた。それから小さい声で、
「それは……そうですね」
と口ごもった。
「オレたちは、仲間が交渉を終えれば、彼等を連れて帰ります。だから予め一纏めにしておく必要があります」
「手数でしょうから、私どもがやりますが──」
「それは、ちょっと信用できません」
 動き出そうとしていたフィクサードは、真昼のその言葉で身を留めた。
「フィクサード、特に『謀略の恐山』などと呼ばれてる貴方たちに任せたら、どんな細工をされるかしれないでしょう? 貴方たち相手にそんな隙を見せたくないのは、ご理解いただけますよね。それに貴方の判断で交渉にケチがつくのも、面白くないでしょう?」
「……分かりました」
 いやに素直だな、と真昼は思ったけれども、下っ端なら無難な対応か、とも考えた。
「オレもできれば殺し合いはしたくないんですよ。怖いですから。不利益はないはずです。ただ、一般人を集めるだけですから」
 真昼は一般人のいる部屋に向かいつつ、思い出したように言った。
「まあ、退屈はさせないと思いますよ?」
 フィクサードは首を傾げたが、やがて聞こえた声に、やがてぎょっとして仰け反った。
 フィクサードと交渉している真昼を他所に、魅零はそそくさとリビングに入り、ソファや机の位置を整えて客席のようなレイアウトを成していた。部屋の真ん中には魅零が立っている。その光景だけで、奇異さから気が惹かれるのに、さらに魅零の纏う圧倒的なオーラが、ちょうどリビングルームでくつろいでいた一般人の目を引きつけた。
「みっ、皆さんたっ、退屈でしょうから……」
 怯える姿は小動物のようでありながら、雰囲気は稀代の歌手のようで、やがて彼女の作った『客席』には、一般人のみならずフィクサードもそぞろに集まっていた。
 魅零は集まった『観客』を引きつった顔で見、やがて意を決したように息を大きく吸って。
 叫んだ。
「き、ききっ、きざくらっ、う、歌います!!」


 地下は若干涼しげで、先ほどまで僅かながらも聞こえていた生活音や人の話し声が、全く掻き消えてしんとしていた。ポツポツと配置された、オレンジ色を帯びた蛍光灯のいくつかは切れかかっていて、時折地下の一部は暗闇に支配されていた。その光のある場所を追っていくと、白色の柔らかな光の漏れた部屋が、不自然に一部屋だけ、ポッカリと口を開けていた。
 ああ、そこなんだな、とブリーフィングの記憶を辿るまでもなく誰もが思った。
 ちょうど先頭にいた小雷が、その傍らの壁に背を向けて屈む。躙り寄り、そっと部屋の中をのぞき込んだ。
 彼──行徳幸四郎は、入り口に背を向けて、どこかを見上げていた。微動だにしない姿はマネキンと言われたら信じてしまいそうなほど人間らしくない。警戒心は薄く、部屋の中央にバラバラに置いてあるパイプ椅子以外に、武器になりそうなものも見当たらない。もっとも、隠し持っている線は捨てきれないが。そのパイプ椅子の一つにはぐでんと伸びた男が座っている。あれが地下にいるという一般人だろう。
 粗方確かめ終え、彼らはほとんど一斉に部屋に入った。葬識が最後に入り、注意深く辺りに目を配る。全員が部屋の中央までたどり着くと、幸四郎はゆっくりと振り返り、柔和な笑みをリベリスタに向けた。
「ようこそ。皆さんにこの場に来ていただけたことに、感謝します」
「貴方が『罪人教師』行徳幸四郎ですね、初めまして」
 ユーディスが丁寧に言うと、幸四郎は胸に手を当て、お辞儀する。
「ええ、こちらこそ」
「まともに話ができるんなら、この間、話くらい聞いて欲しかったもんだ」
 俊介が幸四郎を睨みつけながら言う。この間──幸四郎が以前にリベリスタと対峙したとき、彼はほとんど話をしようとせず、リベリスタを追いやってしまった。
「以前とは、状況も違ってきましたからねえ……」
「──恐山も難しい立場ですね。賊軍の件以降、黄泉も不穏な気配を見せているとなれば尚更」
 ユーディスが言うと、幸四郎はふふっと笑った。
「巧遅は拙速に如かず、という言葉があります。我々としても、謀だけでは立ち行かなくなることが目に見えていますからね。千堂さんのやっているように、貴方方と好意的に関わっていくのが、実際的な判断でしょう」
「話し合いで済むなら、此方としても助かります。──あのバランス男なら、何を言い出すか知れない所ですけれど」
「はは、ギブアンドテイクとは言いますが、あそこまで極端だと疲れてしまうでしょうね」
「さてと、くだらない話はその辺にしない?」
 壁を背にした葬識が鋭く言った。幸四郎は呆けて彼を見た。
「端的に言うよ☆ アークに何をして欲しいの? 今回の分、一般人を普通に返しますじゃあ最低限の譲歩ポイントで交渉にならないよ。決定権のない俺様ちゃんたちを通して時村へのパイプを繋ぐのが目的なのかなあ? 詳しくお話きかせてね。俺様ちゃんが我慢できるうちに」
 叩きつけるような言葉にも、幸四郎はあくまで穏やかに返した。
「何をして欲しい、というより、何か起きたときのために、が近いでしょうね。先程も仰られた通り、我々は現勢力図においては若干力の劣る集団です。先日、貴方方リベリスタを撃退した際も、私はこの部屋の構造なしに逃げることはままならなかったでしょう」
「それって天井とか壁に仕込んでるエリューションのこと?」
 葬識は壁をコン、コンと叩く。
「それから壁のように見える出入口がいくつかあるね。行徳ちゃんの立ってるその場所も、エレベーターで上下に行けるんだよね? 聖人みたいな顔して結構セコいね☆」
「否定はしません。謀略と呼べば聞こえはいいですが、裏を返せば、セコいことで最大限の利益を得るようなものですからね」
「一般人12人程度に戦力浪費するよか、まず対話する。そちらの選択は正しく賢いように思うがな」
 ランディが言うと、幸四郎は少し嬉しそうにくつくつと笑った。
「そんなに褒められたことじゃないですがね。千堂さんだけでなく、パイプはいくつもあったほうが好都合だというだけの話です。
 それに貴方方は、それだけでは十分ではないはずです。こちらとしても、譲歩としては『バランス』が悪いように思えますからね」
 そのために、一先ず私とこの施設の話をしましょうと、幸四郎は言った。


 『罪人教師』としての幸四郎の仕事は、恐山に歯向かう革醒者や、身寄りのない一般の人間を『更生』させることにある。すなわち、恐山に都合のいい『手駒』として扱えるようにすることだ。単純な教唆や、アーティファクトでの洗脳により、恐山の一員とさせる、それが『教師』の役割だ。
「他にもこんな施設がたくさんあるのか?」
 小雷が訊くと、幸四郎は頷いて同意を示した。
「私が知っているだけでも十近くありますから、実際はもっとあるでしょうね」
 施設は全国にあり、幸四郎のような教師が、度々『生徒』を『卒業』させ、野に放っている。恐らくは、今までアークに関わる事件を起こした中にも、『卒業生』の一部が紛れ込んでいたかもしれない、と彼は言った。
「卒業した生徒の顔は忘れるようにしているので、本当にそうなったかは定かではありません」
「『卒業生』って……どのくらいいるのでしょうか」
 ユーディスが訊くと、幸四郎は考えるような仕草をして、言う。
「正確な数は忘れましたが、半分は死に、二割は行方不明と、報告されています。アーティファクトの副作用などで死ぬ例が多いそうです」
「それで、なぜそんな話をする?」
 俊介は問う。この施設や、幸四郎のことを知ったところで、彼には何も見いだせなかった。
「ええ。アークとの協力関係を強めるに当たり、こういった施設の一部を、恐山は一旦放棄しようと考えています。アーク側にとっては非常に心象の悪いものでしょうからね。それを確認させるために、施設内部の構造や我々『教師』の仕組み、その目的をお話し、我々の手の内を晒す。これが今回の譲歩です」
「それは──どちらかと言えばそちらの損が大きすぎるような。こちらは問題の十二人を救出できればそれでいいですし」
 ユーディスが口ごもると、幸四郎は満面の笑みで、
「それほど、恐山としてはアークと強い協力関係を結びたい、ということでしょうね」
と付け加えた。
「恐らくですが、施設がなくなったからといって私が教師的な役割を負わなくなるということは、ないでしょう。ですが一般人を洗脳する役割は、もとより他の教師が請け負っていましたし、革醒者の洗脳は存外大規模な施設を必要とするものですので、それほど多く行われることもなくなるでしょう。アークと協力できれば必要のないものですからね」
「つまり、行徳ちゃんたちがアークに都合の悪いものを一つ切り落としたって『体裁』で、アークの協力関係と時村へのパイプを繋ぎたいってことかな?」
 葬識が茶化すように言う。幸四郎は笑みは絶やさなかったが、若干それは、強張ったように見えた。
「──そう取ってもらって構いません」
「……へえ、悪くないんじゃない? ま、俺様ちゃんたちに決定権なんてないんだけどね☆」
「とりあえずこの話はアークに持ち帰らせてもらうよ。他にもこういう交渉事はあっただろうしな。まあ何かあれば俺達の方は、協力できる範囲でさせてもらうさ。
 確認するが、今の内容、ちゃんと守ってくれるんだろうな?」
 ランディは強い口調で、問いただす。
「其方が此方を出し抜くような真似すりゃ此方の印象も悪くなるし、さっきの約定もナシだぜ?」
「まさか。この期に及んで、そんなことすれば今の時間が無駄になります。この部屋に来ていただいた時点で、私と貴方方は対等だと思っていますからね」
「対等、か」
 小雷が呟くように言う。
「この部屋は危機の際に逃げられるよう設計していますが、複数人で来られれば私に逃げ道はないでしょう。といって、貴方方が私を襲えば、ここに私は貴方方をここに閉じ込め、仲間とともに袋叩きにできるし、こちらには人質もいる。私は死にますし、こちらの歩み寄りも水の泡ですがね。そういう意味で、貴方方に穏便でいてもらえたのは、幸運でした」
「戦いはないに越したことはないだろうな」
 小雷の言葉に幸四郎は小さく頷いた。
「今後共、アークとは穏便でいたいものです」
「なあ、お前、六道にも人間を提供してたりもするのか」
 小雷が訊くと、幸四郎はうそぶく様子もなく、
「いえ、私の方から提供したことは、ありませんね」
と答えた。小雷は、そうか、と一言だけ返した。
「気苦労が一つ減ったなら何よりです。それとバランスが悪いようなら、その子をアークの方で保護してあげていただけませんか?」
 そう言って幸四郎は、なおもパイプ椅子にもたれ掛かっている男を指さした。
「なんでも、以前私が彼の祖父を『更生』させたために身寄りがいなくなってしまったみたいです。恐山にいるよりも、アークにいた方がいくらか良いでしょうから」
「最初から一般人は保護するつもりでしたし、そのくらいなら構いませんよ」
 ユーディスはそう言い、リベリスタたちは男の身体を持とうとする。それを、幸四郎は遮った。
「これから上の人間も回収することでしょうから、彼らにつけている逃走防止用のアーティファクトの解除方法を教えておきましょう。何、簡単です。これをこうして──」


 もう何曲目になるだろう。何百曲と歌っている気分だった。アイドルだって疲れるのだ。歌うのだって、人の心を惹きつけるのだって。
 そのとき、魅零の目が真昼に吸い寄せられた。何か合図を送っている。交渉が決裂した様子はないし、あれは『終わり』の合図だろう。
 無理やり曲を終わらせると、魅零は元気な声で叫んだ。
「皆で此処から出よう! この世界は悪いものだけじゃないよ!」
 魅零は出口の方を指さした。それと共に、地下から戻ってきたリベリスタが現れて、玄関に待機した。フィクサード側も物分りの良いもので、幸四郎との交渉が平和に終わったと見て、一般人を外へと促した。流れ作業のように、リベリスタはアーティファクトを外し、他にも危険物を所持していないのを確認すると、やがて皆で外に出た。
 最後の一般人が出たのを確認して、ユーディスは施設を抜けだした。振り返ってフィクサードらを一瞥する。やがて低い音を立てて閉まる扉が、彼らとユーディスとを隔てた。関係はそれほど悪くなっていないのに、まるで拒絶されるような感じがした。
 リベリスタと一般人は施設の近くに止めてあった車に、若干ギュウギュウ詰めながら乗り込んだ。施設内での交渉よりも帰り道の方がよっぽど危険そうだ。
 魅零がぼんやりとしていると、遠く、施設の建物の屋上に、幸四郎が立っているのが見えた。
 遠くてはっきりと様子は分からないが、なぜだが魅零は、彼が悲痛な表情をしているのが、分かった。
 やがて彼は見えなくなり、それを見越したかのように、車が発進した。

■シナリオ結果■
成功
■あとがき■
 お疲れ様です。結果は以上の通りです。
 交渉内容は大体皆さん想像できたようで、話がスムーズに進みました。
 今後恐山関係で何かあれば行徳も手を出すんでしょうかね。分かりません。
 一先ず彼はアークに協力的になるでしょう。彼の望む範囲では。
 ではまたどこかで。