● 目の端に映り込んだものを脳が認識する前に体が反応した。息が詰まった。過去の記憶に熱を奪い取られて体が冷たくなった。 (あいつ……なんでここにいるの?) 影に引きずり込まれるようにして角を曲がり、ざらつくコンクリートの壁に額を寄せた。喉につまっていた息を長く細く吐き出す。 考えてみれば不思議でもなんでもなかった。ここにはまだあいつの親戚がいる。先祖の墓もある。 (大丈夫。見られてない、あいつには見られてない……) ゆっくりと体を返して壁に背を預け、ものすごいスピードで明るさを失っていく空を仰いだ。あいつらがどこか去ってしまうまで、このまましばらくじっとしていよう。 そういえば、今日は江戸の時代から続いたあいつの家が焼け落ちてからちょうど12年目になる。白壁が美しかったお屋敷は事件の後わりとすぐに取り壊され、殺風景な月極め駐車場に変わってしまった。数か月前からはその駐車場も取り壊され、新たに温泉宿が建てられている。偶然にも今日が宿のオープン日だったはずだ。 (もしかして、あいつ、墓参りにきた? まさか!) 笑い声が漏れそうになり、慌てて手で口を塞ぐ。 限りなく黒に近いと目されながら証拠不十分で無罪放免となったが、わたしはいまでもあいつが親や兄弟を殺して屋敷に火を放ったと確信している。そんなあいつがどんな顔をして墓参りに行くというのか? 後悔も反省もしていないはずだ。不良仲間とともに裸に剥いたわたしをバイクで追いまわし、長雨で増水した茶色い川へ突き落したこと同じように。 命からがら川から上がってみれば、醜いアヒルの子は更に醜くなっていた。腕や足や腹にびっしりと浮いた鱗を見て、まるで老婆のようにカサカサに枯れた悲鳴をあげたことを覚えている。夜の闇に守られるようにして家に逃げ帰ったあの日から、わたしはそれまでよりもいっそう自分の存在を消して生きてきた。誰にも見られないように。誰にも気づかれないように。ひっそりと。小さくなったわたしの世界に侵入するものは不思議な力で注意深く、けれど素早く排除してきた。人殺しは慣れないし好きじゃない。だけど―― 「よう! 美子じゃねーか?」 ふいに手首を掴まれた。心臓が跳ね上がる。横むくと、見たくもない顔がすぐ目の前にあった。 「12年ぶりか? しかし、相変わらずぶさキモイ顔してんな、お前。整形しようって一度も思わなかったのかよ」 「は、離して」 ようやく出せた声は小さくて、自分でも情けないぐらい震えていた。 「おぇ! ブスが可愛い子ぶんなよ、気持ち悪い。……て、お前……こりゃ驚いた。お前も覚醒してたのか?」 「見ないで!!」 腕を高く持ち上げられた拍子に長袖が滑り落ち、鱗に覆われた肌がむき出しになった。下品な笑い声に周りを見渡すと、いつの間にか粗野な顔の男たちに囲まれていた。 「前よりも楽しめそうだな。風呂の前にこいつで遊んでいくか。なあ、みんな?」 ● アーク本部、ブリーフィングルームの一室。巨大モニターに凄惨な集団暴行の様子が映しだされていた。映像はフォーチュナが万華鏡の力を借りて見つけ出した未来。真白博士が生み出した特殊な技術で映像化されたものだ。少々鮮明さを欠いてはいるか、見る者の胸を悪くする内容は十分すぎるほど伝わっている。 『まだまだ修行中』佐田 健一(nBNE000270)がリベリスタたちの後ろを回って資料を配る最中に、画像の中ではとうとう女がフェイトを使い果たし、泥まみれの裸体をぐったりと地面に横たえた。 小さく上下する鱗に覆われた胸に、ずたずたに切り裂かれ汚れたブラウスが落とされる。男たちが高笑いを響かせて去っていくところで画像が途絶えた。 ● 「……15年にわたってこの町で不定期に発生していた失踪事件は終わりました。かわりにノーフェイスによる無差別殺人テロが起こるのですが、それはみなさんによって未然に阻止されるでしょう。ちなみに、美子は助けられません。仮に助けられたとしても、アークが彼女を保護することはありません。あしからず」 まだ誰も口を利かないうちから、健一は集った面々にピシャリと言葉を打ちつけた。むっつり顔で席に腰を降ろすと銀の匙を手にとり、ざく、さくっと鶯色の山を崩していく。匙にのせた一塊を口に入れて、和菓子屋はぎゅっと目を閉じた。 6月に入ってすぐ、大陸から南下してきた偏西風の影響で暑い日が続いていた。だからというわけではなかろうが、本日ブリーフィングルームに用意されたのは、白玉がそえられた抹茶かき氷だ。この日は珍しく、健一はみんなにかき氷を勧めなかった。黙々と匙を口に運んで山を小さくしている。 しばらくすると、リベリスタたちも銀の匙を手にしてかき氷を食べ出した。 「……ノーフェイス化して力を暴走させているとはいえ、ここに集まったメンバーなら難なく美子を倒せるでしょう。さっさと終わらせてたまにはノンビリしてきたらどうです?」 健一は相変わらず目をかき氷に据えたまま、固く強張った声で、「ちようど、近くに天然温泉の宿もありますし」と続けた。 何に腹を立てているのか、とリベリスタの1人に問われたところでようやく顔を上げる。 「別に。怒っちゃいませんよ。あ、そうそう。その温泉宿ですが、先日オープンしたばかりです。なんでも12年前の火災現場に、その火事でたった1人生き残った青年が建てたとか。もしかしたらオープン当日に丸焼け、ってことになるかもしれませんね……いえ、これは予知ではなく、オレの願望です。いまのは聞かなかったことにしてください」 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:そうすけ | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 6人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月28日(土)22:46 |
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■メイン参加者 6人■ | |||||
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● 雲が月を隠した。美子の影が闇に飲み込まれて溶ける。 『普通の少女』ユーヌ・プロメース(BNE001086)は美子の気配が消えたとたん、空地の中央へ小さな太陽を撃ち込んだ。とたん、辺り一面が白く塗りつぶされる。 「ち、ちくしょう」 美子は空地の真ん中にいた。気配を消してから移動していなかったようだ。急速に勢いを失いつつある光の中でヘビの鱗が艶を放っている。鱗はほぼ美子の全身を覆いつつあった。 「こうなったら1人でも道連れに――」 怒りで体を震わせながら、美子は黄色い目を光らせた。 『きゅうけつおやさい』チコーリア・プンタレッラ(BNE004832)が輪から一歩、前へ進み出た。風が再び雲を押し流し、月明かりが空地を照らし出す。 「ちょっとだけチコの話を聞いて欲しいのだ!」 美子はすばやく辺りを見回した。逃げ出す隙を探していたようだが無駄だと分かったのだろう。唇を噛むと両腕を体に回して抱きしめ、声を殺して泣き始めた。 「そこからチコの牙が見えますか?」 チコーリアは口に指を入れて持ち上げた。美子が反応しないとみると、今度は腕を上げて『疾風怒濤フルメタルセイヴァー』鋼・剛毅(BNE003594)と月杜・とら(BNE002285)の両人を示した。 「みんな美子おねえさんと同じ覚醒者なのだ。世界には運命を得て姿が変わってしまった人がいっぱいいるのだ」 「だから何よ! 仲間にしてくれるっていうの?」 まさか、でも……。美子の顔が揺れる心を映して歪む。 チコーリアはぺこりと頭を下げた。ごめんなさい、と声を震わせて謝る。 「できればノーフェイスになる前に会いたかったのだ」 末路を悟った美子は、喉をのけぞらせて吼えた。泥のついた髪を振り乱し、爪を立てるように指を曲げてチコーリアへ襲い掛かる。 柚木 キリエ(BNE002649)が素早くチコーリアの前に立った。 キリエは振り回された爪をかわすと、大きく広げた両の腕で美子の体を抱き留めた。 「美子おねえさん! 聞いてください。もう助けられない、けど、おねえさんの悔しくて辛い気持ち、よく分かりますのだ。だから最後にチコたちと白木をぶっとばしに行きませんか?」 「どっちみち殺すんでしょ!」 美子は無抵抗なキリエの背中を叩き続けた。 見かねた奥州 一悟(BNE004854)が美子の右腕を取った。 「でもよ、美子さんだってこのままやられっぱなしで死にたくないだろ?」 なおもキリエを打ち続ける左腕をユーヌが取る。 「私たちはどっちでも構わない……あなた次第よ。どうする?」 キリエは抱きしめた体に固さを感じなくなると同時に腕を解いた。落ちた帽子を拾い上げながら、一切の感情を排して淡々と美子に語りかける。 「手助けさせて頂けませんか? 不幸な人間を増やすのは私達も本意ではないから」 白木を捨て置けば、第二第三の美子が現れるだろう。白木の凶行を止めたからといって、美子がいままで犯してきた悪事が打ち消されるわけではない。ただ、このまま無駄死にするよりも、最後に正義を成して死ぬほうがいいのではないか? 美子は俯いたまま一切反応しなかった。 とらは返事がないことを肯定の印と前向きに受け止めた。美子の肩を親しげに、ぽんっと叩く。 「チャオ☆とらだよ、よろしくね~」 美子はとらの笑顔からついと目をそらせた。 あの憎い男を手にかけることができるのなら、ここで殺されるよりもずっとマシな終わり方ができるのかもしれない。 「そうと決まればゴミ掃除に急ぐぞ。ぐずぐずしているとオレの正義回路が焼き切れてしまう」 本音を言えば死にたくない。もっと早く会いに来てほしかった。見つけ出してほしかった。できればわたしが人を殺す前に。そうしたら、わたし、幸せになれたかな? 「おねえさんのかわりにみんなをお家に帰してあげたいのだ。どこですか?」 「みんな?」 美子はぼんやりとした声でチコーリアに問い返した。 ややあって、自分が殺した人たちのことを言っていると気づくとまた涙を目から溢れ出させた。 「わ、わたしが死んだら……かわりに……池に沈めた人たちに謝ってくれる?」 いいよ。 なんの躊躇いもなくそう言い切って、とらは美子の肩に腕を回した。 ● 「知らない事にして回れ右してください、来たら命の保証はしません」 ≪なんだと、ゴラァ。誰にむ――≫ キリエは携帯を切った。警告はした。いまは他にもやることがたくさんある。これ以上、ヤのつく職業の一般人に構っていられない。 温泉宿の提灯を遠目にしながら、キリエたちは木立の中で襲撃の準備を行っていた。 「説得は失敗?」 ユーヌは7体目の影人を作り出した。出来上がった分身を周りに待機させている。光の届かない場所では、どれが影でどれが本物か見分けにくい。 キリエはてきとうな方向へ顔を向けた。 「いや。たぶん大丈夫」 あの手の連中は感がいい。キリエの声に本物の殺気を感じ取っているはずだ。回れ右、はしなくてもなんだかんだと言い訳を作ってここへの到着を遅らせるに違いない。 「着く頃にはサイレンを鳴らしたパトカーや消防車でいっぱいになるよ」 ≪ま、そうなったらその時こそ連中、スタコラサッサと逃げ出すね、きっと☆≫ キリエの幻想纏いからとらの声が発せられた。 「そうであってほしいな」 とらは、美子とチコーリア、一悟とともに温泉宿の裏手で待機していた。彼らは宿の裏手に火をつけて、別の騒ぎを起こすことになっている。そちらの様子はどうか、とユーヌが聞くと、とらは出番に備えて丹念に膝の裏を伸ばしていると返してきた。やる気まんまんだ。 「そろそろいいか?」 剛毅は小型トラックのドアをあけて運転席に座った。 「まだ8体しかできていないが……いいのか?」 「十分だ。影たちにトラックに乗るよう指示してくれ。で、キリエ?」 「オッケーだよ。監視カメラの映像撮影を切って、かわりに録画した風景をモニターでループ再生させた」 ≪作戦開始なのだ! いま、火をつけましたのだ♪≫ 幻想纏いからチコーリアたちの楽しげな声が聞こえてくる。とらが翼を動かして風をつくり、火を大きくしているようだ。ついでに煙を宿の中へ流し込んでいるらしい。 キリエは頃合いを見て火災報知機を作動させた。ぴりぴりと甲高い電子音が宿の方角から聞こえてくる。 ユーヌは作り終えた影人たちに簡単な指示を与えてトラックへ乗り込ませると、また影人を作り始めた。 剛毅はトラックのエンジンをかけた。ヘッドライトが闇を裂くようにして伸びる。 「行くぜ! 俺のマスタードライヴ級テクを見せてやる!」 砂利を飛ばして荷台に影人を満載したトラックが発進した。 テールライトを見送った後、キリエが影人増産で消耗したユーヌを回復してやっていると、遠くからチコーリアと一悟の「火事だー! 逃げろー!」と叫ぶ声が聞こえてきた。 「私たちも行こう」 キリエとユーヌ、それに影人たちも宿へ向かって駆けだした。 ● 玄関に飛び込む寸前、剛毅はハンドルを大きく切った。玄関に対して斜めにトラックを衝突させる。衝撃で玄関の軒を支えていた柱がへし折れた。開店を祝う花輪が倒れ、自動ドアの枠が歪んでガラスにヒビか入った。粉々に砕けないところをみると、どうやら防弾ガラスらしい。やはりまともな宿ではない。 「ま、細かい事はいいんだよ」 火災警報に驚いて逃げ出そうとしていた宿泊客が、ヒビの向こうであんぐりと口を開けていた。浴衣の裾の下で灰色の煙が渦巻いている。 剛毅はトラックをバックさせた。空回りするタイヤの下で、割れた敷石がカタカタと音を立てる。ようやく後ろへ下がると、ドアを半開きにして叫んだ。 「カチコミだぁぁぁぁ!!!」 助手席と荷台にいた影人たちが一斉にトラックから降りた。ここに至ってようやく宿泊客――黄泉ヶ辻のフィクサードたちも動き出す。「どこの“組”のもんだァ!」と、叫び返してくれたものだからたまらない。なんだ、黄泉ヶ辻にも洒落のわかるやつがいるじゃねぇか。 「駿河の箱舟よ!」 怒鳴りながらアクセルを踏む。今度は走り出てくる男たち目がけてまっすぐ玄関へ突っ込んだ。派手な音をたてて、ガラス戸が歪んだ枠ごと吹っ飛ぶ。 名乗りを上げたのはちとまずかったかな、と思いつつ剛毅は黒い瘴気を溢れ出させた。まあ、黄泉ヶ辻のことだ。心当たりがありすぎて素直にアークの襲撃とは受け取るまい。 再びトラックをバックさせて車体を回す。ちらりとサイドミラーに目を向けると、混乱の中にユーヌとキリエの姿があった。影人たちを盾にして黄泉ヶ辻たちをかわし、宿の中へ消えていった。ここで大立ち回り、も面白いが……。 ガラスを降ろし、黄泉ヶ辻たちに見えるように窓から腕を出して中指を立てる。 「仕返ししたくば追ってこい!」 火が大きくなってきた。ちょっとした遊び気分だったがもはやシャレにならない状況になってきている。壁を舐めるようにして屋根へ這い上がっていく炎を見ながら、チコーリアはちょっとやりすぎたかな、と思った。 「いいんじゃない☆」 もっとやっちゃえと煽るのはとらだ。 「ここを残しておいても黄泉ヶ辻の資金の稼ぎの場になるだけだしね」 「そ、それより……ま、ままま、まだなの?」 美子はさっきから宿に飛び込んでいきたくてうずうずしている様子だった。感情の抑えが利かなくなってきているようだ。フェーズが次の段階に移りかかっているのかもしれない。 そのとき、フィクサードたちの誘導を頼んでいたネズミがチコーリアのもとに戻ってきた。ネズミの見た範囲ではあるが、風呂場をのぞいて宿内に人影はなかった。二階の宿泊客は一悟がうまく連れ出したようだ。 「白木をぶちのめしに行くのだ!」 「おー♪」 とらが裏戸を蹴破った。チコーリアを先頭に美子、とらの順で宿へ突入する。目指すは白木たちがいる露天風呂だ。煙で視界の悪くなった廊下を、手やハンカチで口と鼻を覆いつつ進む。 脱衣場と思しきところから半裸の男たちが2人出てきた。男たちの向こう側にもぼんやりと煙に人の影が2つ映っていた。 先制したのはユーヌだった。閃光一閃、まずはフラッシュバンでフィクサードたちの自由を奪う。狭い通路ではさみうち、うかつに攻撃すれば味方を傷つけてしまうととっさに判断してのことだ。 間髪入れずにキリエが気糸を飛ばして男ふたりを縛り上げる。 「お前ら、なに――」 「ハーイ☆とらだよ、今日は個人的な活動中なの♪ よろしくね」 男が何かを言い終える前に、とらが気糸を頭の上まできっちりと重ね巻いた。まるでミイラのようになった男は床に倒れると、苦しげに身をよじらせた。美子が襲い掛かってトドメを刺す。残り1人をチコーリアのマジックミサイルが撃ちぬいた。 「あとは白木を含めて5人、か」 ユーヌは背後にどたどたと床を踏む重い音を聞きつけて振り返った。表に出たフィクサードたちが戻ってきたなら、と拳を固めたが、煙の中から現れたのは剛毅だった。 「間に合ったか。もうすぐ消防車とパトカーが来るぞ。さっさと片づけよう」 「一悟がまだなのだ」 「フィクサードをまくのに手間取っているのだろう。仕方がない、私たちだけで」 6人は脱衣所をぬけて、露天風呂へなだれ込んだ。 ● 「楽しそうだな、愉快な様で。何、オープン記念の余興で焼き討ちだ。黄泉ヶ辻好みだろう?」 「おう。随分と派手なご祝儀じゃねえか。おまけにカワイコちゃんばかり、気が利くね。みんなまとめて可愛がってやるぜ。あ、そこの鎧のおっさんと美子はとっとと死ね」 湯気の上に身を浮かせたユーヌに対し、白木は下半身を白く濁る湯につけたまま不敵に笑って見せた。白木を守るように左右に二人ずつ、全裸の男が獲物を片手に展開している。 美子と影人を含めると数の上ではリベリスタ側がまさっていた。神秘秘匿の観点からいってもこのまま数で押し切って速攻でケリをつけるのが一番だ。 「ぶっちゃけ、あんたらの命どーでもいいし。やんなら手加減しないんで、そのつもりでよろ☆」 それにしてもちんまい。とくに―― とらは左端の男を指さして笑った。 「な、なんだと!」 血色ばんだ男が日本刀を塗り上げてとらに襲い掛かった。場が一斉に動きだす。白木も立ち上がった。 「野郎の裸など見たくもない」 心底嫌そうに吐き捨てると、剛毅は全身から溢れ出させた絶望の闇を敵に叩きつけた。 派手にしぶきをあげて男たちが湯に沈む。もうもうと立ち昇る湯気と宿から流れてくる煙に全員の視界が奪われた。 「白木っ!!」 美子が湯気の向こうにいる白木へ飛びかかった。 「ぐぎゃ!?」 あ、っと思ったときには美子の背中が目の前迫っていた。キリエはかわす間もなく、美子とともに脱衣所まで飛ばされた。床に倒れ込んだ時、割れたガラスの破片で腕や背中を切ってしまったようだ。顔をしかめつつ半身を起こす。 キリエのバリアシステムに弾かれた美子は、脱衣棚の角で頭を打ってしまったらしい。ぐったりと床に延びている。 煙幕が晴れたあとに、白木が両刃の剣を握って立っていた。 「さっき相手してやっただろ、ブス。死んでろよ。と、美子と一緒に転がってるのは……なんだ男かよ?」 じゃあ、死ね。ああ、男とブスに用はない。とっとと死にやがれ。 顔にイヤらしい笑みを張りつかせた白木が、キリエたちに近づいていく。 キリエたちを守ろうと間に割り込こんだ剛毅の足を、フィクサードが湯の中から腕を出して掴んだ。そのまま強引に湯の中へ引きずり込まれていく。 「ま、まて! 湯はいかん、錆びてしまう、錆び……あーーっ!!」 チコーリアとユーヌが身構えたところへ、別方向から飛び出したフィクサードが焔腕を振るった。黄金色の炎がふたりを包み焼く。 「うぎゃー。あちいのだ!」 ユーヌは炎に焼かれながらも歯を食いしばり、癒しの力を持つ小さな式を美子へ向かって飛ばした。続けて湯の中でフィクサードと組み合っている剛毅にも式を飛ばす。 「影人たちは?!」 目線の先に裸の男を囲む影人たちの姿があった。苦戦しているようだ。 ざりり、と音をたててユーヌの耳のすぐ横を黒い鎖が伸びていった。チコーリアがみずからの血を持って作り上げた死の濁流だ。黒鎖がフィクサードたちをまとめて呑み込む。が、僅差で白木は飲み込まれず―― 美子の頭めがけて白木が剣を振り下ろした。刃が脳天に食い込もうかというとき、白木の腕に気糸がからみついた。とらだ。 「ちぃぃ! 邪魔をするな。おまえは後でやってやるよ!」 白木は腕を力任せに振り、とらを内側から炎にあぶられて熱くなった壁に叩きつけた。衝撃でボロボロと壁の一部はがれおちる。 「建てたばっかなんだがな。どう落とし前つけてくれる気だ、ああ――?」 白木の意識がとらに向けられた隙を逃さず、美子がとびかかった。両腕をまわして白木の片腕をがっちり封じる。そのまま骨よ折れよとばかりにぎりぎりと締めつけ始めた。もちろん、白木も大人しくしていない。美子の背中に何度も剣をつきたてる。鱗がはがれ、肉が削れ、白い背骨がむき出しになっても美子は白木から離れない。 「あっ! このアマ、オレに噛みつきやがった。萎えるんだよ、キモブス! 離れろ」 ぱんぱん、と2発続けて乾いた銃声が響いた。白木の腕が止まる。 ユーヌの発した弾は美子の腕を貫いて白木の脇腹に穴をあけていた。 「あ?」 「満足か不満足か知らないが……さようならだ」 美子の横顔に最後を告げると、ユーヌは立ち上がったキリエに顔を向けた。 もう時間がない。口の形だけでキリエに伝える。トドメを、と。 「……そう遠くない未来に貴女は無差別殺人犯になります。不幸な人間を増やすのは本意ではありません。残念ですがここでお別れです」 「おい、オレを無視しては――」 静かな怒りとともにキリエが放った気糸の束が、美子ごと白木を貫いた。 ● 煤で頬を汚したチコーリアが、やっとついたと声を上げた。ふう、と息をついた途端、視界の隅に見覚えのある頭を見つけて怒り出した。 「一悟! 何してたのだ!」 「いや、それより隣にいるのは……」 剛毅がチコーリアの前に出てた。あとからやってきたキリエとユーヌ、とらの3人も一悟の横にE・フォースを見つけて臨戦態勢をとる。 「あ、この幽霊は大丈夫」 二階の宿泊客を挑発でみごと釣り上げたはいいが、思ったより相手はしつこかった。結局ここまで追いかけられて2人を相手にすることになった、と一悟は言った。 「で、倒したあと木の影からすーっと出て来たのがこの幽霊さん。15年前に白木に殺された人の残留思念だ。それに――」 一悟の言葉を合図に、池のほとりから一斉に小さな光が飛び立った。蛍のように見えるものが大半だが、中にはうっすらと人の姿をとっているものもいる。ほとんどが美子に殺されて池に沈めた人たちの魂だった。池で目撃されるという怪奇現象の正体は本当に“幽霊”だったのだ。 「白木は倒したよ。美子さんも……。もう、この街に怪物はいないから安心してね」 「チコたちがみなさんをお家に帰してあげますのだ」 遺品や遺骨を池から救い上げるたびにひとつずつ、ゆらりと光が天に向かって上って行った。最後にため息のような瞬きを残して消えていく様は、まるで魂が月に溶けたようだった。 「さ、帰ろうか。湿気が高い所にいたからな、鎧の手入れをしなければならん」 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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