●差し出し捧げる彼女の独白 だって、仕方がない。 私が愛してしまったのはあの人だったから。 止めても、お願いしてもあの人は危ない場所に飛び込んでいくから。 あの人が誰かの命を奪う事になったとしても、私はあの人を奪われるのが怖かったから。 だから私は──あの人を守る為に、奪う側の人間になった。 ●貪り喰らう彼の独白 ああそうだ、俺は彼女を愛している。 それがどんなにか不遇な形だとしても。 だが、俺は彼女の為に全てを捨てることはない。彼女もまた、そんな俺ならきっと愛したりはしなかっただろう。 だから俺は、与えられた仕事を全て全うするだけだ。 例えその為に、いつか彼女を踏み躙ることになったとしても。 ●狂宴への誘い 昼に近い刻限だ。 祭の最中ということもあって、街は実に賑わっていた。屋台が立ち並ぶ中に大道芸人や祭の為のオブジェが入り混じっている光景は、何処か異国のような、けれどそれとも異なるような独特の様相を呈している。 一つの街が活気に溢れて賑わう中で、自分達がどんな風に映るのかを考えて花楓はそっと首を傾げた。 ――恋人に見えていたら良いな、と小さくはにかむ。夢を見過ぎているかもしれないが、自分は彼を愛していて、彼もまた自分を愛してくれている。それを理解しているからこそ、道行く人々の目に同じように……そう、自分の周りを仲睦まじく通り過ぎていく恋人達のように見えていたら良いのにと、花楓は密やかに胸を焦がせる。 「時間だな」 しかしすぐ隣から聞こえた声に、彼女ははっとして顔を上げた。 同じベンチに腰掛ける恋人は、周囲を行き交う人々に比べて決して奇妙な格好をしている訳ではない。 このまま腕を組んで歩き出してしまえば、恐らく誰も気には留めない……不意に浮かんだそんな願望を、花楓は首を振って打ち消した。 そんなありきたりで平凡な――そう、ありきたりで平凡で、だからこそ幸せな日を過ごす為に、此処にいるのではない。 「やれるか?」 「え……?」 思わず聞き返した花楓の前で、享利は普段と大差ない無表情の中、僅かに目を細める。 「この“実験”……気が咎めるなら、強制はしない」 「……平気よ。貴方と一緒だもの」 恋人からの労わるような静かな言葉に、微笑んで小さく頷いた。 彼の果たす仕事が、目的が、数多くの一般人を死に至らしめることは疑うべくもない。それでも花楓の唇に浮かぶのは微笑みだけだ。 だがそれでも、大切な人に、愛おしい人に求められる幸福感。 その優しさの遠く、深くへと本当の感情を沈め込んで、花楓は笑う。 かつてはその手に有り余るほどの人々を、一人でも多く救おうと信念の道をひた走っていた。 しかし今、彼女は恋におち……そしてまた、遠い過去には手を差し伸べようとした筈の人々を、その手にかけるまでに堕ちた。 そんな彼女を罵倒する者は多いだろう。そして、信じない者も多いだろう。 彼女に分かるのはただ一つ、目の前の男だけは、自分を信じ、受け入れ、命さえも預けてくれるということ。 そんな彼を守る為に、支える為に、淀む闇へと続くこの道を選んだのだ。 甘く優しい恋心の柔らかさに身を委ね、リベリスタからフィクサードへとその身を貶めた興国花楓という娘は――僅かな躊躇いも、罪悪感さえもその全てを封じ込めて――死神たらんとする愛しい男の手を取ったのだった。 ●歪む想いの届かぬ場所で 少し時は遡る。 休日の朝、世間が日々の疲れを癒す穏やかであるべきその日に集ったリベリスタ達へと、『直情型好奇心』伊柄木・リオ・五月女(nBNE000273)は資料を差し出した。 「興国花楓という。元々は優秀なホーリーメイガス……リベリスタだった」 手慰みにペンを指先で回しながら過去を語るフォーチュナは、椅子ではなく机の端へと浅く腰掛けた。 手元に残した資料の内、一番上にクリップで留められたフィクサードの写真を一瞥して紙片を捲る。 「愛だの恋だのは私に知れたものじゃあないが、どうやら彼女は違ったようだよ。果たしてこれも運命かな……フィクサードを心から愛した娘はアークを離れ、その身を同じフィクサードへと堕して男と共に生きる術を選んだ。そう――それだけで済むなら、アタシでさえきっと応援したろうね」 ぼそりと不明瞭な声で付け足した五月女が、資料を捲ってくれとリベリスタ達を促した。 同様に自分も資料を捲ってから、先程のようにクリップで挟まれた、ただし今度は男の写真を、弄んでいたペンの頭で叩く。 「須東享利。興国花楓の愛し人であり……もうすぐ大惨事を起こす張本人でもある。場所が祭会場だ、休日の昼間ともなれば犠牲者は数えるのもおぞましい結果になるだろうな」 少しだけ目を細めた五月女は、変わらぬ口調で「チョコレートだ」と告げた。 「奴さん方が試供品として配るチョコレートが、食べた者を強制的にエリューション――獣ならエリューション・ビーストに。そして人なら、ノーフェイスへと覚醒させる」 そして、事件は起ころうとしているのだ。 紛れもなく、今この瞬間にも。 「昼日中に事件を起こす。神秘秘匿を無視する……というよりも、情報の伝播を考えていないのは恐らく……」 最初から、その場にいる全ての者の口を封じる計画だからだろう。 淡々とした口調にほんの僅かな苛立ちと焦燥を滲ませたフォーチュナが、飽くまで推測に過ぎないことをすまないと詫びて、捲っていた資料を膝に置いた。 「被害がどの程度まで拡散するか。……時間との勝負になる」 現場へと急行して欲しいと言い添えながら、五月女はいつもより僅かに硬い口調で、よろしく頼むとリベリスタ達に頭を下げた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:猫弥七 | ||||
■難易度:HARD | ■ リクエストシナリオ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月27日(金)22:13 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 足を止める親子連れに肩を寄せて笑い合う恋人達。平穏な日常の中、一人の子供が雫型のチョコレートから包装を剥ぎ取った。小さな口が頬張ろうとした時、差し込まれた手がそれを防ぐ。 ぽかんと見上げる幼い顔に、警備員の制服に身を包んだ『蒼き炎』葛木 猛(BNE002455)は苦笑した。 「すいません、そちらのチョコに危険物が混入されている疑いがありまして」 周囲の客に声をかけて配布されたチョコレートを回収しながら、『ディフェンシブハーフ』エルヴィン・ガーネット(BNE002792) が、何事かと詰め寄ってくる客へと詫びる。 「直に放送も入りますので。他に口にされていないなら、会場から退出して下さい」 保護者に告げながら、猛は菓子を取り上げられて愚図り始めた子供へと飴玉を差し出した。すみませんと恐縮する母親に被りを振って、青い双眸が賑わう会場を一瞥する。 襲いかかる気配のない敵の存在を間近に感じながら、飽くまでも警備員の身形で手近な客らを誘導していく。 時間は、幾らあっても足りなかった。 同じようなやり取りは反対側、西側の出入口でも行われていた。 「現在立ち入り制限中です」 会場に足を踏み入れようとした客を遮って、『不滅の剣』楠神 風斗(BNE001434)がそう口にする。 何かあったんですかと怪訝な顔をする客への不満を『レーテイア』彩歌・D・ヴェイル(BNE000877)に預け、会場から立ち去ろうとした家族連れに声をかける。 「ここで提供されている食べ物に、異物混入の疑いがあります。こんな感じのチョコレートを食べましたか?」 雫型のチョコレートを見せながら説明したものの、家族連れは顔を見合せて覚えがないと口にした。 安堵を呑んで彼らを会場から出し、次に通り過ぎんとする客へと同じように声をかける。 「“そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える”――ね」 客の文句を一頻りいなしてから、ふと彩歌はそんな言葉を口にした。無条件の全てを愛と呼ぶ。しかしてそれを止める為に、彼女は今、此処に立つ。 動機は同じかも知れない、そんな言葉を胸に抱きながらも表情だけは変えないままで、彩歌は広場を後にしようとする恋人連れに確認を兼ねて話しかける。 曰く、配布されたチョコレートに毒物が含まれている危険があり、それを回収していること。また、口にした者を救護テントへと案内していること。 口にしてしまったのだろう、焦る恋人達に会場の中央にある救護室への場所を教えながら、彩歌は眉を寄せてしまわぬように眉間へと力を込めた。 ● 西側の出入り口から侵入を果たした『Matka Boska』リリ・シュヴァイヤー(BNE000742)と『異に準う者』御厨・夏栖斗(BNE000004)は、賑わいの中へと足を踏み入れた。 襲撃の覚悟はしていたが、予想に反し侵入を果たして尚、会場は変わらずに賑やかなままだ。今や仲間達が客らを押し留め、或いはテントへと導こうとしている筈だが、それを止める気配もない。人混みが波を形成して望む方向へと歩き難いことこの上ないが、目立つのはただその程度だ。 「不気味だな……」 周囲の賑わいとは裏腹に低く囁いた夏栖斗の言葉も已む無しだろう。凛とした風情を揺らがせず共に急ぐリリでさえも、僅かな緊張を隠してその表情は硬い。 「何か考えがあるのかもしれません。急ぎましょう」 リリの言葉に頷く夏栖斗の脳内には、道中で叩き込んだ会場の地図が、既に遺漏なく収められていた。 「不審物を発見しました。指示に従って下さい」 本部テント内に足を踏み入れたリリは、開口一番にそう宣言した。 警備員の制服に身を包んだリリの言葉に職員達が顔を見合わせたものの、急な事態への疑問は彼女の纏う魅力的な気配と、神秘を解す眼差しの魔力が全て吸い取ってしまう。 どうぞ、と慌てた様子で職員の一人がアナウンス用の簡易マイクへとリリを案内した。呼吸を整えてスイッチを押し込む。 「配布物のチョコレートに毒物混入の疑いがあります。お近くの警備員にお渡しの上、指示に従って西出口より速やかにご退出下さい」 ご来場の皆様にお知らせ致します。その一言から始まった艶やかな声が、緊張を張り巡らせて会場内にその声を響かせた。 テントのすぐ外で、夏栖斗はそっと息を吐き出す。 「――万一口にしてしまった方は、会場中央の救護室までお越し下さい。繰り返します、配布物のチョコレートに――……」 繰り返しの放送を終え、彼女は嘆息と共にそっとマイクのスイッチから手を離した。 興国花楓の選択は、リリには選べなかった道だ。 揺れる心情を平静の態度で押し隠し、リリは職員達にも退避を促してからテントを出る。素直に会場を後にする者――或いはテントへと向かう者達から、リリはそっと視線を外した。 テントから姿を現したリリに、幻想纏いでの情報の交換を終えた夏栖斗が顔を上げる。これから皆で合流を、と、その言葉を言い終える前に。 『見付けたよ――!』 二人の持つ幻想纏いから、少女の声が届けられた。 ● 正確には二人ではなく、この会場にいる仲間達全てに対してだ。 千里先まで見通せるという眼差しは、しかし祭の最中において、多くの客、多くの“生き物”に囲まれた中では思うようにその力を発揮しない。 そんな中で『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)が二人のフィクサードを発見出来たのは僥倖と言えよう。事前に入手しておいた祭のパンフレットを開き、幻想纏いを介して口早に敵の位置を伝えようとする。 「会場のほぼ中央……ええと、救護室のすぐ傍に――」 アリステアの言葉は、最後まで発されることはなかった。 彼女の声を塗り潰すように、女の悲鳴が会場を瞬時に沈黙させる。群衆が騒ぎ会場の外へと急ぎ出すが、皆慌てるだけで済んでいるのはアリステアの展開した結界の内で思考が鈍っているからだろうか。 だが何であれ――それが、最初の絶叫だった。 僅かに時間は遡る。 「あらら、早いわねぇ。ま、その方がわたしとしては嬉しいんだけど」 放送が終了するより早く、大道芸人が二人、その身を翻した。人混みに紛れ込もうとする背中の一つへと、『黒き風車と断頭台の天使』フランシスカ・バーナード・ヘリックス(BNE003537)は声をかける。 ぎくりと肩を震わせた男が瞬時に身を翻し、先程まで芸に使用していたいかにも玩具めいた銃器の銃口を彼女へと向けた。 けれど不敵笑んだフランシスカの全身から形のない漆黒が滲むように現れ、華奢な身体を覆っていく。 射撃音と共に銃口が紫煙を上げ、刃が翻った。振り上げた剣は重く空を裂き、風鳴りを響かせてその切っ先で男を切り裂く。血が噴き出し、茶けた地面が赤黒く染まる。 「はーい、アトラクション始まるから巻き込まれないように離れてくださいねー」 フランシスカは飽くまでも朗らかな口振りで周囲の一般客へと警告を発し、敵の銃口が彼らを向くよりも早く身を躍らせた。靴底が地を蹴り付け、世の呪いを身に帯びた剣を振り下ろす。道化の面と視線が交わり、振り下ろす刃で追撃を試み――その瞬間に右方から襲いかかってきた弾丸に舌打ちして、有翼の娘はその場から跳び退った。 もう一人のフィクサードが素早く構えた手甲から実弾を伴わない魔弾が新たに構成されんとした瞬間に、白銀に煌く籠手がそれを弾いて軌道を逸らせる。奔る雷光が白銀の色合いへと弾けるように輝きを添えた。 「さて、ちと手荒な真似をする事になるが……」 手甲を弾かれ咄嗟に後方へと飛び退るフィクサードへと、籠手を引いた猛が向き直る。 「フィクサード相手に容赦はねぇぜ、俺は」 冷やかに宣言を述べる猛の背後では、結界を紡ぎ終えたエルヴィンもまた、敵対する者達を振り向いたところだった。 三対二。容易とは言い難かろうと、決して困難とも言い切れない立ち合いだった。 「そこのお前、何をしている!」 放送が繰り返される間際、真っ先に動いた人影を見逃さずに風斗が足を踏み出した。 大道芸人に一気に駆け寄りながら、幻視で警棒に見せかけたデュランダルの刃の上で、縦横に走る赤い光が陽光を浴びる剣の輝きと相俟って眩しいまでに煌く。 敵対、ではなく身を翻し逃走を試みんとするフィクサードの逃げ道を封じるように、彩歌の狙い澄ました一撃がその足元を穿った。 「おとなしくしろ!!」 咄嗟に足を止めた隙に剣を振り上げた風斗が、警備員の捕獲劇よろしく掲げる刃を一閃させる。 だが。 その気配に真っ先に反応したのは彩歌だった。 オルガノンから放たれた気糸が悲鳴と共に動きを止めた一般人達の隙間を抜い、覚醒“してしまった”子供へと遠く貫く。 神秘の力を帯びた一撃は大怪我か、死んでもおかしくないものだったろう――通常であれば。 だが皮肉に微笑んだ運命はといえば、その一撃が未だ幼い身体の内に閉じ込められた化け物をにったりと笑わせる。否や、それが笑った顔であるかも定かではない。痛いとも苦しいとも、子供の姿をした化け物は二度と口を利かなかったのだから。 強結界という神秘の内に閉じ込められて、祭の客たる人々は目の前の情景をいま一つ明白に把握出来ていないのだろう。子供の身体から溢れ出した血潮も、その傍らでぼんやりと我が子を見下ろす母親も、思考に薄い膜でも被せられたかのように揃って眼前の情報を理解しようとする素振りが見られた。その中で、最初に我が子の異変を察したことこそが、母親である証明なのかもしれない。 劈くような悲鳴が天を突いた。近くにいる者達が血を滴らせながらも、おぞましく笑う幼気な子供を見下ろす。人の波が動いたのは、その直後だ。 驚愕によるものか恐怖によるものか、生理的な響きを有した悲鳴が周囲から迸る。 「大切な人たちを失わない為に崩界はさせない、この手を血に染めてでも……」 必ずそれを止めるのだと、彼女の覚悟は既に決まっている。呟きと共に素早くエリューションへと追撃を加え、彩歌はもう一人のフィクサードを視界に捉えた。腕を振るうと同時に過たず気糸はその先端を鋭く穿ち付け、芸人に扮する覚醒者を人混みから弾き出す。 真に、風斗と彩香が見据える先は、ことの元凶たる二人。 立ち塞がるフィクサードのその向こう、人のはける広場の中央に並び立つ、一組の恋人達の居る場所だった。 ● 要因は、その場所が職員の詰める本部テントの前だったこと。そして救護テントと会場中央とが近距離だったことだ。 客達が出入り口へと詰めかける内、広場の中央に立つ二人はリリと夏栖斗に向き合っていた。どちらともなく手に手に得物を構えるのは、当然の成り行きだ。 「興国。私は、貴女が少し羨ましい」 「え……?」 人目を憚る必要もなくなった戦場で、真白な翼を開いた興国へとリリは静かに声をかけた。 「他全てを捨て傷つけても、愛する方を選ぶ強さは私にはありませんでした。……須東、貴方と同じでしょうか」 温かに情を抱く眼差しを細める興国とは対照的に、須東は一片の揺らぎも暗い視線に移さない。 その代わりに勢い、噴き出すように須東の身体から迸った黒々した影が伸び上がり、リリ目掛けて振り下ろされる。それを前に飛び出した夏栖斗がトンファーで振り払ってから、真っ直ぐに有翼の娘に目を向けた。 「花楓ちゃん、君は一度でも彼を“本当に”説得したの? どうせ無理だって諦めてなかった?」 抑えられた声に反応すまいとするように、興国がロッドを掴む指に僅かに力を込める。 「もし君と僕が同じ立場なら僕は恋人を絶対に止める。ただ付き従うだけが恋人の為になるわけじゃないって解ってるくせに!」 「だとしても!」 夏栖斗の声に呼応するかのように高く声を張り上げて、興国は躊躇わずロッドを振るった。素早く唱えられた詠唱がロッドの動きに沿って魔法陣を描き出し、興国の眼差しが強く力を帯びる。 「だとしても、私はこの人の為に此処にいるの。この人を守る為なら何でもするわ!」 夏栖斗を目掛け実態のない矢が降り注ぐ。 対して女の後方から降り注ぐ黒の剣を弾いたのは、須東の腕に嵌る手甲が放った気糸だった。 「てめーの甘ったれた考えで他人犠牲にしてへらへらしてんじゃねーよ」 攻撃を受け止めた須藤から興国へと視線を移し、フランシスカは吐き捨てた。 「世の中にゃ因果応報ってもんがあるんだ。奪われる覚悟も持たずに奪う側に回ってんじゃねぇ、胸糞わりぃ」 「あら、違うわ。奪われない為に私がいるのよ」 戦場の最中においても柔らかく言葉を紡ぎ出して、興国の紡ぐ魔法陣が内に秘めた矢をフランシスカへと放つ。 形のない矢を剣の腹で受け止めるフランシスカのすぐ後ろへと追い付いて、エルヴィンは僅かに目を細めた。 「……ぶっちゃけ、俺がいつもやってることと大差ないんだよな。結局の所、護りたいものの優先順位が変わったってだけの話だろ」 そう口にするエルヴィンにとって、興国との距離はあまり感じられないものだ。飛び込むか、引き入れるかの違い。そして彼女は、飛び込むことを選んだのだろう。 「自分でも先は見えてるんだろ? それでもそこに居たいんだろ?」 だったら、特にいう事も無いさ。 男の口調は軽やかでもあり、場違いにも呑気な響きさえ有しているようで、興国は微かに微笑んだ。その微笑みのまま、「勿論よ」と仄かな笑声を零す。 思考は巡る。自身の行動の結果がどうなっても良いのなら、好きに生きればいい。猛にとって、それはごく当たり前の考えだ。 「多くの人の中に混じって生きるってのはそういう事じゃね。力を振るう生き方を選んだなら、力に潰されちまうのさ」 だからこそ、正解は自分で決めるしかない。そしてその結論を持って、彼は興国へと迷わず拳を、籠手を振るう。 「後悔しない様に流されて生きたくはねえ、それだけだ」 呟きは、寧ろ己へと語りかけるかのようだった。 そんなやり取りがなされる一方で、今更自分の行き方を変えられない不器用さも、それでもと願うことも理解出来ると彩歌は思う。 思うが、しかし。 「唯一つだけ気に入らないのは――自分の女を泣かすなよ、馬鹿野郎が」 そう吐き出したのは、彩歌が未だ“彼”であった頃の名残だろうか。 攻撃の手が興国を狙えば須藤が前に出、男が傷付けば女は己への攻撃も意に介さず癒しの腕を伸ばす。そんな二人を視界に収め、リリは口を開いた。 「幸せですか?」 「ええ、とても」 身を寄せ静かに問うたリリに、一瞬の揺らぎも伺わせずに興国は微笑む。 「貴女の選択は傲慢です――認めたくない」 降り注ぐ弓を要さない光の矢を後方へと飛び退ることで回避して、リリは「それでも」と声を張った。 「選んだのなら最後までその愛を貫き、押し通してみて下さい……!」 譲れないのはどちらも同じなのだ。ただ、全力でぶつかるのみ。 そんなリリへと興国が淡く口元を綻ばせ――――そして、最後の攻撃が始まった。 翼は広がり、そして力なく地に落ちた。 羽の先が地面を擦るのも意に介さず、崩した膝の上に恋人を抱いて優しく髪を撫でる。攻撃の意思も術すらも既に持たない二人を見つめ、アリステアはすぐ傍で足を止めた。 「本当はね。逆凪から抜けて二人で静かに暮らして欲しい。アークで保護できないか、私がかけあうから」 迷いがない訳ではない。それでも、アリステアの口調には覚悟があった。 「大好きな人の傍に居られるなら、他に何にも要らない。女の子はね、そういうものなんだよ?」 その言葉は興国ではなく、横たわる須東に向けたものだ。 反応を見せないフィクサードへと少女は尚も言葉を紡ぐ。 「……選んで。アークで一緒に生きるか、ここで一緒に死ぬか。今逃げてもきっと、誰かに追われて殺される。分かってるでしょう?」 焦りさえ滲ませる口調に、須東は答えなかった。ただ、重ねられた興国の手を微かに握り締めただけだ。 そこに含まれる感情が、結論が何なのかアリステアには分からない。興国へと視線を移しても、捉えどころがなく笑むばかりだから尚更だ。 「ねぇ……貴女の声、ね。あの放送……」 薄く綻ぶように唇を開いて、興国が不意にリリを振り返る。 「救護室……テントの中。……今頃、どうなってるかしら」 「――――」 「だから……貴女達は、まだ甘いんだわ」 息を呑んだリリへと淡く微かな笑声を零して、興国花楓は泣き出しそうな顔で微笑んだ。 ● 救護室と札の掛かるテントの内に飛び散った血は、地に伏せる幾つもの亡骸が示す通りにエリューションと化した者達の家族なり、親しい者達のものだったのだろう。 最後に残ったノーフェイスの幼き身体が一撃を受けて束の間燃え上がり、地に崩れ落ちる。母親か他人かは分からない女の躯の上に頽れた身体は、未だ稚い形をしていた。最たる不幸は子を化け物と思えなかった母親か、或いは入口を塞がれてしまえば逃げ道に欠ける、テントの中で惨劇が起こってしまったことかもしれない。 「リリ、僕がなりたかったヒーローはこんなのだったのかな」 握り過ぎて体温が移ったのか僅かに熱を持つトンファーを未だ強く捉えたまま、夏栖斗は低く呟いた。 傍らに“ヒーロー”を見上げ、リリ・シュヴァイヤーはそっと青の眼差しを伏せる。 「貴方は、間違っていません……」 彼女は傷付かない。だからこそ傍らの友人を案じ、リリは静かに呟いたのだった。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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