●愚かな男と奇妙な魔神 今まで真面目に生きてきた。 だが、神は真面目に働く自分達を見ることはない。生活は好転せず、妹が病魔に侵され、そしてヴァチカンという巨大な組織力により押されて、個人で経営しているこちらの稼ぎが減っていく。 追い詰められた思考は、選択肢を狭めていく。仕儀を変える選択肢も、妹を誰かに預ける選択肢も、このとき彼の頭からは消えていた。全てのプライドを捨ててヴァチカンに頭を下げれば、まだ助かる選択肢はあった。 そしてこの男が選んだ手法は、最悪の選択だった。 神に頼れぬなら、悪魔に頼ろう。 万に一つ。いや、億に一つの可能性だったのだろう。『ゲーティア』を持つ魔術師が明確に他人に召喚されることを禁止をしていなかったこともあり、魔神と呼ばれる者たちの制御が弱まっていたこともある。 だが何より、魔神自身の性格もあった。 「ハァァァイ! 迷える貴方の声に答えましょう。ソロモン七十二柱の六十九位。デカラビアデェェェス! 私を召喚したのは貴方様でお間違いありませんか?」 その悪魔は、ひたすら紳士的でそして軽かった。 召喚された悪魔は。星型の頭を持ち、燕尾服をきている。ふざけた格好だが、そこから感じる魔力はまさに異質だ。それは理解できるのだが……。 「お前……本当に魔神なのか? なら頼みがある!」 「ウェェェイト! 願い事を言う前に一言言わせてください。私を召喚するには貴方の魔力では足りません。そして足りない部分は貴方の寿命で補うことになります。今顕現したのは貴方の必死さに免じて。いわばサァァァビスです。 この召喚状態を維持するだけでも貴方の寿命を削ることになりますので、早々に送還することをお勧めしますよ」 「……いや、構わない。俺の命を削ってでも頼みたいことがある。 デカラビア、お前は 植物と鉱物に隠された力の知識を与えてくれるんだな? 幸運を与えてくれる鉱物、不幸を与える鉱物を見分けることができると」 「イエス。その程度ならお安い御用です」 「ならば俺にそれを教えてくれ。妹の病気が治るまで、幸運を与えてくれ! 俺は……金が必要なんだ!」 ●ヴァチカン 「彼の名前はラザール・シャヴノン。リベリスタです。とはいえ、現状ヴァチカンでは悪魔を召喚したフィクサードという扱いになっています」 欧州最大のリベリスタ組織ヴァチカン。その一室で一人の司祭がアークのリベリスタに説明をしていた。集められたアークのリベリスタは、与えられた資料に驚き、そして呻きをあげる。彼が付き従えている存在に対して。 魔神。ソロモン七十二柱の一柱。かつてキース・ソロモンに召喚され、名古屋城を占拠した存在だ。……その時に比べ、使える力は弱まっているようだが。 「シャヴノンは真面目なリベリスタです。ですが妹が病床に倒れるなど身に不幸があり、自暴自棄になり悪魔を召喚しました。彼にとって不幸なことに、その召喚に悪魔が応じたのです」 「キース・ソロモンの仕業……とは思えないよなぁ」 リベリスタたちは戦闘狂の魔人を思い出し、否定する。アークに執着する彼が、日本から離れたイタリアで魔神を召喚して人を誑かすという手間をとるとは思えない。 「シャヴノンは悪魔から与えられた『幸運の石』を利用して、ギャンブルで荒稼ぎをしています。神秘界隈に詳しいマフィアも彼の幸運の正体には気づいていません」 「悪魔に手を借りてそれでも悪人からしか金を奪わない辺り、更正の機会はあるわけか」 リベリスタの言葉に、ええ、と司祭は頷いた。 「ですが、ヴァチカンは彼を善しと認めません。悪魔の手を借りて不当に弱者から金を巻き上げる悪人として彼を討つ方向で話が進んでいます。如何に幸運が味方しようとも、ヴァチカンの戦闘部隊に勝てるとは思えません」 資料を見る限りそれは事実だろう。シャヴノンは多少はできる程度のマグメイガスだ。魔神の加護があるとはいえ、数で攻めれば押し切られる。 「……それで、司祭様はアークに何をさせたいんだ?」 「ヴァチカンの討伐部隊が出る前に、彼と悪魔の関係を絶っていただきたい。このまま彼が討たれれば、彼の名誉が穢れてしまう。そしてヴァチカンは彼の妹まで封殺にかかるでしょう」 「ひどい話だな、それは」 「理由はその血脈が悪魔召喚の媒体になる可能性もある……と言う事です。悪魔と関わるということは、そういうことなのです。 方法は顕現している魔神を討つか……召喚者の生命を絶つか。どちらかです」 リベリスタは司祭の言葉に呻きをあげる。魔神か革醒者か。どちらを倒すのが楽かといわれれば、革醒者だろう。 「明日の日の出には討伐部隊が動き出すでしょう。その前に、お願いします」 頭を下げる司祭。それを前にリベリスタは苦悩する。さて、どうしたものか―― ●虚実の狭間で さてどうしたものか。 デカラビアは思案する。『ゲーティア』を持つキース・ソロモンが日本で修行中の為、日本での活動は禁じられている。ならばと国外に耳を傾けてみれば、この事態である。 この魔術師と波長があったのは、月と星の巡りが生んだ偶然としか言いようがない。長くこの状態を続ければ命を奪いかねないのだが……彼はそれでも構わないという。その覚悟こそ、デカラビアが美しいと思うことなのだ。 この覚悟持つ人間をこのまま殺していいものか。それとも覚悟のまま死なせるのが美しいことなのか。どの道、契約がある以上逆らうことができず、このまま殺してしまうことになるのだが。 さてどうしたものか。デカラビアは思案する。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:どくどく | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月23日(月)22:32 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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● 裏路地を歩くシャヴノン。あえて治安の悪い路地裏を進むのは、人目を避ける意味が強い。それは自分自身の秘密を隠す意味もあるが、良心の呵責が表通りを歩かせなかったこともある。 「のう……ソコのお主、悪魔が憑いて見えるぞ」 そんなシャヴノンに『緋月の幻影』瀬伊庭 玲(BNE000094)が声をかける。腰に手を当て相手を指差し、胸を張ってふんぞり返る。彼女が悪魔を見えるのは『緋き悪魔の邪眼』を持つから……ではない。ヴァチカン司祭の予知からである。 なお会話は、、 「お前さん、ラザール・シャヴノンだよな。オレはフツ、アークの焦燥院フツだ。早速だが、お前さんの動きを封じさせてもらう!」 言語は全て『てるてる坊主』焦燥院 ”Buddha” フツ(BNE001054)と、 「ほんとヴァチカンは潔癖だよね」 『純潔<バンクロール』鼎 ヒロム(BNE004824)が通訳していた。 フツは緋色の槍を構えてシャヴノンの進路を塞ぐように立ち塞がり、相手の目を見る。その瞳には相応の覚悟が見れた。妹のために戦わねばならないという覚悟が。そんなシャヴノンを見ながらヒロムが息を吐く。こんな人は悪魔の契約で自身を滅ぼすような不幸はあってはならない、と。 「イタリア語はからっきしなのよね……」 表の職業はフライトアテンダントと国際的な藤代 レイカ(BNE004942)だが、イタリア語は苦手のようだ。ポニーテールを揺らし、大業物を構える。狙うべきは悪魔と契約したシャヴノン――ではなく、彼が契約している悪魔。 「デカラビア! 聞かせてもらうぞ。キース・ソロモンの事を! 何をしているのかを! 後は、なんか弱点とかを!」 「いいですよ。勿論相応の代価はいただきますが」 『剣龍帝』結城 ”Dragon” 竜一(BNE000210)の言葉に答えるように、一体のアザーバイドが姿を現す。頭は星、服は燕尾服。ソロモン七十二柱の六十九位デカラビア。それは怒りに燃える竜一の視線を真正面から受け、おどけたように肩をすくめる。 「悪魔の助言に聞く耳を持つな。惑わされるだけだ」 静かに『T-34』ウラジミール・ヴォロシロフ(BNE000680)が釘を刺す。人間同士でも嘘をつかないとは限らない。ましてや相手は悪魔だ。倫理観が異なる存在の言葉に、どれほどの信用がおけようか。それに自分達の仕事はそこではない。 「愉快な頭の紳士さん……また会いましたね」 途切れがちな口調で『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)がデカラビアに一礼する。以前あったほどの威圧感はないが、それでも油断すれば足元を掬われかねない不気味さがあった。礼をしている間も目線を外さない。 「オマエ、ラザール、コロス。ヨクナイ!」 竜手を獣のようにつけて、ルー・ガルー(BNE003931)が吼えるようにデカラビアを睨む。牙をむき出しにしそうな表情で、しかし体躯はしなやかに背を曲げる。狼が襲いかかるように、ルーは目標を定めて力を篭めた。 「デカラビア、突破するぞ!」 「ふむ。まぁその命令は契約内容の一環ということにしましょう。貴方、あまり余分な寿命がないみたいですし」 シャヴノンがデカラビアに命令し、肩をすくめてアザーバイドが動く。 「待て! オレ達は争いに来たんじゃない!」 戦いに移行する二人を前にヒロムが静止を賭ける。そのまま自分達の素性と思惑を語る。ヴァチカンに依頼されたこと、争うのではなく止めに来たこと。 「司祭さんのような話の分かる人もいる。同じ死ぬ気ならそっちに頭下げて頼んでみるのはどうかな?」 「はっ! ご高説だな。それでオディルが助かる保障があるのか。それ以前にお前達が騙していない証がどこにある!?」 シャヴノンからすればヒロムたちは『行きずりのリベリスタ』である。初対面の人間の言葉を信用するにはシャヴノンは余裕がない。選択を間違えれば、妹の命が危ういのだ。まだ契約という理由がある悪魔のほうが『信用』出来る。 アークの言葉は正論だ。だが、正論で通らぬ状況もある。仕方なくリベリスタは破界器を構えた。 ● 「叶えられてしまうと困るので……今回もお帰り頂きます」 一番最初に動いたのはリンシードだった。ガラスのような透明な刀身を持つ剣を抜き、地面を蹴ってデカラビアに迫る。神秘の力で加速したリンシードの動きは残像を生む。透明な刀身と緑色の剣が交差する。 剣は拮抗することなく離れる。リンシードは自身を回転させるように剣を振り、デカラビアに切り込んでいく。その度にふわりとゴシックなスカートが舞った。そのうちリンシードの速度に負けるようにデカラビアが押されていく。剣の切っ先が紳士服に切り込んだ。 「たまたま召喚できた人間の願いを叶えてしまうとか……悪魔は気まぐれなんですか?」 「悪魔それぞれですよ。私の場合は、趣味ですかね」 「文字通りの『悪趣味』じゃな。妾の華麗なる一撃を食らうがよいわ!」 玲がデカラビアの前に立ち、黒白二丁の拳銃を構える。共に大きな銃を、しかし玲は手馴れたように扱い標準を定める。音も泣く相手に近づき、速やかに銃口を向ける。強気でふざけた口調に見えて、その動きは卓越した戦士の動き。 二丁拳銃の引き金を引く。時に同時に、時に交互に。片側を囮にして、その囮を本命にして。相手に押し付け、距離をとって。玲が生み出す黒と白の弾幕饗宴。高速で繰り出される弾丸の猛攻。 「にゃはは! 血が滾る!」 「ふむ、狙いは私ですか」 「そういうことだ! 悪いがくたばってもらうぜ!」 デカラビアの真正面から竜一が迫る。日本刀と西洋剣を構え、自身に宿った軍神の滾りのままに柄を握る。全身の筋肉が凝縮し、その力を解放するように地面を蹴った。力をこめるのは一瞬でいい。あとは要所要所で持ちうる力を発揮するだけだ。 重さも重心も異なる日本刀と西洋剣を何の異もなく扱う竜一。それは鍛え上げられた筋力と、それを使った繰り返される鍛練ゆえ。その全てを超えて繰り出される一撃。それを受けてデカラビアは苦悶の声を上げる。 「痛いですね。やめてもらえませんか?」 「おとなしく自分の世界に帰るのなら、考えてもいいぜ」 「オトナシク、ジブンノネグラ、カエレ」 右に左に飛びかいながらルーがデカラビアに迫る。指に填めたツメに稲妻を纏わせる。反動でルー自身を焼くが、それすら気にせずデカラビアの爪を振りかぶった。交差する悪魔とルー。爪は確かにデカラビアの腹部を裂いた。 ルーはその場に留まらず、デカラビアの死角に受かって飛ぶ。相手の周りを円を描くように走りまわり、隙を見出せば躊躇なく飛びかかる。それは狩りを行う狼の如く。唇を歪め、脅迫するように牙をむく。 「ツギハ、カワセルカ?」 「ビーム撃つ為に後ろに下がってもいいんですけどね。生憎とシャヴノン様がお望みではないのですよ」 「あんたは本当に紳士的なんだな」 ヒロムがデカラビアに向かう。赤と黒のカードを手にデカラビアに迫る。シャヴノンは確かに愚かな選択をしたが、だからといってこのまま死んでいい人間ではない。ならばとるべき道はデカラビアをここで討つこと。 カードに篭められた魔力が解放され、一筋の糸と化す。しなやかに這いよる蛇のように、いつの間にか傍にいる死神のように、その糸はデカラビアの動きを封じる。幸運を呼び寄せたヒロムの顔に笑みが浮かぶ。 「もしラザールが折れてくれたら出来ればこの場は引いてほしいね」 「それは構いませんが、彼が折れれば妹様はお亡くなりになりますよ」 「まだ死ぬとは限らないわよ」 レイカが大業物を構え、大上段から切りかかる。大地を蹴って疾駆する勢いをそのままベクトルに変えて破界器に乗せる。加速のタイミング、抜刀のタイミング、そして力のコントロール。それら全てが合わさった切り抜けの一閃。 相手の防御の隙を縫う一撃。それがデカラビアの胴を凪ぐ。返す刀でさらに一閃。突撃し、そのまま相手を攻め続ける。アークという存在が生んだ新たな概念。悪魔に天国の階段を登らせるべく、レイカは刃を振るう。 「彼と妹を助けるために、貴方をどうにかしないといけないの」 「正論ですな。ですが私も簡単にやられるつもりはありません」 「だが倒させてもらうぜ! 悪いとは思わないがな!」 フツがデカラビアの横を通り抜け、シャヴノンに迫る。印を切り、シャヴノンを指差した。見えない縛鎖に捕らわれるシャヴノンにフツは言葉をかける。 「提案なんだが、オレ達に協力させてくれ! つーか、アークに来い!」 「なんだと?」 「オレはお人好しだから、この悪魔と手を切ってくれるなら、お前さんに妹の治療費をタダであげてもいいと思ってる!」 「いや待て! お前らいくらかかるか分かっているのか!?」 「ああ、それは知らないな。だが悪魔の手を借りて早死しても妹は喜ばないぞ! 妹を失いたくないと悲しむお前が、兄を失う妹の悲しみを無視すんのかよ!」 「うるさい! オレだって……!」 「選択肢を狭めているのは、他ならぬ自分自身なのだがね」 冷静にウラジミールが言い放ち、デカラビアにナイフを振るう。ハンドグローブで相手の動きを制限し、隙を縫うように繰り出される稲妻のような一撃。高速で動き回るわけでもなく、豪華な一撃というわけでもない。だが、鋭く的確な一撃。 一手一手を確実に。戦闘経験から生み出された様々のパターンから、最良の一手を繰り出す。刹那で切り替わる戦況の中、それでも一手ずつ刻んでいく。それが一番確実で、勝利への近道だとウラジミールは知っている。 「悪魔に手を借りたのが間違いなのだ」 「いやはや全くです」 ウラジミールの言葉を肯定したのは、皮肉にも悪魔本人だ。言葉を投げかけられたシャヴノンは、奥歯を噛み拳を握っている。それが正しいことなど、分かっているのだ。 だが、それでは妹は救えない。だから正しくない道を進む。 ● 「ぐ……!」 シャヴノンを押さえ、デカラビアを全力で攻める。これがリベリスタの戦略だ。事実、フツの術はシャヴノンを十分に押さえ込んでいた。実力も経験も、フツが圧倒している。 だが、フツがどれだけ精密に術をはなっても、運よくシャヴノンが逃れることもある。その幸運により、シャヴノンは縛鎖から脱して後ろに下がる。そのまま術を放とうとして――手が止まる。 シャヴノンは神秘武装したマフィアフィクサードを相手する想定で、広域の術を用意してあった。今放てばリベリスタは一掃できるが、デカラビアも巻き込んでしまう。已む無く個人用の呪文を唱えようとした時に、 「いいですよ。巻き込んじゃってください」 その葛藤を察した悪魔が、広域の術を促す。デカラビアに接近していれば、広域攻撃はしてこないと思っていたリベリスタは驚きの表情を浮かべる。 「おかしいですか? 私一人のダメージで、七人巻き込めるんです。費用対効果を考えれば抜群ですよ」 「わ、分かった。お前らも巻き込まれたくないのなら逃げろよ!」 デカラビアの言葉に炎の雨が降り注ぐ。その隙を縫うように、デカラビアの緑の剣が翻った。 「あ、これやばい!」 レイカが攻撃を放棄して仲間を庇う。レイカ自身は運命を削ることになったが、ルーとヒロムを守りきる。 「サンキュ! これ以上動くなよ!」 「ルー、オマエ、タオス!」 ヒロムがデカラビアを糸で絡めとり、動きが止まったところにルーの爪が振るわれる。 「悪いが動くな! おとなしくしてりゃ、危害は加えねぇ」 フツがシャヴノンを術で止める。幸運はそう連続では続かない。歯を軋ませてシャヴノンはフツを睨む。 「ふっ。久しぶりじゃな、この重圧は……!」 体力的に厳しくなった玲が、後ろに下がる。不吉の月を呼び出し、デカラビアのツキを乱す光を放った。 「ルッ、ビィィィ……ビィィィム!」 デカラビアが赤の光線を放ち、熱波を振りまく。狙いはシャヴノンを封じるフツと、前衛の誰か。集中砲火を受け、回復もない状態だ。さすがのフツもこれには耐え切れなかった。運命を燃やし、槍を杖にして意識を保つ。 「どのような時も油断するな」 ウラジミールが活を入れ、熱波を打ち払う。纏わりつくような熱い空気が晴れ、清涼とした夜風が肌を冷やす。 「妹さんの病気に効く薬草とか……なかったんですか、星紳士さん?」 「妹様を診せてもえませんでしたのでなんとも。シャイなのですね」 切り結びながら、リンシードがデカラビアに問いかける。肩をすくめるデカラビアだが、悪魔に愛するものを診せなくないという気持ちは分からないでもない。 「金が欲しいって話なら、こっちと契約しな。魔神と契約できる知識と力を、俺に貸せ」 竜一がデカラビアに攻撃を仕掛けながら、シャヴノンに交渉を繰り出す。 「互いに、人と人との契約だ。悪魔と契約するよりは、いくらかマシだろう?」 「ふざけんな、こっちは妹の命がかかってるんだ! 倫理的にマシだろうが初対面の人間を信用できるか!」 シャヴノンはアークのリベリスタから交渉を全て断っていた。彼らからすれば『親切』なのだが、シャヴノンはそれを手放しで信用できない。信用してデカラビアを送還し、お金がもらえないとなれば打つ手がないのだ。そしてそれは妹の死に繋がる。故に疑心暗鬼にもなる。 金銭を前面に出した交渉は、不信がられる。アークへの勧誘は、イタリアに住み妹の側を離れられないシャヴノンにとっては現実的ではない。そもそも正論を聞くような状態なら、初めから魔神など召喚しない。状況的に説得は難しいといえよう。 だが傭兵としての役割は説得ではなく、デカラビアかシャヴノンのどちらかの打破だ。そしてデカラビアの傷は確実に増えている。 「悪いなデカラビア! せめてキース・ソロモンの情報を……いや、俺の相手はバアルだ。バアルの弱点を教えてくれれば手心は加えてやれたがな!」 竜一が日本刀と西洋剣の両方を構えてデカラビアに迫る。日本刀でデカラビアの件を受け流し、払う所作でもう片方の西洋剣を振りかぶる。つま先を殺気と共に相手に向けて足を一歩踏み出し、力を篭める。 「これで終わりだ!」 振りかぶった西洋剣がデカラビアを斜めに切り裂く。まるで霧が消えるように、五芒星の悪魔はこの世界から消えていった。 ● デカラビアが消え、シャヴノンが戦意を失ったように崩れ落ちる。 「あああ……オディル……。駄目な兄さんで、すまない……」 完全に心が折れたシャヴノン。そんな彼にリベリスタが声をかける。 「あの悪魔を連れていれば、明日には妹共々ヴァチカンに殺されていた。それを思えばまだ希望はあるだろう」 ウラジミールが静かにシャヴノンに告げる。確かに賭け事による収入はなくなったが、命はまだある。全てが終わったわけではない。 「ま。今回の報酬はお前さんに貸してやるよ。妹さんの治療費にでも使いな」 「ムレ、タスケアイ、アタリマエ」 フツやルーを初め、リベリスタは今回の報酬をシャヴノンに渡すつもりでいた。妹の治療費の足しにすればいいと。……だが、 「それ、本気だったのか。……残念ながら、ぜんぜん足りないがな」 シャヴノンから聞いた額は、リベリスタ八人の報酬を軽く上回っていた。なるほど悪魔召喚という愚を冒す気になるわけだ。 「そうだな、これを元手に裏カジノでひと稼ぎしてくるかね。大丈夫、博徒としての俺の経験と勘を持ってすれば……」 「俺がアークに掛け合おう。俺自身を担保にしてでも」 「いや、いい。これ以上お前達に迷惑をかけるつもりはない」 ヒロムや竜一が打開策を講じているところに、シャヴノンが静止の言葉をかける。 「俺が愚かだったんだな。悪魔の力を借りてとか、確かにリベリスタのやることじゃない。 ヴァチカンに頭下げて、どうにかしてみるよ」 悪魔という希望がなくなれば、全てのプライドを捨ててヴァチカンに頼ろうという気にもなる。頭を下げてお金が出るかは分からないが、それでもやるしかないのだ。 イタリアから日本に帰るリベリスタ。彼らは今空港からイタリアの町を見返っていた。 最終的にシャヴノンはリベリスタからの報酬を受け取らなかった。 「目を覚まさせてもらってその上金まで貰ったら甘えすぎだ。それこそオディルに合わせる顔がない」 とのことである。その目は悪魔に頼る瞳ではなく、苦難を乗りこえる決意がこもった瞳であった。 「大丈夫……なんでしょうか……」 「悪魔に頼る腐った根性はなくなったのじゃ。後はアヤツの努力次第かのぅ」 心配そうに口を開くリンシードに、玲が黒髪を揺らしながら返す。 「悪魔を失って自分が妹を守らねばならない、と心に火がついていた。もはやアークの介入することではない」 「そうね。変な自棄を起こさないことを祈るのみだわ」 ウラジミールが荷を持ち、空港のゲートを潜った。その後を肩をすくめながらレイカが進む。軽く体をほぐしながら飛行機に入る。 イタリアから日本、十三時間のフライトだ。ゆっくり眠るとしよう。 ヴァチカンの司祭からアークに送られた感謝状には、シャヴノンがヴァチカンからお金を借りたこととそれを返すために戦っていることが書かれてあった。妹はまだ入院中だが、金銭面の問題はとりあえずは解決したようだ。 互いにわだかまりはあるが、それも時間が解決するだろう。 共に世界を護るリベリスタなのだから。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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