●御由緒 むかし、むかし。あるところに、まずしい村があったとさ。 すっかり干上がり、痩せた土にゃ、作物なんぞ実りゃしない。村人たちはみな、ひもじさに、あえぐようにして暮らしておった。 ところが、ある日。 枯れて、田んぼにもなりゃしない荒地に、岩木山は赤倉から、一人の鬼が降りてくると。なんと、せっせとそこらを耕し始めた。 村人たちは、そりゃあおどろいた。おどろいたが、どうやら鬼は、恐ろしい鬼ではないようで。良く見りゃ、人懐こい顔に、角も折れて半欠けだ。 何だか優しげな鬼に、村人たちは思い切って、頼み込んだ。 ここらの土は痩せこけていて、このままじゃあ、村人はみな、餓えて死んでしまう。何とかしてはくりゃせんか。 鬼は、言ったとさ。 そいつは難儀なことだのう。どれ、己がひとつ、力を貸してやろう。 次の朝、村人たちが目覚めると。 荒地の真ン中に、一筋の川が、勢い良く流れておった。村人たちがさっそく、川から田んぼへ水を引いてやると、作物は見る間に育ち、村は潤ったという。 喜んだ村人たちは、優しい鬼への感謝のしるしに、神社を建てて奉った。 川は、それ以来、幾たびも干ばつに見舞われようと、決して枯れることは無かったそうな。 ●抗う者たち 崩界は加速する。 近年、神秘界隈で多発する事件。異形たちの襲撃。刻まれる爪痕は、徐々に、そして確実に、世界の有り様を歪ませ、捻じ曲げていく。ことに、三ツ池公園の特異点、『閉じない穴』の出現以降、その進行は急激に、留まることなく。アークの掲げた、崩界度を示すインジケータを、今も絶えず押し上げ続けている。 そして、極めつけは先日の、異界の神々がもたらした災厄の数々だ。ラトニャ・ル・テップの噛み痕はことに鋭く、惨たらしく。致命的な軋みを、この国へと突きつけた。 崩れゆく世界は、もはやアークへ、悠長に手をこまねくことを許しはしない。終わりの始まりは、すぐそこに見えているのだ。 「……だから。アークは、一つの選択をしました。崩界の危機を避けるために、あえて、その危機へと身をさらすことを」 『つぎはぎアンティックドール』灰沢 真珠(nBNE000278)は、かしこまった様子で、静かに語り出す。 モニタに示すのは、朝もやにけぶる、大きな赤い鳥居。山道を抜け、見えてくるのは、古い木造の社殿。幻想の中、異界に鎮座するように佇む、神社の姿。 全国各地に存在する寺社、中でも強い力を秘めた霊地であり、パワースポット……そんな場所に結界を作り、崩界を象徴する概念を切り出し、実体化させ。これを殲滅することで、世界の歪みを矯正する。 何が潜むか分からない藪を突き、あえて蛇を出すようなやり方。蛇は、想像を越える、途方も無い大蛇かもしれないのだ。 言うまでも無く、多大なるリスクを負う作戦と言えた。 「そして、その矢面に立つのは……他でもない、ここにいるリベリスタの皆さんなんです」 長いまつげを、真珠はそっと伏せる。 映し出されている風景は、青森県の弘前市。鬼沢村というところにある、『鬼神社』。ここに奉られているのは、鬼なのだという。さながら、現代の鬼退治というわけだ。 「実体化した、世界の歪み。それを無事に倒すことができれば、崩界を一時、押し止めることができるはず。けれど、もし、失敗してしまったとしたら……」 歪みは結界を逃れ、更なる巨大な災厄と化し、崩界は一気に加速するだろう。 凛として気を張り、説明を続けていた真珠は、語り終えると。途端、心配げに眉を寄せ、つぎはぎに繕われた顔へ、隠しきれない不安を滲ませた。 「……あの。すごく、危険な任務だと思うの。気をつけてね? 本当に、本当に、気をつけてね……?」 ●欠け角の鬼 鬼は、いたく憤慨していた。 まったく。ただの一度、気まぐれで助けてやっただけだというに。人間たちは、幾年、幾百年、己に頼るつもりなのか。 そも、あの時ゃ、拵えた農具の具合を、確かめておっただけだというに。 村人を助けた優しい鬼、その憤りは、世界の歪みを背負ってこの世に実体化したがためか。それとも、優しさが故の、人々を慮っての厳しさだったろうか。 しかし、それとてもう、確かめようも無い。一時は持ちえていた鬼の自我は、崩界のうねりに飲み込まれ、やがて消えてしまったので。 結界として切り分けられた神社は、鬼の憤怒にあてられてか、その様相を一変させていた。砕けた石畳。薙ぎ倒された林の木々。押し潰された社殿。 周囲を囲む真紅の川は、煮えたぎる融鉄の流れ。 獣のような咆哮が轟くと、石畳と土の地面を突き破り、新たな融鉄の奔流が噴き上がる。 その眩しさを照り返し、ぎらと赤く輝く、長さも互い違いの、二本の折れた角。 鬼は、いたく、憤慨していた。 |
■シナリオの詳細■ | ||||
■ストーリーテラー:墨谷幽 | ||||
■難易度:NORMAL | ■ ノーマルシナリオ 通常タイプ | |||
■参加人数制限: 8人 | ■サポーター参加人数制限: 0人 |
■シナリオ終了日時 2014年06月20日(金)22:09 |
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■メイン参加者 8人■ | |||||
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●鉄鬼 ちりちりと頬をなぞる熱気。揺らめく陽炎。切り分けられた結界の外は暗闇に包まれているが、周囲をぐるりと取り囲む溶岩流のごとき融鉄の川が、空を赤く染め上げんと噴き上がり、渦を巻く。 閉じた空間へと現出するリベリスタたち。目の前には、真上から圧倒的な力で叩き潰されたのだろう、平らになった社殿。そして、彼らの身の丈を優に越す、一体の鬼。 角の欠けた、鬼がいた。 『騎士の末裔』ユーディス・エーレンフェルト(BNE003247)は、胸中に、この地へ伝わる伝承を思う。 「鬼沢の、角の無い鬼。歪みを持たせ、崩壊の象徴として実体化させるのに、十分な伝承であったのでしょうね……しかし」 形を成したこの鬼が、どれほど伝承に即した形を残しているのかは、実際のところ分からない。しかし、こうして現れた鬼は少なくとも、粗暴な性質を持っているのに間違いは無いのであり。 そしてそれは、紛れも無く、アークの都合が求めたものだ。 「人の都合で神格化され、今度は、澱みを祓うための楔とされる……か。災難なことだね」 『祈鴉』宇賀神・遥紀(BNE003750)にも、同情する念はある。 しかし、迷いは無い。癒し手を担う彼が迷えば迷うほど、共に戦う仲間たちへと、死は歩む速度を早めて近づくだろう。 ユーディスと遥紀は、共に鬼を憂いながらも、各々の手に武器を取る。 「……過去はどうあれ。憤激と破壊衝動に染まったその姿、見るに忍びません……参りましょう」 「ああ、行こう。荒ぶるも、静けきも、『カミ』の一面に過ぎぬと言う……ならば丁重に、鎮めさせて頂くとしようか」 まぶしく赤い川から、足元の土からも湧き上がる熱が、リベリスタたちを余さず包み込む。自然と彼らの息は上がり、汗が額を伝っていく。 が、その中にありながら、『足らずの』晦 烏(BNE002858)はけろりとして、安タバコに火をつける。 「さあてと。二年ぶりの鬼遣らい……いや、鬼鎮めと行きますか」 このあたりでは、『福は内、鬼も内』と言ったりするそうだ。そんな言い回しも、引いては目の前の鬼の施した情けによるものであり、今はいささか荒ぶっていたとて、確かに、そこらの払うべき悪鬼と一緒くたにしてしまうのは、失礼というものかも知れない。 烏は弱い冷気を体表に纏い、あたりの凄まじい熱気をいくらか和らげつつ、がしゃりと、銃刀を備えた長銃を構える。 密かに涼を取る烏の横で、『尽きせぬ祈り』アリステア・ショーゼット(BNE000313)はと言えば、 「ううっ、暑い……景色が歪んで見えるよ……で、でも、気合入れなきゃねっ」 喉にまで入り込む熱にあえぎながらも、ぐっと杖を握りこむ。 アリステアは、かつてここで鬼と邂逅したという、村人たちに思いを馳せる。 それはきっと、純粋な気持ちだったのだろう。鬼への感謝は真っ直ぐで、彼らはその感謝を忘れないがために、社を建てて奉ったのだろう。彼女は、そう思うのだ。 しかし、当の鬼に、そんな純朴な村人たちの想いは、伝わったのかどうか。 「でも……それが、ほんのちょっとした、ボタンの掛け違えだったとしたら。たった、それだけのことだったとしたら。ちょっと、寂しいね」 ぎろり、アリステアの視線の先で、鬼は、剣呑な輝きを宿らせる瞳でこちらを一瞥すると。怒号のような咆哮を発し、手にした巨大な鍬を振り上げる。途端、周囲から噴出した融鉄の巨大な柱が、天をも焼き尽くさんと伸びていく。 仲間たちに声をかけ、アリステアが杖を振り上げると。リベリスタたちの背には、小さな光の翼がはためき、その身をふわりと浮かび上がらせる。 渦巻く熱波を突き破るように、彼らは飛ぶ。 ●鬼を思ふ 地面すれすれを、駆けるように飛翔する。『鏡操り人形』リンシード・フラックス(BNE002684)は、歪んだ世界の象徴として形を成した鬼の威容を見上げ、小さくつぶやく。 「……気まぐれでも、何でもいいのです。崩界されては、困るのです……」 リンシードにも、大切な人がいる。守りたい人、護るべき人がいる。崩界とは、即ちそれらの全てを失うことに等しい。そしてそれこそが、彼女の戦うべき理由に他ならない。 「まずは、コレで。頭を冷やしてください……ね?」 七色の光を散らしながら、透き通る長剣を翻せば。霧のような無数の氷刃が鬼の巨躯を包み込み、切り裂いていく。 氷刃は、噴き上がる融鉄の柱をも巻き込み、その表面をにわかに凍りつかせる……が、天へと向かう激しい流れに押し流され、氷塊はあっという間に砕け、剥がれ落ちていく。 『アクスミラージュ』中山 真咲(BNE004687)は声を上げ、仲間たちと連携を呼びかけながら、鬼を囲い込むように移動しつつ。 「昔は、いい鬼さんだったのかな? それとも……まぁいいや。今は、どうでもいいことだもんね?」 細腕で軽々と振り上げるのは、巨大な三日月斧。名にそぐわぬ美麗な意匠、名に違わぬ漆黒の刃は、一撃すれば、鉄のような鬼の肌とて容易に引き裂く破壊力を持つ。 真咲は翼をはためかせて飛び、鬼の死角へと鋭く潜り込むと、 「今のキミは、人間と世界の敵で。ボクたちはそれを退治するのがおしごと! そんなわけで……イタダキマス!」 鬼の巨腕を目がけ、走る白光と共に斧を振るう。引き裂かれた肌からは、文字通りに熱い血潮が迸り、鬼は傷口を押さえ、腹から響く苦悶の声を上げる。 追い討ちをかけるべく、烏の腕から投擲された閃光弾が炸裂し、鬼の目をくらませる。 「お前さんは、伝承によれば、友好的な鬼だと語り継がれてる訳だが……まあ悪く思わんでくれよ。おじさんたちにも、都合ってものがある」 烏の手元で立ち上る紫煙が、熱気にあおられ、大きくたなびく。 地を離れ、数メートルの空を翔けながら。ちらと周囲を確認しつつ、『Brave Hero』祭雅・疾風(BNE001656)はアクセス・ファンタズムを通じ、仲間たちに声をかける。見据えるのは、そびえ立つ真っ赤な柱。 「長引けば、こちらが不利だ。足並みを揃えて行くぞ!」 纏うは、堅牢なる強化外骨格。鎧は、彼の心に宿る魂、絶対の誓いの象徴でもある。 「例えリスクがあろうとも、そこに抗う手段があるのなら……覚悟を持って挑むまで! 行くぞッ!」 一対の刃を持つ双剣、刃の軌跡が切り開くのは鬼の肉体のみならず、立ちはだかる運命そのものでもあった。 鬼は。苦悶に歪ませたその顔は、かつて村人たちを救った優しき鬼とは到底思えないほどに、憎々しげに捻じ曲がり。 今や災厄の体現者と化した鬼、巨体の筋は弾けそうなほどに張り詰め。 「う、あッ……!?」 彼にしてみれば、少しばかりそこらを駆け回って見せただけだったかもしれない。しかし、その肉体そのものが、比べればいかにも矮小に過ぎないリベリスタたちにとって、凶器に他ならない。真正面からぶつかり、弾き飛ばされた幾人かが、一瞬背の翼の浮力を失い、地へと落下する。 「いッ、たたたた……」 軋むように痛む身体を支えながらも。五十川 夜桜(BNE004729)は砕けた石畳を蹴り、翼を懸命にはためかせ、再び浮かび上がる。 「良く考えたら……鬼さんの気持ちも分かるような気も、しなくもないような、そうでもないような。でも、頼られるって、悪くないとも思うんだよね……うぅ~ん」 剣を構える夜桜も、ふと、そんな思考を吐露してみせる。 鬼は優しかったのではなく、村人たちを助けたのは、ただの気まぐれだったのだろうか。それとも、崩界の歪みが、鬼にそのような思いを抱かせたのだけなのだろうか。 「でもやっぱり、できれば、正気を取り戻して欲しいかなー。その時は、伝説の通りに、穏やかになってくれたらいいよねっ」 気合と闘気を込めて振るった刀身は、鬼の巨躯を弾いて、ぐらり、よろめかせて後ずさり。 リベリスタたちは、宙を縫うように飛び交いながら、追撃をかける。 ●炎熱 「きゃあっ……!?」 ごう、と真下から噴き上がった炎の柱が、一瞬、アリステアの半身を包み込み。彼女は熱波にあおられ、バランスを崩す。 火傷を負いながらも何とか姿勢を立て直し、失墜を免れた彼女に安堵すると。遥紀は、頬を焦がすような熱を発散する融鉄の柱を見据える。リンシードが氷刃を迸らせ、鬼もろともに柱へ砕氷の霧をぶつけているが、柱が揺らぐ様子はちらとも見られない。 「……この柱を折るのは、諦めるのが無難のようだね」 地を割り、天へと登る融鉄は、射線を遮り、仲間同士で視認し合うことも時に困難にさせている。リベリスタたちは、幾度か噴き上がる柱を巻き込みながら攻撃を加え、あわよくばその噴出を止めようと試みていたが、遥紀の分析によれば、どうやらそれは徒労に終わりそうだった。 遥紀が仲間たちへとそれを伝えていく、その只中で。 鬼は、手にした巨大な鍬……何もかもを根こそぎ掘り返してしまいそうなそれを、肩越しに大きく振り上げると、 「ッ、うぐ……ぁッ!」 空を裂くほどの勢いで振り下ろされた刃先が、真咲の肩を一撃し。ばきりと砕けるイヤな音と共に、真咲は潰れた社殿の残骸の中へと叩き込まれる。 「……痛、つつ……あ、はは。やっぱり……強いね、鬼さん? それに、あはは、怖いね? ……だけど」 もうもうと舞い上がる粉塵の中から、身を起こし。だらりと垂れ下がった片腕、開いた手で砕けた肩をばきりと鳴らすと、再び両腕で巨斧を担ぎ上げ、真咲は小さな翼で飛び上がる。 「そんなふうに、怒って暴れるだけの相手に。負ける気は、しないなぁッ!!」 横一閃。振りぬかれた斧は、鬼の巨腕を深く抉る。 「痛つつ……っ、いくよ、遥紀おにぃちゃんっ!」 後方支援役のアリステアは、火傷の痛みに顔をしかめつつ。あえてお互い距離を取って浮遊している遥紀に、ひとつ手を振り、巻き起こす柔らかい息吹は、周囲に渦巻く熱風を和らげ、仲間たちを癒していく。巨大な柱に射線を封じられ、肝心な時に回復の手が届かない事態を憂慮し、二人は特に陣形に気を使っていた。 その甲斐あって、癒しの風に活力を得た夜桜、繰り出した一刀は、鬼の巨体を半ば浮かび上がらせるほどに弾き飛ばし、足元を滑らせた土の上には、二列の轍が刻まれ。狙い済ました烏の抜き撃ちは、鬼の片目を捉えて射抜き、鮮血と共に視界を潰してみせた。 「人々は……例えそれが鬼の気まぐれであったとしても、彼らは、深く感謝したのだ。だからこそ社を建て、長き時に渡り、奉ってきた」 苦悶に身を仰け反らせる鬼を、静かな瞳で真っ直ぐに見据える、疾風は。 「それを理解せぬまま、憤慨し、災厄を撒き散らすというのなら……私はそれを、打ち砕くのみッ!」 低く滑空し、身を捻りながら鋭く踏み込むと、双刃を巧みに回転させながら、一閃する。 そこかしこに突き出した、融鉄の柱を縫うように飛翔しながらの、空中戦。 加護によって白い翼を得た、ユーディスの姿。騎士の末裔を標榜する彼女の勇姿は、さながら、宙を翔ける戦乙女のようにも見えた。 「この戦いは、あくまで、私たちの都合によるもの。勝手ではあります……が、それ故に。疾く、終わらせることにいたしましょう……!」 放出する魔力が形作る光の刃が走り、刹那に、十字の軌道を刻みつける。 全身を朱に塗れさせる鬼は、遠く、轟くような咆哮を上げる。 ●歪みを断つ 際限無く高まる熱気。じりと焦れるリベリスタたちをよそに、時が経つにつれ、融鉄の柱はその数を増やしていく。 もはや、真っ直ぐに飛ぶことすら難しい、豪熱の戦場。しかし、 「……今一度。この哀れな人間たちに、あなたのお力を、お貸ししていただきたいのです……」 透過する美しい剣が、二度、翻り。リンシードは臆することなく、鬼へ白き燐光を纏った剣閃を叩き込んでいく。 この場における敗北とは、即ち、崩界だ。元より退路は無い。 リベリスタたちは、もはや前のめりに、鬼へと向かうのみだ。 鬼の直近に噴き出した二本の融鉄の柱、そこから、二つの炎を纏う巨大な鉄塊が飛び出すと、 「あぅ……っ!!」 「ッ……!!」 アリステアと真咲を、それぞれに直撃し。二人は力尽き、大地へと落下していく……。 が。 「……あは」 ぱちり、真咲の瞳が開く。運命はまだ、命を手放すことを良しとはせず。空中で持ちこたえた真咲は、そのまま反転、急上昇すると、 「残念、勝つのはボクたち。負けるのは……死ぬのは、キミだよッ!!」 高高度、小さな翼にかかる負荷は、真咲の小柄な体躯へと重力を纏わせ……やがて振り下ろした斧が、鬼の欠けた角を、根元から断ち割った。 腹に響く、怒号のようなうなり。額に走った亀裂から盛大に噴き上がる、真っ赤な奔流。 「私だって、まだ……終われないもん……!」 アリステアもまた、墜落の間際に態勢を立て直し、復活を宣言する。繊細そうな細身に漲る力、瞳には意思の光を宿らせながら、彼女は大いなる奇跡を降臨し、仲間たちへと癒しをもたらす。遥紀がそこへ合わせた治癒魔術と相まって、織り成す光の波動に、もはやリベリスタたちに、後顧の憂いは無くなった。 「これ以上は、忍びないね。そろそろ、終わりにしようか」 「ええ、行きましょう!」 流れる融鉄の川を飛び越え、柱を大きく迂回しながら回りこむと、ユーディスの放つ十字閃が、再び鬼の堅牢な肌を切り裂き、抉り。 ぽっかりと開いた肉穴をめがけ、 「ま、悪いようにはしないさ……ここは、眠っておいてくれよ」 叩き込まれた烏の銃弾が、さらに肉色の穴を広げていく。 ずしり、と。巨体を沈み込ませた鬼は、石畳の成れの果てへと、がくり、片膝を突く。剣呑にぎらついていた瞳には、もはや精彩を欠き、熱く荒い息をしきりに吐き出している。 「これで最後……! 行くぞ、夜桜さん!」 「おっけー!」 疾風の呼びかけに呼応する夜桜。 前後に挟み込むように布陣し、手にした剣に、夜桜はその全てを込め。 「お前を耕してやるぞう! なんて、これじゃ、こっちが悪者みたいかなー?」 気合と共に突撃すると、全力を持って叩き付ける。 巨躯が、今度は完全に浮かび上がるほどに弾かれ、吹き飛ばされると。 「その、歪んだ思念を……望まぬ運命を! 今、両断するッ!!」 疾風の意思を乗せた双刃が断ち切ったのは、鬼の首のみならず、彼の運命であり、世界の歪みそのものでもあった。 ●鬼は内 遥紀の唱える祝詞が、静謐な空気の中に満ちていく。 触れる者全てを焼き尽くすような熱波や、噴き上がるいくつもの炎柱は、もはやどこにも見当たらず。切り分けられていた結界からの帰還を果たしたリベリスタたちを迎えたのは、しんとして冷える朝もやに包まれた神社の、幻想的な光景だった。 元の姿を取り戻した神社の境内、社殿には傷一つなく、先ほどまでの熱戦を伝えるものは、もはや存在せず……いや。 境内の真ん中を走る、石畳。その上に、人の手になるものとは思えない、大きな農具……古びていながらも一片の錆びも見られない、黒々として光る、不思議な鍬が転がっていた。 リベリスタたちは、主に烏の発案により、農具へ酒を添えて、神社へと奉納することにした。鬼の怒りは、ひとえに、崩界の歪みによるもの。そう思えば、かの鬼のために出来ることをしてやるのに、やぶさかでは無いだろう。そんな烏の言葉には、多くの者が同意したようだった。 アリステアやリンシード、ユーディスが率先し、手分けして、神社の境内の清掃を行う。 世界の歪みの一端は、ここにひとまず食い止めることができたと言える。その成果の後押しをしてくれたのは、紛れも無い、あの鬼に違いない。 せめて、祈りの一つでも。と、夜桜は両手を合わせると、 「……なむ~」 で、いいんだっけ? と小首をかしげた彼女だが、そこに込めた想いは、きっと本物だったことだろう。 全てを終えると、爽やかな笑みを浮かべる疾風が先に立ち、彼らはその場を後にする。 真咲は、ふと。最後に、佇む神社の威容を瞳に収めようと、背を振り返り。 (……ふふ。鬼さん、お疲れさま。ありがとう、そして……ゴチソウサマ!) 心の中で、ちろりと、舌を出した。 |
■シナリオ結果■ | |||
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■あとがき■ | |||
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